終わらない
椅子に座り、石の床をただ見つめ、どれだけ時間が経っただろうか。
「やっぱり、ここにいた。」
左から掛けられた柔らかな声へと視線を動かせば、俺のいる、いつの間にか真っ暗になった部屋の入り口に長袖姿のネルが立っていた。
その手には蝋燭を一本乗せた小さな燭台。
「ふぅ……ネルか。どうした、何か用か?」
息を吐いてそう尋ねながら気持ちを整理し、小さな笑みを何とか貼り付けた顔を持ち上げる。
しかし彼女は無言のままコツコツと硬い足音を立ててこちらへ近付くと、燭台を俺の目の前に置き、側から椅子を引いてきて俺の左隣に腰を下ろした。
巻き戻しの魔法陣の効果で未だ血色を帯びたアリシアの顔が暖かな光に浮かび上がる。
「ネル?」
「ちゃんと灯りを付けないと駄目だよ?夜に、こんな真っ暗な中にいられたら、真っ黒なコテツはすっごく見つけにくいんだから。」
どうしたのかともう一度聞くより先に、彼女は俺の左の袖を引っ張り、そうたしなめてきた。
「あ、ああ、悪いな。」
まさかそんなことを言われるとは思わず、肩透かしを食らったような気分になる。
「ていうか、もう夜なのか。」
「……うん。」
目を窓の外へ向ければ、ファーレン学園の草原や壊れた城、そしてそれらに乗っかった巨大な黒い古龍の上を確かに夜空が覆っていた。
「そうか。」
今の今まで気付かなかった。
「……今日一日、ここにずっとアリシアといたの?」
「まぁ、そうなるな。」
ヴリトラを倒したときは日が昇ってたし。
「そっか……。もう、ズルいなぁ。アリシアにお別れを言いたい人はコテツ以外にもいっぱいいるんだよ?せめてボクぐらい呼んでくれれば良かったのに。」
頷くと、ネルはそんな文句を言いながら、肩で俺を押してきた。
「……そりゃあ悪かったな。」
「本当だよ。外ではヴリトラ退治をお祝いしてるのに、主役がなかなか来ないからあんまり盛り上がってないし。」
ああ、なるほど。……そういうことか。
「それで俺を呼びに来たのか。……わざわざ悪いな。でも俺は「祝うような気分じゃない、でしょ?そんなの言われなくたって分かるよ。」……そうか?」
言葉を先取りされ、そんな分かりやすいだろうかと聞き返すと、彼女は小さく頷いた。
「アリシアが、亡くなったんだから。」
呟きながら前屈みになって、ネルがアリシアの袖に掛かった土埃を摘み取る。
眠る少女の顔を慈しむような目で眺める彼女は、そのまま体の動きを少し止めたかと思うと、目を閉じて小さく呼吸を整え始め、そして意を決したように口を開いた。
「あのね、ボク、本当はコテツを呼びに来たんじゃないんだ。」
「ん?そうなのか?」
「……うん。コテツと同じでさ、祝うような気分になれなくて。」
その背が僅かに震える。
「だって……まだ、残ってるんだ。最後にボクを抱き締めてくれたときの、アリシアの感覚がさ……。」
……そういえば、こいつがアリシアの最後を看取ってくれたんだったな。
アリシアの寝る台の端を掴んで言葉を切ったネルの、苦しそうに震える息遣いが聞こえてくる。
「ネル、辛いなら……。」
……無理して言わなくても良いと言い掛けるも、彼女は首をはっきりと横に振った。
「ボクはね、何にもできなくて、ただアリシアが弱っていくのを眺めてただけだった。……もしもあのとき、ボクがこの子をシーラさんとたった二人で残して行かなかったら、ううん、アリシアを避難所から連れ出さなきゃ、きっと、こんなことにならなかった。……なのにさ、アリシアは“ありがとう”って、“大好きでした。”って言ってくれて……最後には、ぎゅぅって……。」
紡ぐ言葉が次第に小さく、途切れ途切れになっていき、最後には自分の肩を抱きしめるようにしてネルは俯いてしまった。
「はぁ……何言ってんだ。」
ため息を吐いて彼女の肩を掴んで引っ張り、その頭をそっと引き寄せる。
「……ネル、お前は何もしてないって言うけどな、きっとお前のおかげで、アリシアはこんな穏やかな顔で逝けたんだ。一番怖い思いをしていた彼女に、お前だけが最後まで寄り添っていてくれたから、な。」
落ち着く匂いのする赤い髪に頬で触れ、その背に左手を回しながら、優しく話しかける。
「それに、アリシアが死んだのはお前のせいなんかじゃない。ったく、そんな当たり前の事で悩むな。」
最後に抱きしめる力を少し強めてそう言うと、ネルは一度小さく頷き、俺を抱きしめ返してきた。
「……あり、がと。」
「本当のことを言っただけだ。」
段々と俺に込められていくネルの力を、その背を擦りながら受け止める。
胸元が少し濡れるのに構わず、しばらくそうしていると、ネルがゆっくりと静かに深呼吸をし始めたのを感じ取れた。
「落ち着いたか?」
聞くと、目と鼻を少し赤くした、でも少しだけ笑顔の戻った顔がこちらを見上げた。
「うん。……こういうこと、言うのは思ってたよりずっと難しかったけどさ、でも、聞いてもらえて良かった。」
「そうか。ならさっさと外のお祝いに戻ってやれ。お前がいなくなってしまって、たぶん殆どの男が盛り下がってるぞ。」
彼女の背中を軽く叩いて言い、細い身体に回していた腕を解いて体を離す。
しかしネルは俺を解放しなかった。
それどころか腕を俺の首に回し、口を真一文字に引き結んで至近距離から睨んできた。
「えっと、ネル?「コテツの番。」ん?」
「コテツの番でしょ?」
「俺の番?」
「そ。コテツが話して、ボクがそれを聞いたげる番。」
「いやでもな、話すことなんて「嘘は駄目。」……蝋燭一本でも結構明るいな、とか?」
「いいよそれで。ほらその調子、何でもいいよ。」
適当に言ったのに、ネルは嬉しそうに笑って先を促してくる。
何でも、か。
「はぁ……、お前は相変わらず綺麗だな。」
「そう?良かった。最近自信無くなってきてたから。」
「へぇ、そりゃまたどうして?」
「さぁ、どうしてだろうねぇ〜?」
意外な言葉に眉を上げると、ネルはそう、嫌味ったらしい声音で返してきた。
話すのはあくまで俺ってことか?
……首に手を回されたままでも、視線を周囲に走らせれば話の元はすぐに見つかる。
俺には理解できない幾何学模様が至る所に刻まれた壁や床。それから否応なく連想される少女や彼女を今も仄かに照らす蝋燭。
「……。」
「コテツ?」
呼ばれ、少し焦って視線を上げる。
「あー、そうだな、ヴリトラって、食ったら意外と美味しそうな気がしないか?」
「さ、さぁ?どうなんだろ。そんなこと考えた事も無かったけど。」
「ゲテモノ食いなのに?」
戸惑うネルに聞き返すと、不本意だと言う風に彼女は唇を尖らせた。
「だからって何でもかんでも食べる訳じゃないの。あと言っておくけど、コテツも仲間だからね?」
「……引きずり込まれたんだ。」
ただし後悔はしていない。美味いものは美味いし。
「あはは……でも、よく一人で倒せたよね。ヴリトラ教徒のせいでフェリルはコテツの援護をほとんどできてなかったし。それでもやっつけちゃうなんて、やっぱり化物先生の異名は……「違う。」え?」
「ヴリトラを倒したのは、俺じゃない。……アリシアだ。」
目を閉じ、歯を食いしばる。
「そっか……[ネル!コテツはいる!?]ひゃぁっ!?」
そして突然響いた大声に、ネルはさらに大きな奇声を上げて文字通り飛び上がった。
声の出処は彼女の腰のポケット。
驚いた勢いで俺から体を離し、立ち上がった彼女は、真っ赤な顔でプルプル震えたまま、そこからファレリルの教師証を取り出し、俺に突き出してきた。
……正直、ホッとしたのは秘密だ。危うくネルに情けない所を晒すところだった。
しかしニーナが呼んでるってことは……ファレリルのことを告白する時が来たのか?
「どうした。俺ならここにいるぞ。」
座ったまま教師証を受け取り、覚悟を決めてニーナに話し掛ける。すると予想に反して切羽詰まった声が返ってきた。
[スレインが攻めてきた!]
「え!?」
その内容にネルが目を見開き、対して俺は苦笑い。攻めてきた、とはまた酷い勘違いだな。
「そりゃ勇者達を連れてヴリトラを倒しに来たんだろ。ヴリトラはもう倒してしまったって伝えてやれ。」
[そう伝えに行ったラヴァルが攻撃されて逃げ帰って来るまでは私もそう思ってたよ!]
「は?攻撃された!?」
……どうも酷い勘違いをしていたのは俺の方だったよう。
しっかし、ファーレンを攻めるなんて、ラダンとへカルトに同時に喧嘩を売るようなものじゃないのか?
それに、俺がユイを王城から連れ出した時、ヘイロンは、スレインはファーレンの味方だってテミスの前で……言ってないな。ヴリトラと戦うつもりだと表明してくれただけだ。
勝手に味方だと思ってしまっていた。
「にしても、スレインは一体何のつもりで……。」
「それには俺が答えてやるよ。」
「ん?バーナベルか、怪我はもう治った……っ!」
聞こえた粗野な声に振り向けば、バーナベルが部屋に入ってくるところだった。……抜き身の剣を片手に持って。
「お前何を!?」
「動くなコテツ!」
すぐに立ち上がろうとした俺よりも早く、バーナベルはネルの腕を掴んで引き寄せ、彼女の首に剣の刃を添えた。
「うっ、先……生?」
「悪ぃな。……おい、入れ。」
無理矢理引っ張られた腕が痛むのか、ネルが苦しそうにしているのに構わず、バーナベルが入り口に向けて言う。
すると全身鎧の騎士が4人、光源代わりの小さな火の玉を周囲に浮かべて入ってきた。
「何のつもりだ。」
立ち上がりかけた体勢のまま睨むと、バーナベルが左手の平をこちらに向けて首を振った。
「まぁ待てコテツ、別に戦おうって訳じゃねぇ。」
「ハッ、そうかい。[ちょっとどうしたの!?]後でな。」
それに鼻で笑って返しつつ、何やら喚き出した教師証をコートのポケットに突っ込む。
「おう、俺はヴリトラの魂を大人しく渡して貰えりゃそれでいい。スレイン王国がそいつをお望みなんだ。」
……こいつ、スレインに寝返ったのか。
「どうしてだバーナベル。ファーレンのためにヴリトラと戦ってくれたんじゃないのか?」
足下に転がる黒い箱に目が向かないよう、意識しながら問い掛ければ、バーナベルは首を横に振ってみせた。
「違うな。俺は家族のために戦った。今もそうしてんだよ。ヴリトラの魂をスレインに届けりゃ、ハイラは子供達とスレインに住まわせてもらえる。」
そんな、ことのために?
「ハイラさんは納得してるのか?」
「……話せば、きっと理解してついて来てくれる筈だ。それに、ブツを渡せばファーレンはスレインに攻められねぇで済むぞ?壁の外を見たかコテツ?ヴリトラ教徒なんて可愛く見える数が集まってる。……いいか、ファーレンのためにも、ヴリトラの魂をこっちに渡すんだ。」
スレインの騎士までいるし、説得するのは無理そうだな。
「……ここには無い。」
「なら取ってこい。俺達はネルとここで待っておく。」
チクショウめ、やっぱりそうなるよな……。
どうする?
外に出ていくフリをしてバーナベルに近付いて、前にシーラを助けたようにネルを助け出せれば、アリシアが命を賭して封印したヴリトラの魂も渡さずに済ませられる。
そのために、ネルの命を危険に晒すのか?なるほど、確かにシーラのときは成功した。
……目を上げればいつまでも寝たままのアリシアがいる。
その考え方で、俺はこの子を殺したんだろうが。
「……。」
「ごめん。」
押し黙ったままでいると、ネルが小声で謝ってきた。
……同じ間違いを犯す訳にはいかない。
パンドラの箱を雑に蹴ってバーナベルの足下に滑らせる。
「その中だ。封の開け方は知らん。」
「ハッ、やっぱりあったんじゃねぇか。」
軽く笑いながらバーナベルがそれを拾う。もちろん彼の剣はネルから離れない。
「偽物の可能性は?」
聞いたのは、彼の隣で剣を構える全身鎧。
「……中身が見えなくたって、溢れ出る魔素を感じられるだろ?こいつは間違いなく本物だ。」
対し、バーナベルはその騎士へパンドラ箱を少し近付けることで答え、それを懐に納めた。
「……スレインはヴリトラの魂をどうするつもりなんだ。」
「さぁな、ま、スレインのこれから先の戦争に役立てられるのには違いねぇよ。」
聞いた俺に肩を竦めてそう返すと、彼はネルの腕を掴んだまま、部屋の出口へと歩き出す。
「おい!ネルは……!」
「コテツ、俺は馬鹿じゃねぇぞ。こいつが自由になった瞬間、お前が襲い掛かって来るのは分かってる。なに安心しろ、こいつは俺の教え子だ。危害は加えねぇし、加えさせねぇ。スレイン軍に合流したら必ず自由にしてやる。」
首だけ振り返ってそう言い残し、ファレリルに続いて二人目の裏切り者は部屋から姿を消した。
その後に続いて騎士達が退出していき、彼らが鳴らす鎧の音は遠のいて消えてしまう。
やられた。
「くそッ!」
大声で怒鳴った拍子に端を掴んでいたアリシアの寝台から燭台が落ちる。鳴った高い音に苛ついてそれを蹴飛ばすと、火は消え、蝋燭は粉々に砕け、耳障りな音が暗い部屋に響いた。
「ふぅ……。」
息を吐き、焦る心を抑え付け、頭の中を整理する。
やるべきことを一つずつ、丁寧にやって行こう。何を優先すべきかを、もう間違えたくはない。
……爺さん。
『な、何じゃ?ア、アリシアのことならばわしもすまぬと……。』
黙れ。こちとら必死に冷静になろうとしてるんだよ。
ネルの居場所は把握できるか?
『う、うむ。今出ていったばかりじゃからの、ヴリトラの魂も……。』
何があっても見失うな。
『わ、分かった。』
あと、お前の信者の葬儀の方法はなんだ?
『土葬じゃよ。』
……そうか。
頷き、ポケットから教師証を取り出す。
「ニーナ、聞こえるか。」
[聞こえてるよ。ねぇ、いきなりどうしたの?]
「……バーナベルがスレインと通じてた。[え!?]今さっきヴリトラの魂を奪われたよ。」
[ヴリトラを倒した君が負けたの!?]
「ネルを人質に取られたんだ。」
[そんな……。]
話しながらアリシアの下に黒い台を滑らせて共々浮かせ、コロシアムの外側に面した扉から部屋を出る。
何をするにしても、アリシアをここに残したままにはできない。
「なぁ、戦いで死んだ人達はどこで弔ったんだ?」
[え?今はそんなこと……。]
「良いから。」
「ヴリトラの頭の前。皆のおかげで倒したんだって、伝わるように、ね。」
「そうか、ありがとう。 ……ニーナ、味方を全員一箇所に集めるよう他の教師達に指示できるか?場所はできればあの地下の避難所がいい。」
「え?う、うん。」
感謝の言葉を伝え、続いて全く別の事へと話題を変えながら尋ねると、ニーナは少し戸惑いながらも肯定の返事を返してくれた。
「どれぐらい掛かる?」
[今もそこに留まってる人はたくさんいるし、10……いや、20分もあれば……。]
「よし、頼んだ。」
そう言ってファレリルの教師証をコートのポケットに入れ、周囲に目を巡らせる。しかし古龍の巨躯が邪魔でヴリトラの頭は見えなかった。
空を駆け昇る。
途中、ふとファーレン学園の外へ目を向ければ、破壊されてほぼ更地となった街がじわじわと人の波に呑まれていくのが見えた。
運良く半壊で済んだ建物や横たわるヴリトラの体は、押し寄せる波の中に立つ岩のよう。
……あれがスレイン軍か。確かにあれと比べれば襲ってきたヴリトラ教徒の数なんて可愛いもんだな。
さてヴリトラの頭は……。
「あった……あそこか。」
半分の背丈になったファーレン城に首を乗せ、そのすぐ前の草原に口を開いたまま頭を横たえたヴリトラの顔の前には約50人の死者を一人一人丁寧に埋めた跡。
「悪いなアリシア、俺の我儘で埋葬を遅らせて。」
隣で寝る少女に話し掛けながらその大きめの墓所の前に着地して、俺はシャベルを片手に作り上げる。
「先生!」
同時に墓所の中から親しみのある声が上がり、見るとクラレスがこちらへ走って来ていた。
その後ろからもフレデリックにテオ、オリヴィアそしてパメラが遅れてやってくるのが見える。
「おう、お前らは無事だったか。」
「ん。……それで、浮いてるのは、アリシア?」
いち早く俺の隣を歩き始めたクラレスに言うと、彼女は小さく頷いて、少し言いにくそうにそう聞いてきた。
アリシアのことはネルから聞いていたのかもしれない。
「……ああ。」
歩きながら首肯して、黒い板をクラレスの前まで移動させる。
「……。」
友人の死体に一瞬目を見開いたクラレスは、ぐっと歯を噛み締め、一言も発さないままアリシアの手にそっと手を乗せた。
遅れてやって来た4人は、途中でアリシアの様子が目に入ったのか、走るのを止め、歩いてこちらに近寄り、静かに黙って俯いた。
悲しいにしても、ここで涙を流すのは嘘臭い。ただ、どういう表情をすれば良いのか、検討も付かないのだろう。
「アリシアを、埋めて、あげますの?」
「ああ。」
「クラレスがする!」
黒いシャベルを見て尋ねてきたオリヴィアに頷いて返すと、クラレスが語気を強めてそう言い、駆け出し、ヴリトラの顔のすぐ横にしゃがみ込むなりその目の前の地面から土を噴き出させ始めた。
「あ、私も手伝って来ますわ。パメラ、行きますわよ。」
「は、はい。」
そう言って、カイダル姉妹が走っていく。
そうして取り残されたテオとフレデリックが、先に行った三人の元に向かうか向かうまいか無言で悩み始めたのは、傍目から見て明らかだった。
「良いんだぞ、先に行って。何かしてないと落ち着かないだろ?」
シャベルを消し、言う。しかし二人はぶんぶんと勢い良く首を横に振った。
「いや、俺はアリシアといます。ずっと一緒に勉強してきた仲だし……殆ど一方的に教えて貰ってたけど。」
「あ、僕は“アリシアに補講を回避させ隊”の一員だから。」
「はは、そうか。悪いな。」
小さく笑う。
テオとの勉強会のことは知っていたものの、いやはやまさかアリシアのためにそんな隊が作られていたとは。
おい、聞いてないぞ。
そう内心で隣のアリシアに話し掛ける。
まぁこの子がそんなことを言う訳ないか。ちょっと見栄っ張りだし。
アリシアの学園生活をより詳しく二人から聞きながら、意識してゆっくりと歩いたものの、ついにクラレス達の作った長方形の大穴に着いてしまった。
穴の横には白い石の棺。
「……。」
「先生?」
重厚な石蓋の立て掛けられたそれを見たまま、少し呆然としていたところ、オリヴィアの声にハッと意識を戻させられ、ゆっくりと深呼吸。
「……お前らがそれぞれいてくれて良かったよ。俺一人が見送るよりかは、アリシアもずっと喜んでくれる筈だ。」
そしてそう言って、アリシアを乗せた台を石室の中にそっと下ろすと、棺の内側に太陽のような模様が幾つも彫られているのに気が付いた。
いや、これは……。
「花?」
「ん。クラレスが描いた。オリヴィアとパメラの分もある。先生は何を描いてあげたい?テオとフレドも。」
へぇ、棺の中に、眠る人のための絵を描くのか。
「……そうだな、でっかいケーキで頼む。甘い物、好きだったのにずっと我慢させてたからな。」
「それなら俺はアイスクリーム。」
と、アリシアの好みに合わせてテオがそう言ってくれ、
「僕はフランクフルト。」
「「「「「え?」」」」」
そして最後に発された言葉に、俺を含めた5人が一斉にフレデリックを凝視した。
途端、彼が慌てだす。
「え?お、美味しいよ?それに、甘い物ばかりだと飽きるかもしれないから……。」
「ん。分かった。」
その言い訳を遮るようにクラレスが笑顔で頷き、棺の横に屈み込んで中の壁面を撫でる。すると、そこに今言われた3つの品が刻まれた。
最後に5人がアリシアにそれぞれ別れの言葉を告げた後、俺は「今まで、ありがとう。」と形式的に小さく声を掛けて、石棺の重い蓋を皆と一緒に閉じた。
それが魔法で穴の中へ入れられ、土で埋められ、墓石が作られるのを見守る間、俺は黙ったまま、背に回した拳を硬く握り締めていた。
……お前の死を利用させはしないからな。




