表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
328/346

新たな力③

 「……心配した私が馬鹿みたいです。」

 「もう3度目だぞ、それ。」

 「ついさっきまで死にかけだった人が目の前でピンピンしてれば何度だって言いたくなります!」

 「くはは、それも3度目だな。」

 「もう助けてあげません!」

 ケイの垂れた文句にに笑って返すと、彼はそう言ってプイとそっぽを向いてしまった。

 アイワースの騎士団やアイを包む煙幕が晴れない内にヘルムントへの逃走を開始した俺とケイは――俺は身体の各所が赤に染まっているものの――揃って無傷。

 俺の場合はもちろん、起動したアリシアの魔法陣のおかげだ。

 1年ぐらい前、聖剣に刺されたケイは傷の自然回復を待たなければいけなかったけれども、それはおそらく傷口を少々傷付けるぐらいでは聖剣の影響を完全に除くことができなかったから。

 一方で今回、負わされた傷を俺が自ら完全に上書きできたため、魔術で聖槍の傷をも治し切ったのだ。

 『雑じゃっただけじゃろ。使ったのがその魔法陣じゃから良かった物を、下手な白魔法使いではあそこまでの深手は治し切れぬわい。』

 何はともあれ終わりよければ全て良し。

 ……今もアイワースとの戦いの真っ最中、どころかその序盤も序盤なのは置いておく。

 そのまま走って森を抜け、木々の屋根が無くなると、森のすぐ外に居並ぶ軍勢が目に入ってきた。

 「コテツ君!」

 「おう!遅れて悪い!」

 その先頭の馬上にいるベンが声を上げ、薙刀を振ったのに手を大きく振り返す。すると軍勢の中から馬が一頭、物凄い勢いで走ってきた。

 ユイだ。

 「待ちなさい!あなた、身体中が血で真っ赤じゃない!今手当てするから……。」

 「いや、大丈夫だ。もう治ってる。「あ、そう……。」それよりヘレンはどこだ?アイワースはもう国境なんて気にせず襲ってくるって伝えないと……。」

 馬から飛び降りたユイに左肩を軽く叩いて見せて治療を断り、続けてそう言うと、何故か一瞬萎れた彼女はすぐに険しい表情になって頷いた。

 「……ええ、セラさんから全部聞いたわ。精霊のこととかもね。ヘレンさんなら増援を呼ぶって言って、ベンさんに指揮権を渡して今はここから離れているわ。ミヤさんとクレス先輩も別口で増援を得られるかもしれないって、ヘレンさんに付いていったわ。」

 「……そうか。そういやセラは無事か?」

 「そうね……取り敢えず体は大丈夫よ。私が治したもの。」

 「そりゃ良かっ……体“は”?」

 「その話は後。まずは付いて来て。」

 踵を返して再び騎乗し、隊列を為す傭兵達の方へとユイが戻って行き、俺とケイは訳も分からずその後を追う。

 するとベンが馬から下り、笑顔で俺達を迎えてくれ、

 「二人とも、無事で良かっ……コテツ君は、無事、なのかな?」

 血塗れな俺の姿を見て心配そうに尋ねてきた。

 苦笑し、頭を掻く。

 「くはは、ちょっと身体を拭く暇がなくてな。まぁ怪我なら治したから問題ない。」

 「そっか、それなら、良かった。それで……勇者アイは、どうだった?勝てそう、かな?」

 と、一転して真剣な目を向けられ、俺も顔を引き締めた。

 「アイは強かったよ。俺は終始防戦一方で、命からがら逃げてきたってところだ。正直、ケイがいなかったらたぶん死んでた。なぁ?」

 右後ろに同意を求めれば、ケイは小さく頷いた。

 「はい。……でも、いつもの隊長さんなら自分で逃げられた筈です。それに、もっと上手く立ち回れたと思います。」

 「はは、そりゃ買い被り過ぎだ。」

 されたフォローに笑って返し、ベンへ目を向け直す。

 「とにかく、俺ができたのは本当にただの時間稼ぎだった。ていうかこっちの攻撃なんて効いた様子が全く無かったよ。」

 自嘲気味に言って肩をすくめる。

 「正直、こんなに人数揃えたところで被害が増えるだけとしか思えない。セラから聞いてないか?今のアイは聖槍の真の力を何の負荷もなく自由にぶっ放せるんだぞ。」

 「うん、聞いたよ。精霊の力、だよね。まさか、精霊が実在するなんて、ビックリしたよ。」

 いや、ビックリて……。

 「随分呑気だな?」

 「そう、かな?まぁ、勇者アイと戦って、生還した君が、いるからね。」

 「あのな、話を聞いてたか?アイには俺の攻撃なんて全く効かなくて、俺は時間稼ぎしか……。」

 「それで十分だ。」

 ベンの後ろから声が上がり、そちらへ視線を向けるとラヴァルが杖を付いて歩いてきていた。

 「十分?」

 「アイと戦える、さらには攻撃を加えられるというだけで今回の作戦におけるお前の役割は十分に果たされる。受け取れ。」

 そう言ってラヴァルが差し出してきたのは薄い紙切れ一枚。

 それを手に取り、眺めて見れば、その片面に魔法陣を為す幾何学模様が描かれていた。

 「作戦、ね。くはは、やっとこさ逃げてきたってのに人遣いが荒いな。それで、こいつにはどういう効果があるんだ?」

 「転移だ。」

 「なぁるほど、つまり俺の役割はこいつでアイに触れることか。」

 触れるだけなら攻撃を入れるよりも簡単だ。

 実際何度か殴ってはいるしな。痛がる様子はこれっぽっちもなかったけれども。

 「ちなみに行き先は?」

 「ファーレンの、地下にある私の仕事部屋だ。色々と試したが、学園に残存する転移先はそこしか無かった。」

 「そう、か。分かった。じゃあ注意点としては、アイを転移させたらすぐにこいつを破り捨てることぐらいか?」

 「もう一つ。転移陣の用意はその一枚しか無い。破棄するまでは大切に扱え。」

 「この一枚しかないのか?」

 予備ぐらい簡単に作れるだろうに。

 「残念ながら、な。転移陣というものは皆全て繋がっている。3つ以上の繫がった転移陣を作ってしまえば、つまり、対応する魔法陣が2つ以上あると、転移する先は定まらない。早い話、我々皆が魔法陣を持てば、アイを転移させたところでその転移先が別の仲間の目の前となる可能性がある。それは避けねばならんだろう?」

 「そういうことか、了ー解。……っ、来たか!」

 受け取った紙をポケットに入れたところで、俺の気配索敵による索敵範囲にアイやその他諸々の気配が入り、素早く森の方を振り向く。

 そして森の中から無数の白い光線が空へ伸びていく光景を目にし、背中に寒気が走った。

 「ベン!全員散開させろ!ありゃ全部アイの聖槍だ!」

 後ろで密集している傭兵達の被害を最小限に抑えるためにはそれしかない。

 「いいや、総員集合!」

 しかし声を張り上げたベンの出した指示は俺のものとは真逆だった。

 「おいベン!」

 襲い来る槍に対して双剣を構え、責めるような視線をベンへ向けるも、彼は温和な表情を崩さず、むしろ小さく笑みを浮かべた。

 「ここは、任せて。シールド、アンプリス!」

 掛け声と共に、彼の握る薙刀が天に突き上げられる。

 直後、降り注ぐ聖槍の雨が俺や傭兵達の頭上数メートルで雷を弾けさせ、盛大に爆発した。

 連続する閃光と轟音には叩き付けられたかのような衝撃を錯覚させるも、実際の害はなし。派手に散らばった無数の雷は波紋のように広がり、それを宙で食い止める巨大ながら透明な壁の存在を露わにする。

 「ほら、ね?」

 数百人をたった一枚で守り切ってしまった、縁が微かに青みがかった盾に呆気に取られていると、隣でベンが得意気に目配せしてきた。

 なるほど、ベンが正しかった訳だ。

 「頼りになるな。」

 「少し、疲れるけど、ね。」

 そして槍が全て障壁に着弾して爆散してしまったのを確認し、薙刀を下ろして障壁魔法を解除したベンは地面に立てた薙刀にもたれかかるようにして汗を拭った。

 強力な大技なだけあって、体力をかなり消耗するらしい。

 しかし本当の戦いはまだ始まってすらいないのだ。

 「総員!掛かれぇッ!」

 「「「ウオオオオオ!」」」

 森の中から号令が上がり、騎乗したアイワースの騎士達が雄叫びを上げて森からの飛び出し、突撃してくる。

 「く、来るぞ!」

 「構えろ!」

 「くそっ、ほ、本当に戦争になるのか?」

 一方で、身の竦むような強烈な攻撃を――ベンが防いだとはいえ――受け、畳み掛けられるように敵の攻撃に晒されることとなり、逃げ腰になってしまった傭兵達のあちこちから小さな弱音が漏れ聞こえた。

 ……このままじゃあ俺がアイと戦ってる間に傭兵達の方が負けてしまう。

 不味い。

 「怯むなッ!」

 そう思った途端、俺のすぐ隣から身を震わせるような大声が轟いた。

 その声の主――ベンは身を翻して馬に飛び乗ると、その青い目で傭兵達皆を睨み付け、薙刀を掲げて再び声を響かせた。

 「自分達が何者か忘れたか!これまでヘルムントを守り続けてきた、あのヘレンが自らの誇りとしている傭兵だろう!?それが敵を前にして何を怖気付いている!」

 普段の穏やかさからは想像もつかない声量に、傍から聞いているだけでビリビリと身体が震える。

 見れば、ユイやラヴァル、基本的に動じないケイもあまりの落差に驚いて目を見開き、しかもユイに至っては口が半分空いていた。

 「元より僕達に逃げ場はない!前にいるのは倒すべき敵であり……」

 薙刀が大きく振られ、その切っ先が向かってくるアイワース兵へ向く。

 「……後ろにいるのは守るべき者達だけだ!」

 そして続く言葉と共に薙刀が今度はヘルムント領の内側へ向けられた。

 「これで迷う必要がどこにある!今はヘレンがいないから、代わりに僕が言わせて貰う!何としても敵を打ち倒し!ヘルムントを守り切るぞ!」

 「「「「オオッ!」」」」

 「進めぇッ!」

 「「「「「「オオオオッ!」」」」」」

 最後にベンが再度薙刀を敵兵へ大きく振るうと、士気の目に見えて上がった傭兵達は敵をも超える熱量を持って駆け出した。

 「はぁ、はぁ……っ!上手く、できたかな。」

 薙刀を振り抜いたまま、元々無かった体力をふり絞ったおかげで肩で息をしながらベンが呟く。

 「フッ、流石は次期国王陛下、と言ったところか。」

 「くはは、そうだな。」

 そんなベンへラヴァルの下した評価に賛同して笑うと、当の本人は照れ臭そうに笑顔を浮かべた。

 「まだ、慣れないけど、ね。兄さんを継ぐんだ、これぐらい、できないと。」

 しかしここで、戦場に3つ目の声が響き渡った。

 「ユゥーイィーッ!いるんでしょーっ!?さっさと出て来てよ!殺してやるから!」

 周囲の味方が進軍する中、槍を肩に担いで悠々と歩き、大声を響かせるのはアイ。

 「……相変わらずね。」

 「ハッ、その一言で済ませられるってのもなかなか凄いけどな。それじゃ、行ってくる。」

 「なら、私はどこかの護衛騎士の代わりを務めます。こんな開けたところじゃ足を引っ張るだけですから。」

 「おう、了解。」

 対するユイの呟きに軽く噴き出し、ケイの言葉に頷き返した俺が傭兵達の波に乗ってアイの方へと駆け出すと、すぐ後ろをユイが、佩いた刀に手をかけて付いてきた。

 「ユイ?」

 「まさか一人で戦うなんて言わないでしょうね?傷は治っていても、大怪我を負って逃げてきたことには変わりないのよ?」

 反論なんてできようはずも無い。

 「無理はするなよ?」

 「あなただけには言われたくないわ。疾駆!」

 「あ、おい!?」

 一気に加速して俺を追い越し、ユイがアイとの距離を詰める。

 「あ、来た来た!久しぶりだね、ユイ!」

 「そうね、会えて嬉しいわ。「私も!」っ、オーバーパワーッ!」

 目標を発見するや、数十メートルあった距離を一瞬で詰めてきたアイに対し、ユイは抜刀と共に草薙の剣を切り上げ、しかしゲイボルグの素早い一振りに弾かれてしまう。

 「ぶっ飛べッ!」

 そして大きく円弧を描いた槍を、アイが力任せに切り返させて大振りすれば、ユイは素早く両手で構え直した刀でその攻撃を受け止めた。

 かち合った武器の間で赤と黄の光が弾ける。

 「なんで!?」

 上がった驚愕の声はアイのもの。

 何せ雷を纏った槍を受け止めて尚、ユイは無傷のまま立っていたのだ。

 「……やっぱり、要は武器と魔法を同時に使っているのと同じってことね。」

 「このっ!」

 素早く槍を引いたアイが相手に連撃を浴びせかけるも、その尽くが放電しているにも関わらず、ユイはまるでそれが効いていないかのように槍撃を捌いていく。

 ……正直、感心してしまった。

 ユイの実行している雷への対処そのものは至って単純。刀に纏わせた炎によって雷を相殺、もしくは軽減しているだけだ。

 ただ、それには相殺する魔法に込められたのと同等、もしくはそれ以上の魔素が必要となる。大した魔力のない相手ならともかく、精霊とやらの力によっていくらでも魔素を使えるアイに対し、その手段はあまりに無謀だ。

 何せ相手の魔法にどれだけ魔素が込められているのか分からないのだ。アイはその気になればアホみたいな量の魔素を扱える以上、こちらは勘で相手の使った魔素の量に当たりをつけるしかない。

 だからこそ一応魔法でもある俺の剣はカイトやアイの魔法に打ち負けてしまう。

 が、ユイは違う。

 「チッ、これなら!」

 「見えてるのよッ!」

 炎と雷を撒き散らし、互いに一歩も引かずに得物を振るう中、アイが一際激しい雷撃を乗せて突いた槍を、ユイは右足を踏み込み、半身になって紙一重で避ける。

 魔視のスキルにより、ユイの目はアイの用いる魔素を正確に捉えているのである。

 よってユイは魔法を相殺する際は必要最低限の魔素を用いるだけで済み、自身で対応し切れない程強力な魔法をアイに行使されたときは悩むことなく回避に専念できる。

 「ハァッ!」

 相手の懐に入ったユイによる水平な斬撃。

 しかし対するアイは聖槍を手放し右前腕を立て、そこに嵌めた篭手でもって刃を防いだ。

 火炎に右半身を舐められながらも、アイがそれを気にした様子はない。どころか、左手に新たな槍を掴んだ彼女はそのまま相手を串刺しにしようとし、それを察知したユイの方が大きく距離を取ると、空振った槍の先から曇り空へと眩い雷が駆け抜けた。

 「チッ……ふーん、やるじゃん?」

 「これでも努力はしてきたもの、あなた程度にはそう簡単にやられはしないわ。」

 左の聖槍を放り捨てたアイの完全に格下へ向けるような言葉に、張り合うように挑発混じりの返答をするユイ。

 「おいおい、あんまり挑発するな。ただでさえ怖いんだから。」

 「あら、遅かったわね。」

 その左隣にようやく辿り着いたところで俺が諌めの言葉を口にすると、ユイはそう言って小さく笑みをこちらに返し、刀を構え直した。

 「ふーん、あんた、まだいたんだ?」

 「くはは、文字通り眼中に無かったか。」

 まぁ当たり前っちゃ当たり前か。一度敗走している訳だしな。

 「で、何?二人いれば私に勝てるって思った訳?」

 「まぁな。さて、リベンジマッチと行こ「ざっけんな!」っ。」

 俺の言葉はどうもアイの逆鱗に触れたらしく、彼女の顔が怒りに歪む。

 「これはカイトのくれた力なんだよ?あんた達が何しようが負ける訳ないっしょ。」

 「それはどうかしら?」

 「ッ……調子、乗んな!」

 更なる挑発に激昂し、アイが声を張り上げたかと思うと、彼女は槍を右手に持ち直して右足を大きく引き、重心をそこに乗せたまま姿勢を低く沈めた。

 「カイトの愛、見せたげる。……疾風迅雷!」

 そして、アイの姿がブレた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ