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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第九章:はっきりとは言えない職業
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ヘルムント

 同じものを投稿してました!気付くのがすごい遅れて申し訳ありません!

 

 「さぁ話して貰おうか。お前らの隠れ家はどこにある?」

 「へへ、誰が言うガッ!?」

 「もう一回繰り返した方が良いみたいだな。……よぉく聞けよ?お前らの隠れ家は、どこにある?」

 胸元を掴んで宙に持ち上げていた男から一瞬手を離し、落ちてきた喉を掴み直すことで黙らせ、再度そう問い直す。

 「あぐ……、い、言ったら、殺、される。」

 「なるほど、そりゃ大変だ。それでも逃げ切れる可能性はあるんじゃないか?もしもここで話さなかったら、お前は確実にこのまま絞め殺されるぞ?忘れるなよ、お前の代わりはまだまだいる。」

 縛られ、俺の周囲に転がる盗賊達を目で示し、掴んだ首にかける握力を少し強めれば、相手の顔は恐怖で真っ青になった。

 まぁ単純に酸素が足りないだけかもしれない。

 それでもこっちだって必死なのだ。何せ奪われた6本のうち、取り返せたのはたったの2本。つまり、このままだと積み荷の半分弱を失うことになる。

 「……に、逃がして、くれるのか?」

 「そりゃもちろん、当たり前だろ?俺だって鬼じゃない。っ!?」

 相手の心がようやく折れかけたところで笑顔を浮かべて見せ、ついでに浮いていた彼の爪先を地面に着けさせてやる。

 しかしそれと同時に直感が警鐘を鳴らし、俺は男を突き飛ばして後ろに跳んだ。

 直後、高い風切り音を鳴らして一本の矢が俺のいたすぐ近くの地面に刺さり、かと思うとさらに数十本が連続して空から降ってきた。

 咄嗟に盾を作り上げる。

 しかしそれが俺をどうこうするための攻撃ではないことはすぐに思い知らされた。

 矢の雨が一頻り降り終えたのを確認して盾を消すと、尋問対象が全員、矢を受けて息絶えていたのだ。

 要は口封じである。

 矢の出所へ目を向けるも、遥か遠くに舞い上がった土埃が見えるのみ。

 「……ありゃ追い付くのは無理だな。」

 さっきまで“お話し”していた男は俺が馬より速いだなんて評していたけれども、それは短距離での話だ。長距離の全力疾走は流石に無理がある。

 この分だと馬車の方でも捕虜なんて取れてないだろうな……。爺さん、盗られた幹のどれか一つでも良い、追えるか?

 『言うたじゃろ、わしにとってはギガトレントもジャイアントトレントも……。』

 はいはい、全部同じトレントな。でもな、俺は“追えるか?”って聞いたんだ!

 『う、うむ、一つぐらいならの。』

 ったく、ならそのまま盗賊共の隠れ家まで追跡してくれ。

 『良いじゃろう。』

 よし。

 久々に役立ってくれそうな爺さんの返事に頷き、死屍累々に囲まれた馬車を振り返りながら右耳を抑える。

 「そっちはもう終わったみたいだな。ユイ、お疲れさん。怪我はないか?」

 「……あなたにだけはそんなことを聞かれたくないわね。どうせまた一人で敵の中に突っ込んだんでしょう?」

 「いやいや、今回は結構頑張ってその場に踏みとどまったぞ?突っ込んだのは最後だけだ。」

 [ふーん、そう?あとでセラさんに聞いても良いかしら?]

 相も変わらず信用無いなぁ。ったく、そろそろ泣くぞ。

 「はぁ……、ご自由にどうぞ。それより、取り返したギガトレントの幹を持って帰るのを手伝ってくれないか?オーバーパワーを使えば楽勝だろ?」

 [分かったわ。任せて。]



 遠くに見えていた丘陵が視界から消え去ると、彼方の水平線を遮るものはポツポツと点在する小さな林や家屋だけとなった。

 広がる平地に敷き詰められた畑は、冬だからか殆どは黒いものの、だからと言って農業が休みだなんてことはない。夕暮れ色の日差しの中、畑の内外を練り歩く人の影は幾つもあり、それらは少し高い位置にある街道を進む巨大な馬車を物珍しそうに眺めては、すぐまた自身の用事へ戻っていった。

 少なくとも大人は、だ。

 通り過ぎる6輪馬車を目にした子供達はその旺盛な好奇心に素直に従い、街道脇の坂を馬車と並ぶように走り始め、しかし流石にずっとは走っていられず、そのまま転けたり息切れしたりして脱落していく。

 ミヤさん辺りが心配そうにしているけれども、見たところ泥だらけの彼らはそれでもキャーキャー笑っていて楽しそうだ。

 そんな子供達を微笑ましく見守る他の大人達の様子から――領内へ入ってすぐでは散々な歓迎を受けたものの――この土地が基本的には穏やかな場所だということがなんとなく感じられた。

 「過ごしやすそうな所だな。」

 「そうね。でもその分、ヘレンさんが盗賊のいることを嘆いていたのも分かるわ。見なさいよ、あれ。」

 荷台に座ったまま御者台のユイへと声を掛けると、彼女は一度頷いた後、近くの畑の一角を指差した。

 そこに立っていたのは、軽鎧に剣を帯びた、物々しい姿の男。周囲へと目を光らせるその姿は周りから完全に浮いており、暗くなり始めた現在の時間もあってか、行き交う通行人が彼を怖がって避けているのが分かる。

 「あれもね。」

 と、続けてユイが指し示したのは、また別の畑の周囲を歩く、長槍を背負った女。マントで良く見えないものの、その下に何らかの防具を着込んでいることは何となく察しがつく。そして彼女もまた人から恐れられていることが見ていて分かった。

 そうして意識して探せば、同じような輩がそこら中にいるのが見え、そして彼らは皆一様に住人から距離を置かれているようだった。

 「あいつらはたぶんここらの冒険者だな。くはは、畑の警備が主な仕事だなんて楽で良いなとか思っていたんだけどな。ありゃ精神的に辛そうだ。」

 四六時中白い目で見られ続けるよりはまだ魔物の相手をしていた方が数倍マシだ。

 しかしどうも俺の考えはユイのそれとは違ったらしく、彼女は首を横に振った。

 「そういう話じゃないわ。盗賊がいるせいでわざわざああいう物騒な人達を何人も雇わないといけないことが問題だって言ってるのよ。」

 「物騒って、お前と同じ冒険者だ……うん、確かに物騒だな。」

 「この刀が斬撃を飛ばせることを忘れたのかしら?言ってくれれば喜んで思い出させてあげるのだけれど?」

 頭上にいる俺を睨み、ユイが左手で草薙ノ剣の鯉口を切る。

 「そういうところが物騒なんだ。ったく、王城でのあの格好が恋しいよ。」

 武装の類どころか金属すら殆どない、完全布製のあの服装が。

 「……あ、あれは、私にはちょっと、ヒラヒラし過ぎよ。」

 「前を見ろ。あれより遥かにヒラヒラした服を着てる男がいるぞ。」

 言い、既にソフィアへの返送を終えた暗殺者を指差すと、それに目敏く気付いた彼女はきょとんとした表情でこちらを振り向いた。

 「どうかしたです!?」

 「ソフィアの服が可愛いなって話してたんだ!」

 大声に大声で返せば、金髪少女は馬上で器用にも諸手を上げて喜んだ。

 「わーい嬉しいです!隊長さんはもうちょっと服装に気を付けたらどうです!?」

 「いやおい、そこは似合ってるって言えよ!一応このマントはユイが選んでくれたんだから!」

 「マントだけ自慢されても困るです!あ、でもソフィアの服の余りが……冗談です!弓を構えないでくださいです!」

 「そろそろ前を向いた方が良いんじゃないか!?」

 「はいです!」

 弓に矢を番えるフリをしながら質問に見せかけた命令を下すと、ソフィアはすぐに進行方向へ視線を固定した。

 「はぁ……、ったく、そもそもあいつの服が俺に合う筈無いだろうに。」

 サイズ的に。

 弓を消し、嘆息。

 「でも、一理あるわ。」

 「は?」

 真下からのまさかの言葉に信じられない思いでユイを見る。

 女装しろってか?気持ち悪いだけだぞ?

 「だってあなた、結局マントの下はどこかで拾ってきたような薄汚れたシャツでしょう?」

 「あーそういうことか……。でも、一応魔素は通してあるから下手な鎖帷子より頑丈だぞ?」

 あと薄汚れたとか言うな。これでも破れたり臭くなり過ぎたりしたらちゃんと買い直してるし……二束三文で。

 「誰もそんな性能の話はしてないわよ。見た目よ見た目。」

 「まぁほら、もうすぐいつものロングコートをまた普段着に使えるようになるんだから、それまでの辛抱だ。」

 あれならまだ見栄えはするだろ。

 『せんの。』

 するんだ!……たぶん、きっと。

 「そう、またあの格好に戻るつもりなのね……。」

 「ああ、まぁな。やっぱりあれが落ち着くんだ。あ、マントは大切にさせて貰うぞ?なんやかんやで俺も気に入ってきたし。」

 「別に、そんなことは気にしてないわよ。勝手にすれば良いじゃない。」

 至極残念そうなユイに、フォローするつもりでマントの襟を引っ張りながら言ったものの、彼女にはプイとそっぽを向かれてしまった。

 あのロングコート、そんなに駄目かね?

 それから、どうすれば俺のファッションセンスが認められるのか延々と――そんなことは有り得ないと言い張る爺さんに呪詛を送りつつ――悩んでいる内に、行く先を遮る背の高い石壁が見えてきた。

 ……あれがヘルムントか?

 『ああそうじゃ!そうじゃからいい加減わしへの精神攻撃をやめんか!』

 断る!



 冒険者ギルドはどこかと道行く人に尋ね、辿り着いたのはこじんまりとした酒場だった。

 「はあ、それは災難でしたね。」

 その前で俺達を迎えてくれた、ギルドの制服を着た細身の青年は――盗賊の被害なんて珍しくないのか、ただ単に夕暮れ時で眠いのか――盗賊等々についての報告をベンから聞き終えるとのんびりとそう返した。

 「分かりました。では、納入本数は6本ということで。不足分は後ほどヘーデルに追加注文を……。」

 「いや、それは少し、待って欲しい。」

 「え……?」

 そして手元のクリップボードに何やら書き込みながらこちらへ背中を向けた彼は、しかしいきなりベンにその肩をガシリと掴まれると、呆けたような表情で振り向いた。

 「残りの4本は、僕達が必ず、取り返すよ。ギルドマスターの信頼には答えないと……そう、だよね?」

 ベンが背後の馬車へ目を向け、そこで待機する俺達は一様に頷いて返す。

 ……個人的には、恩だなんだというより、やられっぱなしが気に食わない。

 「はあ、それはもちろん、そうしてくだされば一番ありがたいのですが、しかし相手がセフト盗賊団では……。」

 「セフト、盗賊団?どうして、相手がそうだと、分かるのかな?」

 少し訝しむようなベンの問いに、相手は意外そうに目を見開いた。

 「え?だって、数百人規模の盗賊団なんて、セフト盗賊団以外にありえませんよ。それを知らないで取り返すなんて言ったんですか?」

 「誰が相手でも、取り返すつもりだよ。」

 「あ、す、すみません。あなた方の実力を侮るつもりはないんです。ただ、えっと、注文をしてくださった方が方なので、その、あまり待たせる訳にも、いきませんから……。」

 責めるような口調に対し、ベンはビクともせずに、むしろ笑顔で決意を口にし、逆にギルド職員の方がしどろもどろになって俯く。

 するとクレスがベンの後ろから疑問の声を上げた。

 「え?個人が購入したんですか?ギルドではなく?」

 「あはは、北と違って、ウチにそんな大きな買い物をする余裕はありませんよ。……あ、噂をすれば。あれに乗られているのが、ギガトレントを購入された方ですよ。」

 頬を掻き、苦笑いを浮かべた彼がハッと慌てたように手で示したのは、俺達が来たのとは反対方向から道をかなりの速度で走ってくる赤色の馬車。

 道の僅かな凹凸で車体が跳ねるのも構わず近付いてきたそれは、勢いを殺し切れずにそのままベンとギルド職員の横を通り過ぎるかと思いきや、酒場に差し掛かったところでいきなり自身の車輪の回転を止め、ガリガリと土を削って、ベン達のすぐ横で止まった。

 「危ないですよ!下がって!」

 「え?う、うん。」

 と、そこでギルド職員の飛ばした警告にベンが戸惑ったように頷いて一歩下がった瞬間、バン!とベン達の方を面した馬車の扉が激しく開かれた。

 ……編み上げのブーツが見えるから、“蹴り開かれた”が正しいかもしれない。

 そのブーツの主はそのまま一メートル程下にある地面へ飛び降り、赤いスカートの裾が土をはいたのを気にする素振りもなく、ベン達二人の間に仁王立ちした。

 「エルム!届いたか!?」

 「は、はい!ちょうど今、あちらに!」

 ハキハキとした領主からの問いに、ギルド職員――エルムは怯えたように体を縮こませつつ巨大な6輪馬車を手で示す。

 「ただその……えっと、実は……。」

 「なんだ?何か言いたいことがあるならはっきり言え!」

 「す、すみません!」

 しかしさらに何かをビクつきながら口にしかけたところで、その態度に苛立ったらしい領主にピシャリと叱りつけられ、エルムは勢い良く頭を下げた。

 「はぁ……、相変わらず情けない奴だな。」

 「すみません!」

 「チッ、まったく。」

 ため息をつかれてもひたすら頭を下げ続ける青年の姿に、明らかに男勝りな女領主は、左腕を腰の剣に置いて休めたまま、煙管で自身の肩を軽く叩きながら舌打ちし、悪態をつく。

 「僕から、言うよ。実は頼まれた16本のうち4本を、セフト盗賊団に奪われたんだ。……ごめん。」

 そんな彼女の背中まで伸びた髪へ、いい加減話を進めようとベンが声をかけた途端、領主の拳が強く握りしめられた。

 「セフト盗賊団……。なるほど、そういうことか。ご苦労、むしろあいつらに襲われて尚、よく無事にここまで来た。流石は前線の冒険者といったところ……か?……え?」

 労いの言葉を口にしつつ、目を閉じて何やら考え込みながらベンを振り向いた領主は、予想以上にあった相手の上背に少し驚いた様子で視線を上げ、次いでそのまま硬直。

 煙管がポトリと地面に落ちる。

 「……あ、あなた、様……は?」

 「やぁ。ヘレン、だったよね?父さんの葬式で、挨拶したとき以来、かな?」

 「ッ!こんなところで、一体何を……。」

 おっとりした返答に我に返るや、素早くベンから距離を取って姿勢を落とし、ヘレンが右手で剣の柄を掴む。

 しまった忘れてた!そういや世間じゃベンはアーノルド殺しの黒幕にだったな!?

 「セラ!」

 「ああ分かっている!」

 「二人とも、大丈夫だよ。」

 短慮に思い至り、慌てて駆け出そうとした俺とセラを、しかしベンは片手で制し、全く焦る様子を見せずに落ちた煙管をそっと拾い上げ、土を払ってその主へと差し出した。

 「僕達は敵じゃない。そのことを、君ならきっと分かってくれると思って、皆とここに来たんだ。」

 「みん、な?」

 剣を半ばまで抜いたまま、ぎこちない動きでベンの巨体から顔をずらし、彼の背後で待機する俺達へ目を向けるヘレン。

 「ヘレンさん、お久しぶりです!」

 「久しいな。元気そうで何よりだ。」

 「へ?……あ、お、お久しぶり、です……?」

 そして視線の先で腕を大きく振るユイや、片手を軽く上げたラヴァルの姿を見て、自身がとんでもない状況に陥ったことを理解したであろう彼女は、そっと剣から手を離し、煙管を受け取り、ユイ達へ力なく手を振り返した

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