神器持ち
横薙ぎされる片手剣を潜って使い手の心臓を龍泉で貫き、前方より飛んできた風の刃を太阿で受け止める。
その術者へ無色魔法を飛ばすことで次の魔法を阻止しながら一気にそいつへ接近した俺は左足を強く踏み込んで、血に濡れ輝く龍泉で黒ローブを斜めに切り上げた。
「ぎぁぁっ!?」
「奪え……」
「チッ!」
断末魔の叫び声に紛れて聞こえた文言に舌打ち。伸び上がった魔法使いの真後ろに黒衣の女の姿を認め、大股に右足を蹴り出すことで大きく姿勢を沈める。
「……天羽々斬!」
直後、縦に割れていた目の前の魔法使いが横にも切断された。
黒ずくめの腹からこちらへ伸びるのは赤黒い刃。
魔法使いを斬る前と後で3〜4倍に肥大化したその真下を滑るように移動し、右肩で体重が半分になった死体を押し退け、腰を左へ一瞬捻り、相手の腹を切り裂かんと龍泉を右上へ振り上げる。
しかし、それは相手の短剣により中途で阻まれた。
返ってくる手応えは全くなく、ただ短剣の纏う赤光が強まるのみ。
即座に左肩から地面に飛び込む。
「フゥッ!」
すると俺のいた地面をスキルの蒼色を帯びた巨大な刃が切り裂いた。
相手の刀――天羽々斬から伸びる刃は、それが血で構成されているせいか、剣で防ごうにも薄切りのだるま落としのように長さが少し短くなるだけ。斬撃そのものは止められない。
加えてあの短剣――ムマガカマルはこちらのぶつける力の尽くを吸うため、剣がかち合ったとき、押し勝つことができない。しかも吸った力がいつこちらに歯を剥くのかは、相手にしか分からない。
「ったく、面倒だ。」
とにかくこれに尽きる。
太阿を逆手に握って地に深く突き刺し、それを手掛かりに、左へさらに転がろうとする体のベクトルを真逆に転換。
黒衣の女へ駆け出しながら太阿を土から抜き、攻勢を続行した。
刀を振り下ろし、こちらに右肩の裏を向けたままの相手はすぐに刀をこちらへ切り返させ、斜めに振り上げようとするも、天羽々斬の鋼の刀身を龍泉で抑えられ、攻撃を阻まれる。
「くっ!?」
そうして相手の動きに滞りを生じさせ、俺が太阿を脇腹に突き刺そうとした瞬間、
「揺らせ……ムマガカマル!」
龍泉を押す力が爆発的に増大した。
「うぉぉっ!?」
体が浮き、そのまま黒衣の女の後ろへと押し飛ばされる。
見れば天羽々斬は俺を押し退けた後も止まらず、黒衣の女の肩の可動域を限界まで酷使して振り上げられ、そして左手に握られた短剣は光を失っていた。
……ムマガカマルに溜めていた力を天羽々斬にぶつけたか。
さて天羽々斬の防ぐこと叶わない刃の持続時間はおおよそ5秒。……一見短く思えるものの、切り合いの中ではそれでも永遠に近い。
何にせよ今伸びている血の刃はあとほんの数秒で消えるとしても、相手がこちらを振り向いて空中の俺を切るためにはまだ十分過ぎる。
「ハァァ!……バッ!?」
だからすぐに相手の足元にワイヤーを飛ばし、彼女が刀を振りかぶりながらこちらを振り向いたと同時にそれを引っ張ることて、俺は膝を相手の顔面に叩き入れた。
仰け反り、背後へ頭から飛んでいく黒衣の女。
その背中が地面を叩く直前、ようやく赤黒い刃が消えた。
着地した瞬間、急いで彼女へ駆け出す。
周りで尚もファーレンへと走っているヴリトラ教徒共はあの厄介な刃の素となる。
つまり黒衣の女が立ち上がれば、あの厄介な刃がすぐにでも作り直されてしまうのだ。
それは避けたい。
……頭上で文字通り高みの見物をしているヴリトラにこっちの手の内はあまり見せたはないんだけどな、仕方ない。
下半身の鎧を作成。
瞬く間に黒衣の女の目の前に辿り着き、彼女が起き上がろうとするのを、その右手を左足で踏み付けることで阻止。もう片方の腕は龍泉で貫き、地面に縫い付けた。
「んあぁぁっ!?」
ムマガカマルが地に滑り落ち、目の前の女から悲鳴が上がるのも構わず踵でその右手をさらに踏み潰せば、天羽々斬もその手から零れる。
「それじゃ、この2つの神器はヴリトラ退治にせいぜい役立たせて貰うか。あーもちろんお前の体にも協力して貰うぞ?」
「ネクロマンサァーッ!」
2つの神器をヘール洞窟に送りながら戯けた調子で言ってやると殺意の籠もった叫び声が返され、俺は自分の口につい笑みが浮かぶのがを感じた。
逆手に持った太阿の先を女の喉に突き付け、しかし次の瞬間、大きく横に跳んだ。
足の下を大質量の武器が横に薙ぎ払う音。
ロンダートの要領で立ちながら太阿を手元で180度回転させながらトドメを邪魔した男に目を向け、俺は小さく息を吐き出した。
「久しぶりだな、アルバート。」
「コテツ……すまない。彼女は殺させはしない。」
雪のように白い大剣を肩に担ぎ、アルバートはそう言って小さく目を伏せた。
「何しに来たの!あ、あなたはあの雷の男を相手にするはず……。」
「ああ、彼は倒したよ、レイラ。」
怒鳴り、右腕一本で上半身を上げようとする黒衣の女――レイラにアルバートが端的に返す。
雷の男?……ツェネリか!
そう言えばさっきから雷の音が途絶えてるな……くそ!
「あぁ、そうなのね。まぁあなたの事だから殺してはいないんでしょう、けど。」
「……。」
「やっぱりね。っ、あの、雷の槌は?」
「……置いてきた。奪って来いとは言われて……。」
「言い訳なんて必要ないわ。そうだろうと思った。くっ……あなたが私達に渋々従っているのは知っているもの。」
会話の間、アルバートは俺から一切目を背けておらず、レイラが地に縫い止められたままの腕を動かして呻いても、一切気を逸らさない。
隙を見せた瞬間、俺が襲い掛かることは百も承知って訳だ。
会話を続ける二人から目を外さず、俺もイヤリングに右手で触れた。
「アリシア。」
[あ、コテツさん!大変なんです!ツェネリ先生が……。]
「分かってる。それよりニーナの様子はどうだ?」
[理事長先生ですか?彼女は今も眠ってます。怪我は治りましたけど、出血が酷かったですから。あ、でも、もう少しで起きると思いますよ。]
「そうか、起きたらすぐに連絡してくれ。ツェネリは大丈夫そうなのか?」
[その、信じられないかもしれないですけど……「信じるよ。」ふふ、はい。えっと、ツェネリ先生は武器を構えたまま氷漬けにされて運ばれて来たんです。……今は治療室でその氷を溶かしています。]
「そうか……ん?運ばれてきた?学生にか?あいつら、外に出たのか!?」
[はい、ツェネリ先生を凍らせた方がそのまま何処かへ行ってしまったので、ツェネリ先生が出られる前のように敵を食い止めているそうです。]
「そう、か。」
なるほど、と納得したのがいけなかった。
「セァァァッ!」
気が逸れた一瞬を逃さず、アルバートは俺を間合いに入れ、気合いの雄叫びを上げて大剣ヴルムを振り下ろしてくる。
「アリシア、また後でな!」
[え、あ、はい!]
俺は反射的に太阿を掲げながら硬化した手袋の掌でそれを下から支える形で大剣を真正面から受け止め、結果、両手と中華刀が氷に覆われた。
「しまっ!?」
「剛力ッ!」
力を受け流せなくなった俺にさらなる力が加えられ、薄氷が手首から肘を這っていく。
聖双剣の能力をその露見を覚悟で使い、仕切り直したいと思うものの、今それをすると手元が使えないまま黒衣の女の目の前に現れるという間抜けな事態に陥ってしまう。
それは避けたい。
「鉄塊ッ!」
だから力技でやるしかない!
蒼白い光を纏い、全力でもって大剣を押し返す。そうしてアルバートを一歩後ろに下がらせると、彼はそっと目を閉じた。
「止めよ……ヴルムッ!」
叫び、アルバートが再び目を開けたとき、真っ白な大剣が金色の光を放って分厚い氷を俺の手の先から体全体へ向け、改めて勢い良く覆い始めた。
作戦変更!
「応じよ、太阿!」
唱え、視界を変える。
「て、転移!?」
すると腕を貫いた龍泉をちょうど抜いたところだったレイラが驚いてその龍泉を構え、対する俺は後ろへ後退。
そして肩まで覆う氷を膝で蹴り、地面に叩き付けることで腕の自由を取り戻した。
「レイラ!疾風!」
直後、俺が背後に逃げ延びたことに気付いたアルバートがすぐさまこちらへ駆け出し、俺は素早く太阿を腰に収め、彼へ向き直りながら漆黒の双剣を久方ぶりに握った。
「地断!セイリャァッ!」
アルバートの振り下ろすヴルムの刃に両龍を斜めに当て、振りぬくことで大剣を左に流し、地面に深く突き刺させる。
そして右足を前に踏み込み、相手の懐に潜り込んだ俺は、彼の腹部に黒く染めた肘を打ち込んだ。
「ぐぅっ!……まだ、だ。」
「おう、まださ!」
呻き、しかしそれでも動こうとするアルバートにそう返し、くの字に折れた彼の顔にしなりを効かせた右の裏拳を入れる。
「ブッ!?」
堪らず左手を大剣から離して顔を押さえ、少し後退するアルバート。
対し、裏拳の反作用を初速に用い、俺は右前腕を縦回転。遠心力を助長するよう、肘を伸ばして体を開き、左足一本で斜め後ろ気味に飛び上がりながら少し遠退いたアルバートの顎を黒龍の柄で打ち上げた。
「ぐはっ!?……まだ、まだぁっ!」
しかしそうして夜空を向かせられても、アルバートの右手は決して大剣を手放さず、俺の連撃が止んだと見るや即座に左手を俺に向けた。
「ブレイザー!」
「黒銀!」
繰り出されたのは激しい火炎放射。
しかし竜のブレスや古龍の炎を数秒でも耐え切った肌は容易には焼けない。俺の右胸にぶつけられていた炎は、着地と同時に振り下ろした黒龍でその前腕を切り落とされたことにより、止んだ。
「ぐぅっ!?」
「ハッ!」
アルバートが怯む様子を見せたものの、俺は油断なく左足を前に踏み込み、鋭く息を吐き出しながら陰龍を握った拳を彼の顔に打ち入れた。
「がっ!?」
するとついに右手をヴルムから離し、アルバートは地に背中から崩れ落ちる。
俺は即座にヴルムをヘール洞窟に送った。
「コ……テツ……頼む、レイラ、は……レイラ?」
右腕一本ではなかなか起き上がれずにいるアルバートが弱々しい声で言いかけ、俺の方を向いて固まる。
いや、俺の後ろか。
思った瞬間、背後で感じていた気配が急激に増した。
驚いて振り向けば、両腕をだらりと垂らして俯き、長い髪を風にそよがせて立つ、異様な雰囲気を放つ女の姿があった。
その体は揺れ、全体的に不安定な印象を受けるものの、龍泉を握る右手だけは血管が浮くほど力が入っている。……それも俺に貫かれてできた穴がまだ空いたままだというのにだ。
「……呼……べ……龍、泉。」
微かにそんな呟きが聞こえ、ハッとして左腰に手を当てると、吊った鞘は空になっていた。
レイラの目の前に太阿が現れ、瞬間、彼女の左手が凄まじい速さで動き、その柄を掴み取る。
「ふふ……。」
再びだらりと腕を垂らし、肩を震わせたかと思うと、レイラはゆっくりと顔を上げ、顔の大部分をを隠す髪の間から白く染まった瞳を見せた。
……聖武具の影響か?
『他に何があるというんじゃ。』
だよなぁ……。俺は今まであんな危険物を使ってたのか。
「……そいつらはちょっとこれから先必要になるから、返してもらうぞ。」
ヴリトラを倒した後ならいくらでも遊ばせてやる。
軽い調子で言って、半身になり、双龍を構える。
俺の言葉を理解しているのかいないのか、怨嗟の声に乗っ取られた彼女は笑い、アホみたいな速さで突っ込んできた。
「うぇ?」
そして俺の胸元に突き出した中華刀をあっさり右へと流されてしまい、彼女は呆けたように声を漏らす。
「すまんな、速さってのに対しては目が肥えてるんだ。」
カンナカムイに迫る速さで動き回る美人さんと夏休みの後半は何度も戦ってたからなぁ……。
「しぃっ!」
しかしこちらに頭を突き出すような格好になって尚、レイラは攻めの姿勢を捨てなかった。
右腕を振りぬいたまま、左の剣が斜め上から大振りされる。
「っと!?」
予想外の動きと無茶苦茶な姿勢からの鋭い斬撃に驚きの声を漏らしてしまいながら一歩引いてその剣を躱し、晒されたうなじに黒龍を落とそうとする直前、背後の気配が動き出した。
「コテツ!すまない!」
攻撃を中断し、横に飛ぶ。
見れば俺を止めようとアルバートが残った腕を伸ばして俺のいた場所へ掴みかかってきていた。
しかしこうして俺がそれを避けた今、無手の彼の前にいるのは聖剣に操られて狂った女。
「下がれアルバートッ!」
「シィァァァ!」
「ぐぅ!?……レイ、ラ……?」
俺の言葉は間に合わず、アルバートの胴が逆袈裟に切り上げられる。
着地し、すぐに彼の救出に足を蹴り出す。
「血……ふふ。こっちも。」
しかし、レイラはこちらを見ることなく、血に濡れて輝き出した剣を引き抜き、まだ白かったもう片方をアルバートの胴に突き入れた。
ビクリと倒れた身体が震える。
「離れろ!」
俺が叫んだ瞬間、勢いよく相手の首が周り、こちらを向いた。
「ァアアアア!」
繰りだされるのは、強化されているらしい身体能力に任せた、予備動作無しの連撃。
宙を飛び跳ね、地べたを這いずり、人の物とは思えない動きで双剣が振り回される。増した中華刀の切れ味は俺の剣の刃に小さな切れ込みを触れる度に刻んでいく。
しかし、ヒヤリとしたのは最初だけ、目も体も相手の動作にすぐ慣れた。ぶつけられる力は俺より強いものの、躱し、流してまともに受けなければ良い話。黒魔法でできた武器の破損は、元より気にする必要がない。
「……こりゃ聖剣を使う前の方が強いな。」
袈裟斬りの軌道をずらしながら足を踏み込み、こちらに向けさせた相手の肩を肘で強く打ち据える。
「シィィ!」
そして押し飛ばされたレイラが大きく蹴り出された足を、それが地に付く直前に自身の足で刈り取って、俺は前のめりに倒れてきた相手の首を今度こそひと思いに切り落とした。
地に伏し、血だまりを作る死体から聖剣を取り戻して、急いでアルバートの元へ向かう。
口と切り裂かれた腹、そして穿たれた胸の真ん中からおびただしい量の血を吐きながら、彼はそれでもまだ命を手放してはいなかった。
「おい、今からファーレンの治療室に「レイ、ラは……?」ああ、あいつなら殺したよ。「ッ、ゲボっ!」悪いな。」
動揺し、血の塊を吐く彼に謝る。
そこでふと、口から血を吐く妖精の笑顔が脳裏を過ぎった。
「……まさか、ローズの母親とかじゃないよな?」
恐る恐る聞くと、幸い、これにはアルバートは首を横に振ってくれた。
「違う。……ヴリトラ教徒を辞める前からの、友人だった。治療は いい。ゴボッ……迷惑を、掛けた。」
こいつ、このまま死ぬつもりか!?ローズは……。
『まぁ聖剣に斬られたからの、どうせ助かりはせん。』
くっ……。
「……ローズはどうすれば助かる?」
このままだとローズの身が危ないっていうなら、もう外聞なんざ気にしないでサイを派遣して拉致するぞ。
「もう、安全な……筈だ。」
そんな俺の問いに、途切れ途切れの言葉でアルバートは返した。
もう目は開いていない。
「そうか……ローズには、黙っておく。」
小さく、でも確かに頭が上下したのを見て立ち上がる。
初めは無限に思えたヴリトラ教徒達が皆ファーレン城に向かったことで空いた周囲を見渡し、バーナベルを探せば、あの折れた角の男と未だ激しい打ち合いを演じているのが見えた。
「……すまん。」
「謝る相手は俺じゃない。」
虫の鳴くようなアルバートの謝罪に振り返らないまま返し、俺はバーナベルを助けに走った。




