盗賊
セラの命令の下、そして俺自身の身の安全の為に、風の盾や防御に振るわれる剣、馬を蛇行させて逃げるという悪知恵等を全て魔力マシマシの矢で強引に解決し、逃げる偽騎士達を皆射殺した後、俺は再び盗賊団の迎撃に戻った。
ヒョウと風切り音が鳴る度に一人また一人と盗賊が馬から落ちていく。
たまに落ちた死体が後続の馬を躓かせ、その乗り手を地面に突っ込ませるなんて二次被害を引き起こし、さらに上手く行けば、そうして落ちた乗り手がまた別の馬を――自分の命と引き換えに――転けさせるなんて三次被害まで発生した。
しかしやはり多勢に無勢。
俺の頑張りなんぞ知ったことかと敵は迫り、その興奮した雄叫びに混じった笑い声まではっきりと聞こえ始める。
「コテツ、少し下がれ。」
さらに大きくなる蹄の音に、そろそろ剣へ持ち替えようかと思ったところで、右からセラがそう指示してきた。
突きを放とうするかのように剣を右肩に引いてその切っ先を敵へと向けた彼女は、俺が指示通り背後に下がるや、左足を前へ大きく踏み込み、剣を突き出し声を張り上げる。
「エアロブラスト!」
すると風を纏った刃から激しい暴風が放たれ、数十メートル先まで迫っていた盗賊数十人を彼らの乗る馬ごと吹き飛ばし、敵集団のど真ん中に大穴を穿った
「くはは、凄いな。魔法もお手の物か。」
「嫌味か貴様。」
その光景に賞賛の言葉を口にすると、彼女は苛立たしげに鼻を鳴らして剣を中段に構えた。
どうしてただの褒め言葉にまで怒るのかね?素直に受け取ってくれりゃあいいのに。
『そこな騎士を剣で下した黒魔法使いは誰じゃったかのう?それも片手のみで。』
だからって他人を褒めちゃいけないってのはおかしいだろ。
思いつつ、もう100メートル先まで迫って来た敵を睨みながら弓矢を双剣に変形させた途端、急に冷たい横風が吹き荒れ、一気に辺りの気温が下がった。
何だと思う間に白い霧が凍える風に乗って馬車と盗賊団との間へ吹き込み、触れる土や草を見る間に白く染め上げる。
程なくして、そこに横長の透明な壁が作り上げられた。
風上――馬車の前方へ目を向ければ、ミヤさんが後ろにクレスを連れて、尚もタクトから冷気を放ちながらこちらへ走ってきていた。
「すみません、遅れました!」
「十分間に合ってますよ。それより、ユイ達は?」
謝罪に首を横に振って返し、援軍二人へそう尋ねる。
記憶が確かなら、俺達は総勢8人だったよな?……まさかユイの奴をまだ起こしてる最中だったりしないだろうな?
「あ、他の人達なら、反対側から来た盗賊に対処しています。」
「「反対側?」」
答えたクレスに、セラと異口同音で聞き返す。
「はい、今この馬車は盗賊に挟み撃ちにあっていて、馬車の右側ではユイとラヴァル先生が、母さんのしたように、石の壁で時間を稼いでいる筈です。」
「時間を稼ぐ?まさかこれから馬車を動かして逃げるつもりか?それでは敵に馬を狙われるぞ。」
「ん?ベンの障壁魔法を使えば良いんじゃないのか?」
あいつの作る障壁は黒魔法で作ったものより遥かに頑丈だし、無色透明だから視界が悪くなる心配もない。
この状況にうってつけと言っても過言じゃない。
しかしセラは首を横に振った。
「無理だ。障壁魔法で一度に作り上げられる盾は一枚のみ。加えて一度盾を作ったが最後、ベン自身にもそれを動かすことはできなくなる。位置を変えるには一度消してから新しく作り直すしかない。」
「ええ、ですから逃げようなどとは思ってはいません。稼いだ時間は戦う準備をしっかりとさせて貰うための物です。」
王城で長年働いていただけあって障壁魔法のこともよく知っているのか、ミヤさんはセラの言葉に頷き返し、ふと俺に目を合わせた。
「……コテツさん、見ていてくださいね?これまでは戦場が街中でしたり、逃げながらの戦いでしたりと、私の実力を十分発揮できませんでしたが、今回はしっかりと私の力をお見せしますから。行きます!アイスゴーレム!」
最後に可愛らしく両の拳を握って見せ、まだまだ活躍し足りないらしい王国屈指の魔法使いが澄んだ声を上げる。するとそのすぐ側に全長5メートルはある氷の巨人が2体作り上げられた。
……なるほど、確かにこれを暴れ回らせるのは、街中や逃げながらだと難しいわな。
ゴーレムの片方はその歪に大きな掌で自身の左肩に自らの創造主を乗せ、次いでクレスにも手を差し伸べたものの、クレスはそれに対して一歩退いてしまう。
「クレス?」
「僕は良いよ。こ、ここからの方が、コテツ先生達の援護を、しやすいから……。」
訝しんだ母親に、クレスが慌てたように言い訳を口にする。
真意は聞かずとも分かる。血が駄目で戦えないことを万が一にも知られたくないからだ。
だから俺はすかさず彼の肩に手を置き、ミヤさんが何か言う前に彼女へ笑顔で口を開いた。
「すみませんミヤさん、クレスを借りますね。」
「いえ、えっと、私からも息子をよろしくお願いします。」
何か言いたげだったミヤさんは、その言葉を飲み込んで代わりに頭を下げ、氷の壁を破らんとする盗賊達へと目を向けた。
「……ありがとうございます。」
「おう。それよりクレス、少しは戦えるのか?」
血の苦手な青年の感謝に頷いて返し、ついでにそう尋ねると、やはりと言うか何と言うか、彼は申し訳無さそうに首を横に振った。
「防御に専念します。あと、ギガトレントの幹を守ろうかと。回復魔術も扱えますから、怪我をしたら知らせてください。」
「よし分かった。」
「なるほど、だがくれぐれも身体強化の類だけはやめておけ。」
と、小声でのやり取りに、セラが急に入ってきた。
「「……?」」
一体何の話なのか一瞬分からず、クレスと目を見合わせた後、揃って戸惑った目をセラへ向け直す。
すると彼女は彼女でバツが悪そうな顔でたじろいだ。
「うぐ……その、援護でなんの前触れもなしにいきなり身体強化を施すと、受けた側は逆に身体が思うように動かなくなるのだ。私やコテツにとって、それは致命的だろう?」
どうやら援護役を買って出たクレスに助言してくれていたらしい。
「えーと……だってよクレス。」
「え?あ、はい!分かりました。ありがとうございます。」
俺から対応を丸投げされたクレスに慌てたように頭を下げられ、セラは少しぎこちない動きで、しかし満足そうに頷く。
「う、うむ。……コテツ、今度は突っ込むなよ。」
「はいよ、了解。」
そのまま俺の隣に立つなり俺に釘を刺し、彼女は硬い表情で自身の剣を構えた。
……一塊になるのは大勢を相手に孤立しないためであって、俺を監視するためじゃないと信じたい。
『両方じゃろうの。』
ま、だよな。
盗賊共へと目を向ければ、彼らを阻む透明だった氷の壁は今やヒビで真っ白に曇っていた。
そこに散発的に薄っすらと映る赤や黄色の光は、壁の向こう側で今も放たれている無数の魔法による物だろう。
それをここ数分ずっと耐え切っているんだなら流石ミヤさんとしか言いようがない。
……それなのに俺に自分の力を見せる、ねぇ。
「凄い魔法使いだってことは十分以上に分かってるつもりなんだけどな。」
ていうか実力を疑ったことすら一度もないぞ。
「そうなんですか?母さんはコテツ先生にいつも守られてるって言っていましたよ?すごく気を遣われていて申し訳ないとも。」
自ら作った巨人の肩に乗ったミヤさんの長い金髪を眺めながら独りごち、苦笑いを浮かべていると、クレスが背後から意外そうな声音で聞き返してきた。
「別にミヤさんが弱いから気を遣ってるとか、そういう訳じゃないぞ?」
『うむ、そうじゃの、未だに惚れておるからじゃ。』
だからそういうんじゃないって言ってるだろうが!
「でも母さんに一対一で、得意でも何でもない武器で勝ったんですよね?……武器というか、金槌、でしたっけ?」
……ミヤさん、息子にまでそんな話をしてるのかよ。別に楽しい話じゃないだろうに。
「一応あれも聖武具の一つだからな?」
なんで金槌なんかを聖武具に仕立て上げたのかは今考えてもアホの所業にしか思えない。まぁ爺さんを信仰するくらいだから頭のネジがどこか吹き飛んでてもおかしくはないか。
『のう、アリシアも信者の一人じゃぞ?むしろ聖女じゃからその筆頭と言うても良い。それでもまだ……』
ぁあ?聖女だと?無理矢理あの子をそんなものにしたのはどこのどいつだ!
『はぁ……、何度も言うがの、アリシアに元より助かる見込みは無かったわい。それに、それでお主は助かったじゃろ?』
……ああそうだよクソッタレ。
「先生、そろそろ来ます!」
「ッ!」
クレスの警告で意識を現実に引き戻した直後、遂に氷壁が粉々に割れ、崩壊し、盗賊達が再度こちらへ突撃を敢行した。
「クレス、防御に専念したって良いから、援護射撃を俺の背中に当てることだけはしないでくれよ?」
「あはは、はい、もちろん。」
いや、笑い事じゃなく本当に。
そして怒涛のように押し寄せてきた盗賊団に対し、こちらの一番槍はミヤさんの氷の下僕だった。
頑丈な巨体を活かしたタックルからの両手を広げたヘッドスライディング。そしてすぐに両腕を振り回しながら立ち上がったかと思うとまた別の位置へボディプレスを行うという、ゴーレムとは思えない程滑らかな動きで暴れ回る氷の巨人は早速盗賊達を恐慌状態に陥れていく。
それでも運良く攻撃を免れた盗賊達はゴーレム戦のセオリー通り、術者を叩こうとミヤさんに迫り、しかし大半は彼女を肩に載せたゴーレムの腕の一振りで吹き飛ばされ、残りは吹雪を真正面から受け止めてその場に文字通り凍りついてしまった。
その戦いぶりを傍から見ているだけでも余裕なのがよく分かる。
「……流石ミヤさん。」
「先生!?前!来てます!」
「そう慌てるなって。分かってる分かってる。」
焦り切ったクレスの声に笑顔で頷き返し、馬から飛び降りて半ば飛び掛るように襲ってきていた盗賊の首を振り向きざまに陰龍で刎ねる。
舞った仲間の血飛沫が自身の顔に掛かるのも構わず突っ込んできた後続の剣は左足を引いて半身になることで躱してしまい、俺は黒龍を逆袈裟に切り上げることでその使い手の命を断った。
先程までより幾分かマシな精度で飛んで来始めた敵の魔法は随時無色魔法で消し飛ばして無難に対応。飛んでくる矢の防御は全てクレスに任せ、次から次へと、順番なんか知ったことかと向かってくる盗賊を死体へと変えていく。
「くはは、鎧が無いと楽だな。」
さらにまた別の盗賊の胸を水平に開きながら、ついつい笑みが漏れた。
ファーレンで思い知ったことだけれども、素早く斬ることに特化してる分、俺の剣はどうしても防具に弱い。騎士剣であれば普通に叩き切れるような薄い鎧や鎖帷子でも、意識して力を入れないと刃を通せないのだ。
それなのに最近は機動力を必要としない、もしくはそれを馬任せにした、割と厚めの鎧を着込んだ騎士の相手ばかりだった分、今回のように自身の身軽さを重視した相手を切り捨てていくのはかなり楽に感じられる。
もちろん、だからと言って敵中に突っ込んじゃいけない。
こちらの目的はあくまで防衛であり、何より背後にクレスがいる。……そもそもミヤさんが張り切ってゴーレムを暴れ回らせているため、こちらは守りに徹するだけで良いというのもある。
ともかく、それらのことを常に自分に言い聞かせ、守りが得意なセラとの距離をなるべく頻繁に目で測り、視界に入る幾つもの敵の隙からは意識して目を瞑った。
代わりに注視するのは馬から降りずにクレス目掛けて突っ込んで行こうとする者。馬上からの攻撃は防げはしても騎乗した相手への反撃は地上からだとやりにくいため普段なら対応を後回しにするところ、今回ばかりはそうはいかない。
とは言えその対処は至って簡単。
俺へ向け、すくい上げるように振られる剣を双龍のどちらかで防ぎつつ、空いた手に作ったナイフを投げてやるだけだ。
あとは必要に応じて魔力による軌道修正を行えば、ナイフは馬の手綱を常に握っていなければならない相手の喉にいとも容易く突き刺さる。
クレスの魔法の援護もあって、地味な黒いナイフが目立たないのも、ナイフが防がれない一因かもしれない。
そうして戦い続ける内、次第に敵の攻勢が衰えてきた。
「屈め!……ヴェンタス!」
思ったところで急に隣から声が掛けられ、それに素直に従った瞬間、セラが剣を大振りして凄まじい突風を発生させて周囲約3メートル以内の敵を一斉に、またもや馬ごと吹き飛ばした。
吹き飛ばされなかった奴らも奴らで、強い向かい風に足を止めさせられ、そのついでに初め俺達に襲い掛かってきていたときの熱も冷まされたらしく、そのままその場で二の足を踏む。
結果、彼らと俺達との間に数メートルの空間が生まれた。
自らの数十倍の数を相手にビクともしないこちらをどう突破するか悩んでいるのか、真っ赤な地面に積み重なる仲間の姿に恐れを為したか、盗賊達はなかなか動こうとしない。
背後で感嘆の息が洩れるのが聞こえた。。
「すごい。……魔法の技量は僕なんかより遥かに上なんですね。」
「フン、魔色適性が黒と緑しかない分、鍛錬を怠らなかっただけだ。私がベンにお仕えするには、これぐらいできなくては……。」
「……もしかして照れてるのか?」
突然何やらブツブツと言い出したセラの様子に、ふとそう考え至り小声で尋ねる。
途端、身震いする程恐ろしい視線が俺を貫いた。
「貴様の舌はいつか必ず叩き斬ってやるからな。」
「……少なくともこれが終わってからにしてくれ、な?」
ていうか今ので本当に照れてたのかよ。不器用な照れ隠しにも程があるぞ。
『のうお主。』
なんだ爺さん?
『その、なんじゃ、今気付いたんじゃがな?』
はっきり言え。
『怒らぬか?』
……内容による。
『積荷を引き抜かれておるぞ。』
「……はあ!?」
慌てて背後を振り返れば、荷台の上に突き出る山の高さが少しばかり低くなり、荷台を覆う、ピンと張っていた筈の白い布は明らか弛んでいた。
ていうかその布の下を今現在も巨大な丸太が動いていっているのが分かる。
「えっと、先生?」
「くそッ、やられた!」
「え?」
急に俺が振り向いたのにクレスが戸惑った表情をしたものの、丁寧に説明する暇はない。
「あいつらの狙いはハナから積荷だ!セラ!クレスを頼むぞ!」
「なっ!?お、おい待て貴様!」
一方的に言い残し、セラの前を走り抜け、馬車の後方へ向かう道の途中で様子見ならぬ時間稼ぎをしている盗賊達へと突貫する。
「うわ、こ、こっちに来やがった!」
「誰か!あ、あいつを止めろ!」
……意外と足が竦んでいただけの奴もいたのな。
ただまぁ残念ながら、敵の選り好みをしている暇はない。
覚悟を決めて振られる剣もへっぴり腰で突き出される剣も速度を落とさず軽い身の捻りで避けてやり、走る邪魔になる敵の腹も背中も一様に斬り伏せて脇へ退かす。
そうして盗賊達の密集地帯を抜けた先では、後ろの壁の留金を壊され、後部が完全に開放された荷台から、盗賊達がギガトレントの幹を一本ずつ、馬2頭に繋いだロープで引き抜いてはそのままそれを引き摺りながら次々と走り去っていっていた。
すぐさま弓矢を作り上げ、馬車から中程まで引き抜かれた丸太とロープで繋がった2頭の馬の頭を射抜く。
「うおっ!?」
「クソッ!もうバレたのか!」
いななき、地面に倒れる馬と投げ出されるその乗り手。
「てめぇらここまでだ!逃げるぞ!行け行け!」
途端、即座に指示が飛ばされ、盗賊共の本命部隊は一斉に逃走を始めた。その逃げていく先では、引き摺られていく丸太がさらに数本見える。
「行かせるかァッ!」
怒鳴り、全身に鎧を纏い、俺は全速力でそれらを追いかけた。




