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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第七章:危険な職場
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龍人ヴリトラ②

 「……うん?どうかしたかい、コテツ君?」

 「いやお前、どうしたって……ええ!?……ゲホッ、ゴホッ!」

 精悍な、しかし確かにカダの物である顔で爽やかにそう問いかけられ、俺は大いに混乱したまま激しく咳き込み、喉をせり上がってきた血を吐き出した。

 「任せてしまってごめん……殆ど自分に使ってしまって、簡単な回復薬ぐらいしか残ってないけど、飲むかい?」

 襲い来る視界いっぱいの炎を神器で受け止めながら、俺の様子を見たカダはそう言って懐から何かを取り出し、こちらにそれを差し出してきた。

 大きく逞しい手につままれていたのは、緑の液体が入った小さな小瓶。

 「あ、ああ、助かる。……ふぅ。」

 何とか状況を噛み砕きながら受け取ったそれの中身を飲めば、目立った効果は現れなかったものの、気持ち、体が楽になった。

 「……水、あるか?」

 でもやっぱり不味い。

 力を入れられるようになった体で立ち上がりながら、なんとも言えない苦味やえぐ味に顔をしかめると、カダに苦笑されてしまった。

 「それは、我慢して貰うしかないかな。」

 「はは、はいよ。」

 ボロボロの体を何とか支えたまま笑い返す。

 「凍れ!」

 前方よりヴリトラの声が響くと、カダの前の金の盾に氷が張りつき始めた。

 これと全く同じ流れでカダが炎に呑まれたのが思い出される。

 「その体、火に強くなったなんてことは……。」

 「……ない。」

 カダも思い出したようで、苦い顔で回答した。

 その間も氷は広がり、俺達二人の足元まで凍てつき始める。

 ……このまま敵の息切れを待つ訳にも行かないか。

 「よし、じゃあ俺は今から攻めに出る。あいつの集中がこっちに向いたら加勢に来てくれ。」

 「……その体でかい?」

 少し考え、立てた方針に、カダは無言のまま訝しげな目を返してきた。

 「大丈夫だ、ちょっとした奥の手があるんだよ。……黒銀、魔装!」

 対し、手をヒラヒラ振りながら返し、肌を黒く染め直して更に鎧を身に纏う。

 こうすれば体術スキルやスケルトンによる補助に加え、魔力も筋力の補助と強化に扱える。

 体全体が疲労や痛みを訴えている今の俺でも、これなら普段並、もしかすると普段以上の力が発揮できるだろう。

 ただ、消耗は確かにしているからこの状態でワイヤーやら空中の足場やらは使えない。まぁそれでも、戦えないよりは遥かにマシだ。

 「じゃ、早く来てくれよ?呼べ、龍泉!」

 言い、双剣を両手に握ると、カダは渋い表情のままながら、しっかと頷いてくれた。

 「……分かった。」

 「よし!」

 それを確認し、目の前で見る間に大きくなっていく氷壁の左から走り出る。

 極太の光線を天岩戸へ放つヴリトラ目掛けて龍泉を投げつけ、俺は彼との直線距離を駆け出した。

 「フン、芸が無いぞネクロマンサー……ん?その鎧は?」

 飛んでいった聖剣がクラウソラスで上に弾かれる。

 そして左手でなおもカダへ冷凍光線を発射したまま、ヴリトラは自身の頭上を越えていく龍泉へクラウソラスの剣先を向けた。

 俺の転移を予想してだろう。

 おかげで走る俺への妨害が疎かだ。

 「ッ、そうか!」

 もちろんこちらの狙いはすぐに気付かれた。しかし鎧で大幅に強化された足腰は、その短時間で十分な距離を俺に詰めさせてくれた。

 「どんな能力も使いようだろ?」

 太阿による鋭い突き。

 「フン!」

 それをクラウソラスで防いでしまい、ヴリトラは俺の目の前に黄色の魔素を集め出す。

 「くはは、芸が無いのはどっちだ?応えよ、太阿!」

 「貴様ッ!?」

 完成された雷撃は、俺の残像を貫いた。

 相手の背後上空へ転移した俺は龍泉を取りながら体を横回転。そして生み出した遠心力を用い、もう一度その中華刀を投げ下ろす。

 直後、金眼がこちらを見上げ、クラウソラスが振り上げられた。そして同時にヴリトラの足下の地面に白い刃が突き立つ。

 「もう一度だ!応えよ!」

 続けて転移。

 「ほう、既に投げていたか。」

 しかしそうして片膝をついて着地したとき、今さっきまでカダへ向けられていた左手が既にこちらへ向けられていた。

 漏れる冷気が顔を刺す。

 「くっ!?」

 ほとんど気休めだと分かっていながら、顔の前で両腕を交差させた直後、頼もしい雄叫びが聞こえてきた。

 「させっかぁッ!」

 「なに!?」

 そして、俺のすぐ横の地面が厚い氷に覆われた。

 それを為したのはヴリトラの左手。それを俺から押し退けてくれたのは、赤と金の太い棒。

 すぐに棒は縮んでいき、砕けた鱗の破片がパラパラと舞った。

 「バーナベル!?」

 「下がれコテツ!……大地起こしッ!」

 如意棒の縮んでいった先を素早く目で追うと、高く飛び上がっていたバーナベルがそう大声で命令した。

 指示に従い、飛びずさった直後、破壊音と共に目の前の地面が砕かれ、大量の砂塵を舞い上げる。

 ヴリトラは、滑るよう後ろへ下がってそれを避けた。

 「すまねぇ、待たせた。」

 「いいや、助かったよ。ッ!」

 如意棒を縮め、謝ってきたバーナベルに首を振って返すと、ふと目の前の砂煙越しに急激に強くなる暖色の光が見えた。

 慌てて横に飛び込む。

 一瞬遅れてバーナベルも逆方向に跳び、直後、俺達の間を激しい炎が通り過ぎた。

 火の作る風が砂のもやを飛ばしてしまう。

 そうして晴れた視界の中、大きく距離を取ったヴリトラが片手より炎を噴き出しているのが見えた。

 「行くぞコテツ!」

 燃え盛る壁の向こうからの声。

 「おう!」

 叫び返し、俺は火炎を右に見ながらその発生源であるヴリトラへと駆け出した。

 「ふん、なかなかにしぶとい。」

 と、相手の足元で雷が弾け、直後、その姿が掻き消える。

 「ぐぉぁっ!?」

 声は炎の向こうから。

 「バーナベル!」

 すぐさま兜を被って走る向きを直角に転換。炎の壁へとそのまま突っ込む。

 視界が赤く染まり、そして開けた。

 目に入ってきたのは、二本の足と如意棒で地を削りながら後ろ向きに滑るバーナベルと、クラウソラスを真横に寝かせて彼へ今にも突撃しようとしているヴリトラの姿。

 地を強く蹴り飛ばす。

 一瞬でヴリトラとの距離を詰め、飛び上がって彼へ左右対称な斬撃を放つと、相手は突撃を中断し、クラウソラスで双剣を防いだ。

 「ォオオ!」

 「くっ。」

 筋力と魔力でもってクラウソラスを押し込めば、堪らず、相手の刃に左手が添えられる。

 「伸びろ如意棒!」

 「くっ、煩わしい。」

 すかさずヴリトラの左腹へ如意棒が突き出された。

 しかしそれが当たる寸前、ヴリトラは背後へ素早く後退。

 俺の双剣は斜め十字に空を斬った。

 「バーナベル!そのまま保て!」

 それでも敵を睨んだまま、バーナベルへ叫び、曲げた膝のすぐ下辺りを横切る如意棒を踏み付ける。

 「お、そういうことか!良いぞやれ!」

 太阿と龍泉は腰に引き付け、俺はバーナベルのおかげでしっかりと固定された神器を背後に強く蹴った。

 下がるヴリトラへ一気に接近。

 しかし放った龍泉の突きは、神剣に斜め右に打ち落とされた。

 「重い……?そうか、その鎧、身体能力を引き上げるものだな?」

 「どうだろうな!」

 ったく、もう気付くのかよ。

 内心で悪態をつきつつ、こっちに晒された右の二の腕へ太阿を突き刺そうとするも、その腕が突如強い雷を纏って神剣を凄まじい速さで切り上げ始めたため、俺はその防御へと回らざるを得なくなる。

 地につけた左足でブレーキをかけ、後ろに下ろした右足へ重心移動。軽く仰け反りながら、太阿で左回りの円弧を描くようにしてクラウソラスを下から押し、その軌道を本来のそれより上へずらす。

 そうして相手が神剣を振り抜ききってしまう直前、重心を前に戻しながら左の中華刀に鋭い切り返しを行わせれば、ヴリトラの腹部が真横に裂け、赤い鮮血を噴き出した。

 その傷はすぐに修復され始めたものの、再生が止まったとき、黒い鱗は割れたまま、流血も完全には止まっていなかった。

 鎧のおかげか、太阿の一閃はより深く斬り入れられたらしい。

 「ぐっ!」

 呻き、歯を食いしばるヴリトラ。その左手が強く輝く。

 すかさずその前に黒い障壁を作るも、その障壁のさらに手前――俺の目の前に激しく弾ける眩い光源が改めて現れた。

 「くっ!?」

 魔素の集中点をずらした!?

 「この程度で我が魔法を封じたつもりか?」

 少なくとも一度は今ので防いだぞチクショウめ!

 そう返す間もなく、三たび、俺の体を雷撃が撃ち抜いた。

 「ぐぉぁあっ!?」

 苦悶の叫びを引き出される。

 それでも、鎧が魔法をある程度防いでくれたか、走る激痛は先の二回よりまだまだ軽い。

 ただしその分、鎧はほとんどが剥げてしまった。

 何とか地面を踏みしめた俺の足は、そのまま背後に10メートル程勢いよく滑る。

 たたらを踏んで止まり、すぐに顔を上げれば、クラウソラスを大きく振りかぶったヴリトラが俺との距離を詰め終えていた。

 「ふはははは!よくぞ耐えたネクロマンサー!ハァッ!」

 そして爆音が俺の鼓膜を襲い、蒼炎で殆ど見えなくなった神剣が凄まじい速度で襲い掛かってきた。

 「龍眼!」

 声を振り絞り、両眼を金に染め上げる。

 色も動きも、全てが鈍くなる。

 真っ直ぐ落ちてくる激しい光を纏った神剣を頭上で交差させた双剣で受け止めながら身を屈めて大きく右足を踏み出し、一気に前へ体重移動。

 そうして神剣の柄辺りまで双剣を滑らせることでヴリトラの懐に入り込んだ俺は、太阿はそのまま、龍泉だけを刃の押し合いからすり抜けさせ、先程入れた刀傷を正確にでなぞってやった。

 血で濡れた龍泉が輝き、さらに深く、刃が潜る。

 同時に太阿を右に傾けさせたことにより、それを押していたクラウソラスは俺の右耳を炙りながら通過。

 爆炎は俺の真横の地面を大きく抉り取った。

 龍泉がヴリトラの右腹を抜ける。

 そのまま左へ走り抜けようとしたところで、神剣を振り抜いた右腕の下から相手の左手の平がこちらを覗いていることに気が付いた。

 「ッ!」

 鎧を修復。歯を食いしばり、全身を緊張させて四度目となる雷に備える。

 しかし、衝撃は来なかった。

 雷の代わりに発されたのは、透明な氷の厚い壁。それは思わず立ち止まった俺をあっという間に包み、瞬く間に閉じ込めてしまう。

 「なっ!?くそっ!」

 作られた直径2メートル程の厚い半球面を龍泉の柄で腹いせ混じりに殴り付けるも、小さなヒビが入るのみ。

 歪み、波打つ外界ではヴリトラがクラウソラスを再び右手で掲げ、そこでふと左手で腹部を抑えた。

 「ふっ、ただの聖剣でこれほどの傷を負わされるとは。……殺すにはやはり惜しいが……。」

 くぐもって聞こえてくる声。

 しかし神剣の発する蒼炎の勢いは増し、俺を再び勧誘するという愚を犯してくれそうにはない。

 逃げ、避けたいが、氷の壁が邪魔をする。

 ……あらゆる力を吸収するムマガカマルをサイに持って来させるか?いや、今からじゃ間に合わない。

 「ふぅ……。」

 息を吐いて聖双剣を鞘に戻し、腰を落とした俺は、空けた両手を顔の前に構えた。

 金に染めた両眼は掲げられたクラウソラスを注視。

 狙うは真剣白刃取り。

 「岩盤貫ィッ!」

 「む?」

 しかし神剣が振り下ろされる直前、横から赤い線が伸びてきた。

 それを片手で受け止め、ヴリトラはそのまま勢いよく真横に押し退けられていく。

 「コテツ!さっさとそこから出て来やがれ!」

 そうこちらに声を掛けて、如意棒を縮めたバーナベルがヴリトラを追って前を横切って行く。

 「すまん!助かった!」

 叫び返して目を閉じ、精神集中のために龍眼を解除。上げていた手を腰だめに構え直し、俺は氷壁に蒼白く輝く正拳突きを放った。

 「ハッ!」

 ドーム型が揺れる。

 大きめのヒビがそこに入ったものの、球の外面には至らない。地面に被さっているだけならゴロンとひっくり返りそうなところ、そんな様子は微塵もない。

 「チッ……もう一、回ッ!」

 舌打ちしながら構え直し、同じ箇所に同じ拳を同じ全力で叩き込む。

 硬い手応え。氷壁のヒビが大きく深く広がって、視界を白く濁らせた。

 と、目の前に誰かが転がってきた。

 「くぅぅっ!?」

 「……カダか!大丈夫か!?」

 一瞬その大男が誰か分からず、しかしすぐにカダも攻勢に加わってくれたのだと理解した。

 「ゴホッ、あ、ああ、も、問題ない。コテツ君は、だ、脱出にせ、専念するんだ。……ごく、ふぅぅ。ォォオオ!」

 どもりながら言った彼はマントの下から新たな小瓶を取り出し、明らかに不健康そうな色の中身を飲んで一息をつくと、勇ましい雄叫びを上げて駆け出した。

 ……あいつのどもりは竜泉酒のせいだけじゃないと思うのは俺だけだろうか。

 「ただまぁ、今だけは筋力増強系のヤツを一口貰いたい、な!」

 もう一発氷壁に拳をぶつけると、視界の濁りがさらに強くなった。

 あと一発ぐらいかね?

 そう思い、もう一度拳を引いたとき、バーナベルが半ば仰け反ってしまいながら後ろ向きに地を滑ってきた。

 「ぐぅっ……コテツ、まだか?」

 こちらにチラと目を向けた彼の問いに、俺は行動で答えてみせることにした。

 「ハァッ!」

 鋭く息を吐き、放った3発目の拳は、球面の4分の1程を粉砕。

 「悪い、遅くなった。」

 外に出ながら言うと、バーナベルは如意棒を地に付けて自身を支えながら、ニヤリと不敵に笑った。

 「ふぅぅ、やるぞコテツ!」

 そして息を一気に吐きだし、彼は二本の足ですっくと立った。

 「おう!」

 その言葉に頷き、腰の双剣に手を引っ掛け、バーナベルと同時に駆け出す。

 「疾駆!」

 バーナベルが加速。俺も走行速度を上げる。

 向かう先では、体中の筋肉を膨張させたカダがヴリトラに掴まれた天岩戸を奪われまいと必死に抵抗していた。

 「ほう、人の姿を取っているとはいえ、我と純粋な力で対抗するか。」

 「ふぅぅぅッ!」

 ただ、余裕そうなヴリトラに対し、カダの巨体は震えている。あの力比べに訪れる結果は明らか。

 そして天岩戸を奪われたが最後、ヴリトラが遠慮容赦なく強力な魔法を乱発し始めるのは自明の理。

 「そのまま動くなよカダ!」

 走る速度はそのまま、叫んだ俺はカダの股下目掛けて龍泉を鞘から抜きざまに投げた。

 横回転する中華刀が狙った軌跡を正確になぞる。

 「応えよ、太阿!」

 タイミングを合わせて文言を唱えれば、視界が瞬く間に切り替わる。

 目の前には黒い草地。左には丸太のような太い足。そして右には宙に浮いたつま先とバチバチと弾ける電撃が見えた。

 横回転する龍泉を上から掴み取り、そのまま右拳を地面に落とす。

 その反作用で自身を跳ね上げさせつつ、左の脇を締めて肘を引くことで自身の体に左回転を加え、俺は龍泉をヴリトラの右膝へと真っ直ぐ縦に振り下ろした。

 耳障りな金属音が響く。

 純白の刃がクラウソラスに弾かれたのだ。

 「それは幾度も見たと言った筈だ。」

 即座に地面を左手で掴んでカダとヴリトラの間から脱出しようとする俺を、金の双眸が睨む。

 「やぁっ!」

 その隙をついてカダがロンギヌスの槍を突き出した。

 おかげで俺は無事に距離を取れた。

 前転と体を捻りを使い、両手で地面を削る急制動を行いながら目線を上げれば、神槍を相手の左手に掴まれながらも、カダがヴリトラの神剣を盾で防ぐところ。

 「疾風!」

 直後、その二人を挟んだ俺の反対側にバーナベルが現れた。

 「伸びろッ!」

 「ッ、面倒な。」

 地につけた如意棒のもう一端がヴリトラの左頬へ勢いよく伸ばされる。しかし、彼がカダを蹴飛ばして後退したため、神器は虚空を貫いた。

 「ぐぉぅぅ!?」

 カダは呻き、大きくよろけ、それでもなんとか尻餅をつかずに済む。

 「ふん。しぶとい。」

 雷を纏う左手が如意棒の保持者へと向けられ、クラウソラスの切っ先は蹴りをモロに受けてなお耐えきったカダの接近を牽制する。

 俺に向けられているのはヴリトラの羽織る暗色のマントのみ。

 右足を下たまま、左足で腰下の地面を踏みしめ、俺はクラウチングスタートで駆け出した。

 「貴様を忘れたと思ったか?」

 しかし龍泉の突きを放つために踏み込んだ瞬間、ヴリトラの左腕が降ろされ、はためいたマントの影から逆さの手の平がこちらを向いた。

 「ッ!?」

 曲げていた右肘を伸ばし、引いていた龍泉を後方へ投げる。

 「応えよ、太阿!」

 すぐに転移し、ヴリトラから大きく距離を取り、龍泉を掴んでさらに下がりながら腕を目の前で交差。

 そして、轟音と強い光が俺を襲った。

 ……ん?衝撃が、来ない?まさかバーナベルに撃ったのか!?

 焦り、腕を下ろして地面を蹴ろうとしたところで、激しい雷撃を遮るカダの姿が前方に見えた。

 「私の拙い槍はヴリトラに届かない。でも、防御ならできる。行くんだ!コテツ君!」

 強い逆光の中、カダがこちらを向いて笑う。

 「助かった!」

 太い雷撃の左へ走り出、大回りでヴリトラに接近。

 前方ではバーナベルの振り下ろした如意棒をクラウソラスが弾き返すところ。

 金色の眼がこちらに移った。

 「くっ、あの盾が間に合ったか。」

 苦々しい表情を浮かべ、ヴリトラは後方への魔法は中断。左手を俺へと改めて向ける。

 しかし放たれた猛炎は俺の頭上の空を彩った。

 「俺はまだやられてねぇぞ?」

 「貴様!」

 左腕を打ち上げた如意棒をその片腕で押し退け、怒りを顕にしたヴリトラがクラウソラスをバーナベルに向ける。

 「させない!おおお!」

 しかしそこでヴリトラの背中へ、堅実に盾を構えたままのカタがロンギヌスで突きを放ち、クラウソラスが火炎を吐き出す代わりに神槍を横へ打ち払ったとき、俺はヴリトラの懐に入り込んで太阿を突き出した。

 しかし相手の脇腹の傷を狙ったそれは、右前腕の硬い鱗を貫くに終わる。

 「ォォオオオ!棒術奥義ッ!」

 間をおかず聞こえてきたのはバーナベルの叫び声。

 走る彼の右肩には赤と金の神の棒。その纏った光は輝かんばかりの金色。

 ……奥義、ね。それなら!

 龍泉をくるりと回して逆手に持ち、俺は太阿で貫いているのと同じ腕を上から再度貫き、引いた。

 「なに!?」

 致命傷になり得ない箇所を両手を塞いでまでわざわざ貫く悪手。

 これが一対一なら俺の負けだ。ただ、今はそうじゃない。

 全ては相手の動きを封じ、バーナベルの棒術の奥義とやらを確実に命中させるためのもの。

 「やれ!バーナベルッ!」

 「オオオオオオ!」

 そのまま呼び掛けると、返ってきたのは勇ましい雄叫び。

 「岩ッ!」

 叫んだバーナベルの踏み込んだ左足が地面に深く埋まる。

 「山ッ!」

 次いで下ろした右足が地面を砕く。

 「烈ッ!」

 そして如意棒の端を左手で引きつつ、彼がその中程を右手で押せば、

 「破ァッ!」

 速度、踏み込み、獣人の膂力に遠心力、その全ての力を乗せた棒の端がヴリトラの頭蓋に襲い掛かった。

 「くっ、そういうことか!」

 右手の動きを完全に封じられ、咄嗟に避けることも神剣を振るう事もできず、ヴリトラの目が一瞬俺を睨む。

 そして彼は唯一動かせる左腕を、迫る神器の防御に掲げた。

 そこに如意棒が命中すると同時に双剣を引き抜き、俺は大きく後ろに下がる。地面が強く振動したかと思うと、ヴリトラを中心にヒビ割れ、窪んだ。

 みるみるうちに深いクレーターが出来上がり、同時に周囲の岩が起き上がって大量の砂塵を噴き上げる。

 そしてもうもうと立ち込めたモヤはヴリトラとバーナベルの両方の姿を俺から完全に隠してしまった。

 「……や、やったのかい?」 

 胸元を苦しそうに抑えながら、隣にやって来たカダが問う。

 「そう祈るよ。っ!?」

 しかし彼にそう答えた直後、目の前の砂煙から何かが勢いよく飛び出してきた。

 「「バーナベル!?」先生!?」

 頭からこちらへ飛んできた彼は背中で地面を叩き、そのまま俺とカダの前まで滑る。

 「おい、大丈夫か!?「馬鹿、野郎。」」

 すぐに屈み込んで上体を起こしてやろうとするも、弱々しい罵倒と共に差し出した手は拒まれた。

 「何を……「俺がやられたんなら、ヴリトラの野郎が来るに決まってんだろ!」ッ!」

 言われ、ハッとして目を上げれば、彼の言葉を証明するようにゆっくりと人型が砂煙から歩き出てきた。

 左手はだらりと垂らしたまま、右手で蒼い炎を帯びた剣を肩に担いでいる。

 「……地を踏まされるか。」

 静かな声。

 俺が立ち上がって双剣を構え、バーナベルが如意棒を頼りによろよろと立ち上がった途端、ヴリトラの足元で雷が弾けた。

 その姿がブレる。

 「なっ!どこ行きやがった!?」

 「こ、こっちじゃ、ない。」

 「上だ!構えろ!」

 天高く飛び上がってクラウソラスを振り上げたヴリトラを睨んだまま、彼の急加速でその姿を見失ったカダとバーナベルに叫ぶ。

 「またでっけぇ炎を打ってくるつもりか?カダ!」

 「ふ、ふぅ、わ、わ、分かった。」

 バーナベルが指示し、どもりの戻ってきた、しかし未だ筋肉質なカダが天岩戸を空に向ける。

 「カダ、薬の効果が切れそうなら今のうちにもう一本飲め。」

 「ご、ごめん、あれはも、もう、つつ、使い切った。」

 言うと、カダはそう言って申し訳なさそうに謝った。

 ……攻勢が一人減ったか。

 と、上空から強い光が辺りを照らし始めた。

 「来るぞ!」

 バーナベルの警鐘。

 そして、頭上のヴリトラは激しく燃え盛るクラウソラスを強く投げ下ろしてきた。

 「しゃ、遮断せよ!天岩戸!」

 カダが叫ぶ。

 刃を真下に向け、蒼炎の塊と化した神剣は、金色の盾に当たった瞬間その火炎を一気に膨張させ、強烈な光を辺りに放った。

 目が眩む。

 直後、ヴリトラの強い気配が背後に降りたのを感じた。

 「くっ!?」

 「ふむ、これが正しい対処法か。」

 間近から聞こえる低い声。

 目は瞑ったまま両腕で自身の防御を固め、その声の主からすぐに距離を取る。

 着地と同時に目を開ければ、バーナベルも俺と同じようにヴリトラから距離を離していた。

 しかしカダは頭上で尚も輝く剣を防ぐのに精一杯で、背後から迫る危険に何の動きも行えていない。

 まずい!

 「「カダ!」」

 上げた大声がバーナベルと重なる。

 しかし、カダが何か行動を起こす前に、その胸を氷の剣が貫いた。

 「ゴ……フッ!?」

 「この盾はいい加減目障りだ。」

 盾を構えたまま痙攣し、血を吐いた彼の腕から天ノ岩戸が取り外される。

 氷の刃が消えると、元の姿へ萎んだカダは地面に崩れ落ちた。

 同時に宙に浮かんでいた黄金の盾が消え、阻む者のなくなったクラウソラスがカダへトドメを刺しに落ちてくる。

 「クソ野郎!伸びろ!」

 バーナベルが悪態を付き、クラウソラスを弾かんと如意棒を一気に伸ばす。

 しかしその先端はヴリトラが掴み取ってしまった。

 「次は貴様だ。」

 それを投げ上げて如意棒の先を上に向かせ、黒い龍人はバーナベルとの距離を瞬く間に詰めてしまう。

 「くっ!?」

 こうなるとカダを助けるのは俺の役目だ。

 しかしバーナベルの加勢にも早く向かわなければならない。

 「……当たれよ!」

 だから、俺はクラウソラス目掛けて太阿を思い切りぶん投げた。

 今まで散々投げてきたおかげか、中華刀の描いた軌道は俺の想定通り。それは燃える長剣の刃をカダに刺さる寸前で横から殴り、身動きできないカダのすぐ横に深く突き刺させた。

 「呼べ、龍泉。」

 ホッと安堵し、すぐにそんな暇はないと思い直す。

 次はバーナベルの加勢だ。

 目の前に現れた太阿を掴み、俺は今度は龍泉をヴリトラへと投擲した。

 転移を事前に察知され、逆に先制攻撃をされないため、俺は龍泉が相手に届く5歩程手前で文言を唱える。

 「応えよ、太阿!」

 転移し、ところどころ破れた暗色のケープを素早く視界に入れて着地した俺は、聖なる双剣を腰だめに構えた。

 目の前ではヴリトラの振り下ろす右拳をバーナベルが一端を地につけた如意棒のもう片端で受け止めようとするところ。

 「ふん、我が力を侮るな。」

 しかし、ヴリトラの膂力を地面の方が受け止め切れず、如意棒は斜めに打たれた釘のようにその半ばまでを地に埋まってしまう。

 「なにぃっ!?」

 「貴様はここまでだ。」

 ヴリトラの振り抜いた拳に雷が宿る。

 同時に俺は地面を蹴った。

 「こっちだトカゲ野郎!」

 挑発。

 「ふははは、来たか!だが少し待てネクロマンサー。」

 しかし相手の取った対応は至って冷静なものだった。

 彼の左前腕に装備されていた神の盾がこちらに向けられ、

 「遮断せよ!」

 そこから生み出された金色の盾が俺を阻み、押し退けてしまう。

 そして弾け散る電光を纏ったヴリトラの右手は、如意棒を失ってしまい、衝撃に備えて身体の前で両腕を交差させたバーナベルを、その腕のガード越しに打ち据えた。

 バリィッ!と空気を引き裂くような爆音が鳴り響く。

 「バーナベル!」

 勢いよく吹き飛んだ彼が遠くの地面に頭から突っ込む。大声で呼び掛けたものの、起き上がってくる様子はない。

 「くそっ!」

 悪態をついて目の前の壁を力任せに殴り、大きく後退。

 「さて、残るは貴様のみだ。勝てると思うか?」

 「……時間稼ぎならできるさ。」

 金の盾を消したヴリトラの落ち着いた声に、俺は努めて落ち着けた声音で返した。

 流石に一人じゃ厳しいけれども、まだ増援が来る見込みはある。それまでこいつをここに留めれ切れればまだ勝機はある。

 ……ラヴァル、早くしてくれよ?

 すると、ヴリトラが興味深そうに声を漏らした。

 「ほう、時間を稼ぐだと?まだ何か用意してあるのか?」

 「ハッ、まぁな。」

 無い余裕を醸し出し、笑って返す。

 用意ならお前の足元にたくさんしてあるさ。……ただ、俺には使えないのが難点だ。

 「ふはははは、それは良い。貴様ほど我を楽しませた者はこれまで一人もいないというに、まだ楽しめるとは。」

 「そうかい、そりゃ光栄だ。」

 「何を言う。我が魔法をその身に三度も受けてなお、貴様はただの聖剣で我に血を流させたのだ。ふははは、称賛と共に断言しよう、その剣に我は敵わぬ。」

 つっけんどんに言うも、返ってきたのは尊大な口調に似合わぬ殊勝な物言い。

 「降参か?」

 「まさか。……我が元に下れネクロマンサー。貴様がより欲しくなった。」

 そう言ってヴリトラは微笑を浮かべ、右手をこちらに差し出しながら柔らかな眼差しを向けてきた。

 「それで大人しく従うと思ってるならそのまま目を閉じて首を差し出せ。少しは考えてやる。」

 考えて、ぶった斬る。

 しかしそんな答えを聞いてもヴリトラは笑みを浮かべたまま。

 「そうか、やはりな。望み薄であることは分いた。……だがこれはその剣才へのせめてもの敬意だ。」

 言い切ると同時に差し出された手の指が鳴らされる。そこに一瞬で現れた雷が、間髪置かずに襲ってきた。

 ただ、それぐらいの予想は俺もしていた。

 指が動き出すやいなや右に跳んでいた俺は、駆け抜ける雷撃を左に見ながら距離を詰めようと踏み出す。

 しかし相手の眼が俺を捉えたままであることに気付いて踏み込み足で咄嗟に自身を背後へ跳ばした直後、俺の立っていた地面の下から氷の鋭利な刃が咲いた。

 「近付かせないつもりか?」

 「言っただろう、我では貴様の剣には敵わぬ。」

 「ッ!?」

 そして俺が着地するやいなや、その花が破裂。

 周囲へ撒き散らされる無数の氷片に、反射的に自身の目を守ろうと兜の前に両腕を掲げると、俺は足元が僅かに盛り上がるのを感じた。

 飛び退く。

 直後、俺のいた空間をも飲み込むように、氷の竜が地を食い破って現れた。

 「だからこそ、貴様の剣を我は警戒しよう。ハァッ!」

 瞬間、冷気がヴリトラを中心に吹き荒れ、辺り一帯の地面が凍り付いた。

 固まった芝を砕きながら着地した瞬間、俺の足に氷が覆い出す。

 凍える風が吹き付ける中、大蛇を思わせる氷の造形は生きているかのような滑らかな動きでこちらを向いて鎌首をもたげた。

 開かれた口には鋭利な牙が二本。鎧で防げそうにはない

 すぐに距離を取ろうと後ろに体重を移動。しかし足を固めた氷は俺を後ろに跳ばせてくれなかった。

 さらに大蛇の裏から放たれた何本もの熱線が俺を襲い、俺は――その目的が足止めだと分かっていながら――魔法の防御に回らざるを得なくなる。

 そして双剣を振るい、攻撃全てを瞬時に斬り伏せたとき、その間に大蛇の頭は避けられない距離まで迫っていた。

 「くっ!」

 力ずくで無理やり上げた左足でその顎を踏み付け、双剣を下から牙に切り入れる。

 「まだ喰らい付くか。」

 そうして俺の動きを完全に止めると、息をつく間もなく、ヴリトラは巨大な炎を右手から吐き出した。

 ……今の俺では空を走れない。ワイヤーも一本も飛ばせない。そもそも使える手札があまりに少ない。

 だからといって鎧を解除してしまえば、禄に動けなくなることは明白だ。

 カダやバーナベル協力のおかげで色々誤魔化しながらも戦えていたということが、最悪のタイミングで露呈した訳だ。

 それでも、一か八かに賭けるくらいはできる!

 龍泉を氷の牙から引き抜き、左半身のみで蛇の顎の力に抗えている内に、それを蛇の頭を越えるように空へ投げ上げる。

 「またそれか!」

 それをヴリトラは見逃さず、空いた左手の照準をそちらに合わせた。

 「これで転移できまい?」

 炎が氷の蛇を、そして俺の黒く染まった体を飲み込み、焼き始める。

 それでも俺の目は回転しながら放物線を描く聖剣を注視したまま。

 グジスナウタルを腰から3本とも取り、背後へ投げる。

 そしてヴリトラより少し右手前の地面へ回転しながら落ちていく中華刀が奴の目の高さに達したところで、俺は口の中が焼かれるのも構わず、叫んだ。

 「応えよ、太阿!」

 視界が変わる。

 目の前には逆さの龍人の姿。

 「ふん、耐えられず転移したか。」

 俺の胸へ向けられた左手の平が強い光を帯びる。

 しかし次の瞬間、それは横に大きく振れ、結果ヴリトラの胸が開かれた。

 振れた左腕の内側には、白銀の矢が3本突き刺さっている。

 龍泉を掴み取りながら火照る身体を捻り、それで相手の喉を水平に……

 「流石だ、ネクロマンサー。」

 ……掻き斬る直前、4度目となる雷撃がヴリトラの体から迸った。

 「がぁぁぁぁっ!?」

 鋭い激痛が走り抜けた体は、そのまま力なく放物線を描いて飛んでいく。

 朦朧とする意識の中、落ちる衝撃を和らげるために足場を作り上げようとするも、不発。

 結局、俺は体全体で地面を強かに叩いた。

 「ァッッ!?」

 呼吸が止まり、漏れた悲鳴は掠れてしまって声にならない。

 遅れ、握っていた双剣が遠くに刺さった。

 「4度目だ。これで……なんと、まだ立つか!」

 あちこちヒビ割れた鎧を動かし、焼け焦げた大地に左右の掌を押し付けると、ヴリトラの感嘆の声が聞こえてきた。

 正直、このまま地面に倒れたままでいたい。ただ、それをすればヴリトラがさっさとファーレン城に向かってしまうのは重々承知だ。

 「ぐぅッッ!」

 呻きながらも、ゆっくりと立ち上がる。

 「……この短い間に打たれ強さが格段に増しているな。」

 「ハッ……お前の魔法が……弱くなってる、だけだろ。」

 「だとして、その様ではもう避けられまい。」

 重い瞼をなんとか開き、確保したボヤけた視界の中、ヴリトラが俺へ蒼く輝く片手を向けたのが見えた。

 魔法が弱いと言われたのを気にして古代魔法に切り替えたのかね?

 「はは……。」

 そんな場合じゃないと分かっているのに、つい笑ってしまう。

 さて鎧の修復を……ッ!

 「ぐッッ!?……やっぱり無理、か。げほっ……。」

 魔力の使い過ぎか、食いしばった歯の間から血が漏れた。ならばと、俺は用を成さなくなった鎧兜を解除。

 そして何とか体のバランスを保ちつつ、鎧に使っていた黒色魔素を、既に黒銀を発動している体にさらに注ぎ込んだ。

 予想通り、体が固まる。

 呼吸が完全に止まったことには驚いたものの、今更何かするには遅い。

 何せ目の前には渦巻く蒼炎。

 歯を食いしばり、目を閉じる。

 巨大な火炎に飲み込まれる直前、ゴウという音が聞こえたのを最後に、俺は完全な無音に包まれた。

 肌が焼かれ、体中の皮膚を無理矢理引き剥がされるような激痛が走るものの、呼吸が止まっているため叫び声は上げられない。

 同じ理由で匂いも絶えた。

 閉じた目には瞼越しに見える蒼色が映る。

 すると突然、それが強い白に塗り潰された。

 轟音。

 地が揺れる。

 炎に体を撫ぜられる感覚が消え去り、恐る恐る、ゆっくりと薄目を開ければ、さっきまでの獰猛な蒼炎は完全に消えていた。

 呼吸のため、すぐに限界を超えた黒銀を解除すると、俺は自身を支えきれなくなり、燻る地面に顔から崩れ落ちた。

 「ゲホッ!……うぅッぁああ!……ッ!」

 至る所が焼け爛れた体に地面の土や小石が突き刺さり、その想像を絶する痛みに喘ぎながらも酸素を求めて息を吸う。

 「コテツ、よくぞ耐えてくれた!」

 声をかけられ、走る痛みを堪えて顔だけそちらへと向けると、螺旋模様の入った長剣を片手に、吸血鬼が俺の前を上へと走り抜けて行った。

 「ぐぅっ……ラ、ヴァル?」

 呻きながら呟く。

 すると側に別の誰かが立ったのが分かった。

 直後、何かが俺の背に押し付けられ、

 「があッ!?」

 「少し荒いが、一刻を争うのである!サニターテムッ!」

 そして俺の小さな悲鳴を無視して重々しい声が響いたかと思うと、体の中と外とで暴れていた熱が急速に引いていった。

 少しして、呼吸が落ち着いたところで体をゆっくりと起こせば、隣に居たのはゴツい戦槌を肩に担いだ黒肌の大男。

 「はぁはぁ……ツェネリ、か。ありがとう、助かった。」

 多少息切れしたまま呼び掛けると、彼は頷き、俺の背を優しく叩いてすっくと立ち上がった。

 「うむ、ここは我輩らに任せ、コテツはもう少し休むのである。我輩は十分に休んできた。」

 「はは、随分冷たいベッドだったろうな。でも、そうは行かないだろ……黒銀!」

 自虐を含んだツェネリの言葉に笑って返し、俺はその場に立ち上がって、全快とはいかないまでも十分に万全へ近付いた体に黒色魔素を流し、強化する。

 「む。では無理はせぬように。ォォオオオ!」

 言い残し、ツェネリはラヴァルを追うように走っていった。

 その先にいるのはもちろんヴリトラ。

 「ああ、了解。」

 さぁ、俺も行かないと。

 少し震える足を叱咤し、黒い龍人を睨みながら龍泉の元へと歩きだす。

 「邪魔が入ったか……。だが歓迎しよう吸血鬼!300年前の我の仇、ここで取らせて貰おう!」

 と、龍人が高らかに言い、その左右の手にそれぞれ黄色と赤の光が宿った。

 対するラヴァルは相手を間合いにまたま入れられていない。だというのに神器を振るう様子もない。

 それに追随するツェネリも同様。

 「フッ、残念ながらそれは叶わぬ話だ。封魔陣!」

 しかし強力な魔法が二人を打ち据える前に、張り上げられたラヴァルの声に反応して3人全員を大きく囲う巨大な魔法陣が地に浮かび上がった。

 ヴリトラの両手の輝きが消える。

 「なに!?」

 彼の目が見開かれ、ラヴァルとツェネリは無事に距離を詰め終えた。

 振り下ろされる剣と槌。

 それを素早く下がって回避し、ヴリトラはその両手に再び眩い光を灯す。

 「無駄だ!」

 しかしまたもや魔法陣が輝き、魔法は雲散霧消した。

 「これは……魔素の偏りを正す魔術か。」

 「フッ、知ってどうする!……風刃剣!」

 「ブーストッ!ハァァァッ!」

 冷静に魔術を分析するヴリトラへ、彼の左右からラヴァルとツェネリがそれぞれの武器や体を強化して突撃。

 「ふははは!この程度で我が魔法を封じたつもりか吸血鬼!」

 ヴリトラの両手が振られる神器に突き出され、衝突と同時に爆発を起こし、それらを反対方向に跳ね返した。

 「今の魔術が効果を表すまでに魔法を撃てばいい話だろう?」

 空けられた二人の腹部に掌が向けられる。

 「ぬぅ!?」

 「くっ、鉄柱陣!」

 下がりながらラヴァルが叫べば、地面からヴリトラの胸元目掛けて太い鈍色の柱が伸びた。

 しかし、その直撃を受けてもヴリトラは拳を握ったのみ。その体は微動だにしなかった。

 「ふん、こんなものか。」

 その鱗に覆われた左右の拳が内から雷を漏らし始め、直後、それぞれの掌が開かれると二条の閃光が輝いた。

 「ぬんんっ!?」

 呻き声を上げるツェネリが足で地を削りながらの後退をさせられ、

 「フッ、その程度かヴリトラ!」

 一方でラヴァルは刀身を伸ばしたカラドボルグでヴリトラの二の腕を突き刺し、魔法の照準を自身からずらすことに成功していた。

 「轟雷!」

 ラヴァルの声にカラドボルグが光り輝く。

 「ぐぅっ!」

 対し、ヴリトラは自らの左腕に刺さった神剣を右手で掴んでその場に踏み止まり、攻撃を耐え切った。

 「抜かせん。凍結!」

 そのままカラドボルグが引き抜かれようとしたところで神剣と腕が凍り付き、固められる。

 「なに!?」

 金の目が見開かれる。

 「まだだ!爆炎!」

 そして放たれた激しい火炎がヴリトラを呑み込んだ。

 「ぐぉぉっ!?くっ、炎まで。……そうか、この剣は!」

 猛炎に包まれ、苦悶の声を上げた龍人は、しかしそれでも神剣から手を離さない。

 「まだ耐えるか、暴風「ハァァッ!」……ッ!?硬化陣!」

 さらに神剣の力をぶつけられようとしたところで、突然ヴリトラが雄叫びを上げると、カラドボルグの炎が四散。同時にラヴァルの体が吹っ飛んだ。

 遅れ、ようやく龍泉まで辿り着いた俺を熱い突風が吹き付けた。

 再び突撃しようとしていたツェネリが風に押されて進行を押しとどめられるのが目の端で見える

 「ラヴァル!」

 「問題……ない。」

 風が止むなり焦って大声で呼び掛けるも、彼は既に空中で姿勢を正し終えていた。

 片手両足で着地した彼の下に赤い魔法陣が現れ、輝き、体全体の重い火傷が修復されていく。

 「その剣に宿る力、覚えがある!憎きアザゼルの作った物か!」

 と、未だ火の燃える円の中心で、ヴリトラがラヴァルを指差して大声を上げた。

 「であれば、どうする。」

 体を治し終えたラヴァルは、そう返しながら剣を片手で構え直す。

 「やはりそうか。アザゼルめ、我を封じるに留まらず、我が力を模した剣を作るとは……度し難いッ!」

 アザゼル――爺さんへの恨みをこぼし、ヴリトラが怒鳴ると、硬い鱗を纏う四肢に雷が宿り、拳を震わせる彼を再び宙に僅かに浮かせた。

 その間、龍泉を地面から抜いた俺は、ラヴァルやツェネリと3方向からヴリトラを囲うように自身の位置を歩いて調整。

 俺から等距離の位置にいる二人と一度視線を交し合い、頷くと同時に駆け出した。

 「呼べ、龍泉!」

 太阿を手元に呼び、左手で掴む。

 「ご主人様!」

 と、そこで急に親しい声が聞こえてきた。

 「え?……おお!」

 チラと振り返れば、遠くから走ってくるルナの姿。

 あいつも加勢に来てくれたのか!

 いや、でも彼女の武器には神威が備わってないよな?……いやいや、丁度いいのがあるじゃないか!

 「サイ!天羽々斬を送れ!」 

 目を前方の敵へと戻し、指輪を口元に近付けて叫べば、対する返答はすぐに来た。

 [はっ。預けられた円板から男が先程主を呼ばれていましたが、どうなさいますか?]

 円板が呼んでた?ああ、教師証か。ラヴァルが今からこっちに向かうとか伝えていてくれてたのかね?

 「じゃあそれも頼む。」

 ……取り敢えずさっきの反省で、緊急時の転移手段は手にしておこう。

 [御意のままに。]

 サイの仰々しい返答のすぐ後、目の前に頼んだ2品が現れた。

 教師証を左手で首に掛け、中途で折れた刀はそのまま地面に落ちるに任せる。

 [コ、テツ……が……!]

 と、またもや急に、今度はネルの声がイヤリングを通して聞こえてきた。

 しかし雑音が多く混じってしまって、よく聞き取れない。イヤリングが俺と一緒に度重なるヴリトラの魔法を受けたことで壊れてしまっているのかもしれない。

 「すまん、今はちょっと忙しい!……ルナッ!この刀を使え!」

 右耳を抑え、ネルにそう返し、俺は走りながら背後にそう叫んだ。

 さぁ、今度こそ!

 [……め!ルナ、は……!]

 「なにっ!?コテツ、待てッ!」

 するとイヤリングからネルが再び叫び、同時にラヴァルがこちらへ大声を上げた。

 「余所見とは侮られたものだ。」

 「ぐぁぁっ!?」

 直後、その彼の目の前にヴリトラが高速接近。爆発が起こり、ラヴァルの体が地面を勢いよく転がっていった。

 「ラヴァル!?くそっ!ルナ!刀は持ったか?行くぞ!」

 そして振り向かないままルナへ呼び掛け、ヴリトラと一対一で対峙するツェネリの加勢に足を蹴り出した瞬間、

 「駄目!避けて!」

 俺の腹から刃が生えた。

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