32 職業:教師候補③
「わしのミョルニルよりも強いじゃと?あ、あり得ん!そ、それに、じゃからと言って、無傷でいられるはずがない!」
「良いだろう、教えてやろうではないか。これからもそれを生業とすることになるだろうからな。この剣もそのミョルニルと同じ、神の武器、神剣だ。名はカラドボルグ!」
「カラド、ボルグ?」
「そうだ。この剣はあらゆる自然現象を扱う、万能の神剣だ。」
アルベルトは呆然としているタイソンを優越感に浸った目で見ながら剣を一振り。バチッと雷が発し、リングを少し焦がす。
あの野郎、とんでもないものを持ってやがったな。
鑑定!
name:神剣カラドボルグ
info:最高神アザゼルの加護を受けた神剣。何を持ってしても傷付かず、伸縮自在。また、火・水・雷・風・土の魔法を操ることができる。
……普段はタクトぐらいの長さに縮めてたってことか。
ところで、なぁ、爺さん。
『ふぉっふぉっふぉっ、お、同じ名と地位の神もいるんじゃの。驚きじゃ。』
すごくいい武器だな。それに最高神だったのか。
『う、うむ。そうじゃろ?ぶ、武器が強くて何が悪い!』
まぁ、そうだけれども。流石にやりすぎじゃないか?
『いや、最高神の加護がついたものが弱くてはいかんと思ってな?それで、な?』
取りあえずぶっ壊れ性能を付けた、と。
『もういいじゃろ。試合に集中せんか!』
はいはい。
意識をリングに向ける。
そこではタイソンの猛攻をアルベルトが涼しい顔で跳ね返し続ける光景があった。
「雷衝!」
「効かんよ。」
そしてまた、雷が四散する。
片膝をつき、タイソンはぜぇぜぇと荒い呼吸をし始める。ミョルニルを逆さに持って体の支えとしているものの、そこからさらに動く気配はない。
「さて、そろそろこちらから行かせてもらおう。」
言い、アルベルトはカラドボルグの剣先をタイソンに向けた。
「轟雷!」
剣先から雷がほとばしり、タイソンを直撃。
しかし、タイソンは倒れない。
「お前の神剣の能力も雷だったか、それならまだ耐えられるわい!……うおおお!」
手加減されているとも知らず、血を口の端から流しながらミョルニルを上段に持ち上げ、雄叫びを上げてアルベルトへと駆け出す。
「フッ、そんなことは一言も言ってないだろう。終いだ、爆炎!」
炎の奔流がタイソンを飲み込み、タイソンはリング外の水に落ちた。
「勝者、アルベルト!」
アナウンスが鳴り響く。
歓声が上がる。どうやらアルベルトに賭けた奴が多かったようだ。けっ。
「ご、ご主人様。」
と、座り込んだルナが袖を引いてきた。見るとまだ顔が青い。まぁ、理由は予想できている。
「雷か?」
「……はい。バトルロイヤルのときは雷は少ししか出なかったので我慢できたのですが……。」
銀毛に覆われた狐耳がペタッと頭に引っ付いている。
いやはや、まさかルナが雷を怖いとは。
意外だ。
「ルナって雷が怖いんだぁ。へぇ。」
「むふー、私は雷は平気ですよ?」
と、年下の二人に言われ、ルナはさらに落ち込んで俯いた。その様子に苦笑いしながら、その頭を撫で、励ます。
「まあまあ、そう落ち込むな。二人が俺と違って性格悪いのは知ってるだろ?」
「はいはい、それで性格がとっても良いコテツはさ、あのアルベルトって人に勝てそう?」
「あの剣、カラドボルグ、でしたね。あれからはその、アザゼル様の力を感じました。アザゼル様は世界をお一人で支える程強力な御方ですからあそこまで強い武器となったのでしょう。ですから、次はコテツさんでも流石に厳しいと思いますよ?」
「ま、何とかなるだろ。」
肩を竦め、おどけて言うと、二人もそれを期待していたのだろう、
「はい、頑張ってください!」
「アハハ、一緒にファーレンに行こうね?」
そう、朗らかに笑い返してくれた。
いやしかし、こうなると負けられないな。
ポリポリと頭をかく。
「これより決勝戦を行います。対戦するコテツとアルベルトはリングに上がってください。」
アナウンスが流れる。
出番のようだ。
「よし、じゃあ三人とも……」
観客席の内壁に登り、三人に呼び掛ける。
そして彼らこちらに注目したのを確認し、
「……儲けるチャンスだ。はは、全財産俺に賭けておけ。」
俺はそう言って観客席からリングに跳んだ。
「さて、今度は、握手をしてくれるか?」
着地すると、アルベルトが歩いてきて手を差し出してきた。
「当たり前だ。」
その手を掴む。
「両者、構えてください。」
アナウンスが流れ、俺とアルベルトは手を離し、互いに距離をとる。
アルベルトは細いタクトに戻ったカラドボルグの先を俺に向け、俺は黒龍と陰龍を懐で作って取り出し、構える。
と、念話が来た。
[コテツさん、賭けましたよ。]
[うん、もう負けたら許さないよ?ってこら、ルナ!?]
[ご主人様、もしご主人様が勝ったら私は雷が平気になると思います!]
どうやらルナは勝手にネルのイヤリングを使ったらしい。まあ、触れば誰でも念話できる代物だし。
思わず笑みがこぼれる。
「良いことでもあったか?」
「まあな。」
信用してくれる人がいるというのは本当に心地がいい。
「はじめっ!」
「はっ!」
合図と同時にアルベルトのタクトの長さが一気に伸び、反射的に屈んだ俺の肩をその先端が掠る。
「……反応が良い。さっきのドワーフであればこれで終わっていただろう。」
「そうか、よ!」
身を屈めたまま、アルベルトへと思いっきり石床を蹴る。
「速い!?」
一瞬で通常の剣の長さに戻ったカラドボルグがすぐに振り下ろされるも、動き出しが遅れている。
その力が乗り切っていない神剣を両手の剣で受け止め、真上に弾き返し、俺はまだ反応しきれていない相手の腹に蹴りを叩き込んだ。
「ぐはっ!?」
アルベルトの体はリングの端まで飛んでいき、しかしギリギリのところで踏みとどまる。
「一方でおまえは反応が悪いな。」
彼へと走りながら挑発。
「くっ、謝ろう。実のところ、侮っていた。あのエルフを倒したのも偶然とばかりな。だがこれよりは本気で戦おうではないか!」
とわアルベルトが言った途端、彼の体が脈動し、一回り大きく成長した。
「ドワーフとやったときは見た目が変わらぬぐらいに留めておいたが、お前には全力を出そう。」
なんだあれは?
『白魔法じゃの。身体機能を適切な量の回復魔法や補助魔法で強化をしておる。』
そんなこともできるのかよ。
「行くぞ!」
肌まで赤色に染めた大男が叫び、
「遅い!」
直後、アルベルトは既に距離を詰めてきていた。
その速さに内心仰天しつつ、背後にワイヤーを飛ばし、片足で自身にブレーキを掛け、後退。
俺のいた地面にカラドボルグが振り下ろされた。
破壊音と共に石面が割れ、砂礫が舞う。
……魔族って身体能力が低いんじゃなかったっけ?
「オォッ!」
アルベルトの雄叫び。
リングに埋まったカラドボルグはそのまま片手で無理矢理振り上げられ、俺の顔に石の欠片が飛ばされた。
「身体強化魔法ねぇ……。」
……身体能力を補って余りある魔力があるらしい。
遠い目をしながら下がりつつ、陰龍の一振りで石片を素早く払うも、相手は既に距離を詰め、カラドボルグを再び振り下ろしてきた。
「ははは!手も足も出ないか!」
「ハッ、そうでもない。」
今度は相手の剣を真正面から黒龍で受け止める。
「まずは一つ!」
すると、アルベルトがニヤリと口角を上げた。
呼応するようにカラドボルグはその刀身を激しく回転させ始め、刀身に入った螺旋模様の溝が黒龍を削り出す。
なるほど、普通の剣ならこれで削れたり折れたりするかもしれない。
「くはは、残念、こいつはそう簡単には折れないぞ?」
何せ削れる端から作り直せるんだから。
「なに!?」
予想されるカラドボルグの太刀筋から身を外し、黒龍から手を離して相手の懐に潜り込む。
そして空を斬っていくアルベルトの胸へ俺は掌底を叩き込んだ。
「ぐぅっ!?」
呻き、相手は胴を開いて仰け反る。すぐにワイヤーで黒龍を手に戻しながら陰龍を突き出そうと踏み出す。
「舐めるな!」
しかしバランスを崩したアルベルトは背中の翼をはためかせ、あり得ない姿勢から回し蹴りを放ってきた。
予想外の攻撃に対処は間に合わず、俺は脇腹にまともに蹴りをくらってしまって、横に大きく吹っ飛ばされた。
「くぉッ!?」
身の入ってない蹴りで人一人を浮かせるか……。さすがは体に常軌を逸した強化を施しているだけはある。
地面を転がってすぐに立ち上がるやり、前方から感じた強い熱にすぐさま横へ飛び込むと、俺の足先を炎の奔流が爪先を掠めていった。
「なんだ、魔法は使わないでくれると期待してたのにな?」
立ち上がりながら笑う。
ま、十中八九そうだったんだろう、そしてそれでは勝てないと判断したってところかね?
「ッ!これが次の段階だ!」
舌打ちし、アルベルトはカラドボルグで天を突く。
ドッ!と螺旋模様から5色入り混じった光がほとばしり、持ち主をも包み込んだ。
そして一際強く輝いたか後、光のが収まり、アルベルトが再び現れた。見た目はたいして変わらないが、その周りに5色のオーラがうっすらと見える。
右手で掲げられたカラドボルグの螺旋模様からは5色の光が漏れ輝き、溝の線が美しい装飾のよう。
「予想外だ。幸運なだけではなかったか。だがここまでだ。カラドボルグを持つ私に敗北はない!」
何気にひどい事を言いながら叫び上げ、カラドボルグを斜め下に一振り。
一瞬後、剣の向いた先の地が小さく破裂した。
「……そうかい。」
冷や汗が背筋を伝うのが分かる。
まぁ、相手の手の内が分からないのだから俺のやれる事はほとんどない。
取り敢えず片足を引いて腰を落とし、構える。
「フン!」
と、気合と共に神剣が斜め上に振り上げた。
訝しんだのも束の間、それに釣られるように石のリングが波打ち、盛り上がり、その細い波は尖った石を競り上がらせながら俺に向かって直進。少し反応が遅れつつも俺が右に跳んで回避すると、そのままリングの端までが波打って、アルベルトを始点とした険しい岩壁が完成した。
あんな軽い一振りでこうなるのか?
「豪炎!」
考える間もなく、すぐさまカラドボルグの剣先が向けられ、灼熱の炎が吐き出された。
即座に壁とは逆方向へ逃げると、猛る炎は曲がって、俺を追いかけ始める。ただ、改めて見れば威力はそうでもない。
「よし、まだルナの炎が強力だな。」
安心する要素は皆無ながら、浮足立ったままでは元よりどうにもなりやしない。
自分を鼓舞し、手元の双剣を弓矢に変形。背後に迫る蛇を尻目に、丁寧に狙って矢を三射。
「なにッ!?」
それらは神剣であっさり弾かれたものの、カラドボルグの動きにあわせて炎は明後日の方向に向かっていった。
すかさずアルベルトへの直線距離を走る。
「豪え「させるか!」」
改めてカラドボルグから火炎が襲ってくる前に、4本目の矢を放って牽制。
「くっ!」
そして赤肌の悪魔がそれを切り払ったとき、俺はもう十分に距離を詰めていた。
右足を踏み込み、弓から変形し直した黒龍で相手の太くなった首を刎ねにいく。
「オオオッ!」
すると、アルベルトは体を背後に落とし、再び宙に浮いて、翼持ち独特の蹴りを繰り出してきた。
「足癖が悪いな?」
予定を変更し、その場に踏んばって強化された力を左腕で受け止め、その足に深く黒龍を突き刺す。
「がぁっ!?」
「俺も人のこと言えないけどな!」
刺された足を地に下ろしたアルベルトが走る痛みに硬直し、少し屈んだ瞬間を逃さず、俺は一息に距離を詰めてその顎を膝で蹴り上げた。
「ぐがぁっ!?」
アルベルトが呻く。
しかし、彼は翼ですぐに体勢を整え、かと思うと上空へ大きく飛び上がって距離を取った。
その顔には未だ余裕を感じさせる笑み。
「く、くくく……強いな。だが私の勝利は揺るがん。」
「さっきも似たようなこと言ってなかったか?」
正直、くどい。
「フッ、余裕でいられるのもここまでだ。見るがいい、カラドボルグの真髄を。蹂躙せよ!」
アルベルトは回転するカラドボルグを再び天に向かって突き上げ、本日二度目、コロシアム上空に雷雲が渦を巻きながら集まる。
「カ ラ ド ボ ル グ!」
武器の名が声高らかに謳われ、次の瞬間、闘技場が異常気象に包まれた。
雨が大量に降り始め、その上けたたましい轟音と共に雷が幾つも落ちる。高い岩壁はそれらに砕かれ、破片は吹き荒れる暴風に乗って飛び始めた。
あまりの雨量にリング周りの水かさが一気に増し、観客席の最下段を水に沈む。
観客は皆、慌てて上の席に避難していた。
と、雨の勢いがさらに激しくなり、数メートル先しか見えなくなった。
……魔法ってこんな事もできるのか。
たくさんの物が襲ってくるという条件は一緒だし、リーアのときと同じ対処で行けるかね?
「龍眼!」
強化された視界で辺りを見る。そしてすぐに悟った。
無理だ、見えん。
飛来物の動きを読む以前に、雨のせいで視界が悪すぎる。
だから俺は龍眼を解除し、代わりに気配察知に神経を傾けた。
雷の気配や前兆には特に警戒。直撃どころか掠めるだけでもただでは済まない代物だ。地面に当たった後の余波は仕方がない、我慢。
舞う石片の内、直撃する物を黒龍と陰龍で弾き、かするだけのものは敢えて見逃す。
そうして全神経を集中させてアルベルトの気配を探す内に、ロングコートのあちこちが破け、顔も薄く切られた。
が、ズボンは無事だ。……ゲイル、良いものをありがとう。
と、やっとアルベルトの気配を見つけた。こちらに近づいてきているのが分かる。
目を開けてみるも、やはりなにも見えやしない。再び目を閉じ、気配察知に専念。
こいつが隠密スキルを持ってなくて良かった。
「どうだ?これがカラドボルグの作る災厄の世界、テンペストだ。くくく……さあ、私の剣術を見せてやろう。」
アルベルトが俺の間合いに入ってきたのを気配で捉えた。
目を開ければ、鮮やかな光を放つカラドボルグに照らされたアルベルトの姿。
にしても剣術ってなんだっけ……?
そしてこの異常気象、本人には何の害もないようだ。
「ったく、光栄だ。」
「ハァッ!」
光芒一閃、カラドボルグが振り下ろされる。
それを両の剣で受け止めたものの、力と回転で完全に押し負け、神剣はそのまま振り抜かれた。
結果、雨で濡れたリングの上を数歩分、後ろに滑らされる。
「はぁっ!」
アルベルトがこちらに踏み込みながらカラドボルグを少し引き、今度は突きを放つ。
「ッ!」
敢えてアルベルトの方へ出、伸縮自在の神剣の先から体の位置をずらしつつ神剣を陰龍で右に流す。
そうしてカラドボルグを右側へと押し続けながら、左足を踏み出し、そこを軸に体を回転。
一瞬背中を相手に向けつつ右足を大きく踏みこみ、俺はアルベルトとの間にあった剣一本分の間を無くした。
カラドボルグから発される、と熱気と冷気の混じり合った不思議な風圧を背に感じる。
そのまま遠心力を乗せた黒龍で相手の頭を水平に斬ろうとするも、そこで思っていたよりアルベルトの位置が近いのに気が付いた。
しかし軌道修正にはもう遅い。
仕方ない!
「ウォラァッ!」
俺は回転の勢いを乗せて左から右に黒龍を振るい、その刃でなく柄を、相手の右頬に力一杯叩き付けた。
「ぐがッ!?」
クリーンヒット。しかしアルベルトは顔が完全に左に向いてしまうのを耐え、視線をこちらに向けたまま。
反撃しようとカラドボルグが頭上に掲げられる。しかしそれが振り下ろされるより先に、俺は踏み込んだ右足軸にさらに体を回転させ、左膝を相手の腹に入れた。
「グフッ!」
体内の空気を吐き出させられながらも、アルベルトは膝蹴りの勢いに逆らわず冷静に後退。
そして神剣を担いだまま、すぐにこちらへ踏み込んできた。
「セヤァッ!」
カラドボルグが振り下ろされる。
それを横に跳んで紙一重でかわし、カウンターを仕掛けようと相手へ大きく一歩を踏み出す。
しかし、そこで横の剣から炎でも氷でもなく、突風が俺の体を襲った。
予想外の方向からの力によろけ、その隙を見逃してくれる筈もなく、アルベルトは素早くカラドボルグを縮めて引き戻し、
「さあ、これが避けられるか?はぁっ!」
俺に向け、一気に伸ばした。
対して俺は、宙に小さく、足場を3つ形成し、タタタと瞬時に高度を上げた。
鋭い突きか俺の足のすぐ下を突き抜けていく。
「飛んだだと!?逃がすか!爆炎!」
すぐにカラドボルグを縮めたアルベルトはその先端を俺へ向け、猛る炎を放出。
対して即座にワイヤーを地面に放ち、引っ張ることで、俺は轟炎の軌道から逃げ伸びた。
もう一度炎を放ってくると思いきや、アルベルトはまだ俺が空中にいるちも関わらず、カラドボルグをクルッと回して逆手に持ち、リングに突き刺した。
「凍土!」
リングがアルベルトの周囲半径約2メートル以外、全てが薄氷に覆われる。さっきまで強風で荒れ狂い、恐ろしかった周囲の波が一転、美しい氷の造形となった。
「っとと。」
即席のスケートリングに両足と片手で着地し、バランスを保ちながらゆっくりと上体を起こす。
「フッ、氷の上ならば迂闊に動けまい。」
同時にアルベルトは剣を地面から抜き、その先を俺に向けた。
「暴風!」
ずっと吹き荒れていた風がそよ風に感じられるほど、激しい風が真っ正面から叩き付けられる。
ついでに転がっていた石の欠片がそれに乗って襲いかかってきた。
上半身か煽られ、数歩後ずさってしまいながら、屈んで受ける風圧をなるべく小さくする。
「さぁ、これがフルパワーだ!」
しかしアルベルトが叫ぶと、俺の手足は氷に滑り、体がそのままリング外へと押され始めた。
……このために足下を氷で覆ったのか。
「させるか!」
右足を勢いよく真下に踏み込み、氷を割り、それを地面に埋める。
「ふはははは!かかったな!」
そこを支点耐えるという、我ながらなかなかの名案は、しかしアルベルトの意図していたものだったらしい。
彼はまた笑ったかと思うと、再び剣を地面に突き刺した。
「土葬!」
彼が叫ぶと四方から氷を割って四本の石柱が突然そびえ建ち、氷をバリバリと割りながら俺へ迫ってきた。
……俺を押し潰すつもりか?
地面から足を抜こうとするも、深く踏み込みすぎたのか、なかなか抜けない。
それに考えれば、例え足を抜く事ができても、風に押されて場外負けしてしまうだけだ。
何かないかと辺りを見回し、四方から迫る石柱に視線を移し……
「……今は我慢、か。」
俺はそう呟いて腰を落とした。
前準備として、両手からワイヤーを石柱の頂上付近に向け、放つ。
少し引っ張ってそれらが抜ける心配はないことを確認。
……よし。ここから我慢だ。
柱が俺から5メートル以内に入る。が、まだ早い。
そのまま、飛来する石に体の各所を打たれながら、近付いてくる石の柱を見上げる。
そして吹き荒れていた風、そして飛来物が石柱に遮られて弱まった瞬間、俺は力の限りで跳躍し、同時にワイヤーを目一杯引っ張った。
はたして、右足は無事にリングから抜けた。そのままワイヤーを引っ張り続け、俺は石柱の側面を上へ上へと走っていく。
視界の先の穴は勢い良く狭くなっていき、俺が土の柱の間からから抜けきった瞬間、足下で派手な音をたてて閉じた。
途端、異常気象が再び俺に襲いかかる。
飛び出した勢いそのまま、ワイヤーを引っ張り続けることで俺の体に弧を描かせる。
そしてタイミングを計ってワイヤーを消し、俺は流星のようにアルベルトに接近した。
「馬鹿な!?」
右足、左足の順に、目を見開いたアルベルトの目の前に着地。
そのまま上半身を限界まで左に捻り、その反動で黒龍、陰龍の順に切り上げた。
慌ててカラドルグを地面から抜き、俺の攻撃を何とか凌ぐアルベルト。
「フッ、惜しかったな。」
「これで終わりだなんて一言も言ってないぞ?」
「いいや、終いだ!」
アルベルトは再びカラドボルグを縮め、切り上げたせいで体が伸びきっている俺にその切っ先を向けた。
対して切り上げたときの回転の勢いを利用し、右腕を背後の地面に向かって振りつつ、そこからワイヤーを真下に放つ。
すぐにそれを引っ張れば、伸縮自在の神剣が俺の脇腹を掠めて伸びていった。
体が地面に打ち付けられる直前、黒龍を消し、右前腕と左手の平を地に付ける。
「チッ、次は外さん!」
カラドボルグがまた縮められた。
すぐに左手で力一杯リングを押し、さっきまでとは体を逆回転させ、陰龍を投げてカラドボルグを持った腕を貫く。
「ぐあっ!?」
神剣が宙に浮いた。
再び左手を地に付け、それを軸に今度は相手の足を蹴って払う。
絵に描いたかように綺麗に倒れていくアルベルト。
「これで、終わりだ。」
受け身を取って距離を取られでもしたら面倒だ。
右手で左肩からナイフを取り出し、投げる。
周りの風やらの影響は俺の魔力で無理やり無視させ、ナイフをアルベルトの首に真っ直ぐ飛ばさせた。
瞬間、ピタッと雨が止み、雷雲もさっさと引き上げていった。
アルベルトはリングの外の氷った水面に落ちる。
異常気象が止んだからといってその及ぼした効果は修復されないらしい。
……痛そう。
「ファーレン実戦担当教師決定トーナメント、優勝者、そして次期実戦担当教師は人間の、コテツです!」
ワァァッ!と歓声があがる。
リーアと闘ったときと全く違う様子に喜び、もっと歓声を聞こうと耳に集中すると、
「よっしゃあ、大穴が当たったぜ!」
「大穴に賭けといて良かったぁ!」
「よし!予想外の収入だ!」
「奇跡ってのも起こるもんだねえ。」
そんな声が聞こえた。
チクショウめ!……聞くんじゃなかった!
はぁ……ルナは雷を克服出来たのかね?