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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
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到着

 “勇者カイト、精鋭を率い、ラダンへ進軍す!”

 “海龍リヴァイアサンを撃破し、ラダンの南部をスレインの支配下に!”

 “スレイン軍、暴風龍ケツァルコアトルに勝利!これによりスレイン軍はラダンのおよそ半分を制圧!”

 ――等々、数々の“吉”報はスレイン全土に轟いた。

 ラダンのある方向とは全くの反対側、ハイドン領西端の町に構える酒場も例外じゃない。

 「カイトの奴、まさか本当に古龍を2人、ていうか2柱も倒すとはなぁ。」

 「……随分と余裕なのね。知り合いが殺されたのよ?」

 そんな酒場にいた他の客からカイトの大活躍の話を聞き、「そんなのと戦っておいて俺はよく生き残ったもんだ。」と何となくしみじみ思っているとユイがテーブルの向かい側から軽く睨んできた。

 「古龍は死なないぞ?」

 「それでも倒されたことに変わりは無いわ。心配じゃないの?」

 「心配ねぇ……むしろ古龍を倒すような化け物といつか戦わなくちゃならないってことの方が心配だよ。ったく、こっちは神器を何本も使ってようやくヴリトラと相打ちだったってのに。」

 「……そう、ね。」

 頷き、表情を陰らせたユイがカイトとは戦いたくないと思っていることは予想がつく。

 俺だって戦いたくない。……まぁおそらく理由はユイと全く違うのだろうけれども。

 「にしても、本当にハイドン家は俺達に味方してくれるのかね?」

 「その筈、よ?」

 周りで騒ぐ酔っぱらいを見ながら呟くと、返ってきたのは自信のない答え。

 それもその筈、何せカイトの活躍に対するハイドン領の人々の反応はスレインの他の領地とおそらく変わらない、喜ばしいものなのだ。

 治める領主がスレインへの反逆の意思を持っているからと言って領民にまでその意思が浸透している訳ではないということなのかは知らないが、どうにも不安になってくる。

 今いる酒場で休息を取っている他の“ハルバード”のメンバーを見ても――ヘルムントを出発してからおよそ一月半、行く先々で大小様々なトラブルに巻き込まれてきたというのに――これまでの旅路で一番落ち着かない様子だ。……もう休憩の意味がなくなっている気がしないでもない。

 まぁ、俺達が運んでいるのが今や魔法使い用の杖だけでないことも理由の一つにあるだろう。

 何せ剣や鎧等の武器防具さらには馬や食料など、ハイドン家に協力する領地を通る毎に増えたスレイン王国打倒のための品々の護衛と輸送を担っているのだ。

 目の前でスレイン王国の勝利を祝われる居心地の悪さは想像に難くない。

 「挙兵した途端、領民の反乱にあうなんてことになったら目も当てられないぞ。」

 「ええ、それは私も少し心配だわ……。」

 「そこは、大丈夫だと、思うよ。」

 と、いつも通りの優しい笑みを浮かべたベンがやってきた。中身のなみなみ注がれた両手のジョッキが俺とユイの座るテーブルに置かれる。

 「お、戻ってきたか。どうだった、何か良い話は聞けたか?」

 「良い話、とは言えない、かな?取り敢えず、勇者カイトの活躍は、色々聞けたよ。そしてさっきの、話だけど、」

 そう話しながら椅子に腰を下ろし、ゆったりとベンが続ける。

 「王国民が、喜んでいるのはね、皆、スレイン王国が勝ったのが、嬉しいからだよ。もちろん、勇者カイトのことも、好きなんだろうけど、それはね、彼がこの国の、味方だから、だ。」

 「まぁ、そうだろうな。でもだからこそスレインに反旗を翻す俺達は領民の反乱を心配すべきじゃないのか?」

 「僕達はスレインに、反旗を翻す、訳じゃない。そうだよね、セラ?」

 「……はい。正当な王は、ベン、ですから。」

 ベンがおもむろに隣の、彼と一緒にやって来てから一言も発していないセラに話を振ると、彼女はボソボソとそう呟き、再び黙り込んだ。

 あの日アイと戦ってからこの方、セラのそれまでしていた融通の効かない騎士然とした態度は鳴りを潜めた。今の彼女はむしろ暗く静かな雰囲気を纏っている。

 一応ベンの護衛として、基本的にベンの側に控えていることは変わらないものの、どこか上の空なところがある。さらにほぼベンの陰に隠れているせいで、うるさい程あった存在感が全く無い。

 それが良いか悪いかは置いておくとして、そのあまりにも急な変化に、彼女と付き合いのある俺達王城脱走組を含めたキャラバンの皆が、困惑して対応に困っている。

 「えっと、うん、だから、反乱の心配は、いらないよ。」

 今だって、ベンが何とかセラと話そうとしても彼女は素気ない態度を崩さない。

 「あー……、そうだったな。うん、大義は我にありって訳だ。」

 「そ、そうね、間違ってるのは向こうの方だもの。」

 「あは、相変わらず騎士様は空気を悪くしてるですね。」

 と、俺達がセラに気を使って話しているというのに、横からズケズケとした物言いと共にやってきたのはソフィア。

 セラが何も言わないのを良い事に、以前のセラであれば怒り狂っていたであろう言葉を遠慮なく吐く彼女の表情はとても清々しい。……まぁそもそも相手が怒り狂うからと口に蓋をするような奴ではないけれども。

 「……。」

 「それじゃあ仲良くなれないですよ。」

 「……ああ。」

 しかしこんな会話(?)をしながらもソフィアが腰を下ろした場所はセラの隣。

 どういう訳か最近はこうして彼らが二人でいるところを見かけることがよくある。……むしろソフィアが一番、セラの心を理解しているような気がしないでもない。

 「あ!そういえば隊長さん、お客さんを連れてきたです。」

 「ん?客?」

 急な言葉に、ソフィアから離しかけた視線を戻すと、彼女は後ろに立っていた二人の男を顔で差し示した。

 片方は大柄でドワーフ程ではないにしても立派な髭を生やした男。もう片方は帽子を深く被った痩身の男。似ても似つかない二人ながら、その二人がこの酒場のどこにでもいそうな風体をしていること、そして“ハルバード”の面々に負けず劣らず居心地の悪そうな表情をしていることは共通していた。

 「まぁ隊長さんの客というよりは王……団長さんの、です。」

 「僕に、かい?」

 ベンが少し眼を鋭くして“客”とやらへ目を向ける。すると視線を受けた二人はその場で小さく、しかし見事なまでに揃った素早い動作で頭を下げた。

 「立ったまま失礼致します。身分を隠すためのこの出で立ちですが、我々はハイドン家に仕える騎士であります。」

 「訳あってこちらへ伺えない領主様に代わり、皆様のお迎えと案内のため参上いたしました。」



 ソフィアに変装を看破された騎士達の案内の下でハイドン領をさらに移動すること数日、この領地で一番大きいという街――レヴォル……には入らず、その外れの広大な草原まで進むと、遠目でも分かるほど巨大な邸宅がそびえているのが見えてきた。

 爺さんに確認するまでもなく、あれが領主館でまず間違いないだろう。

 しかしヘルムントのそれを含め、これまで様々な領主の館を見て来たものの、ハイドン領のそれはどこのものよりも大きいように見える。

 ようやっと館が見えるという位置にあった鉄格子の門は、荷台の上に座る俺ですら見上げる程に高く、その幅も馬車が2台余裕をもって並走できる程に広い。そこから館へと続く道はアスファルトで舗装している訳でもないのに凹凸が殆ど無いようで、そこを通る馬車の揺れなどは少なくとも荷台の天辺に陣取る俺には全く伝わって来ない。

 向こうの端まで見渡せない程広大な敷地は等間隔に植えられた、全て同じ色同じ形に揃えられた木々が囲んでおり、しかしその敷地を埋める草原――もちろんムラなく均等に刈り揃えられている――の一角には、ついピクニックをしてみたくなる情景には少し似つかわしくない、雑多なテントの群があった。

 そこで人の営みがあることは、所々から上がる煙の筋が教えてくれている。

 「あれは……」

 「きっとファーレンからの避難民ですね。」

 一体何なのだろうかと、まるで山奥のキャンプサイトのような光景に目を凝らしていると、俺の座る荷台の隣で馬を歩かせるクレスが答えてくれた。

 「なぁるほど、まぁあんな大勢を住まわせる場所なんてそうやすやすとは見つからないか。」

 「はい、それに大多数が人間やエルフじゃありませんから。」

 「毎日フードを被って暮らすなんて訳にもいかないしなぁ。「全体、止まれぇっ!」……っと、来た来た。」

 前方から聞こえてきたキースの号令に、見るだけで遠近感に違和感を覚える程の豪邸に続く道へと目を向ければ、こちらへ白と黒の馬を駆けさせてくる見覚えある二人の姿が見えた。

 「え?」

 「エリックとテオだよ。ユイとラヴァルも気付いて先頭に行ってるようだし、ほら、俺らも旧交を温めに行くぞ。」

 「は、はい!」

 そして俺達が長蛇と化したキャラバンの鼻先に辿り着いたとき、ハイドン兄弟は馬から飛び降り、膝が汚れるのも構わず地面に跪くところだった。

 ちなみにエリックが白、テオが黒の馬に乗ってきたようだ。

 「ベン王子、ようこそ我が領地へいらしてくださいました。私はエリック・フォン・ハイドン、この領地を預かる者です。そしてこちらは我が弟、テオであります。どうかお見知りおきを。まずは私自身でなく、使いの者に王子の案内をさせたこと、そして挨拶がここに到着されるまで遅れたことについて、深くお詫びを申し上げます。平にご容赦を。」

 礼を尽くした言葉の後、エリックは深々と頭を下げ、テオもそれに続く。

 同じ領主でもヘレンの態度とはえらい違い。ただしこれが領主と一国の王子の本来の関係で、単にヘレンがおかしいだけだ。

 よって当然、これまでベンは――ヘレン以外の領主には――今のエリックと同じような接し方を何度もされてきたため、彼にとってこういうことは今ではもう慣れたもの……

 「あ、ああ、うん、気にして、ないよ。それに、無茶をお願いするのは、僕の方だ。……えっと、そういう、ことだから、顔を上げて、良いよ?」

 ……とは言いづらい。

 長年“ハルバード”の皆からされてきたキャラバンの団長としての扱いとスレイン王国の王子としての扱いはやはり天と地程に違うらしく、ベンは未だこういう状況を固い苦笑で何とか乗り切っているという有様だ。

 ちなみに団長としての扱いすら、ほとんどがセラのおかげ(せい)だったというのはベン本人の談だ。……正直すごく納得した。

 「寛大なお言葉、感謝いたします。」

 とは言えそんな不慣れな様子をエリックが指摘する筈もない。彼は敬意をもってさらに深く礼をしてから顔を上げ、立ち上がってキャラバンの皆に聞こえるよう声量を上げた。

 「皆様が王都からこちらにいらっしゃるまでのご活躍は聞き及んでおります。歓迎の用意は済ませてありますので、今宵は長旅の疲れを癒やしてください。」

 「ありがとう。そうさせて、貰うよ。」

 「はっ。ではこれより私が案内致します。……お前達、王子の護衛と案内の任、よく果たしてくれた。後は各々好きに休め。」

 「「はっ!ありがとうございます!」」

 ここまで俺達を連れてきてくれた騎士達に労いの言葉をかけ、エリックはヒラリと再び騎乗。テオもそれに倣う。

 そして騎士達が十分離れていったところで、それまで眼光を鋭くしていたエリックは、ふ、と表情を和らげ、クレスへ馬を寄せ、彼に握手を求めるように手を差し出した。

 「すまない、挨拶が遅れた。久しぶりだな、クレス。」

 「あ、ああ、久しぶり。卒業式以来、かな。」

 貴族然としていた態度が急に柔らかいものとなったことに少し驚きながらと慌てて頷き、かつてのクラスメイトと固い握手を交わすクレス。

 「そうなるな。……先生方もよくぞご無事で。ヘルムントでは勇者アイと一戦交えたとか。」

 「まぁな、死ぬかと思ったよ。」

 「フッ、ああいった死線を潜ることは、長い人生、まま有ることだ。大したことではない。」

 ……何となく思ってはいたけれども――実は一城の主だったりヴリトラと二度も戦ったりと――ラヴァルの人生は結構壮絶な気がする。

 そんな俺とラヴァルに会釈し、「こちらです。」とベンに一言かけて、エリックはクレスと何やら談笑しながら、キャラバンを先導するように、巨大な城と見まごうような洋館へと馬を進めた。

 「進めぇっ!」

 すぐに先頭の御者台に座るキースが再び号令を掛ける。呼応してキャラバン全体が動き出す。

 「それじゃあ先生、そしてユイ、また。」

 俺だけ乗り物が無いので取り敢えずキースの隣を陣取っていると、テオがそう言って俺達とは全く別の方向に馬を向けた。

 「ん?お前はどこに行くんだ?」

 「俺はファーレンから来た皆がいるキャンプに先生達が来たことを知らせに行きます。あ、先生も今から一緒に来ますか?オリヴィアにフレデリックにクラレスに、あとネルもいま……」

 「げ。」

 「げ?」

 思わず漏らした呻きにテオが首を傾げる。

 「何でもないわ。この人にやり残した問題があるってだけよ。皆には後で会いましょうって伝えておいてくれるかしら?また会えて良かったわ。」

 「うん、分かった。俺もユイに会えて嬉しいよ。まさか勇者様だったなんてね。それじゃ、後で。」

 「ええ。……まったく、あなた、ここまで来たっていうのにまだ覚悟が決まってなかったのね?」

 手を軽く上げテオを見送って、ユイが俺に心底呆れ返った顔を向ける。

 「仕方ないだろ?ネルとあんな別れ方をしたし…………なぁ、もう帰っていいか?」

 そんな彼女への嘆願は鼻で笑い飛ばされた。

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