狂い③
「アーノルドが殺された!?誰に!?」
朝早く、焦りに焦った様子で鉄格子に半ば掴み掛かるようにしてユイのした報告に、囚人生活で体内時計をすっかり狂わせていた俺は微睡みから一気に覚醒した。
問い返した俺に彼女は首を横に振り、鉄棒を掴んだまま少し息を整えてから口を開く。
「……分からないわ。アーノルドさんの護衛とか、犯人の目撃した筈の人達も揃って消えてしまっているのよ。」
「消えたぁ!?」
「ええ、昨夜を境にどこを探しても見つからないそうよ。」
なんじゃそりゃ。
「一人もか?」
「ええ、一人も。」
爺さん、万が一見てたりとかは……?
『見てる訳ないじゃろ。』
ま、だろうとは思った。
『この頃はわしも忙しいんじゃ!カイトに力を貸し過ぎておる女神共に説教をせねばならんしの。』
どうせ聞き流されるのがオチだろ?もしくは3日ぐらい自粛した後にまた元に戻るかだ。
『い、いや、おそらく一週間は……。』
大差ないわ!特にお前ら神々ってのは何千万年て生きてるんだからなぁ!?
「どうしたのよいきなり黙って。あ、もしかして神様とお話中?」
戸惑い気味のユイの声に我に帰る。
……そういえば爺さんとの念話のことは話したんだっけか。
「ま、そんなとこだ。あいつも犯人は見てないんだと。……こうなると、テミスを使って虱潰しに探すしかないんじゃないか?“お前が殺したのか?”って全員に聞き回ってみたらどうだ?」
「そうね……でも、犯人があなたがしたみたいに外からの侵入してきた可能性もあるでしょう?少なくともあのときのあなたの協力者なら侵入から脱出まで可能じゃないかしら?」
「う……ま、まぁそうだな。ただ、あいつが犯人である心配は無いぞ。」
「あら、随分信頼しているのね?」
「まぁな。」
信頼というか何というか、ケイは昨夜、俺と一緒にいたからなぁ。むしろこれまでの一週間ちょい、あいつは外に何か食い物を食べに行く――ついでに俺の差し入れも買って来る――以外はずっと俺の側にいる。
住めば都ってヤツなのか、この前なんて、牢屋も意外と居心地良いですね、とかふざけたことを抜かしていた。
肩を竦め、苦笑いすると、ユイが鉄格子越しにこちらをじっと見つめているのに気が付いた。
「えっと、ユイ?」
「何か隠してるわね。……テミスを呼ぼうかしら。」
「もうテミスを呼ぶ必要ないだろお前……。」
どうして観察するだけで分かるんだ。
「ふん、やっぱり、何か隠してるのね?」
「はぁ……とにかく、あいつは犯人じゃない。」
「そう?ならいいわ。」
「それで?これからどうする?」
「そ、そう……よね。これからことを、考えないと。」
話題を変えようとそう聞くと、ユイは途端に言葉に詰まり、かと思うとストンとその場にしゃがみ込んで鉄格子に頭を押し付けた。
「……どうすれば良いのよ。私一人の力じゃ、あなたをここから出す事なんて無理よ。」
悔しさからか無念からか、彼女の両手に力がこもる。
「はは、なに、そう思い詰めるな。」
だから俺は鉄格子まで近付き、そう言ってユイの目の前にしゃがんで軽く笑ってやり、すると彼女は下を向いたまま頭を激しく横に振った。
「笑い事じゃないわよ!あなたの命が掛かっているのよ!?」
「そうだな……すまん。」
怒気は心配してくれている証拠だ。文句は言えない。ただ、やはり少しは安心させてやりたい。
「でもまぁ、何も今すぐ処刑される訳じゃない。お前なら何か思いつくさ。気負わなくたって良い。最後の手段ならこっちで一応用意はしてある。」
鉄格子の向こうの頭に手を伸ばし、頭を軽く撫でてやれば、一つに纏められた長い黒髪は為すがままに揺れ動く。
「最後の、手段?……え?」
俺の言葉を反芻しながらユイが少し顔を上げ、そして目を少し見開いた。
鉄格子から手を離し、彼女は代わりに俺の手首に触れる。そこに嵌められた枷から垂れた鉄鎖は、目測で約20cm。
「これって……。」
「俺がここで何もしてないと思ったか?」
呆けた顔で俺を見るユイに笑って返すと、彼女はようやく穏やかな微笑を見せてくれた。
「ふふ、そうね。あなたはそういう人だったわ。」
「はは、だからユイ、そう心配するな。次善の策ならこの通り、ちゃんと用意してあるから。」
「……ええ。」
安心したように頷いたユイの頭を軽く叩いてから手を引っ込め、よっこいせと立ち上がる。
「さて、となればまずは犯人探しからだな?」
「え?」
きょとんとした目がこちらを見上げる。
「おいおい、犯人が外からの侵入者だって可能性があるから城内の連中は全員潔白だ、なんて論理は流石に無理があるだろ?」
「ええ、それは分かっているわ。でもそれなら大丈夫よ。内部の調査はアオバ君が今やっている筈よ。あなたの言ったように、テミスを使って。」
「あ、なんだ、そうなのか。じゃあそれに関しては結果を待つしかない、か。」
俺が言うまでもなくちゃんと捜査はされているらしい。
「……ちなみにカイトが犯人である可能性は?」
ふと気になって聞いた途端、ユイの目が一気に険しくなった。
ゆっくりと立ち上がり、彼女は腕組みして俺を鋭く睨んでくる。
「心配しなくても、アオバ君はテミスを召喚した上で”オレはアーノルドさんを殺してない。”ってはっきりと言ってくれたわ。」
その不機嫌極まりない声音に、聞かなきゃ良かったと後悔したものの後の祭り。しかも彼女はまだ話し終えていなかった。
「それと一応、念の為に言っておくけれど、私も犯人じゃないわ。安心して良いわよ。なに?テミスを召喚して欲しいのかしら?それなら今すぐに……「すまん、悪かった。」……まったく。」
頭を下げて謝ると、ユイはふんと鼻を鳴らした。
さっさと話を変えよう。
「……そ、そういや王位に付くのは誰になるんだ?」
「ベンさんだと思うわ。順当に考えて。」
そっぽを向いたままユイが答える。
「そうか、そうだよな。なら俺の釈放に関して、ベンに力を貸してくれるよう頼んだらどうだ?あいつと俺やお前は知らない仲じゃないし、助けてくれるかもしれないぞ?」
「そう、ね。……でも、本当に協力してくれるかしら?」
と、彼女が少し俯いた。
心配するのは当然だ。そもそもアーノルドみたいな奴の存在自体が特例だしな。
「さぁな。ま、何もしなけりゃ何も起きないさ。当たって砕けろってヤツだ。」
ただ、俺からはこうして気楽に行けとしか言ってやれない。
我ながら無責任にも程がある。
それでもユイは表情を緩め、一つ頷いてくれた。
「そうね。ええ、後で当たってみるわ。」
「悪いな。俺が自由に動けたら……「ふふ、あなたが自由に動けないから私が頑張っているのでしょう?」……そう、だな。くはは、頼んだ。」
「頼まれたわ。だから砕けないよう祈って待っていて。どうせ暇でしょう?鎖を切れたのなら特に。」
「おう。」
心配せずとも爺さんにはしないぞ。
『元より期待なぞしておらんわ!……まぁ、にしても、お主がわしに誓いを立てた事実は変わらんがの?』
ぐっ!?
『フォッフォッフォ!心配せずとも、あの誓いの言葉の録音はしっかりと取ってあるわい。……聞くかの?』
聞かんわ!
「はぁ……。」
爺さんにしてやられるとは。不覚。
「えっと、大丈夫?」
「いや、何でもない。……あ、そうだ、ティファニーが女王になる可能性は全く無いって考えて良いのか?確かあいつは俺の処刑の賛成派だっただろ?」
「……どう、なのかしら?確かなことは分からないわね。王位を手にしようとする様子は今まで見せたこと無かったから、きっと大丈夫だとは思うのだけれど。」
「そうか、じゃあまぁ取り敢えずはベンに話を通しておいたらどうだ?」
「でも、父親と兄を立て続けに失ったのよ?あのティファニーでさえ意気消沈して塞ぎ込んでしまっているもの、今ベンさんにそういう話をするのは……。」
「……少し時間を置いた方が良いかもな。」
ていうか“あのティファニーでさえ”って、どういうことなんだろうか。
「なぁ、そ……」
「その必要は、ない。」
気になったことを聞き返そうとした俺の言葉に、聞き覚えのある、ゆったりとした男の声が割り込んだ。
ユイと共にその声の主へと素早く視線を移せば、サイズが合わずキツそうな服を上に着た大男――ちょうど話題に上がっていた本人が暗い廊下を歩いて来ていた。
Sランクの冒険者達を纏め上げていただけあって、隠密スキルも熟達しているのだろう、感じられる気配はかなり弱い。ユイとの話に集中していたのと相まって、今の今まで存在に気付かなかった。
……図体がデカイから気付かなかったのが余計悔しい。
「やぁ、久し振り。」
「あ、ああ、久し振り。」
笑顔で挨拶してきたベンに、俺は愛想笑いして右手を上げ、ユイは慌てて会釈を返す。
「話は、聞かせて貰ったよ。ただ、協力するかを、決める前に、幾つか、聞きたいことがあるんだ。良い、かな?」
問われ、ユイ共々何度か首肯すると、彼は糸目を少し開けてその澄んだ碧眼をこちらへ向けた。
「……君は、自由になったら、何をしたい?」
「冒険者に戻るよ。特に予定は……いや、取り敢えず、エルフの森の奪還を目指すつもりだ。」
誓ったからな……
『うむうむ。』
……ファレリルにッ!
『フォッフォ、今更何を言うておる!無駄じゃ無駄じゃ、お主は確かに神に誓うとはっきり言うたわい!わしはあれを永劫忘れぬからの、こうなれば事ある毎に思い起こさせるからの、覚悟しておけい!』
チクショウめ。
「エルフの森、を?」
「あ、ああ、そうだ。」
俺が脳内で老人の相手をしてやってるとは露ほども知らないベンが訝しげな顔で聞き返してきたのに、しっかりと頷いて返す。
『誰が誰の相手をしてやっておると……。』
うるさい黙れ。
「それは、どうして?」
「パーティーを組んでたエルフ二人とそう約束してるんだよ。……はは、そういやスレインはエルフ達を300年近くも待たせてるらしいな?」
「う……それは……。」
軽い冗談のつもりが、ベンは気まずそうに言葉を詰まらせた。彼も彼でそのことを気にしてはいたのかもしれない。
「悪い、責めるつもりは無かった。次の質問はなんだ?」
さっさと謝り、次を促せば、ベンは、今度は少し表情を緩めた。
「これはただの、興味本位の、話だけど……神の武器を、7つも、手に入れたっていうのは、本当かい?」
問われた内容に、つい笑顔にさせられる。
「まぁな。ちなみに数は最終的には10に増えた。ここから出られたら見せてやるよ。」
「そうか。それは、楽しみだね。……うん、じゃあ次は、ユイ、聞かせて貰って、いいかな?」
「え?聞かせる?」
ユイに向き直ったベンは、困惑した表情を浮かべた彼女に大きく頷いて返した。
「そう……兄さんが、何をしようとしていたのかを、教えて欲しい。」
「それって……。」
「兄さんの意思は、僕が継ぐよ。」
「誰が王位に興味が無いって?」
「わ、私は、本当にそう思っていたんです!」
自分のベッドに腰掛けた王女は、目の前に立つ私に必死な顔でそう弁明した。
「ふーん、そう?」
「はい。ベン兄様は冒険者活動に精を出していて、ティファニアに帰って来ることは稀でしたから。本人も、王位を目指すよう勧めて来る貴族もいて面倒だ、と言っていましたし……。」
「だからなに?あいつは、あんたが代わりに王位の継承するって提案を蹴って、自分が王になる事を選んだ。違う?」
死んだ第一王子の葬儀の後、王女と第二王子のしてた話を、私は横で聞いていた。王女の、まるで心から兄を気遣って提案しているかのような演技には、その狙いを分かっている私でも騙されそうだった。
でも、第二王子は頷かなかった。むしろ第一王子の意思を継ぐと表明した。
「その通り……です。」
「それでどうすんの?殺す?」
「こ、殺す必要はありません!ベン兄様はスレインに仇なすような人ではありませんから……。きっと良い王に……。」
聞けば、王女が焦りと怯えとがない混ぜになった目で、懇願するように言う。
でもその内容は的を外し過ぎてるし、あと、涙目なのがうざい。
だから引っぱたいた。
「きゃっ!」
頬を抑え、ベッドに倒れる王女。彼女が起き上がる前に私がその上に覆い被されば、華奢な体がビクリと震えた。
そうして大人しくなった王女の耳元に、そっと口を寄せ、子供に言い聞かせるように囁きかける。
「……そんなことはどうだって良いの。邪魔者は排除しないといけない。良い王になる?馬鹿なの?王様になるのはカイト。そうでしょ?」
優しく聞いてあげると、王女は小さく頷いた。
「……でも、殺す、なんて……。」
「第一王子を殺すことは簡単に頼んだのに?」
「そんな、簡単などでは。……私は、ただ、許せなかったのです。お父様の思いを汲むふりをして皆を騙し続け、その間、裏でずっと亜人共と手を結んでいたなんて……。アーノルド兄様は、彼だけは、王にしてはいけないと……「バーカ。」……ぉぁ……かっ!」
まだ的外れな事を言う王女の喉を片手で抑えつける。手首を両手で捕んできたけど、王女は非力過ぎて何もできはしない。
「そんな事はどうだって良いって言ってんの。私があんたに協力してんのは、あんたを女王にする必要があるからってだけ。スレインのことなんて関係ない。分かる?あんたにそのつもりが無いんなら、このまま首をへし折ったって良いの。……で?女王になりたいの?なりたくないの?」
「なり、たい……です……。」
間抜けな顔で、金魚のように口をパクパクさせながら、ようやく王女は掠れ声でわたしの期待していた返事をした。
「そうそう、初めからそう言えば良かったんだよ?」
まったく、どうしてここまで説明しないといけないんだろう。
苛ついたけど、私は優しさから、笑顔で手を退けてあげた。
「ゲホッゲホッ、コホッ……ひっ!?」
途端、咳き込み始めた王女を、その顎を掴むことで黙らせ、私と目を合わさせる。
「それで?第二王子はいつどこで殺せば良い?第一王子のようには行かないことは、あんたも分かってるでしょ?事故に見せかけるのに最適な場所は?時は?」
第一王子を殺したのが外部からの侵入者だって事で決着することは、カイトが主導で調査しているおかげで殆ど決まってる。
そしてその分、第二王子の警護は厳しくなる。始末しないといけなくなる数は第一王子の時の比じゃない。だから、次は事故に見せかける。
そのためには第二王子のこれからの予定について詳しい情報が必要になるから、王女からそれを聞き出さないといけない。
愛するカイトを王にするためなんだから、喜んで教えてくれる筈。もしも本当に、愛してるなら。
「それ、は……。」
でも、王女は唇を震わせるばかりでなかなか答えない。
……やっぱり。
「さっさと答えないと……っ!?」
怒鳴りつけようとした瞬間……微かに空気の流れを感じた。
即座に顔を上げて後ろを振り向けば、部屋の扉が僅かに動き、微かな音と共に完全に閉まるところだった。
聞かれた!?
すぐに気配察知スキルを発動し、目を閉じて意識をそれに傾ける。遠ざかっていく気配はすぐに感じ取れた。
この気配は……あんのクソアマッ!
「ア、アイ?……何、か?」
「ユイに聞かれた。「え!?」……あーもうっ!いつもいつもいつもいつも!あいつは私の邪魔をしないと気が済まないの!?」
柔らかなクッションから飛び降り、部屋から走って飛び出る。
再度気配察知を発動。
……まったく、このスキルが無意識下でも使えたらこんなことにならなかったのに。
とにかく、あいつの逃げた方向は……。




