逃走
拳大の石礫が脇下を掠め、走る先にあった土砂を舞い上げる。
その小さな土煙の中をそのまま駆け抜け、目を庇うついでに振り返りつつ、追ってくる騎士達へ向けて右腕のクロスボウでボルトを三連射。しかし10m程後方を馬で追ってくる騎士は、剣の一振りで突風を起こし、それら全てを払い除けた。
連射と同時に低めに張っておいた細いワイヤーの罠は、どうやら強化魔法が施されているらしい馬の逞しい足により、至極あっさりと引き千切られてしまう。
ならばと強度を上げた太めのワイヤーを用いれば、それは騎士に即座に看破され、地をすくい上げるように振られた剣で切断された。
まぁ例えその騎士を落馬させたり馬を倒したりできたとしても、後続の騎士が前に出てくるだけで、状況に大した違いは生まれなかっただろう。
「くそっ、だから馬なんか放っておけって言ったんだ!」
度重なった失敗に舌打ちし、悪態をつきながら顔を前に戻す。
「はあ!?何言ってるのよ!化物なあなたは良くても、この子がいなければ私とクレス先輩はとっくの昔に捕まっていたわよ!?」
「見捨てておけば今頃追われてなかっただろうが!あと化物言うな!」
すると左を並走する馬の上からユイが猛抗議してきたので、俺は即座にそう怒鳴り返してやった。
「なんてこと言うのよ!今の聞きました先輩?信じられませんよね!?」
「え?あー、あはは、それより、先生が馬並みの速度で走れるって本当だったんですね。」
そしてユイがすぐ後ろに乗るクレスに同意を求めると、風を操って背後からの攻撃に対処していた彼はただ曖昧に笑って話を逸らした。
それどころじゃないということを、彼のぎこちない笑みがありありと伝えている。
実際、ついさっきの石礫のように、敵の魔法はクレスの防御を既に何度か掻い潜り、こちらに届いてしまっている。ミヤさん曰く、クレスの魔法は雑らしいけれども、かなり近くまで迫っている敵の攻撃の密度に、本人がいっぱいいっぱいになっているのは間違いない。
これで俺も防御に参加できればまた違っただろう。
ただ、黒い障壁はクレスの視界を塞いでしまい、さらには彼の操る風の通りの邪魔となる。加えて全力で無色の魔法を使ってしまうとクレスが魔法を使えなくなってしまう。
要は俺の用いる防御手段が尽く“力を合わせる”ということには適していなかったのだ。
一応、無色弾でチマチマと迎撃はしていても、大した助けにはなっていない。クロスボウやワイヤーの罠など、色々と魔法で小細工を弄して来たけれども、今現在も追われていることから分かるように、全て完璧に対処された。
王国騎士団の優秀さが憎い。
そしてそもそもこうして追われることになったのは全てはユイの我儘のせいである。
アンデッドが囮だとまだ発覚しておらず、騎士団から逃げ切るチャンスだったと言うのに、彼女はなんと、馬を助けてあげたいと頼んできたのだ。
もちろん俺は反対した。
しかし、彼女は一向に退いてくれず、ついには自分一人で助けに戻るとまで言い出したため、最終的に俺は折れざるを得なかったのだ。
そしてトレントの根に片足を巻き付かれて倒れていたユイの盟友を助け出したところで王国騎士団に見つけられ、現在に至る。
ちなみに、感知できる気配からして、俺達の周りの木の殆どは擬態したトレントだ。
しかし数十分前はクレスを吹き飛ばすなど活動的だった彼らは今は全く動こうとしない。おかげで走りやすいのは助かるけれども、トレントによる騎士団への攻撃を期待していた分、若干の腹立たしさがある。
「ったく、トレント共はどうしたんだ?あんなにたくさんの獲物を逃す手はないだろうに……。」
歯軋りしながら呟けば、クレスがそれに答えてくれた。
「あまり大勢が固まっていると、トレントは木のフリをして動こうとしないんです。基本的に彼らは臆病ですから。」
なぁるほど。つまり、前は俺達が騎士団から距離を離せていたから、トレントの動きが活発になっていたのか。
「それってつまり、大人数の騎士団はトレントの攻撃なんて気にしなくて良いってことですか?」
「……え?いや、そんな筈は…………そうだ!」
そしてユイが最もらしい疑問を口にすると、クレスは急に黙り込み、かと思うといきなり手を叩いて声を上げた。
ユイと一度目を合わせ、揃って再びクレスへ目を向ける。
「先生!」
「お、おう、どうしたいきなり?」
そんなに元気な声を出さなくたって十二分に聞こえるぞ?
「そのまま走りながら近くのトレントを深く斬りつけられますか?」
「そりゃ、まぁ。」
正直やりたくない。
「なら、お願いします。」
「お前がやったらどうだ?風の刃を使えばできるだろ?」
ふと思いついた考えを言った途端、クレスは分かりやすく言葉に詰まった。
「うっ、それは、その……どうかお願いします、先生。」
「はぁ……了解。」
どこか必死さを感じさせるクレスに根負けして頷き返し、俺は黒龍を作り上げてトレントの横を通り抜けざまにその幹を切り裂く。
途端、切り口から赤黒い液体が勢い良く噴き出した。
何か腐ったような匂いがする上、若干の粘り気もあるそれの正体は樹液でも何でもなく、トレントの血液だ。こいつらが木に擬態しているだけの魔物であり、植物なんかでは全く無いことの証明でもある。
ついた血、特にその臭いは水でしっかり洗えば落ちるものの、逆に水で洗い流さない限りいつまでも悪臭が残る。
それが手にこびりついてしまった日には、食べる物全てを腐ったように感じてしまうから困りものだ。
そして例に漏れず臭ってきた、右腕の降り掛かった返り血に俺は思わず顔をしかめた。
……だからクレスに、魔法で遠距離からやった欲しかったんだ。
「ったく、これで良いのか?」
「はい!あとは頭上に気を付けてください。」
不機嫌さを隠さずに聞き返すも、クレスはこちらに一切目を向けないままそう警告してきた。
頭上?
何に気をつけなければならないのかは、空を見上げてすぐに分かった。
俺に腹(?)を斬り裂かれたトレントがその豪腕を振り下ろしてきていたのである。
「うぉっ!?」
すかさず前に大きく飛び込む。すると振るわれた木製鈍器は俺の足の先を掠め、地響きを立てて地面を穿った。
冷や汗をかきつつ、勢いを止めずにそのまま前転し、立ち上がるなり再び走る。
「おいクレス!」
「はい!上手く行きましたね!」
“なんつー危ないことをさせるんだ!”という俺の怒り混じり文句は、相手の見せた達成感満載の笑顔に阻まれた。
そればかりか、クレスはその顔のまま、「次もお願いします。」とまで言い放ちやがった。
……俺はこいつに一体何をして、ここまで嫌われたんだろうか?
「ぐぇぁっ!?」
「ジョン!」
自分の今までのクレスに対する行いを反芻しようとしたところで、背後から汚い呻き声が上がった。
チラと後ろに目を振り返れば、木の根本に左肩から突っ込んだ騎士という、なかなか稀有な光景があった。
どうやら暴れ狂うトレントの攻撃が直撃したらしい。
仲間想いの騎士達は彼を助けようと馬の速度を落とし、
「ぐ……私に、構うな!行け!」
「は、はい!」
「ジョン、気を付けろよ!」
しかしその騎士――ジョンというらしい――がこちらを指差して苦しみながらも声を張り上げると、馬に拍車を掛けて再びこちらを追い始めた。
そしてその間も、俺が斬ったトレントは激痛に苦悶するように身体を振り回している。
……クレスの狙いがやっと分かった。
「トレントが動かないんなら、無理矢理動かせばいいって訳か。」
「え?……あ、はい、そういうことです。トレントは木ではなく、魔物ですから、身の危険を感じれば暴れ出します。騎士団はそれを恐れて攻撃を多少加減しているようですが、僕達がそんなことを気にする必要はありません。」
俺の言葉に一瞬ポカンとした表情を見せた後、俺よりも数倍頭の回るらしい彼は大きく頷き、補足説明までしてくれた。
理解が遅くてごめんな。
まぁ何にせよ、そうと決まればやることは一つ。
黒龍を振るい、トレントから血を噴き出させ、暴れ始めたそいつを背後の騎士団への新たな障害としていく。
しかし、王国騎士団はそんな馬鹿の一つ覚えで崩せてしまう程甘くはなかった。
10人弱の仲間をトレントに吹っ飛ばされ、俺達の背後に付くのを諦めた彼らは、魔法攻撃のための射線を捨て、隊を分けて身軽になり、俺達の左右の、木々を数列隔てた道を走り始めたのだ。
俺達を捕らえることより、俺達を逃さないことを優先したらしい。
実際、こちらの馬は疲れを隠せず、その速度を段々と落としてきている。このままだと捕まるのは時間の問題だろう。
「お願い、あともう少しだけ頑張って。」
ユイもそれを分かっていて、さっきからしきりに馬の首を撫でては優しい言葉で励ましているものの、効果はあんまり現れていない。
まぁ、そもそも平地じゃ逃げ切れないと踏んでこの森に入った訳なので、この状況は当然の成り行きだったとも言える。むしろ一度は転けてしまいながらもよくぞここまでよく頑張ったと賞賛を送るべきなのかもしれん。
……とは言え、ハナから置いていけば良かったんだという思いは変わらない。
「ユイ、合図したら馬を止めろ。」
走りながら、左右の騎士団に聞こえない程度の声で左に話しかける。
「何をする気?」
「そろそろ逃げるのに飽きてきたからな、気分転換に反撃する。お前は防御に専念しててくれ。クレス、お前もだ。」
「待って、私達も……。」
「いいや、お前らは十分頑張ってくれたよ。」
何せ二人の頑張りと機転のおかげでこれから反撃できるんだから。
頼んだ、と最後に言い残し、脚のギアを上げる。
そしてユイ達から数メートル距離を離したところで、俺は両足で自身に急ブレーキをかけて声を張り上げた。
「行くぞ!」
同時に両手を左右に突き出し、それぞれから大量の黒煙を放出すれば、瞬く間に辺り一帯が闇に染まる。
「くっ、煙幕か!」
「動じるな!ただの目くらましだ!そのまま進め!」
しかし俺が煙幕を使うことを事前の情報で知られていたのだろう、騎士達は存外冷静だった。
掛けられた号令の元ですぐに統率を取り戻した彼らは、冷静に馬を操って煙幕の張られた空間から抜けていく。
しかし、視界が戻ったところで、彼らはすぐにその動きを止めた。
それもその筈、その先には追うべき目標がいないのだ。
少しして、敵が未だ煙幕の中に残っていることに考えが至ると、騎士達は馬から降りて剣を抜き、警戒心を高めたまま黒いモヤに近付き始めた。
横着して馬に乗ったままでいてくれれば、馬を軽く驚かすなりして、騎士を地面に落とせたってのにな……宛が外れた。
腰を落とし、一歩々々踏みしめて、静かに油断なく歩く彼らには、着ている鎧兜も相まって隙らしい隙は殆どない。
気配察知で彼らの動きを一方的に把握してはいるものの、隙を見つけて突いてやるのは至難の業だ。
右手に黒龍を握る俺の数メートル前方、張られた煙幕の一歩外では両手剣を低く構えた騎士が見えもしないのにこちらへ目を凝らしているけれども、俺が煙から飛び出せばすかさず対応してくるだろう。
だから俺は煙幕の範囲を広げた。
「くっ、卑怯な……っ!?」
視界を奪われ、目の前の騎士が慌てて黒煙から出ようと後ずさる。
それでいながら周囲の警戒を怠らないのは流石という他ないけれども、ケイ直伝の隠密技術の前では大した意味がない。
その兜と鎧の継ぎ目へ黒龍の切っ先を通してやれば、そいつは声も上げられないまま首を抑えて崩れ落ちた。
静寂の中、落ちた鎧の音がやけに大きく響く。
「っ!誰かやられたのか!?」
すると、そのまま逃げれば良かったものを、近くの騎士が音を頼りにこちらへ剣の切っ先を向け、しかし正面から迫る刃に気付けず、あっさり喉を貫かれた。
再び鳴る金属音。
「そこだ!撃て!」
音源へ向けて周囲から魔法が集中され。しかし既に俺はそこにおらず、どころか、鎧が地面を叩いた時点で次の獲物を間合いに入れていた。
見当違いの方向へ雷撃を放ち続ける騎士を煙幕で包み、
「下がれジェイル!煙に入るな!」
「は、はい!ガッ!?」
後方から飛ばされた指示に相手――ジェイルと言うらしい――が従う前にその喉を開く。
「ええい!緑の魔法を使える者はいないのか!?さっさとこの忌々しい煙を吹き飛ばせ!」
「やっています!しかし幾ら飛ばしても消えません!」
「むしろ、余計に煙幕が広がって……ぐぁっ!?」
方々から上がる戸惑いの声を聞きつつ、狩られる側に回った騎士達を一人また一人と着実に始末していく。
ちなみに煙幕が晴れない理由は簡単、その発生源たる俺自身がずっとそれを張り続けているからである。
いくら黒煙を吹き飛ばしたところで、晴れた空間がすぐまた煙で充満するんだから煙幕が晴れるわけがない。加え、風魔法使いの数自体が敵の手で減らされていくのだから尚更だ。
そしてついに黒煙が騎士団全体を包み込んだ。
後は視界が取れずに禄に逃げもできない相手を各個撃破していくだけ、と楽観的に考えたところで、これまで幾度となく指示を飛ばしては騎士団を取り纏めていた声がまた響いた。
「近くの者と固まれ!孤立すればやられるぞ!各々声を上げろ!」
「「「「「了解ッ!」」」」」
くそっ、面倒だな。こっちとしてはさっさと退散して欲しいってのに。
地面を蹴る。
狙うは騎士団の一番奥、今なお指示を出し続けている相手方の頭。
あいつが倒れない限り、騎士団の退却は実現しないと見ていいだろう。
出来上がっていく二人または三人の騎士の塊には目をくれず、定めた目標との距離を、そいつが他の騎士と合流する前に、詰め終える。
そして相手に飛びかかる形で放ったのは、首元目掛けた黒龍の袈裟斬り。
「くぅッ!」
「チッ、そう簡単には行かないか。」
しかし、返ってきた手応えは柔らかな皮膚ではなく、硬質な金属の物だった。
自身に刃が届く寸前で俺の存在を捉えた相手は素早く剣を水平に構え、ギリギリで防御を間に合わせたのだ。
衝突の余波で煙幕が一瞬晴れると、目の前の兜の奥で目が見開かれたのが分かった。
すぐに黒煙は辺りを満たし、俺はそのまま騎士剣を押し退けるようにして大きく後退。
「……お前がクロダコテツか!」
剣先を自身の正面へ向け、騎士が大声を上げる。
「どうも。自己紹介の手間が省けて助かるよ。」
その側面から返事を返してやると、彼は即座にこちらを向き、両手で剣を構え直した。
俺の位置を把握している訳じゃない、と。……つまりさっきのはマグレってことか?
そうだと良いなと思いつつ、今度こそ仕留めんと相手の真後ろから接近する。
「そこだ!」
しかし相手がは今度は俺が攻撃するより先に動き出した。
右足を後ろへ素早く引き、繰り出されたのは蒼白い光を帯びた幅広の剣による時計回りのぶん回し。
「っと。」
「捉えたぞ!」
それを軽く仰け反ることで躱し、左斜め上へと振り上げられる刃を見送れば、その間に騎士は、身体の勢いを止めることなく、左足をさらにこちらへ踏み込んだ。
そうして俺に肉薄した直後、右肩に担がれる形となった騎士剣の纏うスキルの光が黄金色に変わる。
奥義か!
「アイアンブレイカーッ!」
そして騎士がその体全体を使って繰り出してきたのは、渾身以上の力が込められた斜めの斬撃。外せば隙だらけになってしまうのは明らかだというのに、その太刀筋に迷いは無い。
ただ、惜しくも剣速そのものは大したことがない。龍眼無しでも見切れる程度だ。
迫る刃の腹に左の掌底を宛てがい、そのまま右へ押しながら右足を引くことで剣の軌道から自身を逃し、虚空を切り裂いた金の刃が大量の土を舞い上げたのを尻目に左の裏拳を相手の顔に入れる。
「ぐ……ぬんっ!」
しかし相手は怯むことなく剣の柄を持ち上げ、その喉を掻き切らんと俺が水平に振った黒龍をすんでの所で防いだ。
「ォオオオオ!」
「チッ。」
そのまま2撃目を放とうと雄叫びを上げた相手の姿に舌打ちし、その腹を蹴飛ばす。
それにより一瞬バランスを崩した騎士はしかし、騎士剣を下段に構え直すことで重心を下げて姿勢を制御し、間髪入れずに攻勢へ移った。
「ゼァァッ!」
左足を大きく踏み込み、俺の左下から幅広の剣が、その剣先で地面を抉り取りながら振り上げられ、俺がそれを咄嗟に黒龍で上に弾き上げると、相手はすぐに右手を剣から外してその掌をこちらへ向けた。
「ライトニング!……何!?」
もちろんそんな分かり易すぎる魔法の前兆を見逃しはしない。
無意味に前へ突き出したその右腕へ黒龍を落とせば、籠手のせいで両断とは行かなくとも、騎士の右手首から相当量の血が噴き出た。
「ぐぅっ……無色魔法か。ハァァッ!」
走る激痛に顔を歪め、それでも相手は振り上げた騎士剣を左手一本で俺へ振り下ろしてくる。
「ご明察。」
おそらく距離を取るためだけの、スキルの発現されて無いその一撃を黒龍で真正面から受け止めて、相手の腹に左足を思いっ切り蹴り入れた。
「ぐはぁっ!?」
そして騎士が背中から跳んでいき、俺はようやく一息つけた。
……危なかった。まさか先制を許してしまうとは。ったく、あいつが不意打ちに対応したのはマグレなんかじゃなかった訳だ。
剣を支えに立ち上がる騎士を、若干薄まった煙幕越しに見ながら、左手に陰龍を作り上げる。
「……そうか、双剣使い、だったな。くっ、これまでは、手を抜かれていたか。」
「いいや、そんな事はないさ。戦い方を変えただけだ。」
何せ双剣を握るとそこに否応なく灯ってしまう赤い光は隠密性に欠く。ただ、今回の相手に不意打ちが効かないため、それに拘る必要がなくなっただけだ。
そして騎士剣を中段に構えられ、俺が双龍を構え直した瞬間、相手の背後から声が上がった。
「全員こっちに集まれ!副団長が襲われているぞ!」
どうやら俺の前にいるのは王国騎士団の副団長だったらしい。どおりで他の騎士と実力が一線を画してた訳だ。
にしても増援か。面倒なことになってきたぞ。
「はぁ……、頭から潰すつもりだったんだけどな。こうなると手足を切り落とすのが先か。」
「ッ!総員撤退!私が敵を引き留めている間に退却しろ!」
ため息をつき、再び濃い煙幕を張り直そうとすると、俺に対峙する副団長が自身の背後へと声を張り上げた。
「しかし!」
「我々も加勢します!」
遠くから返ってきた反論に、副団長はさらに大声で怒鳴り返す。
「これは命令だ!貴様らでは相手にならんと言っている!それともアンデッドとなって私に歯向かいたいとでも言うつもりか!?」
「くっ……。」
「さっさと退け!」
「……て、撤退……撤退だッ!」
そして、近づいて来ていた数十人分の気配がとんぼ返りして遠のいていった。
「良かったのか?」
「力量差は分かっているつもりだ。だが人数で押したとて、この煙幕の前では意味がない。状況判断は上官の義務であり、そして私は敵よりも多くの味方を殺すつもりはない。……しかし、部下達を逃がしてくれるのか。お前は人斬りを快とする化物と聞いていたが……。」
「お前も退くなら逃がしてやるぞ?ついでにその噂が大間違いだってことも広めておいてくれると助かる。どうせその腕じゃ禄に戦えないだろ?」
「断る。心配されずとも腕ならば既に治してある。」
軽い調子で提案すると、副団長は首を横に振り、騎士剣を両手で握り直し、続けた。
「……だから、本気で来てくれ。」
「元からそのつもりだ。」
鎧は既に纏っている。
「感謝する。」
勝負は順当に、一瞬でついた。




