集合
「この度は誠に申し訳ないと心から思っており……しかし私めにも相応の事情があったということも理解していただきたく……「それ以上ふざけていると叩っ斬るわよ。」……分かった、すまん。謝るからその手は刀から下ろそう、な?」
ここはティファニアから十分に離れ、馬車の通る道からも少し離れた草原。
周りに誰もいないことを確認してヘール洞窟に避難させていた4人をこちらへ呼び寄せ、いの一番にやって来たユイが何か言う前に腰を90度曲げて謝罪の口上を口にしたものの、どうやらそれは返って相手の機嫌を損ねさせてしまった模様。
「あ、そうだ、パン食うか?」
「はぁ……。」
だから取り繕うようにそう言って、パンの入った袋を持った、青色フリルに着替えたソフィアを指し示すと、ユイは心底呆れたように嘆息した。
「まったく、私は別に怒ってないわよ。」
「嘘つけ。」
「何か言った?」
「いや何も。」
やっぱり怒ってるじゃないか。
「ふーん、そう。……えっと、ソフィアちゃん、だったわよね?一つ貰って良いかしら?」
相手がケイの変装した姿だと露ほども知らず、俺に向けていた表情とは一転して優しげな笑顔を浮かべるユイ。
「どうぞです!」
そんな彼女へソフィアが元気一杯に両手で袋を差し出すと、ユイは丸いパンを取り出し、早速パクリと齧り付いた。
結構腹が減ってたらしく、パンは見る間に小さくなっていく。
その食べっぷりをにこにこ笑って眺め、2個目のパンをユイに手渡し、ソフィアは後から転移してきたベンとセラ、そしてラヴァルにもパンを配るためトテトテと走り去っていった。
「それで?どうしてソフィアちゃんがいるのよ。……はむ。」
その様子を眺めながらユイが小声で俺に聞き、パン(2個目)を齧る。
「あれ、ケイだぞ。」
「ん!?けほっけほっ!」
それに正直に答えると、彼女はパンを咥えたまま思いっきりむせ返った。
苦笑し、その背を擦ってやる。
「ま、そりゃ驚くわな。」
「……でも、色々繋がったわ。半年前、パーティーを抜けたあなたがどうしてあの子と行動していたのか、とか。……あむ。」
「ちなみに男だ。」
「げほっげほっげほっ!」
少し落ち着いたユイがパンをもう一齧りしたところを見計らい、さらに衝撃の事実を伝えると、予想通り、彼女はさっきよりも激しく咳き込んだ。
しかし俺のそんな悪戯心を彼女はすぐに見抜いたらしく、咳込みながらギロリと俺を睨みつけてきた。
「信じられませんよね。あんなに可愛い子が男の子だなんて……。」
「え?あ、はい。」
と、そのやり取りの一部始終を俺の隣で見ていたミヤさんがユイの空いた手を両手で握り、ユイは急なことに目を白黒させつつ、カクカクと頷いて相手に同調。
「あ、もちろん貴女も可愛らしいと思いますよ、勇者ユイ。」
「え!?いえ、そんな、可愛らしいなんて……。それと、ユイ、で良いです。」
「ふふ、分かりました、よろしくお願いしますね、ユイ。」
「は、はい、よろしくお願いします。」
笑い掛けられ、まだ心を落ち着け切れていないらしいユイは、ぎこちない笑みを顔に貼り付けた。
「ふふ、娘が欲しいとずっと思っていましたけれど、ようやくそれが叶ったような気がします。」
「むす、め……?」
ユイの頭がまたさらに混乱し出したのが傍から見ていてよく分かる。
「それ、クレスが聞いたら泣きますよ。」
だからそう言って話題をユイから逸らすと、ミヤさんはこちらを向いて首を横に振った。
「もちろんクレスは愛していますよ?……ただあの子は、小さい頃は私の選んだ服で色々とお着替えをしてくれて可愛いらしかったのに、いつの間にかそれを嫌がるようになってしまって……。」
少し寂しげに言葉を切るミヤさん。
しかし俺の同情はもっぱらクレスへ向いている。
……大変だったろうなぁ。しかもミヤさんに悪気がある訳じゃないんだからなおさら。
ただまぁ、ミヤさんが悲しそうなのは見過ごせない。
「あーなるほど、じゃあこれからはユイを目一杯着飾らせてやれば良いですね。」
「え?ちょっと!?」
話が戻って来るとは思わなかったか、ユイが目を見開く。
「ええ、元よりそのつもりです。ふふ、イベラムに着いたら色々探しましょうね?」
「くはは、良かったな。」
「あなたねぇ……。いいえ、そうね。ミヤさん、私からもお願いします。」
笑ってやれば、着せ替え人形への道が確定した彼女は俺をキツく睨みつけ、かと思うと何か思い付いたような顔をしてミヤさんへ笑みを返し、続けた。
「ですからついでにあの人の服も一緒に選びましょう。」
!?
「コテツさんの服を、ですか?」
「ええ、あの人、この世界に来てからは真っ黒なズボンとロングコートしか着ていないんですよ?信じられますか?」
「ええ!?」
信じられない!とミヤさんが真ん丸な目で俺を二度見する。
「待て、確かにそうかもしれないけどな、作れるのは別にロングコートばかりじゃないぞ?ケイに聞いてみろ。」
爺さんの教会を襲ったときにはフード付きジャンパーを着てた筈だ。
「それにほら、この執事服だってあるし……。」
そう言って着ている燕尾服の胸元を指で叩いて見せるも、ユイはそれを華麗にスルーしてしまい、
「あ、そういえば私のあげたマントはどうしたのよ?」
何とも答えに困る質問を投げ掛けてきた。
「……カイトに焼かれた。」
ていうか俺があいつに投げつけたな。
ちょっと申し訳なくて、彼女からそっと目を逸らす。
「そう……。」
「あーでも、そのおかげで俺は今生きてられてるんだ。ありが「なら、決まりね。」……え?」
声を沈ませてしまったユイを何とか励まそうと言葉を紡ぐと、彼女はそう言ってクスリと楽しそうな笑みを見せた。
……もしかして落ち込んで見せたのは演技か?
「ミヤさんもあの人に似合う服を探すのを手伝ってくれませんか?」
「もちろんです。それよりあのマント、貴女の選んだ物だったのですね?」
「はい、その、寒いかと思って暖かそうな物を選んだから、その分デザインや色が限られてしまって……。」
「いえいえ、貶すつもりはありませんよ。あれはコテツさんにちゃんと似合っていましたから。」
「そ、そうですか?あの人、いっつも黒ばかり着てるからどんな色が似合うのが分かり辛くて、取り敢えず落ち着いた色にしたんですけど……ふふ、良かった。」
「それでは、今度はもっと明るめの物を探しましょうか。」
「はい!」
呆気に取られる俺の前でトントン拍子に話が進む。
このままだと不味い。着せ替え人形なんて真っ平ゴメンだ。
「いや、だから俺には服なんて必要……。」
「必要よ!」
「必要です!」
しかし試みた抵抗は、すっかり打ち解けた女性二人によってあっさり叩き潰されてしまった。
「はは、観念するしか、ないと、思うよ。」
肩を叩かれ後ろを向けば、ベンが同情するような笑みを向けてきていた。
ちなみに相変わらず上半身裸だ。
「はぁ……お前こそ服が必要だろ……。」
「そうかも、しれないね。でも、僕よりセラの方が服が欲しいんじゃないかな。」
「そうなのか?」
言われ、ベンの隣に立つ私服姿のセラへと目を向ける。
「いえ、ベン様、私のことはお構い無く……。」
「セラ、ここは、公の場、じゃないよ?」
すかさず彼女が硬い口調で頭を下げると、ベンはそう言って彼女の顔を上げさせた。
途端、セラが顔を赤らめる。
「あれは、ふ、二人きりの、時、だけの、ものでは……。」
「でもそろそろ、普段も、ああして良いんじゃない、かな?僕は、その方が、嬉しいよ。」
ベンがそう言って笑いかければ、セラは顔を少し俯かせ、体だけは気を付けの姿勢のまま、拳を握ってプルプル震え始めた。
「…………ベン。」
か細い声が漏れる。
「うん。」
「私は、ふ、服なんて、いらない、から。」
「そう?しばらく、その一着を、着続ける事に、なるよ?」
「う……。」
「うん、ならあの二人に、僕から頼んでくるよ。」
「分かった。…………え?あ、いえ、その必要は!」
茹で上がったセラがベンの言い残した言葉を理解したとき、ベンは既にミヤさんとユイに声を掛けていた。
第二王子に話し掛けられたからか、二人は初めは恐縮した様子だったものの、話す内に表情を和らげていき、終いには揃ってセラへ暖かい目を向け始める。
惚気話でも聞かされたのかもしれない。
あわあわと焦り切った表情で三人の方を見ていた、どうやらベンとの仲が発展してきたらしいセラは、彼らの視線が自身を向くや慌てて目を逸らし、そして結果、何故か俺と目を合わせた。
当然のことながら、俺はその光景を思いっきりニヤニヤしながら見ており、そして私服姿とは言えど、セラは剣を腰に帯びている。
つまりこの状況はとてもまずい。ていうか危険だ。
「き、きき、貴様ァッ!ななななな何がおかしい!」
「え、えーと、仲が良くて何よりだ。うん、これからも頑張れ。」
左手で慌てて口を隠し、右親指を立てて見せ激励。
「殺してやる!」
しかし、相手の怒りは何故か倍増した。
セラが地を蹴り、俺も駆け出す。
一応、俺が恐れていたように剣を抜いたり魔法を放ったりは幸いして来なかったものの、彼女が疲れて落ち着くまでそれから十数分掛かった。
「よし、こんなもんでどうだ。」
「ふむ、悪くない。しばらくは使わせて貰うとしよう。」
腰丈の黒い杖を俺に投げ渡され、木の幹に寄り掛かっていたラヴァルは、軽く勢いを付けてその杖と右足、そして左足に取り付けられた棒状の義足の3点を支えに立ち、こちらへよろめいた。
「っと、大丈夫か?」
慌ててその体を押し支える。
「くっ、すまない。……やはり、慣れぬな。」
顔をしかめ、自らの左足から伸びる、腕ぐらいの太さの木の棒で地面を踏み直すラヴァル。……義足の形状から、地面を突き直すと言った方が正しいかもしれない。
近場の木の枝から彼自身が削り出し、ついさっき完成を見たその義足は、血液製の皿で足に伝える衝撃を分散させ、これまた血液製の糸で足に固定した、かなり応急処置的なもの。
イベラムに着いたら俺の服なんか買う前に義足の改善を目指すべきだろう。
「もう大丈夫だ。」
思っていると、肩が軽く叩かれた。
頷き、ラヴァルからそっと一歩下がれば、彼の方も後ろへ下がって先程までと同じ木に再び背中を預け、ホッと一息ついた。
まぁ人間の寿命の何倍もの年月を共にしてきた体の一部を失ったんだ、すぐに慣れることなんざできまい。
しっかしこうなると移動は辛いよな……。あまり目立ちたくないから魔法の絨毯よろしく空を飛ぶのは避けたいし……。
いや、でも背に腹は替えられないか。
「なぁラヴァル、ここからイベラムまでは黒魔法の足場に……「いいえ、それよりずっといい案があるわ!」え?」
……座っておくか?という言葉を遮り、元気溌剌としたユイの声が後ろから掛かった。
何故そんなにもご機嫌なのか。
疑問は彼女の方を一目見るなり氷解した。
話は簡単、我らがケモナーは馬に乗っていたのである。
黒い馬の上でニマニマと、笑みをまるで抑え切れていない彼女の隣ではミヤさんが別の白い馬に横向きに騎乗しており、その後ろをさらに4頭の赤毛の馬が付き従っていた。
どうやらミヤさんが、前にフェリルとシーラがやったように、馬を呼んでくれたらしい。
「わざわざありがとうございます。」
深々と頭を下げる。
「いいえ、これは私のしたことではありませんよ。」
「そう、私が呼んだのよ。」
するとミヤさんは首を横に振り、代わりにユイが鼻息を荒くして胸を張った。
「お前が?」
「ええ、まずこの子を呼んで“友達を5人連れて来て”ってお願いしたのよ。ふふ、ありがとうね。」
「ヒヒン!」
ユイが自分の乗る馬のたてがみを撫でると、黒毛のそいつはビシッと姿勢を正し、精悍な顔を空へ向けて短くいなないた。
これが馬なりの格好の付け方なのかもしれない。
「なによ、何か変かしら?」
と、遠い目をしていた俺に気付いたか、ユイが少しムッとした表情で聞いてきた。
何が変じゃないのかを知りたい。
「馬と話すのってエルフの秘術とかじゃないのか?」
「ふふ、秘術だなんて、そんな大袈裟なものではありませんよ。……でも、エルフ以外できる方は初めて見ました。」
「ふふん。」
可笑しそうに笑いながらミヤさんが言うと、ユイはこれでもかってぐらいの得意顔になつこちらを見下ろしてくる。
「……そういやフェリルになんか習ってたな。」
朧気な記憶がある。
「ええ、このことだけはフェリルさんに感謝してるわ。」
いやおい、“だけ”ってあんまりだろ。……まぁいっか、フェリルだし。
「はぁ……だ、そうだ。ラヴァル、馬には乗れるか?」
「フッ、当然だ。」
ラヴァルの方を振り返って聞くと、彼はそう言ってもう一度自力で立ち、誰も乗せていない4頭の元へと歩いて、早速1頭にヒラリと飛び乗った。
馬に乗れるのって当然なのか……ん?
「なぁユイ。」
「どうかしたかしら?」
黒いたてがみに頬を擦り付け、だらしな〜い笑顔を浮かべるユイへ目を戻す。
「あと一頭は?」
「え?」
聞くと、彼女は馬に抱きついたままこちらに目だけを向けた。
「あのな、俺達は7人だぞ?」
ミヤさん、ユイ、ラヴァル、ベン、セラ、そしてケイに俺。うんよし、間違いなく7人だ。
そして一方で馬は計6頭である。
「でもあなたは走るんでしょう?」
しかし俺の問いに、ユイはキョトンとした表情でそう返してきた。
……そういや走って馬に追随して見せたことがあったっけか。
「あのな、あれは急に人が増えて、馬の数が足りなかったから仕方なくやったんだ。別に好き好んで走った訳じゃない。」
「そう……。でも、やっぱりあなたは走ってちょうだい。」
「おい。」
何でだよ。
「だってあなた、乗った子の首を絞めるじゃない。」
「ぐ……不可抗力だ。仕方ないだろ?」
そうしないと落ちるし……。
しかし俺がそう言った瞬間、ユイの顔が憤怒に染まった。
「仕方なくないわよッ!決めた、あなたにこの子達は絶っっ対に乗らせないわ!大人しく走ってなさい!」
「ブルルッ!」
怒鳴った騎乗者に同調するように黒毛の馬が鼻を鳴らす。
そんな、尻馬に乗った馬に少々イラッと来て、無言で殺気を放ち、威圧。
「ひぃーーん!?」
「え?きゃあっ!?」
するとそいつは素早く踵を返し、ユイを乗せたまま脱兎のごとく逃げて行った。
「ハッ、雑魚め。」
後で真横を並走してやるからな、覚悟しやがれ。
「あの、コテツさん、私と一緒にこの子に乗りますか?」
と、道中でユイの馬にしてやる嫌がらせを考えていると、ミヤさんが白馬から降りてそう聞いてきた。
「一緒に?」
「ええ、いくら何でも一人だけ徒歩というのは酷ですし。あ、もちろん私がこの子の舵取りをしますから、コテツさんは後ろに乗って、私の腰辺りをしっかりと掴んでくれさえすれば大丈夫ですよ。」
自身のくびれた腰に手を当てて見せ、ニコニコと邪気の無い笑みを浮かべるミヤさん。
しかし俺は首を横に振り、頭を軽く下げた。
「お気遣いありがとうございます。でも、心配いりません。その、走ること自体は好きですから。」
「遠慮しなくて良いのですよ?」
「いえいえ、気持ちだけで十分です。」
それ以上は俺の心臓が保たない。




