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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第八章:なってはいけない職業
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緊張

 城を出れはしたものの、安心するにはまだ早い。

 何せ麻痺毒が切れれば俺達の脱出はバレるし、そもそも俺は脱獄したり、勇者を地下牢に閉じ込めたり、聖槍を奪ったり、知らなきゃ良かった王女様の計画を知ってしまったり等々色々とやらかして来ているので、既にこの王都ティファニア中に捜索の手が放たれている可能性が大きい。

 「そんな訳だからもう少し待ってくれ。」

 だんだんと起き始めた街の大通り――城との位置関係からして爺さんの教会のある教会通り――を怪しまれない程度の早足で歩きつつ、耳のイヤリングを抑えながら言うと、念話相手の嘆息が聞こえてきた。

 [仕方ないわね。……分かったわ。それで、これからどうするつもり?ベンさんとセラさんはハイドン領に向かうべきだと言っているけれど。]

 「あー、まぁ取り敢えずはイベラムに向かおうと思う。ミヤさんが攫われたことを知ったら、家族は気が気じゃないだろうからな。」

 [え?ミヤさんの家族ってイベラムにいるの?ずっと城にいるから、てっきりティファニアかと……。]

 「ああ、しかも冒険者ギルドのトップだ。」

 [……知らなかったわ。と、とにかく、ティファニアを出たら連絡して。あと、食べ物も買っておくこと。]

 「食べ物?言ってくれればそっちに送るぞ?」

 [……一度地面に落ちて汚れて、しかも潰れた物を食べろと言っているのかしら?]

 提案すると、なかなか恐ろしい声音で返事が為された。

 そういやヘール洞窟の転移陣って壁に描いたんだったっけか。ま、あそこはフローリングなんてされてないから三秒ルールも適用されないわな。

 「すまん、そこまで考えてなかった。」

 [まったく。]

 「悪かったって。そうだ、お詫びにぬいぐるみを[要らないわよ!]……え?ユイ?」

 誠心誠意謝罪した途端、ユイは急に大声で怒鳴り、かと思うと一方的に会話を打ち切ってしまった。

 ……どうしたんだ?

 「すみません、危険なのに我儘を聞いてもらってしまって。」

 念話を終えたと見たか、隣を歩くミヤさんが俺にそう言って頭を下げ、対して俺は慌てて首を横に振る。

 「謝らなくたって良いですよ。家族が心配なのは当然のことですから。」

 「ありがとうございます。」

 「そんな、感謝しないといかないのはこっちです。おかげでこうして無事に城から出られましたし、それに、良い服も貰えました。」

 燕尾服の襟を軽く引っ張って見せ、笑う。

 この上に着ていた愛用のロングコートは人攫いの目印にされてる可能性があるのでしばらくは封印だ。

 「ふふ、よく似合っていますよ。それで、食べ物が必要なのですか?」

 「あー、はい。ユイ達が腹を空かせてるみたいで。」

 「でしたら……「それは私が買っておきます。」え?」

 くぐもった声がミヤさんの言葉を遮った。

 「良いのか?」

 「任せてください。」

 俺とミヤさんを先導するケイが後ろ歩きをしながら大きく頷く。

 「だから二人は一刻も早くティファニアを出てください。時間は敵です。あ、それと私の心配はいりません。私の顔はバレてませんから。」

 「そうか、了解。外で待ってれば良いのか?」

 「はい。」

 俺の問いに頷くや、彼女は身を翻して真横の路地裏に駆け入り、そのまま暗闇に姿を消してしまう。

 それを見送ったところで、少々遅ればせながら、俺は自分がとんでもない状況に陥ったことを悟った。

 ケイがいなくなったせいで、ミヤさんと二人っきりになってしまったのである。

 チクショウ、失敗した。多少のリスクを負ってでも俺が買い物を請け負えば良かったっ!

 「コテツさん?」

 「は、はい!?」

 呼ばれ、顔を上げると、道を少し進んだ先でミヤさんがこちらを振り返って待っていた。

 慌てて彼女の元へ駆け寄る。

 「す、すみません、ボーッとしていて。」

 「何か心配事でもありましたか?良ければ私が聞きますよ?」

 頭の後ろを掻いて笑うと、俺の緊張なんぞ知る由のないミヤさんは、気遣うようにそう言ってくれた。

 さっさと話題を変えよう。

 「いえ、そんな、特には。それでその……えっと、さっき何か言い掛けていませんでしたか?」

 「さっき、ですか?」

 「ほら、食べ物が必要だったら……とか何とか。」

 斜め上を見上げて目を閉じて、数分前の会話を記憶から掘り起こして言うと、ミヤさんはああ!と手の平を合わせて声を上げた。

 「材料さえあれば私が作ろうかと思っていただけです。でもソフィ……ケイ?とにかく、あの子の言う通り、今の私達にそのような時間はありませんね。」

 次いで恥ずかしそうな笑顔を見せた彼女に、俺は肩を竦めて笑い返す。

 「そりゃ残念、またの機会にお願いします。あと、あいつのことは好きに呼んで良いと思いますよ?俺は普段はケイ、って呼んで、女装しているときだけソフィアって呼んでます。まぁどっちも偽名らしいですけ……ミヤさん?」

 話している途中、ふと隣のメイド長の姿がなきことに気づき、少し慌てて後ろを振り返れば、彼女は呆然とした表情で立ち止まっていた。

 「女……装?そんな、あ、あの子は女の子じゃ……。」

 あーなるほど。ま、確かにそう思っても仕方ないわな。

 「男ですよ。」

 「ええっ!?」

 端的に真実を突き付けられ、上がったミヤさんの驚きの声は、彼女が口を両手で抑えていたにもかかわらず、段々と賑わってきた周囲の注目を一斉に集めた。

 焦って彼女の手を掴み、強めに引っ張って歩いていく。

 「ミヤさん、声を抑えて。」

 「す、すみません。でも、その、本当に?……あんなに可愛いのに?」

 「それ、本人に言ったら怒……らないかもしれんな。どうだろ。」

 本人は認めないものの、女装を気に入ってはいるようだし。それに、あいつが自分自身を“可愛いでしょう?”と俺に自慢気に言っていた記憶もある。

 「まぁとにかく、本当ですよ。」

 「はあ……、100年以上人の世で暮らしてきましたけれど、ソフィアのような子は初めてです。色んな方がいらっしゃるのですね。」

 「意外とミヤさんが知らないだけで周囲に同じような奴はいたかもしれませんよ?俺の元いた世界にも女装趣味の男はいるにはいたみたいですし。」

 言い、苦笑い。

 まぁ本物に出会ったことは無いけどな。……俺が気付かなかっただけでないことを祈ろう。

 と、ミヤさんが少し顔を寄せてきた。

 「……あの、コテツさん……。」

 「もちろん女ですよ?」

 「あ、いえ、そうではなく……ええ!?そんな、まさか……。……いいえ、あなたは間違いなく男です!」

 びっくりした表情で俺の顔をまじまじと見返し、すぐに嘘と見抜いて俺を睨むミヤさん。

 「あらら、バレましたか。」

 見つめられて照れ臭いのもあって笑いながら目を前に戻すと、彼女の小さな嘆息が聞こえた。

 「はぁ……もっと真面目な方だと思っていました。」

 「まぁでも真面目な方ではありますよ。」

 そして怒ったように顔を背けられて、俺は苦笑しつつも控えめに弁解。

 『嘘をつけい!真面目な者が強盗なぞするかッ!』

 あ?いやいや、聖武具を盗むことにはお前も納得してただろ。

 『うぐ……じゃが、わしの教会をあそこまで壊す必要は……。』

 教会なんて壊した覚えはないぞ?

 『なぁっ!?ならばあれをどう説明するつもりじゃ!右を見よ!』

 右?

 爺さんの指示に素直に従えば、朝日に照らされた芝生の上に瓦礫の山が積み上がっているのが見えた。その横には斜めに斬った跡の切り株のような建物もあり、真っ白な側面と楕円形の木の屋根からは何となくちぐはぐな印象を受ける。

 「……傷ましい光景ですね。」

 「え?あ、はい。」

 そんな爺さんの教会――というか礼拝堂――に同じく視線をやっていたミヤさんが呟き、俺は咄嗟にそれに調子を合わせた。

 残った下半分を爆破してやりたいとは口が裂けても言えやしない。

 「ふふ、やっぱりアザゼル教会を半壊させてしまったことは後悔していらっしゃいますか?」

 と、ミヤさんがこちらを振り返って尋ねてきた。

 少し驚いたものの、俺から聖武具を盗み出した犯人だってことはもう周知されてるんだったな……いや待て。

 「あれをやったのはカイトですよ?」

 そう、だから俺は一切関係……がなくはなくとも、とにかく俺はやってない!

 分かったか爺さん!

 『くっ……。』

 「む。……また私を騙そうとしていませんか?」

 気付けばミヤさんがまたもや疑り深い目を向けてきていた。

 心外だ。

 「今回ばかりは本当です。そもそも俺にこんな大きな建物を一発で破壊できるような力なんてありませんし。」

 ミョルニルあたりの神器を使えば何とかなるかね?

 「でも、盗賊のせいで破壊されたと聞かされましたよ?ティファニア中の人々にもそう知らされている筈です。それが、嘘、なのですか?」

 「まぁ、そうなりますね、たぶん。まぁ、ヴリトラはカイトが倒したことになったのと同じことですよ。……そんなことより!教会の修復ってまだしないんですか!?」

 「ふふ、ヴリトラと戦う直前だったのもあって、修復は後回しになっていたそうです。ですからそれが終わった今、工事は近々始まると思いますよ。……少なくとも、私達程待たされることは無いでしょう。」

 若干無理に話を逸らすと、それを察したのだろう、彼女は軽く笑ってそう教えてくれ、しかし最後の部分で顔を翳らせた。

 やっぱり故郷への思いは強いらしい。

 「えーと、その、エルフの森ってそんなに良い場所だったんですか?」

 「それはもう!」

 どう対応すれば良いのか分からず、おっかなびっくり聞いてみると、ミヤさんはパッと顔を輝かせてくれた。

 「穏やかな空気に包まれ、暖かな木漏れ日の差す森の中で魔物や木々と協力し合って生活していた日々は今でもはっきり覚えています。季節ごとに様々な花が咲き乱れ、採れる菜や木の身にも豊富な種類があって……。」

 目を閉じ郷愁に浸りながら、ミヤさんは200年も前に失った故郷の姿を言い表していく。

 その太い枝に住居を作り、生活を文字通り支えていたという、樹齢が万を軽く超える樹木の話や、今はいない、もしくはいるか分からない友人知人、そして200年前にエルフへ牙を剥いた、仲が良かった筈の魔物のことまで話したところで彼女は言葉を切った。

 「ミヤさん?」

 辛いことを思い出させてしまっただろうか?

 そう思って声をかけると、彼女は首を小刻みに横に振り、再度口を開いた。

 「……必ず、何か理由があります。実は私、やーちゃんに命を助けられたんです。あの子が私を抑えつけていたフェンリルの首に噛み付いてくれたから、私はここにいます。」

 言わずもがな“やーちゃん”とはミヤさんの友達だった魔物のことで、エルコンダという種らしい。爺さんの話では確か巨大な蛇だった筈だ。

 ちなみに彼女曰くチャームポイントは尻尾の先の金の鱗だとか。

 「じゃあ俺がここに無事でいるのも巡り巡ってそいつのおかげですね。会った時のために感謝の言葉でも考えておきます。」

 「ふふ、ありがとうございます。」

 嬉しそうな表情にこちらも笑顔にさせられる。

 ふと気付けば地面はいつの間にやら石畳から土に変わっていた。どうやらミヤさんの声に聞き入っている内に王都の上下の街を隔てる壁を通り過ぎていたよう。

 前を向けば外壁はもうすぐそこだ。

 「もし、故郷を取り戻せたら、そのときは私が案内してあげますね。」

 「はい、楽しみにしておきます。」

 「ええ、きっとコテツさんも気に入りますよ。……あ!」

 「え!?」

 急にミヤさんに声を上げられ、ビクッと俺の心臓が跳ねる。

 「今思い出しました。初めにコテツさんに聞いて置きたかったんです。イベラムに着いてからは、どういう御予定ですか?」

 「予定、ですか……。なんか急ですね?」

 「貴方が自分を女だなどと言ったから話が逸れたんでしょう。」

 あ、そういうつもりで声をかけて来たのか。

 「あー、それは申し訳ありません。でも予定ったって、ミヤさんを送り届けた後はハイドン領に行くことぐらいしか決めてませんよ?」

 我ながら無計画過ぎて笑ってしまう。

 「え?」

 「ん?っ!?」

 すると突然、繋いでいた手がギュッと握られた。

 心臓が飛び出て死ぬかと思った。

 ていうか今まで手を繋いでいたこと自体、ミヤさんが隣にいることへの緊張で気付いてなかった。……そもそもいつから繋いでたんだっけ?

 何にせよ、久方ぶりに師匠との修行の弊害が顕になった訳だ。

 すぐに手を離そうとするも、今はミヤさんの方から手を握って来ているため、俺の動きは彼女をこちらへ少し引っ張るだけに終わる。

 「私もハイドン領へ行きますよ?」

 「え?いや、でも家族が心配して……。」

 「コテツさん、確かに私は貴方に負けました。しかし私は夫、ましてや息子にもまだまだ負けるつもりはありませんよ?」

 流石ミヤさん、強い。

 「……ギルドマスター、尻に敷かれてそうだなぁ。」

 「コテツさん?」

 「いえ、何でもありません。ミヤさんのおっしゃる通りです、はい。」

 いかん、心の声が漏れた。

 チラと相手の顔を探り――俺の言葉を聞き逃したか、懐が大きくていらっしゃるのか――怒りの色のないことに小さく安堵の息を吐く。

 「ええ、むしろ私は私がいない間の夫の事が心配です。」

 「それならそれで旦那さんの側にいてやれば……「コテツさん、私はこれまで200年強、ずぅっっとメイド長として、身を粉にして働いて来ました。」あ、はい、そうですね。」

 言葉を遮られたことに文句などある筈もない。

 「それで、職務から離れたら離れたで、家に閉じこもって家事にでも精を出していろと?」

 「そんな、閉じこもる必要は……。」

 普段の生活に戻れば良いんじゃ……。

 「私が貴方とこうして一緒に逃げている理由を忘れましたか?」

 たしか、俺達に協力したことをテミスの前では隠せないから……そういうことか。

 「思い出したようですね?」

 「はい。」

 「それでは、私も付いていくという事でよろしいですね?」

 「もちろんです。はい。よろしくお願いします。」

 手をさらに強く握られ、他に選択肢のない返答を口にすると、俺を睨んでいたミヤさんは表情を一気に和らげた。

 「はい、こちらこそよろしくお願いします。……あと、ここまで手を握ってくれてありがとうございます。ふふ、おかげで緊張がほぐれました。」

 にこやかに言って、ミヤさんは俺を引っ張ってティファニアの外壁へとずんずん歩いていく。

 ……言われて見れば確かに、王城を出た直後と比べると彼女本来の太陽のような明るさが戻って来たような気はする。

 ただ、緊張をほぐしてやる意図なんて手を繋いだ時の俺には十中八九無かっただろうし、今はむしろ手を繋いでいるせいで俺の緊張が天元突破してる。

 でもま、ミヤさんが嬉しそうだから良いや。


 王城から外壁へ直行したおかげで城での出来事はまだ周知されていなかったらしく、俺とミヤさんは至極あっさりとティファニアを後にした。

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