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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
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ツケ

 取り合えず結論として、一応、誰にも怒られはしなかった。

 ネルに手を掴まれたまま、フェリルやシーラを始め、パーティーに参加していた知り合いという知り合いに会って周ったというのに、驚いたことにその間、俺に称賛や労いの言葉がかけられることはあれ、批難の言葉がぶつけられることは一度も無かったのだ。

 まぁ一番怒っている筈のネルが全く怒る素振りを見せていなかったせいで怒るに怒れなかったというだけの可能性もある。……ていうか、さっさと俺を怒鳴り散らして楽にしてくれと俺自身、一番思ってた。

 ただ、俺が会いたくなかった相手トップスリーの内2人には会わずに済み、いやむしろ会えなかったからこそ、パーティーを平和に乗り過ごせたとも言えるかもしれない。

 ちなみに、会いたくないのに会ってしまった相手はもちろんネル。そして会えなかった二人の内一人はルナだ。

 ルナが俺を避けていたから会えなかったとか、そういう訳ではなく、彼女はヘール洞窟に転移するなりハイドン領へ向かう避難民と別れ、スレインの西側に領地を持つ貴族の子達やラダン国民数人と共に西へ――つまりは故郷ラダンへ向かったそう。

 「あの人達が無事に帰れたなら良いけどねぇ。あたしは、万一捕まったらと思うと怖くてね。小さい子供もいるし。」

 「へへへ、ちゃんとした理由じゃないか。わしなんて他に行くあてが無くてここにいるだけさ。この年にもなると、ラダンに戻ったところで帰る場所も身を寄せるツテもないんだよ。」

 そして、理由はさまざまあれど、避難民キャンプに今残っているのは国境越えの危険を冒そうとは思わなかった獣人とドワーフ達が大半って訳だ。

 「“帰れたら良い”って、何の連絡も無いのか?」

 避難民キャンプに点在する焚き火。その一つを囲む輪に加わり、一緒に暖を取っていた人達にそう尋ねると、腕の中で眠りこける子供をあやす母親が頭の犬耳を伏せて首を振った。

 「あたしは何も聞いてないね。お爺さんは?」

 「いいや、わしも聞いておらんな。龍殺し殿のお知り合いがあちらにおったのか?」

 「まぁそんなとこだ。」

 杖をついたドワーフからの“龍殺し”呼びに、つい苦笑いを浮かべながら頷く。

 「ふむ、ならば理事長に聞くのが良かろ。「あ、いや、それは……」ほれ、そこにおる。」

 「……へ?」

 しわくちゃの指の差した焚き火の向こうへ、錆びたロボットのような動きで目を向けると、マントに身を包んだ、会いたくなかった相手3人目――ニーナが、俺を虚ろな目で眺めたまま、丸太に座ってピクリとも動かないでいた。

 感情の感じられない視線。

 それは俺がニーナに気付き、彼女としっかり目が合った後も一切変わらず、彼女はただゆっくりと立ち上がって焚き火の輪から静かに立ち去った。

 ……これ、ニーナに付いて行く流れなのかね?

 『じゃろうのう。』

 正直見なかったことにして、このまま避難民達と世間話をしていたい。

 冬の夜は寒いからあまり動きたくないし。キャンプの灯りが乏しくて、焚き火を離れると道が物凄く暗いし。焚き火ってなんだかワクワクするし……

 『子供かお主は。観念せんか。』

 うるさい!ていうかネルはまだなのか!?

 パーティーを途中で抜け出した後はキャンプの案内をしてくれるって話だったのが、「少しここで待ってて。」と言って俺を置いて行ったきり、かれこれ1時間なんの音沙汰もないとは。

 流石にここでネルに危険が迫るようなことはないと信じたい。ただ、そう、万が一のこともあるから、探しに……

 「ねぇ、話そう?」

 ……行けそうにないな。

 「あ、はい。」

 俺が脳内で焦りまくっている間にニーナは背後までやって来ていたらしい。彼女に手首を掴まれた俺は、そのまま為すがままに連行されていった。


 「私の聞きたいことは、分かってるよね?」

 ニーナが寝泊まりしているらしいテントに入れられ――内側に描かれていた何らかの魔術によってか結構暖かかった――彼女と対面で座らされるなり、そう質問、というか確認された。

 答えはもちろんイエス。ただ、そんなことは目の前の彼女も百も承知なことだろう。

 ……さっさと済ませよう。ファレリルの最期の言葉とか、俺から話さないといけないこともある。

 「ファレリルは俺が殺したよ。」

 「っ!?」

 知ってはいても、やはり直接言われる衝撃は大きかったか、ニーナは歯噛みし、拳を握り、おそらくその身体の中で荒れ狂っている感情の波を必死に抑え込んだ。

 涙ぐんだ目が俺を睨み付ける。

 「もう、ファレ、ル……には、会えない、の?」

 「ああ、会えない。」

 上擦ってしまうのを我慢して搾り出された声に、曖昧さを一切感じさせないよう、しっかりと頷いて返す。

 「君やラヴァルと一緒に、スレイン軍と戦ったとか……。」

 「俺がファレリルと戦ったのは、ヴリトラ教徒が押し寄せてくる直前だ。というより、ヴリトラとの戦いで一番最初に俺が殺したのがファレリルだ。」

 「……うっ。」

 はっきり俺に言い聞かせられたニーナは一瞬怯んだものの、すぐに新たな仮説を思い付いたか、こちらに身を乗り出して来た。

 「し、白魔法が使えたから!だから傷も……「聖剣で胴体を貫いたんだ。白魔法じゃ治せないし、そもそも死んだのは俺の目の前だぞ?ファレリルの生命力が完全に消えたことは気配察知のスキルでちゃんと確認した。」……で、でも、ほ、本物じゃなかった、可能性も……。」

 「そんなものはない。ファレリルは俺に殺された。それが紛れもない事実だ。」

 「……。」

 「……。」

 懇願するような瞳に、努めて無表情で相対する。

 無言は、ニーナが全霊でこの状況からの抜け道を探そうとしている顕れだろう。

 その努力が無為に終わり、ニーナがファレリルの死を受け入れて初めて、俺は彼女と話ができるようになる。

 これでも経験者だ。家族をある日突然失うことによる、胸の埋めようのない穴が空いたような気持ちも、長年支えてくれていた支柱が突然消えて宇宙に放り出されたような感覚も、そしてそれらを乗り越えるのには時間が必要なことも、人より多少は理解がある……つもりだ。

 まぁ親を殺した犯人を目の前にしたことはないから、目の前のエルフの思いを全て理解できるとまでは言えないけれども。

 ……これ以上話すのは今は無理かね?

 俯き、胸元を両手で抑えたまま微動だにしないニーナの姿に、出直そうと立ち上がりかけたところでか細い声が掛けられた。

 「なんで……こ、殺したの?」

 驚いた。まさかもう受け入れられたのか?

 「話し合うとか、拘束するとか!やり用は他にも……!」

 座り直す俺に、本日初めてとなる批難の眼差しが向けられる。

 「合宿をしてた学生達がヴリトラ教徒に捕まってたんだ。そっちに一刻も早く駆け付けなきゃならなかった。」

 「だからって!」

 「説得なら俺もしようとしたさ。でも、あいつはお前を森に帰すためだって言って聞いてくれなかった。」

 「そんなこと!」

 「ああ、そんなことお前は望んじゃいないよな。でもファレリル曰く、それはお前が何も知らないから、だそうだ。」

 「何も、知ら……ない?」

 「ほら、部族とか、実の親の顔とか、な?」

 「そんなの知りたくなんてない!私の故郷はファーレンで、私の家族はファレリルとラヴァルだけなんだから!」

 「そう、か……。お前があの時あの場にいたら、結果は違っていたかもな。」

 対峙したのがほとんど部外者な俺じゃなく、一番近い関係にあったこいつだったら、そして今の言葉をファレリルにぶつけられていたなら、ファレリルを説得できた可能性もあっただろうに。……いや、それが分かっていたから、ファレリルは教師証を捨てたのか。

 「一番近くにいた私が、もっと早く、ファレリルの考えに気付けていたら……。」

 「おいおい無茶言うな。その考えを少なくとも3年以上、たった一人で隠し通して来れたような相手だぞ?どこの誰だって気付けなかったよ。」

 「あはは、ありがとう。そう、かな?……でも、そっか。ファレリルはずっと一人で、私のためにと思って、戦ってくれていたんだよね。」

 「ああ。」

 「凄いなぁ、ファレリルは……。うん、話してくれてありがとうね。」

 涙しながらも無理矢理笑みを浮かべ、仇である筈の俺にお礼の言葉を口にするニーナ。

 「俺が、憎くないのか?」

 それが意外で、思わず心の内が漏れた。

 実際、彼女がエルフの矢を作って俺に襲い掛かってくるだろうというぐらいの覚悟はしていた。

 「そりゃ、何も思わない訳じゃないよ?でも、だってさ、皆を助けてくれたのもコテツだから……ラヴァルにそう言われたし。」

 なるほど、ラヴァルが事前に手を回してくれてたのか。

 「おかげで命拾いした訳だ。」

 「ここで襲ったって返り討ちにされるのが目に見えてるけどね。……ごめん、長旅で疲れてるのに。」

 「はは、謝るべきは俺の方だろ。気にするな。」

 「謝るつもりなんてないくせに。」

 「謝って欲しいのか?」

 「……ううん、謝られたら、それこそ襲い掛かってた。」

 首を振り、ニーナが力なく笑う。

 「そうか。」

 それを区切りに立ち上がった俺は、彼女に背を向け、テントの入り口に手を掛けた。

 「ファレリルには最後にエルフの森を取り戻すことを神に誓わされたんだ。俺はこれからさっさとその誓いを果たすつもりだ。」

 「え?」

 「お前がどうするかはお前に任せる。」

 最後に言うだけ言って、返事を待たず外に出る。

 そして、俺はすぐそこで待っていたネルと目を合わせた。

 「どうだ、盗み聞きの調子は?いいこと聞けたか?」

 「やっぱり気付いてたんだ。」

 「まぁな。おかげで落ち着いてニーナと話せたよ。」

 俺の答えにジト目を返して、ネルはそのまま俺を先導して、テントの群に挟まれた暗い夜道を歩いていく。

 「どこに行くんだ?」

 「ボクのテント。いくらコテツでも流石に疲れたでしょ?」

 いくら俺でもってどういうことだよ。

 『言葉通りじゃろ。』

 やかましい。

 「はぁ、助かるよ。」

 「まったくもう、あそこにいたお爺ちゃん達にコテツが理事長に連れてかれたって言われたときの気持ち、分かる?」

 「そりゃ悪かったな。で、お前の用事は何だったんだ?」

 「秘密。」

 「秘密?……あ、もしかして片付けとか「秘密なの!」はい。」

 当てずっぽうは大当たりだったらしい。

 「それより、最後に言ってたことは本気なの?」

 体ごとくるりと回って俺の方を完全に向き、ネルは後ろ歩きで進み続ける。

 「最後に……何のことだ?」

 「ほら、エルフの森を取り戻すって。」

 「ああアレか。もちろん本気だ。」

 「さっさと済ませるって言うのも?」

 「おう。」

 「はぁ……、それがどれだけ大変なことだか分かってる?」

 「さてな。これまで誰もやろうともしてなかったせいで情報がないんだ。どれだけ大変か、それとも実は簡単なことなのかも分からん。」

 ため息をついて額を抑えるネルに肩をすくめて返す。

 「大変に決まってるでしょ。ていうか、どうしてエルフの森を取り戻そうだなんて思ったの?」

 「ん?お前も聞いてただろ?ファレリルと戦ってるとき、ちょっと流れでそんな誓いを立てたんだ。」

 「流れって。普通はそんな簡単に神様に誓わないでしょ。……で、本当は?」

 「いや、本当だって。」

 そう言って聞かせても、ネルの抱く疑いはどうやら全く晴れてくれないよう。

 「ふーん?」

 「ま、まぁ、エルフの森を取り返すことはフェリル達の協力を得るときの口実にもしてたし……。」

 「そうなんだ。他には?」

 他には!?

 「他、かぁ……あー、エルフ達が可哀想、とか?」

 まさかさらに突っ込まれるとは思わず、咄嗟に捻り出した思い付きを恐る恐る口にする。

 しかしネルはやはり納得の行ったような顔を見せてくれない。

 ……ていうか何で俺が言い訳しないといけないんだろうか?後ろ暗いことなんぞ何らないのに。

 「なぁネル、何が変なんだ?神に誓ったのもフェリル達との約束も本当のことだぞ?」

 「エルフが可哀想っていうのは?」

 「ま、まぁ多少はそう思ってるよ。それで、お前は俺の何を疑ってるんだ?」

 「別に?ただ、今は色々と大変でしょ?それなのにこれからラダンに向かおうだなんて、何か特別な理由があるんじゃないかなぁって思っただけ。」

 「特別な理由?」

 そんなものは……うん、特に思い当たらないな。理由も約束は約束だからとしか言え……いや待て。

 「ラダンまで行くつもりはないぞ?」

 「本当?ルナは心配じゃないの?」

 「あー……まぁ確かに、心配じゃないとは言い切れないな。」

 なるほど、俺がまだルナに気があるかもしれないって疑ってたのか。ここは何とか弁解を……。

 「ここだよ。」

 「ん?」

 「ボクのテント。ほら、入って。」

 言われ、顔を上げると、並んでいる他のものとあまり変わり映えのしない暗色のテントにネルは既に入ってしまっていた。

 彼女を追って中に入る。

 テントの中もやはりニーナのところと大差なく、ネルが直前に片付けたおかげか少し広く感じるぐらい。

 正直、エリックのことだから何かしらネルを優遇しようとすると思っていたものの、そこら辺はきちんと公平に扱ったらしい。

 内装を軽く観察していると、それに気付いたネルが少し恥ずかしそうな笑みを浮かべた。

 「ちょっと狭かったかな?ハイドン家の屋敷に泊まらないかとか、もっと良いテントを用意しようかとか言われてたけど、十分だって言っちゃってさ。……他にも色々押し付けられてたし。」

 前言撤回。特別扱いしないなんてことはなかったらしい。

 避難生活しているにしてはネルが全く汚れた風ではないのは、そこら辺も関係あるのかね?

 「くはは、相変わらずエリックに気に入られてるみたいだな?」

 「む。……ふん、コテツはミヤさんのことがお気に入りみたいだけどね!」

 おっと藪蛇。

 「いや、それはほら、これまで色々と縁もあってお世話になってきたから、無下には扱えないだろ?」

 「ふーん、なら良いけど。」

 100%信じてないな、これ。

 でもちょっと旗色が悪そうだからさっさと話題を戻そう。

 「なぁネル、それで、ルナのことは……。」

 「ルナ?うん、そこはコテツも同じ気持ちで良かったよ。」

 「え?」

 「ボクもさ、やっぱり心配だったから。ここに届いてくるのはスレインの快進撃の情報ばっかりだし。」

 「そ、そうか……。でも、怒らないのか?」

 ミヤさんと少し親しげにしてただけで怒ってたみたいだし。

 『あれを少し親しげとは言わんわい。』

 黙ってろ。

 「怒るって、なんで?ルナよりもボクのことが好きなんでしょ?」

 「んん!?」

 何故それを!?

 「ボクが転移させられてからのことはちゃんとルナから聞いてるからね?」

 マジかよ……。

 今更ながら何だか恥ずかしくなってきた。

 「……理事長と一緒にいたときも“自分が憎くないのか”とか聞いてたけど、コテツはさ、誰かに叱って欲しいの?」

 「叱って欲しいというか、それなりに酷い事はしてきたつもりだからな。話を聞いただけのユイにだって、お前に何発かぶん殴られろとか言われたし。」

 「あはは、そうだね。転移させられてすぐはすごい怒ってたかな。でも、その何日か後にコテツの手袋が目の前で、こう、フッて消えちゃって……殺されたって、思って……。」

 「手袋が?……ああそうか、牢屋に入れられたとき、魔力を封じる枷を付けられてたからな。悪いな、余計な心配かけて。」

 まさかあの枷のせいでそんな影響まであったとは。

 「ホントだよ、もう。」

 「っと。」

 頭の後ろを掻いていると、いつの間にか目の前まで来ていたネルが俺の胸に頭を預けてきた。

 ふわりと優しい香りがする。

 「怖かった。……もう会えないんじゃないかって。」

 「それは……色々と、すまん。」

 どうすれば良いか分からず固まっていると、ネルは顔を一度ぐいと俺に押し付け、それでも目尻に涙を残したまま、こちらを見上げて目を細めた。

 「生きて帰ってきたから、特別に全部許してあげる。」

 「はは、助かるよ。」

 細い身体を抱き寄せて、俺は目の前の寛大な恋人と唇を重ねた。

 「もう離れないから。」

 「臨むところだ。」

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