26 職業:冒険者⑳
「お二人とも、ここまでの護衛お疲れさまでした。」
「いえいえ、何もありませんでしたから。」
「何か起こってもボク達がいれば問題なかったと思うけどね。」
数時間馬車に揺られ、俺達はヘーデルに辿り着いた。
出発は朝のまだ暗い時間帯だったからか、起きられたのは俺とネルだけだった。あとの二人は護衛対象の馬車に寝させてもらった。
そして結局、道中はネルと二人で馬車に揺られながら警戒に当たり、寝過ごした二人は目標地点まで寝たまんまだった。
「おーい、起きろー。」
まずはアリシアを揺する。
「ううん、コテツさんは強くて格好いいですぅ……エヘヘ。」
するとそんな寝言が漏れ聞こえた。
嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
「疲れてるようだし、もう少し寝させてやらないか?」
「ダメだよ。もう、ボクがアリシアを起こすから、コテツはルナをお願い。」
そう言って俺と場所を変わって、ネルがアリシアを揺すり始める。
「ふむー、ネルさんは凄い美人で羨ましいですぅ。」
あ、ネルが固まった。
「ねえ、やっぱり疲れてそうだよね。もう少し寝させとく?睡眠不足は体に悪いよ。」
「いえ、困りますから早く起こしてください。」
ネルが俺と同じ結論に達したところで、護衛していた商人からそう言われた。
「「はい。」」
しかしそれでもアリシアを無理やり起こすなんて蛮行をできなかった俺達は、最終的にまずはルナを起こし、彼女にアリシアを起こさせるという戦法に出た。
……主人に起こされる奴隷ってどうなんだろうか。まぁ、昨日の戦いの疲れが残っていたのだろう。
「はい、確認いたしました。イベラムからヘーデルまでの護衛依頼の完遂ですね。こちらが報酬50シルバーになります。」
受付嬢の鏡なんじゃないかと思うような台詞と共に50シルバーが入った袋がアリシアに手渡された。
ネルやセシル、特にセシルにこの受付嬢の爪の垢を煎じて飲ませたい。
「は、はい。ありがとうございます。」
そう言ってアリシアは袋を神の空間に入れた。目標金額は達成してある上、目が飛び出るような大金が手元にあるので、総額いくらあるかはもう数えていない。
受付嬢が完全に事務的に話してくれたのが良かったのだろう。アリシアはなんとか目的を達成したは、彼女を後ろから見守っていた俺とネルのところに戻ると、フンスと鼻息荒く、得意気に胸を逸らした。
「アリシア様が他人と話すのが苦手だったなんて知りませんでした。」
「もう苦手じゃありません!」
ルナの言葉にアリシアの抗議の声が上がる。
「はは、普段、俺達とはよく喋るからなぁ。俺と初めてあったときも腹を決めて一気に話したところがあったし。」
「ボクと初めて会ったときはコテツの影に隠れてたしね。」
それは知らなかった。
アリシアを見ると、彼女は顔を赤くしてあわあわした後、スッと俺から目を逸らした。
「ご主人様、二人とどのようにして仲間になったのか今度教えてくださいませんか?」
「そりゃ構わないけどな、ルナ、しゃべり方は楽な方でいいぞ?」
戦闘中のときとのギャップが凄い。これから付き合いは長くなるのだから居心地のいいようにしてやりたい。
「いえ、これが素なんです。戦闘中に少し感情が昂ぶってしまうだけで……。」
あれを少しとは言わない。
「そうか、余計な心配だったな。」
「心配してくださり、ありがとうございます。」
言うと、ルナは大袈裟に頭を下げてきた。
……この程度で感謝するのか?違和感がすごい。
良い返しが思い付かず、取り敢えず銀色の狐耳が目の前に差し出されたので、モフった。
「ひゃん!」
案の定悲鳴を上げ、こちらを恨めしげな目で見てくるルナ。
なんか楽しい。
「よし、じゃあ早速ジャイアントトレントをやっちゃって、皆晴れてBランクだね。」
と、いつもより張り切っている様子のネルがそう言って、ギルドの外へと俺達を先導した。
「はい、確認いたしました。おめでとうございます。これよりコテツ、アリシア、ネルの三名はランクB冒険者となります。こちらがその証の金のプレートです。ご確認ください。」
「はい。ありがとうございます。」
なんとも事務的なやり取りの末、アリシアが戻ってきた。
「こ、これで私達はランクBでいいんでしょうか。」
おろおろしながらアリシアが言う。
無理もない、手応えが無さすぎた。
いやぁ、本当に簡単だった。
感想としてはジャイアントトレントを倒しに森に行って、帰ってきた、それだけだ。
……感想でも何でもないな。
とにかく、この依頼、ルナの眼のおかげで全く苦労しなかったのである。
今回の標的、ジャイアントトレントはトレントという、木に擬態する魔物の一種で、討伐証明部位はその鼻の形をした突起部分。
そこは全てのトレント種共通の弱点で、切り取られれば死ぬらしい。だから討伐自体はジャイアントトレントでも至って簡単だ。
ただ、彼らの擬態能力には目を見張るものがあり、見た目は体のどこかに年老いた人のようや顔があること以外、普通の木と何ら変わらない。
なのに魔物と言われるだけのパワーとスピードを持っているから奇襲で殺されてしまう冒険者は多いらしい。
だがしかし、魔物であるがゆえに、ただの木にはない気配を持っている。
よってルナはその気配を目視できてしまうのだ。
一応俺の気配察知でも似たことはできるにはできる。しかしルナの眼の方が遥かに確実であり、その上効果範囲も視界内全てと、結構広い。
おかげで満腹亭の弁当は森のなかでも完全なピクニック気分で食べることさえできた。
ちなみにネルが張り切っていたのは元Aランクの斥候として大いに活躍しようとしていたからであり、見せ場をルナに取られたときはかなり悔しがっていた。……今も機嫌が少し悪そうだ。
「そういえばルナは冒険者登録してなくていいのか?」
ふと気になって聞くと、ネルが答えてくれた。
「……ギルドでは奴隷は所有者の物、まあ言い方は嫌いだけど、武具の一種として認識されるから。」
そんなもんか。
「ええ、ですからご主人様は私を遠慮せずに頼ってください。」
そこで何故か胸を張るルナに、若干モヤモヤした物を心のうちに感じて苦笑い。
「……はいよ、苦労を掛ける。さて、これでいよいよファーレンに行くんだよな?」
「はい!楽しみです!」
「ファーレン、ですか?ご主人様はもう一流の戦士だと思いますよ?」
アリシアが輝くような笑顔を見せる隣で、不思議そうにルナが首を傾げた。
あれ?
「言ってなかったか?俺達はアリシアをファーレンに入れる金を稼ぐために結成されたパーティーなんだ。今はついでにネルもな。」
ついでとはなんだ!という抗議は聞き流させていただきました。
「あ、そうだったのですか。それで、いくら稼がれたのですか?ファーレンに入学するには一人約30ゴールドという大金必要だった気がしますが。」
お、それを聞きますか、聞いてしまいますか?
「くはは、聞いて驚け!なんと「なんと2万ゴールドですよ!」……うん。」
ビシッとキメてやろうとしたところでアリシアが割り込み、俺は勢いを完全に失った。
文句を言おうにもアリシアの心から嬉しそうな様子に、こっちも心が穏やかにさせられ、不満なんぞどこかに吹っ飛んでしまう。
「……稼ぎすぎです。」
「はは、俺もそう思うよ。……そういやファーレンってどうやって行くんだ?」
「はぁ……たしかファーレンへの飛行船の定期便が三〜四週間ごとにあったはずだよ。」
ふと気になって、そういえばと言うと、ネルが呆れたようなため息を吐きつつ答えてくれた。
「ネル様もアリシア様もファーレンに……それで、いつ頃向かわれるのですか?」
「あ、ルナ、ボクに“様”なんて付けなくていいよ?これから長い付き合いになると思うし。アリシアもそうでしょ?」
「……あ、えっと、はい!私、ルナさんとももっと仲良くなりたいです!」
「そうですか?ありがとうございます。」
ネルとアリシアの言葉に、ルナが少し驚いたように二人を見、嬉しそうに頷いた。
俺が奴隷制度に対してあまり良くない印象を持っていることを、ネルは察してくれいたのかもしれない。
気を使わせてしまったかな。
「ごほん、えーと、ファーレンにいつ行くか、だったよな?ネル?」
「いや、それをボクに聞かれてもねぇ……あ、ほらアリシア、受付の人なら調べてくれるんじゃない?」
そう言って、ネルがアリシアを受付嬢の方へ押す。
「は、はい!頑張ります!」
本日三回目のアリシアのコミュ力向上訓練が始まった。
定期便は昨日出発したらしい。
つまり俺達がファーレンに向けて出発するのは四週間後となる。
あの足場を使って飛ぶという考えも脳裏に浮かんだものの、ファーレンまでは飛行船で数日かかると分かり、アリシア達に提案することなく心の内で却下した。
「そういえば、どこから出発するんだ?」
俺達はギルドに紹介された宿、深緑の宿にいる。
ランクBからこういうサービスが現れ、上がるにつれて増えていくらしい。
「ティファニアに決まってるでしょ。入学試験直前は結構混雑するだろうから妥当な日程だと思うよ。」
「よし、じゃあそれまでにアリシアは魔法の練習、ネルは……取り敢えずルナと手合わせしておくか?」
「はい!」
おお、良い返事。
「ふふ、頑張りましょう。」
「あはは、お手柔らかにね。」
そんな元気一杯なアリシアに吊られてか、ネルとルナは互いに困ったように笑い合った。
「お待たせいたしました、どうぞ。これらが部屋の鍵となります。」
話していると、本日の夕食が運ばれてきた。部屋の鍵は俺とネルに渡される。
「お、きたきた。」
食事内容はとてもシンプル。具が多めのポトフと、その横に、斜めに切られた大きめのバゲット。
ポトフには人参、キャベツ、じゃがいもがたっぷり入っていて、一センチぐらいにスライスされたソーセージが散りばめられていた。
「では、私は部屋で食べさせていただきますね。」
と、ルナが皿を持っておもむろに立ち上がる。
「いや、ここで食べていいぞ。汁物だし、こぼすといけない。」
「いえ、しかし……。」
ルナがネルとアリシアを見る。
しかし二人はもう既に食事に没頭していて、至福の表情を浮かべていた。周りの事が目に入ってない。一体誰の影響だろうか。
……まぁ、何にせよ食事を楽しむのは良いことだろう。うん。
「分かった。じゃあ上で一緒に食べようか。」
少し考えれば一人で食べようとするルナの言い分は理解できる。
獣人だからと他の宿泊客にいちゃもんつけられたり、ルナ自身が恐縮してしまったりしたら美味しい料理が台無しになるもんな。
「先に部屋に行っとくぞ。また明日な、おやすみ。」
そう言って皿を片手に立ち上がる。もう片手には鍵を持っているのでバゲットは口にくわえたままだ。
二人は一瞬こっちを見て頷き、また食事に没頭した。こいつら、ファーレンで不思議キャラとして君臨するような気がする。
誰のせいかは置いておく。
「ご主人様、いけません。」
背後からかけられるルナからの静止は無視。ずんずん歩いていく。
そして階段に差し掛かった辺りでルナはようやく諦めておとなしく俺についてきた。
部屋は一人用のものだった。
奴隷はやはり一人としてカウントされないらしい。もしかして外の馬小屋とかに普通は寝させるのか?……そうなると俺には絶対に真似できないぞ。
部屋の内装や家具は満腹亭のそれとほとんど変わらない。唯一の違いとしては小机のテーブルクロスなど、それらに掛かっている布の色が深い緑色であるくらいか。
小机に皿と鍵を置き、咥えていたバゲットをポトフに浸ける。ルナが俺と同じように皿を置いたのを確認して、部屋の扉を閉じてしまった。
「じゃあ、食べようか。」
「あの、ご主人様。いいのですか?奴隷などと一緒に食べるなんて。」
そんなルナの言葉は予想できていた。
今日一日だけ見ても、彼女が奴隷として自身を一段低い位置に置いているのは度々感じられた。
「はぁ……、あのな、俺がお前を受け取ってからこの方、奴隷扱いしたことがあるか?まぁ、まだそんなに長い間一緒な訳じゃないけれども。」
ため息をつき、頭をかきながら聞く。そこまで自分自身を卑下することはないんじゃないか?
「それはただ、なにもすることがなかったからでは?」
「そんなことないさ。お前を四つん這いにさせて俺を乗せて歩かせるとか、お前の今身に付けている物を、全部売るかアリシアかネルに与えるかしてジャイアントトレントをお前一人で討伐させに行かせるとか出来るじゃないか。」
「ご主人様の頭の中って怖いですね。」
思いつきのままに言うと若干引かれた。目には明らかな恐怖の色。
いや、仮定の話だからな!?
「とにかく!お前を奴隷扱いするつもりがないことは分かったか?」
「はい。ご主人様を怒らせてはいけないと再認識もできました。」
あらら、他の仮定の話にしておくべきだったかな。
「はぁ……ま、これで問題ないだろ?食べよう。明日からの訓練の打ち合わせもしておきたいし。」
「はい。楽しそうですね、生き生きしていらっしゃいます。」
「はは、そうか?」
では早速、いただきます。
汁をさじで一口飲む。
今まで話していたせいで少し冷めているものの、まだ温かい。ちょうどいい温度になったようだ。こういう汁物独特の、体の芯から温まる感じが心地良い。
「あの、ご主人様……。」
浸していたバゲットを一口。
本来は硬いバゲット。ポトフに浸けていたせいで少しふやけたそれは、スポンジのように柔らかく、野菜の出汁に小麦の香りを加えて舌を楽しませてくれる。
「ご主人様?」
ポトフの具をさじですくって食べる。
まずはキャベツ。芯の部分までしっかりと煮込まれたことで柔らかくなっており、そこも葉とはまた違った食感がある。
人参も同様に柔らかい。根菜類はしっかりとしかし煮崩れしない程度に調理してあるようだ。人参特有の甘い味が口に残ったところでだしの効いたスープをまた一口飲んで楽しんだ。
「うぅ、ご主人様ぁ。」
切られたソーセージを食べる。肉汁は切られたせいであまりないが、ソーセージ特有の食感を楽しめる。
さて、次はじゃがいもだ。さじで半分に切り、口に入れる。
熱っ!
慌ててハフハフ言いながらスープを飲んで口の中の熱さを緩和。スープは少し冷めていても、じゃがいもの中は熱を逃がしていなかったらしい。
もう少しじゃがいもを小切りにして口へと運ぶ。まだ少し熱い。でも逆にこれぐらいが美味しいとも感じる。
残りのスープはバゲットを浸しては食べを繰り返し、最後に器ごと持って飲んだ。
ごちそうさまでした。
ゆっさゆっさ……
なんか体が揺れ始めた。
見ると、ルナが俺の腕を持って左右に揺すっていた。ちゃんと食べ終わるまで待った辺り、なかなかに気が利く。
胸がつられて揺れていて、なかなか目に毒である。
「お、おい、ルナ!?」
弟子期間に開放的な師匠のおかげ(せい)で培われた俺の自制心も無限じゃないんだぞ。
「ご主人様の命令ならなんだってしますから。言われれば四つん這いになって町中を歩いてあげますから。だから無視しないでください。」
言い、ルナさらに激しく俺を揺らす。
「おい馬鹿やめろ!頼まれてもそれだけは絶対にするな!」
俺が社会的に死んでしまうだろうが!
「あ、やっと反応しました。」
ホッと息をつくルナ。さっきのあれは俺の注意を引くためだよな?本心じゃないよな?頼むから違っていてくれよ?
「で、えーと、どうした?」
「明日からの訓練のことなのですが、魔法を私が教えて、ご主人様が武術を教えると言うことでいいですか?」
おっとそういえば言ってなかったな。
「くく、少し見てろ。」
さぁ見て驚け。
魔装2を霧散させる。
「えっと、これは?」
目の前の光景にぽかんとした顔で固まるルナ。
「黒魔法だ。」
どんなもんだい。
「黒……それではあの武器も……?」
赤い真ん丸な目をくりくりさせながらルナが確認してきて、俺は大仰に頷いてみせる。
「おう!その通り、黒魔法だ。」
察しが良くて助かる。
「なんでもできるのですね!」
そう言ってルナは腕に抱きついてきた。その予想外の反応に俺の方が驚いてしまう。
「へ?い、いやぁ、まあこれくらいはな。」
抱きつかれていない方の手で頭を掻き掻き照れながら、どうにか得意気に笑ってみせた。
『そうじゃの、“わしの与えたスキルがあれば”、これぐらいはの。』
うるさい。
「それでまぁ、俺たち二人で魔法も武術も教えるぞ。」
「はい、頑張りましょう。」
「じゃあルナは先に寝ててくれ。俺は食器を下に……」
言いかけた瞬間、ルナは即座に全ての食器を机の机の上から掻っ攫い、部屋から走って出ていった。
電光石火の早業、とくと堪能させていただきました。
そのまま呆けていると、ルナが戻ってきた。
「はぁ……はぁ、雑用は、私が、全て……しますから。」
肩で息をながら、凄く真剣な表情で言われた。
「あ、うん、分かった。」
俺はそう言うしかなかった。
「私は奴隷ですからこういうことは任せてください。」
念を押すようにして言ってくる。その真剣な眼差しを受けた俺は、
「じゃあ……寝るか。」
寝るという逃げを図った。
「そう、ですね。」
「じゃあルナはベッドで……。」
「初日から、ですか?あぅ。」
顔を赤くしたルナの頭にすかさずチョップ。
「言ったろ?俺はお前を奴隷扱いしない。無理な事はさせないから、な?」
「無理なんかじゃ……え、いえ、あ、しょの、すみません。」
納得してくれたようで何より。
「じゃあルナはベッドで寝てくれ。俺は床で寝るから。」
「ご主人様!私が床で寝ますから。」
「いや、俺は床で寝なれているから大丈夫だよ。」
もとの世界でもお布団生活だったし、アリシアと一緒の部屋のときも床で寝てた。そもそも女性を床に寝させて俺がベッドで寝るのは気分が悪い。
「いえ、私が床で……」
「いや、俺が……」
しかしルナも引かず……結論、何故か二人とも床で寝ることになった。
ベッドや小机などをカベ際に押しやり、できた空間に並んで寝そべる。
家具を動かす途中、どうしても隣同士で寝ることには気付いたのだが、直すのも面倒だったのでそのまま床に寝た。
一枚しかない毛布も押し問答の末、共有することになった。
……正直眠れそうにない。ただまぁ、取り敢えず目は瞑っておく。
しかししばらくして、背中側、ルナのいる方から声が掛かった。
「ご主人様、寝ましたか?」
「……いいや、まだだ。どうした?眠れないのか?」
俺もだけど。
「はい。」
「俺もだ。すまんな、眠くなるまで話し相手になってくれないか?」
「……ありがとうございます。」
しばらく間が空く。何かを話そうにも話すことが思い付かないのだろう。俺から話を振ろうかね?
そうだな……
「ルナって尻尾は「しっ!?」あ、あるのか?ごめんな、ただの興味本位だから、答えなくても……。」
ひょっとしてまずい話題だったか?
「……あ、ありますよ。普段は服の中に納めてあります。見たい、ですか?」
「良いのか?」
普段隠しているってことはそこは大事な部分なのではないだろうか。
握ったら力が抜けてしまうような弱点だったりするのかね?……いや、あれは猿だったか。
「ええ、ご主人様なら。」
そんな声が聞こえたと思ったら、背中越しにモゾモゾ動くのが感じられた。
「ご主人様、あの、こっちを見ないと見えませんよ?」
「そう、だな。」
寝返りをうてば、ルナの髪と同じ、見事な銀色のふさふさした尻尾が目の前にあった。
「……触ってもいいか?」
凄く、柔らかそうだ。
「え?さ、触る、ですか?い、良いですよ。私は奴隷ですから確認なんて取られなくても大丈夫です。ええ。」
ここまで来るとルナに奴隷としてのプライドがあるような気がしてくるな。
色々言いたいことはある。ただ、目の前の柔らかそうな塊に意識が吸い寄せられてしまった。
本人は良いといったし……では早速。
上半身を軽く起こし、銀色の尻尾を優しく手で撫でる。やはり俺の目は間違っていなかった。
包み込むような手触りが物凄く気持ちいい。毛先が整い、毛並みも滑らかで、撫でていてまるで抵抗を感じない。
「やっぱり手入れとかしているのか?」
「はい、尻尾は大事なので。んん、はぁ。」
付け根を触るとルナが吐息を漏らす。
少し梳いてみようかな。まあ、さわった感じでは必要なさそうだけれども。
黒魔法で櫛を作り、付け根から先に向かって梳く。
「くぅぅ!……す、すみません変な声が出ました。」
「いいよいいよ。」
少し引っ掛かったところは何度も優しく、同じように梳きながらゆっくりと解していく。手入れは表面に留まっているようだ。
今度は少し力を入れて梳く。
「ご、ご主人様、先程からな、何をし、しているのですか?はぁ、はぁ。」
少し息切れしている。やはり長時間他の人に体を触れられると暑いか。
でもあと少しだけやらせてくれ。すぐ終わる。
「俺も手入れしてみようかと思ってな。明日の朝自分で触ってみろ。」
「しょ、しょうですか、はぁ……ん。」
それから俺は柄にも無く、この作業に熱中した。
そのまま小一時間ばかり、黙々と続けたところで、銀の尻尾はあらかた梳き終わった。
どこをすいても抵抗がないぐらいにはなったかな?
ああしかし、柔らかそうだ。なんて良い仕事をしたんだ俺は。
素晴らしい達成感だ。
両手で豊かな尻尾の膨らんでいるところを、少し力を入れてモフリモフリ。ああ、気持ちいい。
あまりに良い感触で、思わず力を込めてしまう。
「きゅぅぅん!」
突然、甲高い鳴き声をルナが発した。
「痛かったか!?すまん。」
慌てて謝るも、ルナは返事をしない。
その顔を覗き込めば、どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
「はは、俺も熱中し過ぎたみたいだな。」
俺は清々しい疲労感に従い、横になって目を閉じた。
①など、○の中に数字を入れるという表記が20までしか使えないので次回からまともにサブタイトルを考えます。