表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
327/346

新たな力➁

 ただでさえ厄介な相手が物凄く厄介な力を手にしていた。うん、正直泣きたい。

 そんな俺の心の内を知ってか知らずか、左手に乗せた3色の光の塊をこちらに見せびらかし、自らもそれを愛おしそうに眺めていたアイは、ふとそれらへ息を吹きかけると、音もなく踊っていた精霊は彼女の掌から掻き消えた。

 その間、アイの佇まいに隙はない。

 余韻に浸ってうっとりとした表情をしていても、彼女は槍の構えを解くことはなく、その目は彼女と一定の距離を保ったままじりじりとセラの元へ向かう俺をしっかり捉えて離さない。

 ところで爺さん、精霊とやらの姿が消えたからって、本当にこの場からいなくなったなんて都合のいい解釈はできないんだよな?

 『うむ、セラが精霊を生きた魔素と呼んだたじゃろ?まさしくその通りでの、精霊は普段は空気中の魔素に溶け込んでおるのじゃ。』

 つまり、精霊の姿なんか見えなくたってアイは魔法が使い放題なことに変わりはない、と。

 『じゃの。』

 チクショウめ。

 『なにを言うておる、無色の魔法を使って行けば良いじゃろ。』

 精霊を用いたアイの魔法をそう簡単に掻き消せるとは思えないけどな。

 「あ、そうだ、ユイにもこれを見せないとね。殺してやる前に。……悔しがるかな?悲しむかな?ねぇ、どう思う?」

 俺の内心の焦りを他所に、心底楽しそうにアイが聞いてくる。

 「さて、まずユイがお前に殺されるってところから怪しいからなぁ。少なくとも今回、お前ら二人は戦うことすらないぞ?」

 それに肩を竦めて返し、ようやくセラの前に辿り着いたところで俺は黒龍の剣先をアイへ向けた。

 何はともあれ、戦うしかないことに変わりはない。

 「ふーん?さっきまであんだけ追い詰められてて、まだ私を倒せる気?」

 「なに、ユイ達がヘルムントに戻るまでの時間稼ぎぐらいならできるさ。」

 「……ヘルムントに戻るまで?なんでそんなことであいつを殺すのを諦めなきゃいけない訳?」

 ん?

 「そりゃだって、お前の味方はアイワース領の兵なんだろ?そんなの引き連れてヘルムントに入ってくるのは不味いんじゃないか?」

 だから境界の曖昧なこの森の中で待ち構えてたんじゃないのか?

 そう思って尋ねると、アイは何が可笑しいのか急に笑いだした。

 「あはは!ねぇあんた、すっごく今更なことを忘れてない?」

 「忘れてる?」

 何を?

 「あんた達はさ、第一王子を殺した罪人なんだよ?で、あんた達に協力した奴らも皆同罪なの。冒険者ギルドの、レゴラス、だっけ?あいつも今は牢屋の中だし。」

 「なるほど、レゴラスから俺達がここにいることを聞き出した、と。」

 「え?」

 「え?」

 違うのか?

 「……聞き出すも何も、私がアイワースに来たのは領主がちゃんとカイトに従うつもりなのか確かめるためだし。そしたら近々ヘルムントと戦うから、忠誠を誓う代わりに力を貸して欲しいって言うじゃん?で、よく聞いたらアイワースの騎士を殺し回ってるのが他の誰でもないあんた達だって分かったから、こっちに飛んできたって訳。」

 「じゃあなんだ、ここに来たのは単なる偶然だってか?」

 冗談じゃないぞ。

 「そーゆーこと。ふふ、さっさとあんた達を殺せって、きっと神様が背中を押してくれてるんだね。」

 ……なんだか本当にそんな気がしてきた。

 『少なくともわしではないぞい。』

 おいこら爺さん、お前までそんな気がしてきてどうする。

 「あ、そういえばアイワースの領主もあんた達の正体を知って喜んでたよ。ヘルムントの盗賊団に武器とか貸したり隠れ家を提供したり、あと、私兵に盗賊のフリをさせたりもする程ヘルムントを嫌ってたのがさ、これからはスレインに対する反逆者として堂々と攻められるからって。感謝までされちゃった。」

 武器を貸したりフリをしたりて……そういうカラクリかよ。

 「ふ、ふざけるな!私達がここにいなかった時からそのような行為をしていた事実はどうする?見逃すというのか!?」

 怒鳴ったセラがそのまま前へ出ようとしたのを、俺は前を向いたままその肩を押し返すことで阻む。

 「そんなの、前からヘルムントが反逆者だって気付いてて、でもなかなか尻尾出さなかったからできる範囲で攻撃してただけっしょ?」

 「くはは、相も変わらず作り話だけは上手いな。」

 「あはは、本当のことに決まってるっしょ。あんた達の罪と同じぐらい!」

 笑い、話は終わりだと言う代わりにアイが槍を肩から下ろせば、巻き起こった風に周囲の木々が大きく揺れた。

 「セラ、先に行け。」

 振り返らずに言い、双剣を握り直す。

 「いや、私も……「本気で言ってるのか?」っ!……すまない。」

 それに一度は反発しかけたものの、禄に剣を振ることさえできない自身の状態を流石に忘れてはいなかったようで、セラはすぐにこちらへ背を向け、ベンの元へと走っていった。

 「逃がしたって意味ないのに。カイトの敵は皆殺すんだから。」

 「……説得とか、道は他にも色々あると思うぞ?」

 殺すのは最終手段だろ。

 「ハッ、どうせあんた達は聞かないっしょ!」

 俺の言葉を笑い飛ばし、アイが地面を蹴る。

 「ま、確かにな。」

 そして次の瞬間には俺の顔のあった場所を貫いた槍を交差した双剣で押し上げつつ、軽く胸を逸らした体勢で俺は苦笑した。

 そのまま両龍で槍を上へ弾き上げてやるも、同時にアイの左手に新たな槍が現れる。

 すかさず繰り出される右脇腹を狙った突き。黒龍を振り下ろすことでそれを俺の背後へ流しつつ、右足を踏み込んでアイのみぞ落ちに硬化した左膝を叩き込むと、そこを守っていた白銀の鎧がヒビ割れ、大きく凹んだ。

 「効かないっつってんのッ!」

 しかし肝心のアイは怯まない。

 「ガッ!?」

 お返しとばかりに腹を蹴られ、勢い良く吹っ飛ばされる。

 そのまま背中から木に衝突して肺から空気が漏れ、俺の身体は硬すぎるクッションの半ばまでめり込んだ。

 が、呼吸を整えている余裕はない。

 「貫き穿て!」

 「くっ!」

 聞き慣れた文言に反応して顔を上げ、両肘を背後の木に叩きつけ、それを砕いた反動で立ち上がる。

 「ゲイボルグ!」

 襲い掛かってくる無数の槍。

 しかし双龍でそれらに何とか対処し終えたとき、アイは既に彼我の距離を詰め終えていた。

 「もう奥の手でも何でもないんだなクソッタレ!」

 節操なく使いやがって!

 「当たり前じゃん?エンチャント!」

 怒鳴り散らすように彼女が唱えた途端、その四肢、ひいては携えた槍にまでも雷が宿る。

 そのまま胸元へ真っ直ぐ放たれた突きを黒龍で左へ弾こうとしたところで直感が警鐘を鳴らし、俺は代わりに右へ大きく飛び込んだ。

 直後、背後から爆発音が轟いた。

 爆風に身体を煽られながらも、一度転がり、姿勢を制御して立ち上がる。そうして爆心へと目を向ければ、俺の背後にあった木は膝丈の根元を残して粉々に消し飛び、それを行った聖槍の延長線上に並ぶ木々までもが幹に大穴を開けられ、激しく燃えていた。

 もちろん、槍がアイの右手に握られたままだというのに、だ。

 「……槍を投げる必要、あるか?」

 持ったままでも攻撃範囲は十二分に広い気がする。

 「うるさい!いい加減当たれッ!」

 「勇者様!遅れて申し訳ありません!アイワース騎士団、只今参上いたしました!」

 苛立ちを顕にアイが左足をこちらへ強く踏み込み、湿った地面に電撃が迸ったかと思うと、俺から見て右手の木々の中から馬に乗った騎士達が現れた。

 「チッ、もう来たか。」

 思わず舌打ちが漏れる。

 戦闘に集中し過ぎて接近に気付けなかった。

 「これより我々も加勢し敵を……一人?」

 「黒衣に双剣……団長、もしかしなくとも、あいつが、クロダコテツでは?」

 アイがヘルムント軍と戦っているとでも思っていたのか、腰から剣を半ばまで抜いた団長であるらしい先頭の男が訝しげな表情をすると、隣の馬に乗る騎士が俺の名を言い当てた。

 「っ!なるほど。皆、アンデッドにされぬよう気をつけろ!とつげ「ブラックミスト!」なにっ!?」

 ただ、彼らの相手をするつもりも余裕も今の俺にはない。

 騎士団長が剣を掲げ号令と共にこちらへ振り下ろすや否や、右方向に濃い煙幕を張り、ついでに騎馬を転けさせるためのワイヤーを地面に張り巡らせれば、闇の中から人と馬の悲鳴が幾つも聞こえてきた。

 「どっち見てんの?」

 しかしこの場の最大の脅威から一瞬でも注意を逸した俺の隙を逃さず、アイは一気に突貫してきた。

 放たれた突きに対し反応が僅かに遅れたものの、咄嗟に陰龍の柄で穂先を叩くことでその軌道をギリギリ俺から逸らさせる。

 途端、手袋やコートの袖に無数の裂傷が走り、血を噴いた。

 「ぐッ!?」

 遅れ、背中にまでも熱が届き、身体が痺れ、強張る。

 「ラピッドスピア!」

 「これ、は……!」

 すかさず放たれた、蒼白い軌跡を描く連撃をそれでも何とか裁いていくも、武器がかち合う度に剣を握った手や腕の皮膚が裂け、その動きが徐々に鈍くなっていくのが分かった。

 ただ、発動しっぱなしの龍眼は迫る全ての攻撃を尚も正確に捉えてくれ、俺は今できる最速の剣舞でその対処にあたる。

 しかし、やはり限界は来た。

 「ピアースッ!」

 「くっ!?」

 俺の顔面目掛けてさらに速度を上げて迫った槍を、俺自身の血に塗れた、本来より数倍重く感じる陰龍を持ち上げ何とか防ぐ。

 が、それを最後に左手から陰龍が滑り落ちてしまった。

 「そこッ!」

 「黒銀!」

 繰り出された突きに対し、全身を硬化しながら身を捻る。が、俺の脇腹を捕らえた槍はそこを滑りながらも薄く抉り取り、さらにその余波で俺の全身をズタズタに切り裂いた。

 「ぐぉっ!?くそっ、たれッ!」

 無理矢理、気合で右足を踏み込み、黒龍を大振りしてアイに距離を取らせはしたものの、上手く足に力が入らず、その場に片膝をついてしまう。

 すぐさま黒魔法製の包帯で溢れ出る脇腹の赤色を抑える。そこを中心に放射状に広がる深い裂傷や火傷の訴える熱は無視だ。

 ……尚も続く――特に右半身が酷い――身体の痺れは、槍の纏っていた雷の影響だろう。

 「はぁ、はぁ……お前も、カイトと同じで、まともに打ち合うと、こっちに被害が出る訳か。」

 そんな相手、あいつ一人で十分だってのに。

 「バーカ、同じな訳ないじゃん。私は精霊を使ってるけど、カイトは本物の神様の力を使ってるんだよ?……なんか女神ばっかりなのが気に食わないけど。」

 「はは……あいつらしいな。」

 こっちは喧しい爺さん一人だぞ。

 『誰が喧しいじゃと!?』

 そういうとこだよ。傷に響くから黙ってろ。

 「で?そろそろ良い?私、ユイを殺さないといけないんだけど。」

 「なんだ、勝ったつもりか?」

 「当たり前っしょ。」

 「それは、どうかな。」

 こんな状態でも、まだ足掻ける。

 相手を睨みつけたまま、周囲から黒色魔素を集め、身体に纏わせていく。

 使う魔法はマジックマリオネット。

 身体の痺れといい、命の危機といい、奇しくも初めて使った時と状況が似ている気がして笑えてくる。

 「っ、何を……え?」

 異様な雰囲気でも感じたか、警戒を顕にアイが槍を構え直したところで、小さな玉が彼女と俺との間に転がり込んだ。

 俺の物じゃない。ただ、それが何なのかはよく知っている。

 一拍置いた後、玉が黒い煙を勢い良く噴き出し、辺りを瞬く間に闇に包む。

 そうして視界が無くなるや否や左腕が掴まれて強く引っ張られ、しかし俺は身体を魔法で動かして逆にその手を引っ張り返し、手の主に覆い被さるように左へ飛んだ。

 直後、爆発音と共に地面が揺れ、ついさっきまで俺のいた場所を一陣の風が吹き抜けた。

 「あーもうッ!隠れんな!面倒臭い!」

 そこ――うずくまる俺のすぐ後ろに立つアイはそう怒鳴り声を上げ、再び地面を蹴る。

 ……行ったか。

 散った泥を甘んじて被りながらアイの気配が遠ざかったのを確認し、俺はさらなる煙幕を魔法で張りながらゆっくりと移動。先程ぶつかった木の影に隠れたところで抱き抱えたケイを放してやった。

 「馬鹿野郎、何考えてる。一歩間違えたら……「馬鹿は隊長さんです!どうしてあそこからまだ戦おうとしたんですか!?隊長さんなら僕の助けがなくたって自力で逃げられたでしょう!」……。」

 小声で文句を言うも、逆に――これまた小声で――ケイに悲痛な声で叱られ、そのあまりの剣幕に言葉に詰まってしまう。

 すると、ケイは諦めたように首を振り、ため息を吐いた。

 「はぁ……もう、今は良いです。取り敢えずアイがまだここを捜索している内に逃げましょう。」

 「おい待て、そんなことをしたら……。」

 「時間なら十分に稼ぎました。それより、早く隊長さんの傷を治さないと。こんな片田舎にも闇ギルドへの門はある筈です。」

 「闇ギルド?……ああそうか、聖武具による傷だもんな。」

 このまま白魔法なんて使ったら腹を抉られたままになる訳か。

 ……待てよ。

 「確か、治りかけの傷をさらに傷付けて、聖剣の影響を取り除くのが、聖武具による傷の治療法だったよな。」

 「はい。すごく痛いです。」

 「くはは、じゃあ、俺も覚悟しないとな。」

 ナイフを作り上げ、

 「隊長さん?まさか!」

 「そのまさかだ。」

 腹の包帯を消す。

 「ふぅ……ッ!」

 そして、目一杯歯を食いしばった俺は、自身の腹にナイフを突き立てた。

 刺す場所はもちろん、聖槍に抉られた傷口。

 狙いはその傷を広げ、聖槍の影響を上書きすること。

 ただ、走った激痛は想像の遥か上を行っていた。……お侍さんって凄い。

 「ぐ、ぁぁ……。」

 「何やってるんですか!明らかに素人がやっていいことじゃありません!」

 腹を刺したまま前のめりに倒れかけた俺を、ケイが押し戻して再び木に背を預けさせてくれる。

 「待っててください。すぐにポーションを……「ありがとな、でも、大丈夫、だ!」わ!?」

 再び覚悟を決めてナイフを腹から抜き、真っ赤に染まった右手を即座にロングコートの中に突っ込んで、左肩を直接強く掴む。

 ごめんな、また力を貸して貰うぞ……

 「……アリシア。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ