戦う者
職員室に付くなり、俺は問答無用で仕事を言い渡された。
「あのなぁ、いきなり避難訓練が始まったこと自体は今までもあったし、本番に備えてってことなのは分かるさ。でもよ、今は真夜中だぞ!?」
「そうですよ。これまでは我慢できましたが、今回は常識外れにも程があります!私達の生活のことももう少し考えてから警報を出してください!」
「「「そうだそうだ!」」」
「ええ、ええ、いや本当、すみませんね、ええ。」
詰め寄るファーレン島の人々を両手でまぁまぁと宥めつつ、何度も首肯しながらとにかく謝る。
俺のいる場所はファーレン城の地下。元は狭い牢獄だったここは卓越した魔法と魔術で拡張、整備され、今やファーレン島民全てを、ちょっとした余裕を持って収容できる程巨大な地下広場と化し、雨の日の戦士系の授業、そしていざという時のための避難場所となっている。
まぁ、簡単に言えば巨大な体育館だ。
白い天井には魔術による灯が等間隔に灯され、出入り口は四方の灰色の壁に2つずつ。
そして俺の仰せつかった仕事は、ファーレン島民のここへの避難をつつがなく完了させることである。
そのため、ぞろぞろと避難民が入ってきている今、目の前でわーわー責めてくる人達に根負けして詳しい事情を説明し、パニックを起こさせてしまう訳には万が一にもいかないのだ。
「もうここまで避難して来たんだから良いだろ?さっさと帰って寝させてくれ。」
「いえ、そういう訳には……」
だから俺は如何なるクレームにも、愛想笑いして、
「俺達は明日も商売があるんだぜ?」
「お気持ちは分かりますけどね、避難完了するまではどうか大人しく……。」
愛想笑いして、
「あなたでは埒が明きません。理事長と話させてください。」
「避難が完了すれば来ますよ。ですから今は矛を収めて、静かに待っていてください。」
とにかく愛想笑いして黙って座っているようお願いする。
ちなみにニーナがここに本当に来るかどうかは神のみぞ知る。
『知らんわい。』
……本人のみぞ知る。
「分かりました。なるべく早くお願いしますよ?」
猫耳の女性が最後にそう凄んで避難した群衆の中に戻っていき、周りのクレーマーも吊られて引き下がってくれた。
「はぁ……、俺だって避難がなるべく早く完了するよう願ってるよ。」
周囲に聞こえないよう、ボソリと呟く。
……そんな思いが届いたのだろうか。
[避難が完了したよ!お疲れ様!]
首に下げた真新しい教師証から生えたニーナのホログラムがそう伝えてくれた。
「お、そうか!」
[だから早く理事長室に来て。]
「了解。」
俺は教師証を掴んだ。
視界が戻ると、ニーナとラヴァルが待っていた。
「教師証は正常に作動してるみたいだね。」
椅子に座ったニーナがまずそう言って笑い、俺はラヴァルに作り直してもらったメダルを摘んで見せ、頷く。
「ああ、この通り。まさかものの数秒で作れるとは思わなかったよ。しかもこれ、俺からお前ら二人への連絡もできるようにもしてくれたんだろ?」
言いながらこの製作者に視線を移せば、彼は口角を少し上げ、肩を竦めて口を開いた。
「フッ、どのような物であれ、然るべき知識があれば万能の道具と化すことができる。それが魔術だ。……が、今はその話をするべき時ではないな。続きは全てを終えた後としよう。」
「そうだな、楽しみにしておく。」
もう一度頷いて、右の指輪を口元に近付ける。
「……サイ、神器を全部こっちに送れ。」
そしてそう言って拳を前に突き出せば、一年間の旅の成果である神器6つが宙に現れ、音を立てて床に落ちた。
「わっ、本当に集めてきたんだ。」
机から乗り出し、6つの神器を興味津々といった様子で見下ろしながらニーナが言い、
「事前に聞いてはいても、やはり感嘆に値するな。神の力を持つ武器をよくぞここまで集められたものだ。」
ラヴァルが床からカラドボルグを拾い上げ、様々な角度から観察し始める。
しかし彼らの学術的興味や好奇心を満たすだけの時間は今はない。
「さて、神器は揃えた。裏切り者も分かった。ヴリトラの一団ももうそろそろこの島に辿り着く。どんな作戦が用意してあるのか聞かせてくれないか?」
「え?裏切り者が誰か分かったの?」
……しまった。
いや、でもここは明らかにしておかないと話を先に進められないか。
「ああ、ファレリルだ。」
頷いて率直に言えば、予想通り、ニーナは即座に反論した。
「嘘ッ!そんな訳ない!君には言ったでしょ?ファレリルは私が赤ちゃんの頃からとずっと一緒に……「そのファレリルを裏切り者の候補に入れたのはお前だろ?」……違う!たまたま条件が揃っていただけで、私はファレリルを疑ったりなんてしてない!……そういえば前もファレリルが怪しいとか言ってたよね?感情で判断するなんて「あのな、俺はあいつと戦った。あの光の柱や俺の体の傷は全部あいつにやられたんだよ。」……う、嘘だよぉ。」
ニーナの言葉を遮り、落ち着いた調子で断言すると、怒りで立ち上がっていた彼女は、そんな弱々しい声を漏らしてストンと椅子に力なく落ちた。
感情で判断してるのはどっちだか。……ただまぁ、ショックなのは理解できる。
「……ラヴァル、何とか言ってよ。」
「コテツ、ファレリルの姿がなかったのは、そういう訳か。」
呼ばれたラヴァルは目を閉じ、腕を組んだまま俺に問い掛け、
「ああ、俺だって信じられなかったよ。」
それに俺はしっかりと頷いてみせた。
「そう、か。……私も信じたくはないが……事実ならば、受け入れるしかあるまい。ニーナ、今は切り替えよ。」
「……。」
ラヴァルが諭すも、本人は黙りを決め込んだまま。彼自身の言葉にいつもの覇気がないこともそれに一役買っているのかもしれない。
しかしこのまま待ってる暇はない。
……仕方ない、賭けに出よう。
「ニーナ、戦っている途中で感じたことだけどな、ファレリルがヴリトラに付いたのには何か深い理由がありそうだった。でも生憎と、それを突き止められないままあいつを逃がしてしまったんだ。ただ、ヴリトラを倒してからそれを確かめても遅くはない。そうだろ?」
声は震えなかっただろうか、体は揺れていないだろうか、少なくとも心臓の鼓動は倍ぐらいに早まっている。
もしもこの言葉を疑われ、万が一ファレリルがもうこの世にいないことが知られてしまえば、おそらくニーナはすぐには――ヴリトラが攻めてくる前には――立ち直れない。
しかしもし騙されてくれれば……
「そう、だよね。……うん、そうだよ。こんなところでだらだらやってる場合じゃない!」
……きっと奮起してくれると思った。
「ああ、その通りだ。それなら早速作戦を……」
「その前に、君が集めた神の武器、神器って呼ぶんだっけ?このそれぞれの持ってる特別な力を教えて。」
「勿論。」
ニーナがそうして積極的に動き出す中、あのラヴァルでさえ、微かな笑みを隠せないでいた。
「かか、神の、武器……?ここ、これらす、全てが!?」
「おう、能力は説明した通りだ。」
3人の教師に神器を渡した俺は理事長の机に腰掛けたまま頷いた。
ロンギヌスの槍を不格好に抱きかかえたカダは、それを含めた目の前の武器の価値に声を震わせ、
「ははは!こいつは凄ぇな!」
バーナベルは片手に持った如意棒を一見ぞんざいに振り回して笑うことで、カダの体まで震わせた。
しかしそれでいて周りのタンスやら本棚やらに一切ぶつけてしまわないあたり、流石は戦士コースの教師のトップをやってるだけはある。
「……真に古龍と戦うつもりであるか?」
と、俺に手渡されたミョルニルが黒くがっしりとした腕と妙にマッチしているツェネリが聞き、
「「当然。」」
対する俺返答はバーナベルとハモった。
遅れてカダも何度も首肯し始める。
「わ、私も、だ。魂片がこの学園にあるとき、聞かされたときから、覚悟は、で、できていた。」
「うぅむ、しかし我輩は今まで何も聞かされていなかったのである。そして君達上層とコテツ先生以外も同じく知らぬ筈である。それを急に戦えというのは酷に過ぎぬか?」
「そいつは俺も悪ぃと思ってた。ただ、魂片の在り処をヴリトラに知られねぇためには仕方なかったんだ。分かってくれ。」
それでも渋い表情を浮かべるツェネリにバーナベルがそう弁解し、俺も続いて口を開く。
「それに、戦いたくない奴を戦わせるつもりはない。そういう教師には地下の避難所で避難した人達のまとめ役やって貰うことになってる。もちろん、お前が戦いたくないって言うならお前も今から地下に……「その必要は無いのである。我輩もこの学園には長らく務めてきた。愛着もある。そのために戦うことへ、例え相手が古龍であろうと、我輩に躊躇はない。」……そうか、ありがとう。」
断言し、二カッと笑って白い歯を見せたツェネリに頭を下げると、カダが「そ、それで、」とどもりながら俺の肩を叩いた。
「わ、我々はこれで何をすれば……ま、ま、まさか、これらがあれば、ヴ、ヴリトラに正面からかか、勝てるとは、い、言わないでしょう?」
「ああ、もちろん作戦はある。ニーナとラヴァルが用意してくれてたよ。」
「その、り、理事長と、ラヴァル先生はど、どこに?」
「今は地下の避難所で事の次第を説明してる。」
「あ、そ、それと、ファレリル先生、は……?ああ、ごめん。そ、そ、そうだった……。」
「良いさ、受け入れ辛いのは分かる。」
気まずそうに頭を下げたカダに、首を横に振って返す。
ファレリルの裏切りは合宿からの帰還組によって既にファーレン学園全体に知れ渡っている。
ただ、彼女の死や埋葬場所は俺しか知らないので、ニーナやラヴァルにバレる心配はない。
「……で、だ。俺達も俺達でそろそろ職員室に集まってる他の教師達に説明をしないといけない。お前ら3人を先に呼んだのも、十中八九動揺するだろう彼らを落ち着かせる役割を請け負って欲しいからなんだ……頼めるか?」
「おう、そういうことなら任せろ。」
「うむ、余計な混乱をしている場合ではないのである。」
「わ、私がや、役に立つかは、はは、甚だ、疑問、だけどね。」
「助かるよ。」
三者三様の返答に再度頭を下げ、教師証掴むと、3人も同時に己のそれを掴んだ。
状況説明をファーレンの教師達にした後、彼らの中から戦う者、そして戦いはせずとも協力をしてくれる者をつのって作戦を伝え、残りに地下の避難民のケアを頼んで送り出した俺は、学園を囲う城壁の南門、ファーレン城正面を守るの門の上で、作戦の準備が為されるのを一人でぼんやり眺めている。
その準備というのは透明な防御結界の起動。
外からの攻撃の一切を防ぐというそれは、城壁の外周から城の頭頂へ、ゆっくりと伸びてファーレン城を覆い、それまで吹き付けていた涼しい夜風を遮ってしまった。
数十年に渡るラヴァルとニーナの研鑽の成果が詰め込まれた、元は俺の今立つ城壁を使うほどに巨大だった魔法陣を、アリシアとラヴァルが去年確立した効果拡張技術によって円卓程度の大きさまで縮めた物がこの結界の発生源。
その魔法陣自体は職員室に置かれ、そこに配置された教師達により、数人がかりで魔素を流し込まれている。
そしてそんな経緯があるため、俺の足元をよく見るとラヴァルが数年掛けて彫り込んだという複雑な幾何学模様が見える。
“苦労してこれを描いた当時にあの新技術を会得していたかった。”というのはラヴァルの言葉だ。
「俺がこいつを描いてたら腰痛物だったろうなぁ。」
跪き、細かく緻密な凹凸の感触を指先で楽しみながら独りごちる。
「そのためにはまず魔術の勉強をしなきゃだけどね。」
「はは、なるほど。それ以前の問題だったか。……え?」
指を止め、声の主へと目を向ける。
「ん?どうしたの?」
すると俺の肩から覗き込んでいたネルが俺の真ん丸になっているだろう目を見返し、いたずらっぽく笑った。
学生の証である赤いケープではなく、俺のあげた黒いマント――確か暗妖精の衣とか言う名前だった筈――を羽織った彼女は、まるでこれから俺と一緒に戦うつもりであるかのよう。
「おい聞いてないのか?学生は皆地下の避難所に……「うん、でもコテツがいなかったから出てきたよ。」……は?」
「アリシアも出てきたし「はあ!?」あと他にも大勢――学生から一般の人まで――逃げずにヴリトラと戦いたいって言って出てきたよ?」
「……ちょっと待ってろ。」
立ち上がり、ネルへ手の平を向けて制止。彼女に背を向け、教師証を掴んで魔素を流せば、避難所で状況説明をした筈の理事長が浮かび上がった。
「ニーナ!」
怒鳴る。
「ひっ!」
返ってきたのは短い悲鳴。
「避難所から何人か勝手に抜け出たらしいな?どうなってるんだ!ちゃんとヴリトラが来るって説明したんじゃないのか!?」
[し、したよ!わ、私だって皆が大人しくするよう、説得しようと頑張ったよ!……でも、逃げ隠れするためにこれまで技を磨いてきたんじゃない〜とか、自分達の街は自分達で守るべきだ〜とか……ネルっていう学生の言葉で皆立ち上がっちゃってさ……。]
あの野郎。
呆れの混じった目で振り向けば、少し遅れてネルの方もこちらに気付き、マントから手を出して小さく振ってきた。
あいつのことだ、どうせ全部分かった上なんだろうな。
「はぁ……。」
ため息をつき、苦笑。彼女に手を振り返してから、ニーナのホログラムへと目を戻す。
「……作戦に支障は?」
[一応、先生達を探して手順を聞いて従ってって言って置いたから、たぶん大丈夫。]
「そうか、了解。」
教師証から手を放し、ネルの方に体を向け直すと、
「あ、終わった?それで、早速これからどうするのか教えてよ。」
間違いなく今さっきまでの会話の内容を察しているだろうネルは、笑顔を浮かべて尋ねてきた。
「へいへい。ただその前に、アリシアはどこに行ったんだ?」
「アリシアは怪我人を皆治してあげるんだって意気込んで治療室に向かって行ったよ。」
「ああ、なるほど。」
なら戦闘にはあまり参加することにはならないだろうから安心か。
ま、それも始終全てが上手く行けばの話ではあるけどな。
うん、頑張ろう。
「お前もアリシアの手伝いとかに回って良いんだぞ?」
「ボクは誰かさんが無茶するのを止めないといけないからね。」
さも当然のように言うネルの口にした“誰かさん”が俺であることは、不本意ながらも十分過ぎるほど承知してる。
「ていうかさ、どうしてルナとかシーラさんとか……あいつには初めから戦うことを許したの?」
“あいつ”って、フェリルのことか。
……名前どころか存在を口にするだけでそんなに嫌そうな顔しなくても良いのになぁ。
「あー、まぁあいつらには事前に協力するって言って貰ってたから……。」
「じゃあボクも協力する。はい、これで良いでしょ?」
ネルの問いへの歯切れの悪い返答すると、すかさずそう切り返された。
反論なんぞできはしない。
「はいはい。でもヴリトラを相手にすること自体、無茶に入るんじゃないか?」
「うーん……じゃあちょっとは融通効かせたげる。」
聞くと、彼女は少し考えてからそう返し「今度はコテツが話す番だよ。」と目で催促してきた。
「くはは、そうかい。そんじゃ、よく聞けよ。俺達の役割は……」
観念して、俺は彼女に作戦内容を話した。




