30 職業:教師候補①
開始の合図と同時に隣のドワーフが巨大な戦槌を振り上げる。
「鳴動せよォッ!」
そして彼が朗々とそう唱えたかと思うと、掲げた槌が金色に輝き、光の波紋が辺りに広がった。
即座に飛び退く。
ありゃなんだ!?勇者たちとは別の聖武具の類か!?
「……ミョルニルッ!」
混乱しきった俺に構わずドワーフが再び叫ぶと、槌は激しい雷を発し、そのままリングに勢い良く降り下ろされた。
重低音が響き渡る。
同時に大きく振動したリングは一瞬でヒビだらけになり、そしていくつもの大きな欠片へと変貌した。
足場を失い、候補者達は次々と水の中へ落ちていく。
見れば欠片の一つ一つが帯電していて、それに何とかしがみつく候補者達をポロポロと落としていた。
……感電死しませんように。
そして気付けば、種族故の翼や特殊な力で空中に浮かんでいる者はたったの三人だけ。
翼持ちはもちろん候補者の中に何人もいた。
しかし、急な展開に対応できないまま電撃の直撃を受けたり、苦し紛れで別の誰かに体を捕まれ、諸共水へ引きずり込まれたりして殆どが脱落してしまったのだ。
さて、空中に無事飛び上がれた三人はというと……。
一人は魔族の男。背中の翼で飛んでいることや角が生えていることから判断できる。魔法使いなのか、手には細いタクトを摘んでいる。
次はエルフの女性。こちらは何故か宙に浮いている。理由はよく分からない。持っている弓があのドワーフの槌のような金色の光を帯びていることから、武器の何らかの能力なのかもしれん。
そして当然、あのドワーフも浮いている。というより、浮かぶ自らの武器にぶら下がっているような形だ。戦鎚の性能からして電磁浮遊かそれに似たものだろうと思う。
厄介そうなエルフとドワーフの武器を調べるか。
鑑定!
name:神弓エルフィーン
info:妖精神フィーネの加護を受けた弓。放たれた矢には鋼鉄をも穿つ力が付与される。また、使用者は妖精の固有魔法を行使できる。
name:神槌ミョルニル
info:雷神トールの加護を受けた槌。雷を放出、操作できる。その一撃は山をも震わせるにも関わらず、使用者は槌の重さを感じない。
……聖剣より性能よくないか?
と、ついさっき初めの合図をしたばかりのアナウンスが流れた。
「えー、ば、バトルロイヤルはそこまでです。明後日のトーナメント参加者は悪魔族のアルベルト、エルフ族のリーア、ドワーフ族のタイソン、そして人間族のコテツ、この四名となりました!」
大した戦闘は起こらなかったものの、やはりミョルニルの迫力が凄かったからか、観客席から拍手が巻き起こる。
で、俺以外の勝者三人は辺りをキョロキョロ探し始めた。
きっとというか、間違いなく、俺を探しているのだろう。
そんな俺は今ミョルニルの上に乗っている。さっきから体がビリビリしていてちょっときつい。
飛び退いた俺はミョルニルが叩きつけられた瞬間、再び飛び上がり、足元に小さな板を作って軌道を微調整、浮かび上がってきたミョルニルの上に着地したのである。
と、やっと三人が俺を見つけた。
「おちゅかりぇしゃん。」
いかん、電気のせいでめっちゃ噛む。
アルベルトとリーアか苦笑いを浮かべ、タイソンは怒り狂って俺の乗ったミョルニルを振り回す。
そこからさっさと飛び降り、観客席に着地……できず、俺はその場に頭から崩れ落ちた。
体が痺れて思うように動けないのだ。
そのまま痺れが少し引くまで耐え、俺は何事もなかったかのように悠々とコロシアムの出口へ向かった。
あー、恥ずかしい。
運良く自分の手札を一枚も見せずにバトルロイヤルに勝てたのは昨日のこと。
俺はファーレン島の海岸沿いの大きめの岩に座り、暑い日差しの元でルナによるネルとアリシアへの熱血指導を眺めている。
これが海水浴のためで、我がパーティーの女性陣が水着であれば素晴らしい目の保養になったであろうけれども、入学試験が目前に迫った今、呑気に遊んではいられない。
……まぁネルは元々水着のような装備だけどな。
と、ルナがアリシアに熱心に何か話し始めた。
何か思う所でもあったのかね?
「ねぇ、コテツは明日のために動いておかなくて大丈夫なの?あのドワーフはかなり怒ってみたいだし、気を付けないとだよ?」
そしてこれ幸いにとネルが俺の所へ駆け寄り、隣に座るなり心配そうに聞いてくる。
「そうは見えないかもしれないけどな、これでも鍛錬してるんだよ。」
対し、俺はそう言って肩をすくめて返した。
実際、俺の今腰掛けている岩は、黒の魔素で覆われ、実は数ミリ地面から浮いてたりする。
ネルが飛び乗ったときのバランス調節は我ながら完璧だったと思う。
「ふーん?」
こいつ、信じてないな?
今座ってる岩を昨日のコロシアムリングよろしく粉々に砕き割ってやろうか?
ちなみにあの石のリング、ネルに寄れば午前0時を境に元に戻るという効果の巨大魔道具だったらしい。そのため誰もあのドワーフを責めたり罰金を払わせようとしたりはしなかったよう。
あと、水の中でしびれていた候補者達は、ファーレンの教師の一人であろう鋭い目付きの男に全員救出されたらしい。
全員を救出し終えたあとも、彼は何故かまだ焦った様子だったそうだけれども、ああいう行事で人死にが出たら大変だから当然のことなのかもしれない。
「ああ!ネルさん!勝手に休むのはズルいです!」
「あ、見つかっちゃった。」
と、アリシアに大きな声で責められ、ネルがバツが悪そうに笑って岩から降りる。
「なぁネル、疲れてるみたいだし、今日はもう終わるか?」
その背中に声をかけると、「バレた?」とネルは照れたように頬を掻いた。
「もう2〜3時間はぶっ続けで動き回ってるしな。しょうがないだろ。このまま行ったらアリシアが倒れる。」
「あはは、だね。じゃあルナにそう伝えるよ。」
そして、何故か最後の締めにネルとアリシアが互いと戦うこととなった。
「アリシア、絶対に負けないからね!」
ネル、それをフラグと言うんだ。
「はい!私も頑張ります!」
そしてアリシア、ナチュラルに煽るんじゃない。ネルがびっくりして固まってるぞ。
そうこうしながら、二人は前と同じように、互いと十歩程度の距離を取った。
少し離れた所に下がり、ルナと共に手頃な岩に腰を下ろした俺は手を高く上げ、そして開始の合図を告げるべく声を張り上げた。
「じゃあ二人とも!始「ファイアボール!」めぇ……。」
そして俺が言い終わる前に、直径五センチほどの小さい火球が無数にネルに向かって放たれた。
飛んでいくそれら全てがネルへの真っ直ぐな直撃コースを辿っていることに、俺は若干の感動を覚えた。
まさかアリシアの魔法の精度がここまで上がるとは。
対するネルは横方向に走り出し、アリシアを中心に大回りを始める。
初めはネルの後塵に飛んでいくばかりだった火球は、すぐに一定の速さで走る彼女に追い付き初める。
「疾駆!」
しかしネルが叫ぶとその両足からスキルの光が放たれ、彼女の走行速度が跳ね上がった。
そうして火球の追随を無理矢理振り切り、そのまま砂を盛大に爆発させながら大きなカーブを描いてアリシアへと迫るネル。
そのスピードは俺と戦ったときよりも格段に速い。
「速い……でも一発、当たれば!」
少々遅れてタクトの先をネルに向け、火球の量を増やしてばら撒きながらアリシアは後退。ネルとの距離を開けようとする。
「そんなんじゃ当たらないよ!」
「当てます!」
ネルのジグザグな動きによる撹乱、しかしアリシアの正確な魔法は、ネルを容易には寄せ付けない。
外れた火球は砂を巻き上げ、ネルの脚も砂塵を巻き上げる。
体力勝負の千日手、一種の膠着状態に陥ったかと思われたところで、突如、ネルが動きを変えた。
十八番の稲妻の動きを中断し、アリシアへの真っ直ぐな直線距離を走り出したのだ。
「そこです!」
好機と見て、アリシアがそれまでよりも大きめの火球を数発飛ばす。
「それを待ってたよ!」
途端、ネルの両手の短剣が薄く雷を帯びた。
飛んでくる火球を次々とその短剣で消し飛ばし、疾駆の勢いを殺すことなくアリシアへとのを距離が縮められる。
そしてあと2歩程でネルがアリシアのもとにたどり着くというとき、
「エ、エア、ボム!」
アリシアが咄嗟にネルとの間に風の塊を作った。
いつかと同じように仕切り直す算段か。
「させるかぁ!」
しかし、ネルが左手の手袋でそれを叩くと魔法は掻き消されてしまい、アリシアはタクトをただ無防備に突きだした状態となる。
「エアソード!」
それでも、すぐに不可視の刃をタクトに纏わせ、横薙ぎに振って何としてでも距離を取ろうとしたものの、アリシアの思惑は外れてしまった。
ネルは後ろに跳んで避けず、姿勢をぐっと低くしてさらに距離を詰めたのだ。
そしてアリシアの首もとに、黄色の魔法を纏ったままの、未だバチバチと光の弾けるという短剣が突き付けられた。
「うぅ……負けました。」
悔しそうにアリシアが呟く。
ネルの立てたフラグは見事に折られた。
いやしかし、二人とも順調に成長できているようで良かった。きっと、いや間違いなく、無事に入学してくれることだろう。
「どう思う、ルナ?」
「二人とも、立派になられて、ぐすっ。」
振り返れば、ルナは泣いていた。号泣していると言っていい。
驚いて彼女の背を擦ってを宥めに掛かり、ネルが走ってきたのが見えた。。顔には満面の笑み。
よほど嬉しかったのだろう。
……おい待てこら、疾駆を発動させたまま来るな!危ないだろ!
「ルナ、アリシアを連れてきてくれ。ネルは俺が……。」
「ぐずっ、分かりました。」
まだ泣いているルナを退避させ、立ち上がって衝撃に備える。
ドンッ!
ぶつかった勢いで、俺は砂浜の上を十センチぐらい後方に押された。
アホか!あの速さで飛びかかってくるやつがあるか!
「コテツ!勝った、勝ったよ!」
しかし、こちらに向けられた大輪の花のような笑みにそんな怒りは霧散してしまう。
ネルが元々美人な分、さらに直視しにくくて困る。
「へぶっ!」
結果、俺はネルの顔を胸に抱くことで問題を解決した。
「あーうん、良かったな。」
「んん!」
くぐもった声が下から聞こえてくる。しかし俺の心の準備が整うまでは無視させて貰おう。
「いやぁ、初日はあんなにあっさり負けたのにな。今回はアリシアを圧倒していたぞ。特に最後の畳み掛けるような、一歩も引かずに攻撃を繋げるところは凄かった、いや、素晴らしかったよ。」
称賛の嵐をぶつけ、時間を稼ぐ。
「んんん!」
バンバンバンとネルが俺の背中を叩き始めた。俺の心も準備オーケーだ。
そっとネルを離す。
「ぷはっ、はぁ、はぁ、はぁ」
ネルが呼吸を整えながらこちらを睨んできた。目が潤んでいて、やはり暑かったのだろう、頬が上気している。
……なんか艶かしい。
「もう、せっかく勝ったのに何をするんだむぐっ!」
俺はもう少し心の準備が必要だと判断した。
「人にスキルを使って体当りしてきた罰だ。」
「んんんん!」
もっともらしい(?)理由も付けて時間を更に稼いだ。
「これ美味しいね。」
「ああ、そうだな。」
ネルを半ば窒息させたお詫びに、俺は1日言うことを聞くこととなった。今は二人で紙皿の上に様々な食べ物を乗せ、ファーレンの街中を観光している。
ファーレン食べ歩きツアーって奴だ。
1日の後半、ネルの言うことを聞くよう彼女自身に命じられ、何をさせられるのか恐ろしかったものの、その心配は杞憂に終わった模様。
むしろ今は楽しいまである。
「ファフッ!フゥゥ、フゥゥ。」
と、ネルが口の中を火傷しそうになりながら食べているのは肉汁たっぷりのフランクフルト。
普通のレストランもある中、こういった食べ歩きができる店が多いのはファーレンの特徴だと思う。
通りには片手に食べ物を置いた皿を持ちながら本を読んだり考え込んだりしている人を何人と見かけるし、学園を中心に発達しているようだ。
にしても、世界が変わろうと、学生というのは多忙らしい。
「なあ、ネルはどんなやつが好みなんだ?」
何の話題も思い付かないので、ふとネルのこのパーティーに入った目的について聞いてみると、ネルが串を加えたまま飛び跳ねた。
「へ!?好みっていうと、男の人を好きとか嫌いとかそう言うこと?」
「ああ、だってお前は早く結婚したいんだろう?俺はそういう謳い文句でお前を仲間に引き入れたわけだし、少しは協力しないといけないと思ってな。」
「ふ、ふーん。ボ、ボクの好みねえ。そうだね……強くて、頭が良くて、背が高い人。」
「ほう。」
結構ありきたりながら、考えてみるとそれってなかなかの超人じゃないか?
「もう少し具体的に。」
できれば条件を緩和してほしい。
あ、もしかしてネルって相手に求める条件が高すぎるから美人なのに結婚できてないのか?
「あとは、うーん、優しくて、いざというときに頼りになる人、かな。」
……ハードルが上がったぞおい。
さっきからしきりにこちらをチラチラ見ている。俺の知っているやつだろうか?確かイベラムで好い人が見つかったとか言っていたから、イベラムにいたのだろう。
考えてみよう…………ハッ!
「ネル。」
「なに?」
「すまない、全く気づいてやれなかった。」
深々と頭を下げる。
これ以外にすべきことが思い付かなかった。
「え、分かったの!?」
ああ、該当するのは一人しかいない。
「今まで辛かっただろう?色々溜め込んでいたんだろう?気付いてやれなくてごめんな。」
頭を下げたまま続ける。
「あ……本当に……分かっちゃったんだ。」
「すまん。知らずにずっと苦しめてたなんて思いもしなかった。」
「あ、謝らないでよ。コテツは何も悪くないんだから。」
「そうか、そう言ってくれると助かるよ。」
一番辛いのは彼女だろうに。
「そう?じゃあ……。」
「ああ、ローズには内緒にしておいてやるから安心しろ。」
「……え?」
「え?」
互いに顔を見合わせる。
「なんでローズの名前が出てくるの?」
「あれ、違ったか?」
俺の知り合いに今の条件で合致するやつは一人しかいないぞ?
「……ねぇ、一体誰だと思ったのかな?」
ネルが眉間を指で押さえている。本当に違うのか?
「耳を貸せ。」
「いいよそのまま言って。どうせ間違ってるんだし。」
「当たってても俺は知らんぞ。」
「いいから。」
「……ゲイルだろ。」
ゲイルは体が大きく、ソロでランクB冒険者となるくらいには強いし、鍛冶のやり方を特定の師匠にも付かずに独学で勉強したらしいから頭は良いに違いない。
冒険者だからネルとはもちろん接点はあったはずだ。
それに加え、ゲイルはその巨体に似合わず気象は穏やかで優しい。ローズもそこに惚れたとか言っていた。いざというときに頼りになるのはその見た目からもひしひしと伝わってくる。
しかし彼はローズとくっ付いた。
だからネルはきっと内心で心が引き裂かれるような思いをしていたのだろうと考え、仲間でありながらそれに気付いてやれなかったことを謝ったのだ。
どうだ、当たっているだろう。
「な、ななっ!」
あれ?本当に違う?
「あらら、違うのか……。」
「違うよ!全っ然違うよ!」
そんな必死に否定しなくても……。
「でもさっきの会話からすると、俺の知ってるやつなんだよな?」
「そりゃまぁ、知ってるだろうねぇ!」
「ギルマスのレゴラス!」
「……本気で言ってる?」
「いえ、冗談です。」
なかなかにキツイ目で睨まれた。
また外れたらしい。
レゴラスはギルドマスターの役職に就いているくらいだから強くて、頭は良いだろうし、頼りにもなるだろう。容姿のことは言うまでもない。
「二度と滅多なことを言わないで。」
そこまで言うか!?
「分かった、すまん。それよりほら、あれ、うまそうじゃないか?」
周りを見回し、丁度いい物を見つけた。近くにあったのはなんとアイスクリーム屋さん。
あれがあるとはやはり魔法関係が発達しているだけはある。
「うん、確かにおいしそうだね。でも、まだ話はあるからね。宿でたっぷりと話そうか。ルナはアリシアと寝させれば良いし。」
くっ、誤魔化しきれなかったか。
「いや、ほら、食べながらで良いんじゃないか?」
人は誰しも物を食べていると気がなごむ。これは俺の経験則だ。親に学校の成績を食事中に見せると大抵軽く怒られるだけで済んでいた。
きっと食事という、他の命を頂く神聖な行為に比べて成績という物の矮小さに気づき、寛大な心となるのだろう。
「分かった。でも部屋は変わるからね!」
「でも俺の部屋は一人部屋だから狭いぞ。」
せめてもの抵抗。
「いいの!」
「はぁ……、了解。」
俺はネルにアイスクリームを買ってやり、それを美味しそうに食べる彼女に安らかな気持ちにさせられながら宿に戻った。
その夜、ネルは宣言通り俺と同じ部屋で寝る事になった。
俺は例によって床で寝ようとしたところ、ルナのときと似たようなやり取りの末、最後には何故か二人で一つのベッドを使うという結論になった。
満足気な目の前のネルの寝顔からして、俺がネルの話術に上手くはまってしまったからこんな状態になってしまったのだと思う。
襲うフリでもしてやろうかとも思うも、ここまで安心した顔をされるとその気も起きない。
チクショウ、俺が動揺することなんて折り込み済みなんだろうなぁこいつは。
俺は努めて平静を保ち、何とかして寝た。
「コテツ……ねえ、早く起きて。」
正面からネルの少し慌てた声が聞こえてきた。が、まだ眠い。
「あと少しだけ。」
目を閉じたまま返答。
「ダメ、後でいくらでも寝て良いから今だけは起きて!」
「眠いんだよ……。」
そう言って、俺はそのまま寝返りを打った。
「え、ひゃあ!?」
ネルの奇声が聞こえる。
うるさいなぁ。
そう抗議しようと目を薄く開けると、背後にいるはずのネルが目の前にいた。こちらを見上げる形で、薄手の寝間着から覗く肌や彼女の顔は赤く染まっていた。
いつの間にやらネルを抱き寄せていたらしい。なんだろう、やっぱり凹凸が少ない分、抱き枕にしやすいのかな?
「何か失礼なことを考えたでしょ。」
おっと、いつの間にかネルも俺に対する読心術を習得しているようだ。
「いや、そんなことはないぞ。それでその、ネル。」
「何?」
「寝心地は、とても良かったぞ、うん。」
「ふ、ふーん?ひょう……ん、そう……。よ、良かったね。」
今一瞬、ネルが噛んだ気がする。……黙っておこう。
沈黙は金。
そして、静寂が下りた。
どうしよう。
「……えっと、お前は寝れたか?」
「う、うん。」
「そいつは良かった。」
安眠妨害が如何に罪深きことかは知っているつもりだ。
「コテツ。」
「なんだ?」
「きょ、今日、トーナメント戦だね。」
ネルの方から話題を変えてくれた。これに乗らない手はない。
「あ、ああ。」
「勝ってよ。」
「当たり前だ。」
動くなら今!
ネルを解放し、その頭を片手で撫でながら起き上がる。
「余計なお世話だった?」
「そんなことないさ。一緒にファーレンに行こう。」
「うん!」
「じぁあ先にコロシアムに行くからな。」
「応援するね。」
「おう、どうせ賭けとかやってるだろうし、ついでに俺に賭けておけ。意地でも負けやしないさ。」
魔装2を纏い、最後にもう一度ネルの肩を軽く叩いて、俺は部屋を逃げるように出た。