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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
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新たな力④

 直感に従ってユイを右へ突き飛ばし、その反動で真逆へ飛び込んだ直後、俺のいた場所を閃光が走ったかと思うと、一拍遅れて吹いた突風に俺は勢い良く吹き飛ばされた。

 「うぉっ!?余波でこれか!」

 直撃を受けたらどうなることやら。考えただけで寒気がする。

 凄まじい速度で流れていく地面を硬化した手袋で掴み、無理矢理下ろした両足で地面を削りながらアイの行方を探せば、彼女は俺とユイが立っていた場所を2メートル程通り過ぎた地点で虚空に垂直に浮かんだ薄青色の足場へ両足を付け、既に限界まで身を縮めていた。

 その視線の先は……。

 「ユイ!」

 大声で警告を発し、俺自身もそちらへ駆け出す。

 しかしそれまでのたった一秒弱で、さながら弾丸のように低空飛行したアイは目標までの距離を半分に縮めていた。

 「らァァッ!」

 荒々しく叫び、アイが纏う雷をさらに激しいものとする。

 「くっ、ストーンピラー!」

 対するユイは地面から石の柱を斜めに生えさせ、それに右肩からぶつかることで無理矢理自身の勢いを殺し、その反動で素早く立ち上がる。が、できたのはそこまで。

 禄に構えてすらいない彼女に聖槍が真上から振り下ろされた。

 「ぐっ……!」

 「潰れろッ!」

 それを咄嗟に刀で受け止めたは良いものの、一瞬光が爆ぜたかと思うと、ユイは爆心から真下へ、足場の石柱を粉々に砕いて、そのまま地面に勢い良く激突した。

 遅れ、石柱を構成していた岩の欠片がそこへ降り注ぐ。

 「魔装!」

 下半身に鎧を作成するや、一気に加速。

 仰向けに地面にめり込んでいたユイを半ば抱き締めるように右手で抱え、そのまま死地から脱する。

 「おい、大丈夫か!?」

 「ええ、なん……とか。上!」

 走りながら、身体に力を入れられないのか腕の中で大人しくしているユイに問うと、彼女は苦しそうな表情を浮かべながらも頷き、すぐにその目を大きくして迫る危機を知らせてくれた。

 「ああ、分かってる、よ!」

 ていうかアイほど強烈な気配をこの距離で察知できない訳がない。

 左へ大きく跳べば、真上にいた雷の化身は俺の足先を掠めて地面に着地。その衝撃で着地点がクレーターと化した辺り、着弾と言い表したくなってくる。

 再び強風が吹き荒れるも、来ると分かっていれば対処は簡単。左手に長剣を作り上げるなり地面に突き刺し、己の支えとすれば、数十センチ程の深い溝を足元に描くだけで済んだ。

 ただ、風に耐えながらアイへと目を向けたとき、彼女がもう俺を間合いに入れているとは思わなかった。

 「逃さない!」

 「くっ!」

 咄嗟に長剣を順手に持ち替え陰龍に変形。ユイごと俺を串刺しにしようとする槍の穂先を下から切り上げる。

 もちろん、膂力の差があり過ぎるため、こんな咄嗟に放った斬撃では聖槍を弾くどころかその軌道を逸らすことすらできやしない。しかしだからこそ、槍を押し退けるように陰龍を振るうことで推進力を得た俺は、右へと素早くかつ大きく跳ぶことができた。

 とは言え、そんな距離もアイにとっては微々たるもの。悠長なことはしていられない。

 右肩が地面に触れるや否や背中を丸めて半回転。左肩で地面を押すようにして立ち上がると、アイが虚空に新たな蒼白い足場を生み出し、勢いそのままこちらへ鋭角に切り返そうとしている姿が見えた。

 「待って、血が!」

 「へいへい。頼りきりで悪いな……アリシア。」

 俺に抱かれたままのユイの言葉に従い、左肩の魔法陣を起動。ロングコートの防御力など知ったことかとあちこちが裂けて真っ赤になった左半身を治す。

 ったく、武器をかち合わせるどころか近付くだけでこんな有り様になるとは。

 「それじゃ、怒るなよユイ。「え?ちょっ!?」龍眼!」

 傷が治るなりそう一言謝ってユイを背後へ放り捨て、迫り来る相手を睨み付けながら眼を強化。さらに雷やら何やらに耐えるため、身体を黒く染め、コートのポケットに入れた右手を相手に見られないよう、俺は半身で身構えた。

 ……さて、元の世界からの恨みつらみでユイばかりを狙っていたアイが――十中八九俺がその間にいるからとは言え――ようやく俺を標的に定めてくれた。

 いつまた俺を狙ってくれるか分からない以上、この一発で決めてしまいたい。

 ……にしても、まさかアイが俺を襲ってくることに待ち遠しさを感じる時が来るとはな。

 全てが鈍くなった世界の中、ただ一人、ほぼ等速で襲い掛かってくるアイの姿にさえ、“早くしろ”と叱咤したいくらいだ。

 いっそのこと龍眼を解除してやろうかという考えが過ぎったものの、そんなアホな思い付きは流石に思い止まった。

 「来い!」

 「邪魔ァッ!」

 邪魔て……、やっぱり狙いはユイなのね。

 内心苦笑しつつ、ようやく俺を射程に入れた聖槍の穂先に陰龍を合わせ、それを左へと押しながら右足を前に踏み込む。同時にラヴァルから貰った転移陣を右手でそっと取り出すも、相手に気付かれた様子はない。

 そしてアイの顔が目の前まで迫り、俺の左半身がまたもや焦がされる中、彼女の腹部へ掌打を放とうとしたところで俺は致命的な疑問に気付いてしまった。

 ……この魔法陣、というか魔法陣の描かれた紙、アイの纏っている雷や風の刃に耐えられるのかね?

 はたして、答えはすぐにもたらされた。

 手にした紙片がアイに触れる直前、一瞬で細切れになり、燃え屑になるという形で。

 ……こんな当然たいえば当然のことに土壇場まで思い至らなかった自分が嫌になる。

 「くそったれ!」

 半ば腹いせ混じりに、白銀の鎧の、その俺自身が作った窪みへと黒い掌底を思いっきり打ち込む。

 硬い手応え。

 「効かないっつーの!エッジストーム!」

 しかしそれはアイの速度を僅かに抑えただけ。彼女自身はやはり一切怯まず、即座に自身を中心に強風を発生させ、逆に俺を弾き飛ばした。

 ご丁寧にも竜巻のように発せられた風に俺の身体は錐揉みさせられ、おかげでワイヤーによる即座の着地は望めない。

 ならばと背後に障壁を作り上げるも、身体の速さが速過ぎたため、何とか障壁に体当りして身体を止めたときにはアイとの距離は大きく開かされていた。

 竜巻に鎌風も混ぜられていたか、ロングコートの至る所が切り裂かれ、黒い肌には無数の切り傷。ただ、傷そのものはまだ浅い。唾でも付けておけば治る程度だ。

 そんなことより、距離を取らされたという状況が不味い。

 何せ俺に投げ捨てられたユイは未だ立ち上がろうとしている真っ最中。対するアイは既に槍を構え終えているのだ。

 援護はまず間に合わない。

 それでもあり得るかもしれない小さな可能性にかけて弓矢を作り上げようとした瞬間、俺の横を一陣の風が吹いた。

 「ハイジャンプ!」

 「赤ど「シールド!」」

 そして何度目かとなる加速を行い、今度こそ恋敵の命を貫かんとした槍はしかし、赤く固められた体に届くことなく、その中途で淡い蒼の光を纏う、透明かつ巨大な壁に阻まれた。

 「間に、合った……。早過ぎるよ、二人とも。」

 「だがおかげで全体への被害は最小限に留まっている。フッ、むしろ出遅れてしまった分、我々は働かなければな。」

 馬の手綱を片手に薙刀をアイへ向けたまま、ベンが馬上で安堵の息を吐くと、その後ろに乗るラヴァルがそう言ってヒラリと地に降り立った。

 「ふーん、第二王子に吸血鬼ね。ま、全員殺すからどうでも良いけど。」

 「いいや、させないよ。」

 「は?別に聞いてないし。」

 透明な壁の向こうからやって来た二人を値踏みするように眺めるアイをベンが睨みつけると、アイはそう言って大きく後退した。

 障壁魔法の正面突破は流石の彼女でも無理らしい。俺の作った障壁は小指一本で壊される自信があるってのにな……。

 いや、感心してる場合じゃない!

 「ラヴァル!すまん、例の魔法陣が……「ああ、アイが雷霆を身に帯びた時点で予想はしていた。なぁに、心配することはない。お前の役割を私が担えば済む話だ。無論、私一人でそれは叶わん。故にコテツ、力を貸したまえ。」……了解、任せろ。」

 隣へ駆け寄り謝ろうとした俺を片手で止め、ラヴァルはこちらへ振り返らないままそう言って右手に赤色の長剣を握った。

 なるほど、確かにラヴァルなら自前で魔法陣を幾らでも作れる。後はそれがアイに届くよう俺が頑張るだけって訳だ。

 掛けられた言葉に頷き、作りかけた弓矢を消す。

 「私も、手伝います。」

 すると、息を少し切らしながらも刀を構え直したユイがそう言って振り返った。

 「良いわよね?」

 見るからに疲れているけれども、確認を取るように俺を睨んだ瞳には有無を言わせない程度の力がある。

 「……怪我は?」

 それでも一応尋ねてみると、返ってきたのは“聞くと思った。”と言わんばかりの顔。

 「あなたじゃないもの、ちゃんと治したわ。」

 うん、どうして俺が怪我をそのままにすることの代名詞になってるのかね?

 『本当に分からんのか?』

 ……。

 「ゴホン、ベン護衛に回ってくれるとありがたいんだけどなぁ?」

 「ヒイラギさんが私ばっかり狙うのを分かってて言っているのかしら?」

 「フッ、諦めろコテツ。これは何を言っても聞かぬ者の目だ。」

 「はぁ……、まぁそんな気は薄々してたよ。それじゃ、今度は俺から行くぞ。ベン!」

 ため息をついて黒い全身鎧を身に纏い、黒龍を握り、壁の向こうにいるアイへ視線を向けて声を張り上げる。

 「うん、分かった。」

 そして透明な壁が消え失せた瞬間、俺は鎧の力を総動員し、全速力で駆け出した。

 しかし、先手を取ったのはアイ。

 とは言えもちろん、障壁が消されるタイミングを予知して突っ込んできたという訳ではない。

 「ラァァッ!」

 彼女は雄叫びと共に、聖槍を曇り空へぶん投げたのである。

 白い光の筋は瞬く間に灰色の雲の中へ消え、しかしそれでアイが無手になる訳ではないのが聖槍ゲイボルグの厄介なところだ。

 そして勿論、いくら俺が出せる最高速度を出しているとは言っても、それ以上の速度をだせるアイの目を振り切るなんてことはできない。

 一拍遅れて振り下ろした黒龍は槍の柄に阻まれ、しかし有り余る膂力で無理矢理剣を振り抜いてやれば、アイは槍を構えたまま1メートル程地を滑った。

 「ベン!上だ!また槍が襲ってくる、「スピアッ!」ぞっ!」

 すぐさま後ろへ指示を飛ばしつつ、次の瞬間には俺の顔目掛けて突かれた槍を黒龍で押し上げて虚空を貫かせる。

 途端、篭手に大きくヒビが入ったものの中身は無事。荒れ狂う風は踏んばって耐え、

 「これなら、どうだ!」

 俺は握った左拳をアイの鳩尾に突き入れた。

 「が、はっ!?」

 効くといいな、という希望的観測をもって放たれた鎧を用いた打撃はしかし、今度こそアイにダメージを与え、怯ませた。

 効くとは思っていなかったか、目を丸くするアイ。

 ただ、十中八九無駄だろうと勝手に思っていたせいで逆に意表を突かれ、俺まで一瞬呆けてしまった。

 「クソ野郎ッ!」

 「え?しまっゴッ!?」

 その一瞬でアイは体勢を立て直してしまい、彼女は怒りを顕に俺を蹴飛ばした。

 勢い良く身体が背後へ飛ぶ。

 それでも宙にいる身体を魔力で制御し、二本足で地面を抉りながら臨戦態勢のまま着地すると、左右をユイとラヴァルが駆け抜けて行った。

 そのとき、辺り一帯が上からの強い光に照らされた。

 見ずとも分かる。遥か上空でゲイボルグという名の光源が、数えるのが嫌になる程増えたのだ。

 「シールド、アンプリス!」

 後ろから朗々と声が響き、再び頭上を透明な壁が覆う。

 それに安堵したのも束の間、前方からも白い光が強く輝いた。

 まさかと思ってそちらを見れば、アイは白い光の柱と化した槍を肩に担いでいた。ユイとラヴァルが彼女を間合いに入れるまでにはまだ時間があり過ぎる。

 もちろん槍を投げられても俺なら対応できる。ユイやラヴァルもあの距離からならアイの後ろに回り込める。ただ、俺が守れるのは後ろにいるベン一人ぐらいで、周りで奮闘してくれている傭兵達は今度こそ槍の雨に晒されてしまう。

 ていうかほぼ同時に聖武具の力を扱えるのな。

 「ったく、少しは勿体つけてくれても良いってのに……。ベン!」

 悪態をつきながら障壁をもう一枚要請するも、返ってきたのは謝罪の言葉。

 「ごめん、障壁魔法は一度に一枚しか、使えないんだ。」

 「……そういやそうだったな。曲げるのは?」

 「すごく、脆くなる。斜めに作り直すなら、間に合うけど……」

 歯を噛み締め、ベンが苦い表情で周囲を見回す。

 「……全員は、守れない。」

 「そうか。」

 斜めに作り直さなければ大勢が死ぬ。作り直したとしても、数は多少減るとはいえ大勢が死ぬ。

 合理的に考えて後者が正解だとしても、それは守れない奴らを見捨てるのと同義だ。

 性根の優しいベンが決断を渋るのも無理はない。

 「それでも、やるしか、ない!シールド!」

 しかしベンは覚悟を決めて空の蓋を消し、俺の前にその片側を乗せて手前へ斜めに傾かせた、巨大な壁を作り上げた。

 「総員!障壁の下に退避ッ!」

 続けて、怒号のようにも聞こえるベンの声が戦場に響き渡り、同時に雲の間から光り輝く無数の槍が現れる。

 「クソッ!またアレか!?」

 「戦ってる場合じゃねぇ!逃げろ!」

 「ちょっと待て。勇者様の攻撃、俺達にも当たるぞ!」

 「「「うおおおおおお!?」」」

 それに気付いた敵味方全員がが慌ててベンの後ろへと逃げ始めると、そこへさらに真横から聖槍が襲い掛かった。

 眩い閃光が目の前の障壁の表面で連なる中、チラと横を見れば、障壁魔法で守られていない、二方向からの攻撃に晒された地面が派手な爆発を起こしている。

 そして爆発の連鎖が止み、舞い上がった砂塵が徐々に晴れると、蒼白く縁取られた透明な障壁の向こうにはこちらに背を向けたアイと、刀を八相の位置に構え、アイの手に腹を貫かれたユイの姿が見えた。

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