合流
第二王子一行の歓迎パーティーはハイドン邸周りの巨大な庭で執り行われた。
キャラバンが大所帯なことなんざ何のその、と広大な草原にいくつものテーブルが設置され、一ヶ月弱の長旅をともにして来た皆が思い思いの方法で楽しんでいる。
ただ貴族の家でのパーティーとは言え、その参加者は皆はっきり言って荒くれ者ばかり。お上品なパーティー進行は望むべくもない。
そしてそのことは主催者たるエリックも百も承知のよう。何せ出された料理は質より量、酒も味より強さに重点の置かれたものだ。
……そのおかげで酒飲んで暴れて喧嘩が勃発、なんていう光景が既にあちこちで繰り広げられているのはご愛嬌って奴だろう。
というか、そういうのを――結構厳しくはあったものの――取り締まり、キャラバンの規律を保っていたセラがこのところ機能不全に陥ってることも騒ぎに拍車をかけていると思う。
それでも一応喧嘩の場所をテーブルの並べられていない場所、あったとしても料理が載せられていないか食べ終えられている場所を選ぶだけの頭があるところは、セラによる長年の教育の成果なのかもしれない。
「あ、コテツさん。」
「え?」
そんな賑やかな、いや、いっそうるさいパーティー会場内を歩き回りつつ腹を満たしているところ、掛けられた声に振り向けば、この荒野に咲く唯一の花――ミヤさんがその清楚な佇まいで無意識に周りの視線を集めていた。
「ミヤさん?えーと、何か探しているんですか?」
細い眉を寄せて周囲を見渡している様子にそう尋ねると、彼女は少し恥じらうように小さく頷いた。
「ええ、実はクレスがどこかに行ってしまって。ついさっきまで一緒にいたのですが……私が少し目を離したばかりに……。」
よーし大体察せたぞ。クレスの奴、ミヤさんの過保護から上手く逃げおおせたな。
「あはは……まぁ、クレスのことならそこまで心配する必要はないんじゃないですか?今まで一緒に旅していた間もしっかりしていましたし。」
追われる身なんていう中々に辛い状況の中、弱音どころか不平不満一つ吐くことも無かったし。
「そう、でしょうか?」
「ええ、もう立派な大人ですよ。」
「大人だなんて、それはただ生まれてからある程度時間が経ったというだけです。体がどんなに大きくなっても、中身がああも頼りないままだとどうしても心配してしまいます。」
「そうですか?クレスは魔法も魔術も扱えますし、俺達に同行するまではギルド職員としての仕事もちゃんとこなしていたんでしょう?ラヴァルだって、クレスは優秀な生徒だったと言ってたじゃないですか。」
頼りないなんて、あんまりそうは思わないけどなぁ。
「ふふ、ありがとうございます。しかし先生方が認めてくださる程の能力があっても、本人に自信が無いことが一番の問題です。」
「あー……。」
確かにクレスの普段の様子は、自身に満ち溢れているとはお世辞にも言い難い。
特にミヤさんに対して、いや、俺やユイ以外の全員に対して“血が駄目だ”っていうことを隠しているからか、いつも縮こまっているような印象がある。……魔術が関わると豹変するけれども。
ともあれ、前にクレスの話してくれた“ギルドマスターの息子だからと仕事場で贔屓されている気がする”というのも、案外彼自身の自信の無さから来たものだったのかもしれない。
「あの子にほんの少しでも、貴方やユイのような意志の強さがあったなら、私も何も言うことなどないのですが……。」
これまで見てきたクレスの姿を思い起こしていると、ミヤさんが目を伏せて呟いた。
「はは、俺の意思が強いかはともかく、クレスだってクレスなりの強い意志で頑張っていると思いますよ。」
言うと、ミヤさんはこちらを向いて驚いたような表情を垣間見せ、かと思うと暖かみのある優しい微笑を浮かべた。
「ありがとうございます。……私は母親失格ですね。息子のことを信じてあげられないなんて。」
「まさか、そんなことはありませんよ。母親が子供の心配をするのは当然のことでしょう?」
ちょっとやり過ぎな気は正直しないでもないけれども。
「でも、やはりコテツさんのような方だからこそ、生徒に慕われているのでしょうね。」
「慕われてる?俺が?」
化け物だなんだと俺を舐め腐ってる印象しかない。
「ええ、クレスから聞いていますよ?たくさんの学生、特に1年生とはとても仲が良かったと。」
「それはまぁ、接点は結構ありましたからね。」
そもそもネルやアリシアとはファーレンに行く前からの関係があったし。
「ふふ、3年前の勇者召喚は失敗だったと皆さんおっしゃいますが、きっとアザゼル様は正しくその資格ある者を選び、この世界に喚んでくださったのでしょうね。」
「あはは、いやいやそんな大袈裟な。」
間近から完璧な笑顔を向けられ、思わず顔に熱が昇るのが分かった。それを誤魔化そうと頭を掻いて大きめに首を振る。
それに実際、召喚には爺さんが関わっていたこと以外なんの問題もなく、ただ単に俺が面倒くさがっただけだとは口が裂けても言えない。
『わしが関わったことも通例通りじゃ!問題などないわい!』
ハッ、そこら辺から適当に俺達4人を選んで殺しに来た奴が何を今更。
『ぐ……。』
「大袈裟なことなどありませんよ。きっとそちらの子達も私と同じことを思っていますよ。」
そう言って、ミヤさんが俺の後ろへ目線を向ける。
「え?「先生、スレイン軍との戦いのことを教えてください!」うおっ!?」
同じ方を振り向く前に掛けられた驚き、勢い良く振り返ると、俺の大げさな反応に声を掛けた方も目を丸くしていた。
「ど、どうした?」
そこにいたのが獣人のファーレン生3人だと見て取り、内心ホッとしながら、取り繕うように尋ねる。
「その、ファーレンでの、戦いのことで……」
「あ、ああ。」
ただ、俺のせいで出鼻を挫かれ、相手の方も口調が辿々しいくなってしまっていた。その言葉に相槌を打って見せて先を促すと、話していたのとは別の学生が意を決したように口を開いた。
「……先生は、怖くなかったんですか?」
「うん?そりゃまぁ、腹は括っていたからな。」
そして改めてされた質問に俺が苦笑いを返すと、今度は別の子が目を輝かせて口を開いた。
「勇者ってどんな奴でしたか?強かったですか?
「んなもん、末恐ろしい程……「厄介な相手ではあったな。」」
……強かったに決まってんだろ、と言い切る前に、別の答えが横からされた。
「ラヴァル?」
「そうだろう?コテツ。」
何か用かと問おうとする俺を目で黙らせ、ラヴァルは微かに圧を含む言葉でそう聞いてきた。
「お、おう。そうだな。」
訳も分からずコクコクと頷き返す。
「ああ、ミヤ、クレスならばエリックと一緒だ。旧交を深めているのだろう。心配はいらない。」
「あ……ありがとうございます。」
そしてラヴァルはミヤさんにそう報告すると、「さて」とファーレン生達の方に向き直った。
「久方ぶりだな3人とも。元気にしていたか?」
「はい!」
「全て、先生達のおかげです。でも……ラヴァル先生が、あ、足を無くしたというのは、本当だったんですね……。」
「なぁに、この程度気にする程のことではない。お前達が無事でいることが何より重要だ。」
それから、3人の意識は完全にラヴァルの方を向いた。彼らがさらに幾つかラヴァルと話をした後に別れの挨拶をするまで、俺はその横でミヤさんと一緒にほぼほぼ聞きに徹していた。
「コテツ。」
「ん?」
かつての生徒を見送り、ラヴァルが声を抑えてこちらを振り向く。
「ラダンでの勇者カイトの活躍は、お前も聞いたな?」
「ん?ああ、そりゃあ……あ。」
聞かれ、ようやくさっきの俺の言葉をラヴァルが遮ったのかが理解できた。
……あのファーレン生達は獣人だった。
つまり、彼らはファーレンから命からがら逃げ延びた矢先、今や同じ敵に故郷をも侵略されている子達なのだ。
「笑顔を見せてくれてはいるが、その実、彼らは今も不安の只中だ。聞けば、ファーレンからの避難民の内、人間やエルフ、そして魔族のほとんどは帰路についた一方、キャンプに今残っている者は帰る方法を探している、もしくは帰ることを諦めた獣人やドワーフばかりのようだ。暗い話は既に十分間に合っているだろう。」
「……悪い。」
「心に留めて置いて欲しいというだけだ。謝ることはない。……しかし、ファーレンの者達も参加していると、やはり懐かしい顔が多いな。」
謝る俺に首を横に振って返し、ラヴァルは気を利かせて話題を変えてくれた。
「そう、か。……まぁ数百年あそこで教師をしていりゃあ顔も広くなるわな。」
「何を言っている。お前の知り合いもいるだろう。例えばあれらはお前とパーティーを組んでいたエルフ達では無かったか?」
「っ!?」
差し示された方に目を向ければ、そう遠くない位置に確かにフェリルとニーナが立っていた。
「あら、そうだったのですか?ふふ、聞いていますよ。確かブレイブというパーティーで……コテツさん?。」
そしてそんな二人を見るやいなや、彼らがこちらを見ていないことにホッとしつつ、俺は素早く彼らからラヴァルの背後に隠れた。
ミヤさんに怪訝な表情を向けられてしまっているものの、今回ばかりは致し方ない。
「コテツ?」
「い、いや、事情があってな。とにかくありがとな、見つけてくれて。」
知り合いと出会わないようにするためにまず向こうより先に発見しておきたかったのだ。こういう場だと爺さんの索敵は役に立たないから骨が折れるったらないし、ラヴァルにはいくら感謝してもし足りない。
さてこの調子で他の奴ら、特にネルを……。
「ふーん、そうなんだ?どんな事情なのかなー?」
そのとき、そんな言葉と共に、トントンと背中をつつかれた。
……このからかうような――実際からかっているんだろう――調子の声を、聞き間違える筈がない。
「よ、よう、ネル。」
首だけで振り返り、引き攣りまくった笑みを後ろに向ける。
「や。」
最後に会ったときより少し伸びた髪を横に結び、おそらくハイドン家が貸してくれたのだろう小綺麗な赤いドレスを着た、俺が今一番会いたくなかった相手――ネルは悪戯に成功した子供のような笑顔のまま、とても自然な動作で俺の前に回り込んだ。
距離はほぼ無い。
「えーと……久しぶり、だな?」
「うん、久しぶり。聞いたよ、大活躍だったんだって?」
「いや、そんなことは……。」
「ラヴァル先生と二人だけで、あんな大軍と互角に戦ったって聞いたけど?」
「ま、まぁ、互角かどうかは怪しいところ……。」
「そしてユイに捕まったと思ったら、今度はそのユイと一緒に脱獄して、カイトに殺されそうだった王子様を救って、ギルドマスターの奥さんを拐って……あ、お久しぶりですミヤさん。」
「ええ、久しぶりですね、ネル。あなたがいなくなってしまって、皆寂しくしていますよ。」
一つ一つ、細い指を折りながら、どこから仕入れてきたのか、ネルは俺のこれまで起こした騒ぎを並べていく。
ついでにミヤさんとはギルド職員の関係で知り合いだったらしい。
「あはは、機会が会れば今度立ち寄ってみます。」
そして元上司の奥さん向けの笑顔は、ネルが俺の方を向き直った頃には影も形もなかった。
細い指がさらに折り畳まれていく。
「それで?えーと、王都を出た後もイベラムで一悶着やって、ヘルムントとかここに来るまでに通った領地では散々に暴れ回って……「ちょっと待て、別に暴れてはな」……もう、色々言いたいことはあるけどさ。……大変、だったね。」
まさか労われるとは思わず、続けるつもりだった俺の言葉は、ネルの微かに潤んだ瞳の前に綺麗サッパリ消え去った。
そのことに気づいたか、俯いてサッと目元をネルが手で拭く。
「聞いたよ、牢屋の中にいた頃が一番寛いでたって。」
「……ユイが言ったのか?」
「ふーん、やっぱり本当なんだ?」
そして再びこちらを見上げた彼女の顔には、元の人をからかうような表情が戻っていた。
「まぁ、色々ゴタゴタしはしても、ここまでやって来るのに必死だったことは間違いないな。」
「じゃあさ、今はもう少し楽にして良いんじゃない?ほら、一緒に行こ。あ、コテツのことお借りしますね。」
「ああ、勿論だ。積もる話もあるだろう。ところでニーナを見かけなかったか?」
「理事長なら向こうの方にいましたよ。」
「そうか。ミヤ、一緒に向かってくれるか?クレスのことならエリックにまかせて……「だ、大丈夫です。クレスももう、大人、ですから。」……フッ、ならば良かった。」
そうして“本当は心配でしょうがない”と明らかに書いてある顔のミヤさんを連れ、ラヴァルはネルの指差した方へ歩き去った。
そっと手を握られ、ぐいとラヴァル達とは真逆の方へ引っ張られる。
「ほら、行こ。」
「お、おい?どこに……?」
「ふふん、ボク、ちゃんと気付いてるからね?コテツ、ここにいる知り合いを皆避けてるでしょ。ボクからも逃げようとしてたみたいだし?」
少しつんのめりながら尋ねると、ネルは俺の内心を完全に見透かした答えを突き付けてきた。
「う……。」
「もう、そんなの駄目だよ。ちゃんと会わないと。皆会いたがってたんだから。……ギルドマスターの奥さんとの関係も、ちゃんと聞かせて貰うからね。」
「そ、そう、か。」
色々観念し、俺はネルの為すがまま、彼女のあとを付いていった。
……それにしても皆――ネルを含めて――意外と怒って無いのかね?




