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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
320/346

開始

 6輪の荷台が被った冒険者ギルド印の布を一息に取り払い、積まれた黒い木材を朝日の下に晒してやると、「おお!」と感嘆の声が周囲から上がった。

 さらには拍手まで一斉に上がるところ、その興奮が演技じゃないことが分かる。

 「これが、ギガトレントの幹ですか。見事なもんです。……でもヘレンさん、本当にあっしらだけでこれを使って良いんですかい?」

 「ああ、あんたらの腕は信用してるからね。早速取り掛かってくれ。」

 「聞いたかお前ら!ヘレンさんが信用してくれてるってよ!間違っても期待を裏切るんじゃねぇぞ!」

 髭面の男の問いにヘレンが煙管を片手に頷けば、男は後ろに居並ぶ男女へ向けて半ば怒鳴るように大声を上げ、

 「わざわざ言われなくたって、そのぐらい分かってるよ。」

 「むしろアタシらはアンタが一番心配だよ。」

 「いつも調子ばっかり良いからなぁ。」

 「ぐぬぅ……。」

 すかさずそこにいた皆に口々に突っ込まれ、黙り込んだ。

 彼らは皆ヘルムント指折りの魔法発動体職人であり、これからギガトレントの幹をそれぞれの作業場へ数本ずつ持ち帰り、杖やタクトへの加工に邁進してもらう人達でもある。

 ヘレンの選りすぐりなだけあって、色褪せ、各所が修繕されたエプロン姿は下手な礼服や騎士鎧より様になっているように見える。

 「それじゃ、コテツ、こいつらの馬車への積み込みを手伝ってやってくれるかい?」

 「え?あ、ああ、了解。」

 そんな職人仲間に揃ってたしなめられた髭面を少し不憫に思っていると、ヘレンから顎で指令が下り、俺は早速作業に取り掛かった。


 「それで、作ってもらった魔法発動体は何に使うんですか?」

 自動で閉まっていく青銅色の門を眺めながら、職人達の馬車を見送るヘレンへ尋ねる。

 「……。」

 「ヘレンさん?」

 「楽に話せ。」

 「は?」

 しかし彼女が露骨にシカトして洋館へと歩き始めたので重ねて呼び掛けると、女領主の口から予想だにしていなかった言葉が飛び出した。

 「お前はベン様とは砕けた口調で話すそうだな?」

 「え、ええ、まぁ。」

 「だというのに、私に対してだけ畏まるというのは、やはり変だろう?」

 その度にセラが睨んでくるのもあって毎回落ち着かないけどな。……待てよ、もしも俺がヘレンにそんな態度を取り出したら、領主館の召使い達にまで睨まれることになるんじゃないか?

 それはまずい。

 「どうですかね。俺はそうは思いませんが。」

 「いいや変だ。」

 「あ、はい。」

 チクショウめ、避けられなかったか。

 「で、何を聞きたい?」

 「へ?ああえっと、作ってもらった杖とかを何に使うんで「……。」ウォッホン、使うんだ?」

 ちゃんと敬語はやめてやるからそっと剣に手をかけるんじゃない!あまりに自然すぎてビックリしたわ!

 ったく、セラと言いこいつと言い、どうして俺の周りの貴族の女性は皆喧嘩っ早いんだ。ミヤさんの爪の垢でも煎じて飲み干してくれ。

 『あれはあれでかなり好戦的ではないかの?』

 そうかぁ?

 「何に使うかって?そりゃもちろん兵士の装備さ。新たに魔法隊を編成しようと思っててね。……少なくとも表向きは。」

 「表向き?」

 それなら裏は何かと目で問うも、相手は口角を上げて笑うのみ。

 「くくく、そのうち分かるよ。……それより、本当に見当がついてるんだろうね?」

 「セフト盗賊団の隠れ家についてで……っか?まぁ、八割方。」

 「ふん、そうかい。」

 昨夜と全く同じ質問に、昨夜と全く同じ答えを返す。するとそれが不満だったか、ヘレンは片眉を上げて鼻を鳴らした。

 ただ、爺さんが情報源なんだからそうとしか言えないのだ。勘弁して欲しい。

 『突っ込まんからの。』

 突っ込みどころなんてないだろ。

 「ま、元々手掛かり一つ無かったのに比べりゃ随分マシだ。いつ出発する?」

 「さぁ、そこはベンの判断によります……よるな。ただ、なるだけ早く、少なくとも今日中には出発したい。」

 「もう少し、2日も待ってくれれば私の兵士に一緒について行かせられるよ?……いや、傭兵の方が早く集まるか?」

 「いや、いつギガトレントが売っ払われるか分からないんだ。今だけは少しの時間も惜しい。……それに、戦力なら一応揃ってはいるしな。」

 「随分な自信だねぇ?」

 「まぁ、それでも心配ならベンと相談してくれ。結局どうするか決めるのはあいつだし。」

 芝生を横切って領主館の横をぐるりと回り、見えてきた洋館の裏手にある小さな白いテラスにいる大男を指差す。

 そこではベンの他にもミヤさんにクレス、ソフィア、そしてユイが高級そうな茶や茶菓子を楽しんでおり、その視線は皆同じ方――ラヴァルとセラの模擬戦へ向けられていた。

 「ラヴァル先生は左足を失ってからまだ3ヶ月も経っていなかった、よな?」

 釣られ、激しい戦闘模様へと目を向けたヘレンがポツリとそう漏らしたのも無理はない。

 俺だって目を見張った。

 何せラヴァルは、つい昨日まで剣を振ることさえ覚束なかった片足の吸血鬼は、ベンの護衛騎士であるセラと対峙して尚、互角の戦いを繰り広げていたのだ。

 ラヴァルが身体強化の魔術を用いるのに対して公平を期すため、魔法の使用もアリとなっているようではあっても、基本的に巻き起こっているのは剣戟の嵐。……むしろ、剣を交えている二人ともが魔法や魔術をもっぱら己の剣技の強化にしか使わないからそうなっていると見るべきだろう。

 戦闘を眺めながらテラスの方へと歩いて行くと、そこにいた5人は観戦をやめないまま無言で身を寄せ、席に空きを作ってくれた。

 目を離せないとはまさにこの事を言うのかもしれん。

 俺も決着を見逃すまいと用意された色鮮やかな茶菓子を口に放り込み、再度ラヴァル達へ目を向ければ、両者の動きに疲れの色が見え初め、そろそろ決着が付きそうな様子だった。

 「ハッ!」

 「くっ!?」

 鋭い呼吸と合わせて右手の長剣を振り下ろし、そのたった一振りでセラを――彼女が両手で剣を構えているというのに――怯ませて、ラヴァルはさらに刃を切り返すことで相手の剣を上へ弾く。

 次いで左の義足を踏み込み、長剣を相手の胸元へ突き出そうする相手に対し、守りを崩されたセラは大きく後ろへ飛び退いた。

 その距離およそ10メートル。

 明らかに魔法の補助、おそらくは風の操作を用いて生み出されたその間を、しかしラヴァルは一瞬で0、いや、マイナスにまで縮めてしまう。

 要はセラの背後へ転移したのだ。

 「後ろか!」

 しかしセラの反応も早かった。

 ラヴァルの姿が視界から消えるや否やすぐさま後ろを振り返った彼女の放った騎士剣による横薙ぎは、咄嗟に構えられた剣に受け止められながらも、その纏っていた強風によって相手を無理矢理吹き飛ばした。

 「疾風!」

 追撃に走るセラ。

 「魔法陣がまだ残っているぞ。」

 しかし彼女がラヴァルに追いつく直前、ラヴァルは吹き飛ばされる前の元の位置に再び転移し難を逃れた。

 すぐに切り返し、相手との距離を詰めなおそうとするセラ。対し、ラヴァルは待ち構えるかと思いきや、義足を小さく動かした後、その仮初めの足で地面を蹴った。

 同時に蹴られた地面が爆発を起こし、ラヴァルはその爆風を後押しに弾丸のような突進を敢行した。

 「なに!?」

 「片足では激しく動けぬと思っていたか?」

 相手へ右肩を向けた体勢で右足を踏み込み、土で軽く滑らせ、彼の勢いを乗せた長剣が真一文字に薙ぎ払われる。

 それを何とか防いでセラが後ずさると、ラヴァルは剣を振り抜いたまま、左手の平を突き出した。

 「悪く思うな。パラライズ!」

 「ぐぅっ!?」

 そこで小さな閃光が弾けると、電撃を浴びせられたセラは身体を硬直させ、その顔を苦しそうに歪める。

 それでも彼女はラヴァルがトドメの突きを放つ前に自らの剣を地面に深々と突き刺し、

 「開、放ッ!」

 絞り出すような声でそう叫んだ。

 途端、剣を中心に強い風が放射状に吹いた。剣先の刺さった地面は刀身が再び露になるまで抉れ、ついでに観戦する俺達の背後で用意されたお茶菓子が皿ごと吹き飛んでいった。

 ……一個だけでも食っててよかった。

 「「「「「あ!」」」」」

 そして、上がった声は戦う両者のどちらでもなく、テラスから観戦する俺達皆のもの。

 セラの最後の足掻きでバランスを崩したラヴァルは距離を取るため後ろに下がろうとし、そこでそれまでの善戦がまるで嘘だったかのように、転けたのだ。

 どうも後ろ歩きはまだ難しかったよう。

 そうして尻もちをついた彼の鼻先に、セラが情け容赦なく剣の先を突き付けた。

 「参った。」

 「……悪く思うな。」

 「フッ、なに、こういうことも含めて今の私の実力だ。」

 戦闘の激しさと比較するとかなり拍子抜けな決着にセラが微妙な顔をしているのに対し、ラヴァルの表情は晴れやかなもの。

 彼はセラの手を借りて立ち上がると、そのままスタスタと何事もなかったかのように、テラスの方へと歩いてきた。

 「見苦しいところを見せてしまったな。」

 「そんな!全然見苦しくなんてありません!」

 「ええ、むしろ感心させられました。その、失礼ではありますけど、やはり片足では戦士としてまともに戦うことなどできないと思っていたので。」

 「なぁに、何事も慣れだ。流石に二刀での戦いはこれから先も無理だろうが、その分魔術を戦術に組み込もう。……盗賊団などに遅れは取らぬよ。」

 エルフ親子の言葉に軽く笑い、そう言ってチラと俺へ目配せするラヴァル。

 彼にはここで療養してもらうべきだという俺の考えはどうやら看破されていたらしい。……まぁ、さっきの戦いぶりを見せられれば、参加することに文句なんざ言えやしない。

 「ありがとうございます先生。それで、ベン様、その盗賊団についてですが……。」

 一方でラヴァルの言葉をただ単に頼もしい言葉と捉えたヘレンはかつての師へ一度頭を下げると、早速ベンに出発時刻や増援の有無等を相談し始めた。



 爺さんの案内で入ったのは、ヘルムント南西部にある、陽の光を殆ど通さない鬱蒼とした森だった。

 俺は今、セフト盗賊団の隠れ家がある筈のその中を、脳内で指示された方向へ、辺りの気配に気を配りつつ真っ直ぐ歩いていっている。

 まぁ気を配るとは言っても、トレントの森とは違って見た目何の変哲もない木々が突然牙を向いてくることは無く、そもそも力のある魔物が早々いないらしいので、そこまで気を張る必要はない。

 ぶっちゃけ気を付けるべきは、雪に埋もれた根っこに足を引っ掛けないようにすることと、枝に積もった雪が落ちてくるのに巻き込まれないようすることだけだ。ただ、焦る必要は今のところないのでその心配もほぼほぼ杞憂だろう。

 唯一の懸念事項は、どれだけ戦えるのかが全く未知数なヘルムント領主――ヘレンが俺達“イノセンツ”に同行していることくらい。……とは言え彼女の実力にはラヴァルのお墨付きがあるから、そちらの心配の方がもっと杞憂かもしれない。

 と、そう考えたところで、その懸念事項たる張本人が背後から話しかけてきた。

 「なぁコテツ、この森に入ってから一度たりとも足を止めてないし、殆ど曲がってすらいない。本当にこっちなのかい?普通なら何度か立ち止まって敵の痕跡を探したりするもんだろう?」

 「大丈夫だ、問題ない。ふん!?」

 それに振り向かないまま彼女へ親指を立てて見せた瞬間、後頭部に特大の雪玉がぶつけられた。

 見ずとも分かる。投げたのはユイだ。何せツッコミ手が彼女しかいない。

 服の中に入った雪の冷たさに身体を震わせつつ、ベン達と混ざって歩く彼女を見れば、逆に末恐ろしい視線がこちらを突き刺した。

 ……俺の身体が縮こまっているのは雪のせいか恐怖のせいか、おかげでちょっと分からない。

 「まったく、真面目にやりなさい。」

 「……ユイ?」

 「あ!いえ、何でもありません。」

 当然、今の激し過ぎるツッコミの理由を、ユイを呼びかけたヘレンや他の皆が理解できる筈もなく、周囲の視線集めた当人は慌てたように首を振る。

 「は、早く行きましょう。あの人の道案内だけは信頼に値しますから。」

 「“だけは”?」

 「え?あ、はい。あの人、普段の言動はふざけてばかりですから。目的のためだったら平気で嘘を付いたり隠し事したりしますし。見ての通り、ファッションセンスだって壊滅してます。」

 「そ、そうか。」

 捲し立てる相手の勢いに少したじろぎながら頷くヘレン。

 きっと彼女のユイへの評価に“変なヤツ”が加わったことだろう。

 ……ていうかユイめ、焦ってるからむて最後の一つは言う必要あったか?余程俺の久々のロングコート姿が嫌なのかね?

 色々と物申したいところ、今現在の俺達は、高い確率でセフト盗賊団のアジトがあるヘルムンと南の国境に跨る森――要は敵地の中。

 下手に騒いで居場所が知られれば面倒なことになるのは請け合いなので、反論はぐっと飲み込んだ。

 『飲み込むも何も反論できんだけじゃろ。』

 うるさいぞ。大人しく道案内をしてろ。

 『そうは言うてもの、真っ直ぐは真っ直ぐじゃ。他にどうとも言えぬわい。』

 だったら大人しく黙っててくれ。

 『お主があまりに不合理なことを言うたのが悪い。』

 ……クソジジイめ。

 「どうかしましたか?」

 「ん?あーいや、ヘレンが付いて来てるのが少し不安なだけだよ。」

 苛立ちが顔に出てたのか、怪訝な目を向けてきたケイに、何でもないと頭を横に振って見せる。

 すると彼は何やら可笑しそうに肩を震わせた。

 「あは、隊長さんからしたらあの領主様ですら心配の対象ですか。」

 「変か?」

 「少なくともあの領主の暗殺依頼はかなりの報酬がないと受けません。」

 物騒な例えだなおい。

 『お主、そろそろじゃ。』

 おう、了解。

 「ケイ。」

 「はい、分かりました。」

 爺さんの言葉に頷いてケイに気配を殺すよう小声で呼びかけ、同時に手を上げることで後ろを付いて来ている仲間に止まるよう指示。

 万全を期すため、ここから先を進むのは隠密技術を身に付けた俺とケイの二人のみ。待機して貰う他の皆の出番は、俺達が目的の物を見つけた後だ。

 取り敢えず見張りがいればすぐ射殺せるよう、弓に矢をつがえて下向きに構え、俺は白い森のさらに奥へと進んだ。

ちょっと色々あってこれから忙しくなるのでこれまでの不定期更新(仮)から不定期更新マジにさせていただきます。

少なくとも月一回は投稿できるよう頑張ります

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