あぶれ者
新年明けましておめでとうこざいます。
今年もよろしくお願いします。
意気揚々と盗賊団の隠れ家を襲いに出発し、取り返せたギガトレントの幹はたった一本だけ。
しかし、これまでやられっぱなしだった相手に一矢報いることができたことが何よりも重要だったらしく、帰還した俺達の報告を聞くやヘルムントの町全体が沸きに沸いた。
特にこれまで盗賊と戦い続けていた傭兵達の盛り上がりは――そのギルドマスターが立て役者の一人なこともあってか――凄まじく、傭兵ギルドはとんでもないお祭り騒ぎとなっていた。
おかげで真っ昼間から飲んだくれ共の馬鹿でかい笑い声が轟く中、しかし少なくとも今の俺に一緒になって騒ぐ余裕はない。
というのも、捕まえた盗賊達が誰一人として有用な情報を持っていなかったのである。
他の隠れ家の位置を知らないどころか、盗賊活動に勤しむのだって、顔も知らない頭領の招集と指令の下で動いているだけ。しかもそうして招集されたときにようやく襲う対象を知るそうな。
信じられない話だけれども、こいつらが何も知らないことはユイに呼んで貰ったテミスのお墨付きがある。疑いの余地はない。
おかげで傭兵ギルドの一角で疲れたフリをして机に突っ伏す俺は頭の中では大忙しだ。
『実際に働いておるのはわしじゃがの。』
そうだな、これからも頑張ってくれ。……で、爺さん、どんなもんだ?
『うーむ、駄目じゃな。』
そうかぁ……。
森の中にいる人間はそう多くはないだろうから、盗賊を探せると思ったんだけどなぁ。
『確かにある程度絞れはするがの。やはり森に人がいるのは分かれど、盗賊かどうかの判別がつかん。加えて、前に盗賊が騎士に扮しておったことを考えると、森におる者皆全てが怪しく見えるわい。』
そうか……なら、敢えてトレントを探したらどうだ?どの道ここら辺りにはあんまりいないんだろ?
『あまりおらんとは言うても、おることには変わりないのじゃぞ?一つの森当たり1本しかおらぬならまだしも、生きておる者だけで2〜30あるとのう……。さらには打ち捨てられた死体の数も加わるんじゃし……。』
なんてこった。爺さん、生死の区別もつけられないのか?
『当たり前じゃ!そんなもの付けたら今探しておる丸太はただ単なる土と変わらんわい!むしろ、原型を留めておる間は元の生物と判別できるようにしたわしの機転に感謝せい。』
なぁるほど、そういうもんか。
でも、流石に洞窟の中にあるトレントの死体、ていうか丸太なんて限られるだろ?そういう探し方はどうだ?
『……そうじゃな、それならば何とかなる、かの?そもそも見つけにくい洞窟の捜索とその中にトレントがおるかどうかの確認で少々時間は掛かるが……。』
取り敢えずやってみてくれ。
『うむ、良いじゃろう。』
頼んだ。
「ふぅ……。」
「なんだ貴様、起きていたのか?」
「んあ?うぉっ!?」
声をかけられ顔を上げると、いつの間にやら隣にセラが、やけに姿勢良く静かに座っているのが目に入り、思わず身体がその場で跳ねた。
そのせいで膝やら腰やらを座っていたテーブルに強かにぶつけたものの、それより何より寿命が数年分消し飛んだ気がする。
「セ、セラか。えーと、どうした?」
「ふん、ただ庶民の酒を味わっていただけだ。……雑味はあるが、強いな。」
半分空になったジョッキを両手で傾け、テーブルに置き、微かに顔を赤くしたセラがいつもより垂れた眉をひそめる。
まぁ普段から眉を吊り上げ過ぎなだけな気もしないでもない。……主にケイのせいで。
『お主もじゃろ。』
お前は盗賊探しに専念してろ!
「あー……そうだ、ベンはどうした?」
「何度言わせる、私はベンと四六時中共にいる訳ではない。ベンは、重要な話があるからと、今はヘレンと席を外している。」
「護衛騎士として一緒にいなくて良いのか?」
つい聞くと、彼女のジョッキを持つ手に力がこもるのが分かった。
「私の代わりに、ラヴァルが同行してくれた。ヘレンにとっては、あの吸血鬼の方が私より信用できるそうだ。」
「ベンはそれで良いって?」
「いいや、私のことも信用していいと言ってくれたが、私から辞退した。」
なぁるほど。
「それで心配な訳か。安心しろって。ラヴァルは信用できる。腕も立つのはお前自身、直接戦って分かっただろ?」
「分かっている。そんな心配はそもそもしていない。」
「お、おう、そう、なのか……。それで、えーと、何か俺に用があったのか?」
わざわざ――狸寝入りだったとは言え――起きるまで待っててくれたみたいだし。
「何か用がなければ隣に座ってはならないのか?」
「いや別に……。」
何か用があってくれないとこっちの身が持たないんだよ!
もちろんそんな本音を彼女にぶつけられる筈もなく、俺は次の行動に迷った末、再び机に突っ伏した。
実際、朝から人一倍働いた訳だし、ここらで一旦休憩するのもありかもしれん。
「……お前はアレに参加しないのか?」
しかし俺が眠りに入るベストポジションを探り当てる前に、セラからそんな問いが飛んできた。
「アレ?」
目を上げれば、彼女は顎で馬鹿騒ぎしている傭兵達を示して見せた。
それに従い視線を移すと、そこではユイとソフィアが襲ってくる傭兵達相手に大立ち回りを演じていた。
ユイはオーバーパワーを存分に使って来る敵来る敵をワンパンK.O.して回り、ソフィアはヒラヒラした衣装にそぐわない動きで向かってくる傭兵達を躱しては相手を転けさせていっている。
何がどうなってあんなことになっているのかは全く持って分からないけれども、気絶した奴ら以外はそれを見ながらゲラゲラ笑っているところ、何か深刻な問題が起こったとか、そう言う訳ではないよう。
ちなみにミヤさんとクレスの姿はここにはない。クレスが“冒険者ギルドを存続させる方法を考える”とかなんとか言ってた覚えがあるので、おそらく二人してエルムのところに向かったのだろう。
まぁもし二人がここにいれば、ていうかミヤさんがここにいれば、飢えた狼共の餌食になっていたに違いないので、それはそれで正しい選択だったと思う。
『返り討ちに合わせるだけじゃろ。お主の言う狼とやらを子犬のように弄ぶ姿が目に浮かぶわい。』
隠れ家は見つかったのか?
『……。』
「はぁ……、で、どうして俺がわざわざアレに参加すると思うんだ?」
屈強な男達を細腕で倒す二人の少女(?)というなかなかに爽快な光景からセラに目を戻すと、彼女は意外そうな表情を返してきた。
「好きだろう?暴れることが。」
「俺は平和主義者だぞ?」
失礼な。
「スレインに喧嘩を売った男の言葉とは思えんな。」
「売られた喧嘩を買っただけだ。」
「普通ならば買わないだろう。」
「スレインが商売上手でな、買わざるを得なかったんだ。あと、このパーティー自体がスレイン相手に喧嘩しようって集まりだろ?俺だけを戦闘狂扱いするんじゃない。」
「だが少なくとも貴様は平和主義者などではない。」
「……平和を愛する者、とか?」
「ふん、口の減らない男だ。……くっ。」
鼻を鳴らして酒を呷り、再びセラが渋い顔をする。
「無理して飲まなくて良いんだぞ?」
「無理など、ぐ……して、いない。」
嘘つけ。そんな顔で飲まれる酒の方が可哀想だ。
「はぁ……、そうかい。」
ともあれ、無理矢理止めようとまでは思わない。
取り敢えず会話も途切れたので、今度こそ気持ちよく寝ようと目を閉じる。
「ああ!ここにいたんですか!探しましたよ!」
しかし次の瞬間、そんなことを許すものかと、俺の木製枕がドン、と強く叩かれた。
なんだなんだと顔を持ち上げれば、傭兵ギルドの受付嬢――ドーラが満面の笑みをこちらに向けていた。
「何か用か?ていうか勤務時間長いな。」
この前は夜中までいたよな?ブラック企業って奴ですかい?
「制服は可愛いから着てるだけで、今は非番ですぅ。そんなことより何か用かとは意地悪ですね?まったくもーっ、分かってるくせにぃ!」
「悪いな、全ッ然分からん。」
「昨日約束したじゃないですかぁ、ウチの武具を買ってくれるって!ミーちゃんにはもう、お客さんを呼んでおいたから期待してねって約束したんですよ?」
言われてみれば、なんとなくそんな記憶が薄っすらと……いや待て。
「買うとは言ってないぞ。」
「ケチ!」
この野郎、この前は酒が入ってたからヤケにハイテンションだった訳じゃないのかよ。
「ヒクッ、ほーらぁ、行きますよぉ!ミーちゃんが待ってるんですからぁ。」
なるほど、酒が入ってるのね。
あと、ミーちゃんってのは、その鹵獲品屋を任されている職員なのかね?
「はぁ……、分かったよ。見るだけな。」
腕をぐいぐい引っ張ってくる赤ら顔に根負けし――ついでにセラと二人っきりという状況から逃げる口実にもなると思い直し――よっこらせと座り過ぎて凝り固まった腰を上げる。
すると、何故かセラまでもが席を立った。
「私も行こう。良い武具をちょうど探していたところだ。」
「本当ですか!では早速行きましょう!きっと気に入る物がありますよ!」
……まぁ一応、セラと“二人っきり”の状況は脱せたかね?
しかし、傭兵ギルドの鹵獲品市を回った後、俺は再びセラと二人っきりで元の位置に戻って来てしまった。
俺がテーブルで頬を潰し、セラがお手本のような座り方でいるのも元のままだ。
「……驚いた。鹵獲品の寄せ集めと思って侮っていたが、まさかあれだけ質の良いものが揃っていたとは。」
「結局何も買わなかったけどな。」
俺達が去る間際にドーラとミーちゃん(本名を聞く機会は逃した。)がしてきた必死のセールストークは結構心に来た。もしもミーちゃんの手に酒瓶がなく、二人の顔が赤くなければ、短剣の一本ぐらいは買ってしまっていたかもしれん。
「ああ、あの二人には悪いことをした。だがこの剣はベンから直々に貰い受けた物だ。そう簡単には手放せない。」
「そんで鎧はこの前買ったばかりだしな。……予備に一つ、なんてのはどうだ?」
「ハイドン領へ行くのだろう?移動の邪魔だ。」
「だよなぁ。」
いざとなればヘール洞窟を倉庫代わりに使えるけれども、乱用はしたくない。一応人様のお墓だし。
『捕らえた盗賊を未だそこに預けておってよく言うわい。』
あれは仕方なくだ。人の体を持ち運ぶのは難しいんだぞ?
……それにまぁ、後々向こうでサイの下で働くことになるかもしれないし、所謂職場見学と見なせるんじゃないか?
『ユイが許す訳なかろう。』
そうだった。
っておい、セフト……『分かっておる分かっておる。何度も言うでないやかましい。』……呪『やめんかッ!』へーい。
間延びした返事を頭の中でしていると、突如俺に影が落ちた。
「テメェ、こんなところにいたのか。」
「ん?」
首だけ捻って声の方を見れば、浅黒い肌の大男が俺を鋭い目で見下ろしていた。
「ディアス、だったよな?」
「おう。コテツ、であってるか?」
「「っ!」」
名を呼ばれ、咄嗟に身体を起こして身構える。セラも戦闘態勢に入ったのが尻目に見えた。
「どうした?違ったか?」
しかし、当のディアスからは一切敵意を感じない。
……気付いてない、のか?
「まぁいいさ。セフト盗賊団の隠れ家を見つけ出して、一泡吹かせたんだってな?この間は疑っちまって悪かった。」
どうも気付いていないらしい。俺の名前はこの世界では結構特殊だった筈なんだけどな。……ま、天下の大悪党が目の前にいるとは流石に思わないか。
『精々小悪党にしか見えぬからのう。』
うるさいぞ。
「えーと、別に気になんてしてないから、わざわざ謝らなくても良いぞ?」
「いいや、それじゃあ俺の気が済まねぇ。」
「そ、そうか。」
案外律儀なのな。
「で、聞いた話だとテメェらはまたセフト盗賊団とやり合うつもりなんだって?」
「ああ、まぁな。こんなに馬鹿騒ぎされてても、実のところ、奪われた積荷の半分も取り返せていないんだ。……ったく、一箇所にまとめて置いてくれてればなぁ。」
「ホッ、そいつは良かった。」
「良かった?」
ぶっ飛ばすぞこの野郎。
安堵の息なんか漏らしやがったディアスを睨み付けると、彼は慌てたように両手を振り待ったをかけた。
「あーいや、テメェらに取ってはそんなことねぇよな、そりゃ。で、だな……一つ、頼みがある。」
「頼み?」
「ああ。昨日はあんなこと言っておいてなんだが……「おいディアス!そろそろ話はついたか!?」……うるせぇよ!交渉中だ!」
何だか言いづらそうにしていたディアスが背中に掛けられた声に怒鳴り返す。
にしても交渉て、要求すらまだ聞いてないぞ?
苦笑しつつ、チラとディアスの後ろへ視線を移すと、同じテーブルを囲む傭兵3人、ていうかブレイク、ピート、デレクの三人衆と目が合った。
彼らが挨拶代わりにジョッキを掲げたので、俺も軽く手を上げて返す。
「で、何を交渉したいんだ?」
そして再びディアスへ目を戻すと、彼はようやく意を決したように口を開いた。
「……次にセフト盗賊団を叩くときは、俺達にも声かけてくれねぇか?」
「了解、そうするよう伝えておくよ。」
真剣な表情にそう言って軽く頷いて返す。
しかし、ディアスはまだ言葉を終えてなかったらしい。
「お前をあんだけ馬鹿にしておいてこんなことを頼むのは、図々しいにも程があるってのは分かる。だが、セフト盗賊団には今まで散々苦汁を舐めさせられてきたんだ。あいつらをぶちのめすためなら、俺達は何だってする。使い倒してくれて構わねぇから「いやだから、分かったって。」……い、良いのか!?」
「そりゃ、戦力が多いに越したことはないしな。……あいつらを入れて4人か?」
「あ、ああ。」
「じゃあ、取り敢えずパーティーリーダーには言っておくよ。」
「ん?テメェじゃねぇのか?」
「おう、ガラじゃないしな。」
あと、何より後ろにいるセラが絶対に納得しない。
「でもまぁ断りはしないだろうから安心しろ。よろしくな。」
「かたじけねぇ!」
右手を差し出すと、ディアスは万力のような力でそれを握り潰し、
「どうだ言ったろ!?話を付けてやるってよ!」
三人衆の元へ戻りながら拳を高く掲げた。
あまりの喜びようにこっちがびっくりだ。それだけセフト盗賊団が憎いってことかね?
……“話をつける”のニュアンスが随分違う気がするのは置いておく。
「実際、話が付いたことそのものは事実らか……一応。」
賭けでもしてたのか、ブレイク達が銀貨を数枚ディアスに投げつける様子を――ちなみにディアスは素晴らしい反射神経を発揮してその全てをキャッチした。――苦笑いしながら眺めいると、背中にセラの声が掛かった。
「……お前は驚く程すぐに人と打ち解けるな。まだヘルムントに来て3日も経っていないというのに、ドーラやあの大男――ディアスと言ったか?――や他数人の傭兵達とも親しくなるとは。」
「そんなことはないぞ?今回は肉体言語を使ったから打ち解けられたってだけで……。」
人並みに人見知りはするし、苦手な相手なんてごまんといる。
それでも拳を交えて傷付けあえばたまに変な絆みたいなものが生まれるのだ。ラヴァルとも殺し合いをしてから仲良くなったし。
……キズとキズナの言葉が似ているのには何か理由があるのかね?
「思えば、お前やユイは別の世界から来たのだったな。私達とお前達とは姿形は似ていても、違う種族のようなものか。……いや、初めはそのことを知らなかったのだから、話は別、か?」
「え?」
いつの間にか話が予期しない方向に転がって思わず振り返るも、ジョッキを眺めてブツブツ呟いていたセラの耳にそれが届いた気配は無し。
ふとその目がこちらを向いた。
「他種族とは、どうすれば仲良くできる?」




