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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第七章:危険な職場
267/346

戦い

 「こっち!早く!」

 「こっちが先だ!」

 鋭い口調で指示が飛び、切羽詰まった声がそれに答える。

 見れば、床に寝かせられた何十人もの怪我人の間を回復科の学生や回復の魔法陣を片手に握る一年生達が必死に走り回っている。

 その中の誰よりも素早く綺麗に傷を治してしまえるツェネリ先生も、さっきまで体を覆っていた氷から脱出したばかりなのもあって、かなり疲れているように見える。

 それなのに、怪我人の数はさっきから増える一方。

 すぐ横をひっきりなしに石や氷製の担架を魔法で浮かせた人達が行き来して、腹に空いた穴からおびただしい量の血を流してたり体の大部分を焼かれてたりと、まだ生きているのかも分からないような人達を運んでいく。

 「ネル、行ける?」

 そんな後ろの様子を見て歯を噛み締めていると、隣にいたクラレスが聞いてきた。

 フードを被らなくなって随分と経つ彼女に緊張した様子はない。

 「……うん、大丈夫。」

 その姿に励まされて、頷いたボクはこの治療室の唯一の出入り口に目を向けた。

 戦えなくなった者を通すため、ほんの少し開けられた両開きの門の間から覗くのは、向かってくるヴリトラ教徒を迎撃する魔法使い達の姿。

 そしてここからは見えないけど、さらにその先では武器を持って戦士コースのクラスメイト達が戦っている。

 「ネル、これを。」

 と、オリヴィアが走ってきて手の平ぐらいの大きさに折り畳まれた紙を手渡してきた。

 「これを地下の避難所に届ければ良いんだよね?」

 「ええ。くれぐれも無くさないようにお願いしますわ。」

 それを受け取って、コテツに貰った――拾い物らしいけど――マントの下の、腰に掛けたポーチに入れながら確認の意味で聞くと、彼女は頷き、そう念押ししてきた。

 紙に描かれているのは転移の魔法陣。対となるもう一つの転移陣は描いたテオ本人が持っている。

 ボクとクラレスの役割は治療室と避難所を繋ぐこと。

 もちろん一緒に戦うことを強要するためじゃない。避難している人達に怪我人の治療へ参加して貰うのが目的だ。

 白の魔法が使えない人でも、助ける意思さえ持っていてくれれば、こちらから魔法陣を渡すことで治療に参加させられる。

 白魔法程柔軟な対応はアリシアの見せてくれた魔法陣ぐらいでしかできないけど、それでも怪我した人達に何もしないよりはずっと良い。

 「オリヴィア、やっぱり来ない?」

 「もちろん私も戦いたいですわ。でも、テオ一人にここの指揮を任せては置けませんの。」

 「そうかな、バタバタしてるけど、かなり上手くやってるとは思うよ?」

 クラレスへのオリヴィアの返答にボクは少し首を傾げた。

 見てて全然そうは思えないけど、実の所テオは誰よりも落ち着いている。

 城の上の方が一瞬で消し飛ばされたとき、浮足立った皆を説得して、率いて、治療室で籠城することを決めたのも彼だ。

 「ええ、本人は絶対に認めませんけれど、テオの能力そのものはお兄様に引けを取りませんわ。ただ、人の前に立つことに慣れていませんの。誰かが支えてあげていないといけませんの。」

 後ろを振り向いて、その先で誰よりも走り回るテオを見ながら、オリヴィアはカールした金髪を指先でさらにくるくる回す。

 「ん。流石は裏生徒会長。」

 「うっ、その呼び名はやめるように何度も言ってきましたのに……。あ、テオがこっちに来ますわ!二人とも、急いで出発を!」

 クラレスの言葉に嫌そうな顔を浮かべたオリヴィアは、急にボク達の背を押して急かし始めた。

 「テオがどうかしたの?」

 「魔法陣に間違いがないか確認するつもりでいるに違いありませんわ。」

 「それ、重要じゃない?」

 むしろやって貰った方が……。

 「……7度はやり過ぎですわ。」

 「アハハ……そうだね。クラレス、行こう。」

 「ん。フレドはクラレスが助ける。」

 よく自慢していた自分の翼を犠牲にすることで彼女を庇い、今は後ろで昏睡状態にあるフレデリックの方を見、決意を新たにしたクラレスは所々が裂けた赤いケープをはためかせて走っていく。

 「オリヴィア、理事長先生が起きたら、すぐにファレリル先生の教師証に連絡するよう伝えて。あと、アリシアが戻ってきたらボクに連絡するようにも言っておいて。」

 シーラさんとアリシアが無事だと良いんだけど……。

 「ええ、任されましたわ。」

 頷いてくれたオリヴィアに最後に「ありがとう。」って言い残して、ボクはクラレスを追いかけた。

 扉の方から漏れ聞こえてくる、剣戟の音や魔法の当たった爆発音、そしてやられた敵味方の叫び声。

 扉を抜けるとそれは一気に大きくなった。

 すぐ前には道を塞ぐように横長に隊列を組む魔法使い達。

 右の壁に空いた窓から差し込む月光と、左壁の天井付近に――いくつかに魔法が当たったのか――不揃いに並ぶランプからの光が照らす、左に少し反った廊下には冬とは思えない熱気が充満していた。

 「あ、おい、前から回収した奴らはそっちにいる。早く中に連れて行ってやってくれ。」

 クラレスと一緒に魔法使い達の前に出ようとすると、そんな声が掛けられた。

 言った学生の指差す先には壁に背を預けて座り込む約10人の味方の姿。

 傷跡を抑える体力もないのか、皆ただ項垂れて黙っていて、数人は小さなうめき声を洩らしている。

 「ネル、クラレス達は彼らのためだけに来たんじゃない。急ぐ。」

 「……そう、だね。ごめん、すぐに人が来ると思うから。」

 彼らの側に屈み込もうとすると、クラレスに腕を後ろに引っ張られた。

 反論はできない。

 しぶしぶながらも頷いて、動かない彼らに謝り、走り出す。

 「左に階段が出てくるよ。」

 「ん。」

 廊下の各所で起こっている戦闘の間を縫いながら、クラレスは小回りの聞く小さな炎弾で味方を援護し、ボクはそんなクラレスに向かってくるヴリトラ教徒の始末に専念する。

 床に倒れて動かなくなった人達が敵か味方かは確認しないようにした。

 「くっ!?」

 前方から声。

 続く高めの金属音にそっちへ目を向けると、武器を叩き落とされて無手になった女子生徒に剣が振り下ろされようとしていた。

 「この程度か!ハッ、情けないぜ後輩!」

 「雷光!」

 加速。

 一瞬で距離を詰めたボクは、左手で女の子を押し退け、振り下ろされる刃を逆手に持った短剣の上で右に滑らせて、左の二本の指を相手の目に向けた。

 「フラッシュ!」

 「ぐっ!?」

 そして指先で強い閃光を弾けさせれば、呻いた黒ローブの男は大きく下がった。

 「間に合った……大丈夫?」

 「あなた、ファールナー!?どうして?」

 ホッと息をついて振り向かずに聞くと、尻餅を付いた彼女に逆にそう聞かれた。

 ……なんか久しぶりに名字で呼ばれた気がする。

 「どうしてって言われてもね……一応、同じファーレン生だから、かな?」

 「でも、その、あまり仲良くはなかったから……むしろ、悪かったっていうか……。」

 あれ?知り合い?

 後ろにそっと目を向けると、居心地悪そうに彼女の碧眼が逸らされた。

 釣られてその頭の犬人族特有の垂れた耳が揺れる。

 ……この子、クラスの女子のリーダー格の……確か、カレンだっけ?エリックを盗られたとかなんとか言って、ボクを人一倍嫌ってた子だ。

 おかげであの大会の後、戦士コースの中で仲良くなり掛けてた何人かにも距離を置かれて…………うん、大丈夫、だからってこのまま見捨てたりはしない。

 一瞬、意思がグラついたけど。……本当にちょびっとだけ。

 「なんだ、ケープはしてないが、お前も学生なのか。くく、やっと活きのいい後輩を見つけたぜ。」

 内心の葛藤で困っていると、剣を構えた男が笑いながらそう言った。

 「後、輩……?」

 「そうさ、ほらこの通り。先輩って呼んでくれても良いんだぜ?」

 ローブの下から卒業生の証のバッジが取り出される。

 「イグニス!」

 「おっと古代魔法か。危ないなぁ。」

 ボクの背後から蒼い炎が飛来して彼を襲うも、急に燃え上がった剣がそれを切り払った。

 炎の威力が相当に強いことはイグニスを完全に消し飛ばしてしまった事から分かる。

 「へへ、驚いたか?良かったな、魔法を斬るなんて技なかなか見れないだろ?」

 ……しょっちゅう見せられてるなぁ。

 「クラレス!彼女をお願い!疾駆!」

 駆け出す。

 「ん。」

 「1人でいいのか?3人で掛かってきても良いんだぜ?」

 早く終わらせよう。こんな奴に手間取ってる暇はない。

 コテツに追い付くためにも。


 「ア、ガ……。」

 「うん、やっぱりコテツはおかしい。」

 先輩だったらしい男が泡を吹いて倒れたのを確認して、構えてた短剣を下ろす。

 そうだよ、普通、雷を一瞬でも体に受けた相手は動きが一段と鈍って、こっちがさらに攻めやすくなる筈なんだよ。

 それをコテツはボクの短剣の刃を普通に摘まんだり蹴飛ばしたり……。

 この前の夏、練習試合をし始めた頃は若干――それでも十分おかしいけど――効果はあったのに、一週間もしたら“慣れた。”って……全く。

 「はぁ……やめよ、考えるの。二人とも、終わったよ。」

 頭を振って後ろを見ると、クラレスが床を引っ掻いて描いた魔法陣でカレンの怪我を治してあげていた。

 「ファールナーって、やっぱり強いのね。1年生で準決勝まで行っただけあるわ。」

 「え、そ、そう?ま、まぁ、2年生では予選落ちだけどね。……クラレス、まだ掛かりそう?」

 いきなり、それもボクを嫌ってる筈の人に褒められて、思わず上がってしまった頬を指先で掻く。照れ隠しも兼ねてクラレスに問い掛けると、彼女は首を振って立ち上がった。

 「今終わった。ネルは怪我してない?」

 「大丈夫だよ。行こう。」

 「ん。」

 「待って、あたしも付いていくわ。」

 クラレスとさらに進もうとしたところで、カレンがそう言って転がっていた自分の剣を持ち、立ち上がった。

 「……その、ファールナーが迷惑じゃ、無かったら、だけど。」

 「分かった、行こう。」

 味方は多い方が良いに決まってる。

 そもそもボクとクラレスしか派遣されなかったのは人手の足りない治療室が何とか捻出できた人員が二人だけだったからだし。

 この際だから人の好き嫌いなんて言ってられない。……好きとは絶対言わないけど。

 「い、良いの?」

 「カレン、こっちはクラレス。クラレス、こっちはカレン。」

 ボクの心象が決して良くはないことは分かっているのか、少し及び腰な本人を差し置いて自己紹介をちゃっちゃと済ませる。

 「ん、よろしく。」

 「よ、よろしく。あと、怪我を治してくれてありがとう。」

 「気にしなくていい。それより走る。」

 「え、ええ……どこに?」

 「避難所。早くする。足は治したはず。」

 「避難所?あ、待って!」

 そうして駆け出した2人の先頭をボクが先導して走った。

 「ファールナー、さっきはありがとう。」

 廊下の途中を予定通り左に曲がって浅い階段を下り、細い道に入ると、カレンが背後からそう言ってきた。

 「良いよ、二人だけじゃ避難所まで行くのは心許なかったし。」

 「そうじゃなくて、あたしを助けてくれたこと。……今まで、あまり良い関係じゃなかったのに。」

 「だからって見捨てる程嫌いじゃないよ。」

 つい苦笑してしまう。

 クラレス達のおかげで毎日が辛いなんてことはあんまり無かったし。

 「……やっぱり、あたしは嫌いだよね。」

 「う……そりゃ、まぁ。」

 はっきり言っちゃうんだなぁ、この子は。

 にしても、この道に入ってからヴリトラ教徒と一人も出くわさないってどういうことだろ?

 この道の途中にボク達の目指す地下への階段があるけど、そこを通り過ぎて進んで行けばファーレン城の中心、天井の高いホールに出る。

 そして3階ぐらいから上が粉々になった今、広場の天井には穴が空いてしまって、城の門を使わずに空を飛んでくる敵にとっての主な入り口になってる筈。

 狭いからと言って、そこに直接繋がる道に敵がいないなんてことは普通、あり得ない。

 なのに、ボク達はあっさりと目的の階段に辿り着いた。

 「ここを下、だよね?」

 階段の入り口を塞ぐ、実体の無い壁に頭を突っ込んでカレンが言い、

 「うん……。」

 釈然としないまま、ボクは彼女の確認に首肯を返す。

 「ネル!向こうから誰か近づいて来てる!」

 と、急にクラレスが大声を上げた。

 彼女が指差したのは城の中心広場の方向。

 でも、ここからは何も見えない。

 「感じたの?」

 「ん。」

 聞くと、クラレスは大きく頷いた。

 鬼神族は魔素の流れを角で感じ取れる。取り分けクラレスは3本角だから、感覚は普通の同族よりもずっと鋭い。

 その彼女がこれだけ自信をもって言うのなら、その言葉を疑う余地はない。

 これで敵か味方か分かれば良いんだけど、贅沢は言えない。それに誰かが接近してくるのが事前に分かるだけでもすごく助けになる。

 さて、もしも接近して来ているのが味方なら当然ありがたい。

 でも、これが敵なら、迎撃して倒すのが一番望ましいけど、それができない場合、ボク達は避難所に魔法陣を届けられなくなる。

 「クラレス、これをお願い。ボクとカレンでここを守る。」

 だから、ボクはそう言って転移陣の描かれた紙をクラレスに手渡した。

 もしやって来た敵が強くても、ボクとカレンでクラレスが戻ってくるまでの時間を稼げば良い。

 ただ、さっき知り合ったばかりのクラレスとカレンを残すのは不安だし、カレンを地下に向かわせると、もし何か連絡があったとき、オリヴィア達を混乱させてしまうかもしれない。

 「ん。すぐに戻る。」

 魔法陣を受け取り、クラレスはそう言い残して階段を駆け降りていった。

 「カレン、構えて。」

 「分かった。」

 短剣を抜いて、投げナイフを左手の指の間に挟みながら言うと、カレンはそれに頷いて前に歩み出た。

 「……ねぇ、ファールナー。」

 「どうかした?」

 そのまま前を警戒していると、ふとカレンが声を掛けてきた。

 「その、今するような話じゃないのは分かってるんだけどさ。」

 「うん。」

 「どうしてエリック様をフったの?」

 いや、本ッ当に今するような話じゃないね!?

 「それは……なんか、タイプじゃなかったっていうか……。」

 「あんなに強くて格好良くて、しかもすごく紳士的なのに?」

 「その、他に、好きな人がいたから……。」

 つい恥ずかしくなって首の裏を掻く。

 「……誰?」

 「誰!?」

 それ聞いちゃうの!?

 「だって、エリック様より素敵で魅力的な人なんている訳ない。」

 「そりゃ……素敵で魅力的って訳じゃないけどさ……。」

 その言葉は、なんか似合わない。

 「……でも、一緒にいたいって思えたのは、あいつだけだから。」

 「ふーん?」

 カレンはボクの言葉を明らかに信じてない。まぁ比較対象がエリックだと仕方ないのかもしれない。

 それでも、今挙げられた評価点ぐらい、あいつにも当て嵌まる。

 「あ、えっと、すごく強いんだよ?地味だけど。格好良いし、たまに。……そ、それに根は優しくて、気遣いも意外としてて……まぁ普段はしょっちゅうからかってくる上に女心が全く理解できてないけど。」

 ……あれ?おかしいな。

 なんか褒め切れない。

 見れば、聞いてるカレンも困惑した表情を浮かべてる。

 「あと、他にも、行動力があって……あり過ぎて人の話聞かないけど。ふとした仕草は汚くないし教養もあって……なのにちょっと間が抜けてて馬鹿みたいな事も結構しでかして……。」

 「そう。うん、わ、分かったわ。」

 「ちょっと待って!まだたくさんあるから!」

 変な所で切り上げないで!好きな所を並べて行けば、その内欠点のない完璧な長所が見つかるから!

 ……たぶん。

 「そ、それより、クラレスの言ってた通り、前から誰かが近付いてるわ。」

 全然言い足りないボクから、カレンはそう言って視線を前に戻して剣を構える。

 仕方なく、意識を切り替えて短剣を握り直した。

 月光の入って来ない道の先から桃色の光がこちらに届く。

 段々と強くなっていくその中心に、ふと人型の黒い影が見えた。

 「敵?」

 「まだ分からないよ。ただ、いつでも動き出せるように……。」

 「そうね。」

 焦れったくなるぐらいゆっくりと近付いてくる影。それが人一人と宙に浮いた物体であること、そしてその向こう側で激しい光の明滅が起こっていることが分かるようになってようやく、近付いてくる人の正体が判明した。

 「シーラさん!」

 「え?ネルちゃん!?」

 ホールの方向から向かってくるヴリトラ教徒と何故か弓で応戦する彼女の背にへ呼びかけると、驚いたような声が返ってきた。

 「え、花屋の人?……知り合い?」

 「うん、腕のある魔法使い……のはずなんだけど。」

 カレンに答えながら、シーラさんの、強い桃色の光の光源でもある大弓へ目を向ける。

 なんか何処かで見た事あるような……。

 「貴女達、白魔法か回復魔術を使える!?回復のポーションでも良いわ!」

 と、シーラさんが焦ったように聞いてきた。

 そして彼女の横で浮かせられた、何かを乗せた氷の板がボク達の前に滑ってくる。

 「お願い、フェルを助けて。」

 その何かは、よく知る、エルフの弓使いだった。

 顔から足の先まで焼け爛れ、ひどく出血していて、氷の担架は血だらけ。当然ながら彼に意識はない。ボロ布のようになった衣服が微かに上下しているのに気付かなかったら、まだ生きているとは分からなかったと思う。

 でも白魔法も魔術もボクは使えない。

 「……となるとポーションか、ボクの手持ちは少ないけど……。」

 身軽さを重視してることを少し後悔しながらマントの下のポーチを探り始めると、カレンが前に出た。

 「任せて。あたしのこれ、アイテムバッグの一種だから。」

 「え!?」

 そして彼女が自身のポーチを軽く叩きながら言った言葉に驚いていると、それを証明するように緑色の液体の入った瓶が次から次へと取り出され、フェリルの体に振り掛けられる。

 「す、すごい物持ってたんだね。」

 ポーションそのものもかなり高価な物ばかりなのか、怪我がみるみるうちに治っていってるし、流石、ファーレンに来るだけある。

 ボクもお金はあるけど、使うのには抵抗あるからなぁ。……アリシアの散財を止める身としても。

 ……ッ!そうだ、アリシアは!?

 シーラさんと一緒にこいつの治療をしに向かった筈なのに!

 「ふふ、まぁね。それより、ファールナーは花屋さんに協力してあげて。」

 「わ、分かった。」

 カレンの言葉に、内心の動揺を隠しつつ頷いて、桃色防壁で飛んでくる魔法を防ぎながら同色の光弾で走ってくるヴリトラ教徒を迎撃する、シーラさんの横に駆け寄る。

 「シーラさん!アリシアは、どこに?」

 「……ごめんなさい。」

 そんなボクの問いに、彼女はエルフらしい整った顔を崩し、泣きそうな顔になって謝ってきた。

 嘘……。

 「……そんな……。」

 シーラさんは続ける。

 「本当に、ごめんなさい。フェリルの治療をアリシアに任せて、私は周りの敵から二人を守っていたのよ……。そうしたらアリシアの友達だって女の人が走って来て、それで、彼女は周りのヴリトラ教徒と戦って殺していたし、あの子の方も彼女を友達だって言うから……てっきり味方だと思って……ッ!私のせいよ。……フェリルの傷が治ったら、必ずあの子を取り返すから!……ハァッ!」

 自分自身への怒りに声を荒げたシーラさんの放った攻撃は、雪崩込む敵を全員、吹き飛ばした。

 ……取り返す?

 「どこかに連れて行かれたってことですか?」

 「はぁはぁ……ええ。」

 そっか、まだ死んだと決まった訳じゃないんだ。

 「なら、ボクも行きます。」

 「ありがとう、頼もしいわ。」

 と、シーラさんがホッと一息ついたとき、ボクのマントの下からくぐもった人の声が突然聞こえてきた。

 [……!]

 「あ!もしかして理事長先生!?」

 慌ててファレリル先生の教師証を素早く取り出す。

 「えっと、理事長先生ですか?こっちはネル・ファールナーです。」

 [え?……あ、そ、そう、だよね。ファレリルな訳ないか。……それで、何か私に用があるの?]

 なんだか普段と言葉遣いが違う気がするけど、まぁいっか。

 早く聞くことを聞いてコテツに伝えないと。

 「あなたを斬ったのが誰なのか、分かりますか?」

 途端、理事長の顔が引き締まった。

 [ルナベイン。コテツの奴隷だよ。]

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