開戦
[我が主よ、始まりました。]
泣き止んだルナを――少し揉めはしたものの――ヘール洞窟へ送り、改めてラヴァルの待つコロシアムリングへ歩き出したところで、戦端が開かれたという報告がサイからされた。
それを証明するかのように遠くから聞こえ始めた爆発音や怒号、そして城壁を越えてきたいくつもの矢や魔法が壁のすぐ内側に降り注ぐ光景に、微かに体が震え出す。
……武者震いだと信じよう。
「サイ、頼むぞ。勝たなくていい、なるべく長く持ちこたえろ。」
[はっ!]
口角が上がるのを感じながら指示した後、走って向かったコロシアムリングでは、ラヴァルがそこに描いた赤い魔法陣の中心で、こちらに背を向け跪いていた。
「コテツ、スレイン軍と抗戦しているアンデッドは我々の味方と見て良いのだな?」
「ああ、そうだ。」
リングに上がるなり飛ばされた質問に、取り敢えず首肯して返す。
あの魔法陣、周囲の様子を探るためのものなのかね?
赤く輝く不可思議な幾何学模様を眺めつつその中に踏み入ると、ラヴァルは徐に立ち上がって振り返り、こちらへ右手を差し出した。
「ならば時間はあるな。教師証を貸せ。修復する。」
「はいよ、頼んだ。……あ、このイヤリングも直してくれないか?」
言われた通り、ポケットに入れていた歪んだメダルを投げ渡し、ついでにそう聞いてみると、受け取ったメダルを血の短剣何やらつつき始めたラヴァルは手を止めないまま首を横に振った。
「……それは難しいだろう。繋げたい魔法陣の両方がここにあるならばともかく、壊れた物のみでは上手くいくまい。」
……ユイからスレイン軍との内情を教えて貰えればかなりの助けになったろうに。
「了解。……それで、お前は本当にスレインと戦うのか?」
「当たり前だ。むしろそれは私がお前に聞きたい。言っておくが、ヴリトラの魂を海の底に沈めるぐらいならば私一人の命で成し得る。」
「命、ね。申し出はありがたいけどな、それじゃあ駄目だ。カイトは海の女神の助力を得られるんだ。海に沈めたところで変な水流が起こってたぶん海面に浮くぞ。」
違うか爺さん?
『う……む、やりそうじゃの。カリプソめは、カイトをかなり気に入っておるようじゃし。』
あいつ、女神にまでモテるのかよ。
何にせよ、同じ理由で復活の指輪も海の中には捨てられない。……シーラには心の中で謝罪しておこう。
「ではどうする?まさかスレイン軍に勝てるとは言うまい?」
「ヘール洞窟に送るんだよ。あと、間違ってるぞラヴァル。俺達は勝つ。勝利の条件が向こうとは違うだけだ。」
戦う前から弱気になってたらおしまいだ。
「フッ、そうか。となればその指輪ごとお前を逃がすことが私の役割だな。言ったように、城には隠された抜け道がある。それを抜けた先にある船で逃げると良い。ついて来い。入り口を教えよう。」
言って、ファーレン城の本来の主は教師証を俺に投げ返してきた。
「その言い方だと、お前は逃げないのか?」
右手でそれをキャッチし、問う。
「用意してある船の足は速くはない。誰かがここで敵の気を引かねばな。」
「それもアンデッドにさせられるぞ。」
相手の強い決意の籠もった言葉に申し訳なく思いながら言うと、コロシアムから出ようとしていたラヴァルは足を止めてこちらを振り返った。
「なに?」
「あいつらには知性のある奴も何人かいるんだよ。だから俺達はさっさとやることをやって、その船で二人で逃げれば良いんだ。案内はそのときに頼む。」
「なるほど、それは朗報だ。では、スレインの小賢しい策を潰すとしよう。」
「くはは、そうだな。……来い!」
叫ぶ。
すると地響きと共にコロシアムの壁を越えてヴリトラの躯が現れ、俺の前にその頭を垂れた。
その上に飛び乗りラヴァルを手招きすれば、少し目を見開いていた彼は痛快そうに笑い声を上げ、俺の隣に立った。
アンデッドの魔法使い達によって修復された城壁を――おそらく威嚇のために――ぐるりと囲んだスレイン軍は、ファーレン城を未だ攻めあぐねていた。
戦力を分散させてしまったから、ではない。
むしろ彼らのそれは分散させても余りある。
ただ、その数に任せて全方位から矢や魔法を浴びせているにもかかわらず城壁上からの攻撃が衰えないため、ファーレン城へなかなか近付けていないのだ。
弱った敵との勝利の確約された戦いってことで、スレイン軍が油断しきっているのも戦線の停滞している要因の一つだろう。
しかし何よりもやはり、体の大部分を粉微塵に破壊されても核さえ無事ならあっという間に再生してしまうという、アンデッドそのものが厄介なのだ。
そして遂に焦れたか、スレイン軍が動き出した。
具体的には人を背に乗せた飛竜が数百匹、軍の後方から一気に空へ飛び上がり、城壁へと高速で突撃を開始したのだ。
鎧を身に着け、一糸乱れぬ隊列を組んだ飛竜の飛行高度は、尚も続く矢と魔法のやり取りよりも遥かに上。
「さて、準備はいいか?」
「フッ、いよいよか。」
その様子を城壁の上から眺めながら、矢の雨を障壁で防ぎつつ背後に聞くと、滞空する竜の屍に両足で立つラヴァルはキザに笑い、宙の赤い魔法陣から剣を引き抜いた。
それを肯定の返事として受け取り、俺は復活の指輪を口元に近付けて一言呟く。
「やれ。」
瞬間、ファーレンの城壁は内側から爆発した。
「ギァァァァァァァァァ!」
金属の軋んだような鳴き声を辺りに響かせ、高く舞い上がった土煙の中から現れたのは黒い古龍。
言わずもがなヴリトラである。
残念ながら生前と違って今のこいつに知性はない。そのせいか魔法も使えず、空を飛ぶことすらできない。しかし、ただ巨大であるということだけでも、古龍というのは十分な脅威だ。
爆散した石壁は迫って来ていた飛竜を数十匹潰し、地に足をつけた敵兵を圧殺し、そこへ畳み掛けるようにヴリトラの巨体が突っ込み、無茶苦茶に暴れ始める。
うねる長大な体は触れる人を蟻のようにすり潰し、敵の被害は拡大の一途を辿っていく。
しかし、ビックリ箱はまだ空じゃない。
ヴリトラの派手な登場で崩壊した城壁から次いで姿を見せたのは、素手から斧、破れた服から錆びた鎧までと、てんでバラバラな武器防具を身に纏う、整然と隊列を組んだアンデッド達。
防具から垣間見える蒼白い肌、半分液体状の肉、そして土のこびり付いた骨でできた彼らの不気味なまでに揃った動きは、ただでさえ浮足立った敵軍をさらに動揺させ、ほぼ恐慌状態に陥れた。
このダブルパンチにより、スレイン軍の前線は自らの十分の一の数の兵によってあっさりと崩された。
……とはいえ、眼下で起こっているそれら全ては単なる陽動だ。
「行くぞ!」
ヴリトラのお披露目と同時に竜に跨り、敵の飛竜隊よりさらに高い空へ飛び上がっていた俺は、同じく竜に乗ったラヴァルや周囲を飛ぶ数十の色とりどりの竜達を引き連れて、ファーレン島沿岸へと飛行を開始した。
爺さんによれば、目標――ヴリトラの魂は敵軍の後方にあるらしい。
しかし、俺達の最初の狙いは、そのさらに後ろ――敵軍を乗せてきた船団。もっと言えばその乗組員を伏兵代わりに使うこと。
ヴリトラという飛び道具がこちらにあるとはいえ、真正面から万単位の大軍に突っ込んだところでヴリトラの魂のある位置まで攻め込めるかどうかは怪しい。空から急襲をかける手もあるものの、それだと一か八かが過ぎる。
だから俺の狙いは敵の背後からの、ある程度の軍隊による奇襲。そのための兵士はもちろんこれから増やすのである。
あと、もし船団を全て沈められれば、俺とラヴァルの逃走もかなり楽になるという目算もある。
ただ、その前に……
「空だ!竜がいるぞ!」
「敵のドラグーンか!?行かせるな!」
……スレインの飛竜乗り達――ドラグーンと言うらしい――を突破しないといけないようだ。
ったく、ヴリトラとかアンデッドとか、見る物は地上に幾らでもあるだろうに。目敏い奴らめ。
「ラヴァル、援護を頼む。」
こちらへ昇ってくる敵の竜を見下ろしながら、乗った竜の背に立ち上がる。
「……良いだろう。だがお前の窮地と見ればすぐに助けに入らせてもらう。」
「くはは、了解。」
俺の指示への少し不服そうな返答に笑い、俺は虚空に身を投げた。
配下の竜の半数が後に続く。
もう半数はラヴァルの防衛のために残した。
数百もの敵を前に百に満たないこちらの数をさらに分割のは我ながらアホらしいけれども、これから味方を増やせばいい話。
「な、なにを!?」
重量を考えてか、頭と胸と腕の3ヶ所のみを守る軽鎧を着た竜騎士が、頭から落下してくる俺の姿に戸惑いながらも片手槍を突き出してくる。
その雑念だらけの穂先を掴み取って素早く脇で挟み込んでやれば、彼は俺の勢いを受け止め切れずに竜から体を浮かせてしまい、
「くっ!?や、やめ!」
握っていた竜の手綱を俺に斬られるとそのまま地上へ落ちていった。
「アベル様ぁっ!」
「うるさい。」
「ぐえ!?」
急に声を上げて暴れ出した――どうやらアベルさんの――竜の喉をナイフで刺し、指輪でその背を叩いてやれば、そいつは新たな味方として、大人しく俺の足場となる。
……おい爺さん。
『義務感が、の?』
「はぁ……。」
ため息をつくと同時に、遅れてきた屍竜と他の竜騎士達が接敵した。
「血が出ない?なんだこいつらは!?」
「アンデッドだご主人!」
「普通の竜じゃない!」
「だから、アンデッドだ!」
……喧しい。
ていうか、竜って人の言葉を理解はするのな。逆はさっぱりなのが何となく物悲しい。
何にせよ、ただでさえ少ない味方を減らされては叶わない。下手な鉄砲で屍竜の核を壊される前に交戦中の奴らを始末していこう。
そう思って脇に挟んだ槍を持ち直し、混戦に突っ込もうとした瞬間、走った悪寒に従って再び宙へ飛び込むと、さっきまで乗っていた竜の片翼に炎が命中した。
その皮膜が焼かれ、破れる。
結果、竜は錐揉みしながら地面に落下していった。
……アンデッドが骨だけじゃなく、皮膚とか肉とかも再生してくれれば良かったのにな。
内心残念がりながら炎の術者を素早く探せば、10mほど先に杖を掲げた騎士の姿があった。すぐに片手槍を黒く染めての竜へ投げ付けるも、それは巧みな操舵であっさりと躱されてしまう。
そして相手が長杖を再び高く掲げた直後、雷がその竜騎士を貫き、竜の背から落とさせた。
[余計なお世話だったか?]
「いや、助かった!」
教師証からの声に返しつつ、魔法で反転させていた槍で主人を失った竜の首を刺し、側へと寄せ、新たな仲間としてその背に乗る。
そして再度アンデッドと竜騎士の衝突区域へ目を向ければ、そこに赤い雨が降り注ぎ、敵味方の区別なく針のむしろとした。
しかし勢いが衰えたのは生者の側のみ。核さえ無事なら平気で戦えるアンデッドは何ら気にせず戦い続ける。
[アンデッドの援護は私がしよう。お前は自由に暴れると良い。]
「了解。」
ホログラ厶に頷いて、俺はさらに友達を増やすべく足下の竜を近場の竜騎士へと突撃させた。
それからの竜騎士の相手は、存外簡単だった。
何せ翼で空気を叩くという竜の特性上、敵はあまり密集できないため、俺の得意な一対一を繰り返すだけで事足りるのだ。
加えて、落下死する心配のないこっちは四肢を自由に使えるのに対し、相手は竜に跨り手綱を握り締めているため、腕一本分の自由しかない。
むしろこれで負ける訳には行かない。
鱗を蹴って敵の上から身を踊らせ、突かれる槍を流すなり掴むなりして無力化。竜に乗る騎士を押し退け蹴飛ばし、遥か下の地面へ落としてしまい、仕上げに竜と新たに仲良くなったら、そいつを足にまた別の相手へ襲い掛かる。
交戦中に上下から急降下急上昇してくる奴はいるものの――人が操っている分、小回りがあまり効かないらしく――そういう場合は味方の竜に体を張って貰うか、その場からさっさと離脱すればいい話。
「アイスランス!」
ただ、魔法は話が別だ。
「チッ!」
真下から飛んできた槍に舌打ちし、咄嗟に竜から飛び降りると、俺を乗せていたそいつは片翼を失って錐揉みしながら地面へ落ちていく。
すぐに別の竜をこちらへ呼び寄せて術者へと突撃しようとするも、相手は既に逃げの体勢に入っており、それでも追い掛けようとすれば、また別の魔法使いが攻撃してくる。
宙にいりため、魔法はあらゆる方向から飛ばされ、その全てを把握するのは至難の業。殺意の察知でそれを何とか回避し、いざ反撃しようとするも、彼らは巧みな竜の操舵で逃げてしまうのだ。
ならばと弓矢を用い、放った矢を操るにしても、かなり正確な操作をしなければ――狙いが騎士にせよ竜にせよ――鎧に阻まれるから面倒なことこの上ない。
「ま、他に手はないけどな。」
愚痴りながら弓を作り上げ、俺は腰に下げたグシスナウタルの内一本をそこにつがえた。
「射止め……「これ以上の勝手させん!騎竜疾走!」くっ!?射抜け!」
急に迫ってきた気配に慌て、咄嗟に鉄をも貫く矢をそちらへ放つ。
しかし伸びた白い光芒は、十字槍の一振りではたき落とされてしまった。
「セァァァァァッ!」
弓を消し、腕を交差して両腰の聖双剣の柄に手を掛け、上体を背後へ倒す。
俺の心臓を貫かんとしていた槍を、仰け反りながら、両の双剣を抜きざまに弾き上げ、それぞれの刃が引く赤い光芒に気を取られた瞬間、強い衝撃が腹を襲った。
「ごふっ!?」
遅れ、竜の翼で殴られたのだと理解できた。
手元を見れば、やはり双剣がスキルの放つ青ではなく淡い赤色を帯びている。
なんなんだ?
『わしの神威じゃよ。アリシアの祈りはお主への助力を願うものじゃったからの。これでお主の攻撃は古龍はもちろん、神にも通じる。見た目は変わらぬが、魔法もの。』
……だからなんだ。もう遅い。
『うぐ……そうじゃな。』
屍竜の背に体を受け止められ、俺は歯を噛み締めながらその骨張った背の上に立ち上がる。
他と違い、白銀の鎧兜を身に纏う竜騎士は、同じ色合いの鎧を着た竜に跨ってこちらを静かに眺め下ろしていた。
「久方ぶりだな。まさかここで貴様と相見えるとは!」
言いながら、槍を持ったままの右手で兜の目元の覆いを持ち上げる騎士。
初めは、誰かと訝しんだものの、顕になった顔には確かに見覚えがあった。
「……ドレイク、だったよな?その槍が本来の得物か?」
「ああそうだ。……そしてその剣と矢は王国の宝物庫より盗まれた聖武具で間違いないな?返して貰おうか。」
呟くと、彼は頷いてそう言い、覆いを下ろして龍の手綱と槍を握り直した。
「返すさ。ヴリトラを倒すために必要だっただけだからな。」
「ふ、それでいながら貴様はヴリトラの軍門に下った、と。」
なんだと?
「ふざけるなよ。あいつが倒された事はお前らも分かってるだろ。」
「知らんな。我々はヴリトラを滅するために来た。そして現にかの古龍は暴れており、貴様はその味方をしている。……ああ、説明など必要ない。城より出たあの兵や貴様の味方をするこの竜達の姿で本来の理由に察しはつく。おぞましい力だ。」
“本来の理由”、ね……。知らんな、とか言いながらしっかり分かってるじゃないか。
「ヴリトラの魂は返して貰う。」
「それは勇者がこれより手に入れるものだ。それよりも、捕虜を速やかに解放して貰おう。」
「おいおい、捕虜を取るつもりなのはお前らだろ?」
「言い掛かりはやめてもらおう。スレインは彼らを保護するのみだ。そして貴様のようなヴリトラ教徒には余さずその罪を償わせよう。」
なるほど、予想通りって訳だ。
「捕虜にする価値がなくて、ヴリトラ教徒じゃない奴も大勢いるんだぞ?」
ファーレンの街の人達なんてほぼ全員が当て嵌まる。
「さて、その判断は裁判で決められることだ。冤罪の無いことを祈る他ない。」
「ハッ、お前はスレインに生きて帰ることでも祈ってろ!」
どうせファーレン城には誰もいないしな。
笑い、竜を操ってドレイクへ突貫。
「貴様には奴隷落ちではなく、処刑を進言しておこう!」
すると向こうも俺への突撃を開始した。
蒼白い軌跡を描く向こうの速度はこちらよりも遥かに上。
それでも槍そのものを見切れないことはない。
思った刹那、相手は金の光を迸らせ、その飛行速度を爆発的に上げた。
一瞬で目の前に迫った槍を咄嗟に太阿で防ぐも、反動で両の足が浮いてしまう。
すぐにワイヤーを飛ばし、足下の竜を引き寄せながら後ろを振り返れば、ドレイクは高速で金色の軌跡を後に残しながら円弧を描き、竜の首をこちらに向け直していた。
「奥義か?「その通りだ!」ぐぉっ!?」
言った直後、再び槍が俺を襲う。
さっきより速い!?
斜め上を通り過ぎざまに、俺の首を刈り取らんと放たれた切り上げを、屍竜を蹴飛ばしながら体を仰け反らせることでなんとか回避。
「奥義、颯を2度躱したことは賞賛しよう。」
「くはは、そうかい!」
仰向けになった俺の視線の先では竜騎士が単身で空を舞い、金の光を纏った十字槍を片手で振りかぶっていた。
それなのに、何故か笑みが溢れた。
「笑うか。しかし、これならばどうだ?落ちよ、雷霆ッ!」
そして、雷まで帯びた槍が俺へ真っ直ぐに投げ降ろされる。
「龍眼!」
叫び、俺は周囲の光と速度を鈍らせた。
そしてご丁寧に回転まで加えられていた槍の切っ先へ龍泉を当て、回る十字槍に引っ掛けさせて、それに左肩の上を通過させる。
「くぅッ!」
しかし完全に避けることはできず、穂先から横に突き出た刃に頬が薄く斬られた。
それでも、結果は上々だ。
背中を屍竜に受け止めさせてすぐに立ち上がり、周囲に目を走らせる。しかし空にいた筈のドレイクは姿を消していた。
一瞬戸惑い、ハッと気づいてすぐに目を下方へ向ける。
そこではまたもや奥義の金色を纏った竜騎士が、どこに収納していたのか、その右手に新たな槍を握り、斜め下からこちらへ迫って来ていた。
双剣を握り、構える。
「セァッ!」
「うぉっ!?」
しかし次の瞬間、相手は俺を襲う代わりに、屍竜の顎を下からかち上げた。
スキルにより増した膂力は俺の足場を容易く返し、俺は宙へ投げ出される。
「これが竜騎士の戦いだ。貴様のそれは曲芸に過ぎん!」
鋭角な軌道で反転し、逆さになった俺に向き直った相手が、振り上げた槍の遠心力を利用して横薙ぎを首元目掛けて繰り出してくる。
「ハッ、そりゃ悪かったな。」
対し、頭上に作った板を両手で押して、俺はバク転の要領でそれを躱した。
……こりゃ相手の土俵で戦ってられないな。
すかさずワイヤーを飛ばし、ドレイクの竜の首に巻き付け思いっきり引っ張って、槍を左へ振り抜いた騎士の右脇を蹴り飛ばせば、竜と騎士は共々横に倒れ……いや、回転。
「嘘だろっ!?」
すぐに足場を作って着地すると、螺旋回転して体勢を直したドレイクは騎竜の首のワイヤーを槍で切り飛ばし、解いていた。
「ふん、この程度でやられるか!それに自ら空を舞う敵は初めてではない。……やれ!」
そして彼が号令と共に槍を振り上げたと同時に、全方位から炎が放たれた。
かなり訓練された動きで等間隔にかつ同時に放たれた火炎は、俺を球状に包囲してしまい、逃げ道なんてものは見当たらない。
唯一の穴だったドレイクのいる方角も、複数の大きな火球によって詰められ、彼の姿を隠した。
つまり、向こうから俺は見えない。
[コテツ!少し待て、今そこに逃げ道を……。]
「いらん!こっちは任せろ!黒銀、魔装。」
ホログラムに叫び返し、その場で膝を曲げ力を溜める。
炎の壁の向こうには佇むドレイクの気配。
一仕事終えたとでも思っているのか?
……舐めるなよ?
そちらへ向け、思いっきり跳躍。
空中で体を丸め、双剣を握ったまま両腕を目の前に交差させて、俺は迫る壁に身を炙られながらもそれを貫通した。
こんなもの、ヴリトラのブレスに比べりゃなんじゃない。
「なにっ!?」
晴れた視界の先で驚愕に目を見開いていたドレイクへ繰り出した赤い十字の斬撃は、しかし咄嗟に両手で構えられた槍の柄で金属音と共に防がれた。
「くっ!」
それでも双剣を振り抜けば相手は大きくよろけ、手綱を引かれた竜の首が持ち上がる。
「主には近づかせん!」
するとそう言って俺の脇腹に噛み付こうと竜が鋭い牙を顕にし、その眉間に太阿を突き立てられた。
……ペットと主人って似るのかね?
「ジェットコースター、楽しいぞ。」
言い残し、その竜の頭を右手で押退けるようにしてドレイクから距離を離す。
そうして作った新たな屍竜に地面への突撃を命じ、残る竜騎士を屠りに走った。
数分後、200強にまで増えた竜がスレインの船へ突撃した。




