傭兵
「よし、終わったよ。待たせたね。さぁ、今回の1番の子は……「来てやったぞエルム!相変わらず湿気てんなぁ!」……ああ、ブレイクさん、いらっしゃい。」
持ってきた草花をエル厶が一通り見終えたのを察し、カウンターに座る子供達5人が発される言葉を一言一句逃さないよういっそう集中し始めたところで、冒険者ギルド兼酒場の入り口が勢い良く開かれた。
そうして腰に吊った剣をカチャカチャ鳴らしながら入ってきたのは、鎧姿の男三人。
似たような装備ながら、頭部は三種三様で、短く刈った頭とスキンヘッド、もう一人はフードを目深に被っていた。
「いつもの奴だ!」
「はい、かしこまりました。」
仲間と入り口近くのテーブルに座るなり、大声でそう言った短髪の男――ブレイクにエルムは微笑を浮かべて頷いて見せ、
「エルム!誰が一番なの!?」
「ねぇ、だぁれ?」
「え?ああ、ごめんごめん。1番はクレアだったよ。」
「「「「ええーー!またぁ!?」」」」
子供達に催促されて結果発表をした途端、どうやら負けたらしい4人に揃ってブーイングをぶつけられた。
「あはは、そうだね。悔しいのならまた今度頑張るように。……それじゃあクレア、ご褒美はホットミルクだったね?」
「うん。」
ただどうもそれはいつものことのようで、エルムは朗らかに笑うのみ。
そして彼は落ち着いた態度に殺し切れていない得意顔を浮かべた、見たところ一番年上の少女、クレアにそう確認を取ると、優しげな笑みを深めて大きく頷いた。
「よし。皆も、集めた薬草の報酬を用意するから、少し待っててね。」
「「「「はーい!」」」」
そう言って受けた注文やらご褒美やらの準備に取り掛かったエルムに子供達は声を揃えて返事をし、かと思うと早速お互いの目の前にある薬草や雑草の山をいじったりいじられまいとしたりして遊び始める。
「おいあんたら!見ない顔だな!?」
その様子を、水をチビチビやりながらのんびり眺めていると、横から野太い声が掛けられた。
見ずともさっき入ってきた男達だと分かる。
「ああ、ついさっきヘーデルから来たんだ。」
「ヘーデル?じゃああんたら、冒険者なのか?」
「ん?お前らは違うのか?」
彼らの方へ体を向けながら聞き返した途端、今まで黙っていた他二人が噴き出した。
「ち、ヒヒヒ、ちげーよ!こんな年になって、誰が冒険者なんてやるかよ。」
肩を震わせながらフードを被った方が言い、
「ククク、奥に貼ってある依頼書を見てみろよ。北と違って南の方じゃあ冒険者の仕事なんて子供のお使いと変わらないんだぜ?ちゃんとした大人の仕事は俺達傭兵がするんだ。」
次いでスキンヘッドがそう言って自らの胸を叩く。
「へぇ、そうなのか。」
だからってあんまり冒険者を馬鹿にしないでくれるかね?隣――カウンターの左端に座るエルフがわなわな震えてて今にも爆発しそうなんだから。
「もしもここらにしばらく居るつもりなら、悪いことは言わねぇ、あんたらも傭兵になっとけよ。大人の冒険者なんて世間の笑いもんだ。」
「そうだ、この後時間があるなら付いて来ると良い。俺達が傭兵ギルドまで案内してやるぜ。」
「結構です!」
当然ながらそんな俺の内心の声なんて聞こえるはずもなく、傭兵達は――厄介なことに善意から――そう喋り続け、結果、クレスが座っまま声を荒げた。
「……ソフィアはお花を摘んでくるで、あう。」
「行かせるか馬鹿野郎。……クレス、お前も落ち着け。」
ちゃっかり逃げようとした少女の肩は左手で掴み、ついでに意外と熱血な青年を、その肩を叩いて宥める。
「な、なんだよ、怒鳴んなくたって良いだろ?」
「そうだぜ、俺達はただあんたらのためを思って……。」
「ああ、ありがとうな。でも俺達はすぐに出ていくつもりだから、案内はまた今度、機会があったら頼むよ。それより、セフト盗賊団について何か知らないか?」
戸惑う傭兵達に笑いかけ、クレスがまた暴発する前に、と話題を変える。
「セフト盗賊団?なんでまた?」
それに応じ、食い付いてくれたのはブレイク。彼もまた場の空気が悪くなるのを避けようと思っていたのかもしれない。
「来る途中で少しやり合ったんだよ。外の馬車、見たんだろ?矢の跡とか焦げ跡とかは全部そいつらの攻撃の跡だ。」
「あいつらに襲われたのか!?」
「ああ、積み荷の半分近くを盗られたよ。」
「……その口ぶりだと、仲間は全員無事なんだな?」
「ん?それは、まぁ。」
「それだけでも十分凄ぇよ。なぁ?」
「あいつらが襲った後は男の死体しか残らねぇって言うしな。」
「ああ、これまで何人の傭兵が殺られたことか。」
ブレイクに目を向けられたフードとスキンヘッドがそれぞれ頷き、同時に苦々しい表情を浮かべる。
セフト盗賊団がかなり厄介な相手であることは確からしい。
「それで?あいつらの隠れ家の情報って何かないか?」
爺さんが隠れ家の一つは特定しているはずだけれども、あの人数だし、隠れ家が一つしかないとは考えにくい。
「隠れ家の場所ぉ?ハッ、そんなもん、俺らも知りてぇよ。……まぁ、セフト盗賊団をなるべく避けたいって気持ちは分かる。でも、あいつらも馬鹿じゃねぇから、たぶんお前らみたいな手強い相手とは二度と襲おうとしねぇよ。それでも道中が心配だってんなら、傭兵を雇うといい。」
「へへ、俺達を雇ってくれりゃ、道中の上手い飯屋も教えてやるぜ?」
「良いねぇ、そいつは名案だ。俺達はヘルムントの道にも詳しいから、秘密の近道だって教えてやれる。あんたらに取っても悪い話じゃない。」
スキンヘッドの提案に手を叩き、そのまま「どうだ?」とブレイクはニヤりと笑いかけてくる。
「あーいや、別に避けるために盗賊団の拠点を知っておきたいとかじゃないんだ。」
「あん?じゃあなんで隠れ家なんて知りてぇんだ?」
それに俺が首を振って返すと、彼は今度は眉根を寄せて首を傾げ、された問いに俺は端的に答えた。
「盗られた積み荷を取り返したい。」
ていうか盗賊団への対抗勢力であるはずの傭兵からなんで真っ先に逃げの発想が出てくるのかね?
扱いが自然災害のそれだ。
しかし、傭兵達はどうも俺の言葉を予想していなかったらしく、難しい顔で沈黙し、かと思うとこちらへ身を乗り出していたブレイクが鼻を鳴らして背もたれに身を預けた。
「そりゃ無理だ。やめておけ。俺達傭兵はあいつらを何年も追い掛けてるってのに、尻尾の先すら掴めてねぇんだ。積み荷が何かは知らねぇが、奴らのねぐらを見つけた時にゃとっくの昔に売り飛ばされてらぁ。」
「本当に、見当も付かないのか?今まで盗賊団がどこで頻繁に出現しているかとかで、隠れ家の大雑把な場所は特定できるんじゃないか?」
「それなら、傭兵ギルドに行った方が早いですよ。」
少しでも情報が欲しいとさらに問い掛けると、背後からそんな声がかけられた。
「傭兵ギルドに?」
そちら視線を向け、尋ねる。
「ええ、ヘルムント中の傭兵を束ねているだけあって、ことヘルムント領内に関して言えば、一番情報が集まってくるところですから。」
首肯して答えながら、カウンターの上に小さなコップを1つとジョッキを3つ並べるエルム。
「……はい、お待たせクレア。ホットミルクだよ。よく頑張ったね。」
「うん!」
「「「「……。」」」」
彼が薬草採取で一番の成果を出した少女の前に、湯気立つコップを置いた途端、それまできゃっきゃと騒いでいた他の子供4人が揃って恨めしそうな目で彼女とエルムを見た。
「あはは、皆もお待たせ。お仕事の報酬だよ。無駄遣いしないようにね。」
「「「「はーい!」」」」
しかしそんな不満の色は、彼らの目の前に小さな巾着袋が置かれるや否やすぐさま消え去った。
文字通り、現金な子達だ。
「おいエルム、俺達の分はどうした?客はガキ共ばかりじゃねぇぞ!」
「はいはい、もちろん分かっていますよ。すぐに持って……「俺が持っていくよ。」え?あ、ありがとうございます。」
ブレイクの催促に、エルムがカウンターのこちら側へ来るため、わざわざ長い机の端へと向かおうとしたので、俺はそう言って麦の香る3つのジョッキを指に引っ掛け、中身を零さないよう持ち上げた。
「お、悪ぃな。」
「なに、気にすんな。それよりさっきの傭兵ギルドまでの案内、やっぱりこの後頼めるか?」
傭兵達のテーブルにビールを置き、ブレイクに軽く笑って返して、スキンヘッドへとそう尋ねる。
「おう良いぜ。久々にあそこで飲んで騒ぐのも良い。」
「ん?傭兵ギルドも酒場なのか?」
聞き返すと、フードの傭兵が大きく頷いた。
「この町で一番でけぇ酒場だ。ただしその分、落ち着けるようなところじゃねぇ。だから俺達はこっちによく来るんだよ。……ブレイクが冒険者ギルド贔屓だしな。」
「あ、おい!俺は別に……。」
「別に隠すこたねぇだろ。Gランクの冒険者証、まだ持ってるんだろ?傭兵ギルドに入ったら普通は捨てるってのに。」
「これは、たまに薬草を見つけたとき、酒代の足しにするためで……。」
ジョッキを傾けながらフードの仲間が問い、ブレイクは反射的に胸元を抑えて言い訳し始める。
そんな彼への追撃は、思わぬところから飛んで来た。
「ええ、いつもたくさん持ってきてくれるおかげで助かっています。できればこの子達にもコツを……」
「うるせーぞエルム!」
カウンターへ向けて怒鳴りつけ、顔が真っ赤なのをアルコールのせいにするためか、ブレイクは手にしたジョッキを一気に呷った。
傭兵ギルドは、ヘルムントの冒険者ギルドとは規模も活気も比べ物にならない、ヘーデルで訪ねたそれよりも大きい酒場だった。
看板に描かれた、交差した二本の剣が傭兵ギルドの紋章だろう。
「まぁ、ここが傭兵ギルドですか。立派な建物ですね。」
「あ、ありがとうございます。光栄です!」
御者台の右端に座ったミヤさんがそれを見ながら感心したように溢すと、ここまで先導してくれたスキンヘッドは勢い良く腰を90度曲げた。
「ふふ、光栄だなんて、大袈裟ですね。それに、礼を言うのはこちらの方です。ピートさん、デレクさん、ブレイクさんも、わざわざここまで案内してくださりありがとうございました。」
「い、いえ、そんな、俺達は当たり前の事をしただけで……。」
「あ、ああ、人助けなんて当然のこと、ですから。」
おかしそうに笑いかけられるや、スキンヘッドのピート、そしてフードを被ったデレクはそんな調子の良いことを口走り、
「そうそう、俺達は困ってる奴を放って置けない性分でしてね。ささ、中も案内しましょう。」
ブレイクはその二人と一度仲良く肩を組んで笑った後、素早くミヤさんに手を貸して、御者台から下りるのを手伝った。
「デレッデレだな。」
あの三人、冒険者ギルドで初めて会ったときとはまるで別人だ。ていうか元はスキンヘッド一人が案内しようとしていた所をわざわざ三人でやっている辺り、下心が見え見えである。
顔が赤いのは冒険者ギルドで飲んだビールのせいだけじゃないだろう。
「どの口が、言ってるです!」
そんな彼らの様子を馬車の反対側に立って眺め、噴き出しそうになるのを堪えていると、御者台の左端に座るソフィアがゲシゲシ肩を蹴ってきた。
結構痛い。
「いや、あそこまでじゃないだろ。」
そりゃまぁ確かに、未だにミヤさんと話すときは多少の照れが入ってしまうけれども。
「あそこまでです。」
『あれ以上はあるの。いい加減惚れておることを認めんか。』
爺さんは黙ってろ。
「はぁ……、母さんの本当の怖さを知らないから皆ああやって母さんに甘いんです。」
と、馬の手綱を手にしたままクレスが深々とため息をついた。
「くはは、確かに厳しそうではあるな。」
クレスにとっては厄介なことに、全て愛情が故に。
まぁこれまでのことを思い起こすとミヤさんがクレスに注いでいる愛情が全部裏目に出てるような気がしないでもない。
クレスが魔術の道に進んだ理由に――例えほんの少しだけでも――母親への反抗心があるのはほぼ間違いないだろう。
「クレス!皆さんも!早く入りましょう!」
と、傭兵ギルドの入口からミヤさんお呼びが掛かった。
しかしクレスは動かない。
「……僕はここに残って馬車の番をしています。先生とソフィアは行ってきてください。」
「番の必要なんて無いぞ。荷台の掛け布も含めて馬車全体に黒色魔素を通してあるから、俺が許さない限り、掛け布をちょっと動かすことすらなかなかできない筈だ。動いたら動いたですぐに俺が感知できるしな。」
「それでもこうして誰かが番をしていれば、馬車を盗もうとする人そのものが減ると思いますよ?」
反抗期め。
「そうかい、敵情視察はしなくて良いんだな?このまま何もしないとヘルムントの冒険者ギルドはたぶん、本当に潰れるぞ。」
俺達で何かできるとは露ほども思わないけれども。
「……分かりました。行きましょう。」




