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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第二章:一攫千金な職業
27/346

27 ファーレンに向けて

 目を覚まし、床から背中を離すと、ベッドの端に座って窓から外を眺めるルナの姿があった。

 「おはよう、ルナ。今日は早いな?」

 「あ、おはようございますご主人様。……昨日は、その、申し訳ありません。」

 言うとルナはこちらをチラリと見、しかし挨拶すると、気不味そうに目線を外に向けなおした。

 立ち上がり、彼女の横に座る。

 何はともあれ、やはりアレの様子を確かめたい。

 「昨夜は結構念入りに梳いてみたんだ。どうな感じだ?」

 外に出されている尻尾を撫でる。

 ふかふかで気持ちいい。

 するとルナがビクッと体を跳ねさせたかと思うと、慌てて捲し立て始めた。

 「は、はい。と、とても滑らかになっていました。ありがとうございます。」

 さりげなくその尻尾がルナの両腕で胸にかき抱かれる。

 「そうか、そりゃよかった。なぁ、もう一回……「そ、それで!その、こ、今度からもお願いしてもよろしいでしょうか?」今度から?」

 しかしそれでもあの滑らかでいてふさふさとした手触りが恋しくて、豊かな銀毛へと手を伸ばすと、尻尾はサッとルナの着物の中にしまわれた。

 「あの、尻尾のお手入れの、事です。」

 「……はは、いいぞ。もちろんだ。任せておけ。」

 俺もやっていて気持ちよかったし、別に断る理由もない。

 櫛の形を色々試してみようかなと思いながら、俺はルナと一緒に部屋を出た。

 この世界にシャンプーみたいな物ってあるのかね?



 「さて、次は何をしようか。」

 俺がいるのはイベラムからそう遠くない草原。

 イベラムからヘーデルまでの道のりは昨日覚えたので、深緑の宿を出てすぐに、俺の魔法でここまで飛んで帰ったきたのである。

 空は快晴、それでいて日差しは暖かく、絶好の運動日和という事で、アリシアは俺と、ネルはルナと、ファーレン入学へ向けた鍛錬を始めた。

 魔法の命中率を上げるため、前にも一度させた事のある的当てにアリシアが精を出している。

 その後ろで右耳に嵌めた真新しいイヤリングを弄りながら、大いに頭を悩ませている。

 このイヤリング、実はネルとアリシアとのお揃いで、今朝貰ったばかりの物だ。

 俺がルナを譲られた日の夜に渡そうとしてくれてはいたものの、ローズの説教やら護衛依頼やらジャイアントトレント討伐やらと休む間もなく忙しく、渡すのが今朝までずれ込んだらしい。

 ちなみにアリシアは呪いや毒から守ってくれるというネックレスを、ネルは新しい装備一式を、オークションで得た大金で買ったそう。

 値段はいくらか聞いていない。まぁ流石にファーレンに行くのに支障が出るほどではないだろう。

 ちなみにネルの装備はまだお目にかかれていない。マントを着込んでいるし、まぁた際どい奴でも買ったんだろう。

 「取りあえず一度戦わせてみるか?」

 「え?」

 呟きが思ったより大きかったらしく、アリシアがこちらを振り向いた。

 見た感じ、疲労の色はない。だいぶ慣れてきたと見て良いかもな。

 「はは、もう的当ては簡単すぎるみたいだな?凄いじゃないか。」

 「えへへ、そうですか?」

 くすぐったそうにアリシアがはにかみ、俺はその頭をくしゃくしゃに撫でてやる。

 「ああ、凄い凄い。もうネルなんかよりも凄いんじゃないか?」

 「ネルさんよりも、ですか?」

 「ああ、凄い。」

 「そうですかぁ……えへへ〜。」

 凄いを連発、煽てに煽てる。

 アリシアは頭を強めに撫でられてるせいもあって気付いていないけれども、俺のこの言葉はもう一人のファーレン入学希望者にも聞こえるように発されている。

 「……。」

 その彼女はルナと刃を潰した武器(黒魔法製)で激しい打ち合いをしながらも、自分の名前が出たからだろう、こちらをチラチラ盗み見し始めた。

 「よそ見?舐めないでくれるかしら!」

 「わっ!?」

 ルナは絶賛興奮中、戦いとなるとここまで性格が変わるのには、分かってはいても毎度仰天させられる。

 ネルはルナの鋭い突きを短剣でずらし、ギリギリで回避した。

 さてと、トドメだ。

 「もうネルなんか敵じゃないよなぁ?」

 「はい!」

 あ、ネルが完全にこっちを向いた。

 そのままルナを置いてこちらへ駆け寄りながら発される大声。

 「こらぁッ!さっきから全部聞こえてるんだからね!」

 そりゃそうだろう、むしろそうでないと困る。

 「でも事実だもんなぁ?」

 「え?……ええ!?いえ、あの……その……。」

 取り乱し、オロオロしだしたアリシアは、しかし俺の言葉を否定はしない。

 「ふ、ふふふ、ふーん?」

 アリシアの目の前に来たネルが、ヒクついた笑顔を浮かべる。

 「ネル、あなたの相手は私よ?」

 ルナが少し遅れてやってきた。まだ戦い足りないのか、少し不満気である。

 「ごめんルナ、でもちょぉっと聞き捨てならない言葉が聞こえたんだよねぇ!?」

 睨めつけてくるネル。対して俺はアリシアの背中をネルの方へと押してやった。

 「アリシア、ネルにお前の力を見せてやれ。で、ルナは休憩だな。さっきの突き、ネルへの不意打ちだったのにしっかり対応されてたぞ?疲れてるだろ?」

 「……恥ずかしい所をお見せしました。」

 言うと、自覚はあったらしく、ルナは大人しく太刀を納めた。

 「あ、あの、私と、ネルさんで戦うんですか?あの、良いんでしょうか?」

 「それってどういう意味かな?もしかしてボクを倒してしまって良いのかってこと?」

 「え?はい。」

 前を見ればアリシアはネルに怒涛の挑発を行っていた。最後の小首を傾げて不思議そうに頷く感じ、ありゃもう素晴らしいとしか言い様がない。

 「ほ、ほぉ?見てなよアリシア、後輩にそう簡単には負けないよ?」

 抑えきれない怒りで逆に静かに淡々とそう言って、ネルは開けた草原に歩いて行ってしまった。

 で、だ。まぁそんなこと言われるとアリシアに勝たせてあげたいって思うのは人間の性だよな。

 「アリシア、少し耳を貸してくれ。」

 「え?はあ。」

 手招きし、俺はちょっとしたアイデアをアリシアに与えた。

 「よし、行ってこい。」

 「はい!頑張ります!」

 すると元気一杯な返事をして、アリシアはネルのもとへ走っていく。

 そして二人は互いに約15メートル程距離を取り、模擬試合ははじまった。

 アリシアはタクトをネルに向け、ネルは姿勢を低くして構えている。

 先手を取ったのは当然、遠距離の攻撃手段を持つアリシア。

 「ファイアボール!」

 放たれた火球を、ネルは最小限の動きにより紙一重でかわす。

 「そんなの当たらないよ!」

 「バースト!」

 しかしそのままアリシアへ走り出そうとした瞬間、火球が彼女の真横で弾けた。

 直径5センチの無数の火球が花火のように飛び散り、ネルに降りかかる。

 「うわっ!」

 「はぁぁ!」

 急な事態に怯むネル、そこにアリシアがさらに大量の火球で追撃する。

 一瞬取り乱したながらもネルはすぐ持ち直し、接近しようと草地を蹴った。

 ネルは上手く火球の直撃を避けてはいるものの、彼女から半径2メートル以内に入った途端に弾けて撒き散らされる火の粉には苦戦させられ、アリシアとの距離を詰められていない。

 対してアリシアの小ぶりな花火は、絶えるの事なく連続で、立て続けに相手に襲いかかる。

 正直、なかなか綺麗な景色だと思う。夜でないことと人間に攻撃していることを度外視すれば。

 「あの魔法はご主人様が?」

 「まぁ少しだけヒントをやっただけだよ。」

 あれなら多少命中率が低くても問題ないだろう。むしろその方が全方位から攻撃されるから驚異だ。

 「ふふ、贔屓はいけませんよ。」

 「ちょっと思い付いただけだったんだ。こんなに効果があるとは思いもしなかったよ。」

 と、ネルが火の粉の弾幕から飛び出した。

  彼女はマントを脱ぎ、それを大きく振ることで、大量の火の粉を突破したのだ。

 そして結果、彼女の着ていた装備が明らかになる。

 やはり動きやすさは大切だと判断したのだろう。形は俺がネルと戦ったときとほとんど変わっていない。変わっている物といえば、左手の俺の作ってあげた手袋と右手に嵌めた指の出る手袋。あとはブーツが膝丈はない程度の、より上等な物になっていることくらいか。

 「疾駆!」

 ネルの脚が蒼白い光を纏い、彼女の速度が急激に上がる。

 「うっ、速い!?」

 アリシアは相手の加速に対応しきれず、駆けるネルのすぐ後ろ、あまり意味の為さない位置で火球が幾つもの綺麗なオレンジ色に散っていく。

 ぐんぐん間合いを詰める途中からネルはキレのある動きでジグザグな軌道を描き始めた。

 「っ!そっち!えと、次は!?」

 動く幅を不規則に変え、アリシアの拙い命中率をほぼ皆無にさせてしまいつつ、ついにアリシアを自身の短剣の間合いに入れた。

 「もらったッ!」

 ネルが声を上げながら、全く反対方向へ火球を放ったばかりのアリシアに斬りかかる。

 「くぅ!ウィンドボムッ!」

 しかし、あと少しで刃が届くというところでアリシアの魔法が発動、突風が吹き荒れ、両者が反対方向へ大きく吹き飛ばされる。

 「トルネード!」

 前々から自分を無理矢理動かす方法として使っていたからか、アリシアの方が頭の切り替えが速かった。

 そしてネルが何かできるより先に、巨大な竜巻が発生。

 それは上空に吹き飛ばされていたネルをさらに巻き上げて、彼女を更に上空へと大きく吹き飛ばした。

 そのあとも少し見ていたものの、ネルは動き出そうとしていない。どうやら打つ手がなくなったらしい。

 勝負あったな。

 小さな足場を随時足下に作りながら上空のネルに向かって走り、しっかりと抱いて受け止める。

 「ぐすん、いいもん、ボクの役職は斥候だから戦闘よりも偵察とかが専門なんだし。魔物を倒すのだって真正面からやる訳でもないし。」

 腕の中のネルは、もう完全に拗ねていた。

 「やりましたよコテツさん!冒険者として先輩のネルさんに勝てました!」

 そのまま地面に着地すると、アリシアが満面の笑みでそう報告してくる。

 「うぐぅ……。」

 嬉しいのはよく分かる。ただ、人の心を天然でえぐるのは止めような。怒りの向けようがなくてさらに気持ちが沈んじゃうから。

 「ルナ、今日の訓練はここら辺でやめておこうかと思う。良いか?」

 言いながら、俺の腕の中でいじけているネルを目で示す。

 「ええ、仕方がありませんね。」

 そんなこんなで今日の訓練は終了した。



 「あ、3人とも一日ぶり!」

 満腹亭に入るとローズがそう言って迎えてくれた。

 「あはは、ローズはいつも元気が良いね?」

 「はい、一日ぶりですね。」

 「おう、部屋は空いてるか?」

 「もちろん!」

 それは宿屋としてどうなんだ?

 「アルバートは?」

 「今はゲイルさんに料理を教えてるよ。この宿を継ぐなら覚えろって。」

 うん、親子関係は良好なようである。

 「へぇ、ゲイルは転職するのか。」

 「うん、武具職人としての仕事はお父さんが料理を作れなくなるまでは続けるらしいよ。でも、流石に冒険者はやめてくれるんだって。」

 ローズが最後の所でホッとする辺り、冒険者が命がけの仕事なんだなと実感する。

 「うぅ、先を越された。」

 そう言う小さな声が聞こえ、見ると案の定、ネルだった。

 「はは、ネルはまだまだ若いよ。俺なんかどうするんだ、もう25だぞ。」

 取りあえずネルの不安は笑い飛ばしてやる。

 「マジかよ。コテツは俺とタメだと思ってたぜ。」

 と、ゲイルがそう言いながら厨房から出てきた。

 「俺もだよ。これからは年上として敬ってくれても良いぞ?」

 「今この中で唯一の独身男が何を言ってやがる。」

 「まだ式もあげていないくせにお熱いことで。」

 「幸せになってくださいね。」

 アリシアのこれは天然だろう。

 ローズとゲイルは途端に赤くなった。

 「ああ、誰かと思えば、コテツか。」

 アルバートがゲイルに続いて厨房から出てきた。やはり娘が他の男の嫁になることで心労が多いのだろうか。たった一日会わなかっただけで髪にだいぶん白髪が混じりはじめている。

 「おう、それでゲイルの料理はどんなもんだ?」

 ゲイルにはここの味をしっかり継いで欲しい。

 「まだまだだ。だが筋は良い、まず間違いなくここの味が損なわれることはない。」

 「そこは俺を越えるだろうとは言わないんだな。」

 「そこはゲイル次第だ。」

 安心した。

 「じゃあゲイル、夕飯を頼むぞ。」

 「俺はまだ修行中だぜ。」

 「筋は良いって言われたろ。期待してる。」

 「ふん、任せろ。」

 「じゃあゲイル、そのためにも続きをやるぞ。」

 「はい、義父さん。」

 「私も手伝う!」

 新しい家族を迎えて、3人は仲良く厨房に引っ込んでいった。

 「じゃあボク達はファーレンで必要になる物の準備をしようか。ギルドに行けば何が必要かはすぐにわかると思うよ。それに、かかる時間を調べないといけないしね。」

 「そうだな、そうしようか。アリシア、頑張れよ。」

 「ふぅ、よし。頑張ります。」

 ファーレンに着くまでにはそうやって気合いを入れなくても話せるくらいには社交的になって欲しい。

 「では私は厨房で料理を教えてもらいます。ご主人様がここの料理をお好きなようですし。」

 「おお、そりゃありがたい。」

 本当にここの料理は俺の舌によく合うのだ。

 「ふふ、お任せください。」

 ルナを残し、俺達3人はギルドに向かった。



 調べた結果、時間が無いことがわかった。

 イベラムから首都までは歩くと数日かかるため、ファーレン行きの飛行船の出発に間に合うためには出航日の三日前にはイベラムを出発しないといけない。

 だがしかし俺達が乗ろうと思っていた4週間後の便では、到着が入学試験に間に合う瀬戸際となってしまい、試験を受けるアリシア達にはあまり良くない。

 それでも幸いだったのが、この時期に急増するファーレン渡航者のために2週間後に臨時の便があり、その計4人分の乗船券をセシル経由で手に入れられた事。

 ネルが頼んだ途端のセシルのあのテキパキとした仕事ぶりは、セシルが普段どれだけだらけているのか、そしてそれなのに何故クビにならないのかが垣間見えた気がした。

 俺達がティファニアに向かうのは一週間後。

 しかし裏を返せば、それはつまりあと一週間ぐらいしか練習できる時間がないということだ。

 ティファニアでは普段の着替えやら何やらを買わねばならないし、ファーレン島はほとんどまるごとが学園となっているので練習できる場所が学園外だと本当に少ないらしい。

 受験直前に受験勉強があまりできないと考えると分かりやすいだろうか。

 ファーレン入学のために事前に用意すべき特別な物はなく、必要な品がファーレン島で買える物ばかりだった事には俺、ネル、アリシア、の三人供が胸を撫で下ろした。

 ま、頑張るしかないか。二人とも優秀だとルナは言っていたし。

 「ルナ、二人をこれから一週間で叩き上げるぞ。」

 「はい!」

 ルナも自身に気合いを入れた。



 そして今、俺は満腹亭で宛がわれた部屋のベッドの上で寝ている。

 ちなみにゲイルの料理はアルバート程ではないものの、料理を始めて数日の奴の味ではなかった。

 ゲイル自身は料理と言えば丸焼きに塩を振るという生活だったらしいので、それを考えると確かに才能があるのだろう。

 「ご主人様、い、良いでしょうか。」

 ルナが背をこちらに向けて俺の前に座ったまま尻尾をゆらゆらとゆっくり揺らすのが目の端で見えた。

 起き上がり、膝をポンと叩く。

 「もちろん。ほら、膝の上に乗せてくれ。」

 「どうぞ。」

 ふさふさの尻尾が俺の膝の上に乗せられる。

 くっ、なんて柔らかさだ。しっかし、まさか俺にケモナーの血が流れていたとはな。

 「よし……じゃあいくぞ。」

 黒魔法で櫛の形を作る。

 「はい、よろしくお願いしあぁ……んん。」

 俺は相変わらずの上質な毛並みを持つ尻尾を、ルナが寝入った後も、満足行くまで梳き上げた。



 「学園都市ファーレンですか?」

 「はい、勇者様方にはそこで更なる修練を行っていただきたいのです。」

 急なことに、オレ、青葉海斗は目を見開いた。

 王城の中の、オレが宛てがわれた豪華な部屋にふらりとティファニーがやって来たかと思うと、申し訳なさそうな顔で“勇者様方にはファーレンに通う事となりました。”言ったのだ。

 今までは幼馴染みのアイや昔から何かと世話を焼いてくれたユイと一緒に城の兵士や王様の知り合いとかと稽古をしてきて、普通の兵士ではもう手も足もでない程に、オレ達は強くなった。

 それなのにさらにファーレンに行く必要なんてあるのかな?

 そこには他の種族もいるというじゃないか。

 「危なくないんですか?」

 つまり敵だらけの場所ってことだよね?

 「ですから、カイト様たちの正体勇者は伏せておきます。流石にファーレンの教師達には隠すことはできませんが、あちらの承諾はいただけました。」

 「へぇ、楽しそうじゃん!心配は無いみたいだし、行ってみようよカイト。」

 オレのベッドに腰掛けてそれを聞いていたアイが跳ねるように立ち上がって会話に参加してきた。

 「でも、ユイにも一応聞いた方が……。」

 勝手に決めちゃうのは駄目だと思うけど。

 「ではアイさん、この事をユイ様に伝えていただけませんか?」

 「じゃあカイト、一緒に行こう!」

 「うん、分かっ「すみません、カイト様にまだ話がありますので。」だって、ごめん。」

 「お願いしますね、アイ様。」

 「頼める?」

 ティファニーはアイににっこりと笑いかけ、オレも一緒になってお願いした。

 「ぐっ、分かった。すぐに伝えてくる。」

 すると何故か悔しそうな声を漏らして、アイはオレの部屋から出て赤い絨毯の敷かれた廊下を走っていった。

 ティファはしばらくアイの出ていった方を向いたまま固まって、一つ頷いたかと思うと、彼女はお付きの護衛に声をかけて退出させた。

 これはいつもの合図だ。

 「ごめんなさいカイト、私も危ないとは思ったのですが、お父様がそう言って聞かなくて。」

 プライベートでは、オレはティファニーではなくティファ、ティファはカイトとお互いに呼んでいる。オレも嬉しいけど、本人の希望でもある。

 オレは別にアイにもそう呼ばれているから普段からこうしてくれても構わないんだけど、ティファにも立場があるんだと思う。

 「いいよ。オレは勇者なんだ、心配はないよ。」

 と、ティファが居住まいを正した。

 「その、カイト。」

 「なに?ティファ。」

 小さな口を引き結んで、少し目を伏せて、つばを飲み込んだティファが覚悟を決めたように口を開く。

 「これからは、あまり会うことができませんね……。」

 「そうだね、寂しくなるよ。」

 「そ、そうですか。」

 急にティファの顔が赤くなった。もしかして熱でもあるのかな?

 「ティファ、もし辛いなら「カイト。」うん?」

 「わ、私は、カイトと出会ってから、ず、ずっと、あなたをお慕いし「カイト、そろそろ訓練の時間だ!」」

 何かを言い切る前に、俺に剣を教えてくれている女騎士のジーンが勢い良く扉を蹴り開けて入ってきた。

 あ、もうそんな時間かぁ。

 ティファが恨みがましい目でジーンを見ている。そんなティファを勝ち誇ったような顔でジーンが見返す。

 珍しい事じゃないけど、二人は仲が悪いのかな?それにしてはよく二人でいる所を見かけるけど……。

 「さぁ、行きましょう。」

 ジーンはオレの手を取って、そのまま優しく引っ張った。

 少し恥ずかしいとは思うけど、ジーンが自分から手を繋ごうとしてくれるのを、わざわざ断ろうとは思えない。

 「わ、分かりました。ごめん、また今度聞かせてね、ティファニー。」

 ティファニーに手を振って、部屋を出る。

 扉を閉めると中から何か大きめの物音が聞こえたけど、手を繋いだジーンに促されるまま、オレは訓練場に足早に向かった。

 にしてもまさか異世界に来てまで学校に通うことになるとはね。勇者だということも秘密にしておかないといけないみたいだし、なかなか苦労しそうだ。

 でも戦争に勝たないといけなんだ、きっとオレ達をファーレンに行かせるのもスレインがオレ達に更に力を付けて欲しいと思っているからだ。

 頑張らないと。

 出発は二週間後。学園の入学試験はまだ先だけど、直前になると混んでしまうから結構早い時期に行くらしい。

 そういえば、おじさん――コテツさんだっけ?――は今どうしているんだろう。

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