真相
半年前に聖武具を盗まれ、そして何より数日前に次期王が暗殺されたばかりだからか、夜遅いというのに、多くの兵が城内を巡回していた。
そのため、爺さんの案内で彼らとの遭遇はなるべく避けようとはしていても、どうしても出くわさざるを得なくなることはあった。
その度にユイが騎士に話しかけ(地下牢への武器持ち込み罪は幸い周知されていなかった。)その注意を引いてる間に俺が相手を聖槍の柄で打ち据えたり絞め落としたりして無力化し、を幾度も繰り返し、どうにかこうにか目的地に辿り着いた。
「……ここの警備は意外と薄いな。」
ベンの部屋の扉の前にいた見張りはたったの3人。最後の見張りの顎を砕いて意識を奪ったものの、増援が来る様子もない。
正直、道中の方が遥かに大変だった。なんだか肩透かしを食らった気分だ。
得意の武器も魔法も無しで大立ち回りを演じるために、どうするか色々考えてたのになぁ。……まぁ演じたいかと聞かれれば、即、首を横に振るけれども。
「そうね。でも、おかげで助かったわ。」
兵士を床に寝かせる俺に頷き返し、ユイは早速両開きの扉に両手を押し当てた。
「失礼しま……アオバ君!?」
そしてベンの部屋に足を踏み入れた彼女は、突然大声を上げたかと思うと部屋の中へ駆け込んで行った。
大声は俺に対する警告だ。まぁもちろん、純粋な驚きもあるだろう。
「え?ユイ!?」
少し遅れて部屋から驚いたような声が上がり、閉じていく扉を支えて中を覗けば、ユイがカイトの腕を取って、少々無理矢理ながら、自身に注目を集めていた。
膝丈の低いテーブルを挟んだ部屋の奥では、珍しく私服姿のセラと相変わらず上半身裸のベンがソファに並んで座り、騒がしく入室してきたユイへ揃って目を向けている。
そのさらに向こうの壁にある大きな窓からはスレインの夜景が城壁越しに見える。
ちなみにカイトは――暗殺者を警戒してか――ユイと同じく、軽い武装に身を包んでいた。
慣れない事をしているせいで、おそらく部屋の誰よりも緊張しているユイに心の中で感謝しつつ、俺はケイ直伝の技を駆使して、向かって左――壁に頭を向けた、天蓋付きの巨大なベッドの影――へと素早く移動、隠れ潜む。
ついでに目の端でこちらを気にしていたユイに親指を立ててやると、彼女は小さく安堵の息を吐いた。
……しっかし、どうしてカイトがここにいるんだ?良い子はもう寝る時間だぞ?
寝心地の良さそうなベッドの――一週間寝床が石製だったのもあって――強烈な誘惑に抗いながら、4人の様子を眺める。
まず、いきなりユイに飛び付かれて目を白黒させていたカイトが口を開いた。
「えっと、ユイはなんでここに?」
「もちろん、ベンさんに用があってきたのよ。アオバ君は……もしかしてアーノルドさん殺しについて?」
「え?あ、う、うん、そうなんだ。聞きたいことがあって……。」
「そう、ごめんなさい、邪魔してしまったわね。……でも、良かったわ。これはアオバ君にも聞いて欲しかったのよ。」
「オレに?」
「ええ。」
聞き返したカイトに頷くと、ユイはベン達の方へ向き直り、呼吸を整えて口を開いた。
「ベンさん、あなたの命が狙われています。」
「「なっ!?」」
驚愕の声を上げたのはセラとカイト。カイトはユイの横顔を凝視し、セラに至ってはソファから勢い良く立ち上がった。
「そう、か。狙っているのは、兄さんを殺したのと、同じ奴ら、だね?」
その一方で当事者のベンは平静を保ったままだった。相槌を打った彼よりも警告したユイの方がむしろ動揺しているように見える。
しかしさらに続いた言葉には、流石の彼もその糸目を見開いた。
「はい、実行犯はヒイラギさん――勇者アイです。そして、彼女にそう命令したのは、ティファニー王女です。」
「ティファニー、が……兄さん、を?」
「はい。」
信じられない、と目で訴える彼に、ユイしっかり首肯して返す。
すると、何やらそわそわと落ち着か無げにしていたカイトが声を上げた。
「ま、待った!アイとティファが犯人だなんて、そんなこと、急に言われたって信じられないよ。一体、何を根拠に……。」
「偶然、二人がそのことを話しているのを聞いたのよ。」
「偶然、聞いた?な、なんだ、それだけじゃ証拠にもなんにもならな「私を信じられないのなら、今ここでテミスを召喚してくれても良いわよ。」……でも、ユイが聞き間違えた可能性も……。」
「アオバ君。」
「っ……。」
何とかアイとティファニーへの疑いを晴らそうとしていたものの、ユイに両手を掴まれ、真正面から見据えられると、カイトは悔しそうに押し黙った。
「認めたくないのは分かるわ。二人は今まで力を合わせてきた仲間だものね。でも、ティファニー王女は自分が女王になるために、ヒイラギさんを使ってアーノルドさんを殺した。これは確かな事実よ。」
「……。」
無言で俯いてしまったカイトに小声で“ごめんね。”と謝り、彼女はベン達へ再び体を向ける。
「私はこれからティファニー王女の元へ向かって、テミスの助けを借りて彼女から真実を直接聞き出すつもりです。ベンさん、その証人になっては貰えませんか?」
なるほど、これがユイの言ってた“もっといい案”か。
確かにこれなら俺もラヴァルも脱獄なんて罪状を背負わずに済む。問題はどうやって牢に戻るかだな……。
「ああ、もちろん。僕も、ティファニーの口から、真実を聞きたい。」
と、ユイの言葉を頷いて聞いていたベンがのっそりと立ち上がり、しかしそこでセラがすかさず待ったをかけた。
「待て、王女様には勇者のアイ様が付いているのだろう?戦闘になる可能性がある。ベン様を連れて行くには危険だ。ここは私とカイト様の二人が証人として共に向かおう。」
「大丈夫です。彼女なら今は地下牢に閉じ込められていますから。」
対するユイの返答に、今度はカイトが目を丸くした。
「アイが、地下牢……に?」
「ええ、閉じ込めるのには苦労したわ。」
その少し呆然とした口調にユイが苦笑して頷く。彼女の目がチラとこちらを向いたのは手柄を総取りした罪悪感からか。
別にそれぐらい気にしやしないのにな……っ!
なんだ?今一瞬、誰かが殺気を発したような……。
「でも、ヒイラギさんがいつ牢屋を破壊しないとも限らないわ。急ぎましょう。「最後に一つだけ、聞かせてください。」……アオバ君?」
ユイが三人を先導するように部屋の出口へ歩き出したところで、カイトはその真逆の方向へと踏み出した。
目線はベンへ定められ、後にして、と急かすユイを見向きもしない。
「何、かな?」
「アーノルドさんは王になったらラダンやへカルトとの戦いをやめようとしていました。あなたは、どうしますか?」
「唐突、だね。」
面食らったようにベンが笑う。
俺も全く同意見だ。ていうか、そんなことはティファニーの部屋へ歩きながら話せば良いだろうに。
「答えてください。」
「僕も、戦争は、よくないと思う。だから、兄さんの意思を、継ぐつもりだよ。」
「そう、ですか。その考えを改めるつもりは、やっぱりないですよね。アーノルドさんと同じで。」
ベンの答えに頷きながらそう言うと、カイトは腰に吊った聖剣の柄を掴んだ。途端、ついさっき感じた殺気が彼から溢れ出す。
「カイト!何のつもりだ!?」
即座にセラが間に割って入り、自ら作り上げた氷の細剣を構える。ユイも少し下がって抜刀の姿勢を取った。
「アオバ、君?今の、同じって、どういうこと?」
「オレは、アーノルドさんの計画をティファから知って、やめるように説得しようとしたんだ。和平の申し入れなんてやめろって、これまで戦ってきた人達の思いを踏みにじるなって……。」
言いながら、カイトは白い刀身を鞘から抜いていく。
それが悪い冗談だとでも思いたいのか、その場の誰もが――かく言う俺も――動けずにいた。
「でも、オレの言葉なんて聞いてはくれなかった!」
そして、聖剣が完全に抜き放たれ、その切っ先がベンを背中に守る護衛騎士へと向けられる。
「和平なんて有り得ない。……ファーレンに染まってないセラさんなら、分かってくれますよね?」
「なに?」
「スレインからラダンやへカルトに和平を申し入れるなんてことを、受け入れられますか?」
「それは……いや、ベン様がそう望まれるのであれば、私はその意に従うのみだ。」
少し考えた末、頭を横に振り、透き通った刃を構え直すセラ。
「つまり、本心では受け入れ難いってことですよね?」
「っ。」
すかさず真意を指摘されて苦い顔をした彼女に、我が意を得たりとカイトは続ける。
「それが普通です。ほとんどの人がセラさんと同意見な筈ですよ。……ベンさん、それでもあなたは和平なんて目指そうと思うんですか?殺された兄の意志を継ぐのは確かに立派なことですけど、それが正しいことだとは限らないんですよ?」
「兄さんの、目指していた物は、正しいよ。そうは見えない人が、いてもね。セラも、きっと分かってくれる。」
丸腰のまま、剣を突き付けられていながらも、ベンは引く様子を全く見せない。
すると、カイトが小さく笑いを漏らした。
「はは……“きっと分かってくれる。”ですか。アーノルドさんと同じようなことを言うんですね。……やっぱり、話すだけ無駄だったんだ。」
白い刃がいっそう輝く。
「僕からも、一つ、聞いていいかな?」
それでも尚怯むことなく、ベンは目の前の刺客を睨み返す。
「……何ですか?」
「兄さんが殺されたとき、君は、どこにいた?」
「ああ、それなら簡単です。死んだアーノルドさんの目の前にいましたよッ!」
何でもないことのように答えると同時にベントの間にあったテーブルを踏みつけ、カイトは片手で握った聖剣を水平に雑に振るった。
「く、ぁっ!?」
セラはそれを咄嗟に受け止めたは良いものの、そのまま力負けして吹っ飛び、勢い良く壁に叩きつけられてしまう。
「セラ!」
そして彼女へベンが意識を向けた隙をつき、その胴を断たんと聖剣が振り上げられる。
「切り払え!」
「くッ!?」
しかし真横から飛ばされた斬撃がそれをすんでのところで阻んだ。
カイトが一歩後退し、その前にユイが立ち塞がる。ベンは警戒を怠らないままセラの元へ駆け寄っていった。
「なんで邪魔するんだよユイ!今の、聞いてなかった?あいつは皆の思いを無視して、戦争が嫌だからって、敵に降伏しようとしてるんだ。そんなことを許しちゃいけない!」
怒鳴り、カイトはユイの横を通り過ぎようとするも、刀の切っ先を改めて顔に向けられ、動きを止める。
「ユイッ!」
「……アオバ君、お願いだから大人しくしていて。殺すなんて間違ってるわ。それに、戦争なんて、しないに越したことはないでしょう?」
「そんな……ユイまで?」
激昂しかけていた声がユイの返答で急に熱を失い、かと思うとレーヴァテインが両手で握り直された。
あいつ、ユイ相手でもお構いなしか!?
「お願い、やめて……。」
首を横に振り、思いとどまるよう、ユイが懇願するも、それはカイトの耳に全く入っていないようだった。
そしておそらく彼の目には邪魔な障害しか映っていない。
「限界突破!」
「ッ、オーバーパワー!」
高い金属音が部屋に反響し、ぶつかりあった衝撃で天井の照明が揺れる。
しかし、力が拮抗したのは一瞬だけ。すぐに聖剣が刀を押し込み始めた。
「屈めユイ!」
槍を右肩に、バットのように担ぎ、暴れるベッドの影から飛び出す。
「っ!?」
カイトが見開いた目をこちらに向けた。
「くはは、久しぶりだなカイト!」
笑ってやりつつ左足を踏み込み、ユイが頭を下げた直後、カイトの頭目掛けて聖槍を思いっきり振り回す。
ガン、と良い音が鳴る。しかし槍を受け止めたのはカイトの頬ではなく、彼の右手の甲だった。
篭手は嵌められていない。要は素手だ。
どうしてそれで硬質な音が鳴ったのかは、彼の腕を覆う複雑な蒼白い紋様で大体の察しがつく。
限界突破か。……俺もあんなスキルが欲しかったなぁ。
「この、槍は!?」
「おう、釈放祝いに貰ったんだ。アイってなかなか気前が良いな?」
「……コテツさんが釈放されたなんて聞いていませんよ?」
「ん?そうなのか?なら今からティファニーに聞いて来い。なに、夜遅いからって気にすんな。女王にさせてやりたいと思うぐらい仲がいいんだろ?」
そしてのこのこ聞きに行ってる間に、俺はユイ達を連れてさっさとここから退散してやる……ていうかさせて欲しい。
「っ、ふざけるな!」
しかしそう上手く行く筈もなく、俺の軽口に焦れたカイトは怒りを顕に聖剣を右肩に構え、俺は槍を引いて、それを体の前に斜めに持った。
カイト相手に慣れない武器では勝ち目がないのは分かってる。そもそも慣れた武器でも勝てるかどうかも定かじゃない。
だから、今はとにかく防御に徹するしかない。
「ロックブラストッ!」
幸い、一人じゃないしな。
声はユイのもの。彼女は片膝をついたまま、俺に斬りかかろうとしたカイトの背中に人の頭ぐらいある岩をぶつけ、撃たれた彼は俺の方へつんのめった。
「イグニス!」
こちらへ倒れ込みながら、カイトは左手をユイへ向けて蒼い火炎を放ち、爆発の勢いを乗せ、片手一本で剣をこちらに振り下ろしてきた。
欲張ったな?ったく、二兎を追う者の末路を聞いたことがないのかね?
舐めるな、と内心吐き捨てながら、俺は槍の柄の真ん中付近で受け止め、
「ぐぉっ!?」
そのまま床を右膝で強く叩かされた。
力を流す余裕なんてない。槍の角度をほんの少し変える事すら、腕力で封じられてしまっている。
……これで、片手かよ。なるほど、これなら二兎ぐらい捕まえられるかもしれん。
「ぐ、ォオオ!」
気合いの声を上げて全力で押し返すも敵わず、槍をさらに押し込まれてしまい、結局こちらが仰け反ってしまう。
「ゼァァァッ!」
「うぁっ!?」
しかし突然風が吹き抜けたかと思うと、俺を抑えつけていた凄まじい力は嘘のように消え去った。
俺の目の前――カイトがいた一瞬前までいた場所を、少し反った鋼の刃が左から右へ横切っている。
毛の付いたその刃の付け根、そこから伸びる無骨な黒い柄へと視線をを移していけば、ベンが薙刀を振り抜いていた。
風を纏った突き……か?
「大丈夫、かい?」
「ああ、すまん、助かった……。ユイは!?」
尻餅をつきつつ感謝を口にし、慌ててユイの方を見ると、炎の発射点から部屋の壁まで間の床やらソファやらが全て黒く焦げている中で、彼女を含んだ周囲だけが何故か焼けずに無事だった。
彼女本人は顔の前で腕を交差させたまま不思議そうな顔をしているだけで、何か特別なことをした様子はない。
……ただの牽制で、カイトがわざと外したのか?
「王族に伝わるスキル、障壁想像、だよ。」
聞く前に、ベンが答えてくれた。
「あ、ありがとうございます。」
ユイはそう言って素早く立ち上がり、俺も槍を使って両足で立つ。
「貴様、脱獄したのか?」
すると、ベンの隣に立つセラが鋼の剣先をカイトへ向けながら聞いてきた。
「えっと、まぁほら、その話は後で、な?」
実際それどころじゃないし。
「ふん。」
鼻を鳴らし、カイトに目を向けたセラは、一応、この件を保留にしてくれたようだった。
にしても、4人掛かりで戦った所でカイト相手に勝ち目があるのか?
「召喚、ヘスティア!」
そんな俺の心の声に答えるように、高温の熱風が俺達を吹き付けた。
目を細め、熱風の源を見れば、そこには壁を支えに立ち上がる、炎を纏ったカイトの姿。
……よーし、勝ち目はないな。直接戦った俺が断言してやる。
ていうか爺さん!女神への説教はどうした!?
『したには、したんじゃがのう……はぁ……』
ため息をつきたいのはこっちだクソッタレ!




