表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
316/346

支部の事情

 取り敢えず俺達の置かれている状況や立て続けに起きた様々な事件の真相を伝えるため、ヘルムントの領主ヘレンと縁のあるユイにラヴァル、そして我らがパーティーの代表者ベンとセラの計四名は、先に村の外れにあるという領主館へと向かうことになった。

 「それじゃあ、先に行ってるね。」

 「4人とも、領主館で会おう。ではヘレン、向かうとしようか。」

 「は、はい!……ギルバート、何を笑っている!さ、さっさと出せ!」

 おそらく領主用であろう赤い馬車の中に大きめの体を押し込みながらベンが残された俺達に言い、次いで乗り込んだラヴァルが後ろにいる元教え子へ声を掛けると、呼び掛けられた彼女は――十中八九普段との落差で――笑いを堪えている御者を怒鳴りつけ、逃げるように車内に飛び込んだ。

 「イヤァっ!」

 そして御者――ギルバートが威勢の良い声を上げると、客人に遠慮しているのか車内の重量が5倍近くに増えたからか、馬車は来たときとは格段にゆっくりとしたペースで、暗くなり始めた道を走り去って行った。

 「あの領主様があんなに萎れるなんて……。あの、あなた達は一体……。」

 「交友関係が少し広いだけですよ。それより倉庫はどこか教えてくれませんか?」

 目をパチクリさせてそれを見送った後、俺達へそう尋ねてきたエルムに、クレスは首を横に振り、そう聞き返して話題を変えた。

 「ああ……すみません、ウチにはヘーデルと違って大きな倉庫はありません。ですから、できれば領主館の方にこの馬車も持っていったいただけると、その、助かります。」

 「え?倉庫がないんですか?」

 「いえ、もちろんあるにはあります。ただ、ギガトレントの幹を、それも10本も置く広さなんてない、小さなもので……。」

 「ああなるほど……。分かりました。えっと、それなら、エルムさんの言われた通りにさせてもらいます。」

 「あはは、ありがとうございます。」

 ヘルムント支部の予想以上に小さい経営規模を知って、クレスが申し訳なさそうに言うと、そこに務める青年は頭を掻いて気恥ずかし気に笑い、「では。」とそのまま小さなギルド支部へと足を向けた。

 「あ、待ってください。あと一つだけ。」

 「はい、何でしょう?」

 呼び止められ、再びエルムが気の良い笑みをクレスに向け直す。

 「僕達は父……ギルドマスターにも依頼の報告をしないといけないんです。えっと、遠話装置は、ありますよね?」

 「ええもちろん、使って構いませんよ。」

 「え?でも……その、まずは支部長に使用の許可を取っていただけますか?一応、それが規則ですし。確か、リイクさんでしたよね?」

 「それは私の父ですね。でも今はその職務のほとんどを代理として私がやっているんです。まぁ“長”とは言っても、部下なんてほとんどいませんけど。」

 「あ、そうだったんですか。すみません。」

 「いえいえ。では付いてきてください。」

 ヘルムントのギルド職員改め支部長は、一切気を悪くした様子もなく、窓から淡い光を漏らす、自身の管理する建物の中へと入っていった。



 入ってすぐ手前の、左右の2つの丸いテーブル。部屋の中央を横断するカウンター。そして奥の壁にピン留めされた数枚の紙、というか依頼書。

 頭上に吊るされたカンテラで照らされたヘルムント支部の内装は、はっきり言ってそれだけだった。

 ただ、掃除や手入れはちゃんしているようで、パッと見で埃の目立つようなところはなく、むしろ物がない分スッキリしているから小綺麗と評しても良いのかもしれない。

 「あの、何か飲まれますか?」

 レゴラスと話すため、奥の部屋へと消えたミヤさんを待つ間、カウンター席に座って寂れたギルドをボーッと眺めていると、カウンターの内側からエルムがそう聞いてきた。

 「飲む?」

 目を向けると、彼は柔和な笑みを浮かべて頷いた。

 「はい。見ての通り、ここは冒険者ギルドの支部である同時に、酒場でもありますから。……こうでもしないとやっていけませんし。」

 「そ、そうなのか。……でも悪いな、俺は水で良いよ。ソフィア、クレス、お前らは?」

 「僕も水で。」

 「ソフィアはミルクが良いです!」

 「はいはい、かしこまりました。」

 大仰に一礼し、エルムがカウンターの下からコップを3つ取り出して俺達の前に並べ始めると、依頼書を眺めていたクレスがふと口を開いた。

 「ハッカにフエルト、テトル草、薬草採取ばかりですね。」

 「ん?依頼の内容がか?」

 「はい。魔物の討伐依頼が一切ないなんて、ある意味凄いところです。見たところ、ゴブリンすらいないみたいですし。」

 俺に頷き、再度依頼書へ目を走らせて元ギルド職員が言う。

 「そうですね。ここらでゴブリンが住み着くような場所は、大抵盗賊の隠れ家になっていますよ。」

 「くはは、それはそれで困るな。」

 コップに水を注ぐエルムの皮肉混じりの言葉に俺は軽く噴き出し、しかし一方でクレスは不思議そうに首を傾げた。

 「あれ?でも、その盗賊の討伐や村の警備の依頼も貼っていませんね。ここの冒険者の主な仕事はそちらだと思っていたんですが。」

 「あーいえ、そういう依頼はここでは傭兵ギルドに行きますから。」

 「「傭兵ギルド?」」

 初めて聞く単語にクレスと異口同音で聞き返す。

 ソフィアは黙ったままだけれども、エルムへ向けるその目を見れば興味津々なことがよく分かる。

 「ええ、ヘルムント領独自のギルドですよ。彼らのおかげでどうせ今日も暇ですし、彼らについて少しお話ししましょうか?」

 俺達の一人一人の前に注文された飲み物を出し、恨み節を少々溢しながら聞いてきた冒険者ギルドの支部長は、俺達が頷くのを見るや早速傭兵ギルドについて話し始めてくれた。

 「まぁ話すとは言っても、基本的な仕組みは冒険者ギルドのそれと特別変わりません。傭兵ギルドは領内全体から舞い込む依頼をギルドに所属する者――ギルドの名前通り“傭兵”と呼ばれています――に手配し、報酬の一部を仲介料として受け取って利益としている組織です。特徴としては、その依頼内容が馬車の護衛や村々の警備、そして隠れ家の判明した盗賊の討伐等、戦闘に直接関わるものに偏っていることですね。」

 「戦闘に……じゃあもしかして魔物の討伐もその傭兵ギルドがしているからここに貼られてないんですか?」

 問われ、エルムは皮肉な笑いを浮かべた。

 「いえいえ、ただ単に魔物関係の依頼がないだけですよ。……まぁ、もしも今そういう依頼がウチに来たら、傭兵ギルドに回すしかないでしょうけどね。まともに戦える人材がいないので。」

 「あ、そうか、戦える人は皆傭兵になってしまうから……。」

 「その通りです。それというのも、その、ここからは少し愚痴みたいになりますが、冒険者ギルドの昇格の仕組みはヘルムントのようにほぼ開拓され尽くした場所に適していないんです。」

 「適してない?どこかまずい点でもあるんですか?」

 眉根を寄せ、食い気味に尋ねるクレスに、相手は「大ありです。」と一切退かずに頷いた。

 「先程言いましたように、ここではゴブリンなんて滅多に見かけません。だというのにGランクからFランクに上がるためには彼らを5匹も狩らないといけない。その後も昇格するには指定された魔物の討伐が必要ですが、そんなもの、ヘルムントにはどこを見たっていないんですよ?」

 「それなら……「ああはい、おっしゃりたいことは分かります。」……。」

 口を開きかけたクレスを片手で制し、支部長代理は続ける。

 「もちろん他所へ、それこそイベラムなどに行って指定の魔物を狩り、昇格することは可能です。でもそれは可能だってだけで、面倒なことに変わりありません。それよりは傭兵として昇格する方が遥かに簡単なんです。」

 「じゃあその、傭兵の昇格方法はなんなんですか?」

 「依頼の達成数ですよ。目覚ましい活躍をしたり依頼人からの評価が良ければ多少の融通を利かせることもあるらしいですけど、基本的にはこなした依頼の数で評価が上がっていくそうです。」

 「こなした数?そんなことで実力を評価してたら、簡単な依頼をたくさんこなしただけの人が分不相応に評価されることになりませんか?それに、元々力のある人がその実力を十分に発揮できるようになるまで無駄に時間が掛かってしまいますよね。」

 「それを私に言われても困ります。でも、この違いで、ヘルムントから冒険者がすっかりいなくなったのは事実ですよ。ウチに通う冒険者なんて、お小遣い目的の子供達だけです。その彼らだって大人になったら冒険者を辞めますし。」

 「そんな。田舎の新興ギルドなんかに負けていいんですか!?」

 「おいクレス。」

 たしなめるように声を掛け、腰を浮かせた元冒険者ギルド職員のケープを引っ張って椅子に座らせる。

 流石に言い過ぎだろう。

 「……すみません。」

 「はは、まぁ気持ちはなんとなく分かるよ。」

 例え末端の地位にいても、自身の所属するチームが負けていると聞いて、なに糞と思うのは理解できる。

 ましてやこいつの場合、尊敬する父親がギルドマスターだしな。

 「ええ、私だって冒険者ギルドが好きです。傭兵ギルドに負けたくなんかありません。でも、現状は何とかこの支部を保つのに精一杯で……。」

 これまでの苦労を感じさせる笑みを浮かべたエルムは、外の冷たい風が吹き込んだ途端、それを人懐っこい商人のものに切り替え、顔を上げた。

 「エルムーッ!葉っぱ持ってきたよーっ!」

 「私が勝ったらジュースちょーだい!」

 元気な声で駆け込んできたのは、パッチワークのような服を泥だらけにした、見たところ6から12歳程度の子供達5人。

 「ぼ……俺も!」

 「私はミルク。温かいのが良いな。」

 「あ、じゃあ僕もミルクにする!」

 わぁわぁ騒ぎながら真っ直ぐエルムの前へと駆け寄った彼らは、両手一杯に掴んでいた草の束をカウンターの上に、他の子供の持ってきた束と混ざらないように乗せた。

 ちなみにさっきまで俺やクレスと話していたエルムは当然ながら俺達の前にいるため、土まみれの根っこごと持って来られた草が叩き付けられたのは俺達のすぐ前でもある。

 そのため、ソフィアを含めた俺達三人は飛び散る土が飲み物に入らないよう、慌ててコップを上に掲げ、そのまま席を移動する他なかった。

 「あ!す、すみません!こら、人に迷惑をかけたら駄目でしょう。あの人達にごめんなさいは?」

 「「「「「ごめんなさい!」」」」」

 カウンターの左端へと避難した俺達に頭を下げたエルムに叱られ、子供達は笑顔で元気一杯にそう言ってきた。

 ……反省なんかしちゃいないのがよく分かる。たぶん何がいけなかったのかすらあまり理解できていないんじゃないんだろうか。

 まぁ、それでもちゃんと謝ってくれただけマシだろう。

 「エルム!私いっぱい取ったよ!」

 「ね、ね、誰が一番!?」

 「はいはい、皆ありがとうね。えっと……。」

 すぐに俺達から興味を無くし、カウンター席によじ登って座り、足を宙にぶらつかせ、キラキラした目で自身を見上げる小さなお客さん達に、エルムは柔和な笑顔で応じつつチラとこちらを見た。

 「いいよ、俺達のことは気にしないでくれ。頼んだのはただの水だしな。」

 これでちゃんとした客として扱われることを望む程図々しくはない。

 「ありがとうございます。……それじゃあ、早速見せて貰うね。」

 俺が苦笑して水のコップを掲げて見せたのに小さく頭を下げた後、冒険者ギルド兼酒場の主人は目の前にできた5つの草の山へと真剣な目を向けた。

 優しいお兄さんからギルドの支部長のものへと雰囲気が変わったのを感じ取ったか、騒いでいた子供達も席に座ったまま静かになり、緊張した面持ちでエルムの一挙一投足を注視し始める。

 そして1つの山の草や茎が1本、ときには2本ずつエルムの手に取られては素早く2〜3の束に仕分けられていき、固唾を飲んで見守る子供達の前に大小様々な緑の山が出来上がって行き始めた。

 「なぁクレス、あれ、何やってるか分かるか?」

 「雑草と有用な植物とを分けています。イベラムではあんな渡され方をしたら突き返しますけど、ここではそうじゃないみたいですね。」

 「まぁ相手は子供だしな。」

 「いいえ。そうだとしても必ず買い取りを断ることになっています。どういう物を持ってくれば良いのか、ヒントぐらいは出すかもしれませんが……。先生はGランクからFランクへの昇格依頼の、薬草採取で失敗しませんでしたか?薬草の一種であれば特に指定のない、簡単な依頼ですけど、ちゃんと種類ごとに分けて、雑草を混ぜずに納品しないといけないので、知識が無いと結構難しいんですよ?」

 「あー、そういややったな、薬草採取。……ん?あれ?やったっけ?」

 昔を懐かしむつもりで記憶の棚をひっくり返しても、その時の情景が全く思い浮かばない。

 『そりゃ実際、やっておらんからの。』

 そうだったか?

 「やってないのならGランクのままのはずですよ?」

 「そうだよな……あ!」

 思い出した。

 「ゴブリンの死体を100匹近く持って帰ったから、解体のついでにそいつらの持っていた薬草を掻き集めたんだよ、確か。」

 そんでたぶん、俺やアリシアに魔物の解体を教え、その手伝いまでしてくれてたネルが、ついでとばかりに集めた薬草の仕分けまで済ませてくれていたに違いない。

 「あはは、なんだか、先生らしいですね。」

 「……そんな薬草の取り方をする人なんて初めて聞いたです。」

 「ネルにも同じようなことを言われたよ。おかげで正直、薬草の知識はサッパリだ。お前はクレスの言うような失敗をしたのか?」

 ソフィアの呟きに軽く笑い、彼女にそう聞き返すと、フイと目を逸らされた。

 「……面倒だったので昇格セットを買ったです。」

 「なんて奴だ。」

 「異常さで言えば隊長さんが遥かに上です!」

 ゴブリンの殲滅はアリシアがやったんだけどなぁ……。

 「あ、終わったみたいですよ。」

 「お、そうか。」

 エルムの方を見ていたクレスの言葉に反応し、俺はいつの間にか固く握り締めていた拳を解いて、そして掌の爪痕の痛みは無視して、カウンターに乗せられた10数束の草花へと目を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ