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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第八章:なってはいけない職業
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指名手配

 うん、しまった。

 右の拳を振り抜いた振り抜いたまま、心の中で漏らす。

 急な事態にちょっと焦り過ぎたな。……自分の物騒な反射神経が憎い。

 ていうか“クロダコテツと思しき男が入ったとの報”があったのかよ。……つい、いつものロングコートを着てきたのは間違いだったのかもしれない。

 「なっ、隊長!」

 「テメェ、隊長にいきなりしやがる!?」

 いきなり仲間――どうやら隊長らしい――をぶん殴られて混乱する騎士二人はそのままに、床を蹴って大きく後退。

 「待て!「待つのはテメェだ馬鹿野郎!」……先輩!?」

 すかさず俺を追おうと熱くなった騎士が踏み出すも、彼はもう一人の騎士――先輩らしい――に腕を掴まれて引き止められた。

 「よく見ろ!」

 「え?……くっ!」

 しかしまだ冷静さを残していた先輩は俺の方を指差して見せ、それに従ってこちらに目を向け直した後輩は悔しそうに歯噛みする。

 それもその筈、俺はローズを手元に引き寄せ、その首にナイフを宛てがっているのだ。

 「近付くな!この女がどうなってもいいのか!」

 まさか一週間もしない内に二度もこの台詞を言うことになるとは。……二度あることが三度もありませんように。

 「え?……コテむ!?」

 取り敢えず、余計なことを言いそうなローズの口は左手で塞いでおく。ついでにその耳元ですまん、と謝罪の言葉を呟くと、驚いて身をよじろうとしていた彼女は抵抗をやめて俺へ身を預けてくれた。

 さて、目指すべき目標は二つだ。一つ目はもちろんここからの脱出。そしてもう一つは、俺とローズ達との間に協力関係なんてものは何もないことを、つまり俺達は赤の他人であると印象付けること。

 もうこの二人にこれ以上迷惑を掛けたくはない。

 『こんな騒動を起こしておる時点で迷惑千万じゃと思うがのう。』

 それでも、犯罪者に協力してるなんて噂が流れるよりはマシだろ。

 「……クソ野郎が。」

 「その女性を離せ!」

 先輩後輩のそれぞれが微動だにしないまま言い、対する俺は肩をすくめて返す。

 「クソ野郎で悪かったな。ほら、さっさとそこを退け、そうしたらこの女を解放してやる。」

 流石は騎士と言うべきか、二人はゆっくりと左右へ移動し、店の出入り口への道を俺に譲った。

 その先に見える、路地の壁に背中を預けて気絶している隊長騎士が起き上がる様子はない。

 「テメェがクロダコテツで間違いねぇな?」

 ローズを片手で抱き寄せたまま、左右の騎士へ絶えず警戒の目を向けて見せながら店の外へ歩いていく途中、先輩騎士がそう尋ねてきた。

 「くはは、ご名答。でも悪いな、景品は用意してないんだ。」

 笑い、進む。

 「やっぱりここに潜伏していたのか!」

 「残念、外れだ。ここには新しい装備を買いに来たんだよ。お前らも知っての通り、俺はティファニアの王城の地下牢獄から着の身着のまま脱出したからな。」

 そしてようやくローズ達の店と狭い路地との境に辿り着いたところで、俺は後ろ――騎士二人の方へとローズと共に振り返った。

 「おい!早く彼女を解放しろ!」

 「分かってる分かってる安心しろって。男に二言はない。」

 『普段は二言ばかりじゃがの。』

 それはほら、たまにだし。

 『ほれ、また嘘をつきおった。』

 ……。

 爺さんのくだらない話は聞かなったことにして、身を少し屈め、騎士二人からローズの影に隠れつつ呟く。

 「散々迷惑かけてごめんな。」

 するとローズは黙ったまま、“そんなことない。”と小さく頭を横に振ってくれた。

 「ありがとう。」

 最後にそう囁いて、彼女を店の中へと軽く押し飛ばす。

 そして狭い路地に飛び出すなり全速力で来た道を駆け戻った俺は、大通りに半ば飛び出たところで足を止めざるを得なくなった。

 『……あ、そうじゃ。言い忘れておった。』

 うん、何を言い忘れたかはもう言わなくても分かるぞ。

 路地を出た向こうでは、ついさっき3つ程見かけた物と同じ鎧を着た奴らが待ち構えていた。

 気配察知に意識を傾ければ、半円を描くような囲みを形成した彼らの数が30近くあることが分かる。

 「止まれ!この近くにクロダコテツが潜伏していると……あぁっ!」

 俺を見るなり何やら言いかけた騎士は無視し、即座に踵を返す。

 「お、追え!あいつだ!あいつがクロダコテツだ!」

 「やっぱりいやがったか!」

 「あの三人は何してやがるんだ!行くぞ!」

 「「「オオオオオ!」」」

 すると慌てたような指示が飛び、続いて警備騎士全員から威勢の良い雄叫びが上がり、そして鎧姿で走る大勢の足音が聞こえ始めた。

 チラと後ろを見れば、鎧騎士達が狭い路地を一列に並んで全力疾走してくる光景。

 向こうへ逃げるのは無理、と。

 「クロダコテツゥッ!」

 ドスの効いた怒鳴り声は前方から。

 そこではついさっき俺に殴り飛ばされて伸びていた隊長騎士が仲間二人の手を借りて立ち上がるところだった。

 「先程は不意を突かれたが、今度はそうは行かせんぞ!……ここは我々が通さん!二人とも続け!アイスウォール!」

 「「アイスウォール!」」

 号令と共に、分厚い氷の壁が俺の進行方向を完全に塞いでしまう。しかもご丁寧に高さは3階建ての家ぐらいはある。

 「くそっ!」

 悪態をつき、足を止めずに背後を振り向くも、警備騎士団が霞と消えているなんてことは当然ありはしない。

 ……背後からやってくる奴らを全員、血祭りに上げてやるか?

 実際、ここなら一対一を30回って感じで済ませられる。全方向に敵がいた二週間程前に比べれば格段に楽……流石に無理があるか。

 そもそもこれ以上罪を重ねてどうする。

 『ヴリトラ教徒との戦いや戦争のときはともかく、密入国をし、さらには聖武具の強奪までした大罪人が何を言うておるんじゃ。』

 それはヴリトラ教徒との戦いに含まれないのか!?

 『そういえば脱獄の際にも騎士を一人手にかけたのう。まさか武器がなく魔法も使えぬ状態の相手に首を切られるとは思わなかったじゃろうな。うーむ、無念じゃったろうなぁ。』

 ……クソジジイめ。

 内心で悪態をつきつつ、階段状の足場を前方に作成。

 それを駆け上がって大きく前に跳び、そびえ立つ氷の壁面を強く蹴飛ばす。

 「ハッ!そんなもんで壊れるかよ!」

 「くはは、こんなもんで壊れてもらっちゃこっちが困る!

 「なに!?」

 それを見て笑う先輩騎士にこっちからも笑みを返し、5m程の高度を得た俺は、今もなおぞろぞろと騎士達の入って来ている路地の入り口へと目を向けた。

 「貴様まさか!?」

 「じゃあな!」

 陽光が差し込むそこの左右の壁へワイヤーを飛ばした瞬間、隊長騎士が声を上げ、俺は構わずワイヤーを思いっ切り引っ張る。

 そして餌を待つ雛鳥のように揃って頭上を見上げる騎士達を眺めて親鳥の気分を味わった後、勢いよく路地から脱出して大通りに着地。同時に路地へ向けて大量の黒煙を噴射た俺は、即座に左――泊まっている宿屋とは反対方向へと駆け出した。

 爺さん!とにかく騎士のいない方向へ……。

 『騎士もただの通行人も全員人間じゃということを忘れてはおらんか?』

 上から直接見りゃいいだろうが!せっかく向こうは皆同じ鎧を着てくれてるんだから!

 『はぁ……面倒臭いのう。どれどれ、うむ、2つ先の角を左じゃな。』

 よし来た!


 「到ッ着!」

 冒険者ギルドの大扉を蹴飛ばし、叫びながら中に転がり込む。

 冒険者やらギルド職員やらの視線が集まるのに構わず、そのまま受付カウンターへと走れば、何故か今回に限ってセシルは真面目に接客していた。

 ただ、彼女の前に並ぶ冒険者の列は短い。

 というより、その冒険者達全員が簡単な防具と暗色の布で身体の殆どを隠しているというなかなかに怪しい風貌をしているため、その列に新たに並ぼうとする冒険者が少ないのだ。

 しかしもちろんそんなことを気にしてる余裕はない。いつ騎士団が踏み込んで来るか分からないのだ。

 下を向いたセシルに一生懸命話し掛けている男を横から肩で軽く押し退け、木のカウンターを両手でバンと強く叩く。

 「セシル!匿ってくれ!」

 「……は?」

 「おい!いきなり何なんだあんた!?」

 当然、セシルと冒険者の両方から驚きと怒りの混じった視線が突き刺さるも、努めて無視。

 申し訳ないとは思う。ただこちらは本当に急を要するのだ。

 「たぶん空いてる部屋がいくつかあるだろ?頼む、適当な物に飛ばさせてくれ!」

 フラッシュリザードや毒竜討伐の報酬をカイルとレゴラスから受け取るときに飛ばされた部屋のような所は複数用意してある筈だ。

 「はぁ……、分かった。」

 「助かる。」

 「待てよ!こっちに謝罪は無しか?」

 俺の焦りを察してくれたか、セシルは案外簡単に頷いてくれ、しかし押し退けられた冒険者の方は俺を許してはくれなかった。

 「ああ、さっきは悪かった。すまん。」

 手を合わせ、頭を下げる。

 しかし相手の剣幕は収まらない。

 「す、ま、んん!?その程度の謝罪で“はいそうですか”って済ませられるか!セシルさんといい雰囲気になってきたところで邪魔しやがってよぉ!」

 ……え?いい雰囲気?セシルはこいつの顔を見てすらいなかったよな?

 困惑しながら、どうやら目の前の男に慕われているらしい当人を見るも、鉄仮面がこちらを睨み返すのみ。

 視線を前に戻し、両手の平を相手に向けて、宥めるように愛想笑い。

 「まぁまぁまぁまぁ、落ち着けって。それに関しては本当に申し訳ないと思ってる。セシルとのこと、上手く行くといいな。応援してるぞ。うん、これからも頑張れ。」

 しかしついでにそう言って左右の親指を立てて見せた途端、彼はさらに怒りを爆発させた。

 「馬鹿にしてんのかコノヤロォッ!分かってんだよ、セシルさんが俺のことなんか眼中にないことなんかよぉ!チクショウッ!」

 面倒臭いわ!八つ当たりだったのかよ!

 もう一体どうすれば良いのかと途方に暮れていたところ、救いの手は真横から現れた。

 「君達、後ろがつかえていることを忘れないでくれるかな?まったく、くだらない話はよそでしなよ。セシルさんが困ってるじゃないか。」

 恋する男と俺の両方の肩を軽く叩いてそう言ったのは、セシルの列で2番目に順番待ちしていた、やはり目しか外界に晒していない男。

 「「そうだそうだ!」」

 「用が終わったら早く退けよ!」

 「全くだ。俺のセシルさんに手を出そうなんざ百年早ぇんだよ!」

 「「「何だとゴラァッ!」」」

 そんな彼に同調するように、3番目以降に順番待ちしていた奴らが口々に声を上げ、かと思うと互いと喧嘩し始めた。

 もう一度セシルを見る。

 「……本当に人気あるんだな。」

 「当たり前。」

 表情をピクリとも変えず、その人気で醜い戦いまで引き起こした本人は、至って平坦な声を発して頷き、魔法陣の描かれた紙をカウンターの上に置いた。

 「それより、さっさとこの魔法陣で転移する。仕事の邪魔。」

 「ん?ああ、悪い。……っ!?」

 早速それに触れようと腕を伸ばした直後、その腕を素早く折りたたみ、体を右に勢い良く捻る。

 そうして斜めに振り回された俺の右肘は、途中で何かを強打した。

 「うっ!?」

 背後から呻き声。次いで床板に硬質な物が落ち、そのままカラカラと滑っていく音がした。

 振り返ると、さっき喧嘩(というか八つ当たり)を止めに入ってくれた男が、自身の右手を抑えており、さらに右へと視線を移すと、床に短剣が落ちているのが見えた。

 ……俺を刺そうとしたのか?

 『正解じゃ。』

 なぁ、少しは忠告してくれても良かったんじゃないか?

 『あまりに急じゃったからの、咄嗟に反応できなかったんじゃ。』

 そうかい。

 「はぁ……、で、いきなり何しやがる。」

 ため息をつきつつ、殺人未遂犯から距離を取って問うと、腕を抑えたまま俯いた彼は背中を小さく震わせ始めた。

 「くくく、15000ゴールドの首を前にして、何もしない方がおかしいだろぉ!?」

 そしてとても良い笑顔をこちらに向けながら叫ぶや、彼は左手を大振りし、手を抑えるフリをして懐から抜いていたらしいナイフを投擲。

 一瞬後、彼は俺との距離を大きく詰め、

 「ぶべ!?」

 自身の投げた武器の柄を頬で受け止めて床に勢い良く突っ込んだ。

 「ふぅ……、15000ゴールドの首、ね。」

 そいつを爪先で軽く蹴り、しばらくはもう動かないことを確認して安堵の息を吐く。

 まさか真っ昼間から立て続けに命を脅かされるとは。……これからはもっと慎重に動くべきだな。

 「15000ゴールド?」

 「なら、こいつが噂の、クロダコテツか!?」

 ふと気付くと、セシルの前に列を為していた奴らがザワ付き始めていた。

 「一万……ヒヒ。」

 「……五千、ゴールド……ふへへ。」

 顔を隠した冒険者達が一人、また一人と短剣を抜いていく。

 まぁ一攫千金に憧れるのは分からないでもない。

 魔法陣を用意してくれているセシルの方を見るも、彼女への道は冒険者にすぐに遮られてしまう。

 くそっ、こうなったら外に逃げるしか……。いや、でも警備騎士団がすぐそこまで迫って来ている可能性もあるか。

 ……黒龍を右手に作り上げる。

 もう命を狙われたんだし、面倒臭いからこいつら全員敵とみなして良いかね?

 「そこまで!」

 しかし、いざ攻勢に出ようと思った瞬間、強い制止の声が掛かり、

 「「「「はい!セシルさん!」」」」

 顔を隠した冒険者達は一斉に武器を収め、さらには気を付けの姿勢を取って声の主――セシルの方を向いた。

 そしてその彼女はというと、目の前の奴らに一瞥もくれず、俺の方を睨んだまま広げた紙に描かれた魔法陣を叩いて見せた。

 「ん。早くする。」

 「お、おう。」

 訳も分からずコクコク頷き、気を付けの姿勢のまま微動だにしない冒険者達の前を通ってその魔法陣に触れる。

 「……どうなってるんだ?」

 しかしやはり耐えきれず、転移陣を起動する前にそう聞くと、セシルは何でもないことのように淡々と答えてくれた。

 「簡単。私の魅力のおかげ。」

 「んな訳あるか。」

 なんて分かりやすい嘘なんだ。

 言葉をばっさり切って捨てられたセシルは不機嫌顔になってこちらを睨み、

 「私が闇ギルドのマスターと仲が……知り合い、だから。」

 「は?」

 わざわざ声を落として俺の脳内の疑問符をさらに増やしてきた。

 それが今のこれとどう関係あるんだ?

 「こいつらは全員闇ギルドから足を洗った奴ら。口封じの刺客が来ないのは私のおかげ。」

 なるほど、命を握って脅してる訳か。

 やっぱり魅力なんかじゃなかったな。

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