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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
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喧嘩

 結論から言うと、セフト盗賊団は神出鬼没だった。

 これまで出現してきた場所は様々で、その時期もバラバラ。ある箇所で数日被害が出続けたかと思えば、急にヘルムント領の反対側で盗賊活動に勤しみ、そこからさらに全く別の場所へ移ったり元の場所へ戻ったりと動きに一切脈絡がない。

 分かったことはと言えば、ヘルムント領が隣合う複数の領地と森や川のみで区切られた、山の殆ど無い平地であることぐらい。

 あと強いて言うならば、盗賊団の出現箇所は領地の境付近が多いことか。……ただ、ヘルムントの領地一周ほぼ万遍なくであるから拠点の特定には繋がりそうにない。

 「そして村や町よりは街道を行く旅人とか馬車とかを主な標的としている、か。」

 大きな台の上に四隅を留められた、小さい分銅が至る所に乗せられているヘルムント領の地図を、腕組みして眺めながら呟く。

 すると右隣に立つクレスが険しい目のまま「ですね。」と頷き、しかし何やら釈然としない様子で地図を再び見下ろした。

 「……それだけであんな大人数を養えるでしょうか?」

 「実は影で支配している村があって、脅すなり何なりしてその村に食料を貢がせている、なんてのはどうだ?」

 「かもしれません。しかし今はまだ思考を固めるには早いと思いますよ?」

 クレスの疑問に対し、仮説を立てて答えてみると、左からミヤさんにたしなめられた。

 まぁ実際、情報が揃っていなければ仮説なんていくらでも立てる事ができてしまう。

 「盗賊団についての情報は他にあるです?」

 と、地図を一通り見終えたらしいソフィアがふいと興味を失ったようにそれから目を外し、俺の背後へとそう尋ねた。

 その視線の先にいるのは酒瓶片手に俺達が入ってきたドアに背を預けた、交差した剣が肩に描かれた傭兵ギルドの制服を着、茶色のポニーテールを垂らす、垢抜けない赤ら顔の女性。

 彼女は傭兵ギルドの受付嬢で、胸元にある名札によれば“ドーラ”というらしい。

 「他にぃ?そうですねぇ……ヒクッ、特にはないと、思いますよぉ?えへ。」

 完全にできあがっている頭を回し、にへらと笑うドーラ。

 ブレイク達の先導で壁際に設置された受付用の半円型のカウンターに辿り着いたとき、彼女は既に酔い潰れて机に突っ伏していたので、今のこの状態に特段不思議な点はない。

 むしろブレイクの頼み(酒の奢り)に応じ、基本的に傭兵ギルドの職員しか立ち入りの許されない部屋――要は今いるここ――へ俺達を案内しようと席を立ったとき、彼女が机の下から取り出した真新しい一升瓶が現在は半分空になっているため当然の結果とも言える。

 「そうですか、なら……「あ、そうだぁ!」な、なんです?」

 得る物がないならさっさと部屋を出ようとソフィアがドーラの後ろのドアへと向かった瞬間、酔っ払いが右手を天高く振り上げた。

 しかもその場でピョンピョン跳ねるもんだから流石のソフィアも呆気にとられた様子で固まった。

 「思い出しましたぁ。ウチはお昼にぃ、表で武器や防具を売ってるんですぅ。ヒクッ、セフト盗賊団の使っていた物も、たくさん売ってますよぉ?興味があったら是非是非ぃ!……えへへ、危ない危ない、機会があったらお薦めするように言われてるんだった。」

 ……何かと思ったらセールスかい。

 舌をチロリと少し出し、拳で自身の頭をコテンと叩く姿に、クレスどころかミヤさんまでもが笑顔を引き攣らせている。

 俺も十中八九遠い目になっていることだろう。

 「……分かったです。機会があったらまた来るです。」

 「よしよし、お姉さんとの約束だぞっ?」

 そんな中、何とか真顔を保っていたソフィアまでもがついに助けを求めてこっちを見たので、俺はそっとヘルムントの地図へと視線を戻した。

 分かるぞ。酔っ払いの相手って大変だよな。

 「あの人が買うって言ってたです。」

 「わぁ!本当ですか!」

 そのまま知らんぷりを決め込んでいたら、背中に柔らかい物がのし掛かってきた。

 言わずもがなドーラである。

 「ありがとうございますぅ!せっかく良い物が揃ってるのにぃ、盗賊の使った物なんて使えるか!ってみぃんな言うんですよ?武器は武器、防具は防具であってぇ、誰が使ったかなんて関係ないのにぃ。お馬鹿さんですよねぇ。ヒクッ。」

 色々言いたいけれども、それより何より酒臭い。

 さっさと別の誰かに押し付けようと周囲を見渡すも、既にドアは開け放たれ、部屋の中には困り顔のミヤさんしかいなかった。

 ……あの二人、後で覚えてろ。

 『クレスには飛んだとばっちりじゃな。』

 助け合いの精神は大切だと思う。


 「テメェらか!セフト盗賊団をやっつけてくれるっていう冒険者は!」

 背負っている内に夢の国へ旅立ったドーラを彼女の元いた机に投げ捨て、ミヤさん達を連れて酔っ払い共で埋め尽くされた酒場の出口へ向かおうとしたところで、一際大きい声を上げたビール腹の男が俺達の通り道を塞いだ。

 「別にやっつけるつもりはないぞ。盗られた積荷を取り返すだけだ。」

 「わはは!あいつらに一泡吹かせるってことに変わりねぇだろ?てか、本当にやるつもりなのか!」

 適当に返答して横をすり抜けようとするも、そいつは大笑いしながら俺の肩に左腕を掛けてきた。

 そうして無理矢理屈ませられながらも、助けを求めて後ろを見ると、仲間の冒険者三人は既にどこからか現れたブレイク達によって彼らの座るテーブルへとエスコートされていた。

 どうやら俺がもうしばらく拘束されると踏んだよう。そしてその予想はおそらく正しい。

 「大丈夫か?相手はチンケな魔物じゃねぇぞ?」

 「そんなことは分かってる。ヘーデルからここに来る途中で一度襲われたんだから。」

 「おお!そういやそんなこと言ってたな。んで、ここにいるってことは返り討ちにしたってことか!こりゃ期待が持てるぜ!なぁテメェら!?」

 「「「おおおおお!」」」

 呼び掛け、ビール腹が周りのテーブルに座っている傭兵達を盛り上げる。

 “言ってた”ね。……ブレイク達が酒の肴に話したな。

 「おいおい、冒険者なんかにンなことできる訳ねぇだろ。セフト盗賊団に襲われて生き残ったのだって、上手く逃げ回っただけじゃねぇのか?」

 と、高揚する空気に低く響く声で水を差したのは、別のテーブルの上に両足を乗せて座る大男。

 「でも、北の冒険者はここいらのと違ってちゃんと戦うって聞くよ?古龍だって倒せるって。」

 「ああ!?北がなんだ?どうせ魔物ばっか相手にしてんだろ?人の相手は馬鹿な魔物なんか相手するのとは訳が違ぇんだよ!なぁ、そうだろ!?」

 彼と同じテーブルに座る女性がどこからか聞いたらしい噂を口にすると、大男はそうがなり立てて周囲をぐるりと一睨みした。

 あと、なんだか普通に流されたけれども、古龍なんか倒せる訳が無いだろ。

 『お主は例外じゃな。』

 あれは俺の力じゃない!

 「おい、何も言わなくて良いのか?このままじゃ舐められっ放しだぜ?」

 俺と肩を組んだままのビール腹が耳打ちしてきたのに周りを見渡せば、“確かにそうだ。”、“傭兵と冒険者は違うからな。”等々と、大男の言葉によって傭兵達の熱が急激に冷めていっているのが分かる。

 ただ、正直言ってそんなことはどうでもいい。俺はさっさと外へ出たいだけなのだ。

 「別に良いよ。俺が何か言ったところで納得させられるとは思わないしな。それにどの道、盗られた物を取り返すことに変わりはない。」

 「わはは!聞いたか!?雑魚は黙って見てろとよ!」

 いや違う、そうじゃない。

 「へぇ、言うじゃねぇか。」

 すると、さっきの大男がテーブルからブーツを勢い良く下ろして床を震わせ、獰猛な笑みを浮かべて立ち上がった。

 「いや、言ったのは俺じゃなくてこいつで……。」

 「なんだぁ?急に怖じ気付いちまったのか?さっきまでの威勢はどうした!?」

 未だ陽気に笑っているビール腹を指差すも、拳を鳴らしながらこちらへ歩いてくる熊のような男は聞く耳を持ってくれない。

 ていうかさっきまでの俺にも威勢なんて物は欠片も無かったと思う。

 「さっきはああ言ったがな、北の冒険者様ってのがどれほどの物か気になってはいたんだ。古龍は流石に言い過ぎにしても、竜とはやりあったことがあんだろ?」

 「えーと、ボルカニカとかか?」

 「炎獄竜か!良いねぇ、そんじゃあ早速実力を見せてくれや!」

 巨体に似合わぬ素早い踏み込み。彼我の距離は一瞬で消えた。

 そうして繰り出される右拳を避けるため、反射的に横へ身を翻そうとしたところで、俺はビール腹がまだ首に引っ掛かっていることを思い出した。……思い出させられた。

 「あ、おい!邪むぁっ!?」

 そんな状態で回避なんぞ望むべくもなく、顔面をモロにぶん殴られた俺の身体は真後ろへ吹っ飛んだ。

 そのまま背後にあったテーブルの上を背中で滑り、置かれていた酒類を床に散乱させると、そこに座っていた傭兵達が笑いながら俺を押して立ち上がらせた。

 「ははは!まだ寝るには早ぇぞ!」

 「良いとこ見せろ冒険者!これでも期待してるんだぜ?」

 「ひはは!セフト盗賊団の前哨戦だ!」

 ったく、勝手に言ってくれる。

 少しふらつきながら目を前へ戻せば、こちらへ走ってくる熊が見える。さらに視線を少しずらせば、尻もちを付いたまま他の傭兵から酒を貰ってへらへら笑うビール腹の姿があった。

 ……あいつは絶対許さん。

 「そんなもんか冒険者ぁッ!」

 距離を詰め終えた大男が叫び、左足を踏み込む。

 そこで俺があたかも顔を隠すように、右肘で顔を隠すように右拳を振り上げれば、相手は姿勢を低く沈ませ、俺の無防備な腹部へ左のボディブローを放った。

 「ぐっ!?」

 漏れたうめきは相手のもの。

 局所的に黒く染めた肌は、素手で殴るには硬過ぎたらしい。

 「くはは、調子に乗るにはまだ早いんじゃないか!?」

 笑い、まんまと誘いに乗ってくれた相手の顔面に掲げた右拳を振り下ろす。

 「べぁっ!?」

 そして顔を潰され、真横のテーブルへ勢い良く突っ込んだ巨体は、そこにあった人、物、全てを薙ぎ倒した。

 しかし他人の酒と自身の血で顔を濡らした彼は、すぐに自身に覆い被さったテーブルを蹴飛ばし、笑みを浮かべたまま立ち上がってきた。

 「へっ、今のが、全力か?」

 「そっくりそのまま返してやる。」

 打たれた右脇腹を軽く叩いて見せる。

 「チッ、歓迎の挨拶程度に留めておこうと思ったんだがな……。こっからは本気だ。後悔すんなよ!」

 「後悔すんなって?ハッ、そいつもそのまま返させて貰うぞ!」

 蒼白い光を纏って突っ込んできた弾丸に対し、俺は右足を引き、左前腕を盾に見立てて構えた。

 「ォラァッ!」

 雄叫びと共に繰り出されたのは側頭部目掛けた右フック。

 盾を避け、直接俺に一撃を入れてやろうという魂胆だろう。ただ、遅い。

 左腕を折り畳んで振り上げることで大振りな攻撃に盾を合わせ、ついでに受け止めたその力を利用して腰を左にひねり、逆に相手の左頬へ赤く光る黒く染まった拳を叩き込む。

 「くっ!?」

 そして堪らず巨体がよろけたところで、その股の内から右膝を蹴り上げてやれば、彼は華麗に宙を舞い、俺から見て左の傭兵達の上に背中からのしかかった。

 特等席にいた見物客は逃げること叶わず押し潰され、被害に合わなかった他の連中は散乱したツマミや酒類にゲラゲラ笑い声を上げる。

 「あーあ、勿体ねぇ!」

 「テメェら大丈夫かぁ?」

 中にはそんな声も飛びはしても、やはり八割笑いまじりだ。

 「がはは、おーい、立てるかディアス?」

 「手ぇ貸してやろうか?」

 「立てるに、決まってんだろ!」

 そして飛び交うおちょくるような声に対して吠え、周りに倒れた物や人を荒々しく押し退けて、大男――ディアスは再び両の足で立った。

 これには正直驚いた。

 何せ鎧を使っていないとはいえ、黒銀を使って全力で殴ったのだ。王城の騎士でさえ兜越しのこれ一発で伸びたってのに……。

 「ったく、寝てて良かったんだぞ?」

 「ぶっ殺す!」

 素直な気持ちを漏らすと、それを挑発と受け取ったか、ディアスはすぐさま怒りに任せて床を蹴った。

 再度カウンター狙いで重心を落とすも、すぐに失策を思い知らされた。

 相手が選択した攻撃手段は、筋骨隆々の肉体を存分に活かしたぶちかまし。対してその場に腰を据えた俺にそれを受け流すこと、ましてや闘牛士さながらの回避劇を見せることなんて望むべくもない。

 だから覚悟を決め、姿勢をさらに低くした。

 「来い!」

 「ウォォォッ!インパクトッ!」

 しかし衝突の瞬間に纏う光を一際強くした相手を真正面から受け止めた直後、根を張るように床を踏ん張ったつもりだった両足はあっさりと宙に浮いた。

 ぶつかったテーブルや椅子、傭兵までをもボーリングのピンのように吹っ飛ばし、俺の身体は後ろへ勢い良く飛んでいく。

 それでも何とか床板に付けた足に力を込め、靴の先が熱を帯びるのも構わず自身の勢いを殺しかけたところで、背中が酒場の壁を強かに叩いた。

 「くっ……ははは!やるなっ!」

 一瞬止まった呼吸が戻るや、つい笑い声を上げてしまいながら前へ目を向ける。しかしそこで目に入ってきたのは床に片膝をついて荒い呼吸をする大男の姿だった。

 どうも今ので全力を出し切ったらしい。

 ……終わりか。

 「今だぜ冒険者の旦那!ディアスの野郎をぶちのめしてやれ!」

 体から力を抜いたところで、周りの馬鹿騒ぎの中から聞き覚えのある声での野次が飛び、俺はこの喧嘩を終わりにするにはまだ早いことを思い出した。

 危ない危ない完全に忘れるところだった。

 「ジョッキ、貸して貰うぞ。」

 「あ、おい!」

 すぐ隣で口の端から液体が溢れるのも構わず酒を飲んでいた傭兵から、彼の了解を得ないままそのジョッキを取り上げて、手首のスナップを利かせてぶん投げる。

 残っていた液体の雫を周囲に振り撒きながら飛んで行ったそれは、狙った軌道を正確になぞり、

 「わっはっは!流石は俺の見込んだおと……え?あ、やめぶっ!?」

 全ての元凶たるビール腹の額に着弾し、昏倒させた。

 途端、傭兵達から歓声が上がったあたり、普段から調子の良すぎるヤツだったのだろう。

 何にせよこれでやっとここを出られる。

 しかしそう思ってギルドの出入り口の扉へ向かおうとした直後、それが勢い良く開かれた。

 「そこまでッ!私のギルドで騒ぐのは良いが、暴れても良いとは言ってないよ!」

 鋭い声を上げ、そう言いながらブーツを鳴らして入ってきたのは、ヘルムントの女領主――ヘレンだった。

 ……私のギルド?

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