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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第七章:危険な職場
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作戦開始

 竜が夜空から襲い来て、かつて味方だった死体がおぞましい敵として船壁をよじ登ってくる。

 魔法と矢による弾幕を俺と俺の率いる竜による強行軍で突破され、ファーレン沖に浮かぶスレインの船団は気付けばそんな悪夢のような状況に陥っていた。

 爺さん、船はあとどれぐらいある?

 『もう半分程じゃな。』

 「半分か……。」

 阿鼻叫喚を体現する甲板の上を走り回り、死んだ敵を仲間に引き込んでいきながら爺さんの返答を小さく反芻。

 元々100隻以上はあったのだから仕方ないとは思うものの、まだまだ先の長くなりそうな戦いに少々焦りを感じてしまう。

 と、そこでギギと木の軋む音と共に足場が徐々に傾き始め、この船がもう間もなく沈むことを伝えてきた。

 途端、敵兵が揃って浮き足立つ。

 「もう駄目だ!沈むぞ!」

 「逃げろ!」

 「隣に飛び移れ!」

 「急げ!取って喰われちまう!」

 いや、喰いはしないぞ?

 上がる叫び声に苦笑しながら俺も船の縁に駆け寄り、壁面を既に濡れた死体で覆われている隣の船へと跳ぶ。

 眼下では飛距離が足りず海に落ちた人々が海面下にいるゾンビ達により次々と水中へ引きずり込まれていく光景。

 彼らが再び空気に触れるのは、水死体にとなってからだ。

 次の標的となった船の縁に着地するなり、下から迫る死体を剣で払っていた敵兵二人の首を斬り、甲板に転がしてやる。

 するとそれを見た周囲のスレイン兵達が慌てたように俺に剣先を向けた。

 「敵か!?」

 「くそっ、こいつもアンデッドなのか!?全員気をつけろ!動きが鋭いぞ!」

 ……なんか若干勘違いをしてるな。

 ま、襲って来ているゾンビ達はついさっき死んだばかりなのもあって、見た目事態は生前とそんなに変わりはないからな、仕方のないことかもしれん。

 加え、今は夜だ。

 ランプや魔法で光源を確保してはいても、やはり昼より見えにくいのは間違いない。実際、俺自身も気配察知で敵味方を判別しているところがある。

 さて、まずは誤解は解こう。

 「待て待て、俺は生きてるぞ。」

 そう落ち着いた調子で話し掛ければ、敵だというのに彼らは剣先を下ろし、

 「それより、余所見してて良いのか?」

 横を指差した俺の言葉に、皆揃って顔を船外へと向ける。

 「え?……ぎゃぁぁ!?」

 「セイン!?ぐぁっ!?」

 そして彼らは乗船してきた真新しい死体に襲いかかられ、倒れ、雪崩込んで来た後続の死体に押しつぶされた。

 そんな新鮮な死体達全員に指輪で触れて仲間とし、俺はデッキを駆け回って他の死体の捜索を始める。

 船団への最初の攻撃からこのようにとにかく味方を増やすことに専念した結果、今やアンデッドの数は数百にまで増大し、おかげで敵船に乗り込んでから船底に大穴を穿つまでの時間はかなり短くなった。

 ただ、その分、ゾンビを作る時間が減り、初めは一隻の船員を丸々変えられたのが、今では半分味方にできれば良い方だ。

 何にせよ、ペースそのものはかなり良い

 それでも内心の焦りが消えないのは、勇者達がいつこちらに気付いて襲い掛かって来てもおかしくないからだ。

 何せそうなればヴリトラの魂の奪取は著しく難しくなってしまう。

 しかしだからと言ってこの船団への攻撃を中途半端にしたままスレイン軍の背後を突くことは論外だ。

 純粋に兵の数が足りなくなるし、こちらが挟撃を受ける事にもなりかねない。

 せめて6割、いや、7割は沈めたい。

 と、早速足元が傾き始めたところで辺りが白く照らされた。

 「ギァァァァァァァァッ!」

 次いで耳障りな声が響いたのに素早くファーレン島へと目を向ければ、夜闇の中、凄まじい光の柱が斜めに伸び、ヴリトラの巨躯を天へ突き上げていた。

 「よぉし!」

 その幻想的にとも言える光景に思わずガッツポーズ。

 勇者達は陽動に上手く引っかかってくれた。つまり時間にまだ余裕があるということ。

 光が収束して消え、ヴリトラの頭がファレリルの眠る山に勢い良く落ちて崩壊させる。

 「さて、あともうちょい……ここにいたか!?」

 それでも古龍が再び暴れ始めたのを確認し、呟いたところで、馴染みのある気配を感じ取った。

 位置は今いる船の甲板の下。

 すぐに船内の階段に向かい、真っ暗な空間に飛び込むと、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

 「くそっ!何なんだこいつらは!?退きやがれっ!……全員急げ!早く、逃げねぇと!」

 見れば、ポツポツと吊るされたランプや木の板の隙間から漏れる薄い光の中で、迫るアンデッドを斧で散らす二人目の裏切り者の姿があった。

 「お父さん!」

 「ッ!?ハイラ!」

 「分かってるよ!アイスハンマー!」

 その背後には彼の家族。

 まだ幼い二人の息子を守って戦う夫婦に、不和の様子は全く見えない。父親の勝手な行動への不満は、この緊急時において先送りにされたのだろう。

 そして4人の向かう先は船の上へと出る階段。

 つまり俺のいるところだ。

 双剣を抜けば、白刃に赤い燐光が宿った

 彼らを襲っても時間の無駄になるので、他を攻撃するよう指輪を通した念話で配下に命令、次いで声を張り上げる。

 「バーナベルッ!」

 「……コテツ!?」

 正直、こいつのことはどうでもいいと思っていた。

 何せ殺そうと生かそうと戦局に大した影響はない。むしろ下手に腕が立つ分、戦うだけこちらが損してしまう。

 しかし、一度見つけると、見逃すことを心が許さなかった。

 ネルを人質に取り、そしてヴリトラの魂を――アリシアを犠牲にしてまで手にした物を奪ったこいつに、その報いを受けさせない訳には行かない。

 「……これは、お前の仕業か?」

 両手で斧を構え、自らに向かって来なくなったアンデッド達を見ながら、バーナベルはそう聞いてきた。

 「だったらどうする?」

 「……頼む、俺のことはいい。だから「家族を無事に帰してくれってか?」あ、ああ、そうだ。」

 「くはは……よくもそんな都合のいいことを口にしようと思えたな。」

 別に、罪のない家族ごと皆殺しにしてやろうとか思っていた訳じゃない。俺の怒りは他の誰でもなく、バーナベル一人に向けられている。

 ただ、今のは好き勝手やった後に吐いていい台詞じゃない。俺の火に油が注がれただけだ。 

 軋み、傾く床。

 樽やら何やらがバーナベルの背後へと転がっていく。

 ……船首の方に穴が開けられたらしい。

 「なら、無理矢理にでも通させてもらうぞコテツ!」

 と、バーナベルは斧を右肩に振り上げ、叫びながら距離を詰めてきた。

 「通行料はお前の命だぞ?」

 「スラッシュ!」

 蒼白い軌跡を描いて振り下ろされる斧。

 それに龍泉をぶつけることで斧の向かう先を真下――俺から見て左下へと変え、すぐに相手の首へと白刃を切り返すも、バーナベルは斧から手を離し、上体を引くことでそれを躱した。

 すぐに右足を踏み込み、心臓へ突き出した太阿は、しかし相手が後退したことでその胸部に血を滲ませるだけに終わる。

 と、バーナベルの体がさらに仰け反った。

 「ムーンサルトッ!」

 俺の顎を狙った蹴り。

 「くっ!?」

 それをギリギリで身を引くことで避け、視線を前へ戻せば、後ろ宙返りを完了させたバーナベルは氷の短剣を左手に作り上げていた。

 「ソニックスタブ!」

 「シァッ!」

 短く息を吐き、バーナベルと同時に踏み込む。

 直後、距離が消え、俺の腹部に相手の左腕が突き刺さった。

 「ぐぅぅッ!」

 しかし、上がった呻き声はバーナベルのもの。

 龍泉に切り飛ばされた彼の左手と握られていた氷の短剣は、傾いた床の上を転がっていった。

 コートがおびただしい量の血で濡れていく。

 「あんた!」

 「「お父さん!」」

 五秒にも満たない戦闘に手を出し兼ねていたバーナベルの家族が悲痛に叫ぶ。

 「なにやってる!今のうちだ、早く行け!」

 しかし対する返答は強い叱責だった。

 同時にバーナベルは右手に短剣を作成。しかし俺はそれを見逃さず、太阿で相手の右肩を刺すことでその動きを封じ、そうして痛みに怯んだバーナベルの顎を顔で蹴飛ばしてやった。

 「ぐぁぁっ!?」

 次第に急になっていっている足場を、片手を無くした獣人が頭から仰向けに滑っていく。

 そうして闇に消えていった相手を追おうと踏み出したところで、目の前にハイラさんが立ち塞がり、冷気を纏う掌を向けてきた。

 「もう、やめてください。今の短い攻防で分かります。主人は、あなたには敵わない。……ドラゴンスレイヤーですから、当然、だったのかもしれませんね。」

 「俺はバーナベルを狙っているだけです。その家族まで殺そうとは思ってない。アンデッドもあなた達は襲わない。早く逃げてください。」

 丁寧に言い、背後の階段を剣で指し示すも、彼女は首を横に振った。

 「できません。主人を見殺しにだなんて……。コテツさん、彼は確かに大馬鹿野郎ですけれど、本当に、優しい人なんです。ケニスやタレンにも凄く慕われていて、たまにしか帰って来れていなくても、私にとっては最愛の夫で、彼らにとっては大切な父親なんです。それを、お願いですから、奪わないでください。」

 親、ね。……!

 「二人は!?」

 「え!?」

 言われ、ハイラさんが左右を見るも、彼女の息子達の姿は忽然と消えていた。

 ……甲板に上がってくれてればいいんだけどな。

 取り敢えず気配察知に集中。

 「そんな……まさか!」

 しかし俺が二人を見つける前に、ハイラさんは何かに気付いたように、坂を駆け下りて行った。

 ……うん、確かに下にいるな。

 「くはは、流石は母親ってか?……言ってる場合じゃないな。」

 こうしている間にも船の角度は徐々に険しくなっていっていて、もうそろそろ支えなしに立つのは難しくなる。

 助けるなら助けるで早くしないといけない。

 双剣を鞘に納めてハイラさんの後を追い、真っ暗闇へと駆け下りる。

 アンデッドと船員との戦闘は既に終息し、船内はすっかり静かになっていた。

 そこかしこに死体が倒れているものの、その再利用は後。

 戦闘の影響か、吊るされていたランプはほとんどが割れて消えるか落ちて奥へ転がっていくかして、元々悪かった視界をさらに酷くしてしまっていた。

 光源は天井の隙間から差し込む月光と、船の側面にある、元の世界であれば大砲を覗かせるための――この世界であればおそらく魔法を打ち出すための――小さな窓から差し込む光。

 と、探していた声が聞こえてきた。

 「二人とも、俺はいいから早く船から出ろ!」

 「お父さん!立って!」

 「手をだして!」

 「……早く行け!」

 どうやらあの二人はバーナベルを助けに行ったらしい。

 まぁ、こっちに下りたって時点で予想はしていた。

 「ケニス!タレン!どこにいるの!?」

 「あ、お母さん!こっち!」

 「お父さんがいるよ!」

 「見えないからお父さんを連れてこっちに来なさい!」

 そしてハイラさんも合流した、と。

 あと、獣人って結構夜目が効くのだろうか?

 思った瞬間、足が滑った。

 「うぉぁあっ!?」

 物理的に一寸先が闇な滑り台を勢い良く滑り降り、バシャンと尻が水に突っ込む。

 そのまま海水に体全体が浸かってしまい、慌てて水面へと泳いで顔を出し、息を吸いながら周囲を見渡すも、ほとんど何も見えやしない。さっきまで聞こえていた話し声もすっかり消えてしまった。

 取り敢えず、水面に浮かんだ、まだ明かりの灯っているランプへと泳ぐ。

 「油断したなコテツ!」

 しかしそこへ辿り着いた瞬間、突然背後から水飛沫が上がり、俺の首に太い腕が巻き付いた。

 この声、バーナベルか!

 「がぁ!?」

 「へへ、天が俺に味方してくれたみてぇだな。」

 俺を拘束したまま、バーナベルが上げた左腕の先には鋭く尖った氷の刃が生えていた。

 すぐさま黒銀を発動。腰へ手を伸ばすも、この動きは予想されていたか、双剣は相手の足によって抑えられてしまっていた。

 「チッ、こうなると氷の刃じゃ殺せねぇか。なら!」

 言うと、彼は俺の首を締めたまま、背中から俺共々海に潜った。

 溺れさせるつもりか!

 藻掻き、魔法で強化した力で喉から腕を外そうとするも、蒼白く光を帯びたそれはびくともしない。

 ならばと黒龍を右手に逆手に握り、バーナベルの脇腹を突き刺すと、低い呻きが気泡と共に背後から漏れた。

 しかし、感じる手応えからして、刃はその切っ先のみを相手の肌に入れただけに終わっている。もちろん首の拘束は解けていない。

 ……こいつ、体を硬化させやがったな!?

 使ったのは魔術か魔法か俺と同じ魔素式格闘術か。おそらく3つ目だろうけれども、そもそも手段なんて今はどうでもいい。

 そろそろ俺の息止めも限界に近い。

 ただ、黒銀を用いているおかげで喉をこれ以上締められたり首の骨を折られたりする心配がないのは不幸中の幸いだ。加えてバーナベルが俺を逃さないことに必死でそれ以上の行動をできていないのも大いに助かる。

 右肘を背後に思い切り打ち込み、次いで後頭部で相手の顔に頭突きをかます。

 するとオレンジ色に照らされた水の中を大きめの泡が昇っていき、しかしバーナベルの拘束は緩まない。

 やっぱり、地道にやるしかないか。

 水面を見上げ、目測で水面の上に中空の玉を作成し、俺の元へと移動させる。

 これまでも幾度か役立たせてきたその空気タンクで呼吸を整え、背後で上がった怒号を無視し、俺はもう一度黒龍を敵の脇腹に突き刺した。

 固い手応えは斬撃の浅さを伝えてくる。それでも手前に引いた黒龍は、スキルの色とは違う、どす黒い赤の線を引いていた。

 三度目。

 再び背後から呻き声が漏れた。

 四度目。

 獣人にも珍しい程筋肉質な腕にさらに力が込められ、しかし俺を締め落とすには至らない。

 五度目。

 拘束が心無しか緩んだ。抜いた黒龍の刃は半ばまで血に濡れていた。

 六度目。

 首を締める腕が痙攣し、同時に大量の泡が水面へ昇る。それでもバーナベルは俺を離しはしない。剣を勢い良く抜けば、水面に浮かぶランプに照らされ暖かな色に染まった水に、赤黒いものが混じり始めた。

 7度目の攻撃の直前、バーナベルが俺の耳を噛み、しかし6度の攻撃で消耗したためか、彼は俺に痛みを感じさせることすらできずに終わる。

 両腕で黒龍を握り、繰り出した7度目の攻撃は、温かくも生々しい感触を俺の手に直接感じさせた。 

 刃が根本まで入ったのだ。

 そのまま中華刀を捻り、緩まり切った腕を左手で首から取り払う。

 振り返れば、脇腹を真っ赤に染めたバーナベルが必死な形相で尚も俺へと手を伸ばしていた。

 俺はその眉間に陰龍を突き立て、死体を蹴って頭上の光源を目指して上昇。

 そしてようやく新鮮な酸素にありついたところで、船の壁面からこちらを見守る母子三人を見つけた。

 オレンジの光に照らされた俺と周囲の海水混じった赤で父親の死を悟ったか、彼らは静かに船壁の穴から泳いで出ていった。

 ……最後の最後までバーナベルの勝利を信じて、期待してた訳か。

 「はぁ……当然か。」

 彼らを追おうという気は起きず、俺は彼らの出ていった反対側の穴から沈没していく船を脱出した。

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