29 ファーレンへ②
爺さん、あいつの弱点はどこだ?槍をもう一発打ち込んでやる。
『安心せい。リヴァイアサンはもう襲ってこんわい。それに古龍というのは神と同じで殺すことなんぞできん。』
なんで襲ってこないって言いきれる?
『リヴァイアサンに限らず、古龍は進んで災害を巻き起こしたりはせん。やるとすれば気まぐれじゃ。今回はきっと自分の頭上を悠々と飛ぶ飛行船が気に障ったんじゃろ。じゃから試しにブレスを軽く吹いたというところかの。』
軽くって……
それで、今は?
『こちらの力量を認めたんじゃ。まぁ、頭上を飛ぶことを許可されたんじゃの。』
短気だけど、さっぱりした気持ちの良い奴だな。
そういえば殺せないとか言ってたな?どういうことだ?
『言うたじゃろう?リヴァイアサンは神の領域に片足突っ込んでおると。』
実体はあるんだろ?
『そうじゃな。……ふむ、命が無限にあると考えれば分かりやすいか?』
はぁ……、まあ襲ってこないのなら良いか。
頭の修復を終えたリヴァイアサンが海に潜っていくのを確認して、俺は飛行船内に戻った。
「あ、おかえり。凄かったね、コテツの友達。」
船内の自分の席に戻るとネルが自身の背もたれから顔を出して振り向き、そう言った。
「まぁな。」
人間の切り札――勇者だし。
「せっかくついていったのに、完全な無駄足だったね?」
「はは、ありがたいことにな。」
厭味ったらしい言葉に笑ってそういってやると、あまり堪えていないことが嫌だったのかネルが悔しそうな顔になる。
「地味。」
そして背もたれに顎を乗せた彼女は、そう、一言だけ呟いた。
イラッとした。
「お、おまえだって地味だろ。」
返した瞬間、ネルの目から動揺がはっきりと見て取れた。
「ふ、ふん、ボ、ボクは……雷を出せるもん!」
「ハッ、あんなもんビリビリってちょっと痺れるだけだ!この上なく地味な効果だろ!?」
「コテツの服装は真っ黒で夜なんか何処にいるか分からなくなるじゃん!」
「服装か……まぁ確かに敵わんな。」
長い靭やかな手足を惜しみなく晒す彼女のアレに目を奪われない男はまずいないだろう。
「うぐ……。」
優しい目を向けてやると、ネルも自身の装備を思い出したか言葉に詰まり、顔を一気に紅潮させた。
「まぁそれでも、体型そのものは地味なのは誤魔化せないぞ?」
「誤魔化してない!ていうか人の気にしてることを!」
「ふっ……やっぱ地味だよな。」
「うるさぁい!」
「何かあったんですか?」
と、今にも掴みかかってきそうな勢いのネルの横にアリシアがひょっこりと頭を出した。
……考えてみれば彼女は魔法も爆発系が多い。
「「イエ、ナンデモナイデス。」」
俺とネルの心が通じあった瞬間だった。
「あの二人もファーレンに入学するようですね。負けられません。」
そんな俺達二人の心の内を知らないまま、アリシアがカイト達が着ているケープを見てそう言った。
「そうだね……ボクも頑張らないと。」
「おう、頑張れ。」
胸を見ながら言う。
「そっちの話じゃない!」
「分かった分かった、すまんすまん。」
どうどうと激昂するネルを両手で抑える。
しかし、勇者達は二人の良い目標となったよう。
ネルやアリシアはファーレンでどこまで伸びるのだろうか?勇者をタイマンで倒せるようになるとは流石に思わないけれども。
「あれ?ルナは何処に行ったんだ?」
てっきりアリシアの横に座っていると思っていたのに、見ればそこは無人になっている。
「あそこです。」
アリシアが指差した先ではルナが海に向け、何やら呟きながら手を合わせていた。
何してるんだ?
席を離れ、背後から彼女に近付いて声をかけると、ルナは勢い良くこちらを振り向くなり、興奮した様子で捲し立てた。
「あれは五柱の龍の一角のリヴァイアサン様だと聞きましたが、本当ですか!?」
「え?ああ、そうらしいな。」
様?
「ああ、まさか、生きている内に御姿を拝見できるとは!」
「えっと、そうだな、龍って格好いいもんな。」
俺も内心かっけぇーとは思った。
「当たり前です!その上、見てください、あの光の攻撃を受けても悠々と帰っていく様を。流石は亜神様です。」
宗教?
『うむ。獣人は龍を亜神として祭り上げておるんじゃ。神に最も近い存在としてな。炎・水・雷・風・天を司る五柱の龍として特別視しておる。ちなみにリヴァイアサンは水じゃよ。』
あんなのが複数いるのかよ……この世界って怖い。
「うん、凄いのは分かったから落ち着け、取りあえず座ろうか。な?」
周りから奇異の目線が集まり始めている。
「あ……はい、お騒がせしました。」
そして、乗客が皆座ったところで、飛行船が再び進み始めた。
乗客にずっと褒め称えられていた勇者達も、俺の横にまた同じように並んで座る。
さてもう一眠り、と、目を閉じたところで肩を激しく揺すられた。
「あなた、何をしたの?」
俺の安眠を妨害してきたのは隣に座っているユイ。小さな声で話しかけてきた彼女に俺は一度笑ってみせ、口を開いた。
「お前が苦しんでいた理由を教えてくれたら教えてやるよ。」
「ふん、まあいいわ。」
やっぱり教えてくれないか。
アイマスクをコートのポケットの中で作ると、魔力を察知したのか、結がこちらを注視してきた。
しかし俺がなんでもない風にアイマスクを取り出すと、興味をなくしたようにカイトの方を向いて話し始めた。
その隙に、俺は今は見た目は普通の武器に戻っている聖武具へ目を向ける。
今のうちだな、鑑定!
name:聖剣レーヴァテイン
info:聖水に浸されたことでその性質を変化及び強化させられた魔剣。白色魔素を込めると白熱した炎を発し、使用者はそれを操れる。
name:聖槍ゲイ・ボルグ
info:聖水に浸されたことでその性質を変化及び強化させられた魔槍。投げても所有者の手元に自動で戻り、また、使用者は槍を任意に分裂させられる。
鑑定結果を確認し、アイマスクをした。
おっそろしい武器だな。
爺さん、やっぱりユイの事は本人から聞くよ。
『いいじゃろう。のう、ずっと思っておったんじゃが、お主は勇者のように技名を叫んだりしないのか?』
え、恥ずかしいだろ?
『この世界ではそうでもないぞ。実際、数多くの武芸者が技名を発することで自らの次の行動への迷いを霧散させておる。』
違う世界に来たと言っても俺本人の価値観は元の世界で作られたんだ。今更この世界に適応させるのは難しい。
『勇者は?』
若いからな。
『おじさん呼ばわりを嫌がっとるくせに。』
うっせ。
俺はまた眠気が襲ってくるまでそのまま念話を続けた。
「ご主人様、起きてください。到着しましたよ。」
「ん、ああ、ありがとう。」
窓から外を見ると、もう日は登ってしまっていた。下には後ろへ流れていく海ではなく、大きな街のジオラマが見える。
俺達が最後の乗客らしく、立ち上がって周りを見渡しても誰一人座っていなかった。
「相当待たせたみたいだな。すまん。」
「いえ、到着してからはそこまで時間は経っていません。乗客が皆、我先にと飛行船から出た結果です。」
「そうか……二人は?」
「先に入学試験の手続きをしに行きました。」
話しながら飛行船の外へ出ると、そこがかなり高い塔の天辺付近にドッキングしていたのだと気付かされた。
広い皿のような展望台に屋根はない。下への階段のあるのだろう、端にある小屋だけは例外だ。
降り、ぐいと伸びを一つ。
吹く風が冷たくて気持ちいい。
「ここがファーレン島か。……島には全く見えないな。」
「ええ、この全てが学園のためだけに利用されるとは、驚きです。」
ふと下界を見下ろして呟くと、同じような感想を持っていたのか、ルナがそう言って頷いた。
「あの、初めての方ですよね?地図は要りますか?」
と、飛行船から船長らしき人が出てきて、折り畳まれた紙を差し出してくれた。
「あ、はい。助かります。無料で良いんですか?」
「ええ、ファーレンでは至るところにこれと同じものがありますから。」
「ありがとうございます。」
礼を言い、地図を開いて眼下の現物と見比べる。
ファーレン島はほぼ円形だ。
中心にファーレン城という城があり、これが学園として利用されているらしい。城の広大な敷地内には様々な学園の施設――学生寮やコロシアムなんてものまである――が建っていて、その外縁を高めの城壁が取り囲んでいる。
周囲はドーナツ状の街が発展しており、海岸沿いには砂浜から山まである。
街の外縁には海からくる魔物や他国からの軍勢にいち早く気付くための監視塔が等間隔に数本建っており、俺のいるここもその一つだった。
「入学試験の手続きってどこでやってるんだ?」
「たしか、ファーレン城の外壁にある門でできたと思いますよ。」
地図を見ながら言うと、船長が教えてくれた。
見れば少し得意気な顔を浮かべている。
「もしかして……?」
「はい、元ファーです。」
言い掛けると、それを待っていたかのように彼は襟に付いた八芒星の模様のバッジを見せてきた。
「モトファー?」
何かの称号かね?
「元ファーというのは元ファーレン生の略ですよ。この八芒星はファーレンを表す旗、のような物ですね。」
言葉を繰り返すと、ルナがそう教えてくれた。
なるほどね。
「よし、じゃあ行こうかルナ。」
「はい。」
「では、お帰りの際はまた当便で。」
地図を折り畳んでポケットに入れると、船長さんはそう言って頭を下げた。
「はは、それが数年後の話になると願ってるよ。」
入学試験に落ちてスレインに引き返すなんて事態にはなりませんように。
ファーレン城の外壁の門の前には長蛇の列ができていた。
門の両脇には種族の違う人が二人ずついて、片方は入学希望者の受け付けをし、もう片方は辺りを険しい目で見ている。
アリシアとネルは列の先頭の方で見つかった。
「あ、コテツさん。おはようございます。」
「やっと起きたんだ、よくあんなに眠れるね?」
「寝れるときに寝とかないとな。そんなことよりほら、前を見ろ。次だぞ。」
こちらに気付いた二人に駆け寄りながら手振りで前を向かせる。
「早くしてくれ、後がつかえてる。」
と、険しい目で辺りを見ていた方がそう催促してきた。
筋肉質な体で背は低く、長い髭が膝まである。片手には重そうな斧。きっとこいつがドワーフって奴なのだろう。
『正解じゃ。』
どうも。
慌てて受付のエルフの女性のもとへアリシア達が走り、俺とルナもそれに倣う。
「ファーレン入学希望者ですね。お名前をどうぞ。」
「はい、私はアリシア・テリエルです。」
「ボクはネル・ファールナー。」
へえ、二人ともそんな名字だったのか。
今更すぎるけれども、覚えておこう。
「テリエルさん、ファールナーさんですね。後ろの二人は?」
受付の人はそう言って今度は俺とルナを見上げてくる。
「私とご主人様は違います。」
対してルナが首を振るのを見ると、彼女は頷いて視線を下ろした。
「分かりました。これで登録は完了です。どうぞ、こちらが試験の整理券となります。2週間後の試験当日にも試験会場で言われますが、この番号で呼ばれるので、試験官の声はちゃんと聞いておくように。」
そして、そう言いながら2枚の番号札を取り出し、アリシア達それぞれのまえに置いた。
そのまま立ち去ろうとすると、
「ちょっと待って、こう言うのがあるけど興味ある?」
そう言って何かのチラシを取り出しながら呼び止められた。
いきなり粉々に砕けた口調で言われて驚いたものの、どうもこっち話し方が素らしい。
差し出されたチラシには「実戦担当教師募集」と大きく書かれている。
「武術の心得があるでしょ?挑戦してみれば?」
「実戦担当教師ってなんなんだ?それに挑戦?」
「あれ、知らない?実戦担当教師は文字どおりファーレンの学生の実戦練習の相手をする教師だよ。そしてこれを勤めるには強くないといけないから毎年トーナメントをして決めているんだ。だから、挑戦ってこと。」
「別に普通の教師がやってもいいんじゃないか?」
その方が人件費的にも安くすむだろうに。
「普通の授業で多忙なんだよ。」
「だからって人任せかよ。……それで、トーナメントはいつなんだ?」
俺のファーレンでの就職先が思ったよりも早く見つかりそうだ。
「お、参加するんだね?えっとねーどれどれ、明後日からだね。」
おいおい、アリシア達よりも準備期間が少ないぞ。
「受付は?」
「ここでできるよ。」
「じゃあ頼む。名前はコテツ、コテツ・クロダだ。」
「よし、これで君は教師候補の一人だ。」
職業が変わりました。
name:コテツ
job:教師候補 職業補正:なし
「おい、まだなのか?早くしろ!」
後ろの列から罵声が飛んできた。急いで最後の質問をする。
「会場は?」
「城の敷地内のコロシアムだよ。」
「了解。じゃあな。」
頷き、俺は残りの三人と共にそこからさっさと退散した。
「はぁ、聞いてないぞ。」
嘆息し、首を振る。
トーナメント当日、俺は今予定通り、ファーレン学園内のコロシアムの真ん中の円形ステージ立っている。
ちなみにこの石製のコロシアムリングは、なんと大量の水の上に浮かべられている。
ここは元々小さな湖だったのかもしれない。どこからか水を引いている可能性もある。
そのせいか、俺の回りにいる何百人のトーナメント参加者達の挙動で床は小さくながら揺れっ放し。
船酔いする奴はたぶんここに立つだけで脱落する。
青い水面を挟み、リングをぐるりと囲うように作られた観客席には何千何万もの人がガヤガヤ話しながら座っている。
彼らの殆どをファーレン生が占めていることは、たくさんの赤や緑のケープで分かる。
さて、なぜ俺が空をあおいでいるのか。
理由は簡単。
コロシアムリングに上がる直前にこれからバトルロイヤルを行うと言われたからだ。
「話が違う!」
「トーナメントだって言ってたじゃないか!」
「事前の説明ぐらいしろ!」
当然、リングのあちこちから非難の声が上がっている。
俺と同じ思いを抱いた人々は大勢いるようだった。
しかしよく見れば、彼らのほとんどは細剣や短剣使い。翻って槌や槍を持ったものは余裕の表情を浮かべている。
どうもルールの急な変更よりも自身が不利なことに文句があるらしい。
と、隣で戦槌を担いだドワーフが丸腰の俺を見て鼻で笑ってきた。
……畜生、丸腰なめんな。
『お主は丸腰から程遠いじゃろ。』
まぁ確かに。
「では、これより開会の言葉を生徒会代表のエリック・フォン・ハイドン氏が行います。」
アナウンスが響き渡る。
音源はコロシアムの外縁の四方に立つ、スピーカー。
スピーカーと言っても実際は細長い柱の上にスピーカーの役割をさせる魔法陣の刻まれた玉があるだけ。
ファーレンではこういった魔道具の生産が盛んで、魔道具を作る際、魔法陣を刻むために欠かせない魔術師もたくさんいるのだそう。
魔法だけでなく、進んだ魔術の両方を教えているのはここの1つの魅力としても考えられる。
そのお陰で強い魔法使いでも魔術知識を求めてファーレンに入学してくる事があるのだとか。
それにしてもハイドン、か。どこかで聞いたことがあるな……。
そう思っていると、観客席の一番前から見覚えのある顔が段上に上がった。
あ、毒竜を20000ゴールドで買ってくれた人じゃないか!
オークション以降に一度も見ることがなかったのはあの後すぐにファーレンへ戻ったからなのかね?
「キャーッ、エリック様ぁ!」
「ああ、なんと凛々しいお姿!」
途端、黄色い歓声が観客席から湧き上がる。
「参加者の諸君!」
安定の低い声。回りの歓声はそのひとことで収まり、コロシアム内の全員が彼に集中する。
相変わらず下手な大人より貫禄のあるエリックは、回りが静まったのを確認し、息を吸い込み、口を開いた
「まずは急な予定の変更について謝罪させてもらおう。すまなかった!」
彼は深々と頭を下げた。
あまりにも予想外な行動に全員が驚き、動揺する。
「この急な変更は参加者の人数が多すぎたために行われた。どうか理解して欲しい。」
文句を言うやつなど一人もいない。
それだけのカリスマ性が彼、エリックにはあった。
「実戦担当教師とは私達ファーレンの学生が正しく技を使えるようになるために、必要不可欠な存在である。そのような大役をするためにここまで集まってくれた事には感謝以外の言葉がない。急な変更は申し訳ないとは思う。だが!どうか、全力を発揮し、ただ一つの座を勝ち取って貰いたい!」
エリックは堂々とそう言うと、もう一礼して元の席に戻った。
「では、ルールを説明いたします。試合方式は残り人数が四人以下になるまでのバトルロイヤルです。敗北条件はリングの回りの水に落ちること。コロシアムには結界が張られており、致死の攻撃を受けると万全な体で自動的にリング外の水の中に転移させられ、負けとなります。勝ち残った方は後日改めてトーナメントを行わせていただきます。」
結界は師匠達と戦ったときに使ったやつと同じみたいだ。
結構ポピュラーな物なのかもしれない。
「では、始めてください。」
アナウンスが流れ、戦いの幕が切って落とされる。
そして白熱の展開を見せるかと思われたバトルロイヤルはしかし、たった一発の攻撃により、一瞬で決着がついた。