守備
猛る炎と荒れ狂う吹雪。
迫るそれらに対するイベラム騎士団の動きは迅速だった。
「魔法隊、防げ!」
上がった号令に合わせて隊列の後方に居並ぶ騎士達が同時ににそれぞれの杖やタクトを掲げ、襲い来る攻撃に向けて魔法を斉射。
途端、眩い光の衝突があちこちで巻き起こる。
そのところどころでこちらの魔法は見えない壁に阻まれたような挙動を見せるのは無職魔法の使い手が向こうにいるからだろう。
「ケイ君!」
そうして俺達と騎士団との間の空間の大部分が極彩色の光で埋め尽くされたところで、ベンが再度声を張り上げた。
「行きます!」
対する返事は頭上から。
同時に金具の軋む音がし、チラとそちらを見上げれば、窓を大きく開けた小柄な暗殺者が窓枠から自ら開いた木製の戸へ飛び乗り、さらに宿屋の屋根の上へと身軽に飛び移って行くのが見えた。
もちろん、俺達を見捨てて逃げてしまったとかいう訳じゃない。
ケイに課された役割こそが、なるべく早く安全な場所へと逃げ延びることなのだ。
というのも彼にはラヴァルお手製の転移陣が持たされており、安全を確保できたら彼が俺達を呼びに転移してくる手筈となっているのである。
この作戦をベンから聞かされたとき、転移陣は使えないんじゃないかと思ったものの、爺さんによればこの結界はその内と外の転移を阻止するだけで、外の二点間は当然として、内側の二点間の転移ならできるらしい。
そしてそのため、ケイが無事に役割を果たし、俺達が転移してこの場から逃げたところで、逃げた先は当然イベラムの街の中。
そこからも外門の制圧、そして開門等々まだまだやることはゴマンとあるので気が滅入りそうだけれども、取り敢えずはケイを逃がせはしたので第一段階突破ってことで良いだろう。
「二人とも、もう良いよ、ありがとう。あとは、援護を。」
ベンが言うと、騎士団を抑え込んでいた火炎と冷気は、その言葉を待っていたかのようにあっさりに消え失せた。
「お疲れさん。」
[ええ、本当に、疲れたわ。]
イヤリングを右手で抑え、ユイに労いの言葉をかけると、返ってきたのは息も絶え絶えな返事。
まぁ10人以上はいる騎士団の魔法使いとたった二人で戦局を拮抗させていたのだ。勇者ではあるとはいえ、結構無理したのだろう。流石のミヤさんもユイと同じく疲れ切っていると見てほぼ間違いない。
「進め!敵魔法使いは疲弊しているぞ!」
さらなる攻撃が畳み掛けられないことで騎士団もこちらの状況に考えが至ったらしく、号令の下、一斉に走り出した。
「さて、後は時間稼ぎか。」
「ベンの作戦を変えさせただけの働きは見せて貰うぞ。」
呟きながら一歩踏み出した俺の二三歩左で、セラが同じく前に出て剣を抜く。
その彼女の言葉通り、今回の作戦はベンの原案通りではなく、俺からちょっとした変更を加えたものだ。
元々は俺もケイと一緒にここから離脱する役だったのを、こうして宿屋前の防衛に配置を変えたのである。
何せ原案通りだと、ここの主な防衛はセラとベンという、一番危険に晒してはいけない二人に任せてしまうことになっていたのだ。セラもそれに思うところはあったのか、俺の提案に一も二もなく同意してくれた。
「任せろ。あと、悪いな、せっかく二人っきりだったところを邪魔して。」
「フン、口の減らない男だ。……その、なんだ……ありがとう。」
「なんだって?」
しかし、俺の考えに賛同したからと言って、彼女が感謝の言葉まで口にするとは思わなかった。
「だ、黙れ!来るぞ、集中しろ!」
「了ー解。」
苦笑しながら目を前に戻し、腰を僅かに落とす。
いつもならこちらから切り込むところ、今回ばかりはそうも行かない。
宿屋の扉の前にベンが立ち、その左右の斜め前にセラと俺が並ぶという、鈍角三角形の布陣を保っていないと、やって来る敵の数と方向が一気に増えてしまうのだ。
「ハァァッ!」
敵の一番槍は自身の間合いに俺を入れるや腰に構えていた槍で鋭い突きを放つ。その柄を陰龍で左へ押しやった俺は右足を大きく蹴り出して、逆袈裟に黒龍を振り上げた。
景気良く首が飛び、残された体は地面を濃い赤に染める。
そしてその後ろでまだ自分の出番じゃないと高を括っていた相手へと、黒龍を脇に引きながら左足を踏み込み、その顔に陰龍を突き刺したところで、張りのある声が前方から響いた。
「やらせるか!イベラム騎士団副団長、ハザド、参る!」
名乗りを上げて前にいる騎士達に道を譲らせ、何故か焦ったように突進してきたのは、他の騎士達と同じ柄の鎧の上にさらに赤いケープをたなびかせる男。
彼は俺の名乗りを待つことなく大上段に振りかぶった幅広の騎士剣を、顔を貫かれた味方もろとも俺を斬ろうとし、しかし俺がそれに黒龍を間に合わせて、斬撃を左へ流してしまうと、すぐさま後退して距離を取った。
「あいつがクロダコテツだ!時間を与えるな!一気に押し込め!仲間をアンデッドにされるぞ!」
「「「「おう!」」」」
副団長――ハザドの叫び声に、俺を半円状に囲む騎士達の士気が目に見えて高くなる。
しかしなるほど、焦っていた理由はそれか。あの副団長さんはファーレンの戦いに参加していたのかね?
陰龍を軽く振り、突き刺さったままの死体を振り払う。
こっちの手札はある程度バレてていると見るべきだな。……まぁそれでも、やるべき事は変わらないか。
「「「ピアース!」」」
上司の言葉に尻を蹴られ、様子見をやめて距離を詰めてきた騎士達の先頭三人が、俺の間合いの外から揃って槍を突いてくる。
対する俺は左右の槍を両龍で叩き落とし、真ん中の穂先は右膝で蹴って軌道を左へずらさせた。
そのまま右膝で槍を擦り上げるように中央の槍兵へと大きく踏み込み、黒龍を垂直に振り上げて、相手の顎から鼻、そして眉間へと鮮やかな赤の線を描く。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!」
「「ジェイク!」」
しかし相手に取っては運のいい事に、その斬撃は命にまでは届かなかったようだった。
まぁ、放っておけば大量出血で死ぬのは間違いないので、苦しむ時間が長い分、運が悪いとも言えるかもしれん。
そんな仲間を守ろうと左右の槍兵二人は槍を捨て腰の剣を抜き放……とうとしたものの、刀身を鞘から半ばまで抜いたところで、首から血を噴き崩れ落ちた。
そして激痛に悲鳴をあげる騎士――ジェイクはというと、その場につっ立ったまま斬られた顔を何とかくっつけようと顔を両手で強く抑えていたところ、黒龍の一閃でその手首ごと首を刎ねられた。
「悪いな、無駄に苦しめて。」
流石に可哀想で、ジェイクへの謝罪を口にしながらその死体を脇に捨て、間髪おかずに突撃してくる騎士達に対処していく。
……しっかし、やりにくいな。
何が、とは具体的に言えない。ただ、何となく戦いにくい。もちろんこの程度の数で押し込まれてしまうことはないけれども、とにかく何かがいつもと違うのだ。
違和感を拭えないまま進み続け、そうこうするうちに副団長の目の前まで辿り着く。
「魔法隊は一体何をし、無色か、クソッ!……一気に掛かれ!これ以上好きにされてたまるか!」
この場が無色の魔素で満ちていることに今更気付いた彼は苛立ったように声を上げ、すると騎士道精神はどこへやら、その怒声に押された彼の部下達が全方向から切り掛かってきた。
そういやこっちの援護はまだなのかね?
「ユイ、まだ疲れてるのか?」
一太刀の下に敵を切り伏せていきつつ、イヤリングを起動して不満を多少顕にしながら尋ねると、右耳に怒鳴り声が叩き付けられた。
[あなたが漏らした相手を倒すのに忙しいのよ!]
え?……あ。
振り向けば、宿屋の前で眩い光の明滅を伴う、激しい戦闘が行われているのが見え。そして、俺はいつの間にやら宿屋の前の通りの中程まで突き進んでしまっていたらしかった。
そして同時に、これまで感じていたやりにくさの原因も分かった。
「俺の戦い方って守りに向いてないのか……。」
俺の抜けた穴を埋めるベンとセラの戦いぶりを見れば、それが余計に強く思い知らされる。
武器の一振りで敵の騎士5〜6人を一度に吹き飛ばす二人の姿は、それを見た騎士達を――例え僅かにではあっても――尻込みさせ、豪快な反面大きい隙を突くことを許さない。
その上ユイとミヤさんの援護もあるからそもそも隙なんてもうあってないような物だ。
「そこだぁッ!」
「チッ。」
後ろを向いた俺が警戒を解いたとでも思ったか、副団長がこちらへ突進を敢行。
その蒼白い軌跡を描く剣は、俺が舌打ちと共に振り下ろした黒龍の柄により左へとずらされ、直後、副団長の左の首筋に黒龍の切っ先が突き刺さった。
たった二人で多人数と渡り合うベン達に対し、俺はと言えばこうして間合いに入ってきた、もしくは入れた相手をひたすら切り捨てていっているだけ。俺に目も暮れずに走り抜ける奴らには何の行動も取っていない。
加え、最初はその場に留まろうと思っていたのに、気付けば宿屋の前の通りの中程まで進んでしまっているんだから救えない。
つまり、元々守りの戦いなんて物をできていなかったのに、頭の中で勝手にやりにくさまで感じていた訳だ。
我ながら酷い。
「ユイ、すまん。今戻る。」
陰龍の切っ先を周囲へ向けながら右耳を抑えて言うと、意外なことに静止がかかった。
[待って。あなたはもうかなり深くまで切り込んでいるのよね?もしかしてそのまま突破できないかしら?]
「ん?ああ、あと一息だな。」
チラと、宿屋の向かい側へ目を移しながら頷く。
[それならそのまま突破してケイ……ちゃん?に合流して。まだ連絡がないから、きっと手間取ってるって、ベンさんが。]
「ベンの原案通りにってことだな?」
[ええ、そうね。]
「分かった。それじゃあ、ベンとセラには俺が謝ってたって伝えておいてくれ。……悪い、待たせたな。」
耳から手を離して宿屋に背を向け、前方にいる騎士達へ話し掛けると、彼らは緊張に張り詰めた顔で手にした得物を構え直した。
[ねぇ、まだなのかしら?]
「すまん、もう少し待ってくれ!」
ユイからの催促に、路地裏に隠れた俺は我ながら器用に小声で叫んだ。
「まったく、私達の状況も知らずに急かさないで欲しいです。」
「まぁそう言うなって。向こうも向こうで大変なんだぞ?……よし、行ったか。」
隣で一緒に隠れているケイがこぼした愚痴を諌めつつ、カンテラ片手に通りを走る騎士達の背中を見送る。
大通りを幾度も往復していた騎馬兵の姿は今はなし。
今のうちに、と反対側の路地へと駆け出そうしたところで、腕を後ろに強く引っ張られた。
「ケイ?」
「上です!」
「クソッ!」
された警告に悪態をつき、ケイ共々背後の壁にへばりつく。
直後、俺達二人のいる路地を、上から照射された暖色の光が通り過ぎた。
光源は空に浮かぶ炎の玉。それはすぐ上を飛ぶ鎧を着込んだワイバーンに追随しており、火球の術者はそのさらに上に騎乗した竜騎士ならぬワイバーン騎士。もちろん所属はイベラム騎士団だ。
そうして空の目を無事やり過ごし、俺は思わず胸を撫で下ろした。
「ふぅ……もうちょっと早く出発するべきだったな。」
具体的には一日ぐらい早く。少なくとも昨夜はこんなに賑やかじゃなかった筈だ。
再度周囲、そして空に騎士の姿のないことを確認し、今度こそ向かいの路地へと駆け出す。
「……まさか、ワイバーンライダーなんてものまで持ち出して来るとは思いませんでした。」
「おかげでお前の脱出は上空から見つかって、そのせいでこっちの狙いも大体バレた、と。くはは、本当散々だな。」
「……すみません。」
目的地に滑り込みつつ、酷すぎる現状に苦笑いを浮かべると、ケイが意気消沈して俯いた。
「あーいや、別にお前を責めてる訳じゃない。正直言って、俺達全員、敵の本気を甘く見てた。……ったく、そりゃ俺が空を走れることを向こうが知らないはずないよなぁ。」
ファーレンでの戦争でスレインの竜騎士団を壊滅させたし、警戒されるのは至って普通のことだ。
「呑気ですね。」
「焦って良い事なんてないぞ。」
肩を竦め、路地の奥へと走りながらイヤリングに魔素を流す。
「ユイ、どうだ?そっちはまだ耐えられそうか?」
[そうね、一応、まだ何とか持ち堪えているってところかしら?騎士団に協力しようとする宿屋の他の宿泊客はラヴァル先生が一人で抑えてくれているし、あなたが抜けた正面は、ベンさんの障壁魔法のおかげで何とか拮抗しているわ。]
「そうか……。なぁ、そこからお前らだけで脱出できるか?」
[何言ってるのよ。できないからあなた達を頼りにしてるんでしょう?]
「だよなぁ。実はこっちもちょっと状況が悪くてな。安全な場所を見つけられそうにない。「止まってください!」っと。」
「探し出せ!街の外には行っていないはずだ。路地も隈無く調べろ!」
「何度も言うが敵はあのクロダコテツだ。発見したら交戦するな!合図を出せ!」
路地の出口でケイが再び俺を引き戻すと、今まさに出ていこうとした通りを5〜6人の騎士達が叫びあいながら走って行った。
俺が包囲を突破したことがもう伝わっているのか。情報の伝達が驚くほど早いな。……にしても、“あの”クロダコテツ、ね。
名が売れて嬉しい限りだ。
『悪名じゃがの。』
アザゼルって名乗ってりゃ良かった。
「隊長さん。」
「おう。」
ケイの指示で再び走り出し、念話も再開。
「で、まぁそんな訳だから俺達は今イベラムの門に向かってる。合図したらこっちに転移してくれ。休む暇がないのは申し訳ないとは思うけどな、頑張って強行突破と行こう。」
[ちょっと待ってて……。]
俺の提案に対し、ユイはそう言って念話を一旦辞め、かと思うとイヤリングからベンの声が聞こえてきた。
[コテツ君、代わりに転移阻止の結界を、解いてくれないかな。]
「結界を解く?えーと、つまり転移阻止の魔法陣を見つけ出して破壊すれば良いってことか?」
[うん、そういうこと。連戦はたぶん、難しいと思う。]
「了解。」
[魔法陣の、場所は、分かるかな?]
「あー、まぁたぶん……」
爺さんどうだ?
『悪いのう。分からんわい、そんなもの。魔法陣なんてものは突き詰めれば岩についた引っ掻き傷と変わらぬからの。一つ一つ見て回らねば判断できん。』
……嘘だろおい。
「すまん、やっぱ無理だ。」
「えぇ……。」
背後からの視線が痛い。
[うん、分かった。それなら……クレス君、道案内を[はい!承知しました!]うん、ありがとう。コテツ君、クレス君と、代わるよ。]
「はいよ。……ケイ、少し待て。」
「分かりました。それで、今さっきのおふざけは何だったんですか?」
「あーほら、気が狂ったんだよ。」
右掌で後ろを走るケイを制し、飛んできた質問には適当に返す。
[コテツ先生!よろしくお願いします!]
「おう、魔法陣探しは任せた。あと、緊張する必要はないからな?……にしてもコテツ先生、か。くはは、なんだか懐かしいな?」
[すみません。それと、ありがとう、ございます。]
緊張で張り切り過ぎている声の主に笑いかけると、彼は深く呼吸しながらゆっくりと返事をしてくれた。
少しは落ち着いてくれたかね?
「それで、俺達はどこへ向かえば良い?」
[そうですね……まず、この結界は魔法陣の縮小技術が開発される以前の物であるのは確実です。ただ、当然のことながら、魔術線の発想がイベラムの外壁の作られたときにあったかどうかでやるべきことは変わってきますね、他にも……]
よーし、最初の方はなんとなく分かった。ただしその後の魔術線やら何やらに関しては訳分からん。その後も色々と説明が続いてはいるものの、残念ながらサッパリだ。
何が当然なんだよ。……無学が辛い。
「それで結論、どうすりゃいい?」
「……そしてあとは……。え?あ、すみません、取り敢えず外壁に辿り着いたら合図をください。私がそちらに転移します。」
まだまだ続きそうだった説明に口を挟むと、どうやらそれに夢中になっていたらしいクレスは、ハッと我にかえるなりそう指示してくれた。




