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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
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四本目

 「ベン様、いつでも行けます。」

 「うん、それじゃあコテツ君、お願い。」

 馬に乗ってやってきたヘレンが地面に飛び降りながらベンに報告すると、ベンは目の前にいる俺にそう声を掛けてきた。

 二人の後ろにはヘルムント各地から集まった500人強の傭兵達が並び、積年の恨みを晴らさんと、戦いの幕が切って落とされるのを今か今かと待っている。

 そう、いよいよ今日、最後のギガトレントの幹を取り返すことになったのである。

 ……にしても初めは“イノセンツ”とヘレンだけだったっていうのにな。随分大所帯になったもんだ。

 「了ー解。ケイ、準備はいいな?」

 「はい。」

 ベンに頷き、隣のケイの肩を軽く叩いて、前――ヘルムント南西部の国境である森、つまりは一本目を見つけた森へと目を向ける。

 ちょっと信じられないけれども、爺さんを信じるなら、ここに目的の物がある……筈だ。

 『お主はいい加減わしの言葉を心から信じんか!』

 いや心からって……無茶言うなよ。

 『無茶じゃと!?』

 ……ヘール洞窟の落とし穴。

 『あ、あれは、うむ、ちょっとした遊び心じゃ。』

 誰がお前なんか信じるか!

 「ったく。」

 「どうかしましたか?」

 我慢し切れず悪態を漏らすとケイが不思議そうにこちらを見上げ、俺は大したことじゃない、と首を横に振った。

 「盗賊共が散々面倒かけやがって、って思ってな。」

 「あは、今はきっと隊長さんと関わらなければ良かったと思ってますね。」

 「くはは、だな。行こうか。」

 「ああ、後悔させてやろう。」

 「「……え?」」

 そうしていざ森へ踏み入らんとしたところで、ケイの他にもう一人、軽鎧の騎士が立っているのに気が付いた。

 「セラ?」

 「私も先頭を務めよう。安心しろ、隠密スキルは冒険者として身につけている。」

 別にそういう心配はしてないんだけどな……。

 ちなみに隠密スキルは隠密行動の技術そのものとは全く別物だとケイが反論すると思いきや、意外にも彼はただ肩を竦めただけ。

 まぁ考えてみれば森の中は遮蔽物が多いし、隠れやすいっちゃ隠れやすいか。

 「ベンは良いのか?」

 「……私よりもベンは強い。ヘレンも、ファーレンを出ただけあって腕は立つ。だから、私が側にいなくともベンは安全だ。」

 「でもお前はほら、“護衛”騎士じゃ……。」

 「今となって肩書に何の意味がある。ふん、前にケイの言った通りだな……。」

 こいつが肩書を貶して、しかもケイの言葉に同調した……だと?

 おそらく俺もしているだろう、信じられないという表情をしたケイと思わず目を見合わせる。次いでチラとベンを見ると、そっと目を逸された。

 ……この間のギルドマスターの一件の後、ラヴァルに背中を押されてセラを追いかけはしても、問題の解決には至らなかったよう。まぁ心の問題だから仕方がないとは思う。

 視線を少し横に移せば、ミヤさんとクレスがボーッと突っ立っているのも見える。二人は隣にいるユイやラヴァルが何やら話しかけているのに頷いてはいるものの、言葉の内容がエルフ特有の長い耳を右から左、そして左から右へ完全に素通りしているのは明らかだ。

 だがしかし、何はともあれ、やるべきことはやらねばならない。

 パーティーリーダーとその婚約者が何だかギクシャクしていても、そしてパーティー一の魔法使いとその息子が心ここにあらずな様子でも!

 ……正直、先行きが不安でならない。これまでセフト盗賊団の隠れ家を襲ったときはカラリと晴れていたっていうのに、今日に限ってどんより曇り空なのも何となく気掛かりだ。

 まったく、どうしてこういうときに限って爺さんは仕事が早いのだろうか。いつものように無能を晒してもっと間を空けてくれれば、諸々の問題の解決に少しは取り組めたものを。

 『別にわしが幹を見つけたからといって、こうしてすぐに行動を起こす必要はないじゃろ。全てはお主の判断の結果じゃ。』

 仕方ないだろ、ベンやミヤさん達をどうすれば良いのかなんて見当も付かない一方で、セフト盗賊団への対処はこれ以上なく分かりやすいんだから。

 簡単なこ問題をさっさもこなしてしまった方が、悩ましい問題に思う存分時間をかけられるしな。

 『後回しにしておるだけじゃろ。』

 そうとも言う。

 「どうした、行くのだろう?」

 「隊長さん、こいつの変わりようが信じられないのは分かりますけど、ボーッとし過ぎです。」

 「あ、ああ、分かった。」

 先を行くセラとケイに声をかけられ、俺は彼らに続いてうっすらと雪を被った森の中に踏み入った。

 「行くぞ!これより先は敵地だ!慎重に、警戒を怠るな!」

 すると背後でヘレンの声が上がり、セフト盗賊団討伐隊も進軍を開始した。森の中での戦闘を意識してか、ここまで乗ってきた馬はその場に残され、討伐隊の移動手段は例外なく徒歩だ。

 そうして俺達の20m程後ろを付いてくる彼らが無事に敵の本丸に辿り着き、全力でそこを叩き潰せるようにすることが、元々は俺とケイ、そして今は加えてセラにも、課されている役割である。

 気配を押し殺し、辺りに気を配りつつ、天気のせいでただでさえ少ない日の光が遮られてしまっている木々の間を進んでいく。

 外から見る限りでは雪化粧なんて綺麗な表現が似合いそうな森でも、中は半端に積もっめ溶けた雪のせいでぬかるみ、足はすぐさま泥に塗れた。

 そんな緩んだ足場に足を取られそうになったり、地面から小さく突き出た湿った木の根で足が少し滑ってしまったりする度にヒヤリとした物を感じてしまい、走るなんてことはできそうにない。

 『あ。』

 「誰か来ます。」

 しかし遅々として進まないな、という俺の内心に反し、森のまだ浅い箇所でケイが足を止め、小さく警告を発して木の影に隠れた。俺とセラも遅れてそれに倣う。

 爺さんどうした?今更道を間違えたとか言うなよ?

 『お主らに近付いておる者を見つけただけじゃ。……先を越されたがの。』

 上から見ておいてか?

 『わしは道案内に集中しておったんじゃ!それに、そこなケイの本業を忘れたか?』

 なるほど、まぁ確かに。

 「ユイ、止まれ。」

 [ええ、了解。]

 取り敢えずイヤリングを通して本隊へ指示を出し、討伐隊の進軍を停止させる。

 「あそこです。」

 と、そう言ったケイが指差した先を見れば、遠目に立派な鎧姿の男達が3人、右手からこちらへ歩いてきていた。

 そのまま行けば俺達の目の前を横切っていく進路だ。

 「……早いな。隠れ家はまだかなり先だぞ?」

 「立て続けに3回も隠れ家を襲われて、警戒しているんでしょう。」

 「用心深いところは、流石、これまでヘルムントを苦しめてきた大盗賊団ってとこかね?ま、今は大人しくしていて貰おうか。」

 「待て、あれは本当に盗賊なのか?」

 弓矢を作り上げ構えると、セラがそんな疑問を挟んできた。

 「また騎士の真似事をしてるだけだろ。」

 「このような森の中でか?それにあの三角の並びは三人一組で行動するとき、全方位を警戒するために騎士が取る隊列の一つだ。」

 言われ、改めて騎士風の男達へ目を向けてみれば、確かに彼らの互いとの距離は常に一定に保たれている。歩き方も何だか整然としたものに感じられるのは気のせいではないだろう。

 「でも声を掛けるのは危な過ぎるよな。……やり過ごすか?」

 「いえ、無力化してしまいましょう。私が上から吹き矢を打ちます。二人は合わせて襲い掛かってください。」

 「よし分かった。」

 言い、するすると木を登っていったケイの背中に頷いて、弓を消し、服の下で両腕を黒く染める。

 相手がディアス程打たれ強くないことを祈ろう。

 「……私を、疑わないのか?」

 小声でセラが漏らした。

 「疑う?どうして?」

 「昨日言っただろう。私の家は、ティファニーに付いた。」

 「そうだな。まぁ貴族としては妥当な判断じゃないか?」

 今の状況下でベンやハイドン家の勝ち目が薄そうに見えるのは当然だと思う。

 「……それだけか?」

 「それだけ?待て、来るぞ。」

 つい聞き返してしまいながらもすぐに手の平で会話を止め、俺は口元で人差し指を立てつつ近付いてきた騎士達へ意識を向けた。

 騎士として鍛錬してきたからなのか、抜き身の剣を下段に構え、三角形の配置を崩さず歩いてくる彼らに不意打ちをできる隙はほとんどない。

 それでいながら互いと何やら言葉を交している辺り、場馴れしている感がある。

 そして近付くに連れ聞こえてきた会話の中身に、サッと血の気が引いた。

 「……にしても、本当にここに来るんでしょうか?」

 「ああ、間違いない。今朝、軍勢がここへ向けてヘルムントを出たと、報告があったそうだ。方法は分からないが、どうやら冒険者達がアレを目印に拠点を襲っているというのは事実らしい。」

 三角隊形の左後ろを歩く男が呟いた控えめな問いに、しっかりとした声で先頭の男が答える。

 ……俺達は待ち構えられている訳だ。これまでの奇襲のように一筋縄では行かないかもな。

 内心歯噛みしていると、三角形の右後ろの一人が嘲るように笑った。

 「ハッ、軍勢?ただの寄せ集めの間違いだろう。傭兵なんて何人集まったって恐くはないね。ったく、これまで散々戦って潰してやったってのに、まだ俺達に歯向かってくるたあな。」

 「末端をいくら叩いたところで大本の女領主が残っているだろう。我々のような騎士を軽んじ、傭兵ギルドなどという物を作り上げた張本人が。」

 ……我々のような、騎士?

 思わずセラと目を合わせる。

 まさか本当に本物なのか?

 「チッ、そうだな。」

 「……あれはただ盗賊行為に対処するためだと思いますけどね。」

 「ふん、それを言うなら元々アイワースの物であった土地を武力と金で掠め……っ、なんだ、虫、か……ぁ?」

 先頭の男が突然首筋をピシャリと叩き、かと思うとそのままぬかるんだ地面に崩れ落ちる。

 色々疑問は尽きないものの、合図は合図だ。俺とセラはその順で木の影から飛び出した。

 襲う相手は相談なしで決まった。俺が奥、セラが手前だ。

 「おいどうし……くッ!?」

 急に仲間が倒れたことに驚きながらも、傭兵を馬鹿にするだけはあるのか、俺の標的は咄嗟に右へ飛んで接近していた俺から距離を離し、おかげで振り抜かれた黒い右拳はそいつの頬を薄く切り裂いただけに終わる。

 直後、背後で鳴った高い金属音に振り向くと、もう一人の男が首元へ振られたセラの剣を自身の刃でギリギリで防いでいるのが見えた。

 不味い。早くしないと仲間を呼ばれてしまう!

 「テメェら、傭兵共の斥候か!」

 右腕を振り抜いた後も前へ進もうとする慣性に逆らわず、左手で右肩からナイフを抜いて素早く相手へ投擲し、走る。

 「ロジャースに何しやがっ……!?」

 不意打ちを躱して安心でもしていたのか、何やら怒鳴り始めたていた相手は一歩遅れて迫るナイフに気付くと、慌てて剣を左上へ振り上げそれを弾いた。しかし、俺から意識が逸れていた短い時間は、そこまで離れていなかった距離を詰めるのに十分だった。

 足下の泥で右足を滑らせつつ、ナイフへの対処にわざわざ両手を使った相手の頬に右の裏拳を叩き入れる。

 「ぶっ、こいつ!」

 そうして俺から目を外させられた相手はそれでも無理矢理剣を横薙ぎし、対する俺は裏拳の反動で少し引いた右手に黒龍を握り、斜めに振り下ろすことで迫る刃の根元を叩いた。

 叩かれた剣が落ち、地面に刺さる。

 生じた体の捻りを用いて左足を相手の股下に強く踏み込み、左肘を喉に入れてやれば、相手は仰け反り、空気を求めるように左手で首を抑え、その体勢のまま泥に足を滑らせて派手に地面に突っ込んだ。

 すぐに相手の右腕を踏みつけて屈み込み、黒龍の刃を首筋に宛てがって血を一筋流させる。

 「大人しくしていろ。」

 「……光を拒絶する、手の先まで覆う黒い装束。テメェが……“魔人”コテツか。」

 魔人?まぁた変なあだ名が付けられたのか?

 あと普通に日光浴は好きだぞ?特に寒い日の朝一番の日の光は体中に染み渡るようで格別だと思う。

 ……いや待て。

 「どうしてそうだと確信できる。」

 こいつの言い様はまるで俺がここにいることを知ってたかのようだ。

 「……。」

 「はぁ……だんまりか。ならそのまま静かにしてろ。」

 「これ、はっ……!?」

 ため息をついて男から足を外し、それまで静かに纏わり付かせていっていた黒いワイヤーで、大の字倒れた彼を一息に拘束。その口元には幾重ものワイヤーを巻きつかせ、猿ぐつわとする。

 ついでに無色の魔素を辺りに充満させ、魔法も封じてやった。

 「悪い、少し手こずった。そっちは……大丈夫か。」

 セラの方を見れば、彼女は立ったままの敵の口の中に剣の切先を入れることでその動きを止めていた。可哀想にもそれをされている男の方は顎が外れそうなほど口を開いて震えている。

 刃の向きが縦では無く横なのも意地が悪い。下手したら口裂け女ならぬ口裂け男の出来上がりだ。

 と、ケイが木の上から飛び降りてきた。

 「お見事です。騎士様でも不意討ちはできたんですね。」

 「騎士様はやめろ。他者を敬う気持ちなど貴様には欠片もないだろう。」

 「む、心外ですね。隊長さんは尊敬してますよ?」

 “お前は尊敬してないけどな。バーカ。”

 そんな字幕が見えた気がした。

 セラにもそれが見えていたか、剣を持つ手が少し震えている。今尚口に刃を突っ込まれたままの男はなかなか不憫だと思う。

 ともあれ、言い争いなんかしてる場合じゃない。

 「それよりどうする?一旦戻って報告するか?正直こっから先は嫌な予感しかしないぞ。」

 「そうだな。だがその前に幾つかはっきりさせておこう。」

 言い、セラは目の前の男を睨み付け、僅かに剣を引いてそいつの口を自由にした。

 「お前達はセフト盗賊団の一員か?それともアイワース領の騎士か?」

 「き、騎士だ。」

 「ならば何故ここにいる!」

 「……せ、セフト盗賊団を、討伐しに、ひっ!?」

 答えた途端、剣先を喉に近付けられ、騎士から小さな悲鳴が上がる。

 「嘘を付くな!貴様らは明らかにヘルムントを待ち構えていただろう!騎士が、何故盗賊に与するような真似をする!?」

 「そ、それは……。」

 さらにセラに問い詰められ、チラと騎士の目がこちらを向いた。

 なんだ?助けを求めてるのか?……こいつ、知り合いだったっけ?

 「隊長さん!後ろです!」

 頭を捻っているとケイが突然俺の背後を指差して声を上げ、それに反応して後ろを振り返った瞬間、やけに眩しい火の玉が上空へ飛んでいった。

 放ったのは俺がさっき倒した騎士。彼は右手を捻り、その掌を上に向け、そこにはシワだらけだったのを伸ばしたような紙が乗っていた。

 そこに魔法陣の描かれているのは見ずとも分かる。

 しまったな……あの野郎、無色の魔素を扱えたのか。

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