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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
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進捗

 爺さんの調子がヤケに良い。近々雪が降るかもしれない。

 『冬じゃからの。そう不思議なことではないわい。』

 ……槍の雨が降るかもしれない。

 『降って堪るかッ!ええい、誰のおかげでギガトレントの幹を取り返せたと思っておるんじゃ!まずはわしに感謝せい感謝を!』

 はいはい、ありがとさん。最後の1本もこの調子で頼むよ。

 頭の中の喚き声にそう返しつつ、この一週間弱で3度目となる傭兵ギルドでの祝いの宴に目を戻す。

 そう、最後の一本、だ。

 爺さんによる捜索でセフト盗賊団の隠れ家を探し当てることにあれから二度も成功し、――一本ずつバラけさせて保管していたことには結構苛立ったものの――全ての奪還まであと一歩のところまで来たのである。

 戦いそのものは、二度目の討伐隊に参加したディアス達が英雄として迎えられたことに嫉妬したか、三度目となる今回は傭兵ギルドほぼ半数でセフト盗賊団の隠れ家を急襲することとなったため、一方的な展開を呈した。

 ……数の暴力とはああいうことを言うんだと思う。

 隠れ家間での情報共有が全くないおかげで増援による挟み撃ちを心配しなくて良いのも大いに助かった。

 そんな訳で傭兵ギルドはいつにも増してお祭り騒ぎになっている。あちらこちらで傭兵達が誇張マシマシの武勇伝を語り、別の奴とその中身が矛盾し合ってかち合えば、喧嘩が起こって場がさらに盛り上がる有様だ。

 ちなみに今はディアスとブレイクが、どっちが先に盗賊団の隠れ家に踏み入ったかを賭けて殴り合いをおっ始めている。……まぁ本当の正解はケイなんだけれども。

 ともあれ、4回目となる次回にはさらなる増員を期待できるのもあって、先行きはとても明るい。爺さんが隠れ家の場所を探し当ててくれさえすれば、そして槍の雨さえ降らなければ、あとはもうこっちのものだ。

 『降る訳無いじゃろ!』

 おう、そう願ってるよ。そうだ、今回ばかりは爺さんに祈ってやろうか?

 『アホか!そんな事で一々祈らんで良いわ鬱陶しい!』

 はいよ。

 脳内で生返事しながら手にしたジョッキを呷る。

 ついでにディアス達がダブルノックアウトなんて器用な芸当をして見せたので、ドッと湧いた野次馬共と一緒になって大笑いしてやった。

 「あ、コテツさん、ここにいらっしゃったのですね。探しましたよ。」

 すると突然、聞き間違えようのない鈴のように可憐な声が背中に掛けられ、俺は慌ててその場で姿勢を正し、バッと身体ごとそちらを振り向いた。

 「ミ、ミヤさん!?どうしてここに?またクレスと一緒に冒険者ギルドに行ってたんじゃ……。」

 「そうだったのですが、お知らせしなければならないことがありましたので、皆さんに冒険者ギルドへ集まるよう呼びかけに来ました。」

 「知らせなければならないこと?」

 聞き返すと、ミヤさんはそれまで笑顔だった表情を引き締めて頷いた。

 「はい、スレイン軍が出兵しようとしているそうです。」

 ……は!?



 [お呼び立てして申し訳ありません。]

 「良いよ。それより、本当にティファニーは、ラダンを攻めるつもりなの?」

 ミヤさんに連れられ、冒険者ギルドヘルムント支部の奥の部屋――いわゆる支部長室に入ると、既にベンはギルドマスターと話し始めていた。

 それを邪魔しないよう、ミヤさんは静かに移動してラヴァルとクレスの側へ行き、俺はソフィアの手招きに従い、彼女とユイの間に置かれた椅子に腰を下ろした。

 [はい、ここ最近の人や物の流れから見て間違いありません。]

 エルムの仕事場であろう重厚な木の机に両手を乗せて体重を預けたベンが早速ぶつけた質問に対し、机に乗せられた水晶玉の中に浮かぶレゴラスの胸像が頭を縦に振る。

 もちろん、本当にレゴラスがギリギリ両手に収まらないぐらいの水晶玉の中にいる訳ではない。彼自身はイベラムにいて、別の水晶玉を通じてこちらにその姿と声とを送っているのだろう。……実際、背後の本棚が映りこんでいるし。

 そして冒険者ギルドに集まり、適当に持ち寄ったからか種類のバラバラな椅子に座る俺達“イノセンツ”の姿も、同じく水晶玉を通じて見られているに違いない。

 「随分と、急、だね。ファーレンに兵を出してから、まだ2ヶ月しか、経ってないよ。」

 [先生お二方の奮戦があったとはいえ、ヴリトラとの戦いで消耗する筈だった食料や武具、そして兵士のほとんどはそのまま残りましたから。余力はあるということでしょう。]

 「そうか。それで、ハイドン領に行くのを辞めて、引き返してスレインの背中を襲えって、言いたいのかな?もしそうなら、悪いけど、まだそれだけの戦力は……。」

 [ええ、もちろんそのような無理なことをしろとは言いません。取るべき行動の判断は全てそちらに任せます。ただ、情報だけは先に伝えておこうと……ああ、戦力と言えば、助けになればと思い、こちらからも人員を送りました。……他には……]

 水晶玉の映像の外から紙の束を取り、パラパラ捲っていくギルドマスター。

 ……何だか焦っているようにも見える。

 [ああそうだ。ヘルムントは確かに貴方方の味方です。女王統治下のスレインとは通じている様子は一切ありません。助力を乞うことを不安視する必要はないでしょう。……ただ、一方でガート家は完全に女王に与しています。こちらについても――悪い意味で――疑う余地はありません。]

 「ッ!」

 「何が、言いたいのかな?」

 セラが無言で拳を握り歯を噛み締め、ベンが口調に怒気を混ぜるも、レゴラスにそれを気にする様子はない。……ベンの方を見ず、ひたすら真剣な顔で手元の紙を捲っている姿から、余裕がないという方が正しいかもしれん。

 [このことを念頭に置いて行動して貰いたいというだけです。……あとは、ヴリトラ教徒の残党がいるので、先生方にはそちらにも気を付けて欲しいことと……っ!]

 と、言葉の途中で急に顔を上げ、レゴラスが苦い表情を水晶玉の外へと向けた。

 [……私が力をお貸しできるのはここまでです。これから先、こちらと連絡を取る必要はありません。……いえ、決して取らないでください。]

 「何か、あったの?」

 声を落とした相手に合わせ、若干声量を下げてベンが尋ねると、レゴラスは一度息をついた後、困ったような苦笑いを浮かべた。

 [貴方方への助力をスレインに疑われました。既に王国騎士団は私の家に踏み入っています。ここ、ギルド本部に来るのも時間の問題でしょう。]

 「……ごめん。」

 [分かっていたことです。なるべく知らぬふりを通しはしますが、拷問に耐える訓練などは受けていませんので、あまり期待はしないでください。]

 「うん、自分の命を最優先に、行動して欲しい。それと、ありがとう。」

 頭を下げ、ベンが机から離れると、クレスは弾かれたように立ち上がって水晶玉の前に駆け寄った。

 「父さん!早く逃げないと!危なくなったらって、僕に持たせた転移陣があるでしょ?それを使ってこっちに……。」

 [ああ、そういえばそれもあったな。]

 クレスの言葉に鷹揚に頷き、レゴラスが――立ち上がったのか、一度こちらにベルトの金具を見せたあと――映像の外へと消えると、彼の座っていた革張りの椅子が後に残された。そしてギルドマスターがそこに再び現れたとき、魔法陣の描かれた紙がその手にあった。

 おそらく件の転移陣だろう。

 それを見るや、クレスはすぐに懐から丸めた紙を引っ張りだして床に広げ、

 「父さん、いつでも……」

 そう呼び掛ける途中で固まった。

 水晶玉の中で、レゴラスが空いた掌に炎を浮かべ、そのままそれを魔法陣の中央に押し付けたのだ。

 「父さん!?何して……。」

 [クレス、この街に張られた結界を忘れたのか?]

 「あ……転移の、阻止。」

 答えながら、クレスが歯を食いしばって俯く。

 [そういうことだ。何の疑いもかけられていなかったならともかく、今の私は騎士団に追われている身だ。街の外への転移など最初からできないんだよ。この魔法陣は今となっては君達へ繋がる手掛かりにしかならない。分かるね?]

 「ええ、分かっているわ。クレスも、理解はできている筈よ。」

 そんな息子の両肩を優しく撫で、答えたのはミヤさん。

 「……結果的に、クレスを私について来させたあなたの判断は正しかったわね。」

 [ミヤの我儘は今に始まったことじゃないからね。何をすべきかはすぐに思い付くよ。君をメイドにして仕えさせていた王城はきっと大変だったろう。]

 地面を睨む息子を後ろから抱いて彼女が言うと、レゴラスはそう言って優しく笑った。

 「あら、私は私が正しいと思ったことをしてきただけよ?」

 心外そうな妻の受け答えに、夫が浮かべていた笑みを深める。

 [そして前任者を蹴落とし、メイド長にまでなって、派閥争いや職種間での虐めを、少し無理矢理でも、次々と解決していった。……ちょっと彼らに同情してきたな。」

 流石ミヤさん、そんなことまでやってたのか。……そういや王城に潜り込んだときにそんなことを話してた覚えがある。

 「……っ、ここまでか。ミヤ、気を付けて。クレス、母さんを護れ。良いか、人を傷付けるだけが戦いじゃないんだ。]

 「え?」

 と、再び水晶玉の外の方へ目をやったレゴラスは最後にそう言い残すと、小さく声を洩らしたクレスを無視し、水晶玉はフッと本来そうあるべき、透明な球体に戻った。

 誰も何も発さなくなり、沈黙が降りる。

 しかしどうしても気になることがあって、俺は張り詰めた空気の中、恐る恐る手を上げた。

 「なぁ、さっきの、ガート家ってのは……「あの騎士の実家です。」「セラさんの家よ。」あー……。」

 そして質問しかけると、すかさず両隣のソフィアとユイが――ソフィアはセラを指差して、ユイは耳元に囁いて――そう教えてくれ、俺は上げていた手でそのまま頭の後ろを掻いた。

 だからああも辛そうなのか。……気まずい。

 「気にするな。分かっていたことだ。」

 「分かっていた?」

 呟いたセラに聞き返すと、彼女は両手を強く握りしめて頷いた。

 「ガート家が女王の側に付いたことは、数日前、ヘレン様から伝えられた。コテツ、お前には言っただろう?私は信用されていないと。……いずれ皆にも伝えるつもりだったが……黙っていてすまない。」

 そういやそんな理由で一人寂しく飲んでたな。……俺も酒に付き合ってやれば良かったかね?

 「セラ、僕は……。」

 「はい、お心遣い感謝します。……私は少し、外の空気を吸ってきます。」

 ベンに一度頭を下げ、そう言っておもむろに立ち上がったセラはまるで何事もなかったようなしっかりとした足取りで部屋を出ていった。

 まぁ、セラが単に虚勢を張っているだけなのは誰の目にもの明らかだろう。あいつが自ら進んでベンの側を離れるなんて余程のことがない限りあり得ない。

 「セラ……。」

 「何をしている。さっさと行ってやれ。」

 婚約者が去っていった扉と、水晶玉の前で押し黙ったエルフ親子との間でベンが視線を彷徨わせていると、ラヴァルが彼を叱咤した。

 「でも……。」

 「ほう?ここにいて何かできることがあると?」

 反論を遮り、ラヴァルが片眉を上げる。

 「そう、だね……。じゃあ、領主館で。」

 「ああ。」

 するとベンは観念したように数度頷き、そう言い残してセラの後を追っていった。

 それを見送ると、ラヴァルの目は今度は何をすべきか分からず困り果てている俺達へ向けられた。

 「我々も出るとしよう。ここにいては息が詰まる。クレスとミヤは好きなだけ時間を掛けると良い。エルムには私から言っておこう。」

 「……ありがとう、ございます。」

 小さく頭を下げたミヤさんに背を向け、ラヴァルが部屋を出ていく。

 「えっと、ギルドマスターならきっと大丈夫ですよ。」

 「ええ、そうですね……。」

 それに付いていこうと立ち上がり、黙ったままなのも何なので取り敢えずミヤさんにそう声を掛けるも、返されたのは寂しそうな、力のない笑み。

 それがただ単なる愛想笑いなのは言われずとも分かる。

 しまったな……。

 「あーその、つまり……ぐぇっ!?」

 「(馬鹿!これ以上ミヤさんに気を遣わせてどうするのよ!?)」

 「(黙って出るです!)」

 挽回の機会は与えられず、俺はユイとソフィアに押される形で支部長室を後にした。

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