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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
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領主館

 喧嘩両成敗。

 それがヘルムントの領主にして、なんと傭兵ギルドの長にして創設者でもあったらしいヘレンの下した判断だった。

 そして罰として、喧嘩していた俺とディアスにはギルド、というか酒場の清掃が課せられた。

 もちろんそれについて文句はない。喧嘩を始めたのが俺じゃないとしても、酒場を散らかすのに一役買ったのは間違いないのだから。

 しかし、不満がないと言えば嘘になる。

 というのもあのビール腹が何故か罰則を一切受けずに済んだのだ。

 喧嘩に参加していなかったり、ヘレンが入ってきたときに当の本人が気絶したりしていてあたかも被害者のようだったのが原因だろうと予想はついても、やはり納得できはしない。

 俺とディアスがせっせと床を箒ではき、雑巾がけし、倒れたテーブルや丸太を短く切ったような椅子を綺麗に並べては布巾で拭いている間、他の傭兵達と混じって楽しそうにジョッキを傾けていたあいつの姿にははっきり言って殺意が湧いた。

 ……あのとき遠慮せずにテーブルの一つでも投げ付けてやれば良かった。そうすりゃあんなに早く意識を取り戻すこともなかっただろうに。

 とは言え、罰は罰だ。真面目にやらない訳には行かない。

 「これで……終わり、と。ふぅ。」

 「悪ぃな。ほとんど任せちまった。」

 そして最後の机をしっかりと拭き、達成感を感じながら息を吐いて身体を伸ばすと、隣でちょうど椅子を拭き終えたらしいディアスが申し訳無さそうに頭を掻いた。

 彼の言う通り、課せられた掃除の大半は俺が請け負い、終わらせた。

 ただ、俺とやり合って既に体力を使い果たしていたディアスを責める気は毛頭ない。

 「気にすんな。あれだけじゃ少々動き足りないって思ってたし。」

 「……テメェ、喧嘩売ってんのか。」

 「くはは、流石に今そんなことする元気は、いや、度胸はないな。」

 笑い、壁際の受付用のカウンターに腰掛けてミヤさん達と話しているヘレンを親指で指し肩をすくめる。

 既に酒場は閑散としていて、清掃組やミヤさん達を除けば、残っているのは酔い潰れた傭兵やギルド職員だけ。

 もちろんあのビール腹は俺達に一言も告げないまま、傭兵仲間と一緒に寝床へと帰っていった。

 「終わったようだね。二人ともお疲れさん。」

 と、俺の視線に気付いたか、ヘレンがそう言ってカウンターから飛び降りた途端、ディアスが立ち上がって気を付けの姿勢を取り、頭を下げた。

 「ヘレンさん、申し訳ねぇ。まさかヘレンさんの客だとは……。」

 「それについては良い。私も彼らが来ることを知らなかった。でもなディアス、今度からは戦う相手を少しは選べ。」

 どうやら俺の素性もベン達から聞いたらしいヘレンが言うと、プライドを傷付けられたか、ディアスがギリと歯軋りした。

 「で、でもよ、冒険者ギルドに負けるなって、ヘレンさんはいつも……」

 「ほーん?じゃあ今回の喧嘩は私のせいってことかい?」

 「あ、いや……。」

 腰に手を当て片眉を上げ、背筋を伸ばしたヘレンが自身より遥かに大きい巨体を見上げる。

 それにディアスが狼狽して縮こまったのもあって、なんだか体格差が逆に見える。

 テーブルに寄り掛かって二人を眺めながら、それを内心面白がっていると、女領主の目がジロリとこちらを睨んだ。

 「お前も、いくら実力が上だからって、人を雑魚呼ばわりするのは「いやいや、そんなこと言ってません。」……え?」

 反射的に首を振って返す。

 「おい!嘘ついてんじゃ……。」

 「ちゃんと思い出せ、お前を雑魚だなんて実際に言い放ったのは誰だ?ていうか俺達がただセフト盗賊団から逃げ出しただけだとか言いやがったのはお前だろうが。」

 怒鳴りかけたところを遮られ、ディアスは一瞬黙り込んだ後、「……ボルグの野郎か。」と忌々しそうに呟いた。

 あの憎きビール腹はボルグというらしい。

 「はぁ……、どうもウチの者が迷惑かけたみたいだね。」

 「あーいや、気にしてませんよ。」

 「むしろ楽しそうだったです!」

 額を抑えてため息をついたヘレンに肩をすくめて返したところで、ソフィアが間に割って入ってきた。

 「……楽しそうだったか?」

 「違うです?」

 その言葉に少し引っかかり覚えて聞くも、返ってきたのはきょとんとした顔。

 かなり楽しそうだったらしい。

 「でも隊長さんが殴り飛ばされるとは思わなかったです。」

 「ふふ、そうですね、それは私も見ていて驚きました。」

 と、ソフィアの言葉に同意したのはテーブルの間を縫うように歩いてきたミヤさん。クレスは彼女の後ろを何やら思案顔で付いてきていた。

 「あれはまぁ、不可抗力というかなんというか……。そういや、全力で殴ってやった筈なのによく起き上がれたな?」

 「ふん、今も顎が痛えがな。それじゃあヘレンさん、俺はこれで……。」

 言い訳するのも格好悪いと思い、話をディアスへ振ると、彼は自嘲気味に鼻を鳴らし、かと思うと少し急いだ様子でヘレンに一度会釈して、出口へと足を向けた。

 「ああ、しっかり休みな。あと、あんたはウチの指折りの実力者だってことに変わりはないよ。今回は相手が悪かっただけだ。」

 「……はい。」

 その背中にヘレンが声をかけると、彼の左右の手がほんの一瞬だけ拳を握ったのが見えた。

 平気なフリをしていても、やはり相当悔しかったよう。

 なんだか近い内に再戦を挑まれそうな気がするけれども、きっと気のせいだろう。……気のせいだと良いなぁ。

 「さて、私達も出発しようか。外でギルバートを待たせてる。セフト盗賊団について知りたいのなら、私ができる限り答えよう。」

 「わざわざ傭兵ギルドによる必要はなかったということですね。ヘレン様がここのギルドマスターなのですから。」

 「そういうことだ。あと、できれば“様”はよしてくれ。どうにもむず痒くてね。」

 ミヤさんの言葉に首肯し、そう言って苦笑いを浮かべるヘレン。

 「では先程のディアスさんに倣って、ヘレンさん、と。」

 「ああ、随分マシだ。」

 そして満足そうに言った彼女がディアスの出ていった出入口へ歩き出したところで、クレスが前に出て意を決したように口を開いた。

 「あの!どうして傭兵ギルドを作られたんですか?冒険者ギルドが別にあるのに、わざわざ似たような物を作るなんて……。」

 「あん?そりゃ必要だったからだよ。」

 歩みを緩めるずヘレンが答える。

 「必要?冒険者ギルドを潰すことがですか?」

 「潰すだって?そんな話は誰もしてないだろ?」

 「なら!」

 「やけに突っ掛かって来るね。私の作ったここがそんなに気に食わないかい?ギルドマスターの息子さん?」

 「ッ、不公平だと、言ってるんです。その土地の領主が後ろ盾にいるなんて、これじゃあ冒険者ギルドに勝ち目がありません。」

 ギルドの扉を半分押し開けたヘレンがからかうように言うと、クレスは相手の余裕な態度に一瞬たじろぎ、しかしすぐに語気を強めてそう返した。

 「はは、不公平ねぇ。そりゃむしろ冒険者ギルドの方だよ。」

 「え?それはどういう……?」

 「ま、続きは私のところで座って話そうか。それまでは私の言葉の意味を考えておきな。」

 対し、傭兵ギルドのギルドマスターは不敵に笑うことで詰め寄るクレスの勢いを削ぎ、そう言い残すやさっさと外へ出る。

 「くっ……。」

 閉まっていく扉を睨み、悔しそうに歯噛みするクレス。

 その肩にミヤさんが優しく手を乗せるも、彼はすぐに身を捩ってそれを振り払い、苛立ちに任せた荒い足取りでヘレンを追っていった。

 「クレス……。」

 おかげでミヤさんが泣きそうだ。

 「あ、なるほど、あれが反抗期でむぅっ!?」

 余計な事を口走ろうとしたソフィアの口は取り敢えず粘着質の黒い塊で塞いでおいた。



 町の喧騒から少し離れた位置にあるヘルムントの領主館は、形を整えられた木々や藪に囲まれた広大な庭の中心に立つ、所々に蔦が張った洋館だった。

 しかし月明かりも相まって神秘的に見えるその3階建ての建物に住むのは今ではヘレンと数人の召使いのみで、本人いわく正直持て余しているそう。

 「それでも代々受け継がれてきた館だ。おかげで売りに出すことも取り壊すこともできずにいたが……今回はそれが功を奏したね。部屋はお前達8人に一つずつ宛てがってもまだ余りはある。不満があればすぐに言いな。代わりの部屋は幾らでも用意できる。」

 曲線模様のみで構成された門を入ってすぐのロータリーで馬車を降り、左右を刈り揃えられた芝生に挟まれた全長50メートルはある石畳の道を真っ直ぐ歩き、軽く触れただけで勢い良く開いた扉の間を抜け、暖色の光の下に入ったヘレンがこちらを振り向いて苦笑する。

 「お気遣いありがとうございます。急な訪問で部屋の準備も大変でしたでしょう。」

 「事情が事情だ。それに、むしろ大変だったのはお前達の方だろう?気にすることなんてないよ。……さて、ベン様はこっちだ。付いてきな。」

 するとミヤさんが述べたお礼にヘレンは肩をすくめて片手をひらひら振り、玄関を入った先にある赤色の絨毯が敷かれた大階段を登っていく。

 それを皆が追い、最後に俺が館の中に入るや、背後で扉が微かな音を立てて閉まった。

 ……人の気配はなかったはずだよな?

 不審に思ってチラと後ろへ目をやれば、ドアの内側に刻まれた魔法陣が輝きを薄れさせていくのが見え、脳内の疑問符は感嘆符に変わった。

 まさか本当に自動ドアだったとは。

 「オリジナルの魔術ですね。」

 「ん?」

 掛けられた声に目を前に戻すと、クレスが件の扉へ興味深げな視線を向けていた。

 「あの魔法陣です。他では見たことがないので、おそらく独自に考案された物ですよ。具体的にどういう代物なのかは分かりませんが……あとで許可を取れば調べさせてくれるでしょうか?」

 「え?あ、ああ、どうだろうな?」

 見るからにウキウキと楽しそうなのに水を差すのは躊躇われ、取り敢えず調子を合わせて頷いておく。

 ついさっき、少なくとも領主館の敷地に入るまでは傭兵ギルドのギルドマスターに対しての敵愾心でいっぱいだったってのに……魔術に関しての話は別ってことかね?

 「それで?冒険者ギルドの何が不公平なのか分かったか?」

 クレスの肩を軽く押し、左右に別れて折り返すお洒落な構造の階段を、先に登っていった皆を追うべく、一緒に軽く駆け上がりつつ尋ねる。

 すると返ってきたのは眉を寄せた困り顔。

 「そう、でしたね。……その、エルムさんの言っていた、ヘルムントのように魔物が少ないところではランクを上げにくいという事について考えてはいました。けど、魔物がいないのならランクを上げる必要もないんですから、それを不公平とは言えませんよね?」

 「ま、そうだな。別に昇格したからって新しい冒険者証以外に何か貰える訳でもないし。受け取れる報酬は結局は倒した魔物の量と質によるもんなぁ。」

 「だとしたら、何が不満なんでしょう?」

 「もうすぐ分かるさ。」


 「いいや、十分不公平だね。」

 見るからに高そうな絵画や花瓶、銅像などが左右に飾られた廊下を、それらに間違っても触れないよう、内心ビクビクしながら通り抜け、辿り着いたのは洋館の裏手を2つの出窓から見下ろせる部屋。

 その中央には5人は座れそうな紫のが、丈の低い長方形の小机を挟んで縦横に向かい合わせに置かれており、その真ん中に足を組んで陣取るヘレンは、彼女に向かい合って座るクレスの“不公平なことなんてない”という考えを聞くや、それをあっさりと一蹴した。

 「冒険者のランクは、冒険者が無謀な挑戦で簡単に命を落とさないようにするための単なる指標ですよ?ヘルムントで冒険者活動する上で、高いランクは基本的に必要ないはずです。」

 「そこじゃないんだよ。」

 それでも尚食い下がる相手に、ヘレンは指を振ってみせる。

 「問題はね、その高いランクを得た冒険者共が、こぞってランクに合わせた狩場を求めてヘルムントを出ていくことなんだよ。分かるかい?これじゃあいざって時に領民を守れる奴らが私の抱えてる兵士や騎士団だけになっちまう。」

 「そんなの、領主なんですから本来は当然のことでは……。」

 「ま、そうなんだけどね。あいつら、動かしにくいんだよ。何のために動かすのか一々王様へ報告もしなきゃならないし、何より馬鹿に金がかかる。知ってるかい?私の命令で動いてる間、あいつらにかかる費用は全部私が出すんだよ?もちろん個人個人で買った物までの面倒は見ないにしてもね、少なくとも鎧の点検、整備は私持ちだ。」

 嫌そうな顔を隠しもせずに彼女は続ける。

 「それに、ヘルムントにはあの厄介な盗賊団がいる。それと対抗するために兵士を護衛として村々に常駐させるなんて、はっきり言って無理な話だ。……そんな訳で、金の節約と、人材の流出を防ぐために、私は傭兵ギルドを立ち上げたんだよ。」

 なんだか最後の解決策で話がすんごい飛躍した気がする。……金がないから企業する猛者なんてドラ○もんののび太ぐらいだと思ってた。

 でもまぁ確かに、全身の装備を自費で賄い、衣食住も自身で用意してくれる傭兵達は使い勝手がかなり良いと言えるのかもしれない。

 ていうか、支給される武具って幾らするんだろうか。

 クレスの右隣に座って話を聞いている内に妙に感心しながらもふとそう思い、外の様子をベンと共に眺めているセラの剣へとチラと視線を移すと、何かを感じ取ったか、彼女はすかさずこちらを振り向いて睨み返してきた。

 ……あいつは頭の後ろにも目がついてるのかね?

 ちなみにミヤさんはクレスの左に座っていて、ソフィアはもう一つの窓からベン達二人と同じものを眺めている。そして彼らの眺めているものとは、裏庭で行われているユイとラヴァルの稽古だ。

 盗賊に襲われた際、ラヴァルは血の魔法陣で十分以上に戦っていたらしいけれども、本人に取っては納得の行く物では全くなかったよう。

 「で、ついついギルドを作った理由まで話したけど、まだ他に聞きたいことはあるかい?」

 「……冒険者ギルドに潰そうとか、思っている訳ではないんですね。」

 「ははは、そりゃ魔物素材を買う窓口としてまだまだ利用できるからね。今回もありがたく使わせて貰ったよ。さて、それじゃあ次は私の番だ。……ユイの話じゃそこのコテツはセフト盗賊団の隠れ家に見当がついてるって話だが、本当かい?」

 「え?」

 「そうなのですか?」

 「ん?」

 名前を呼ばれ、他所へ向けていた意識を戻すと、いつの間にか3人の視線が俺に突き刺さっていた。

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