半分成功
今更ですが、明けましておめでとうございます。
オリンピックイヤーですね。
今年もよろしくお願いします。
爺さん、ネルはどこにいる?もうスレイン軍には合流したか?
『いいや、城の中に入ったところじゃ。』
城?
予想外の返答に、思わずアリシアの墓からファーレン城へと目を移す。
ネル一人で逃げ出したのか?
『違うの。他の者もネルと共におる。』
どうなってる……?バーナベルの狙いはヴリトラの魂をスレインに渡すことじゃないのか?それを手土産にして、スレインに家族を住まわせるって……そうか家族か!
バーナベルの行為にハイラさん達が納得しているのかと聞いたとき、彼から返ってきた答えは“話せばきっと理解してついて来てくれる筈。”という物。
つまり、バーナベルは家族に会って彼らをファーレンから連れ出すより先に俺とネルの元へ現れ、ヴリトラの魂を奪いに来た訳だ。
魂を優先するようスレインの騎士達に急かされたのか、家族の目の前で悪役を演じたくなかったのか、理由は幾らでも想像がつく。ただ、彼が家族を連れ出してからスレイン軍の元に向かうつもりなのは間違いない。
「……厄介だな。」
あそこにはバーナベルの家族のような非戦闘員がたくさんいる。しかも俺がニーナにそこへ皆を集めるよう指示してしまったから尚更。
そのせいで俺としてはかなり戦いにくいし、隙をついてネルを取り返したところで、すぐまた別の誰かが人質に取られてしまう。
……ったく、スレイン軍に合流してくれれば良かったのに。
もしバーナベルの言葉を信じるならネルはそれで帰ってくるし、例えあいつが言葉を違えたとしても、こっちの“取って置き”で軍を大混乱の陥れればネルは容易に取り返せた筈だ。
ま、現実問題は違うんだから文句垂れても仕方がないか。
ただ、これから動き出したとしても、バーナベル達より先に避難所へ辿り着くのは無理だ。だからネルを助けるために俺かできることは、彼らの邪魔をしないことぐらい。
待ち伏せして相手の隙をつこうにも、まだ学園内にいながら警戒を緩めてくれるとは考えにくい。
「先生?」
どうにもできず歯噛みしていると、袖を軽く引っ張られた。
見れば、金の縦巻きロールを一本垂らした少女が、下から俺を覗き込んでいた
「どうしたパメラ?カラドボルグならちゃんとアルベルトに返すつもりだから心配しなくても良いぞ。そもそも10年貸してくれるって約束だしな。」
神器は全て回収して、既にヘール洞窟へ送ってある。後はフェリル達との約束と爺さんにした誓い通り、エルフの森を取り返すのに使えば、あれらは晴れてお役御免だ。
「うっ、あのときはすみませんでした。先生のこと、これまでずっとズルをするだけの人だと誤解してました。まさかヴリトラを倒す程の力があるなんて思わなくて。」
……誰だお前。
急に殊勝な態度で頭を下げてきたパメラに、俺はついついそんな言葉を漏らしてしてしまうのを何とか堪えた。
俺のことを蛇蝎のごとく嫌っていて、俺が視界に入ってきただけでそれまでしていたどれだけ楽しそうな笑顔からも苦虫を潰したような表情になり、語気まで荒くしていた娘の姿は一体どこへやら。目の前の彼女からは俺への尊敬の念まで伝わってくる。
あと、俺はこいつの中ではズルをするだけの人だったのな。
新発見だ。
「なに、気にしちゃいない。それで、カラドボルグのことじゃないなら何なんだ?」
「その、何が厄介なんですか?」
「ああ、聞こえたか。悪いな、気にしないで良いぞ。そんなことより……おいお前ら、さっさと避難所に向かうぞ。」
苦笑して謝り、顔を上げて、アリシアの埋葬を手伝ってくれた5人全員に呼び掛ける。
ネルの事は今も気が気がじゃないけれども、現状では後回しにするしかない。
いつかはスレインに合流するんだから、その時に改めて、考えていた作戦を行動に移せば良い話。
そのためにも、まずは学園中の人を皆集めなければならない。
そう自分に言い聞かせてファーレン城の方へ、学生達を先導するように歩き出すと、テオの声が背中に掛けられた。
「バケ……コテツ先生、避難所になら転移できますよ。」
「なんだって?」
おいこら、今、化物先生って言いかけただろ。
「バーナベル先生!?何をして……。」
「下がれ!全員近寄るんじゃねぇ!」
驚く職場仲間を怒鳴って下がらせ、地下の避難所に入ってきた虎人族の元教師は、周囲の人達も大声で威嚇し、前方に空白を作りながら歩を進める。
彼を邪魔する者はいない。
ただしそれは、その場の皆がバーナベルを恐れているからでも、彼の後ろの4人の騎士に怯えてしまっているからでもない。
二の腕を掴まれ、その細い首に無骨な刃を突き付けられた女学生の姿に、全員、容易には動けなくなっているのだ。
「ファールナーを離して!」
いや、全員じゃなかった。
強い口調でそう言ってバーナベルの前に立ちはだかったのは、犬人族の女学生。ファーレン生の証である深紅のケープに描かれた八芒星の中には彼女が戦士コース――バーナベルの教え子であることを示す剣がある。
「カレン?「動くな。」うっ!?」
その学生――カレンの行動にネルが驚いたような表情をしたものの、腕を強く引っ張られて痛みに呻いた。
「先生!」
「動くな!こいつがどうなっても良いのか!?」
「っ!」
カレンが強く言って一歩踏み出すも、バーナベルに声を荒げられ、歯噛みしてその足を引く。
「そうだ、それでいい。……安心しろ。こいつに危害を加えたいとは俺も思ってねぇ。」
「なら!」
「ただ、万が一にもヴリトラの魂を奪い返される訳にはいかねぇってだけだ。……ハイラと、ケニスとタレンはどこにいる?ここにいる筈だ。呼んできてくれ。そうすればこいつは解放する。」
「たまに、遊びに来てた人達のこと?」
「ああそうだ。」
「わ、分かっ「その必要はない。」え?」
そんな二人のやり取りを固唾を呑んで見守る人々を掻き分け、カレンの背後へと出た俺は、勇気を称える意味で彼女の肩を叩き、ネルに笑いかけ、バーナベルを睨め付けた。
「お前!どうやって!?」
「さぁな?そんなことより、こっちの方が重要じゃないか?……三人とも、来てください。」
言って、振り返らないまま背後に呼び掛ければ、効果覿面、バーナベルの目に焦りが映る。
「あんた、なにやってるの。お願いだから馬鹿な事はやめて、その子を、早く離してやって。」
「ハイラ……。」
「「お父さん?」」
「ケニス、タレンも……待ってくれ、これには、ちゃんと理由が……「お前の理由とやらはちゃんと伝えてあるからわざわざ言わなくたって良いぞ。」コテツてめぇ!」
怯える家族に弁解しようとするも、その言葉を俺に遮られ、バーナベルは狼狽えた表情から一転、憎しみの篭った目をこちらに向けた。
「ネルを離せ。そんな状態で家族を説得するつもりか?」
努めて冷静に彼を見返しながら淡々と言う。
さり気なく背中に回している手袋の中身は真っ白になっている事だろう。
ヴリトラの魂を要求しないのは、例えバーナベルが頷いたとしても、彼の背後の騎士たちがそれを承知する筈がないから。
……暴れるのはネルの安全を確保してからでも遅くはない。
ただ、新たな人質を取られることだけは避けないといけないから、襲い掛かるのは相手が避難所を出た後だ。
こんな考え、バーナベルは百も承知だろう。しかし、だからと家族を置いていくような奴じゃ……。
「分かった。」
「は?」
あまりにあっさりした返答に変な声が出た。
もう少し、悩んだりしないのか?
「分かったっつったんだよ。……悪かったな。」
剣を下ろしたバーナベルがネルの腕を放して謝ると、ネルはすぐに彼から大きく離れ、しかし途中から不安そうにチラチラと背後を振り返りながらこちらへ歩き始めた。
しかしそのたった数歩を待てず、俺は彼女の手首を掴んで強く引き寄せた。
「え?わっ!?」
「怪我はないな?」
転け、俺に頭突きしたネルの背を支えてやりながら聞く。
「……掴まれてる手首が痛いかな。」
「無事で何より。」
「もう。」
手を離さずに言うと、彼女は怒ったフリをして、ぽふと頭を再度俺に埋めた。
本当に、無事で良かった。
「三人とも、こっちに来てくれ。」
そしてバーナベルが自身の家族に呼び掛けると、ハイラさん達は俺を見、俺が頷いたのに頷き返して、バーナベルの元へと歩いていく。
「ねぇあんた、ヴリトラの魂もコテツさんに返しな。ヴリトラを倒したのはあの人なんだから。」
ゆっくりと歩きながら、俺が事前に頼んでいた通り、ハイラさんは夫の説得を開始。これでバーナベルを味方にできれば万々歳だ。
「「なにっ!?」」
「「ヴリトラを!?」」
しかし彼女の言葉に反応したのはスレインの騎士達の方。彼らは俺に鋭い目を向け、それぞれの得物に手を掛けた。
対し、バーナベルは俺をもう一度睨み付け、ハイラさんへと視線を動かす。
「ハイラ、こいつはどうせスレインに奪われる。早いか遅いかの違いでしかねぇ。ヴリトラと戦って疲弊したファーレンが万全のスレインに勝てると思うか?戦ったって犠牲が増えるだけだ。」
「そういう話をしてるんじゃない。……あんたが何のためにこんなことをしているのかは関係ないの。」
首を横に振り、ハイラさんが続ける。
「あんたはヴリトラの魂をコテツさんから、自分の教え子を人質に取って奪ったんだよ?犠牲を減らすためにヴリトラの魂をスレインに渡すだって?それはあの人が決めることで、あんたが勝手に決めるのは筋が違う!」
そして最後に俺を指差して怒鳴り、彼女はバーナベルの目の前で立ち止まった。
「……ハイラ、こうすれば、お前はケニスとタレンと一緒にスレインで暮らせるようになるんだ。」
「っ!そんなこと、どうだって……私はあんたと子供達さえいれば、どこでも……あんた?」
そんな妻の両肩を優しく撫で、落ち着いた声で語り掛けるバーナベルは、ハイラさんの言葉の途中で彼女を抱き締めた。
「ありがとう。でもな、もう無理はしねぇで良いんだ。ファーレンが人間に暮らしにくい場所だってことは俺もよく分かってる。」
「……。」
そうして掛けられた言葉は当たっていたのか、ハイラさんはバーナベルに抵抗しない。
そこで騎士の一人がバーナベルに近付き、彼の肩を掴んだところで、俺はネルがあっさり解放された理由にようやく気付いた。
すぐに下半身に鎧を纏い、ネルから手を離す。
「コテツ?」
「少し離れてろ。……行かせるかァ!」
姿勢を下げながらネルを横に軽く押し退け、俺は転移で逃げようとするバーナベルへ一気に加速。
「させん!怪力!」
すかさず盾を構えた騎士が間に割り込む。避けてる暇はない。
そう判断した俺は、瞬時に黒銀を発動。目の前の盾に肩から思いっきりタックルをかまし、全身鎧を真後ろに勢い良く吹き飛ばした。そいつはバーナベル達の消えた直後の空間を貫き、そのまま避難所の出入り口の外へと消えていく。
「くそっ、逃がしたか。」
片足で自身の勢いを殺しながら悪態をつく。
……まぁ良い。ネルを取り返せただけで十分だ。
そもそもここへの転移ができると知るまでは彼女もヴリトラの魂も取り返すのはもっと後の予定だったしな。
何にせよ、急ごう。
「フェリル!シーラ!ルナ!いるか!?」
振り返り、一連の出来事を眺めていた野次馬達を見回しながら、避難所にいる全員に聞こえるよう大声で叫ぶ。
「叫ばなくても聞こえるわ。フェルもここにいるわよ。」
すると、野次馬達を掻き分けてシーラが歩いて出てきた。その片手は何故かフェリルの腕を強く握り締めて。
相当力んでいるのか、青筋まで見える。
「ネルちゃん、無事だったかい!?」
“何故か”は余計だったな。
ネルに今にも飛びかかりそうな勢いのフェリルの手綱をきちんと握ってくれていたらしい。
それより……
「ルナは?いないのか?」
「僕は見てないよ。シーラはどうだい?」
「私も見てないわ。」
「そうか……ん?ネル?どうした?」
背中を軽くつつかれ、振り返りながら聞くと、ネルは困ったような表情のまま俺の腕を下に引っ張り、素直に姿勢を落とした俺の耳元に口を寄せてきた。
「……ルナってさ、裏切ったんじゃないの?ほら、コテツを斬ったし、理事長も……。」
あ、そういやルナのことは何も説明してなかったな。
ていうかヴリトラを倒した後、ネルが来てくれるまでは本当に何にもしていない。
確か、ヴリトラと戦っている間、ラヴァルとニーナはルナの近くにいたよな。……ラヴァルはルナを許してやってくれただろうか。
非常に気になるところだけれども、今は後回しだ。
「あー、それはな……とにかく、ルナのせいじゃないんだ。あんまり怒らないでやってくれ。」
「そうなの?」
「ああ、詳しい説明は後でな。……さて二人とも、図々しいのは分かった上で、頼みがある。」
まだ訝しげな顔のネルに笑い返し、エルフ二人に向き直る。
ルナにも頼みたいものの、いないのなら仕方ない
「分かってるよリーダー、ヴリトラの魂を取り返すって言うんだろ?」
「ええ、それぐらい頼まれなくても協力するわ。」
「クラレスも!」
「「「え?」」」
三人同時に声のした方へ目を向ければ、魔族のお姫様がいつの間にやら側まで来ていた。
「クラレスも手伝う。バーナベル先生から溢れてた魔素がヴリトラの魂の力なら、スレインには絶対に渡させない。フレドも、違う?……あ。」
そう言い切り、彼女が振り返った先では、彼女が想いを寄せる悪魔の青年がテオとオリヴィア姉妹の間で大いに焦り、オロオロしていた。
クラレスも今更失言に気付いたか、両手で自身の口を塞いだ。
ったく、後の祭りも甚だしい。
「テオ、オリヴィア、パメラも、今のは「コテツ先生は、どうなさるのですか?」ん?」
“今のは聞かなかったことにしてくれ。”と言いかけたのを遮って、オリヴィアがそう聞いてきた。
「まさか、本当にスレイン王国と戦う気ですか?」
続けてテオが信じられないと言うような顔で言い、同時に周囲がピタリと沈黙。
「ああ、戦う。」
俺が端的に答えると、辺り一帯が騒然となった。
「無謀だ!」
「勝てる訳がない!」
そんな声があちこちから飛び交う。
「お前は人間だろ!」
「裏切るのか!?」
俺を責めたてるような声も、どこそこから湧いて出た。
浴びせられる声量のせいで、このままでは何と言おうとこちらからの声はどうせ届かない。
だから“取って置き”を少し使った。
瞬間、ドン!と地面が振動し、上がる一方だった皆のボルテージが少し収まる。
「大丈夫だ、そんな大々的に戦う訳じゃない。ここにいる全員の無事は保証する。」
空からヴリトラの魂のある位置へ落下して、それをヘール洞窟に送ればいいだけの話だしな。
ヒットアンドアウェイならぬスティールアンドアウェイだ。
『ただの盗人じゃな。』
確かに。
何にせよ、“取って置き”を使ってファーレンに疑いがかかる事もなく全てを済ませるつもりだから、寧ろファーレンの関係者に動いて貰っては困るのだ。
「くく、本気で、言ってるのか?」
俺の言葉を聞き、大国と一戦交えなくて良いと知ってか、誰も声を上げなくなったことに安堵していると、背後からそんな声が掛けられた。
見れば、さっき突き飛ばした騎士が避難所よ入り口に寄りかかるようにして立っていた。
「無事は保証する、だって?本当に無事で済むと思ってるなら……くく、お前は、馬鹿だ。」
兜を外し、男が笑いながら言う。
しかし陥没した鎧の胸部に圧迫されているせいか、タックルのダメージが残ってるだけなのか、その言葉は途切れ途切れ。
入り口近くの人達が彼を一様に警戒しているものの、その必要はおそらく無いだろう。
「どういう意味だ?」
「ここはファーレン学園、スレインだけでなく、敵両国の有力貴族が集まる場所。そこに、他国の介入なく、我々の軍を万全の状態でたどり着かせられたのだ。……他国の弱みを握る絶好の機会だろう?それをただの獣人一人の頼みでみすみす逃すと思うか?」
……敵国貴族の人質が取れるってことか。
なるほど、身代金、人間の捕虜との交換、少し考えるだけで使い勝手の良さは容易に分かる。
つまりバーナベルは騙されてた訳だ。
「そんなこと、へカルトもラダンも許さない。」
クラレスが強い口調で言う。しかし騎士の笑みは消えない。
「だからなんだ。お前を殺すと脅してやっても、へカルトは大人しくならないのか?」
「っ。」
そして返された言葉に、魔族のお姫様の方が言葉に詰まった。
そんな彼女の角の生えた頭を撫でてやり、俺は騎士の方へと歩く。
「お前達に為すすべはない。我々の勝利は確定している。今のうちに降伏の用意でもしておくんだな。」
「そう上手く行かせると思うか?」
「なに?」
右拳を引きながら尋ねると、騎士は訝しげに俺を見上げた。
これからする事を見られては困るし、何よりわざわざ兜を脱いでまで見せてくる自信満々な表情にイラっときた。
「待てコテツ!」
低い静止の声。
「え?」
「ガッ!?」
しかしそれは少しばかり遅く、俺は彼をぶん殴り、地面に顔から突っ込ませた。
「まったく……何をやっている。」
低い呆れ声が聞こえたかと思うと、伸びた騎士を跨いで、ラヴァルとニーナが順に避難所に入ってきた。




