騎士?
騎士団に遭遇したからと言って、その度にドンパチやってたら身が保たない。
なるべく穏便に、波風立てず事を済ませられれるならば、それに越したことはない。
指名手配されているとは言え、脳内映像と実際の人物を照合させる事自体が至難の業。騎士団員が俺の顔を一目見て“ピンと来る”可能性は低いだろう。
よってやるべきことは一つ。
自然体を崩さず、平静を装うのである。
まぁ、そんなことが簡単にできれば苦労はしない。
だからこそ、今現在御者台付近に集まった俺達の目の前で、俺達を止めた騎士達と面と向かって話すベンや何食わぬ顔でその隣に立つセラの胆力には驚嘆すべき物があると思う。
漁夫の利を狙った王様と言い肉親を騙し続けたアーノルド、そして女王となったティファニーと言い、腹芸の上手さって遺伝するんだろうか。
「なに?俺達の言うことが聞けないだと?」
「いや、そうは、言わないよ。ただ、僕達が直接、冒険者ギルドから派遣されたって、言っているんだ。これが、その証だよ。」
馬上から鋭い目を向けてきた騎士に落ち着いた声音で返し、ベンがポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出して相手に広げて見せる。
それはこの輸送依頼を受けたときに渡されたギルドマスター直筆の保証書であり、内容は俺達がこの依頼の間に起こした問題は全てレゴラス自身が責任を負うというもの。
要は俺達が信用に足る存在だという、これ以上ない証である。
「ふん、なら別に積み荷を見たって構わないだろ?問題なんかねぇんだから。」
「それは……そうだけど。このことは、ギルドに報告、させてもらうよ?」
「おう、良いさ良いさ。満足いくまで報告してくれ。ほら、後は俺達に任せて、仲間の所に戻って待ってろ。」
適当に返答し、騎士がシッシッと蝿を追い払うような仕草をすると、ベンとセラは互いと一度目を見合わせ、困惑した表情でこちらへ戻ってきた。
「えっと、それじゃあ皆、一旦休憩、かな?」
「あいつら随分と時間を掛けてるな。その内日が暮れるんじゃないか?」
「はぁ……はぁ、そう、だな。」
踏み固められた道より少し左にそれた位置から、未だ積み荷の検分をしている騎士達を眺めて言うと、隣でラヴァルが息も絶え絶えに頷いた。
「くはは、今回はここまでか?」
「ああ、その、ようだ。」
俺に力ない笑みを返し、左手の杖と右手の剣を地面に突き立てたまま、彼は疲労困憊といった様子でその場に座り込む。
まぁベンに休憩を言い渡されてから今までの約20分、義足での戦闘に慣れるため、俺との模擬戦を延々と続けていたのだから当然の結果ではある。
これまで彼が得意としてきた、魔術で底上げした筋力で長剣二本を振り回すという力強い戦法はもう使えないため、色々と模索しながらの模擬戦だったのもあって、余計に疲れたのかもしれない。
「足は痛まないか?」
「ああ、問題ない。クク……まさか、あれ程まで、思い通りに動けぬとはな。」
「斬撃は十分鋭かったと思うぞ?」
まだ一週間程度の付き合いしかない義足でもしっかりと踏み込むことはできていたし、そこから振るわれた刃の速度だってそんじょそこらの剣士には見劣りしない程速かった。
しかしラヴァルは自虐的な笑みを浮かべたまま首を左右に振った。
「剣速は魔術でどうとでもなる。ただ、その動きに身体がついて行かん。まったく、剣を振るう度によろける剣士がどこにいる。」
「あー、まぁうん、そうだな。」
「……すまないコテツ。お前には準備運動にもならなかっただろう?」
「ははは……。」
返答に困り、取り敢えず苦笑い。
実際、模擬戦とは名ばかりで、正直なところ、俺はただラヴァルの攻撃を躱していただけだ。
片足であるため、相手がその場からあまり大きくは移動できないと分かっている分、間合いを見切りやすかったのに加え、ラヴァル自身が今言った通り、彼が剣を振り下ろす後に一々たたらを踏むので、俺は来る二の太刀の心配をする必要もなかったのだ。
……むしろバランスを取り戻すまで待ってやったり、転けそうになったところを支えてやったりを何度もしていた。
「使い物になるには、もうしばらくは掛かるな。」
「……でもほら、お前は剣士じゃなくて魔術師だろ?それもこの世界で一番の。」
悔しさの込もった言葉に苦笑して返すと、ラヴァルは少し目を開き、何か可笑しかったのか、口角を上げて鋭い牙を見せた。
「フッ、世界随一とは、言い過ぎだな。……だが、ああ、確かにそうだ。私の本分は魔術だったな。コテツ、しばらくしたらもう一戦だ。試したいことがある。」
「よし来た。いつでも掛かって……え?しばらく?」
別に今すぐでも問題ないぞ?
「すまないが、これでも疲労はある。今しばらくは真っ直ぐに立つのも一苦労だろう。」
なぁるほど。
「おう、了解。疲れが取れたら呼んでくれ。俺は検査の進捗状況でも聞いてくるよ。」
ラヴァルと別れ、何やら話し込んでいる騎士達の元へ小走りで向かう。
初めこそ荷台の周囲を周ってギガトレントの幹を興味深げに眺めていた彼らは、ここ数分は馬車の後方でずっと固まったまま動いていない。
何か問題があるならあるでさっさと知らせて欲しいし、万一俺達が指名手配されてることに気付いて応援を呼んでいたなら、迅速に始末して先を急がないといけない。
我ながら物騒なことを考えていると、御者台に寄りかかっていたセラが、こちらに気付き、腰を上げ、俺の横に付いて歩き始めた。
「えっと……俺、何かやったか?」
速度を落とし、恐る恐る尋ねる。
何もやらかしてないよな?やらかしてないはずだ……少なくともまだ。
「何を怯えている。あの騎士共の様子を見に行くのだろう?私も行こう。」
「そ、そうか。」
あと、お前に怯えるのは大自然の摂理だよ。
「えーと、ベンはどうした?」
「ベンならば向こうでエルフ達やあの下衆と共に馬と戯れておられる。」
彼女が指差した先では、馬車を引いていた馬やユイの呼んだ野生馬が横たわっているのを優しく撫でる、ミヤさん親子、ベン、そしてケイがいた。
あと、ユイが馬の腹を枕に寝ているのも見えた。
ていうか下衆て……流石に言い過ぎじゃないかね?
「というよりその、まるで私が四六時中ベンと一緒にいるかのような言い草はなんだ。」
「え?違うのか?」
「うっ、いや、私はただ、彼の騎士として……。」
「騎士として四六時中ベンと一緒にいるんだよな?」
「……。」
先んじて彼女の台詞の続きを言うと、何故か滅茶苦茶睨まれた。
「えーとそれで、積み荷の検分ってこんなに時間の掛かる物なのか?」
鋭い目から逃げるように尋ねる。
するとセラは目を閉じ、一度ため息を吐いてから首を小さく横に振った。
「いいや、とうの昔に終わっているはずだ。何か問題があったとしても、私達の誰にもそれを伝えないというのはおかしい。」
「何かに手間どっているとか?」
「さぁな、これから分かることだ。……おい!」
いや初っ端から高圧的だなおい!?
唖然とする俺を置いて、いきなり声を荒げたセラはずんずんヘルムントの騎士達へと歩きながらさらに怒鳴り声を上げる。
「まだ終わらないのか!いつまで私達を待たせるつもりだ!?」
「ああ、ちょうど今終わったところだ。待たせちまって悪い悪い。積荷に問題は無かったよ。」
「む?……そ、そうか。」
対する飄々とした返答に、肩透かしを食らったようにセラが言葉に詰まる。
「ならば、もう出発して良いのだな?」
「もちろん。」
「わ、分かった。」
最初の威勢を完全に失い、騎士達に数度頷き返して、彼女はバツが悪そうな表情をこちらに向けた。
「……だ、そうだ。」
「なぁ、もう少し優しい声の掛け方はできないのか?」
そうすりゃそんな気まずい思いをせずに済んだろうに。
「う、うるさい!私だって努力している!」
「え、本当に?あれでか?」
嘘だろ?
「……人に媚びることに慣れていないだけだ。」
ボソリと呟いて、気高い女騎士様はそそくさと俺の脇を通り過ぎ、
「いや、別に媚びろとは言ってないだろ?」
その背を追うように振り向いて言うも、彼女は拳を固く握ったまま、無言で歩き去っていく。
「はぁ……、なんかすまな、ッ!?」
取り敢えず会釈ぐらいはしておこうと騎士達に目を戻した瞬間、視界が強い黄色に染まった。
目を背ける直前、目元に感じた暖かさですぐにそれが日光の反射だと分かったものの、眩しいものはやはり眩しい。
光が逸れた後も何度か目を瞬かせ、騎士達を再度目を戻せば、彼らのうち一人が剣を頭上に掲げ、その刀身をしげしげと目で舐め回しているのが見えた。
……原因はあれか。結構質は良いみたいだし、自慢の剣か何かなのかね?
「まだ何か用か?」
と、少し険のある響きで聞いてきたのは剣を抜いているのとはまた別の騎士。
「あーいや、あいつがいきなり怒鳴ったりなんかしたから、一応代わりに謝っておこうかなって。」
頭を掻きながら答えると、彼は眉間の皺を消して笑みを浮かべた。
「ああ、それなら気にすんな。俺達も気にしてない。」
「はは、そうか。じゃあまぁ、お勤めご苦労様。」
笑い返し、一度会釈して、セラの後を小走りで追う。
その中途で、ケイに鍛えられてきた第六感が警鐘を鳴らした。
「止まれセラ!」
「っ!?」
大声で警告を発し、自分と彼女を守るように左――広がる平原へ向けて大きめの障壁を作り上げる。
直後、その黒い盾の少し上を越えて、トスと矢が俺の頭の少し上、ギガトレントの幹を覆う布に突き立った。
思ってた程狙いは正確じゃなかったか。……商品に傷が付いたから罰金を払え、なんてことにならないといいなぁ。
「敵か!?」
「まぁ流石にどっかから流れ弾が飛んできたって訳じゃないだろうな。……ていうか言ってる内に見えてきたぞ。」
身構えたセラに肩をすくめて返し、障壁を消すと、こちらへ近付いてくる黒い帯が見えた。
少し目を凝らせば、その帯が馬に乗った、衣装も装備もバラバラな奴らの集まりだと分かる。
ていうか爺さん、気付かなかったのか?
『敵かどうかはまだ……。』
矢を射られたぞ?
『それまではまだ分からなかったと言っておるんじゃ!』
……うん、まぁそんなところだろうとは思った。
「あれは……盗賊か?馬車を止めている間に距離を詰められたな。今から逃げても無駄だ。応戦するぞ。」
「はいよ、他の奴らへの連絡は俺からやっておく。」
「頼む。」
剣を抜いたセラに続き、左手に弓を作り上げつつ、イヤリングに右手を当てる。
「ユイ、起きてるか?」
[スピー、スピー……。]
やっぱりまだ寝てるか。
イヤリングに流す魔素を増やす。
「おーい、起きろぉ。」
[んん……ふふ、モチモチ、あったかぁい。]
馬の腹のことか?幸せそうだなおい。
さらに魔素を流す。
「ユイ!起きろ!」
[うるさぁい……馬鹿。]
「誰が馬鹿だコラ!」
[馬鹿が怒ったぁ……むにゅう、スピー……。]
この野郎、本当は起きてるんじゃないだろうな!?
[あの、コテツさんですか?どうかされましたか?]
なかなか起きる様子がないのでさらに声量を上げようとしたところで、ミヤさんの声が聞こえてきた。
どうやら音量を上げ過ぎて側にいた彼女にまで聞こえたらしい。
ともかく、ようやく連絡が取れて安堵の息が漏れた。
「ホッ、良かった。ミヤさん、盗賊が今こっちに向かってます。[え!?]ベン達にも知らせて、あと、ユイの奴を叩き起こしてくれませんか?」
[分かりました。……ふふ、でも起こしてしまうのが勿体無いぐらいユイの寝顔は可愛いですね。」
吐いた寝言は全く可愛く無いけどな!
「これからも見る機会はいくらでもありますよ。ともかく、なるべく早く出発できるようにお願いします。」
[はい、お任せください。]
虚空へ軽く頭を下げ、右耳から手を離す。
「さて、まずはお返しだ。」
そしてさっきからずっと気になっていた、頭のすぐ上で震えている羽を掴んで、敵の第一矢をギガトレントから引き抜き、俺は狙いもそこそこにを弓につがえて放った。
それだけで誰かに当たると確信が持てる程敵の数は多いのだ。まぁ、狙い撃つには少し遠過ぎるというのもある。
もちろん矢が一本飛んできた程度で盗賊共は怯んでくれず、続けて自前の黒い矢を2、3射掛けても、黒い帯の速度が落ちる様子はない。
唯一の救いは、散発的に飛んでくる敵の魔法や矢が、距離のあり過ぎるせいで威嚇射撃にすらなっていないことか。
「ったく、数の暴力ってのは厄介だなッ!?」
突然、左――馬車の後方から殺気を感じた。
そちらへ素早く目を向ければ、積荷の検分をしていた騎士達が、抜身の剣を片手に、こちらへ馬を駆けさせている姿。
一瞬加勢に来てくれたかと思ったものの、それだと俺に殺気がぶつけられていることに説明がつかない。
それとも俺の感覚の方が狂ってしまったんだろうか?
「止まれ!」
敵味方の判別に迷った結果、俺は弓矢の狙いを騎士に定め、そう命令した。
途端、先頭の騎士が一瞬舌打ちしたように見えた。
かと思うと馬の手綱を親指に掛けたまま、彼は左掌をこちらに見せて激しく首を横に振り始める。
「撃つな撃つな!敵はあの盗賊団だろ?俺はあんたらの加勢に来たんだよ!」
「良いから止まれ!」
「だから俺は味方だって!」
「味方なら一旦馬から降りろ!」
ていうか味方ならそんな殺意でギラギラした目をこっちに向けるんじゃない!
「ったく、分かったよ!」
そして俺から2メートルほど離れたところで彼は度重なる要請にようやく応じ、馬から飛び降りた。
鞍を蹴り、馬の頭を飛び越える形で。
「エアシルト!」
左腕を前に出して風の盾を作りあげ、宙を舞う騎士が右手の剣を振りかぶる。
狙いは明らかに俺だ。
「くそっ、やっぱり敵かよ!」
「死ねやァァァ!」
弓を消し、左腕を黒く染め、さらに硬い篭手をその上に作り上げる。
しかし結局、敵の斬撃は俺に届かなかった。
「ぐぁぁぁぁ!?」
血を噴く右手首を押さえ、俺の目の前の地面で転げまわる騎士。肝心のその手は宙をくるくる舞い、後続の騎士の馬のすぐ前に、握っていた剣を突き刺した。
「まさか盗賊が騎士を騙るとはな。」
振り上げていた刃を振って付いた血を払い、セラが馬を止めた騎士、いや、騎士の格好をした盗賊へ侮蔑を込めて呟く。
彼女が俺に飛び掛かった偽騎士の手首を切り飛ばしたのである。
「フン、おかしいとは思っていたのだ。馬、武器、鎧と立派に揃えてはいるが、貴様らからは騎士としての品位を感じん。むしろ、ヘルムントの騎士が貴様らのような下衆でないと分かって安心したぞ。」
「……嘘つけ。」
完全に騙されてただろうが。
「何か言ったか?」
ボソリと呟くと、偽騎士5人に体を向けたままセラがギロリとこちらを睨む。
「えーと、まぁともかく、助かったよ。」
「まったく、初めからそう言えば良かったのだ。……さぁ盗賊共、私の前で騎士を騙った報い、受けて貰うぞ!」
そして前へ視線を戻した第二王子の護衛騎士はそう声を張り上げ、しかし偽騎士達は次の瞬間、乗る馬を反転させた。
「誰がAランク冒険者なんかとまともにやり合うかよ!馬鹿じゃねぇのか?」
「元々意表を突いて2、3人殺って、俺達の分け前を増やそうだなんて、無茶な話だって思ってたんだ。」
「おう、俺もだ。」
「だよな、俺達、単なる足止め役だし。」
「じゃ、そこの女、生き残ったらあとで可愛がってやるからな!死ぬなよ!」
そして本性を隠しもしなくなった盗賊達は口々に適当なことを言い残し、さっさか走り去っていく。
残されたのは剣を構えたまま、ワナワナと怒りに震える女騎士。
「お、おいセラ?追い掛けるなよ?」
俺達は俺達でこっちに迫ってる盗賊に対処しないといけないんだから。
「ああ、分かっている。だからコテツ……」
掛けられた言葉にセラが珍しく素直に頷いたかと思いきや、彼女は底冷えするような声音で俺の名を呼び、逃げていく5人を指差した。
「……外すな。」
「あ、はい、了解。」
外したら腹いせに俺が殺されるなこりゃ。




