3 職業:弟子①
召喚された次の日の朝、朝食を持ってきてくれたメイドのミヤさんに魔素の扱いを教えてもらい、(ここでは家事にも使うほど常識的なことらしい)それからは四六時中、頭の上や手の上など邪魔にならない場所で黒色魔素を扱う練習をしてきて、ついに20日が経った。
無色ではなく黒で練習するのは、より強い負荷の元があった成果は高いという判断から。
ちなみにミヤさんは金髪の長い髪に細身な身体という、どこか華奢なイメージを持たせる女性である。それは彼女がエルフという種族だからで、実際は王城のなかで十指に入るほど強い魔法使いらしい。
そして最も綺麗な人なんじゃないかと俺は個人的に思っている。
魔法の話の際、その長い耳をしっかりと目に焼き付けさせてもらいました。ええ。
その時に鼻孔をくすぐった甘い香りを忘れることはないだろうと思う。
そんな彼女がここで働いているのはかつてエルフの故郷が魔物に襲われ、陥落した際、スレインが難民を受け入れてくれたことへの義理立てだとか。
あと、頼んでいた魔法の特訓は王宮魔術師という位をもった、ルイスという男がしてくれているものの、爺さんの言ったことを噛み砕いたような座学しかやっていない。
まあ、まず間違いなくあの王の企みだろう。俺が魔法を覚えても意味がないことに気付き、激昂される事がないようにするためだと想像はつく。
そして昨日、つまり召喚から19日目の夕方、ついに俺の剣士の先生が決まった。名はリジイというらしい。
俺はこれからその人の家で泊まり込みで剣を習うことになったのである。
リジイさんの元へ王城から馬車に乗って向かうこととなり、カイト達と軽い別れを済ませた俺は、城の出口で150シルバー受け取った。
そしてこれまでの一応のお礼を言う間もなく、城の重厚な門は目の前でピシャリと閉められた。
「はぁ……剣の先生が良い人でありますように。」
美人であればなお良し。
『ん?わしに祈っておるのか?』
……しまった。バイキングみたいな人になってしまいそうだ。
『なんじゃと!?』
爺さんが息巻くのを無視して、用意して貰った馬車に乗り込む。
「っ!?」
「ふふ、こんにちはコテツさん。」
そこには女神……違う、いや違わないが、とにかく、ミヤさんがお座りになられていた。
「こ、こ、こんにちは。」
「驚きました?」
コロコロと花も恥じらうような笑みを浮かべ、どうぞと彼女は相席を促してくださった。
「し、失礼します。」
なんて不意打ちだ。ちくしょう、魔法の事やら勝手な都合で追放されるやらで王様に抱いていた反感が吹き飛んでしまう。
……まぁいいや。王様万歳!
そのまま数時間、相席のミヤさんと談笑して過ごした。後ろ手に黒魔法の玉を作って操作するという魔法の訓練もやりながら。
そうして気を紛らわさないと、目の前の彼女とは話す事さえ難しいのだ。それでも気恥ずかしくてこちらが若干しどろもどろだったのはご愛嬌。
今までずっと城の中にいたからなどと適当な理由をつけて、馬車の通る城下町や町の外の何でもない景色の話でお茶を濁せば良いものを、どうしても目が向かい側の彼女に吸い寄せられ、外を見るどころではない。
そんな俺に対し、優しい微笑みを浮かべて頷いてくれていたミヤさんはやはり女神以外に何とも形容できない。
少なくとも俺の語彙力では。
しっかし、最近ではもう黒色魔素も呼吸するくらい自然に、自分の手のように自在に操作できるようになったな。これはきっと俺の才能のお陰だろう。
『スキルのお陰に決まっておろうが。』
はいはい、言われずとも分かってるさ……。
成長率50倍があって良かったよ、本当に。
「あ……そろそろですね。」
と、ミヤさんが外の風景を見ながら言うと、ほぼ同時に馬車の速度が下がってきた。
あっという間に目的地に着いたらしい。
「そう、ですね。ミヤさんは……このまま?」
「ええ、イベラムという街に行かなければなりません。すみません、ご一緒できず。」
「そんな事ありません!ま、満足でした!」
言って思った。アホか俺は。
「満足?」
案の定、ミヤさんが反応に困っている。
「あ、いえ、その、短い間でしたがありがとうございました!」
失言をかき消すように、ついでに照れを抑え込む目的でも、大きな声で、俺はテンプレートな返しに頼って頭を下げた。
困った時ほど、テンプレって大事だ。
「ふふ、どういたしまして。頑張ってくださいね。」
照れ隠しだとはバレているだろうに、ミヤさんは優しく包み込むような笑顔を見せてくれ、俺は、はい!と元気よく返事をして、それ以上の失態を犯す前に馬車を出た。
そうしてこれでもかと動転し、何とか心を落ち着けた所で衝撃の事実が発覚した。なんと王が馬車代をケチっていたのである。
運賃は100シルバー。そして手元に残ったのは50シルバー。そう、完全に嵌められたのだ。
ずいぶん軽くなった小袋をポケットに突っ込み、しかしミヤさんに情けない姿を見せたくない一心で俺は空元気を捻り出し、ガラガラと土煙を上げて離れていく馬車を見送った。
まだ日は頭上にあるってのに、気持ちの浮き沈みが激し過ぎて疲れる。くぅ、せめて浮きっぱなしにして欲しかったな……。
「はぁ……ま、仕方ないか。」
自身に言い聞かせながら、背後を振り向けば、少し丘を上がったところに一戸建ての木の家があった。
見回せば小さな村が広がっているものの、一番近いのはこの家だ。目的の場所はここであるに違いない。
リジィさんがホームレスじゃないことを祈る。
「ごめんくださーい。」
ドアの前まで歩き、ノックしながら声を上げる。
「あ?誰だい?」
と、ハキハキした声で返答しながら出てきたのは目付きの鋭い、凛とした雰囲気を持つ女性だった。
「王様の紹介で来た弟子志望の者です。あなたがリジイさんでしょうか?」
「ん?ああ、そうだよ。ふん、アンタが勇者と間違えられた奴かい?……でけぇな。」
「はい。」
ほっとけ。
「ちょっと待ってろ。」
そういってリジイさんは家の中に戻っていった。
なかなか出てこない。
当然俺は正直少し暇になる。
最近では暇になるとすぐに爺さんと念話を始めてしまう。
なあ、なんか話振ってくれ。
『なんじゃ、いきなり。』
最初、俺は爺さんにどうしても辛く当たっていたが、最近ではいい話し相手として重宝している。
『わしもお主とは友情が芽生えてる気がするのう。』
異世界最初の友達が神様にして俺を殺した張本人、これいかに。
『そうじゃのう、お主、ミヤに見惚れておったろう。』
な、なに言ってんだ。俺なんかが釣り合うわけないだろう。
『見惚れておったんじゃな』
ま、そこは認めるさ。実際あの人ほど綺麗な人なんて人生で一度も見たことがない。
一緒に召喚されたあの高校生達も容姿は確かに整っていた。だがしかし、ミヤさんは別格だ。
『まぁもう会うことはないじゃろうがの。』
……お前は友達なんかじゃないやい。クソジジイめ。
「チッ。」
舌打ちした直後、リジイさんが家の中から出てきた。そしてポイと俺に木剣を投げて寄越してくる。
と、今度は持っていたもう一本の木剣で両手で持ち、素振りを目の前で五回してくれ、すると澄んだ風切り音が五回鳴った。
素振りをし終わると、リジイさんは俺に改めて向き、
「今のと同じぐらいの素振りが出来たらその先を教えてやる。できたらまた来い。」
そう言い残してそのまま家の中に戻っていった。
へ?それだけ?嘘だろ!?……まぁ、やれば良いだけの話か。
おい、爺さん!
『分かっておる!素振りを始めよ。神の超記憶力見せてやるわい!』
やはり友情とはいいものだ。うん。
俺はそれから素振りを始めた。
一回目、ただ思いっきり振る。リジイさんの物とは程遠い、ブォンという音がした。
『違うのう、剣がブれておる。もう少し力を抜けい。』
そんな感じで一振りごとに爺さんがさっきの素振りを思い出してアドバイスしてくれ、これを数百回くりかえし、やっと納得の行くような素振りができたところでもう一度リジイさんを呼ぶ。
「ああ!?アンタまだいたのかい!そんなすぐにできるわけないだろう!」
追い返すつもりだったのかよ!?
愕然としたものの何も言わず、先程リジイさんがやったように素振りを五回。
ふっ、どんなもんよ。と向き直ると、彼女は驚きに目を見開いていた。
「アンタ、素人じゃ無かったのかい?いや、今の素振りは一人前でも、普段の動きは素人そのものだねえ。まさか、この短時間で一からそこまで習得したのかい!?」
「で、合格ですか?」
「いいだろう。どうやったか知らんが確かに合格だ。これから一年間ミッチリ鍛えてやる。アンタ、名前は?」
「コテツです。」
「よし、コテツだな。これからはアタシを師匠とよびな。」
「よろしくお願いします!」
すると頭の中で声が響いた。
職業が変わりました。
name:コテツ
job:弟子
職業補正:成長率5倍
確かに学生も職業って言われるから弟子も職業のひとつなんだろう。
ていうか、成長率50倍とこの職業補整が合わさるととんでもないことになる気がする。
「なに呆けてんだいコテツ!アンタには一年しかないんだ。そんな暇はないよ!」
「はい!」
1度決めたことは真剣に取り組む人なんだな。気が合いそうだ。
早くも一週間がたった。
女性と同居することになるということを気にしなくなったのはいつだろう。
初日からハードな――師匠にとってはライトな――運動で汗をかいた後、時間を気にしていたらゆっくりできないからという理由で風呂(この近くではなんと温泉が湧くのだ。)に師匠が一緒に入るようになり、今ではなにも気にしなくなった。
決して女性が好きじゃなくなったのではない。自分の意識を切り替えることができるようになったのだ。それに加え、師匠が素っ裸を見られても全く動じないのでバカらしくなったのもある。
この一週間、トレーニングや柔軟体操をみっちりとこなした。最初の方は俺の体力の無さに驚いていた師匠だったが、一週間ほどで師匠の全力に食い付けるぐらいになったことでさらに驚いていた。
まぁ、才能って奴だろう。
『スキルのおかげに決まっとろうが!』
少しぐらい夢見させろよ!
「おい、聞いてるかコテツ?」
爺さんに心の内で叫び返すと、師匠がそう聞いてきた。
「ん?あ、はい、聞いてます聞いてます。」
「そうか、じゃあアタシは今何て言った?」
適当に返すとものすごく疑わしげな目で見られた。
「『おい、聞いてるかコテツ?』」
「その前だ!」
「すみません!」
誠心誠意謝る。また村を5周全力で走れとか言われたら堪らない。
何せそるには師匠本人も付いてくるため、本当に全力で走らされるのだ。
「はぁ、もう一回しか言わないよ?アタシの剣術はこの世界では異質なものだ。アンタのいた世界ではどうだったのかは知らないけどね、この世界では最高の一撃を決めることを重視した守りの剣が大多数で、対してアタシの剣術は技を覚えて組み合わせて、相手を錯乱させることを重視した物だ。だから型にはまってしまわないように気を付けるんだよ。」
「分かりました。」
「よし、じゃあ分かったところでこいつを持て。」
言って、師匠は木刀を二本投げて寄越してきた。
形状は中華刀。
そう、師匠の剣術はこの中華刀二本による二刀流なのである。初日に見せてくれた素振りは、ある程度剣を扱えば誰でもできる程度の物だったそう。
「アタシはまずは一本でやるから。さぁ、来な!」
家の裏のだだっ広い草原で、師匠が木刀を肩に担いだまま叫ぶ。
え、何?俺、中華刀なんて博物館で見たことしかないんぞ?
「えっと、素振りとかは?」
「その都度教える。アンタは体で覚えるようだからね。とにかく何事も本気で、勝つつもりでやりな。」
「はい!おりゃぁ!がっ!」
一歩踏み込んだ途端、早速みぞおちを突かれ、俺は膝から崩れ落ちた。
呼吸が、うまく、できない。
「まだまだ!休むんじゃないよ!」
「はぁぁぁ、ふぅぅ!よっしゃぁ!」
こうして俺の修行は本格的に開始された。
修行を初めてから2ヶ月(暦の数え方はもとの世界と変わらないらしい。)、打ち合い(もちろん木剣)で初めて片手で戦う師匠に一撃を入れることができた。今までは完全に受け流されたり、見切られたりしていたが、やっと勝てた。なお、今度からは両手を使って戦う模様。
修行を初めてから3ヶ月、両手で戦う師匠に勝った。考えてみると成長率50倍って恐ろしいスキルだなと思う。それに職業補正の成長率5倍もあるしな。なお、今度からは本気で技なども使って実戦形式でやるらしい。
修行を初めてから4ヶ月、なかなか師匠に勝てない。剣術だけならば俺に軍配があがるが師匠の経験の長さからくる絶妙なタイミングでの蹴りなどの打撃や剣が弾かれたときの体裁きが圧倒的に足りない。師匠がこの頃上機嫌だ。
修行を初めてから5ヶ月、俺は師匠に体術の先生を紹介してもらった。その人は師匠の家から歩いて数分のところに住んでいた。アレックスという男で、師匠はアルと呼んでいる。俺は彼を先生と呼ぶことにした。
修行を始めてから6ヶ月、体術を使うにも体の柔軟性が圧倒的に足りないと言われたため、先生の元ではずっと体作りしかしていない。どうも体の動きに関しては師匠よりも先生の方が知識があるらしい。今度からやっと体術の修行に入る。
修行を初めてから8ヶ月、ようやく先生にタイマンで勝った。ようやくと言っているが、これはおかしい。先生も負けたときは目を見開いていた。俺も逆の立場だったらそうなっただろうと思う。しかし、やはり体の柔軟性は大切だな。体が思った通りに、違和感なく動いてくれる。
修行を初めてから9ヶ月、先生に常勝できるようになった。俺は先生にお礼を言い、師匠の元へと戻った。案の定師匠も驚いていたが、もう分かっていた事なのでスルーする。
修行を初めてから10ヶ月、打ち合いで師匠にまだ一進一退を繰り返している。どうやら俺が体術の修行をしている間に自らを磨き、俺の細かな癖を俺の修行を見て研究していたらしい。俺も自分の癖を修正していった。
修行を初めてから11ヶ月、師匠を必ず下せるようになった。先生もたまに遊びに(襲いに)来るが、しっかりと倒せている。二人とも物凄く悔しそうだ。スキルのお陰だから申し訳ないと思うが、それ以上に嬉しいという思いが強い。これからは奇襲に対する気配察知等の訓練もするらしい。
修行を初めてから11ヶ月半、師匠と先生は絶対に意趣返しのためにこの訓練をしているに違いない。起きてるときはもちろん、寝てるときや風呂に入っているときも襲ってくる。さすがに用を足してるところに侵入されたときには怒鳴り返し、2度と襲わないようになった。まぁ、お陰で気配察知は出来るようになったから良しとすべきなのかね?。
そして長くも充実した俺の弟子期間は、早くも残り一週間となった。