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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第八章:なってはいけない職業
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問答

 「これからする質問に、“はい”か“いいえ”で答えてください。」

 「はいよ。」

 天井や壁と同じ材質の、固く、ひんやりする石床に胡座をかいたまま、シャツ一枚と長ズボン姿の俺は適当に数度頷いた。

 その僅かな動きに合わせ、手足の枷と左右の壁とを繋いだ鎖がジャラリと音を鳴らす。

 いつものロングコートは、武器の類を隠し持ってないか確認された際、そのまま取り上げられてしまったものの、ズボンの方は残してくれた。

 敵とは言え、人をパンツ一丁にするのは流石に気が咎めたのだろう。……何にせよ、ズボンの価値が分かる兵士がいなくて本当に良かった。

 「では、始めます。」

 俺の前の鉄格子の向こうに立つ、仕立てのいい服を着た男は、俺の態度に気を悪くする事なくペンを握った右手で左手の紙の束をめくった。

 その左にはカイトが、右にはユイが立っていて、俺の後ろには天秤と剣を持った女神――テミスが不機嫌なオーラを発しながらブツブツと何やら呟いている。

 「……嘘つき死ね。……詭弁者も死ね。……正直者以外全部死ね。」

 ちょっと、いや、かなり怖いので、敢えて振り向くことはしない。

 スレイン軍をあっと驚かせ、最終的にユイに捕らえられたのは既に数日前のこと。

 ユイによる護衛の元でスレイン王国へ連行され、そのまま連れて来られたのは王城の地下牢だった。

 目的は尋問。

 スレインが何を知りたがっているのかはこれから知る事となる。

 「貴方はクロダコテツ本人で間違いありませんね?」

 「はい。」

 「ヴリトラを倒したのは貴方ですね?」

 「俺だけの力じゃないけどな。」

 「答え方は……「強いて言うなら、答えは“はい”だよ。」」

 「その際、神の武器を用いましたか?」

 「じゃないと倒せないからな、“はい”。」

 「それらは今どこにあるか、もしくは誰が持っているのか、知っていますか?」

 「正確には分からんな。いいえ、だ。」

 フェリルとシーラが持っていってくれたか、まだヘール洞窟に置いてあるのか、その2つに1つではあるものの、具体的にどちらなのかは正確には知らない。

 端的な答えに、質問者は一度顔を上げ、俺の頭上、おそらくテミスの方を見ると、肩を落として俺を見た。

 「そう、ですか……ゴホン。」

 そして何かが紙面に書き込まれたかと思うと、それは軽い咳払いと共にペラリとめくられた。

 「聖武具を盗み出したのは貴方ですね?」

 「はい。」

 「ッ!」

 答えると、カイトの目が険しくなった。

 「二人で、ですね?」

 「はい。」

 「その二人目は、勇者ユイですか?」

 「ちょっと、どういう意味かしら!?」

 名を出された当の本人が依然として済まし顔の男に強い口調で問うも、彼はそちらを見向きもしない。

 「まぁユイ、落ち着けって。答えは“いいえ”だ。」

 「……まったく。」

 ユイを宥めながら答えると、彼女は不本意そうに下がり、男は手元の紙に何やら書き込んだ。

 「“ブレイブ”のパーティーメンバーですか?」

 「いいえ。ていうか、ユイも含めて、あいつらは毒竜討伐に行ってただろうが。」

 「では、共犯者は勇者ノーラですか?」

 「その答えもいいえだ。」

 あの子も疑われてたのな。

 「……誰ですか?」

 予想が全て外れたからか、尋問官は苦虫を噛み潰したような表情になり、少しの逡巡の後、そう聞いてきた。

 「“はい”と“いいえ”じゃ答えられんな。こっからは自由に話して良いのか?」

 「許可したとして、答えるつもりなどないのでしょう。」

 「はい。」

 爽やかな笑みを浮かべてみせると、ペンを握る男の手が少し震えるのが見て取れた。

 それでも、その苛立ち自体は表情には現れない程度。

 「ふぅ……、共犯者とはその犯行以前にも面識がありましたか?」

 「いいえ。「くふ、裁き……」ってのは冗談だぞ勿論!はい!知ってた!知ってましたァッ!協力する前は一度殺し合ったんだった!」

 背後から聞こえた笑い声に記憶が呼び覚まされ、慌てて大声で捲し立てる。

 ついでに物騒な女神から逃げるように前のめりになった俺は、しかし鉄格子に頭突きをかます直前でピンと張った鎖に強く引っ張られ、尻餅をつき、逆にテミスとの距離を縮めてしまった。

 恐る恐る彼女を見上げる。

 「セ、セーフ、だよな?」

 「神は寛大です。」

 すると返されたのは慈母の笑み。

 そして背中への強めの蹴りだった。

 「ぐへっ。」

 結果、俺の体は最初と同じ姿勢に戻る。

 「……続けてよろしいですか?」

 「あ、ああ、悪かった。」

 『アホ。』

 ヒューマンエラーは避けられない物なんだよ。……俺のそれが異様に多いのは置いておく。

 ペラリと紙がさらにめくられる。

 「ヴリトラの魂を破壊したのはあなたですね?」

 「……。」

 そして、次に為された質問に、俺は咄嗟に答えられなかった。

 何せ破壊なんてしてないんだから。

 押し黙っていると、質問者がここで始めて興味深くこちらに目を向けた。

 不味い。

 「質問に答えてください。」

 「あ、あーいや、上手い説明のしかたを考えてるんだ。今の質問に“はい”って安直に答えてしまうと、後ろのこいつに殺される。」

 軽く笑い、頭を掻こうとするも、手枷から伸びる鎖にその動きを断念され、俺は仕方なく手を下ろした。

 「では、貴方が破壊したのではないと?」

 「俺が破壊した、って言い切れないな。……あのとき使った魔法陣は俺の力だけで描いた物じゃないんだ。」

 慎重に言葉を選び、口にする。

 実際、転移陣は爺さんに教えられて描いた物だ。

 これでいけるか?

 「チッ。」

 背後から小さな舌打ちが聞こえ、俺はホッと息を付いた。

 セェーフッ!と両腕を左右に伸ばしたくなったのは我慢。

 「そう、ですか……。では、ヴリトラの魂を修復する方法を知っていますか?」

 見るからに落胆し、尋問官が次の質問に移る。

 「いいえ。」

 「微かな心当たりも?」

 「ないな。」

 「本当に?」

 「テミスに聞け。」

 「はぁ……。」

 ため息と共に、紙がまためくられた。

 「ヴリトラと戦った際、ファーレンにはその島民や学生達がまだいましたね?」

 「はい。」

 またテーマが変わったな。でも、今度の狙いはなんなんだ?

 「しかし、貴方が我々と戦い始めたとき、彼らは既にいなかった。そうですね?」

 「はい。」

 「転移の魔法陣を使いましたか?」

 「はい。」

 「つまり、ファーレンはこれまでの間に密かに三大国と転移陣を繋いでいた、と。」

 なるほど、ファーレンを糾弾するネタが欲しいのか。

 悪事を並べ立てれば、自分達のやったことの正当性が主張できると思ってるのかね?

 ま、何にせよ今回は外れだ。

 「いいえ。」

 俺が首を振って答えてやると、男は驚いた表情を向けてきた。

 「それならばどういう……まさか!」

 少し考え込んだあと、何か思いついたのか、紙に何やら激しく書き込み始めた。

 「用いた転移陣はへカルトと繋がっていましたか?」

 尚もガリガリやりながら、彼は質問を飛ばしてくる。

 「いいえ。」

 「ラダンとは?」

 「いいえ。」

 「スレインとは?」

 「はい。」

 それってそんなに重要か?

 「では、逃げた者達はまだスレインにいるのですね?」

 「っ!」

 しまった、そういうことか!

 スレインにいる内に捕まえようって魂胆か!

 「い、いや、分からないぞ?もう国に帰った可能性だって……「それはあり得ません。ヴリトラと戦う間、背中を襲われないよう、国境の警備はいつになく厳しくなっています。外から内はもちろん、内から外への異種族の移動を見逃す筈がない。……転移先はどこですか?」……“はい”か“いいえ”じゃ答えられんな。」

 「スレインの北側ですか?」

 「……。」

 非常に不味い。

 「答えろッ!」

 荒々しく鉄格子が叩かれる。

 「……。」

 「はぁ、仕方ありません。カイト様。」

 それでも黙ったままでいると、尋問官は嘆息し、そう呟いた。

 「はい、分かりました。」

 「アオバ君待って!」

 呼ばれたカイトは短く返事をすると、ユイの静止を無視して、俺からは見えない、鉄格子の伸びている壁の根元へ手を伸ばす。

 「くっ!?」

 直後、流れた電流に、四肢が強張った。

 同時に強張った体を激痛が走り抜け、呼吸すら困難になる。

 すぐに黒銀を発動しようとするも上手く行かず、増幅していく電流に堪らず呻き声が漏れた。

 「ぐぅぅっ!?」

 血の味がする。

 その後、数秒で電流は途絶え、知らずに膝立ちになっていた俺は、崩れ落ちて石の床に両手を突いた。

 「答えて。お願い。」

 「はぁはぁ……ユ……イ?」

 荒い息のまま視線を上げれば、ユイがカイトの腕を掴み上げたまま、こちらに懇願するような目を向けていた。

 「答えてください。転移先はスレインの北側ですか?」

 「……。」

 「はぁ……、まだ足りないようです。ユイ様、カイト様を放してください。」

 「待って。……お願い、答えて。きっと大丈夫よ。あれからもう何日か経ってるもの。きっと場所を大きく移動してくれているわ。」

 爺さん、どうなんだ?

 『スレインにも奴隷として、人間やエルフ以外の種族は多くての……。』

 分からない、か。

 『すまんの。じゃがユイの推論どおりである可能性は高いじゃろうな。』

 「…………北側、だ。」

 「東ですか?」

 「違、う。」

 尋問官はテミスを一瞥し、頷くと、めくっていた紙を元に戻した。

 「質問はここまでです。勇者様方、ご協力ありがとうございました。」

 そう言って早足で歩いていった彼に続き、カイトも俺の視界からさっさと去っていく。

 テミスの気配も消え、その場に残ったのはユイだけ。

 「……ごめんなさい。」

 彼女は鉄格子を掴むとしゃがみ込み、それに頭を擦り付けるようにして謝ってきた。

 「そうやってすぐ謝るのは、悪い癖だぞ。」

 「でも、私に捕まったせいで……。」

 「おかげでこうして生きてるんだ。俺も、ラヴァルも。……だよな?」

 [フッ、その通りだ。感謝しようとも恨みはしない。]

 呼び掛けると、返事はユイの胸元、具体的には銀のネックレスに付いた輪っかから来た。

 言わずもがな、俺がルナに買ってやり、ルナがユイに譲った品である。

 それに刻まれた魔法陣をラヴァルは完全に覚え込み、いつでもどこでも対応する魔法陣を描けるようになったため、こうして話ができるのだ。

 ついでに俺のイヤリングも修繕され、ユイやラヴァルといつでも念話ができるようになっている。

 「それでラヴァル、ちゃんと全部聞き取れたか?」

 [ああ、問題ない。]

 「じゃあ、矛盾の無いようにな。」

 [任せ給え。では。]

 それを最後に、彼の声は聞こえなくなった。

 そう、今回の俺の尋問に際し、ユイは常に念話の魔法陣を起動しっぱなしにしていたのである。

 目的はラヴァルとの口裏合わせ。

 テミスがいる手前、あまり大胆な嘘はつけないものの、俺からどこで何をどう誤魔化したのかは知っておいて貰うべきだと考え、一計案じたのである。

 「よし。ユイ、早くカイトを追え。」

 「その前に怪我を治すわ。こっちに来て。」

 「俺のことなら心配すんな。」

 首を振り、目を閉じて左胸の魔法陣に魔素を集中させる。

 しかし、体中の細胞が引き裂かれるような痛みはほんの一瞬引いただけで、すぐに元のように俺を苛み始めた。

 「なに、が……?」

 目を開け、歯噛みする。

 「その手足の枷よ。つけていると魔力がかなり制限されるらしいわ。念話ぐらいならギリギリできるみたいだけれど……とにかく、来て。」

 「あ、ああ、分かった。」

 説明してくれたユイにそうかと頷き返し、未だ痺れる足を動かし鎖の許す限り彼女へ近づいていく。

 ついでに枷を鑑定してみた。



 name:黒い鉄枷

 info:人の手足に嵌め、拘束するためのもの。無骨な腕輪としてファッションにも利用可能。



 ……俺にはファッションセンスが無いのかもしれない。

 何にせよ、この枷そのものには特殊な力がある訳ではないらしい。となると、おそらく内側に魔法陣でも書いてあるのだろう。

 鎖の配置か長さの違いのせいなのか、立つ方がより前に進めることができ、結局鉄格子の10cm程手前で体が止まった。

 鉄の棒の隙間からユイが手を伸ばし、俺の顔に触れる。すると柔らかな温もりがそこを起点に体を覆った。

 スゥと痛みが引いていく。

 「……ありがとな。」

 「今まであなたがしてくれた事に比べれば些細なことよ。」

 「……俺はお前にいつも怒られっ放しじゃなかったか?」

 言うほど何かしてやったっけ?

 「え?あ、それは……ほら、ぬ、ぬいぐるみ、作ってくれたじゃない。」

 「あー、まだ持っていてくれてるのか?」

 あのス――(著作権違反)。

 「当然でしょう。安眠の必須アイテムよ。……今はもうないけれど。」

 「くはは、無くしたか?」

 「違うわよ!ほら、あなたがその枷を付けられたから……。」

 「あー、なるほど、そういうことか。」

 この枷、魔法の固定化も解除してしまうのか。

 「あ、そうそう、忘れていたわ。安眠と言えば……。」

 と、ユイは何かに気づいたかのように言うと、目を閉じ、片手で自身の腰のポーチをまさぐり始めた。

 「どうした?」

 「ちょっと待って……あった。はいこれ、あげるわ。」

 取り出されたのは暗い緑色のマント。

 「この時期、今あなたの着ているそれだけだと寒いでしょう?それに、マントって寝袋代わりにもなるのよ?石の床に直接寝るよりかはきっとマシな筈よ。」

 言いながら鉄格子の間にマントをねじ込み、俺の首にそれを引っ掛けた。

 「ふふ、思った通り、似合ってる。」

 「そいつは良かった。……今度からはロングコートじゃなくてマントを作って着てみるか。」

 言うと、スッとユイの目が細くなった。

 「この色が、よ。あなた、分かってて言ってるでしょう。」

 「はは、まぁな。単なる照れ隠しだよ。ありがとう。」

 「……えっと、どういたしまして。」

 笑いかけると彼女は少し目を逸らし、両手を後ろに引っ張られている俺にちゃんとマントを着せようと手を忙しなく動かし始める。

 「これぐらい自分でやれるぞ?」

 今は前に進み出ているから鎖が邪魔しているだけで、牢屋の奥に引っ込めば両手両足は割と自由だ。

 「やらせて。」

 「へいへい。」

 しかしユイは譲らず、俺も特段反発はしない。

 そのまま動かず、彼女にの為すがままにさせていると、彼女の囁き声が聞こえてきた。

 「……待ってて。何とかしてあなたをここから出すから。」

 「そうかい。ま、くれぐれも無理は……。」

 「するわよ、いざとなったら。」

 おいおい。

 「そのいざって時が来ないよう、祈っておくよ。」

 「ふふ、大丈夫よ。当てはいくつかあるもの。」

 「当て、ね。……ちゃんと相手の真意を探れよ?」

 「……どういう意味よ。」

 「勇者の血筋を一族に入れようとする貴族は1つや2つじゃないだろ?お前を息子の、もしくは自分の嫁さんに〜、なんて下心で近付いてくる奴は大勢いる訳だ。そんな奴らに協力を仰いでみろ、カイトとくっつくことなんかできなくなるぞ。」

 途端、ポッとユイが赤くなった。

 「ア、アオバ君は、関係ないでしょう……。」

 微笑ましい。

 「からかわないで。」

 ユイにニヤケ顔を気付かれ、上がった頬が強くつねられる。

 すぐに“降参。”と言うと放してもらえた。

 「イテテ。とにかく、俺を助けるためにお前が何かを犠牲にする必要はないからな?」

 「そう……。でも、相手がもの凄く格好良かったら。」

 「おい。」

 「ふふ、冗談よ。アオバ君より格好良い人なんて早々いるわけないじゃない。……じゃあ、もう行くわ。あとでまた連絡するわね。」

 「おう、待ってる。」

 相変わらずのカイト愛に笑い、ユイを見送った俺は、牢の奥に下がって身体を緑の厚手の布ですっぽりと包み、寝た。

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