運送
舞い込む依頼の依頼者と冒険者との間の仲介を行うことで得る手数料の他に、冒険者ギルドは冒険者から買い取った魔物の骨、肉、皮等々様々な素材を、それらを必要としている事業所へと卸すことで利益を得ている。
そのような構造上、まだ買い手のついていない素材や、売却済みではあっても受け取り手がまだ来ていない、もしくは遠くにいるためギルドの方から運送する予定の素材を一時的に保管しておくための倉庫は必要不可欠なものだ。そしてそれ故に、ギルド支部の持っている倉庫の大きさはその冒険者ギルドがどれだけ活発に機能しているのかの指標ともなる。
例えばギルド本部のあるイベラムのそれは大き過ぎて――スレイン中から運び込まれる珍しい品々も相まって――そのままオークション会場にもなっている。
そして俺の今いるへーデルのギルド倉庫は、中がちょっとした市場となるぐらいには大きかった。
開け放たれた倉庫の前後の扉を真っ直ぐ貫く幅の広い道が整備され、その両脇には冒険者達から買い取られた品々が種類ごとに小山を幾つも成し、それぞれに関する商いを担当するブースが真ん中の道に沿って並んでいる。
そこかしこから上がる大声は、大抵が激しい競りによるもの。そのせいか、今は冬だというのに、加えて魔物素材の保存のために魔術式の冷房が効かせてあるというのに、ここの屋内は熱気で満ちていた。
そんな、朝っぱらから商人やギルドの馬車がひっきりなしに行き来する通りの一角で、俺は黙々と肉体労働に勤しんでいた。
「よっ、こい……しょぉっ!」
半径50cmは下らない、長さ10mはある巨大な丸太を掛け声と共に持ち上げ肩に担ぎ、目の前の馬車の荷台の、俺が積み上げてきた丸太のさらに上へ、抱えたそれの片端を乗せる。
「ふぅ、これで全部、か?」
木製ピラミッドの頂上に担いでいた丸太を押し込みながら尋ねると、荷台に寄り掛かってこちらを見守っていたラヴァルは右手に持つクリップボードに留められた紙を数度めくった後、大きく頷いてくれた。
「ああ、そのようだ。しかしまさかあの数を本当にただ一人でやってのけるとは。」
「くはは、まぁ鍛えてるからな。余裕余裕。」
感嘆の言葉に笑って返しつつ、積み込みのため、下に垂らされていた荷台の後部の壁を持ち上げて、その左右の上端を留金でとめる。
「フッ、そうか。疲労が見えたなら身体強化の魔術を使ってやろうと思っていたが、余計な世話だったようだな。」
「……それ、今度からは先に言っておいてくれないか?」
ったく、巨大な丸太をたった一人で10本も荷台に積み込むなんて苦行、やってて疲れない訳ないだろうが。
さっき、積み込む丸太はもうないことをラヴァルから伝えられたとき、達成感なんか感じる前に心底安堵したくらいだぞ?
……ま、兎にも角にも終わりは終わりだ。
「よし、じゃああとは頼んだ。」
「分かったわ。ソフィア。」
「はいです!」
肩を回し、伸びをしながら脇へ退くと、ロープを持ったユイとソフィアが、積み上がった丸太が転がり落ちないよう、それらを固定する作業に入った。
まずユイがロープの端を荷台の縁に付いた鉄の輪に結び、もう片端を積み上げられた丸太天辺を超えるように投げ、反対側で落ちてきたロープを受け取ったソフィアがこれまた鉄の輪っかにそれをくくり付ける。
「あの、積み込みの確認ができたので、報告のため、私は先に戻らせていただきますね?」
固定する対象が全長10m強もあるため、場所を少しずらしては同じ工程を繰り返す二人を眺めていると、背後からそんな声が掛けられた。
振り返れば、そこにいるのは肩に冒険者ギルドの紋章である緑色の木のシルエットが描かれた制服に身を包んだ女性。
彼女は俺達のここまでの案内をしてくれた人で、彼女自身が言ったように、今は積み荷をちゃんと積んだことを確認するという役割を負ってここにいる。
……まぁラヴァルが手持ち無沙汰過ぎてその2つ目の仕事をクリップボードと共に奪い取ってしまったけれども。
「ああ、おう、分かった。お疲れ様。」
「失礼します。それと、今回の依頼を受けてくださり、本当にありがとうございました。ヘルムントまでどうかお気を付けて。」
彼女へ了解の意を込めて頷くと、丁寧にこちらへ頭を下げ、ラヴァルからクリップボードを受け取るや、そのまま走ってギルド倉庫を後にした。
ちなみにヘルムントとは、俺達の目指す次の地の名前にして、それを含む領地の名だ。
「……忙しそうだな。」
てっきり、ギルドの職員なんて基本的に暇な職種なのだと思ってた。……セシルのせいで。
「フッ、この賑わいだ。人手はいくらあっても足りまい。」
「はは、確かにな。」
その証拠に、周囲の喧騒が一瞬でも止むような様子は一切ない。
さて、どうして俺が荷台に丸太を敷き詰め、ユイとソフィアがその固定作業に今現在せっせと勤しんでいるのか。
理由は簡単、ていうか今さっきあの受付嬢自身が言った通り、俺達“イノセンツ”がギルドそのものから出された依頼を引き受けたからである。
しかしその実態に対しては、引き受けさせられたという表現が正しい。言わずもがな、ミヤさんの夫にしてギルドマスター、レゴラスによって。
というのも、昨夜、ミヤさんがヘーデル支部からレゴラスへ連絡を入れたときに口を滑らせて次の目的地を伝えたらしく、次の日の朝、要は今朝の早朝には、ギルドマスター権限によりへーデルからヘルムントまでの資材の輸送依頼が俺達に課せられていたのである。
もちろん、輸送する資材は俺が荷台に積んでいっていた丸太――腕を切られ血を抜かれた、トレントより希少なジャイアントトレントより遥かに希少なギガトレントの胴、というか幹だ。
聞いた話だと、これは上質な魔導書の紙や杖、タクト等の魔法発動体の主な材料となるらしい。……ちなみに普通のトレントやジャイアントトレントは少し質の下がった品を作るのに用いるそう。
そんな大切な物を輸送の途中で盗賊などに奪われてしまえばへーデル支部は大損を喰らってしまう。しかも今回は輸送量が特別多いから、信頼の置ける人達に護衛を任せたい、とはレゴラスの言葉だ。
まぁその真意は、俺達を真っ直ぐヘルムントへ向かわせることで、愛する妻の位置をなるべく把握しておきたい、とかそんなところだと予想は付く。
そして、そんな夫の余計な気遣いにミヤさんは怒った。それはもう、とてつもなく。
おそらく今もギルド支部で夫婦喧嘩を繰り広げていることだろう。……一種の家族会議だからか、母親に半ば強制的に連れて行かれたクレスは同情に値すると思う。
ただ、ギルドマスターが一商人として、Sランク冒険者を便利に使いたいという考えたことも事実ではあるようだった。
というのも、今回の輸送量が特別多いというのは実際本当らしいのである。普通のトレントならともかく、ギガトレントの幹となると盗賊に襲われたときに被る被害が大き過ぎるため、半年に3~4本、多くても5本出荷するのが常なんだとか。
でもまぁ、偽の冒険者証の作成や俺達の情報の騎士団からの秘匿など、法的にギリギリセーフどころか思いっ切りアウトな協力をして貰っているので、正直これぐらいの好き勝手はむしろしてくれる方が安心する。
もちろん、足が遅くなるのは多少気掛かりではある。しかし倍の人数の騎士であっても返り討ちにするだけの実力がこちらにはあるので、敵が俺達の捜索のためにバラけているであろう今、速度は払うことのできる犠牲だ。
「もう作業は終わったですよ!早く乗るです!」
と、かなり上の方から掛けられたソフィアの声に視線を再び馬車へ向ければ、彼女が硬く固定された丸太の上からこちらを見下ろし、手を振っていた。
「くはは、そうかお疲れさん!それでどうだ人を見下ろす気分は?背が低いとなかなか経験できないだろ?」
彼女へそんな軽口を口にした途端、ソフィアの目が据わった。
「ユイ!さっさと出発するです!」
「ふふ、やっとね。皆お願い!やぁっ!」
どうやらキレたらしいソフィアが指示を出すや、繋げられた4頭の馬の手綱を持つユイが御者台で楽しそうな声を上げ、馬車は俺を乗せないまま――ギルドから貸し出された訓練済みの馬が4頭も繋がれているだけはあり――かなりの速度で走り始めた。
「え?あ、おい!」
遅れて駆け出すも、馬車は予想以上に速く、彼我の距離は大きくなるばかり。
ていうかユイの奴、いつの間に馬車の操舵なんか身に付けたんだ!?
「人の身長を馬鹿にする奴は泥臭く走っていれば良いです!」
「待てこら!ラヴァルを置いて行くのは流石に……あれ?」
片足の奴を走らせるのはあまりに酷だと言おうとしたところで、件の吸血鬼がどこにも見当たらないことに気が付いた。
「コテツ、私の心配ならば無用だ。」
前方から厳かな声。
まさかと思い、俺をぐんぐん引き離していく馬車へ目を戻すと、その荷台の側面に、丸太を固定するロープを片手に立つラヴァルの姿があった。
こうなったら仕方ない。
「……ソフィア、すまん!悪かった!お前はもう十分背が高いよ!本当、羨ましいぐらいだ!」
……素直に謝ろう。
「ユイ!もっと速くするです!」
何故だ!
全長10mを越す巨大な馬車を中心に、その周囲を6頭の馬が、一定の間隔を開けて霜の下りた平原を駆ける。
「そういやユイ、ヘルムントの領主ってどんな奴なんだ?会ったことあるんだよな?」
青空の下、積まれた丸太に被された、真ん中にギルドの紋章のある大きい白い厚手の布の上に腰掛け両足を宙に遊ばせながら、足の間に見えるユイへ尋ねれば、彼女は少し俯いて静止し、
「そうね……とても気さくな女の人よ。貴族だとは思えないぐらい。」
と、こちらを見上げながら答えてくれた。
「ええ、領民ととても親しく接する方だとも聞いています。」
「ふむ、ヘルムントか……。もしやその領主、名をヘレンというのではないか?」
すぐ右で馬を走らせるミヤさんはユイの言葉に頷きつつ補足の説明を付け加え、反対側を並走するラヴァルの言葉を聞くと、「ああ!」と手を合わせながら声を上げた。
「そういえば彼女はラヴァル先生の教え子でしたね。」
「フッ、やはりそうか。魔術の成績は可もなく不可もなくという無難な部類だったが、その分、風紀委員の活動に精を出す活発な娘だった。予想外の事態に弱いという面はあったが、それでも学園大会で準決勝まで勝ち残ったことがあった筈だ。私としては勉学にもう少し力を入れて欲しかったところだな……フッ、まぁ今となっては懐かしい。」
微笑を浮かべたまま、元ファーレン学園魔術科教師が目を細める。
その瞳にはかつての情景が映っているのかもしれない。
「へぇ、結構覚えてるんだな?卒業してもう何年か経つんだろ?」
「なぁに、10年程前であれば当然だ。とはいえ私が鮮明に記憶しているのは精々200年以内に受け持った生徒までだ。それ以前となると、特筆すべき出来事でも無い限り、やはり記憶に霞がかかる。」
「十分過ぎるわ。」
精々200年ってなんだよ。俺なんて3日前の夕飯すらあっさり忘れるぞ?
『その日の朝食も怪しいからのう。』
流石にそれはない。今朝食べたのは…………パンだっけ?
『はぁ……。』
「そういえば先生、息子は学園でどう過ごしていましたか?本人はあまり話してくれないので……。」
「母さん!」
思い出したようにミヤさんが問うと、前を走るクレスが振り返って責めるような声をぶつけ、しかし対する彼女はただ温和な笑みを浮かべるのみ。
「あら、少し聞くぐらいは良いでしょう?それとも何か聞かれたくないことでもあるの?」
「フッ、心配せずとも、クレスはとても優秀な生徒だったよ。それも特別優秀な者が揃っていた彼の世代の中での話だ。少し思い切りの足りない面はあったが、彼の勤勉な姿は私を含め、教師と生徒の双方から信頼を勝ち得ていた。」
「そうでしたか。ふふ、ありがとうございます。良かったわね、クレス。」
「……それよりラヴァル先生、ヘルムントはどうして急にギガトレントの幹を10本も注文したんだと思いますか?」
母親から向けられた笑顔に辟易した表情を隠しもせず、かなり強引にクレスが話題を変える。
ただ、その内容は俺も気になっていたところだ。何せ今現在俺の椅子となっている大木は、一本買うだけでなんと50ゴールド、要は約5000万円吹っ飛ぶのである。
でも正直、値段ほど座り心地は良くはない。
『当たり前じゃ!お主はただの丸太に一体何を期待しておる!?』
……馬車の揺れを利用した尻のマッサージ機能とか?
『アホ。』
うん、まぁ何にせよ、相応の理由がないとこんな散財はしない筈だ。
「さてな。むしろギルドの事情についてはクレス、君の方が詳しいだろう?」
「それは、そうですが……。僕はそもそもヘルムント支部にこれだけの物を買う財力があったことに驚いています。」
「貧乏なのか?」
聞くと、クレスは少し答えづらそうに苦笑いを浮かべた。
「というより、ヘルムント領そのものが魔物の被害が少ない、平和な土地ですから、ギルドの仕事があまりないんです。支部だって領地全体でヘルムントの一つしかありません。もっぱら、盗賊討伐への参加や盗賊からの村々の警護が主な仕事になっているとも聞きます。」
「主な仕事が?……なんだ、ヘルムントって盗賊が多いのか?」
「そう、ですね。強力な魔物が少ないおかげで豊かな反面、そのせいで山や森の中に隠れ家を作りやすいらしく……その、かなり多いそうです。何とかいう大きな盗賊団までいて、相当悩まされているとか。」
「あ、セフト盗賊団ですね。ヘレンさんが嘆いていたわ。あいつらさえいなければヘルムントはもっと栄えるのにって。」
「……魔物より人が恐ろしいこともあるのですね。」
「でも今は前にもっと恐ろしい人達がいますよ!馬車を止めてください!」
今思い出したようなユイの言葉にミヤさんが静かな怒りを吐露すると、前方左を進む、どうやらこちらの話をしっかり聞いていたらしい、いつの間にか変装を解いていたケイから制止の声が掛かった。
もっと恐ろしい人?
なんだろうかと彼が指差す方を見れば、確かに盗賊なんかより遥かに恐ろしい奴らが6人、馬に乗ったまま、両手を大きく振ることでこちらに止まるよう求めていた。
「俺達はヘルムント騎士団だ!これより先に進みたければ、積み荷を検分させて貰おう!」
なるほど確かに、恐ろしいったらない。




