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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第八章:なってはいけない職業
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逃亡

 前には炎の化身。

 部屋の出入り口は一つだけ。窓はあるにはあるものの、ここは3階で、城壁を見下ろせる位置にある。

 普段の俺ならばともかく、魔法を使えない今窓から飛び降りるのは、良く言えば紐無しバンジー、悪く言えば飛び降り自殺と変わらない。

 「焼き尽くせ……」

 と、カイトの腰に構えられた剣が白い輝きをさらに増した。室温がさらに一段階上がったのは気のせいじゃないだろう。

 ていうか室内でなんつーものをぶっ放そうとしてやがるんだあいつは!

 「アオバ君!」

 「大丈夫、殺しはしないよ。……レーヴァテインッ!」

 ユイの悲痛な声に返し、カイトが聖剣の名を叫ぶ。

 「ハァァッ!」

 そして眩い光の剣が斜めに振り上げられると、そこから螺旋回転する猛炎が放出され、襲い掛かってきた。

 対し、真っ先に動いたのはベン。

 「シールド!」

 薙刀から離した左手を前に突き出し、彼が叫ぶと、その手の前に蒼白い光を帯びた巨大な半透明の板が現れ、炎の奔流を受け止めた。

 吹き付けていた熱風まで遮断され、冬の夜に相応しい冷気まで感じられる。

 「聖剣の攻撃を完全に防げるのか……凄いな。」

 目の前で暴れる火炎を眺めながら言うと、ベンは首を横に振った。

 「いや……長くは、保たない。」

 その言葉を証明するように、ピシリと障壁に亀裂が入る。

 「今の、うちに、逃げるんだ……!」

 「できません!」

 すかさずセラが反発。俺も彼女と全く同意見だ。

 「セラの言う通りだ。ったく、お前が死んでどうする。ユイ!」

 呼ぶと、半透明の壁の向こうを悔しそうに歯を食いしばって見ていたユイはハッと我にかえってこちらを向いた。

 「な、なに?」

 「この二人を飛ばすぞ。協力してくれ。」

 「……分かったわ。」

 拳に嵌めた黒い指輪を見せて言えば、彼女はすぐに理解してくれ、駆け寄ってきた。

 「何をするつもりだ?」

 「お前とベンをここから逃がす。」

 聞いてきたセラに答え、彼女の手を取ってベンの薙刀を持つ手に乗せさせる。

 「君達、は?」

 「あとから追うさ。ユイ、まずは石の壁を作ってくれ。飛ばすのはそれからだ。」

 「え、ええ。」

 ベンに肩を軽く竦めて見せ、セラの手の上に指輪を当ててユイに指示すると、彼女は幾本も亀裂が入っていく障壁の前に新たに壁をせり上がらせ、復活の指輪に触れて……そのまま忽然と姿を消した。

 タネは簡単。ユイが触れる直前に指輪を回し、転移陣を彼女へ向けたのである。

 悪いな、ユイ。

 「サイ、今送ったそいつをこっちに転移させるな。」

 [承知。]

 「よし。……セラ、魔素を指輪に流せ。向こうでユイが待ってる。」

 「あ、ああ。」

 何が起こっているのか分からない様子ながらセラは頷いてくれ、彼女とその婚約者も姿を消した。

 同時にカイトの炎を阻んでいた障壁が消え、石の壁に衝突。しかし、やはりただの魔法では耐久力が足りず、石壁は見る間に赤熱していく。

 ただ、時間稼ぎには十分だった。

 「貫き穿て……ゲイボルグ!」

 カイトの方を向いて左――窓のある壁へと聖槍をぶん投げ、俺は右――火炎の通り道のギリギリ外にある天蓋付きベッドの下へと頭から滑り込む。

 直後、石壁が粉々に砕かれ、白い炎の柱が部屋の半分を埋め尽くした。

 しかし、予想していた程の破壊音はしない。

 火炎が収まった後、目だけ動かして攻撃を受け止めた筈の壁を見れば、そこには煤の跡が付けられているのみ。

 てっきり王城をぶち抜くと思ったんだけどな……撃つ前に言っていた、ユイを殺さないようにするって配慮の現れかね?

 ともかくそのおかげでこの部屋に残る一番の破壊の跡は窓側の壁に空いた外への大穴だけだ。

 と、その前に駆け寄ったカイトの膝から下が見えた。

 彼が纏っていた火炎は既に消えているよう。

 「逃げられた……か。やっぱり、障壁魔法って厄介だ。」

 よし、予定通り、俺達がその穴から脱出したと勘違いしてくれたな。あとはそのまま俺達を追って部屋から飛び出てくれさえすれば良い。

 そうすれば俺もここから逃げられるようになる。

 しかし、彼は穴の前に留まったまま、なかなか動いてくれなかった。

 「ユイ……どうして……!」

 怒っているような、泣いているような声音でカイトが呟き、下ろされた聖剣の先がカチャカチャと震える。

 本当、どうしてだろうな?難問だよなぁ?部屋から出てからじっくり考えても良いんじゃないか!?

 [ちょっと!どういうつもりなのかしら!?]

 突然、ユイの声が耳を叩いた。

 驚いてベッドを頭で打たなかった俺を褒めて欲しい。

 「だ、だってお前、隠密スキルなんて使えないだろ?万一カイトが気配察知を習得していたなら、あいつからは俺しか身を隠せない。」

 小声で返してやれば、ユイは分かりやすく言葉に詰まる。

 [うっ……それは、そう、だけれど。事前に説明をしてくれれば……。]

 「絶対反対してゴネただろ。」

 [……とにかく、あとで覚えてなさい。]

 「へいへい。」

 取り敢えず、彼女がこちらへの転移を一応は思いとどまってくれて良かった。おかげで事故の懸念は消えた。あとはカイトの勘が異様に冴え渡理でもしない限り、俺が見つかることはない。

 小さく、カイトに気付かれないよう、安堵の息を吐く。

 「え?あれは……?」

 と、未だに空いた穴の前で思い悩んでいたカイトがふと声を上げた。

 気になり、カイトの方を見直せば、彼の足の間から、こちらへ近寄ってくる白い物体が目に入った。

 「……聖、槍?」

 そんなカイトの呟き通り、物体の正体は聖槍ゲイボルグ。

 そういや投げたら持ち主に戻ってくるんだったな、あれ……。チクショウ、せめてグジスナウタルみたいに転移して来いよ!どうしてそのまま愚直に帰ってくるんだ!

 とにかく、このままだと数十秒後に俺の位置がバレてしまう。

 隠密スキルを用いたまま、ベッドの下から右へと静かに這い出る。

 そして中立ちになろうと上げた腰はベッドの縁にぶつかった。

 ゴン、となかなかいい音が鳴る。

 ……走った激痛やら自身の詰めの甘さやらに、色々な意味で泣いてしまいたい。

 当然カイトはこちらを振り返り、

 「……そこかぁ!」

 そのまま飛びかかってきた。

 ベッドを飛び越え、その天蓋を切断しながら、彼の右手に握られた純白の剣が勢い良く振り下ろされる。

 「逃してくれ、よ!」

 対し、俺はカイトの方へ踏み込んで剣の鍔のすぐ下に左手を入れて押し上げ、彼を怯ませるべくその鳩尾へ右の掌底を打ち込んだ。

 しかし、返ってきたのはまるで鋼を叩いたかのような硬い手応え。同時に右手首を逆に掴まれた。

 「くそっ!」

 「オラァッ!」

 左膝が胸に入れられる。

 「ゴハッ!?」

 吹き飛び、真後ろの壁を背中で強打。

 そうして息を無理矢理吐かされ、俺が咄嗟に動けないでいる間、カイトは床に左足を付け、そのまま俺の胸の中心目掛けてレーヴァテインを突き出してきた。

 「ァアッ!」

 呼吸を諦め、気合いで右腕を思いっきり左へ振る。

 するとキン、と小さな金属音が響き、白い刃は俺の左耳を掠めて部屋の壁を深々と突き刺した。

 驚いたのか、カイトの動きが一瞬止まる。

 その一瞬のおかげで呼吸が元に戻った。

 いやはや、枷を付けられてることに初めて感謝の念が沸き起こったぞ。……いや、これが無けりゃもうとっくの昔に煙幕を使って逃げられただろうな。

 「フンッ!」

 腹いせ混じりの右の裏拳。しかしそれは相手の顔に入りはしてもやはり効いている様子はない。

 むしろ俺の右手が痛いだけ。あとはカイトの顔を怒りで歪ませたぐらいか。

 と、彼の左拳が大きく引かれ、

 「ハァッ!」

 壁の、俺の顔のあった位置に容易くヒビを入れた。

 生身であれに当たればKO確実。ただ、あんなテレホンパンチに当たる程、俺の技術は鈍ってない。

 なんて思ってたら腹に膝蹴りが入った。

 「ぐぅっ!?」

 再度体が壁を打つ。しかし蹴りに身が入っていなかったおかげで痛みそのものは大したことない。

 右へ大きく飛び込む。

 「燃えろッ!」

 直後、聖剣の刺さっていた箇所を中心に壁が爆発した。

 爆風に煽られてつんのめり、何とか振り返ったとき、カイトは神の炎を再び身体に纏っていた。

 おい爺さん!全然反省してないぞあれ!さっさと説教しに行け!

 『でものう……どうせわしの言葉なんぞ聞かぬからのう。』

 たった一回聞き流されたぐらいで簡単に諦めるな!話の内容を聞き流してはいても、何度も説教されている内に、説教されることそのものに嫌気が差して素行を直すかもしれないだろ!?

 『そう、かの?』

 良いからやれ。

 『う、うむ。』

 さて、こっちはこっちでどうしよう。

 「えーと、まぁ待てカイト、な?話せば分かる。」

 「問答無用!」

 コンチクショウ!

 俺の言葉を一蹴し、あっという間に俺との距離を詰め終えて、カイトがレーヴァテインを振り下ろした。

 すかさず聖剣の腹に左の手枷を宛てがい、それを右手で目一杯押し付けることで斬撃に俺のすぐ左を通過させる。

 「ごめんなユイ!」

 そして素早く首元の蝶結びを右手で解き、俺は着ていたマントをカイトの顔を覆うように投げ付けた。

 「うわっ!?」

 カイトが怯む。

 そんな彼の胸元を右掌でマント越しに斜め左へと突き飛ばし、同時に彼の右足を俺の右足の甲でこちらに刈ってやれば、カイトの体は勢い良く地面を背で叩いた。

 いわゆる小内刈りである。

 「このっ!」

 尚も視界をマントに奪われたままのカイトは――おそらく牽制にだろう――聖剣を大きく振り回し、白炎の巨大な扇を目の前に現した。

 そんな様子を尻目に、俺はベンの部屋 そそくさとを退出した。

 ……もうしばらく時間を稼げますように。

 内心で願いながら廊下を左へ少し走り、進行方向からこちらへ迫る、幾つもの気配を感じた。

 見回りの騎士達だ。

 まぁレーヴァテインが思いっきり行使されたり、城の壁に穴が空けられたりしたもんな。これで気付かない訳がない。

 一瞬遅れ、背後で爆発音が轟いたのに振り返れば、ベンの部屋の扉を火炎が貫いていた。

 そこからまず飛び出したのは、こんなことになった元凶でもある白い槍。

 次いで走り出てきたカイトは、俺を視界に捉えるなり、聖剣を頭の後ろまで大きく振りかぶった。

 絨毯の敷かれた石の廊下は真っ直ぐな一本道。先程見せられたような炎を放たれれば、当然避ける術はない。

 それでも、それは悪手だ。

 俺はそのまま全力疾走で廊下を駆け、出せる限りの声で叫ぶ。

 「敵だぁッ!」

 俺が。

 「ベン様が襲われたぞぉ!」

 カイトに。

 「「「い、急げぇーッ!」」」

 「「「「オオオオオオオッ!」」」」

 途端、焦りの混じった指令と共に雄叫びが上がり、近付く鎧の音がいっそう激しくなる。

 さぁ、これで騎士達の存在は――気配察知を会得していようといまいと――カイトにも伝わっただろう。

 アイじゃないんだ。味方を巻き込む特大の火炎放射はもう撃てはしまい。

 ……本当、相手がカイトで良かった。

 走りながら、後ろ手に聖槍を握ったところで、全身鎧の集団が見えてきた。

 「お、お前は!?」

 俺を見るや先頭の騎士が立ち止まって剣を構え、後続が慌ててそれに倣う。

 ただ、今は後ろからカイトの気配が猛スピードで迫って来ているため、俺に戦ってる暇なんてない。

 だから槍を両手で持ち、穂先を高価そうな絨毯に叩きつけ、俺は棒高跳びの要領で居並ぶ金属塊共を飛び越えた。

 何人かがこちらへ咄嗟に剣を突き上げるも、その刃は良くて俺の腕を掠めるに終わる。

 ついた傷は無視できる範囲内。

 彼らの背後へ着地するなりすぐまた駆け出す。

 「に、逃がすな!」

 「しかし、ベン様が!」

 「くっ、分かれるぞ!リカルド、お前は……「退いてくださぁーい!」ん?」

 「「「「「カイト様ッ!?」」」」」

 そして飛ばされた警告虚しく、騎士達は――鎧が重かったのか――道を咄嗟に開けられず、結果、痛々しい金属音が廊下に響き渡った。

 流石のカイトも鎧騎士達をボウリングのピンのごとく弾き飛ばすことはできなかったようで、他の騎士たちと同様、地面に手を付いてしまっている。

 今のうちだ。

 「貫き穿て……」

 右足で軽く飛び、

 「……ゲイボルグ!」

 床へ聖槍を投げつける。

 そうして舞い上げた土埃の中に踏み入れた左足は――少しの浮遊感の後――2階の床を踏みしめ、

 「ふぅ、何と……かぁぁっ!?」

 次いで後ろに下ろした右足は虚空を貫いた。

 ゲイボルグが2階の床まで貫通してたか……。左足が2階を踏めたのは、空いた穴に対して若干斜めに飛び込んだからかね?

 そう理解したときにはもう遅く、俺はさらなる浮遊感の後、背中で硬い床を強かに打った。

 「あがぁっ……げほっ、ごほっごほっ!」

 激痛と共に肺から空気を押し出され、慌てて吸い込んだ空気に混じっていた土やら何やらで咳き込まされる。

 転がってうつ伏せになり、改めて呼吸を整えながら周りを見れば、城のメイドや執事達が遠巻きにこちらを眺めていた。

 どうやら兵士達が皆慌ただしい上の階へ向かった一方で、召使い達は一階に避難していたらしい。

 ……それでも、巡回兵が一階に残っていないとも限らない。

 早く、逃げないと。

 体のあちこちが訴える痛みを努めて無視し、側に突き刺さっていた聖槍を手掛かりに立ち上がる。

 聖槍を床から抜くのも億劫で、取り敢えず中庭に面した窓から出ようと踏み出したところ、凛とした女声が背後から上がった。

 「全員、下がりなさい!私が相手をします!」

 振り返ると、部下の召使い達の間からミヤさんが歩み出てきていた。

 細い指でメイド服の袖から白いタクトが抜かれ、その先が俺に向けられる。

 「早くッ!」

 彼女が語気を強めると強風が辺りを吹き荒れ、召使い達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 俺も逃げたい。ミヤさんはこんな状態で戦える相手じゃない。

 床に刺さったゲイボルグにチラと目を向けるも、深々と埋まったそれはすぐに引き抜けそうにない。

 「ミ、ミヤさん、「しっ。」」

 だから情に訴えて命乞いしようとすると、彼女は左手の人差し指を自身の口元にそっと押し当てた。片目が閉じられ、茶目っ気のある笑みがその端正な顔に浮かぶ。

 「話は大方聞いています。」

 彼女はそのままこちらへ歩み寄って俺の左肩に指先で触れ、そこに刻まれた魔法陣を起動。

 そして俺の体中の傷がみるみる治っていく様子に軽く目を見張った後、

 「こちらです。付いてきてください。お友達が待っていますよ。」

 そう言って俺の手を取り、引っ張っていった。

 ……お友達?

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