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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第七章:危険な職場
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避難

 「本当にスレインが攻めてくるの!?」

 「スレインと戦うのか!?」

 「無謀だ!降伏するべきだろう!?」

 学園のトップ二人が魔術灯に照らされた室内に入ってくるなり、老若男女種族問わず、避難所の全員が一斉に騒ぎ出す。

 「皆、落ち着きたまえ。」

 ラヴァルはそんな彼らをたった一言で収め、少し間をおいてから口を改めて開いた。

 「まずはっきりさせておこう。この者の言葉は真実だ。遅かれ早かれスレインはここに攻め入ってくる。」

 気絶した騎士を指し示して彼が言えば、またもや周囲から声が上がりかけるも、その機先を制してラヴァルの片手が挙がり、爆発は防がれる。

 「皆の言い分は正しい。戦ったところで我々に勝利はない。いたずらに血を流すことなど以ての外だ。……よって我々ファーレンは降伏する。皆には申し訳ないと思うが、スレインには完全にしてやられた。こうする他に、手はない。」

 言い切るなり目を閉じて、ラヴァルは取り囲む人々へ頭を下げた。

 その隣のニーナも少し遅れてそれに倣う。

 すると今度は戦うべきだという人達が声を上げたものの、その数は少なく、火はすぐに鎮火した。

 そうして沈黙が降りた避難所に、ふと乾いた音が響いた。

 「待った。手ならあるぞ。」

 手を叩いて周囲の集中を集めた俺は、そう言いながらラヴァルの肩を後ろから掴み、顔を上げさせる。

 しかしこちらを振り向いた彼は、詳細を聞かないまま首を横に振った。

 「コテツ、気持ちは分かる。私もスレインのやりようには怒りを禁じえん。だが冷静に考えろ。相手は国だ。ならず者の集団などではない。無理をして戦わずとも、少なくとも皆の安全は保証される。」

 俺を諭し、そして周囲の人達をも納得させるような声音。

 「人間以外は捕虜か奴隷にされるだろうけどな。」

 「……交渉に、力は尽くす。」

 しかし俺のした指摘に――本人もそれは承知していたのだろう――ラヴァルは悔しそうに歯噛みして呟き、目を伏せた。

 実際、俺の立場になかったら、この状況は絶望的だ。

 「逃げるってのはどうだ?」

 「無理だ。城として利用していた時分の名残で海岸へと続く隠し通路は設けてあるが、その先にある船にここの人間を除いた全員を乗せられる程の大きさも数もない。そもそも逃げ切れるかどうか……。」

 「任せろ。」

 「なに?」

 聞き返したラヴァルの背を叩いて彼から目を外し、横で項垂れているニーナへと視線を向ける。

 「ニーナ、これで全員集まったのか?」

 「え?う、うん、その筈だけど。」

 じゃあどうしてルナがいないんだ。

 ……ま、後で探せばいい話か。いつスレインが来るかも分からないんだ、ちんたらしてる余裕はない。

 「よぉし!全員、何列になってもいい!俺の前に縦に並んで前の奴の肩を掴め!一番先頭は人は隣と手を繋ぐように!」

 早速指示を出すも、俺の声は広い地下空間を響いただけで、周囲からは戸惑った表情が向けられるばかり。

 「何をするつもりだ?」

 「ん?あー、簡単簡単、この指輪はな、スレインに転移の魔法陣で繋がってるんだよ。だからここから脱出するのはそう難しくはない。」

 どうだ、名案だろう?

 周りと同じく疑問符だらけの顔で聞いてきたラヴァルに、そう得意気に答えるも、彼は期待していた賞賛ではなく、呆れたような目で見返してきた。

 「その転移陣……設置許可は取ってあるのか?」

 許可?

 「いや?」

 「やはりか。全く、国境を越えた転移陣の勝手な設置は犯罪だろう。スレインでは国内であっても長距離間の設置は著しい重罪に値した筈だ。」

 犯……罪?聞いてないぞ爺さん。

 『わしも知らんかったわい。』

 おい。

 『なんじゃ、わしに人の取り決めなんぞに興味を持てと?』

 少しは持とうか。

 そっと隣のエルフ二人に目を合わせる。

 さっと逸らされた。

 「知ってたんだな?」

 「「だってまさか知らないなんて……。」」

 あらら……こりゃ出身世界が違うことをもっと早めに告白すべきだったかもしれん。

 「はぁ……、まぁ他に手は無いし、奴隷にはなりたくないだろ?」

 サイがヘール洞窟の防衛をしっかりしてくれてるから、バレる心配はないだろうし。……向こうがヤバくなったら全力で助けることにしよう。

 「フッ、良いだろう、この際だ。仕方あるまい。……諸君、何をやっている!ドラゴンスレイヤーの言葉は聞こえただろう!?」

 苦笑し、頭を振って見るからに無理矢理自身を納得させたラヴァルが声を張り上げれば、今度こそ避難所の人達は俺の指示した通りに動き始めた。

 俺もこいつみたいなカリスマ性を欠片でもいいから身に着けた……ん?

 「ドラゴンスレイヤー?」

 「フッ、どうした?ヴリトラを倒したのはお前だろう。間違ってはいまい?」

 眉をひそめて呟いた俺に、ラヴァルは満足そうに返し、全員がちゃんと整列したかどうかを確認しながらニーナと共に避難所の奥へと歩いていった。

 ……龍を殺す者、ね。

 「ったく、そんな呼び方はやめてくれ。」

 俺には全く相応しくない。

 「なんでだいリーダー?格好いいじゃないか。」

 「そうよ。それに良い機会じゃない。いつも二つ名のことで愚痴を溢してたでしょう?」

 途端、エルフ二人がそう言ってくるも、ドラゴンスレイヤーなんて、俺が名乗るべきじゃない。

 まだ切り込み隊長の方がマシだ。

 「嫌なものは嫌なんだよ。それより話の続きだ。言ったように、二人には頼みがある。」

 クラレスや置いてけぼりにされた騎士のせいで話がかなり逸れてしまった。

 「だからヴリトラの魂を取り返すんでしょう?私もフェルも協力するって言ったじゃない。」

 「クラレスも協力する!」

 シーラが言うと、耳聡いクラレスが再び話に飛び込んでくる。

 少し笑い、しかし俺はすぐに首を横に振った。

 「ありがとうな、でも違うんだ。二人には一足先にサイの所へ行って、ここの人達全員の誘導をして貰いたい。」

 ヘール洞窟に転移した人々を、洞窟の外へと導くことはアンデッドにもできる。

 ただ、それだとパニックになるのは必至なため、一応勝手は知ってる二人に――予定ではルナにも――それをして貰わないといけないのだ。

 「そういう訳だから、クラレスは早くみんなと一緒に並んでくれ。」

 「でも……。」

 「心配するな。ヴリトラの魂のことはこっちで何とかする。信じてくれ、な?」

 その肩に手を置き、彼女の黒と赤の両目に笑い掛ける。

 「……ん。分かった。」

 すると彼女は短い逡巡の後に小さく頷いて、名残惜しそうにしながらも、俺の言葉に従ってくれた。

 「よし、じゃあ……。」

 「「反対。」」

 内心で小さく安堵しつつ、手袋の上から復活の指輪を嵌め直すと、フェリルとシーラがそう言って俺の右腕を捕み、抑え、それ以上の動きを封じた。

 まぁ、予想通りの反応ではある。

 「向こうにある神器も持っていって良いから「「そういう話じゃない!」」……はぁ、やっぱりか。俺のことは心配するな。ヴリトラの魂を取り戻したらすぐに逃げる。」

 「どうやってよ。貴方のことだから、その指輪を置き去りにして逃げることなんてしないでしょう?」

 「最悪そうするさ。海の中に沈めれば他の奴に手に入れられる心配はないしな。後から回収しに来ればいい。」

 事も無げに言ってやればシーラは押し黙り、今度はフェリルが口を開いた。

 「なら僕達も協力したっていいじゃないか。そもそもリーダー一人でスレイン軍を相手にするなんて馬鹿げてる。」

 「駄目だ。ヴリトラの魂の後、お前らまで回収しないといけなくなる。寧ろその方が俺にとって危険なのは分かるだろ?」

 しかもこの二人は遠距離で戦うから、余計回収が大変だ。

 そうしてフェリルの意見も却下したとき、男の大声が空気を震わせた。

 「ファーレンを占拠したヴリトラ教徒共に告ぐ!我々はスレイン王国である!この城は我々2万の兵により完全に包囲された!貴様らに勝機はない!助かりたくば、大人しく降伏し、その身をこちらへ明け渡せ!……繰り返す!」

 何かと思えばスレイン軍からの降伏勧告か。にしてもここまで声が聞こえるとは、元の世界よりも拡声器の性能が良いんじゃないか?

 ……ちょっも待て、内容がおかしい。

 繰り返される言葉をもう一度聞く内に、俺と同じことに気付いたのか、周りの群衆もざわざわと動揺し始めた。

 「ヴリトラ教徒?どいうことだ?」

 「あの巨大なヴリトラの死体が見えねぇのか?」

 「一体なにが……。」

 「静まれ!あれはスレインがファーレンとは敵対していないと公に示すためのただの口実だ!」

 しかしそこで俺の横に戻ってきたラヴァルがまたもや一喝して皆を鎮め、

 「……コテツ、準備できたよ。」

 ついでにニーナがそう報告してくれた。

 「あ、ああ、了解。ありがとな。」

 感謝の意も込めて頷く。

 ……しっかしスレインは俺達を勝手にヴリトラ教徒と見なすことで、大義のために戦えるようになった訳か。

 確かにそれならラダンやへカルトに文句を言われる筋合いはない。

 後でここにいる誰かがこの嘘について言及しても、そいつがヴリトラ教徒だとスレインが主張すれば終わる話だしな。その誰かの身分がいくら高かろうと、国の最高権力には勝てる訳がないし。

 例え嘘を突き通せなくなったとしても、最悪、知らなかったってことにすれば批判は最小限で済む。

 ま、それでもこちらの取る手段は変わらない。

 「フェリル、シーラ、頼む。“今回こそ”俺を信じてくれ。」

 「「っ!?」」

 “亜人”関連のいざこざを二人に思い出させるように言えば、彼らは揃って言葉に詰まる。

 「それはズルいよリーダー。」

 言いながらもフェリルは俺の腕を離し、シーラも顔を俯かせて渋々と手を引いた。

 「……すまん。」

 最後に一言謝って、俺は指輪の魔法陣に魔素を流して二人をヘール洞窟へ送った。

 指輪を口元に近付ける。

 「サイ、準備はいいか?」

 [はっ、命令通り兵は隠し、外への道は、先程寄越されたエルフへ今伝えております。……しかし一つだけ予定外のことが。]

 「どうした?」

 [エルフが神の武器を受け取らぬと言い、譲渡を頑なに拒んでおります。]

 まったく。

 「はぁ……受け取らないならしょうがない。今は預かっておけ。」

 [承知。……我が主よ、差し出がましいと承知の上で申し上げますが、どうか墓は荒らぬよう……。]

 「なら魔法で墓を隠せ。ただの洞窟に見せかければ良いだろうが。」

 [失礼致しました。御意のままに。]

 「よし。」

 言い、指輪から顔を上げると避難民達の先頭に立つニーナと目があった。

 「ニーナ、向こうでフェリルとシーラが待ってる。二人の誘導に従ってくれ。」

 「……分かった。」

 「俺にできるのはここからの脱出までだ。……それ以降は任せたぞ?理事長。」

  緊張をほぐす意味で戯けた風に言ってやると、彼女は少し目を見開き、小さく笑顔を浮かべた。

 「ええ、そちらも任せましたよ、コテツ先生。」

 「くはは、分かりました。……じゃあな。」

 笑い返し、ニーナの胸を指輪を嵌めた拳で軽く押すと、広大な地下避難所は一瞬でほぼ空になった。

 まぁヘール洞窟を出て、その後の身の振り方を考える必要が皆に出てくるだろうけれども、そこまでの面倒を俺は見切れない。

 それでも否応なく奴隷にされるよりは遥かにマシだろう。

 幸い、転移し損ねた一般人の姿は無し。

 それでも“ほぼ”空になったと表したのは、転移しなかった奴がまだ残っているから。

 具体的には俺を含めて4人。

 その内、気絶したままの騎士については大した問題じゃない。

 だから俺は、腕を組んで壁際で佇む吸血鬼に目を向けた。

 「ラヴァル、お前何して……「改めて自己紹介をするとしよう。愛娘にはラヴァルと略されたが、私はラー・ヴァン・エル・ファーレン。学園となる前のこの城の主だ。」……ラーって呼んだほうがいいか?」

 「フッ、今まで通りラヴァルで構わん。私は逃げぬとはっきりさせておきたかっただけだ。この城の主として、お前一人に全てを任せる訳にはいかぬだろう?」

 キザに笑って、ラヴァル――本名はラーらしい――は落ち着いた調子でそう言った。

 「ニーナはどうするつもりだ?あいつにはもう、お前しか残ってないんだぞ?」

 それでも説得は諦めない。

 これからやるのは単に俺の我儘で、しかも負け戦になるのは確実だ。

 城主だからなんだ、もっと大切なものがこいつにはあるだろうに。こんなことに付き合わせる訳にはいかない。

 「……やはり、ファレリルは死んでいたか。」

 「っ!」

 しまった。

 動揺する俺に対し、ラヴァルは落ち着き払ったまま、灰色の壁に背中を預ける。

 「フッ、ヴリトラが倒れたというに、あれがどこにもいなかったことから予想はしていた。ニーナも薄々勘付いている筈だ。……ファレリルを殺したのはお前だな?」

 「……ああ。」

 「戦いの始まり……合宿場付近でお前がファレリルと戦ったといったあのとき、彼女を逃しはしなかった、ということで合っているか?」

 2つ目の問いに、無言で頷いてみせると、ラヴァルは深く息を吐いて「そうか……。」と小さく呟き、俺に目を合わせた。

 「……何故、あのような嘘を。」

 「本当の事を知ってしまえば、ニーナが立ち直れなくなると思ったんだ。ヴリトラを相手にするってのに、味方がそんな状態じゃ勝てるものも勝てないだろ?」

 「それはお前の判断することでは無い。私達が互いと殺し合った要因を忘れたか?」

 忘れる訳がない。ニーナが事実を俺達から故意に隠してたからだ。

 「そう……だな、悪かった。」

 それ以上言い訳は思い付かず、俺はただ謝罪の言葉を口にした。

 「はぁ……、まぁいい。用意ができたならば私を呼べ。コロシアムで待つ。」

 「用意?それならもう……ああ、分かった。」

 避難所の出口へと歩き出したラヴァルに“用意ならできている。”答えかけたところ、無言で俺の背後を目で示され、俺は口を噤んだ。

 それから一言も発さず、ラヴァルはそのまま退出した。

 「ふぅ……さてと。」

 息を吐き、振り返る。

 「何て言おうと、コテツを置いてはいかないから。」

 そこでは片手を腰に当て、もう片方の手で俺の左手首を掴んだネルが少し怒ったような顔で立っていた。

 「ま、そう言うだろうとは思ったよ。」

 「それなら……「取り敢えず、アリシアの所に行こうか。」え?あ……うん。」

 そうしてまずはネルの怒りの勢いを崩し、彼女に手首を掴まれたまま、俺はアリシアの最後の寝床へと向かった。

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