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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第七章:危険な職場
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龍人ヴリトラ①

 「アリシア!ネル!無事か?聞こえるか!?返事をしろ!おい![うるさい!]……。」

 ……無事だったらしい。

 [まったく、落ち着いてよ。ボクとアリシアなら大丈夫だから。]

 [はい、怪我はしていませんし、もししていても治せます!]

 [本当、治療室が1階にあって良かったよ。]

 「そ、そうか……。」

 二人の声を聞いて少し気持ちが落ち着き、俺は瓦礫の山に寄り掛かって安堵の息をついた。

 ルナとも連絡を取りたいものの、生憎とその手段がない。

 [ふぅ……そしたらアリシア、シーラの所へ行って、一緒にフェリルを探してくれないか?あいつ、城の天辺にいたんだ。]

 [そんな!?は、はい、分かりました!すぐ行きます!]

 はきはきとした返事のあと、タタタと走る音が聞こえてくる。

 [あ、待って、ボクも……]

 「待てネル、ラヴァルには会って話せたか?」

 [……ごめん、まだラヴァル先生とは会えてない。]

 アリシアを追おうとするネルの言葉を遮って聞くも、帰ってきた答えは芳しくなかった。

 「じゃあそっちを頼めないか?」

 [結界が壊されたから、敵がもうすぐ入ってくるよ?アリシアと一緒にいた方が良いんじゃない?]

 ……確かにそうだ。

 予定ではヴリトラを倒すまで城の中は安全な筈だったのにな。俺がフェリルにあいつを撃ち落とすよう言わなければ……。

 「あー……ならシーラに会えるまでは一緒にいてやってくれ。あと、ニーナはまだ起きないか?」

 [もうそろそろ起きると思うけど、今はまだ寝てるよ。]

 「……いびきかいてたら思いっきり引っ叩いてやって良いからな?」

 [アハハ、うん、分かった。そのときはそうする。それで、そっちは大丈夫そう?]

 「ん?ああ、さっきヴリトラの魔法で吹き飛ばされて、城壁を貫通させられたよ。[ええ!?]でもま、大丈夫っちゃ大丈夫だ。こうして生きてるしな。さっきの事、頼んだぞネル。」

 [もう……気を付けてよ?]

 「おう。」

 頷きながら返し、イヤリングから手を離して上を見る。しかしヴリトラが遠すぎるため、視認できたのはクラウソラスの纏う蒼色のみ。

 「コ、コテツ君!ぶぶぶ無事かい!?」

 「ん?ああ、この通りな。」

 ふと呼ばれて視線を下げると、カダが槍と盾の慣れない重量に多少よろけながら走ってきていた。

 その問いにその場で腕を開いて見せれば、彼はそうか、と一言だけ呟き、心を、というより心臓を落ち着けるように深く息を吐いた。

 身体能力が強化されているとはいえ、使い慣れない武器の重心に振り回されながら走ったことで少々疲れてしまったらしい。

 軽く笑い、空をもう一度見上げると、ヴリトラの居場所を示す光がゆっくりとファーレン城へ向かっているのが見えた。

 「カダ、ラヴァルは来たか?」

 もしかするとネルと会うより前にラヴァルがこっちに来てくれていたのかもしれない。

 「い、い、い、いや、ままだだ。」

 ……まぁ、元より大した期待はしちゃいない。

 「ったく、あいつがヴリトラ戦の要だってのに。」

 何せ地下にあるらしい無数の魔法陣の位置や効果を完璧に把握しているのがラヴァルとニーナしかいないのだ。

 一応俺も一通り教えられたものの、正直全く頭に残ってない。

 それもこれも裏切り者を警戒していたせいであいつらが魔法陣の位置を紙に書かずに、脳内図面で全部済ませていたのが悪い。

 口頭で言われて覚えきれる訳がない。

 「ははは!事前に俺かカダにでも言ってくれりゃ少しは魔法陣を使えたかもしれねぇのになぁ?」

 と、遅れてやって来たバーナベルが俺の肩を笑いながら叩いた。

 「……そうだな。」

 こいつとカダが裏切りを疑われてたなんて口が裂けても言えないなぁ。

 「はぁ……仕方ない、三人でやろう。……それじゃあ今度こそ俺があいつを叩き落とすから……「いいや、そいつは俺に任せろ。」え?」

 腰の龍泉と太阿に両手を乗せ、ファーレン城へ近付いていくヴリトラへといざ再び空を駆けようとしたところ、バーナベルに遮られた。

 彼は俺の疑問の声に取り合わず、無言で如意棒の端を両手で掴むと、もう一端を背後に向けるように構え、叫んだ。

 「伸びろ如意棒!」

 そして一歩踏み込み、彼は巨大化していく如意棒を縦に大きく振り下ろす。

 「…ォオオ!大岩砕きィッ!」

 流石は戦士コースの教師というべきか、スキルの光を纏った如意棒は寸分違わぬ正確さで空の彼方に見える蒼炎に命中。

 そのまま俺達のいるほぼ反対側の城壁に叩き付けてしまった。

 「「おお……。」」

 「何をモタモタやってんだ!カダ!コテツ!早く構えろ!」

 その見事な技にカダ共々感嘆していると、如意棒を縮めたバーナベルが俺達の前に出ながら一喝。

 ビクッと跳ねたカダが震える手でマントの下から小瓶を取り出し、俺が黒銀とスケルトンを発動した直後、ヴリトラの叩き付けられた城壁から眩い炎が噴き上がった。

 地を揺らす程の爆音が轟き、四方八方に大小様々な瓦礫が飛び散る。

 中でも天高く飛んだ破片は俺達ののころにまでも届き、一応障壁を作っておこうと夜空に手を向けると、危険極まりない雨の中に黒い鱗に体を覆わせたヴリトラの姿を視認できた。

 その高く掲げられた片手の上に火が灯り、それが急激に膨張して巨大な火炎となる。

 あの魔法、最初の防壁を打ち破った持つヤツか……やっぱり、あいつをファーレン城へ向かわせる訳には行かないな。

 そして、太陽が落ちてくる。

 この距離ならギリギリ走って逃げられなくもない。双剣による転移っていう手もある。

 ただ、今の俺達にはもっと簡単で確実な手段がある!

 「「カダ!」」

 振り向いてした呼び掛けはバーナベルと被った。呼ばれた本人はというと、新たな極彩色のポーションを片手にその場でまたもや跳ね上がった。

 「わ、わ、わ、わわ私?」

 「盾を使え!」

 バーナベルの言葉に何度も頷き、小瓶をマントの下に直しながら前に進み出たカダが接近してくる炎に盾を向ける。

 「しゃしゃ……遮断せよ!」

 彼が大声を上げると、盾が神器特有の波動を放ち、

 「天岩戸!」

 数メートル前方に直径5mはある金色の円板を出現させた。

 猛り狂った生き物のように炎が黄金の盾を叩く。

 しかしカダが押し込まれるようなことはなく、むしろ彼にはさっき飲みかけていたカラフルなポーションを飲み干す余裕まであった。

 強い光と高温の風を数秒間撒き散らし、巨大な火球が力尽きて消えたとき、周囲の草地は、俺達の足元を除き、炭と化してしまっていた。

 夜空を見上げれば、ヴリトラは空中で静止したまま。

 ふとその四肢に雷が宿ったかと思うと、黒い人型は勢い良く地面に落下。

 着地点から砂塵が大きく舞い上がり、直後、その中から飛び出した黒い龍人は一切地に足を付けないまま、高速で低空飛行して接近して来た。

 遠距離から撃っても攻撃が通らないから、作戦を変更したってところか?

 「来るぞ!」

 二人に叫ぶ。

 最初の標的は……ッ!

 「バーナベル!そっちだ!」

 大声で呼び掛け、地を蹴った直後、視線の先で咄嗟に構えられた如意棒が左の掌底で打ち据えられた。

 衝撃でバーナベルがよろけ、その隙に如意棒が掴まれる。

 「くぅっ!?野郎ッ!」

 ヴリトラを振り解こうとバーナベルが両手で如意棒を引き戻し、神器の引っ張り合いが始まると思いきや、ヴリトラは如意棒をただ掴んだまま、右のクラウソラスを振りかぶった。

 「神の武器を手にしさえすれば、我に勝てると思ったか?」

 ケープがはためき、その右肩から首筋に掛けての黒い、割れてしまった鱗が顕になる。

 ヴリトラがバーナベルを初めに狙ったのには、不意打ちへの怒りが理由のよう。……まぁ元々はさっきの炎で一切合切焼いてしまうつもりだったろうけれども。

 「させるか!」

 もちろん、だからと言ってバーナベルに早々に退場されては困る。

 走る速度を落とさないまま、太阿をヴリトラの顔へと投げる。

 「ッ!貴様は!?」

 縦回転する聖なる刃を仰け反ることで躱し、ヴリトラは斬撃を中断。見開いた目をこちらに向け、右手からバーナベルの胸元に雷を撃ちながら自身は大きく飛びずさった。

 「ぐぁぁっ!?」

 背後に大きく飛んで行くバーナベル。ま、それでも神剣で頭蓋を割られるよりはマシだろう。

 「カダ!バーナベルを……「俺のこと はいい!ヴリトラをやれ!」」

 出した指示に吹き飛ばされた当人の声が割り込む。

 見れば、彼は如意棒を頼りにし、なんとか立っていた。

 頑丈な奴め。……でも、流石に今すぐの戦線復帰は無理か。

 『アホか、そんなことができるのはお主ぐらいじゃ。』

 やかましい。

 「なんと。我が魔法を受け、未だそれほど動けるか!」

 と、地面から足を10~20cm程浮かせたヴリトラが感嘆を顕にそう言った。

 『ほれ、あやつも驚いておる。』

 集中したいから黙ってろ!

 ……あの足、雷を纏っているな。あいつを浮かせているのは電磁浮遊ってやつか?てっきりミョルニルでしかできない芸当だと思ってた。

 「ハッ、あんなの楽勝「おぉぉぉ!」カダ!?」

 ヴリトラの言葉を鼻で笑い、駆け出そうとすると、その前にカダが前へ飛び出した。先程飲んだ薬の効果か、四肢は2〜3まわり程太くなり、走る速度は素の俺よりも速い。

 「コテツ君、後ろに!」

 「あ、ああ。呼べ、龍泉。」

 彼の発するしっかりした言葉に内心激しく驚きながら、それに頷いて彼の後を追い、ついでに太阿を呼び寄せる。

 「その盾……そして槍も神の武器か。」

 左手をカダに向けてヴリトラがそう言うと、巨大な炎がその手から吹き出し、襲いかかってきた。

 「遮断せよ、天岩戸!」

 対し、盾を構えたカダが叫ぶ。

 すると半透明の巨大な盾が彼の前に生み出され、カダの力強い走りを妨げることなく炎を押し返した。

 「……先程のアレか。」

 聞こえてくる落ち着いた声。

 すると燃え盛っていた炎が突然掻き消え、かと思うと神器によって作られた盾の表面を分厚い氷が張り始めた。

 氷は盾の下端と地面とを強固に固め、俺達を押し留める壁となる。

 「まだ!」

 しかしカダが天岩戸を横に向かせると金色の盾は消え去り、結果、氷壁に円形の大きな穴が空く。

 その先に立つのはもちろんヴリトラ。彼が突き出した手には、エルフィーンの攻撃をも押し返した、蒼炎を帯びた長剣が握られていた。

 「光輝を見せよ、クラウソラス!」

 強烈な光が発され、目が一瞬眩まされる。

 それでも次に何が襲い来るかは事前に一度見て知っている。

 「避けろカダ!」

 右へ飛び込みながら指示。

 しかしカダは盾を構え直そうとしてしまい、その神器の力を発現させるより前に、神剣より改めて放たれた火炎に呑み込まれてしまった。

 「くそ!」

 ……振り返ってる暇はない。

 横から熱気を浴びながら転がって立ち、俺は数メートル先で浮かぶヴリトラへ向けてすぐに地を蹴る。

 「ほぅ、ただ独りとなって尚、向かってくるか。」

 火を吐き出し終えたクラウソラスが下ろされ、瞬間、俺との距離が消え去る。

 「先と違い、我は自由に動けるぞ?」

 雷を伴う、胸元への蹴り。

 それを交差した腕で、タイミングをずらして受け止めることで衝撃を大きく和らげる。しかしただでさえ埒外である膂力にアホみたいな速度を乗せた飛び蹴りは、俺の足に地面を数メートル削らせた。

 「自由に動けるかやなんだ。見れば分かるわそんなもん。」

 「今のは……貴様、体術までも修めているのか。」

 呟き、空中を滑るように後退しながら、ヴリトラは雷で俺を追撃。

 すぐに障壁を張り、雷がそれを貫く短い間に横へと身を翻し、改めてヴリトラとの距離を詰めに行く。

 「それは……黒の魔素?」

 「さぁな!」

 無駄と半ば分かっていながら、一応誤魔化して返すと、ヴリトラはまたもや雷撃を放ってきた。

 ……やっぱり距離を取られると面倒だ。一方的に攻撃されてしまう。

 前と同じ行程で雷を躱し、さっさと距離を詰めようと踏み出せば、目の前に雷撃の発生源が現れた。

 向こうから距離を詰めてくれたらしい。

 ……全くもって嬉しくない。

 「ふははは!やはり黒魔法か!貴様の空駆けもそれによるものだな?」

 そして放たれた、神剣による真上から叩き付けるような斬撃を左右の双剣で受け止めると、俺の足が地面にめり込んだ。

 「くぉっ!?」

 馬鹿力が!

 しかもこっちの手札が一枚バレたと。

 ため息をつきたいものの、そんな余裕を相手は許さない。

 鱗に覆われ、雷を宿した左手がこちらに向く。

 すかさず小さな障壁をその手の前に複数枚作成。

 ま、知られたのなら、使うのを控える必要はない。

 至近距離で放たれた眩い雷を、障壁の最後の一枚が耐えきってくれた。

 「なに!?」

 「ハッ、驚いたか!?」

 相手の意識が逸れた一瞬でクラウソラスを一気に押し、弾く。

 そして作った短い階段状の足場を駆け上がって跳び上がり、俺は右足で相手の脇の下を思いっ切り蹴飛ばした。

 「くっ!」

 黒い破片が舞う。

 しかし宙を滑っていくヴリトラの俺が今蹴り砕いた鱗は、やはりというかなんと言うか、すぐに再生してしまう。

 ……こうなるとやっぱり、狙うべきはバーナベルが初撃で砕いてくれた左肩かね?

 そんな戦いの方針を簡単に頭に浮かべて着地するのと、俺から5〜6メートル離れた位置で制止し、黒い龍人が左手をこちらへ突き出したのは同時だった。

 「これならば避けられまい。」

 放出される、扇状の巨大な火炎。

 その規模はルナのドラゴンロアとほぼ同じかそれ以上。先の二度の雷撃の要領で避けたくとも、こうなるとそれは叶わない。

 だから俺は龍泉を上に投げ上げた。

 「応えよ、太阿!」

 上空へ転移。

 切り替わった視界で、遥か頭上を炎の奔流が通り過ぎるのが見える。

 「それは見たぞネクロマンサー!」

 しかし前に一度見せた能力でヴリトラの虚をつくことはできず、逆さな彼の金の眼はこちらをしっかと捉えたまま。

 神剣が突き上げられ、渦巻く蒼炎が真っ直ぐこちらへ登ってくる。

 「くそっ、耐え切れよ!?」

 双剣を鞘に納めながら炎の竜巻をまるごと蓋するだけの面積の黒壁を数枚作成。その内一番手前の物の上端へワイヤーを飛ばして引っ付け、俺はそれを目一杯引っ張りながら斜めの壁を駆け上がった。

 ものの数秒もしない内に黒壁のあちこちに亀裂が入り、高熱の舌がそこから漏れ始める。そして俺が壁の縁から宙に身を投げた直後、足下の障壁は完全に消し飛ばされた。

 足裏を炙る熱にむしろヒヤリとしたものを感じつつ、左手に弓を作り上げ、右手は素早く腰の裏へと回し、ベルトに吊るされた聖矢――グジスナウタルを3本全て掴み取る。

 「それで逃げたつもりか?」

 炎を吐き出させたままのクラウソラスが振られる。その狙いが光の柱で俺をぶん殴ることであるのは明白。

 「射止めろッ!」

 それから逃げるように夜空を走りながら、俺は作り上げた強弓でまずは一本射掛けてやった。

 「ああ、思えば弓矢も使えたか。」

 対する相手はクラウソラスの操作を止めず、左手で聖矢は掴み取れると高を括って悠然と構えていた。

 しかし矢に乗せた効果は自在な軌道。掴み取れる訳がない。

 「なに!?」

 白い尾を真っ直ぐ引いた聖なる矢は相手の手元で突如踊り狂い、そしてクラウソラスを握る右手に突き刺さった。

 神剣が地に落ち、俺を追っていた炎の柱は消え失せる。

 「射抜けッ!」

 なおも走り、敵の頭上から第二射を放つ。

 「小細工を!」

 対し、矢を手から引き抜いたヴリトラは、それを投げ捨てながら左手を一振り。すると愚直に突き進むグジスナウタルを厚い氷が覆った。

 「ハッ。」

 ついつい笑ってしまう。

 鋼の鎧を容易く貫く力を与えられたこの矢に、氷の壁など無意味と同義だ。

 純白の矢はヴリトラの魔法に阻まれるどころか勢いを衰えさせられることもなく飛び、

 「ふむ、貫通力には見るものがあるが、今回は奇妙な動きを見せないか。」

 しかしヴリトラに片手であっさり掴み取られてしまった。

 「チッ。」

 舌打ちし、足場を蹴飛ばして大きく前に飛ぶ。自由落下しながら空中で身を水平に回転させ、ヴリトラの方に向き直った俺は3本目の矢を弓につがえた。

 「3本目か……まぁ良い。」

 対して悩む素振り一つ見せず、ヴリトラはそう言いながら地面に横たわるクラウソラスを磁力で右手に吸い寄せた。

 神剣と言えど、鉄は使われているらしい。……ニッケルかもしれない。

 いやアホか!

 「射止めろッ!」

 ふと頭に浮かんだくだらない考えは自在の矢を放つと同時に吹き飛ばす。

 しかしその直後、2本目と全く同じように矢を透明な氷の球が覆い、聖矢の自在な自由軌道は封じられた。

 「くそ!」

 悪態をつきつつ足場を斜めに、俺からヴリトラへと作り上げ、それまでの落下速度を後押しに、自作の坂を駆け下りる。

 弓を霧散させ、双剣を抜いた。

 向かう先ではクラウソラスが引かれ、その火勢と輝きが見るからに強まっていた。

 「なるほど、遠距離は不得手かネクロマンサー。」

 ついでにこっちの弱点を指摘して、ヴリトラは足下の雷を弾けさせた。

 あの速度そのものは脅威じゃない。ただしそれで実現される力は今の俺の不安定な姿勢では受けたくない。

 「だからどうした!」

 龍泉を投げる。狙いはヴリトラの体のど真ん中。

 「それは見たと言っただろう。何のつもりだ?」

 先程のように警戒心を緩めてくれないまま、訝しく思う色の混ざった金色の眼が俺を睨み、直後、大きく見開かれた。

 「……これは!?」

 起こった事象は、龍泉を叩き落とさんとするクラウソラスの硬直。原因はそれを握る手の首に巻き付いた、地と繋がってピンと張る漆黒のワイヤー。

 「応えよ!」

 文言を唱え、転移。

 「これも黒魔法か!」

 察しが良いなぁチクショウめ!

 ヴリトラの2歩ほど手前に現れた俺は、そこに新たに作った足場を蹴り飛ばし、腰を左に捻りながら、目の前で回転する龍泉を逆手に掴む。

 そして捻転の力を用い、龍泉を杭のように相手の左肩に突き刺そうとしたところで、右脇腹を強烈な衝撃が走り抜けた。

 「ゴハッ!?」

 空気が押し出される。

 それでも何とか目線だけ下げれば、相手の握った左拳が叩き付けられたのだと分かった。

 俺の勢いを完全に打ち消して余りある膂力は、俺の体をさらに後ろへ飛ばす。

 そしてこちらが何らかの行動を取る前に、ヴリトラの手の平が向けられ、雷を帯び、輝いた。

 「ォオオッ!」

 雄叫びを上げる。

 再び至近距離から放たれた激しい雷撃はまたもや俺を吹き飛ばした。

 駆け抜けた衝撃は俺の呼吸をも止め、しかし幸か不幸か、今回は俺の意識を飛ばすには至らない。

 ただ、だからと言って何かができる訳でもない。

 身体は地面に当たって一度跳ね、改めて強かに草地を胸で叩くと、そのまま地面を無様に転がって、うつ伏せの形で止まった。

 「……っ、おぇッ!ガハッ!?」

 震え、口の中の血混じりの土やら唾液やらを吐き、咳き込んで、腰を追って背を丸めた俺は、悶えながら喘ぐようにして呼吸を再開。

 少しして両腕が鈍いながらも動くようになり、すぐに地面を押して立とうとするも、うまく力が入らない。

 と、愉快そうな笑い声が聞こえてきた。

 「ふははは、まだ息があるかネクロマンサー!しかしなるほど、狙いは良い。……ただ、我が何も考えていないと思ったか?」

 上体を起こすことすら諦め、倒れたまま笑い声のする方を見れば、ヴリトラが自身の左の鎖骨に――俺が最後にヤケクソに投げつけたことで――刺さった太阿に手を掛けるところだった。

 入った斬撃は予想より浅く、付いた血は刃の端を濡らすのみ。

 その理由は、裂けた暗色のケープの下より現れた肩の、砕けた鱗を見てすぐに理解できた。

 そこだけ、体の他の部分と同じ黒ではなく、赤色に染まっていたのだ。

 もちろん生来の特徴である可能性もあるだろうが、状況を鑑みるに、俺の使う魔素式格闘術の技の一つ――赤銅で間違いない。

 「……あからさま過ぎる弱点は、けほっ、対策してあるって訳か。」

 息も絶え絶えに愚痴る。

 ったく、なんて面倒な技だ。今まで俺とやり合った奴の気持ちが何となく分かってきたぞチクショウめ。

 刺さった太阿を左手で乱暴に引き抜き、それを興味深そうに眺め回し始めるヴリトラ。

 「……ふん、このようなものを人の身でよく扱えるものだ。ここまでして未だこの剣に本来の力を発揮させぬところを見ると、貴様は勇者ではないのだろう?」

 しかし一頻り観察し終えると彼はそう言って中華刀を脇に捨て、黒い左腕を天に突き上げた。

 その上にまたもや赤い日が出現。深夜の草原が照らされる。吹き荒れる熱風は、ヴリトラが俺に対して少しの油断もしてくれていない事を教えた。

 「まぁいい、珍しい物を見られた。なかなかに楽しめたぞネクロマンサー。」

 そして腕が降ろされ、巨大な炎の塊は俺を焼き尽くさんと迫ってくる。

 ……あれを、まともに喰らう訳には、いかない!

 「ふぅぅぅッ!」

 息を強く吐いて歯を食いしばり、黒銀を鉄塊に切り替える。

 そしてありったけの無色の魔素を片手に集め、片肘で上体を無理矢理上げて片手を火炎へ突き出したとき、その手の前に黒い影が割り込んだ。

 見慣れない、筋骨隆々の大男。その盛り上がった筋肉に圧迫され、着込んだ革の鎧はち切れんばかり。

 「遮断せよ……天岩戸ッ!」

 その口から発された声は、聞き慣れない、ドスの聞いた物。

 だからそいつの横顔を見た俺は、自身の目を信じられなかった。

 「カダ!?」

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