転職
狙いは首、次いで心臓。妥協案は太い血管。
剣の一振りごとに鮮血を噴かせ、余裕があれば味方を増やし、次から次へと襲ってくる敵を返り討ちにしながら前に進む。
アイにより味方の数は激減してしまったものの、多勢に無勢の状況は――彼我の勢力差が大きくなったとはいえ――元より変わらない。ただ、やはり奇襲という優位を失ったのは痛かった。
アンデッドの情報や対処法は既にスレイン軍内で共有されてしまっているようで、動く死体をぶつけられて驚く者は多くても、それで怯み、動きを鈍らせる者は既に極少数。ゾンビは作った端から、数秒前は味方だった兵士達によって徹底した攻撃を受け、程なくしてその核ごと潰されてしまっている。
そのせいで混乱による同士討ちはもう望めない。
もうゾンビ達は戦力というより敵の攻撃を集中させるための囮に近い。
それでも敵がこちらを攻め切れていないのは、ひとえに俺の背後を走るラヴァルのおかげである。
スキルをほとんど持たない魔術士でありながら、彼は身体強化の魔術を用いることで剣士として大勢と渡り合い、敵の密度がある程度上がったと見るや、爆炎、雷撃、突風などなど、広範囲の攻撃で彼らを吹き飛ばしてくれる。
それでいて生命力を逐一敵から奪っているからか、疲れる様子も見られないから心強いことこの上ない。
ただ、そうは言ってもやはりこちらは押され気味だ。前に進めているのは、俺が無理矢理そうしているからに他ならない。
「ぐっ!?」
「や、やった!……がっ!?」
突然走った激痛に歯を噛み締め、左脇腹に刺さった槍を抜きながら小さな歓声を上げたその使い手の額にナイフを投げて突き立てる。
……チクショウ、攻めを意識し過ぎて防御が荒くなってたか。
鉄塊と魔法製のロングコートにより、受けた傷そのものは浅い。ただ、敵が多い分、こちらの攻勢の流れが滞った途端にそこを付け入られてしまう。
「今だ!」
「やれぇっ!」
予想通り、周囲の敵兵が好機と見て襲ってきた。
「舐めるなッ!」
怒鳴り、俺を間合いに入れていた男を威圧。
「ひっ!?」
一瞬怯んだ隙をついてそいつの喉を龍泉で貫き、首から下を蹴飛ばすことで彼の後に続こうとしていた奴らを足止めする。
そして右から襲ってきた兵士の槍を受け流しながらその首を刎ね、そのまま俺の左へ突っ込ませることでそちらから来ていた敵の腹を破らせた。
「ぐぁっ!?この、やろぉッ!」
しかし腹に穴を開けられた兵士は最後の力で剣を投擲。
「くっ!?」
慌ててそれを弾いた瞬間、
「ライトニング!」
「がぁッ!?」
背中を雷が直撃した。
左膝が地につく。何とかナイフを後ろへ飛ばし、操作して、術者の喉笛を裂いたものの、体が痺れてすぐには立ち上がれない。
もちろん敵は待ってくれない。
仕方ないか!
「切り刻め!」
黒い剣を数十本作成。ついでに倒れ伏した死体に痺れる右手を動かして触れ、ゾンビと浮遊する剣とで、迫る敵の牽制と防御に専念する。
数秒し、体がようやく動くようになったところで、
「爆炎陣!」
ラヴァルの援護が周囲の敵を吹き飛ばしてくれた。
「助かった!」
「なぁに、この程度!「ハァァァッ!」ぐっ!?」
しかし、こちらに意識を向けたせいでラヴァルのペースまで崩れてしまったようだった。
……不味い。
焦って立ち上がり、剣を飛ばしてラヴァルと鍔迫り合いをしている兵士の側頭部を穿つなり、さらに前へ進もうと踏み出したところで真横から騎士剣が打ち込まれた。
「オオオオ!」
「くぅッ!?」
双剣でそれを受け止めたものの、受けた体勢が悪く、ぶつけられる力を流せない。脱出のために相手の胴や腕を斬りけようにも、ゴツい鎧が邪魔をする。魔法で操作している剣のおかげで横槍の心配がないのが唯一の救いか。
と、ファーレン城の方向から爆発音が轟き、強い赤の光が輝いた。
チラと視線を移せば、天高く伸び上がったヴリトラの巨躯が激しく燃え上がっていた。あまりに大きな炎は空に浮かぶ黒い雲にも色を映している。
あのまま行けばいつか核が晒される。もしかしたらその前に炎で燃えてしまうかもしれない。
何にせよ、ヴリトラはもうそろそろ限界だろう。そしてあれが倒れたら、サイとその配下もそう時間が経たない内に力尽きる。
こっちはまだ目標の半分も達成してないってのに!
「黒銀!どらァッ!」
身体を黒く染め、増幅した力で幅広の剣を弾き返し、目の前の騎士兜に設けられた視界確保用の隙間へ正確に逆手に持ち直した太阿を刺し込む。
悲鳴が上がった。
つまり死んではいない。
すぐに騎士の首へ龍泉を突き入れてトドメを刺すも、その直後、また別の鎧騎士が俺に襲い掛かった。
本丸に近付いているということなのか、気付けば俺の周囲は重装兵ばかりになっていた。
武装は他の一般兵と同じく、統一された剣や槍。藍色を基調とした鎧の胴はのっぺりと平らで、刃を通す隙間がない。
脇下、肘、そして膝と、鎧に構造上の弱点はあるだろう。しかし確実に素早く殺すためには兜と鎧の継ぎ目を狙うのが効率的だ。
「ピアースッ!」
「!」
突かれた槍を横へ押し退けながら踏み込み、鎧と兜の間へ正確に刃を突き入れる。そこを守っていた鎖帷子は、血に濡れ輝く双剣の前には無力だった。
しかしすぐに次、そしてまた次と、重装兵が俺の動きを阻み、その間に敵の密度はさらに増していく。
くそっ、キリがない。
「雷撃陣!」
と、ラヴァルの大声が聞こえてきた。同時に轟音と共に放たれた眩い光が辺りを一瞬強く照らす。
持ち直したのか?と期待を込めてそちらへ目を向けるも、吹き飛ばされたのとはまた別の兵士達が改めて彼へ攻撃を仕掛けるところ。
ラヴァルは俺のように力の限りで足掻いてはいる。ただ、状況を打開できそうにはない。
くそっ……やっぱり、俺じゃあ足りないのか?
「「セァァァッ!」」
正面から振り下ろされる二本の刃。それらを左右の剣で外へ流し、それぞれの使い手の首を紫に輝く双剣で撫でると、太阿からのみ硬い手応えが返ってきた。
「くそっ!」
剣の軌道がずれたか、相手が狙ってやったのか、兜に刃を弾かれたのだ。
「オオオ!」
「チィッ!」
すかさず生き残った方が槍を突き、対する俺は身を捩って槍に左脇の下を掠めさせるに留め、今度こそそいつの首を切り落とした。
途端、夥しい量の血が首を失った重装兵だけでなく俺の脇下からも吹き出し、慌てて左胸の魔法陣を起動。
そして身体中の傷の治っていくのを感じながら、また次の金属鎧と剣を合わせにいく。
ったく、勇者達が直接止めに来るより先に、数の暴力に屈しそうだ。
「はぁ、はぁ……シッ!」
次から次へと迫ってくる鎧騎士を捌き、一々彼らの首元の僅かな隙間を正確に狙って斬りながら、気配察知を頼りに何本もの剣を操作し続け、それでいて心は先へ先へと焦っている。
頭が少し朦朧としてきた。身体が見せている動きはほぼ条件反射に近い。
考えろ、何かないのか?使える物は。
神器は、駄目だ。この戦いの目的はスレインに何も得させないこと。俺が神器を所持していることはなるべく知られたくない。復活の指輪を使うってだけでもかなり危ない橋を渡ってる。
何か……。
『殺戮の舞台はここに整った!』
突然、老若男女の入り混じった声が頭に響いた。
「っ!?」
脳に走った激痛に身体が固まり、突きを受け損ねて頬を斬られる。
今の声は……聖剣、か?
『求めよ!血の喝采を!』
……聖剣だな。
「疲労したところを狙ってきたか。いやはやますます呪いらしい。」
苦笑するも、刺すような痛みを伴い、雑然とした怨念、敵意そして殺意が頭の中に溢れてくる。それらが俺の物かそうでないか、気を抜くと分からなくなってしまいそうだ。
……呑まれてしまえば、ヴリトラ教徒の女剣士の二の舞いって訳だ。
早く抑え込んで…………いや、良いだろう。
従ってやる。
心の内で頷いた瞬間、双剣が僅かに震えた。
スッと頭痛が引き、かと思えば頭がいつになく冴えてきた。加えて身体も軽くなった気がしないでもない。
周囲をから迫る敵の動きがいつも以上にはっきり捉えられる。
『踊り、貫け!』
横薙ぎされた剣を仰け反って避け、上半身を起こす勢いで相手の鎧に体当たり。そうしてよろけさせたそいつの喉に龍泉を突き入れる。
血に濡れた龍泉が輝きを増した。
『斬って舞え!』
正面から突かれた穂先を龍泉で左へと流し、その勢いを利用して右足軸に回転。相手へと左足を踏み出し、太阿で相手の頭部を胴から落とす。
太阿が纏う光を強くし、直後、三方向から敵兵が襲い掛かってきた。
『意表を突け!』
龍泉を軽く放り、正面より接近していた相手の肩にぶつけ、文言を呟けば、切り替わった視界で俺はその相手の頭上に逆さで立っていた。
視線の先で、俺のいた地面に剣やら槍やらが叩き込まれる。
『魅せろ!』
身体を捻って足から着地しながら双剣で斜めに十字を描いてやれば、俺の目の前の鎧騎士は身を硬くし、顔から地面に突っ伏した。
そいつの背中を覆う鎧に刻まれたバツ印から鮮血が溢れ、それを吸った聖なる双剣はいっそう強い紫の光を放つ。
『そうだ、それでこそ我が使い手だ!』
職業が変わりました。
name:コテツ
job:勇者 職業補正:聖武具利用可
skill:双龍剣術 魔素式格闘術 隠密 気配察知 完全鑑定 超魔力 成長率50倍 威圧
magic coller:黒 無
勇者、ねぇ。これが終わった後、果たしてスレインは俺を無事に元の世界へ返してくれるだろうか?
望みは薄いな。
「貴様ぁッ!ぐっ!?」
「がっ!な……にぃっ……?」
走ってきていた2つの鎧の胸部をあっさりと貫き、そのまま顔まで切り上げられると、それぞれが揃って地面に倒れた。
「『ははは!』」
鎧兜の紙細工のような手応えについつい笑ってしまう。
……これが聖剣からの助力か。凄まじいな。
しかしこうなると重装兵なんてただ動きが鈍くて遅い兵士だ。ただ、心強い味方となるのに変わりはない。ローリスクハイリターンとはまさにこのことだろう。
それに、敵がゾンビを集中して攻撃するとはいえ、一体倒す間に二体作れば良い話だ。……そして今ならたぶん三体は作れる。
屠り、アンデッドとした兵の内数人を元味方へけしかけ、その他十数人を従えてラヴァルの元へと向かう。
そして多種多様な魔法陣を周囲に浮かべ、炎やら雷やらをバラ撒き、必死で敵の猛攻に耐えていた彼は、周囲の敵兵が横から襲ってきた重装のアンデッド達の波に押し流されていくのを確認し、剣を支えに片膝を地につけた。
「おいおい、大丈夫かラヴァル?目的はまだ達成してないぞ?」
「問題、ない。……ハァァ!」
その隣に立ち、辺りを警戒しながら言うと、ラヴァルの足元に広がっていた血溜まりが変形して幾何学模様を成し、輝いた。
見る間に彼の傷が癒えていく。
「行けるか?」
「愚問だな。」
聞くと、すっくと立ち上がったラヴァルはそう言って赤い剣を改めて握った。
進軍を再開したとき、味方の数は元の半分近くまで膨れ上がっていた。
楽しめそうだ。
眩い松明と化した古龍が再び光の柱で天へ突き上げられ、戦場が白と赤に照らされる。
そして地響きを立てて落下したヴリトラは、ピクリとも動かなくなった。
休憩してるだけなんてことは……
[我が主よ、古龍を失いました。]
……無いよなぁ。
「そうか、ならサイ、死に物狂いでこっちに来い。合流したらヘール洞窟へ送ってやる。」
[承知!]
ハキハキした返事を最後に念話は切れた。
「クク、やる気十分だな。」
笑い、双剣から赤色の尾を引かせながら敵陣を突っ走る。
「くっ、笑うなぁ!」
「おっとそりゃすまん。」
突き出された槍に太阿をぶつけてその軌道を右方へ逸らしてやり、体の流れに逆らわず左足軸で回転。龍泉で相手の兜を上下に割く。
……しっかし急がないとな。勇者達が来たら厄介だ。
爺さん、あとどれぐらいだ?
『なに、もう少しじゃ。それとお主、ラヴァルを引き離しておるぞ。』
了解。でもま、ラヴァルなら大丈夫だろう。味方もこれまででかなり増やせた筈だし。
血飛沫を上げる死体を味方に変える時間も惜しく、さらに蹴り出し、前進する。
そして二振りの剣を躱し、その使い手である敵兵二人の間を通り抜けざまに両者の首を落としたところで、爺さんの言葉が正しかったことを、前方の兵士達を見て確認できた。
というのも相手方の主な装備が剣や槍等の戦士のものから、杖や魔導書等の魔法使いのものへと様変わりしていたのである。戦士も一応いるとはいえ、魔法使いの護衛役だとすぐに見て取れる。
つまり、ヴリトラの魂の周囲を固める魔法使い達の集団にようやく辿り着けた訳だ。
「こんなところまで!?」
「味方は一体何やってるんだ!」
「くそっ、撃てぇ!」
と、こちらに気付いた敵が狙いをヴリトラから俺に定め直し、大量の魔法を放ってきた。
さて、このまま進めば周囲360度から魔法が襲ってくる訳だ。……流石に捌き切れないな。
「魔装!」
鎧兜を身に纏う。
魔法の射線確保、そして味方への誤射を防止するためか、敵兵の密度は割と低い。
一点突破はさっきよりもしやすい筈だ。
そして飛来する魔法の光を睨み、姿勢を下げ、いざ駆け出そうとした瞬間、飛んでくる色とりどりの光が上から落ちた黒い炎に押しつぶされた。
「我が主よ、参上仕りました。」
恭しい声は頭上から。
見れば、サイが竜から飛び降りてくるところだった。
その後ろに追随していた竜からもバラバラと動く死体が降りてくるのが見える。
「古龍が倒れ、壊滅は免れぬと判断し、兵を運べるだけ運んで参りました。」
俺が聞く前にそう説明して、片腕のリッチは暗色の炎を手に浮かべた。
ただ、血気盛ん……かはともかく、やる気があるのはありがたいけれども、サイの出番はここまでだ。
これ以降、こいつをヘール洞窟へ帰す機会はおそらくない。
「そうか、ご苦労さん。お前は一足先に帰っておけ。」
「いえ、私は「命令だ。」……承知致しました。」
「悪いな。」
抗議を封じられ、頭を垂れた隻腕のリッチをヘール洞窟へと送る。
さて、じゃあ改めて……。
「一点突破だ!……行くぞゾンビ共!付いて来れるなら付いて来い!」
サイの連れてきてくれた増援に命令を下し、俺は改めて襲ってきた魔法の雨の中へ走り出した。
木っ端な魔法は鎧で弾き、強力な物は無色の魔法で弱めて突破。
「支援!」
「アクセルッ!」
そんな俺へ、正面にいた兵士が背後の魔法使いに身体強化を施されて地面を蹴り、スキルの光を帯びた剣を突き出した。
狙いは胸。
「はは!その程度か!」
「ぐはっ!?」
それを右前腕で外に流し、返す刀で相手の胸を貫いて、そのまま死体を盾に突進。すると後ろで杖を掲げ、次なる魔法を準備していた杖持ちが――味方へ攻撃するのが躊躇われてか――魔法を放つ直前で硬直した。
……もう死んでるんだから気にしなきゃ良いのにな。まぁこちらとしては大助かりだ。
そいつと十分に距離を詰めたところで龍泉を横に振って刺していた死体を取り払いつつ、太阿で魔法使いの顎を貫いてやる。
アンデッドはわざわざ作らない。
「ぎぇぇぇ!」
……右の剣を深く刺し込みすぎて指輪が触れてしまうのは不可抗力だ。
胸部を貫いていた剣から解放され、早速暴れだしたアンデッドを尻目に、前方の敵兵の位置を大雑把に確認。
その隙間を縫うように走りながら、彼らを一太刀のもとに切り伏せていく。
「は、速い!?」
「止めろ!」
「ヘイロン様に近付かせ……ぎゃぁ!?」
隣の仲間を殺された兵士達が目の前を駆け抜けた俺の背中へ叫ぶ中、内数人がアンデッドとなった味方に襲われた。
チラと背後を見れば、俺に追随できているのは空を飛ぶ竜ぐらい。
上から敵兵に襲い掛かっては空へ離脱し、俺を追って飛んではまた敵に突っ込むを繰り返す彼らは、しかし次々と放たれる魔法によってその数を次第に減らしている。
落ちたら落ちたで暴れてはいるものの、多勢に無勢で核が壊されるのは時間の問題だろう。
……爺さん、まだ先か?
『もうすぐそこじゃ。……じゃが急がねばの。本丸を攻められていることに気付いて勇者が向かって来ておるぞ。』
見れば、たしかに白い光点が次第に大きくなってきている。
「くはは……ったく、目敏いなぁおい。」
笑い、呟く。
ともあれ、俺のやるべき事は変わっちゃいない。
切って切って切りまくるだけだ。
『いや、ヴリトラの魂の確保じゃろ。』
そうだった。
前に進めば進むほど双剣の纏う赤紫色が強まり、そしてヴリトラの魂に近づいているからか飛んでくる魔法の質が上がる。
その威力はまだ俺の鎧を一発で貫いたり破壊したりとまでは行かないものの、ヒビを入れ、俺をよろけさせるには十分以上。
「待、て……ファイ、ア。」
致命傷を受けた兵士が最後の足掻きで撃つ魔法ですらもちょっとした脅威だ。
無視のできない攻撃が増えたことで、その対応に追われ、前進速度を落とさざるを得なくなる。
突如右肩を何かに押され、体が左に傾いた。
「おっと!?」
素早く振り向けば、スレイン兵の突き出した槍が右肩に刺さっていた。
ちょうど龍泉で前の敵兵の首を貫いたところだったせいで、すぐには反撃へ転じられない。
地面を左足で踏み直し、倒れてしまうのを何とか回避。
「崩れたぞ!」
「今だ!」
「畳み掛けろ!」
そして肩に刺さった刃の付け根を太阿で切断した直後、四方からスレインの兵士達が、八方から大量の魔法が一斉に襲い掛かってきた。
まずは押し込んでいた槍の先が無くなって、肩透かしを喰らったように突っこけた兵士の首を龍泉ではね、右肩の無事を確認。
幸い、槍の穂先は俺の皮膚を破るには至らなかったらしい。
無色の魔素をありったけ集めた左手の平を地面へ向ける。
……ヴリトラの魂の恩恵を受けているのがお前らだけだと思うなよ?
「ハァッ!」
気合いの声を上げ、大量の魔素を真下へ放つと、全方位から俺へと迫ってきていた半径約10m以内の魔法は一つ残らず消し飛ばされた。
まだ遠くにあった物は顕在ではあるものの、多少は威力を弱められた筈だ。
「無色!?」
「構うな!次を撃て!」
対する敵魔法使い達の反応は至って冷静で、辺りの魔素の濃度が跳ね上がっているのもあって、すぐに攻撃が再開される。
しかし、そうもいかない奴らがいる。
身体強化を受けていた兵士達だ。
魔法が途切れたせいで体の動きが急に鈍って済まし顔でいられる訳がない。
自然、彼らの体はバランスを崩し、ついさっきの俺のように一瞬動きを止めてしまう。
「残念、惜しかったな!」
その一瞬で目の前の兵士の脇から肩までを切り裂いて、俺は再びヴリトラの魂片へと駆け出した。
そしてついに、目的の物が入ったパンドラの箱と、それを持つ騎乗した金の全身鎧を視界に入れた。
「やっとか、くはは、思ってたより遠かったぞ!」
「なっ!我が軍の中を単身でここまで!?」
「おう、楽勝楽勝!「そこまでだ!」うぉっ!?」
地面を強く踏み、急ブレーキをかける。
そして背後へ飛びずさった直後、俺のいた場所に白い槍が突き立ち、遅れて白銀の軽鎧を着た二人組が着地した。
片方はこれまた白い剣を構えて俺を見据え、もう片方は槍を地面から引き抜く。
来たか……でも、もう少しだ。
「ごめんカイト、外しちゃった。」
「大丈夫だよアイ。一緒にこいつを倒そう。」
「うん!」
カイトに謝ったアイは、励まされると嬉しそうに槍を構え直した。
こいつ?……あ、もしかして兜のせいで俺が誰だか分かってないのか?
「……その双剣、あなたが数ヶ月前に聖武具を盗んだ犯人ですね?ノーラみたいに聖武具を扱える人がそんなにたくさんいる筈がない。」
「そうなの?……あんた、あのときも邪魔したのね。」
いや、一度戦って逃げられた盗人だって認識がカイトにはあるらしい。
アイの方はよく分からない。あのとき“も”ってどういうことだ?……ただ一つ、彼女がいっそう殺気立ったのは分かる。
「勇者様を援護しろ!」
と、立ち止まったせいでまたもや周囲から大量の魔法が襲って来た。
しかし、その対処は無色魔法で事足りる。
「ハイジャンプ!」
一番の脅威はやはり、目の前から接近してくるアイだ。
踏み込んだ彼女の突き出した穂先を龍泉で弾き上げ、カウンターに斜め下から太阿を振り上げるも、それは素早い後退で躱される。
「蜂の巣にしてやるッ!」
……そりゃ鉄砲を使うときの表現だろ。
引かれた聖槍が蒼白く光り、一気に加速。
そして繰り出された苛烈な連続突きは、俺の攻勢を封じ込めた。
先程の表現はあながち間違いでもなかったようだ。
絶え間なく迫る槍を捌く事に徹し、周囲からの魔法を無色のそれで消しながら、しかし俺はもう一人の勇者の存在も忘れていない。
さぁカイト、どこから来る?
答えは左。
彼はこちらへ走りながら、強く輝く剣を右腰に構えていた。
そこに込められた力の強大さ故か、そのすぐ下の地面が――剣で触れられていないというのに――赤熱している。
……あんなのを受けたら一溜まりもないな。
胸への一刺しを横へ弾き飛ばし、片足を前に踏み込んでアイへ牽制。
そして彼女が俺を警戒して動きを止めた一瞬を逃さず、その踏み込み足で後ろに跳んで、俺は聖剣の間合いから逃げた。
「逃がすか!」
叫び、アイが聖槍で地面を突く。
「ハイジャンプ!」
そして次の瞬間、彼女の飛び蹴りが俺に炸裂した。
ご丁寧にも風の刃やら雷やらを纏っていたそれは、交差させた両腕の鎧を粉々に砕いてしまい、俺の体そのものを吹き飛ばす。
「くっ……はは、やっぱり強いな!」
笑い、鎧を再生。
「限界突破!」
直後、カイトが加速し、俺を間合いに入れた。
「焼き尽くせ!」
聖剣の輝きが増す。
対する俺は即座に足場を作り、そこへの着地と同時に左へ腰を捻って身を縮め、逆袈裟に振られる聖剣に龍泉を下から宛てがう。
腰の捻りを開放し、二つの刃の速度を合わせ、しかし俺が聖剣に加えるのは上向きの力こみ。
「レーヴァテイン!」
右に背けた顔の左を凄まじい熱が炙り、通過。
そして聖剣から噴き出した白い火炎は、柱となって斜めに天を貫いた。
いやはや、とても見覚えのある柱だこと。
「……あれ、お前の仕業かよ。」
ヴリトラをビーチボールみたいにバカスカ打ち上げやがって。
「おじさん!?」
カイトの驚きの声。
気付けば俺の兜が半分剥げてしまっていた。
「ようカイト。積もる話はまた後でな。」
兜を作り直しながら言い、目を見開いたままの彼の腹に太阿を握ったままの左拳を思いっきり突き入れる。
鋼のへこむ感触。
「がはっ!?」
カイトの体は少し浮き、背中から地面に着地した。
「カイト!……貫き穿て!」
それを見るや、アイが槍を肩に担ぎ、振りかぶった。
俺の正体が見えてなかったか、強い光を放つ槍を投げようとする彼女に躊躇う様子は一切ない。
……いや、見えててもあいつなら躊躇わないか。
地面に足を付けつつ、龍泉を彼女へ投擲。
「ふん……ゲイボルグ!」
僅かに身をひねるだけでそれを躱し、俺を睨みつけたアイはお返しとばかりに聖槍を投げ放った。
手元から離れるなり、槍が無数に増殖。
「そういや分裂させられるんだったな……黒銀!」
対し、俺は腰を落として再び腕を交差させる。
幸い、槍そのものの威力は通常と変わらず、鎧で受け止められた。ただ、さっきの飛び蹴りと同じ小細工が槍にしてあったようで、受け止めた装甲のあちこちが浅く削られてしまう。
「ふふ、もしかして安心した?」
そんな俺を間合いに入れ、接近してきていたアイが嘲笑。
その手には白い槍がもう一本。強い蒼の光を纏うそれの防御を鎧任せにできそうにはない。
つまり、こっちが本命らしい。
「少しな。」
「ハァァッ!」
突きの狙いは俺の胸。
しかし穂先を右掌で軽く押してやり、ほんの少し仰け反れば、刃は俺の左肩の上を通過していった。
そうしてがら空きとなった相手の腹部に、右のボデイブローを打ち込む。
「ぐぅっ!?」
呻くアイ。
そのまま力任せに押し退けると、彼女は斜め後ろのスレイン兵達へ突っ込んだ。
「アイ!……コテツさん、悪いけど、ここで倒させて貰います!」
腹を抑え、立ち上がりながらカイトが言う。
ただ、それは勘弁願いたい。
「じゃああとは頼んだぞ。」
だから俺は背後の気配にそう言って、厚い煙幕を張った。
「フッ、ようやく追い付いたと思えば……。」
「くはは、すまん。……応えよ!」
返ってきた声に軽く笑い、叫ぶ。
「……太阿!」
途端、視界が切り替わる。
目の前にはパンドラの箱を持った騎士。
ずっと後ろの方では煙幕の中から現れたラヴァルにカイトが目を見開いている事だろう。
「転移だと!?シ、シールド!」
驚きながら、騎士は空いた手を俺に向け、すると蒼白い半透明の壁が目の前に現れた。
スキル?
赤く輝く太阿の突きをそれに容易く防がれてしまい、俺はすぐに魔法の遠隔操作へと手を変える。
具体的には黒い柱で騎士の乗る馬の腹を突き上げた。
「ヒィィィィン!?」
「ぬぁぁっ!?」
いきなり腹をド突かれ、仰天した馬は勢い良く立ち上がってその背に乗った全身鎧を振り落とす。
そうして為すすべもなく地面に突っ込んだ騎士の手からパンドラの箱が転がり落ちた。
同時に彼の作り出した障壁が消える。
「しまっ……!?」
即座にワイヤーを飛ばして騎士の手が届く前に箱をこちらへ引き寄せ、
「鉄塊!」
俺は飛んでくるそれを睨んで、蒼く光る右拳を引いた。
「貴様まさか!?やめろォォッ!」
うつ伏せに倒れた鎧の絶叫。
そして彼が必死に手を伸ばすその先で、正拳の突き刺さった黒い立方体が破裂した。細かな破片は拳圧で散り散りに吹き飛び、消える。
……これで、目標は半分達成だ。
「ば、馬鹿な。破壊、したのか?」
倒れたまま、全身鎧が俺を見て声を震わせる。
「おう、見ての通りだ。」
それに素っ気無く返すと、彼は兜を外して脇へ投げ捨てた。
現れた顔はスレインの王、ヘイロンの物。
これには素直に驚いた。
まさか王様直々に出てきていたとは。……勝利する自信がよっぽどあったのかね?
「あり得ん!人に古龍を殺せる筈がない!」
「普通はな。なに、龍を完全に殺す技術を編み出しただけだよ。ファーレンがこのために何年準備してきたと思ってる。」
怒鳴る彼に、俺はただ肩をすくめて言った。
もちろん大嘘である。
砕け散ったのは即席の魔法で作ったただの立方体。要は偽物だ。
本物はヘール洞窟にあり、今頃はサイによって以前の主人の墓に供えられているかもしれない。
ファーレンが何年準備してきたかなんて、ラヴァルぐらいしか知らないだろう。
ともあれ、ファーレンの魔術が他より進んでいるおかげでこんな嘘にも信憑性が出てくれる。
「なんという、ことを……。」
「ハッ、そんなにヴリトラに会いたいんなら会わせてやるさ。……止まれ!」
周囲を取り囲む兵士達が彼らの王の危機に気付いて一斉にこちらへ走り出したものの、俺が王の襟元を掴み、宙に浮かせながら大声で叫ぶと、すぐにその動きを止めた。
「……余を、殺すか。」
苦しそうに呟くスレイン王。
「実はお前らのやりように結構腹が立っててな。」
「ふん、それはこちらも同じこと。」
戯けて口にした言葉への彼の予想外の返答に、俺はつい眉をひそめる。
「なんだと?」
そんな俺に嘲るような目を向け、ヘイロンは俺の手首を掴み返し、少し息を整えて口を開いた。
「ファーレン学園はその門をくぐった者を皆腑抜けにする、最悪の学び舎よ。これまでの慣例を破り、我が国の騎士学校ではなくファーレンへ我が息子アーノルドを入れてみたが、卒業して帰ってきたときのあ奴は、開口一番、戦争をやめたいなどという戯言を本気で言いおった。ふはは、亜人共と平和協定を結ぶべきだと?……馬鹿馬鹿しい!一年目を終えていた下の息子を即刻騎士学校に入れ直してやったわ!いくら優秀に育て上げられていようと、ファーレンで学んだ者らの心は全く成っていない!……我が国の子供達にくだらない妄言を吹き込んできたと思うと、腹立たしい事この上ない!」
「そうかい。」
適当に返し、龍泉を握り直す。
同時に周囲を取り囲むスレイン兵がそれぞれの得物を構える。しかしヘイロンの話はまだ終わっていなかった。
「学ぶ内容そのものは良い、というアーノルドの進言で勇者達を一年半だけ入学させたが、合間合間に騎士学校へ行かせた事が功を奏し、彼らは素晴らしい戦士となってくれた。……良いか?ファーレンが一番良い学び舎だというのは誤った見方による物過ぎん。ファーレンは、何よりも肝心な学生の心を堕落させる、最も質の悪い場所だ。……ぐ!?」
「……言いたいことはそれだけか?」
鎧ごと彼を左手で持ち上げ、睨みつけるも、シワだらけの顔から余裕の表情は消え去らない。
「ヴリトラの魂は失われたが、ファーレンにいる他国の要人の急所は我らの物となる。貴様の健闘は讃えよう。しかし、依然勝利は我らの物だ。それが分かっている上、元より余の命は老い先短い。何を恐れることがある。」
傲岸不遜に言い放たれた言葉に、思わず笑いそうになる。
勝利なんてどうあっても手にできないと知ったとき、一体どんな顔をするのやら。
「くく……そうか。」
結局堪え切れず、軽く笑いながら言い、右の中華刀を逆手に持ち直したところで、
「オーバーパワーッ!」
周囲のスレイン兵の囲いからユイが猛スピードで飛び出してきた。
すぐにヘイロンを横に投げ捨て、振り下ろされた草薙の剣を逆さの龍泉で受け止める。
「ぐぁっ!?」
「「ヘイロン様!」」
そして兵士たちの意識がそちらへ向いている間に“操作”を完了。
頷くと、ユイは一歩踏み込んで俺の胸に左手を押し付けた。
その人差し指には、一瞬前まで俺の右中指に嵌められていた漆黒の指輪がある。
つまり、この戦いを終わらせるのは他の誰でもない、彼女による指輪を介した号令となる。
さぁ、目標はすべて達成された。
スレインが何をしようと、例え俺やラヴァルを捕らえようと、彼らがこの戦いから得るものは何もない。
ザマァ見やがれ。
「似合ってるぞ。」
「こんなのが似合っても嬉しくないわよ。ハァッ!」
そして彼女が俺を思いっきり押し飛ばすのに合わせて俺も地面を前へ蹴り、スレイン兵の囲いの上を勢い良く飛んでいった。
空を舞いながらラヴァルの位置を探し、空を駆けて彼へ走ると、向かう先で大爆発が起き、爆炎の中から本人が転がり出てきた。
その隣に着地し、手を差し出す。
「大丈夫か?」
「くっ、ことは、済んだか?」
それを取って、呻きながら立つ彼に聞くと、逆にそう聞き返された。
「ああ、バッチリだ。そしてお前は大丈夫そうじゃないな。」
「フッ、左肩を抉られただけだ。この程度怪我の内にも入らん。」
片腕を抑え、両の足で地を踏み直すラヴァルの、あちこちが煤けて、土汚れでボロボロになった姿を見て言うも、彼は笑みを湛えたまま、その余裕を見せ付けてくる。
突如、俺達を熱風が襲った。
「くっ!」
「っ……なん、だ?」
発生源へと素早く視線を向ければ、そこにあったのは紅蓮に燃え盛るカイトの姿。
しかし、彼に藻掻き苦しむ様子はない。
それどころか、純白の剣を片手に半ば溶解した地面の上をゆっくりとこちらへ歩いてきていた。
一歩進むごとに彼から感じられる熱気が強まり、聖剣が肩に構えられるだけで強い熱風が再び巻き起こる。
……神の力か?
『じゃな。はぁ……。』
ため息つきたいのはこっちだ。
「……あんなの相手によく死ななかったな。」
「なに、逃げに徹しただけだ。」
鎧を解除して苦笑した俺に、ラヴァルはそう言って笑い返し、ほぼ同時にカイトの纏う炎がさらに大きく燃え上がった。
……本当、肩を抉られただけで済むなんてビックリだ。
「では逃げるとしよう。」
「おう。」
述べたように、もう捕まえられても構わないものの、捕まえられたい訳でもなし。
俺達は教師証を握った。




