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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第八章:なってはいけない職業
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脱獄①

 「なぁケイ。」

 「はい?どうかしましたか?」

 冷たい石床に上裸でうつ伏せに寝転んだまま、目だけを後ろ、というよりは上に向けると、俺に跨り、全身を使って背中をマッサージくれているケイが細い首を傾けた。

 「俺を狙う暗殺者が今までここに来たことがないのは、お前がその前に処理してくれてるから、なんだよな?」

 「ええ、そうですけど……。急に何ですか?隊長さんからの感謝の気持ちなら喜んで受け取りますよ?」

 「はいはい、いつもありがとな。イッ!?」

 「あ、ここですね?」

 肩甲骨の辺りから走った激痛に思わず身を強張らせると、ケイのヒンヤリした小さな掌がそこへさらにグリグリと押し当てられた。

 凝りが解されていくのは気持ち良いものの、伴う痛みは尋常じゃない。良い年して泣きそうだ。

 「あたたた……それで、死体の処理はどうしてる?」

 「処理、ですか?どうするも何も、適当な路地裏に捨てて、スライムを乗っけるだけですよ?」

 ……スライムってそんな風に使えるのか。

 「お前、スライムを飼ってるのか?」

 「んー、飼っているというのは少し違いますね。分裂したての子供を、殆ど何も食べさせないまま瓶に入れて持ち歩いてます。こんな感じで。」

 言って、ケイはマントの下から小さな瓶を取り出した。見ればその中には粘性の液体が詰まっており、それがスライムである証拠にスライムのコア――小さな赤い八面体が中心に浮かんでいる。

 「……それ、何本持ってるんだ?」

 「5本です。隠れ家にはまだたくさんありますけど、あんまり多く持ち歩くと、何かの拍子に瓶が割れた時、大変なことになりますから。」

 「へぇ……、なら俺の枷をそいつで溶かせないのか?ていうか、それがあるならヤスリなんて要らなかっただろ。」

 腕、そして、耳にも負担を掛けてヤスリを使うより遥かに楽だろうに。

 「成長したら持ち運びが大変なんですよ。下手に触ると手が溶けますからね。だから、ヤスリは必要なんです。ふん!「ぐぉぁっ!?」……それとも隊長さんはスライムと同じ部屋で暮らしたいんですか?夜、安心して眠れなくなりますよ?」

 「はぁはぁ……それは……嫌、だな……。」

 息も絶え絶えに答える。

 ……あまりの痛みで死ぬかと思った。

 「それで、どうしてそんなことを聞いたんですか?」

 「あーほら、アーノルド殺しの犯人を目撃した奴等が一夜にして軒並み消えたろ?それで、一体なにをどうしたらそんな事ができるんだろう、と思ってな。……お前はどう思う?」

 「そうですね……少なくともスライムじゃありませんよ。持ち運べる程度の大きさだと、人一人食べ切るのに半日近く掛かりますから。」

 ……持ち運べる程度で半日しか掛からないのかよ。

 「ですから、私は犯人が隊長さんみたいに非公認の転移陣を使ったと思います。」

 「なぁるほど、確かに、その可能性もあるな。」

 「はい。あとは……死体ならアイテムバッグに入れられますから、そういう線もありますね。まぁでも、希少な物ですし、その可能性は薄いと思いますけど。」

 「そうか……手段自体は結構あるのか。」

 となればここから犯人像を捉えるのは無理そうだな。

 別のアプローチで行くしか無さそうだ。

 「ふーむ……。」

 「えい。」

 「ぐぁぁぁぁぁ!?」

 思案に暮れていると、いきなり体を電流が巡り、俺は断末魔のような悲鳴を上げた。

 「大袈裟ですね隊長さん。ドラゴンスレイヤーの名が泣きますよ?」

 「だから、その呼び方は、やめろって……「んしょ。」ぎゃぁぁぁぁ!?」

 「あは……なんだか楽しくなってきました。」

 「……覚えてろ、よ。」

 後でくすぐり殺してやる。

 「覚えてろも何も、隊長さんの体が凝っているだけじゃないですか。……あ、勇者ユイがまた来ましたよ?」

 「ん?ああ、そうみたいだな。こんな夜更けに一体何の用だ?……ま、取り敢えずお前はっさと隠れろ。」

 「ですね。分かりました。」

 そう言ってケイは俺から降りると、廊下に灯された明かりの届かない、牢屋の隅へと素早く退避。

 俺はユイがくれたマントを羽織り、その場で胡座をかいた。

 にしてもなんだろうな。待てよ、今日の日付は確か……もしやクリスマスプレゼントか?

 「ん?」

 しかしそこで違和感を感じた。

 聞こえてくる足音や気配の近付く速さからして、ユイは駆け足でやって来ている。

 ……しかも、微かに金属音まで聞こえるな。一体どうしたんだ?

 疑問に思っていると、遅れてもう一つの気配が俺の索敵範囲に入った。殺気をこれでもかと放つこの気配は……アイ!?

 「まさか、追われてるのか!?」

 少なくともクリスマスプレゼントを深夜ギリギリに渡しに来てくれたとか言う訳ではなさそうだ。

 ていうかアイの奴、ついに暴走したのか!?

 慌てて俺が立ち上がるのと、ユイが視界に入ってくるのは同時だった。

 やはり俺の耳は間違っておらず、彼女は割と久しぶりに見る軽鎧姿で、腰には愛刀――草薙ノ剣を吊っていた。

 「ユイ、お前一体何をした!アイの扱いに一番長けてるのはお前だろ!?」

 付き合い長いんだから。

 「何もしてないわよ!現界、魔槍ルーン!」

 俺を見ずに大声で返し、ユイは右手に朱槍を掴むと、その穂先を鉄格子に叩き付けた。

 「灰塵と為せ!」

 そして彼女が半ば叫ぶように唱えれば、ルーンから猛火が吹き出し、鉄の棒が見る間に溶かされ始める。

 ……そんなことせずともケイが錠を開けてしまってるなんて、言えやしないよ言えやしない。

 「ていうかルーンはともかく、刀は持ってきて良かったのか?武器は持ち込み禁止だろ?看守に止められ……。」

 「気絶させたわ。」

 おい。

 「貫き穿て、ゲイ・ボルグ!」

 と、石牢にアイの声が響いた。

 ユイの走ってきた方向から強い白の光が差す。

 悠長なことはしてられないか!

 慌てて扉を蹴り開く。

 「ユイ!入れ!」

 「え?」

 そしてぽかんと呆気に取られたような顔のユイの腕を掴み、無理矢理牢の中に引っ張りこんだ直後、

 「聖光一線!」

 再度アイが叫んだかと思うと、暗い廊下を眩い光が埋め尽くした。

 蹴り開いたままだった牢屋の扉はそれに飲み込まれて跡形もなく吹き飛び、遅れて轟いた爆発音が地下牢全体を震わせる。

 ……完全に殺しに来てるなこりゃ。

 「無事か?」

 ユイを抱きしめる形で倒れたまま、すぐ下の黒髪に尋ね、それが小さく上下したのを感じて、ホッと一息。

 「ありがとう。でも鍵が……どうして?」

 「すぐに分かる。ほら立て。」

 ユイの背を叩き、回していた手を離してやる。

 「あ、そ、そうよね。ごめんなさい。」

 「なに、気にすんな。……ケイ!」

 すると慌て気味に立ち上がったユイに続いて俺も体を起こし、鉄格子の扉があった場所を指差した。

 「煙幕頼む!」

 指示を出すやいなやそこへ黒い球体が2個投げられ、石の床に当たるなり破裂。噴き出した大量の黒煙で元々悪かった視界がさらに酷くなる。

 これで時間を稼げるか?

 「今のは……?」

 「ユイ、一応聞いておく。脱獄するってことで良いんだな?」

 「え、ええ。あと、ベンさんも……「詳しいことは後だ。行くぞ!……ケイもついて来い!」……え?ケイ?」

 疑問符がどんどん増えていっているだろうユイには申し訳ないと思うものの、時間がないので説明は後回し。

 ユイの手を掴んで牢屋から飛び出し、煙幕の充満した空間を脱してアイのいる方向とは真逆――ラヴァルのいる牢へと駆け出す。

 「逃がすかぁッ!」

 途端、殺気の籠もった怒鳴り声が石の廊下に響いた。

 しかし感じる気配からしてアイはまだ煙幕の向こう側。

 こちらの動きがバレているのは彼女の目が良過ぎるからか、それとも気配察知を習得してるからか。……できれば前者であって欲しい。

 「ユイ。」

 「ええ、ウォール!」

 隣を走る茶色の魔法使いに声を掛けてその腕を離すと、彼女はすぐに俺の意図を理解して頷き、背後に厚い壁を作成。

 「ハイジャンプ!」

 地面から天井へと伸びるそれより先にこちらへ追い付こうと、すかさずアイは急加速を行い、しかしその直後、パン!と乾いた音が鳴った。

 煙幕を突破した彼女の顔に3つ目の煙幕玉が炸裂したのだ。

 「くっ!?」

 怯んだアイを中心に濃い黒の靄が廊下を再び埋めていき、その光景はユイの作り上げた壁で見えなくなる。

 「ホッ、助かっ「……あああ……!」」

 ようやく一息つけたと思いきや、アイのくぐもった叫びと共に轟音が辺りに響き、地下牢が揺れた。音源はもちろん、目の前の魔法製の壁。

 ユイと目を見合わせる。

 「もう1枚作った方がいいかしら?」

 「2枚でどうだ?」

 「そうね、3枚作っておくわ。……ふッ!」

 そんな短いやり取りの末、自身に小さく気合いを入れて両手をアイの方へと向けたユイは、新たな壁を、奥から手前へと、順に4つ作り上げた。

 「……念の為よ。」

 「ま、怖いもんな。俺だったら5枚作ってる。行くぞ。」

 少し恥ずかしそうに弁解する彼女へ肩を竦めながら苦笑して返し、再度ラヴァルの牢へと向かう。

 「それで、えっと、あなたがケイ……さん?」

 と、走るユイがすぐ後ろを付いてきている、フードとマフラーで顔の殆どを隠した暗殺者に恐る恐る質問した。

 「……。」

 聞かれた本人は無言で首肯。

 「ずっとここに、この人と一緒にいたの?」

 「……。」

 俺を指差したユイの問いに、またもや沈黙したまま頷くケイ。

 「そう……。半年前、この人と一緒に聖武具を盗んだのはあなたってことで合っているかしら?」

 「ああそうだ。ちなみに牢屋の鍵を開けたのも、鎖を切るためのヤスリをくれたのもこいつだよ。」

 あからさまに話したがらないケイにそれでもユイが問い掛けるので、俺が代わりに答えを口にした。

 なかなか進まない会話にいい加減焦れったく思ったのだ。あと、目的地が見えてきたからさっさと次の行動に移りたかったというのもある。

 「ケイ、開けてくれ。」

 ラヴァルの牢に着くなり指示すれば、ケイは素早く錠前の前に屈み込み、同時に中で座ったまま目を閉じていた片足の吸血鬼が目を開けた。

 「む?……コテツか。フッ、ついに脱獄に踏み切ったか。」

 「まぁな。こいつがドジ踏んだらしい。「踏んでないわよ!」はいはい、すまんすまん。それでユイ、復活の指輪はあるか?」

 「復活の……?」

 指をさされたユイからの猛抗議を宥めるついでにそう聞くと、彼女は眉を少しひそめた。

 ああそうか、正式名称は知らないよな。

 「ほら、アンデッドを作るヤツだよ。」

 疑問を察してそう補足説明をしてやるも、ユイは今度は顔を曇らせた。

 「あれね……。」

 「まさか、捨てたなんて言うなよ?」

 いくらアンデッドが嫌いだからって、流石に……なぁ?

 「捨ててはいないわ。……本当は捨てたかったのだけれど。……はい。」

 聞き返した俺に首を横に振って返し、ユイは渋い顔のまま左手を差し出してきた。その人差し指に嵌められた黒い指輪があるのを確認し、ホッと安堵の息が漏れる。

 しかしそれを外そうと指輪に手を伸ばすと、ユイは拳を握って手を少し引っ込めた。

 「ユイ?」

 「約束して。アンデッドは……「はいはい分かってる。なるべく作らないように努力するさ。」……それでも良いわ。約束よ?」

 「はぁ……分かったよ。」

 真剣な目に観念して心から頷き、改めて指輪をユイから受け取って右の中指に嵌め、早速口元に近付ける。

 「サイ、聞こえるか?」

 [おお、我が主よ、ご無事でしたか。]

 「おう、久し振りだな。急で悪いけどな、今から一人そっちに送る。保護してやってくれ。」

 [承知。]

 「よし。……ならラヴァル、また会おう。」

 「……力になれず、すまない。」

 端的な返事に頷き、ケイの肩を借りながら歩いて出てきたラヴァルの肩に右手を置くと、ラヴァルはそう言って頭を下げた。

 「くはは、これぐらい気にするな。」

 それに笑い返し、俺は指輪の魔法陣に魔素を……

 「ユイ、魔法陣を起動してくれ。今の俺にはできないんだ。」

 「え?あ、そうだったわね。分かったわ。」

 ……俺の代わりに流すよう、ユイに頼んだ。

 手足の枷のせいで魔法の類がほとんど使えないことを完全に忘れていた。

 同じく忘れてたらしいユイが指輪に触れた途端、ドガン!と遠くから爆発音が聞こえてきた。

 「ユイィィーーーッ……!」

 遅れて、殺意のバリバリ籠もった咆哮が地下牢を反響する。

 ……5重の壁をもう突破されたか。

 「ウォール!」

 と、石の壁が再度作り上げられた。

 しかも今度は6枚。

 「これで、逃げ切れるまで、持つかしら?」

 「いいえ、無理です。」

 立て続けの魔法の行使で少し疲れた様子で聞いたユイにそう断言したのは、マフラー越しでくぐもったケイの声。

 「この地下牢の出入り口は一つしかありません。」

 彼はアイの来る方を警戒する俺とユイの背中にさらに理由を説明し、再び沈黙した。

 爺さん、秘密の抜け道とかは無いのか?

 『うーむ、城の中にならあるがのう……。』

 チクショウ、無いか。……不味いな。そこらの兵士ならともかく、アイと戦うのなら今の俺ははっきり言って単なる足手まといだ。

 ……俺もラヴァルの後を追って転移するべきか?

 「どうやら、この身でも力にはなれるようだな。」

 そこまで考えたところで、ここにいる筈のない男の声が突然背後から掛けられた。

 「「え?」」

 異口同音でユイと間抜けな声を発し、振り返ればそこにはケイに支えられた状態で立つラヴァルの姿。

 「ラヴァル?お前、どうして……。」

 転移して行った筈じゃないのか?

 「魔法陣が起動しなかったのだ。なに、驚くことはない。この地下牢に外との転移を阻止する、もしくは転移陣の起動を阻害する仕掛けが施されていたというだけだ。フッ、そしておかげで私はこうして役に立てる。……ユイ。」

 彼は俺の質問にあっさり答えると、短く笑ってユイに目を移した。

 「え?私?」

 「余力はあるな?」

 急に呼ばれて戸惑いつつも、彼女は問いにはしっかりと首肯。

 「では手伝いたまえ。まず……」

 それに満足気に頷いて、ラヴァルはユイに指示を出しながら血の魔法陣を地面に描き始めた。

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