救出
「ル!……リル!」
爺さんの案内に従って一年生達のキャンプ場へ急いでいる途中、聞き覚えのある声が風に乗って聞こえてきた。
……今は一番聞きたくない声でもあった。
しかし無視はできず、そちらに向かえば、俺の手の平程の大きさもないメダルが木の枝に吊り下げられていた。
「ツェネリにもコテツにも繋がらないの!ねぇ、返事してよ!」
泣きそうな声で喚くそれを手に取り、まずは深呼吸を一つ。
……そういや俺の教師証からは必要もないホログラムが出るのに、これからは声しか出てないな。
小さいからかね?
「ニーナか。」
「……ふぇ?コテツ!?」
「ああ、すまんな。俺の教師証はぶっ壊れたんだ。弁償とかするべきか?」
「ファレリルは!?」
チクショウめ……その質問を避けるために今ボケたのに。
「……ここにはいないな。」
「そう……。ねぇ、そっちで何が起こってるの?山から光の柱が上がったって聞いて慌てて連絡しても教師の誰とも繋がらないし、そうしたら謎の船団が現れたって報告があって慌ててファーレン全体に避難警報を出したと思えば、また山で光の柱が今度は続けて二本も空に伸びたって……もう訳分からないよ!」
こいつ、今、聞き捨てならないことをサラリと言いやがったな?
「謎の船団?」
聞き返しながら、再びキャンプ地へと走る。
「え?うん、物見塔から報告があったんだ。見たことの無い旗を掲げた貨物船で、予定にも無い船だって。1〜2隻だけなら私も大して気にしなかったけど、50は下らないって言われたからね、念の為に警報を鳴らしたんだ。だから今は次の連絡が来るのを待ってて……。」
このタイミング……できればただの偶然であってくれ。
『今見てきたわい。ヴリトラが件の船に乗っておる。』
うん、まぁそんな気はしてた。
くそったれ!もう緑の魂片が見つけられたのか!誰だ、ヴリトラが来るまでまだ数年あるとか抜かしやがったクソジジイは!
『わしは悪くないわい!ヴリトラが取り戻した力は赤青黄色の3つのままじゃ。どうも緑の魂片は後回しにするようじゃな。』
なぁるほど、なかなか見つからないからこっちを先に取りに来た訳か。
「ニーナ、船が到着するまで早くてどれぐらいある?」
「え?えーと、ついさっき知らされたからね、貨物船だし数も数だから……早くても3〜4時間じゃない?」
猶予はあまりないな。
「住民の避難先はどこだ?」
「もちろんファーレン城だよ?ここより安全な場所なんてそうそうないんだから。」
そいつは良かった。家の地下とか防空壕のような場所だと敵に入り込まれて終わりだろう。
「避難状況は?」
「いつも通り、落ち着いてるよ。私がたまに間違えて警報を出したのを避難訓練ってことにしたことが何回かあるから、たぶんその成果だね。」
なんて傍迷惑な。
……まぁ今は怪我の巧妙と思っておこう。
「はぁ……そうか。じゃあ今回は訓練じゃないから少し急がせろ。」
「え?あの船が何なのか知ってるの?」
「船は知らん。ただ、中身はヴリトラ教徒で一杯だ。」
「えぇ!?」
素っ頓狂な声がメダルから響き、俺は慌ててそれを両手で包む。
「静かにしろ!俺達の方にもヴリトラ教徒からの襲撃があったんだ。俺は今一年生達を助けに行ってるところなんだよ!」
「それを早く言ってよ!」
「なぁ、船を迎撃して時間を稼げないか?」
「……うーん、ファーレンは中立だから軍なんてないし……ラヴァルが何か知ってるかな……。」
「ならラヴァルにも早くそれを伝えて事に当たれ!良いな!?」
「え!?ちょっ!」
ささやき声で怒鳴り、ポケットに教師証を突っ込む。
尚も発されるくぐもった声は、俺が答えないと分かって、すぐに消えた。
爺さん、今の叫び声を誰かに気付かれたか?
『いいや、そのような様子の者はおらぬの。』
そいつは良かった。
ファレリルと戦う中で足が慣れてきた雪道を駆け、ついに目的のログハウス群に着く。
合宿を楽しみ過ぎてこの夜中に出歩く学生の姿は当然ながら一つもなし。しかし今夜ばかりはそれを喜ぶ訳にはいかない。
ログハウスの中に気配が無いあたり、1箇所に集められているのだろうか?
『うむ。場所はログハウス群の中心、お主の泊まる予定だった小屋の前じゃよ。』
てことはこのまま目の前のログハウスを突っ切って行けば良いんだな。了解。
『あーそれと、一つ朗報じゃ。』
……なんだよ、凶報って。
『朗、報、じゃ!』
騙されないぞ。
『騙そうとなどしておらんわ!……そもそもそのような手間なぞかけずとも、お主は勝手に躓いて墓穴を掘るからの。』
はあ?誰がそんな……
『亜人。』
……クソジジイめ。
!?
気配を察知し、素早く後ろを振り向きながら黒い弓矢を構える。
俺の狙った先、弓の射程ギリギリには……
「……シーラ?」
緑のローブを羽織った、冒険者仲間のエルフがこちらに走ってきていた。
「っ!……ん?フェリルか?」
遅れてもう一つの気配に気付いてそちらに矢を向けると、矢を向けた先の木の枝に立ったたらしエルフがこちらに気付いて手を振り始めた。
『言ったじゃろ……朗報じゃと。』
……聞き覚えがないなぁ。
『ぁあ!?』
へいへい、あっしが悪うござんした。
フェリルに手を振り返し、シーラと二人して俺の前までやってくるのを待ち、口を開く。
「何しに来たんだ?避難警報が出たんじゃないのか?」
「貴方が入っていった山で古代魔法の炎の柱が立ったあと、すぐに警報が鳴ったのよ?何かがあったと思うに決まってるじゃない。」
「街の人達は妙に落ち着いてたけどね。もしかしてあれって恒例の行事か何かかい?」
真剣な顔でシーラが言い、対象的にフェリルは、少しだけ笑って場を和ませた。
「くはは、んな訳あるか。」
それに軽く笑って返し、俺は二人に付いて来いと言って、キャンプ場の中心へ向かった。
近くにログハウスが幾つも建っているというのに、学生達は赤々と燃える幾つもの焚き火の周りで身を寄せ合い、寝間着姿で震えていた。
教師が彼らの間を練り歩き、気遣わしげに話し掛け、元気付けようとはしているものの、その効果は殆ど出ていない。
まぁ仕方ないだろう。
何せ彼らの周りは物騒な雰囲気の黒ずくめ達に取り囲まれているのだ。学生達の震えは寒さからか恐怖からか。
どちらにせよ、これで落ち着いていられる方がどうかしている。
俺だって心臓バクバクだ。
……バレるなよ、バレるなよ。
木陰から顔を出し、目を閉じて、そう、強く念じる。
一歩間違えれば学生達を人質に取られる。最悪、一人が見せしめに使われるかもしれない。
ヴリトラ教徒の服装を黒魔法で真似て、一人ずつ、殺したと同時に指輪の力で下僕にしていき、そいつが死んだことを誰にも気付かれないまま次を殺しに行く。
これを30数回繰り返す。
……なんていう、俺の心臓に過度な負荷のかかる計画は、エルフ二人が来てくれたおかげで実行しなくて良くなった。
ま、それでも今の俺の心臓は肋骨をぶち抜く勢いだけどな。
……よし、ここらへんか?
「フェリル、合図を。」
遠目にヴリトラ教徒達を観察をしながら、隣に呟く。
「了解。……シーラ、今だ。……え?」
しかしフェリルが自分のイヤリングを手で抑えて支持を出したかと思うと、不可解な音をその口から漏らした。
「ど、どうした?」
横を見て聞けば、フェリルは困り果てた表情で自身のイヤリングを指差し、
「なんか、“私の作る青い柱はそう簡単には消えないんだから!”とか何とか言って張り切ってる。」
そう、呆れたような声で言った。
「いい事じゃないか。」
そういう意気込みは大事だと思う。
「忘れたのかいリーダー?シーラが張り切ると大体空回りするってこと。」
その言葉に、この一年ちょいの間一緒に旅をしてきた魔法使いの姿が走馬灯のように脳裏を駆けた。
リッチのサイに魔法勝負を挑もうとし、八つ当たり気味に人魚の占拠した街の壁を無駄に大きく壊した挙句に疲れ果ててそれ以降の戦闘に加われず、そして好きな相手に対してはぶん殴るという愛情表現しかできていない、何かと残念なシーラの姿が。
……まずい。
「おい、何とかしろ。」
囁きながらも語気は強める。
「アハハ、それは無茶だよリーダー。」
「だぁっ、もう耳を貸せ!「あいだっ!?」……おいシーラ!」
[ふふ……あらどうしたの?あ、そうだ、貴方は作るなら馬の彫像と立派なお城、どっちが良いと思う?]
フェリルの耳を引っ掴んで呼び掛けると、彼の言っていた通り、シーラは緊張し過ぎてアホなことをやろかそうとしていた。
……仕方ない。
「はぁ……それよりな、シーラ、実はお前のあのエプロン姿、フェリルも好きなんだってさ。」
[え!?]
作戦名、より緊張する事が他にあると、今の緊張が何となく薄れる作戦!
「リーダー!?」
「うるさい黙れ。」
真横からの抗議は却下。
「……フェリルにとって花屋の仕事ではお前のその姿を見るのが一番の楽しみだったそうだ。」
[ほ、本当?]
「ああ本当さ。なぁ?」
頷き、一歩下がってフェリルを見やる。半ば睨み付けているかもしれない。
「え、あーそうだね。ふ、普段のシーラとは雰囲気が変わって、新鮮な感じがする、かな?」
睨む。ついでに双剣も抜く。
「いや、す、するよ、うん。……恨むぞリーダー。」
「背中を押してやっただけだろ?」
半眼のフェリルに肩をすくめて返す。
こいつらが互いに気があって、互いにそれを気付いた上で互いの言葉を待っているという、そんな面倒臭い関係なのは分かっている。
フェリルの気がやたら多いことが関係進展の足を引っ張っているというのは俺の気のせいではないだろう。
「“ヘタレは悪だ。”くはは、こいつはお前の言葉だぞ?「っ。」……おいシーラ、ちゃっちゃと終わらせてくれ。」
言葉に詰まったフェリルを笑い、彼の耳をもう一度掴んで指示を出せば、小さな声の了承が返ってきた。
「よし、やるぞ。」
手を離し、そう言ってフェリルの肩を叩き、彼に背を向けて走り出すと、フェリルも反対方向に駆け出したのが尻目に見えた。
ログハウスの影から影へと走りながら、ついつい心配になってしまって、ヴリトラ教徒共に囲まれた学生達の上空、そこに浮かぶ小さな四角形の板に目が吸い寄せられる。
……上に乗るシーラを落とさないよう細心の注意を払いながら、敵に絶対にバレないあの高度のあの位置まで黒い足場を遠隔操作で正確に動かすのは本当に骨が折れた。
何はともあれ、上手く行きますように。
そして数秒後、女声が夜の冷えた空気を震わせた。
「イーチェ!」
学生達とヴリトラ教徒達の間の地面から円筒形の壁が一気に競り上がる。
「なにぃっ!?」
「お、おい!魔法発動体は奪った筈じゃ!?」
「無色の魔法も5人掛かりで使ってるんじゃないのか!?」
「今はそんなことどうだっていい!さっさとこの壁を破壊しろ!」
「そうさ!アタシらの警告を無視したんだ、あの小煩い妖精の言うことなんざもう聞くこたない!殺してしまえ!……オラァッ!」
黒ずくめの一人が雄叫びと共に炎を纏った拳を振るい、続いて他の奴等も思い思いの攻撃を氷柱に加え始めた。
迸る激しい閃光が、周囲のログハウスや木々を明滅させる。
ほぼ透明な壁に守られた学生諸君はさぞ恐ろしい思いをしているだろう。何せ逆に考えれば自分達を殺す気満々の相手を目の前に、逃げ場が全く無いのだから。
……本当、申し訳ないのでさっさと助けよう。
弓を作成。
ログハウスの影から歩み出ながら、腰に付けた、先程サイに送ってもらった、輪っかで繋がる3組の金属矢――グジスナウタルを片手で全てちぎり取り、前に振ってそれぞれの長さを倍化。
その三本全てを弓につがえ、一息に弦を引き絞る。
「射止めろ。」
呟き、手の力を緩めれば、輝き出した3本の矢は、氷柱にご執心なヴリトラ教徒共の背に獰猛に襲い掛かった。
「ぎゃっ!?」
「あが!?」
「なっ、うしっ、ろ!?」
白銀の矢がまるで意思を持っているかのように群れる黒い衣服に赤黒い染みを作り出してく中、背後の敵に気付く者はあれど、こちらを振り向いた顔にはすぐさま黒い矢が突き刺さる。
そしてついにグジスナウタルが全て打ち落とされて俺の腰に戻り、真の敵が俺だとヴリトラ教徒達が気付いたとき、彼らの数は20人弱――ほぼ半数になっていた。
氷の柱を全方位から攻撃していた黒ずくめ達はこちら側へと集まり出し、対する俺は純白の双剣を抜き放つことで敵に警戒を迫り、その足を止めさせる。
「お前、ネクロマンサー!?ハッ、あいつはしくじったのか!」
と、剣を構えた一人が俺に気付いて叫び、すると周りがそれぞれの得物を構え直したのが分かった。
「やれっ!」
応答なぞせず、声を上げる。
すると俺から見て左側から夜闇を切り裂くように光の矢が多数飛来し、ヴリトラ教徒の集団を囲うように雪に突き刺さった。
そして次の瞬間、俺の右から猛る炎が駆け抜け、固まっていた敵さんを一思いに焼き尽くした。
「へ?」
口から間抜けな声が漏れる。
あの矢で敵を全員麻痺させてしまう手筈だったよな?
「間に合ったか。……コテツ、あの氷の柱は既に用済みだ。術者に伝えて消したまえ。」
と、右を見れば、ラヴァルが肩で風を切り、マントをはためかせて歩いてきた。
「あ、ああ。」
急な指示に慌てながらもカクカク首肯して返し、シーラを上空から下ろして氷を消すように伝え、ついでにフェリルも呼び寄せる。
没収されていたらしい武器やら魔法発動体やらが、全て元の持ち主の手に戻ったのを確認し、ラヴァルは再び口を開いた。
「既にここに長居は無用!いつまた敵が来るやも知れぬ。学生そして教師諸君、これより城へ帰還する!もしも貴重品の類があるならば教師と同伴で取りに行け。無い者は私の前に来い!」
彼の言葉が終わるのと、その足元に赤い魔法陣が浮かぶのは同時だった。
学生達はその明快な指示通りにテキパキと動き出し、その中の何人かの女学生はラヴァルに同伴を頼んではばっさりと断られていた。
人質に取られてロクに眠れもせず、皆精神が参っているだろうと思ってたんだけどな……いやはや、存外図太い。
「……出番が取られた。」
恨めしそうにボソリと呟いたフェリルはシーラと一緒に蹴り倒しておいた。




