第二段階
城壁に魔法製の石梯子が幾つも掛けられ、それを我先にと登る黒ローブに身を包んだヴリトラ教徒。
対する自律型のゴーレムは棍棒のような腕で彼らを出迎え、隙を見ては石梯子を落としていく。
しかし敵が壁を越えるために取る手段は梯子だけではない。
勿論、空を飛べる者はゴーレムなんぞ知ったことかと城壁を楽々超えていくものの、彼らの対処は壁の内側の味方の役目なのでこちらとしては味方の健闘を祈るのみ。
問題はそいつらに捕まって直接城壁の上に直接飛び降りてくる奴ら。
飛び降りざまの攻撃でゴーレムが一体でも転倒しようものなら、そいつが再び起き上がる間に梯子からさらなる敵が城壁に乗り込んでくる。
そうなるとゴーレムは増えた敵への対応と梯子による侵入の阻止を同時に行わなければいけなくなり、結果、ゴーレムの挙動はどちらに対しても中途半端となってしまう。
「まぁそれでも、いないよりはマシか。」
押され気味の戦況を尻目に呟きつつ、上から突かれた槍の軌道を龍泉で左へずらしながら太阿を左方へ鋭く投げることでそちらから飛ばされた火球を掻き消し、ついでに魔法の術者の額に穴を開ける。
そして空いた左手で俺を貫き損ねた槍を掴み取り、その動きを制す。
新たな敵が俺のすぐ右かろ登ってきたのを目で捉えるなり左手に掴んだ槍を、その使い手ごと右に大きく振り回せば、槍使いは剣士と不格好に衝突。
城壁の端でもつれ合い、よろけた彼らは、俺が槍を離すとそのまま頭から地面に落下していった。
断末魔の叫び声は、周囲の戦闘音に紛れて聞こえやしない。
ま、今更聞こえたところでどうということはない。
「呼べ、龍泉。」
呟くと側に現れた――血で“濡れた”からか――ぼんやりと光を帯びた太阿を掴み直しつつ、掛けられた石梯子の一つを蹴飛ばし、それに乗っていた10人弱のヴリトラ教徒ごと壁の外へと落としてやる。
その梯子の落ちていった先では数十人がかりの魔法で宙に浮かべられた太い鉄柱がちょうど城門に叩き付けられるところだった。
原始的な方法に見えるものの、シーラが単独でぶっ壊せたラダンのそれと違い、ファーレンの城壁には茶色の魔法を防ぐ魔法陣なり仕掛けなりが施されているのかもしれない。
『あれはむしろ人魚が陸の戦いを把握しておらなかっただけじゃ。』
なるほど、こっちがスタンダードな訳か。
腹に響く重低音が鳴り、落とした梯子がまた別の位置掛けられる中、炎の魔法陣に触れて魔素を流し、ゴウと猛る火炎を視界一杯に燃え上がらせる。
しかし、炎を止めて再び戻った視界に大した違いは見られず、黒い波はほぼ間を置かずにまた押し寄せてくる。
「ったく、多いな。」
「でも無限にいる訳じゃないよ。」
悪態をつくと、背後に来たネルに励まされた。
「はは、その通りだ。」
笑い返し、振り向けば、白目を剥いて痙攣したヴリトラ教徒を周りに何人も積み重ねたネルが血に濡れた短剣を布で拭っていた。
「……本気のお前の相手は頼まれてもしたくないな。」
短剣を刺し、相手がそれで死ななければそこから強い雷を発して相手の意識を飛ばしてしまうというネルの取る戦法は、傍目から見ていると死ななかった相手が心底可哀想になってくる。
ただ、効率的ではあるようで、彼女の上げた戦果の数は俺じゃあ比べ物にならない。
肩で息をしている彼女を労いながら、俺は指輪の魔法陣に魔素を流して気絶した黒ずくめ達をヘール洞窟へ送っていく。
向こうではサイとその配下が送られた彼らにトドメを刺し、新たな兵隊候補とする手筈になっている。
「それ、どこに転移させてるの?」
「……俺の味方がいる場所だよ。」
馬鹿正直に使役しているアンデッドの軍隊がいると答えたら、ネルにまで指輪を捨てろとか言われかねない。
「ふーん、こっちに協力して貰えないの?」
「あー……まぁ無理だな、うん。」
サイ達をこちらに呼んだが最後、味方の士気がだだ下がりになるのは容易に想像できる。
「そう……。っ!」
ネルが残念そうに肩を落としたかと思えば、ゴゥンッと寺の鐘に似た音が響き、彼女の尻尾がビクッ跳ねた。
……城門への攻撃が再開したか。
ふと壁の内側を見れば、無事に壁を乗り越えたヴリトラ教徒共と、石ゴーレム・教師・学生・ファーレン島民の混成部隊が激しい戦いを繰り広げていた。
自身や仲間の命が散っていくことなんぞ気にも止めず、果敢に攻め込むヴリトラ勢と、一撃で大人数を吹き飛ばすゴーレムを活用し、それを盾にしながら魔法や魔術を放つ味方とでは、後者が思いの外優勢に見える。
空飛ぶ敵もゴーレムの背後に陣取った魔法使い部隊の厚い弾幕に次々と撃ち落とされていっている。
ただ、城壁の外に目を移せばまだまだ元気な敵が大量にいて、もし城門が破壊されて外の奴らが一気に雪崩れこんで来たとしても味方は絶対に崩れないとはあまり思えない。
「ネクロマンサァーッ!グェッ!?」
上空から雄叫びを上げて突撃してきた男に対し、左足を引いて半身になるそとで振られた斧を紙一重で避けてしまい、太阿を斜め下から振り上げれば、殆ど抵抗を感じることなくそいつの肋骨から背骨を断ち切れた。
ほんの少し目を見張る。
濡れると切れ味が増すのは知っていたけれども、まさかここまでとは。
「いや、感心してる場合じゃないか。」
胸の4分の3程を切り裂かれたヴリトラ教徒を新兵としてサイの元へ送りながら呟き、思考を戦況へと引き戻す。
敵勢の次の波がそろそろ襲ってくる。しかし俺とネルがここでいくら奮戦したとて所詮は二人、戦況に大した影響は及ぼせない。
移動するなら敵の第一波が少し収まった今しかない。
「ネクロマンサー?」
「話せば長くなる。それよりさっさと降りるぞ。ここにいても意味がない。」
四肢と短剣に雷を纏わせたまま聞いてきたネルにそう返し、俺は彼女に手を差し出した。
「え?」
俺の手を見、そこからこちらへ視線を上げ、不思議そうに頭を傾げるネル。
「転移するんだよ。ほら掴め。」
「あ、う、うん……でも、コロシアムから向かうよりここから直接降りた方が早くない?」
「転移する先はコロシアムじゃないぞ?……どりゃぁッ!」
おずおずと俺の手に手を乗せたネルへそう返し、俺は龍泉を壁の内側へ思いっきりぶん投げた。
「……確かその双剣、右の剣の近くに左の剣を転移させるんだったっけ?」
中華刀の描く白い放物線を眺めながらネルが呟く。
「正解。」
「……今、敵のド真ん中に投げ込んだよね!?」
「応えよ……「待って、嘘、本当に!?」太阿ッ!」
ぎゅっと握ってきた彼女の手をしっかりと握り返し、俺はその真っ青な顔を無視して叫んだ。
幾度目かの重低音が響き、たわみにたわんだ城門がついに限界まで勢い良く開いた。それを突き破った鉄柱を操作するヴリトラ教徒とその後続がファーレンの敷地内へ一斉に駆け込んでくる。
しかし彼らが開門をずっと待ち望んていたように、こちらにも敵の侵入を今か今かと待ち続けていた、やる気十分な奴らがいる。
俺への復讐を果たすために研鑽を積み重ねてきたという、ファーレン学園魔法使いコース、3年生の一同である。
両腕を上げたゴーレム達の手のひらの上に立った彼らは既に魔法の用意を済ませており、
「「「撃てぇッ!」」」
野太い声の号令が掛かるやいなや、ドッと大量の色鮮やかな魔法が開かれた門に襲い掛かった。
意気揚々と入ってきた敵はすぐさま外へと吹き飛ばされ、しかし外で待機していた奴らにとっては前の道が開いたというだけなのか、黒ずくめの集団は怯む事なく学園への侵入を敢行。
間を置き、またもや魔法の奔流が彼らを襲うも、死を恐れずに波入る敵を防ぎ切ることはできない。
しかし本来の目的――敵の攻勢に数秒の空白を作ることは、十分以上に達成できた。
「「「「「引けぇっ!」」」」」
あちこちから声が上がり、学生達、一般の方々、そして教師達の順にファーレン城へと皆逃げ込んでいく。
かく言う俺も、目の前のヴリトラ教徒の首を刎ね、隣でネルが防戦一方になっていた相手の手首を斬り落として心臓を貫くなり、彼女の手を引いて後ろへと駆け出した。
「急げ!」
「わ、分かってる……雷、光!」
疲れ果てた彼女の様子から少々無茶だと分かりながらもそう叱咤すると、ネルはなけなしの力を振り絞って加速し、ゴーレム達に守られたファーレン城内へ何とか飛び込んでくれた。
そんなネルの跡に続き、迫ってくる敵勢を尻目に城へと向かう途中、逆にファーレン城から白ローブを着た黒肌の大男が歩み出てくるのが見えた。
「すぐ戻る。任せたぞツェネリ。」
彼の腕を叩き、その横を走り抜ける。
「うむ、任されたのである!」
そして肩に巨大な戦槌を担いだ彼の自信満々な返答に少し頬を上げ、俺はファーレン城内へ駆け込んだ。
治療室で怪我人の治療に当たっていた彼が戦場に駆り出された理由は一つ。
ヴリトラの監視に忙しいフェリルに代わり、ツェネリの持つ神器で敵を薙ぎ払ってもらうためである。
「鳴動せよ!……ォオオ、ミョルニルッ!」
大声で文言が唱えられ、強烈な閃光があたりを包んで爆音が轟く中、俺は城の門を閉めてしまう。
外の戦闘の音がくぐもったものへと変わった。
「ねぇ、コテツ。」
「ん?っと。」
門から離した手を引かれてそちらを見、手を引いた本人であるネルがよろけたのを少し慌てて支えてやる。
「ご、ごめん。」
「はは、疲れてるな?ほら、ゆっくり休め。」
腰に手を回して支えてやりながら、壁際にネルをそっと座らせる。
「それ、より……ツェネリ先生は、一人で、大丈夫なの?」
「……長くは持たん。だから俺達も行動を……急がないといけないんだけどなぁ。」
息も絶え絶えな彼女の問いに正直に首を横に振って返し、立ち上がって目を前に――疲れ果て、床や階段に座り込んだ味方に――向ける。
……この状態で次の持ち場へ行くのを急かして良いのか?
「皆さん、お疲れ様です!」
「怪我をされた方はいませんか!?」
と、廊下の奥から学生と教師が何人かこちらへ走ってきた。
……ツェネリが気を利かせてくれたか。
された問いにところどころから手が上がると、彼らは道を退く元気すら残ってない人々の間を縫うように走ってそこへ向かい、屈み込み、回復魔法や魔術を施し始める。
「コテツさん、ネルさん、怪我はしていませんか?私が完璧に治してあげますよ?」
そうして味方に少しずつ活気が戻っていく中、人一倍元気なアリシアが俺とネルの前へ駆け寄ってきた。
「ありがとな。俺は大丈夫だからネルを診てやってくれ。」
「はい、分かりました!」
そう彼女に笑って返し、ネルの肩を叩いて示すと、アリシアは着ていた白い神官服の袖から折り畳まれた紙を取り出し、魔法陣の描かれているらしいそれを広げ始める。
「そういやその服、久しぶりに見るな?」
「はい、こういうときこそアザゼル様の加護が必要だと思ったんです。」
爺さんの加護ねぇ……。ま、確かに幸運ってのも大切か。
『じゃろ?』
これでアリシアが掠り傷でも作ってみろ、呪い殺してやるからな。
『くっ、厳しいのう。』
「それではネルさん、マントを脱いでくれませんか?」
「え……ここで?」
手の平大の魔法陣を構えたアリシアの言葉にネルは座ったままピシリと固まり、ぎこち無い動きでこちらを見上げた。
「まさか必要ないとか言うんじゃないぞ?お前が右の脇腹と左手の甲を怪我してるのは知ってるんだからな?背中の腰骨辺りも痛んでいて、あと、右足首を捻っているよな?」
「……もしかして、傷とか見られた?」
「いいや、そこを庇ってることが戦ってるのを見てて分かっただけだよ。ったく、俺に痩せ我慢するなとか言ってたのはどこのどいつだか……。」
皮肉を込めて言ったというのに、ネルは何故かあからさまにホッとしたような表情を浮かべるのみ。
しかしそれでも彼女は一向にマントを脱ごうとしない。
「どうしたネル?怪我でマントを脱げないんなら手伝うぞ?」
「え?あ、いや、……その……ね?あんまり見せたくなぁ、なんて。」
「おいおい何を今さら。お前の装備が“動きやすさ重視”なのはずっと前から知ってるぞ?……ほら、腕は挙げられるか?」
「そういうことじゃなくて……。」
屈み、ネルのマントに手を掛けようとするも、首を振って拒否された。
何なんだ……?
「あ!コテツさん、ネルさんが治るまで向こうを向いていて貰えますか?」
そして何かに気付いたようなアリシアが口にした言葉に、マントをぎゅっと握りしめたまま、ネルはうんうんと何度も首肯し始める。
「……ネル、本当に手伝わなくて大丈夫なんだな?」
「うん。……心配してくれてありがと。」
「そうか。」
最後の確認にそう答えられ、俺は頷き返して双剣を抜いた。
「「コテツ?」さん?」
「ツェネリの加勢に行く。ネル、急がなくて良いから、全員、万全の状態になってから次の持ち場に向かうよう言っておいてくれ。」
「待って、ボクも……。」
「傷を治して、疲れを取ってからな?お前は十分健闘したよ。アリシア、無茶した俺を止めたみたいに、こいつのことも頼んだぞ?」
立ち上がりかけたネルの頭を軽い力で押し戻しながらアリシアに目を移してそう言うと、彼女は大きく頷いてくれ、
「コテツさん、頑張ってください!」
ついでに激励までしてくれた。
「はは、了解。お前もしっかり頑張れよ。」
つい笑顔になってそう返し、俺はさっきから強い光を隙間から何度も漏らしていた扉へと向かった。




