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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第七章:危険な職場
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勝手な想い

 「これ、が……?」

 「ああ。クラレス達が作ってくれた。」

 アリシアの墓の前で、俺の左手首を握るネルにそう返すと、彼女は「そっか。」と小さく呟き、静かに顔を伏せた。

 俺もその隣で黙祷を捧げようとすると、男の大声がまたもや大気を震わせた。

 「これが最後の勧告だ!武器を捨て、大人しく我々に投降しろ!これより十分後、応答がないならば戦闘の意思ありとみなし、我々スレイン軍は城へ攻め入る!」

 ……十分後か、それまでにネルを逃がさないとな。

 そう思って横をチラと見れば、件の彼女は俺を真っ直ぐ睨み返してきていた。

 「ボクをどうにかして逃がそうとか考えてるでしょ。」

 「いやぁ?」

 俺の心は相も変わらず読み取られやすいらしい。

 ……今は別の準備を進めよう。

 指輪を口元に近付ける。

 「サイ、送った奴らは全員洞窟を出たか?「はっ、先程……」そうか、ならそこに最低限の戦力を残して、他全ての兵をこっちに送ってこい。」

 「承知。」

 厳かな返事が返ってくるなり指輪を右へ突き出せば、そこから魑魅魍魎が溢れ出た。

 その内容は腐肉をぶら下げたゾンビや白い骨を晒すスケルトンは勿論、目の落ち窪んだ竜までと様々。

 続々と現れる人型の死体の中には武器防具を身に着けたり長いローブを着たりしたものもいて、ただのアンデッドにもこんなに種類があるのかと驚かせられる。

 「な、なに!?」

 それらを目にするなり、ネルは俺の手を放して短剣を抜き、

 「まぁ待てって。」

 今度は俺が彼女の腕を握ってその体をこちらへ無理矢理引き寄せた。

 このまま彼女をヘール洞窟へ送ってしまいたいけれども、そうした所でどうせまたこっちへ自分で転移してくるのは目に見えている。

 「ちょっと何して、待つって……え?」

 俺の拘束から逃れようと藻掻いていたネルはしかし、指輪から溢れた死体達が隊列を為して俺の前に整然と並んでいくのを見ると驚きにその身を硬直させ、かと思うと俺の背に隠れた。

 背に感じる震えから察するに、もう何が何やらで怖くなったらしい。

 「安心しろって、こいつらは敵じゃない。」

 横たわるヴリトラの軀の上まで占めた、2000は下らない数の兵を手で示して笑う。

 「ほ、ほらって……わっ!?」

 対し、怯えの含んだ目で俺を見上げた彼女は、隻腕のリッチが俺の前に来て深々と頭を垂れるや、その場でビクッと跳ねて再び短剣を構えた。

 「召喚に応じ、三千の兵をもってここに参上仕りました」

 声帯の無い筈の骸骨が重々しい声で喋る。

 「ああ、ご苦労。サイ、お前は向こうに残らなくて良いのか?万が一核を壊されたらもうあの墓を守れないぞ。」

 「御心遣い感謝致します。しかし貴方様へを守る事こそがあの場所を守ることに繋がるのです。守りを固めるだけならば我が兵に任せるのみで十分。よって我が力はここで振るうべきと判断致しました。」

 「そうか、ならこいつらの指揮は任せた。取り敢えず俺が指示するまでこの城を守れ。」

 「承知。……傾聴!主命である!」

 もう一度恭しく頭を下げると、サイは死体達へ振り返って指示を飛ばし初め、俺も後ろを振り返って少し落ち着いてきた様子のネルに目を合わせた。

 「分かったろ?俺は一人じゃない。」

 「ふ、ふん、数で劣るのは変わらないでしょ。」

 言うも、彼女はそっぽを向く。

 頑固な奴め。

 「そうかい。なら次はこっちだ。」

 彼女の腕を引っ張り、頭の半ばまでを綺麗に切り裂かれたヴリトラの頭頂へと近付き、その角を掴む。

 「ギィィィィィィ……。」

 途端、軋むような音がヴリトラから発された。

 「……まさか。」

 ネルの顔が真っ青だ。

 「そのまさかだ。……起きろ!」

 それを見て笑いながら命令すれば、ヴリトラの死体はゆっくりと顔をもたげ、ネルは慌てて俺に抱きついた。

 これが俺の“取って置き”。古龍のゾンビである。

 「な?俺にはこんな奥の手もあるんだ。心配する必要はない。」

 両足で未だ光沢のある黒い鱗を踏み、すぐ下の赤頭にそう声をかけると、彼女は俺から体を離して眼下のホラー映画さながらの様相を見回し、ふと何かに気付いたようにこちらを見た。

 「そういえばネクロマンサーって……。」

 そういやこいつの前でもヴリトラ教徒にそう呼ばれたんだった。

 「ああ、その通り。死体を操るから俺はそう呼ばれてた。指輪から呼び出せる味方も全員アンデッドだから、ヴリトラとの戦いで呼び出さなかったんだ。」

 「うん、たぶんそんなことしてたらヴリトラ教徒とファーレン皆が手を結んでコテツと戦ってたね。」

 「くはは、そうかもな。ま、何にせよ、これで俺の心配はせずに……「ボクは逃げないよ。」……どうしてもか?」

 「逆に聞くけどさ、どうしてそうまでしてボクを追い払おうとするの?」

 「そんなもん、危ないからに決まってるだろ。」

 何を今更。

 素っ気なく返し、コロシアムへ寄せさせたヴリトラの頭から飛び降り、ネルに手を差し出して地面に降りさせる。

 用意は一つを残して全て終えた。

 早くラヴァルに合流したいものの、残る一つ――ネルを逃がすことがなかなか達成できない。

 「だったら一緒に逃げよう?」

 「ヴリトラの魂を手に入れたらさっさと逃げるさ。」

 「ならボクも協力……「駄目だ。」どうして!」

 首を横に振ると、ネルは俺の胸ぐらを掴んで語気を強めた。

 「……ボクを、守り切れないから?」

 ネルが唇をわななかせながら問う。

 「ああ、そうだ。」

 それに短く頷くと、彼女は歯を強く食いしばり、俺を掴む右手を真っ白にした。

 「そんなこと、誰も頼んでない。……そりゃ、コテツにはまだ敵わないけどさ、ボクだって この一年で強くなったんだよ?守ってあげないといけないだなんて勝手に決め付けないでよ!」

 「っ!」

 怒りよりも悲しみの色合いが強い、涙混じりの目に気圧される。

 確かに、ネルはそこらの騎士よりも強い。教会の聖騎士やらスレインの騎士やらと戦ってきた俺が断言してやれる。

 「……そう、だな。悪かった。お前を侮るつもりはなかった。」

 言い、胸元に押し当てられた拳を上からそっと掴む。

 「なら……「それでも、お前を逃がすって思いに変わりはない。」コテツッ!」

 「聞くんだ!」

 そして、俺を睨むネルの潤んだ瞳を強く睨み返した。

 「いいか、これは負け戦だ。俺はただ、命を賭してスレインの鼻を明かしてやろうとしてるだけだ。ラヴァルは城主の意地とやらで逃げる気はないみたいだけどな、お前までそうする必要はない。」

 言うと、ネルの目が少し見開かれた。

 「命を、賭して?……なんで、そこまで……。」

 「……償い、だろうな。」

 少し考え、自然とその言葉が漏れた。

 「償い?」

 「ああ、なんせ俺の力不足がアリシアを殺したんだ。絶対に死なせないと心に誓っていながら、結局このザマだ。」

 耳に残る声、両手に残る温もりはまだ鮮明に思い出せる。

 「だから俺は、アリシアが命を投げ打って手にした勝利だけでも守り抜きたい。……要は我儘だよ。これでアリシアが帰ってくることはないのは分かってる。でも、俺には、したこれぐらいしかできることがない。」

 「なら、ボクも一緒に戦って償う。」

 「馬鹿なことを……」

 ……言うな、とは言い切らせて貰えなかった。

 「アリシアの死はコテツだけのせいじゃない。」

 ネルはそう言って俺の言葉を遮り、かと思うと辛そうに顔を歪めた。

 「だって……言ったでしょ?ボクが、あのときアリシアを一人にしなければ……「違う。」……え?」

 その時を思い返したせいで膨らんだのだろう後悔の念で、次第に彼女の顔が俯いていき、それを見ていられず、俺は彼女の両肩を強く掴んで、首を横に振った。

 「思い出せ。そうするよう――アリシアを一人にさせるよう指示したのは誰だ?」

 「それは……。」

 「それだけじゃない。……ヴリトラにやられ続けて、アリシアを目の前で刺させたのも、あの子の自殺行為な提案を飲んで、そのただでさえ短かった命を自分のために縮めさせたのも同じ奴だ。その癖そいつは、アリシアの命を代償に得た力のおかげで、今も、のうのうと生き残ってやがるんだ……ハッ、馬鹿みたいだろ?」

 最後は声を掠れさせてしまったものの、何とか全部言い切り、自嘲気味に笑ってやる。

 やること為すこと間違いだらけだ。しかもそれを後悔するのは全てが終わってどうしようも無くなってしまってから。

 我ながら救いようがない。

 「……そんなことを、一人でずっと悩んでたの?」

 しかし、目の前から返ってきた言葉は暖かかった。

 「“そんなこと”、じゃ……。」

 「“そんなこと”だよ。」

 反論を囁きに突っぱねられる。

 「アリシアを殺したのはヴリトラで、コテツはそのヴリトラを倒した。アリシアの仇を取ったんだよ?」

 「それでも、俺にもっと力があれば……もっと、上手くやれていれば……アリシアは……。」

 「うん……今も生きててくれたかもね。」

 「っ!」

 言えなかった言葉を口にされ、体が強張る。

 ネルはそんな俺の首に両腕を回し強く抱きしめ、耳を吐息でくすぐってきた。

 「それでもさ、コテツは全力を尽くしたんでしょ?アリシアだってそれはきっと分かってくれてるよ。……それとも、違うの?」

 「全力?ああ、尽くしたつもりだった。……でもな、今思えばもっと上手くできた筈なんだよ。……はは、俺はいつもこうだ。」

 例えば俺はちゃんと働いていた親父を過労死させたし、それに、前途有望な高校生を三人も、目の前でただ見殺しにしたこともある。

 彼らが後で勇者として生き返ったとしても、見殺しにした事実は変わらない。

 「……何か、できた筈なんだ。あのときの自分がほんの少しでも違う行動を起こしていれば、訪れる結果は変わってたかもしれない。訪れた結果を避けられたかもしれない!……全力なんて、毎回尽くしたつもりだった。でも、俺の全力程度じゃあ全然足りないんだよ!」

 親父の酒に付き合ったり、なるべく負担が掛からないように家事は全てこなしたりした。それでも結局は死なせてしまった。

 三人がはねられたあの瞬間、俺は自分が助かるのに精一杯だった。身を呈して三人を救うなんて発想、出たときにはもう全てが遅かった。

 アリシアに魔法陣を刻ませたとき、俺は彼女を本当に救うつもりでいた。それなのに、最後には死なせてしまった。

 「……いつも何かが足りないんだ。そのときそのときで精一杯のことをしたつもりでいても、それを後から思い返す度に何をどうすれば良かったなんて考えが幾らでも湧いてくる!俺はあのときあの場所で、どうしてあんな馬鹿なことを仕出かしたのか、どうしてこういうことをしなかったのか!意味のない後悔ばかりだよ……。」

 起こった結果は変わらないんだから。

 そこまで言い切ってしまって、今更ながら、自分がまた一つ失敗したことに気が付いた。

 ネルの肩に押し付けていた顔を離す。

 「……悪い。急にこんなことを言われても困るよな。人にするような話じゃなかった。訳分かんないよな……忘れてくれ。」

 泣き言を吐くなんて、我ながら情けないったらない。

 そう思って言うも、ネルは無言で俺の頭を引き寄せ、俺は再び心の安らぐ匂いに包まれた。

 「ネル?」

 「忘れないよ。やっと聞けたんだから。……ていうか、最初からこうやって直接聞くべきだった。元々変に周りくどいのは苦手だし。」

 「えっと……?」

 「何でもない。」

 おいおい。

 「はは……。」

 無理矢理な誤魔化しに苦笑いすると、彼女は少しだけ体を引いて、俺の目を真正面から見つめてきた。

 「そうやって強がらないの。」

 「強がってなんか「嘘も駄目。」……。」

 即答したものの見事に撃沈。

 「くく、もう、そこで黙っちゃったら今のが嘘だってバレバレだよ?」

 「はぁ……、そうかい。勉強になるよ。」

 「うん、素直でよろしい。」

 短くため息を吐けば、鼻の触れ合いそうな位置でネルは微笑み、小さく頷いた。

 それに一瞬見惚れ、慌てて視線を下に逸らす。

 「ボクに嘘ついて強がったってもう無駄なんだからさ、もっと情けないところを見せてよ。今のだって、溜め込んでる物のほんの一部でしょ?大丈夫、コテツの凄く格好いいところはボクがちゃんと分かってるから。」

 しかし彼女は俺を逃さず、そう言いながら再び目を覗き込んできた。

 「全部一人で背負おうとなんてしないで。ちゃんと話そ?コテツが間違ってたらボクが止める。迷ってたらボクも一緒に迷う。なんなら引っ張ってあげるから。……だって、ボクは……。」

 スッ、と今度は彼女の目が俺から外れた。

 「ネル?」

 どうしたのかと聞くより先に彼女はバッと紅潮させた顔を上げ、慌てたように言葉を繋いだ。

 赤い尻尾がその動揺を表すように大きく揺れる。

 「……ボ、ボクは、ずっとコテツの側にいるからさ。……あ、も、勿論、迷惑じゃなければだけどね?ていうのもほら、ボクは、コテツの、ことが……」

 まさか。

 「や……。」

 急にしどろもどろになったネルが続けようとする言葉を察し、俺はその先を止めようと口を開いて、

 「……好き、だから。」

 結局、何も言い出せなかった。

 「……。」

 歯を噛む。

 「コ、コテツ?その、えっと、い、嫌だったらそう言って……「そんな訳ないだろ。」ほ、ホントに?」

 「お前に嘘をついても無駄なんじゃないのか?」

 「ふ、ふーん、そっか。そっかぁ……やた。」

 俺を不安そうに見上げた彼女にそう返すと、赤頭が俺の首に埋められ、彼女の足が微かに小躍りするのが感じられた。

 その背に両手を回し、軽く抱きしめ返すと、心の内が温かい何かに満たされるのがはっきりと分かる。

 ……何やってるんだ俺は。こんなことしたって、悲しませるだけだろ。

 「なぁ。」

 「なぁに?」

 真下のつむじに声を掛けると、ネルはこちらを見上げて楽しそうな笑顔で小首を傾げる。

 「早速で悪いけどな、一つ相談したいことがある。」

 「うん。」

 「死地からどうしても逃げてくれない奴がいるんだ。どうすれば良いと思う?」

 「奇遇だね。ボクも全く同じことを相談したいよ。」

 片眉を上げ、悪戯な笑みでネルが言う。

 そう答えることは大体分かってた。

 「そうか……。」

 「そう、だよ。」

 困ったように言いつつ彼女の腰と背へ当てた手に少し力を込め、微かに緊張した細い体を引き寄せる。

 ネルの顔に再び朱が差す。

 目で了承を取り、唇を重ねた。

 回された腕に加えられる力が彼女を抱きしめる程に強くなり、少し反った背中を下から上に左の指先でなぞれば、密着した彼女の震えが直接伝わってくる。

 唇を僅かに離すと、ネルは熱い吐息を漏らした。

 「もう、変なこと、しないでよ。」

 「すまん。」

 本当に、色々と。

 「え?」

 俺が謝った途端、異変を感じたのだろう、ネルが信じられないといった目で俺を見返した。

 彼女の頭の後ろに右手を添えたまま、そっと短いキスをして開きかけていた口を塞ぎ、言葉を押し止める。

 「お前への気持ちは嘘じゃない。これは分かってくれ。」

 「でも、ボクはずっと側にいるって……。」

 「ああ、嬉しかった。」

 俺の首から両腕を離しながら言うネルに笑いかけると、体を黒い蜘蛛の巣に覆われた彼女は、唯一自由に動かせる首を大きく横に振った。

 「駄目。やめて。酷いよ、こんなの……。」

 涙ながらの懇願から目を逸らす。

 やっぱり、突き放すべきだったんだ。でも、やっぱりあそこで嘘はつけなかった。

 「ありがとな。生きてくれ。」

 「待って!」

 自分勝手だと自分でも分かっている願いを最後に伝え、俺は彼女をヘール洞窟へ転移させた。

 「ったく。」

 どうして肝心なときに限って嘘が付けないんだ俺は。

 内心で悪態をつきつつ、指輪を口元に近付ける。

 「今そっちへ転移した女性を転移陣に近付けるな。ただし絶対に怪我もさせるな。」

 そう命令しながら地面に落としておいたネルの短剣やファレリルの教師証を拾い上げたところで、コロシアムの中から納刀した刀を片手にルナが出てきたのに気が付いた。

 「……ルナ、お前コロシアムにいたのか。」

 立ち上がりながら、歩いてくる彼女に先んじて声をかける。

 「はい……ご主人様がまだいらっしゃると思って。」

 「“コテツ”だろ?お前はもう晴れて自由の身なんだから。」

 「そう、でしたね。」

 「ま、そもそも俺の奴隷じゃなかったみたいだけどな。……ルナ?」

 一向にこちらをみないなと思いつつ彼女へと一歩踏み出すと、彼女は一歩後退った。

 「い、今さっき、ネルに言ったことは……。」

 「聞いてたのか。」

 気まずい。

 一体どういう対応を取れば良いのか、全く分からない。

 「……はい。あれは、彼女を帰すための、方便、ですよね?」

 「いいや本心だ。」

 「っ!」

 反射的に言葉を返すと、ルナは刀の鞘を両手で握り締めた。

 ……思わず強く言い過ぎたか?

 「それより、お前も早くヘール洞窟に行け。ここにはもうすぐ敵が攻めてくる。まぁた奴隷に逆戻りでもしたら笑えな……「わ、私は、コテツのことが、好きです!ずっと好きなままです!」……い。」

 ん!?

 「えっと……「ご主……コテツはもう、私のことは好きではありませんか?嫌いになってしまいましたか!?」……いや、そりゃもちろん嫌いじゃないぞ。」

 刀を握り締めたまま、俺に向かって叫ぶように聞いてきたルナに慌てて首を横に振って見せる。

 「なら!」

 「でも、俺はネルが好きだ。」

 一歩踏み込んできた彼女はしかし、俺がそう言うと、着物が汚れるのも構わず力なくその場にへたりこんだ。

 そうして項垂れたまま動かなくなった彼女の前にしゃがみ込み、その肩に手を置こうとすると、ルナは首を横に振った。

 そうして激しく揺れる銀髪に、拳を作り、手を引っ込める。

 「……ルナ、ごめんな。てっきりお前には愛想を尽かされたと思ってた。」

 「私を、亜人と呼んだことですか?」

 「……ああ。」

 「あれはコ、コテツがその意味も知らずに間違えて口にしただけですよ?それだけで私があなたを嫌いになる筈がないじゃないですか!」

 地面に向かってルナが叫ぶ。

 「なら早くそう言ってくれれば……。」

 「勝手に私を“元”恋人だとか言って、何の説明もなしに別れたことにしたのは、誰ですか!」

 「いや、でも喧嘩別れしたのは本当だろ?」

 「……あ、あれは、ちょっと気が動転していただけです。」

 ……そう来るか。

 「でも昔の事はもう過ぎた事です。大事なのは“今”ですから。」

 言って、ルナが顔を上げた。

 彼女の強い目は俺を捉えて離さない。

 「今?」

 「はい、私はコテツの事が好きです。誰よりも愛しています。だから、ネルではなく、私の恋人になってください。」

 「……駄目だ。」

 目を閉じ、静かに首を振る。

 「どうしてですか?ネルへの義理立てですか?」

 「違う。」

 「わ、私が、コテツを刺したから……。」

 「違う!あれはお前のせいなんかじゃない!……お前もそれは分かってるだろ?」

 語気を荒げてルナを睨むと、彼女の目に涙が浮かび始めた。

 「なら、私のどこかがネルに劣っているのですか?家事なら全部こなせます。力なら、ドラゴンロアを使える私の方がネルより上ですよ?」

 「ルナ。」

 呼び掛けるも、彼女は必死に続ける。

 「私の家はラダンで有数の良家ですし、それに、性格も悪くはないと思います。容姿だって……少なくとも私の方が胸は大きいです。」

 おいこらネルに殺されるぞ。

 「ルナ、良いか?お前はネルにどこも劣ってなんかない。むしろ俺にはもったいないくらいの女性だよ。恋人になってくれたことは、俺にとって二度とない幸運だった。」

 諭すように言う。

 「ありがとう、ございます。」

 ルナはそう返してくれたものの、続く俺の言葉を察したのだろう、辛そうに胸元を抑えた。

 「……でも俺は、ネルが好きなんだ。」

 「っ、うぅぅ……ぁぁぁぁ……!」

 「……すまん。」

 嗚咽を漏らす彼女を前に、俺は何もしてやれなかった。

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