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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第七章:危険な職場
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 [我の元に来ぬか?]

 「は?」

 ヴリトラが口にした言葉のあまりに突飛な内容に、俺は咄嗟に反応できなかった。

 [このまま我と敵対し、戦い、無意味にその生を終えるのは惜しいだろう?我と共に歩み、新たな世界を創造しようではないか。]

 「新たな、世界?完全に力を取り戻して、戦争を止めさせる抑止力になるんじゃないのか?」

 爺さんから聞いていた話と違うぞ?ヴリトラの目的が変わったのか?

 [ほう?我がかつての志を知るか。我はあれを間違っていたとは今も思わぬ。が、それを実現させるため、選択した手段に誤りがあった。……当時、我が志を知る者はあまりに少なかった。ただ己の正義を信じ、他よりの理解を求めなかった。いずれ理解されると慢心していた。その結果が、憎きアザゼルの力を借りた勇者とその率いる軍勢により謀られ、打倒され、そして封印されるという醜態だ。]

 そうヴリトラが至って平静に話す間も、ユイとアイの息遣いは微かに聞こえている。

 やはり緊張しているのか、二人の息は少し荒い。

 しかしヴリトラの方は二人を完全に無視する形で、さらに俺への言葉を続けた。

 [だが此度は違う、今や我が配下はこの大陸の至る所に存在する。真に世の平和を望み、我が志のため、限りある命を捧げる者が。]

 「そうだな。自分達は死なないって信じて命を軽んじるアホ共ばっかりだけどな。ったく、簡素な魔法陣一つあればたとえ死んでもお前の一部になって生き続けられるなんて大ボラ、よくもまぁあんな大勢に信じさせられたな?」

 一周回って感心するわ。

 [む?ああ、あれか。我は何も言ってはいない。我と感覚を一時的にでも共有した者は皆、そのような考えに至るというだけだ。人と龍とでは存在の格が違い過ぎる故だろう。]

 なんだそりゃ。

 「じゃあ手下が盛大な勘違いをしているのを黙って見ていたっていうのか?」

 [だからどうした?我に忠誠を誓い、死へのを恐れを取り払われた者らはそれまで以上の力を発揮するようになった。素晴らしいことだろう?]

 「……そうかい。」

 確かに捨て身に躊躇いのない相手は面倒だ。でもそれが素晴らしいだって?

 訳が分からん。

 [さて、話を戻そう。まずは……ああそうだ、これから聞くべきか。貴様は恒久的平和と絶えぬ戦乱、どちらを望む?]

 投げやりな言葉に込めた皮肉はヴリトラに通じず、もしくは気にされず、返ってきたのは唐突な問い。

 「そりゃあ平和だろう。」

 ただ、その答えは考えるまでもない。

 ……おい爺さん、カイトはまだか?

 俺の知り得る限り、今王城でヴリトラに致命傷を与えられるのは――聖武具は神威が弱い分、効きが控えめらしいので除外して――カイトの神様召喚かユイの草薙ノ剣のみ。

 片方では対処されてしまったものの、両方揃えば少なくとも勇者達は逃げおおせるかもしれん。

 『もう少しじゃ。』

 ったく、あいつはどんだけ厚い氷に囚われてるんだ。

 ヴリトラが俺を説得して仲間にしたいと思ってくれたから良かったものの、ハナから真面目に取り合おうと思っていない話に乗るのは大変なんだぞ?

 そもそも俺は話下手だし。

 [そうであろう、そうであろう。なればこそ我に従えと言うのだ、ネクロマンサー。人では戦の無い世を作り得ぬ。堕落に惹かれ、情に溺れ、何より時で衰える人などに、平和は荷が勝ち過ぎる。しかし我はそれらとは無縁だ。我による支配のみが世に安寧をもたらせる。]

 「ハッ、そもそも力を重んじるお前に平和な世界なんて作れるのか?」

 むしろ平和を乱すとしか思えん。

 [当然だ。力があるからこそ、我は平和を成し、保ち得る。]

 「あーそうか、力で戦いを無理矢理抑え付けるんだもんな?」

 前に封印されたときからこいつの根本的な考えは何ら変わっちゃいない訳だ。

 [その何処に誤りがある?力を持つ強者にそれを持たぬ弱者が従う、当然の理だろう?至って自然な行いだ。]

 「人はお前に管理された中で生きていくべきだってか?」

 [管理?我は君臨し、争いの起こりを鎮め、処断するのみだ。それを管理と呼ぶのならそう呼ぶが良い。しかし我に無垢の民を苦しめるつもりは微塵も無い。]

 なんだそりゃ……。

 「それで、お前は一体何がしたいんだ?」

 [何度言わせる。我の望みは常に一つ。人の世に永遠の平和をもたらすことだ。前回は我のみの思うままに事を為そうとした事が仇となり、余計な反発を生んだ。が、此度我は人に合わせ、人のやり方で事を行う。……国を興し、他国を征服するのだ。]

 「国?」

 「そう、国だ。人の慣れ親しんだ手段による結果であれば、感じる抵抗も少なかろう?」

 「ハッ、結局戦争を起こすんじゃないか。」

 [なに、我が配下と、何より我が力を持ってすればすぐに収まる程度の火だ。]

 言う事を聞かないペットを殴って大人しくさせる奴と大して変わらんな……。

 まぁこいつにとって、人なんて本当に動物程度の感覚なのかもしれない。

 「……それでお前自身に何の得があるんだ?金か?人を自由に弄ぶ権力か?ただこの世界の全人類に神様みたいに敬われたいのか?」

 [得だと?ふはは、強いて言うならば人の世の平和こそ我が得だ。先に人を貶しはしたが、実の所、我は人を好いている。絵画や彫刻などの芸術、魔術や飛行船などの技術、いずれも素晴らしい物だ。少し前まで石と石を打ち合わせ、武器としていた生物が生み出した物とは思えぬ。ふははは、思えば随分と進歩したものだ。]

 少し前、ね。……時間のスケールがでかいなぁおい。流石は古龍ってか?

 しっかし、なんなんだこいつは。欲が無いのか?

 ……いや、そんなことより今は少しでも時間を稼ぐことに専念しないと。

 「……お前は力を重んじるんだろ?ならお前の目指す先は平和とは程遠いじゃないか。」

 [言ったはずだ。永劫衰えぬ我が強大な力をもってこそ、太平の世は実現される。]

 「ほぉ?なんだ、じゃあお前に付き従ってる奴らはいずれはお役御免って訳か。」

 「違うな。征服を完了した暁には我が配下の者達には平和の維持のために尽力してもらう。」

 平和の維持ねぇ……。

 「要はお前の意にそぐわない奴とから不満を持った奴を武力で排斥する訳か。それで平和を目指すだなんてよく言えたな?」

 [ふっ、そんなことか。なに、人に不満など抱かせぬよ。初めは不安もあるだろう。だが我が統治下に入ったならば真に公正な税と裁判を約束しよう。たとえ貴様の言うように我に逆らう不届き者がいたとして、話し合いの場を設け、非がどちらにあれ、それを明らかにした上で我が平和的に対処しよう。そして万が一その者がそれでも争いを求めたのなら、我と我に忠誠を誓った軍をもって打ち倒すのみだ。……理解できただろう?我が目指す世は誰もが乞い願う理想だ。統治は我に全て任せ、人はその下で自由に商いを営み、文化を育み、暮らすが良い。]

 『カイトが脱出したぞ!そちらに向かっておる!』

 と、ここで待ちに待った連絡が来た。

 ああ、やっと来たか!

 [質問は終わりか?どうだ?我と……「クソ食らえだそんなもの!二人とも下がれ!」む!?]

 [天断ッ!]

 指示した直後、遠くから声がしたかと思うと凄まじい爆発音が鳴り響いた。

 [カイト!]

 [アオバ君!]

 [ごめん!遅くなった!]

 カイトの声の大きさからして、あいつはユイ達の近くに現れたのか?

 『そうじゃの、ヴリトラと勇者二人の間じゃ。』

 了解。

 [来たか。]

 ヴリトラの声。

 残念ながらカイトの派手な入場の巻き添えは喰らわなかったらしい。

 [これ以上好き勝手はさせない!]

 [ふん、この城に用は既にない。貴様ら勇者には元より興味すらない。我を討った仇であれば話は変わるが……。そうだな、貴様らのその武器、特にその神剣は目障りだ。明け渡せばここは素直に引き下がろう。]

 そりゃ目障りだろうさ、古龍を殺すためにある武器なんだから。

 [誰が渡すもんか!アイ!全力で行こう!]

 [うん!貫き穿て……ゲイ・ボルグ!]

 [焼き尽くせ……レーヴァテイン!]

 アイとカイトが聖武具に真の力を発揮させる言葉を唱え、

 [……。]

 神剣の場合は特段何も言わなくていいからか、ユイは黙ったまま。

 ……ん?

 「自由にカッコイイ掛け声を叫んでもいいんだぞ?」

 [う、うるさいわね。そんなものいらないわよ。]

 「だったら一度息を意識して吐き出せ。さっきから呼吸か浅いぞ。緊張してるのか?」

 イヤリングに通す魔素を減らし、ユイ個人にからかいながらもアドバイス。力んで良いことなんてありゃしない。

 するとほぅ、と小さな吐息が聞こえた。

 「いいか、そこにいる中で一番危険な状況にいるのはお前だ。気を付けろよ。」

 [どうしてよ。]

 「その手に握ってる武器は聖武具なんぞより価値が高い。ヴリトラにとっての危険度もな。」

 [そういうこと……あなたに返せばよかった。]

 「くはは、まぁそう言うな。」

 [ふふ、冗談よ。]

 「お、冗談が言えるくらい余裕があるんなら大丈夫そうだな。……良いか、ヴリトラが使えるのは青、赤、黄色の3種類だ。気を付けろ。」

 [ええ、分かったわ。]

 俺にできるのはここまで。あとは幸運を祈るのみ。

 『わしにか?』

 もうお前でいいよ。ユイが怪我したら呪い殺してやるから覚悟しろ。

 『……ユイよ、頑張れい。』

 おい。

 [いつまで様子見をするつもりだ?疾く来るがいい!力の差を見せてくれる。]

 [[ハァァァッ!]]

 そして轟いた爆音に、俺のイヤリングがはっきり震えた。

 やったか?

 『いいや、残念ながら、の。城を破壊することが目的ならば大成功じゃが。』

 ……カイトの奴、まぁた城をぶっ壊したのか。

 [ふはははは、ではもう一度凍……なに!?]

 [見えているのよ!オーバーパワー!]

 鋭い風切り音。

 [チッ。]

 この驚いた声はヴリトラのものか?

 『うむ、しかし器用じゃのう。ヴリトラの集めておった青の魔素を彼の操れぬ白の魔素で散らしおったわい。』

 爺さんが解説する間も剣戟の音が立て続けに響き、そしてギギと耳障りな音共に止まる。

 どうした?

 『鍔迫り合いじゃ。』

 古龍と競り合えてるのか、やるじゃないかユイ。

 [炎と刀の剣技……バハムートに似ているな。煩わしい。]

 [アオバ君!相手は私の目の前よ!アレを使って!]

 ヴリトラの舌打ち。ユイの声が張り上げられた。

 [でも……[早くしなさい!いつまでも押さえられないわ!]……召喚!神雷!]

 一度躊躇したものの、叱咤され、カイトが朗々と叫ぶ。

 そして、イヤリングを通して届くあらゆる音が、空気を引き裂くような轟音に呑み込まれた。

 大音量に思わず頬を殴られでもしたように体を横に倒し、しかし音が戻ってくるなりすぐにユイを呼ぶ。

 「ユイ大丈夫か!?おい!」

 [……そんなに慌てなくても、私なら大丈夫よ。]

 「そ、そうか、で、どうなった?」

 胸を撫で下ろし、椅子に深く座り直しながら聞く。

 [まだ分からないわ。でも神雷は今のアオバ君が撃てる最大の攻撃よ。文字通り神様の雷だから、あなたの言っていた神威とやらも込められている筈。当たれば無事でいられる筈が……]

 流暢なユイの言葉は、しかし不自然に途切れた。

 十中八九、ヴリトラが神雷とやらを受けてもなお、無事でいたのだろう。

 『うむ、自らも雷撃を放って威力を幾ばくか相殺したようじゃ。無事ではないが、まだ余裕があるのう。』

 [なるほど、なるほど。貴様は神の力を直接行使するのか……面白い。ふははは、興味が湧いてきた。]

 爺さんの言葉を証明するように、ヴリトラの低い声が聞こえてきた。

 「ユイ!驚いてる場合じゃないぞ!」

 [分かってるわよ!アオバ君!まだ立っているわ!もう一回お願い!]

 何だって?

 [分かった!召喚、神雷!]

 [なに!?]

 俺もヴリトラと同じ心境だと思う。

 カイトの奴、最大の攻撃とやらを連射できるのかよ……。

 そして再び、轟音が俺の耳を打ち据えた。

 鼓膜が破れそうだ。

 で、今度こそやってくれたか?

 『まだじゃの。先程と同じように自らの雷でもって対抗しておる。今回は無傷で済ませられそうじゃ。』

 [ふんっ!]

 『うむ、今完全に相殺されたわい。』

 早いなおい!?

 「ユイ下がれ!」

 慌て気味に叫ぶ。

 しかしそれに応じる声は存外落ち着いていた。

 [ええ、もう下がったわ。……本当にここが見えてはいないのね。]

 「だからそう言っただろう?」

 その冷静な様に肩透かしを食らいながらも答える。

 一度目の神雷をヴリトラが防いだことから、二度目にそこまで期待してなかったのかもしれない。

 何にせよ、今は大いに助かる。

 [ふむ、神雷と言えど、雷と捉えるならばどうとでもなるな。]

 [くっ……。]

 [カイト諦めないで!ハイジャンプ!]

 カイトが歯噛みした直後、アイの叫び声がし、遅れて鈍い音が聞こえてきた。

 まさか単身で突撃したのか?

 『うむ。』

 嘘だろ!?

 [その程度で……。]

 [ばーか!吹き飛べ!]

 [おお!]

 しかし、あっさり返り討ちに合うだろうという俺の予想に反し、聞こえてきたのはヴリトラの感心したような声。

 『アイの槍を掴んだヴリトラが穂先に一点集中させられておった風の魔法で文字通り宙に吹き飛ばされたんじゃ。』

 [カイト!今だよ!]

 [多重召喚!神滅ノ雷土!]

 三度目ともなり、俺も学習した。

 すぐに右耳の穴に指を突っ込み、遠くから聞こえる戦士コースの授業の音を左耳で聞きながら、ブルブルと大きく震えるイヤリングが静止するのを待つ。

 ……ルナがあっちにいたらあっさり失神してだろうなぁ。

 指を抜くと、ヴリトラの笑い声が聞こえてきた。どうやら仕留められなかった模様。

 [ふはははは、素晴らしい!しかしそれほどまでの力を持ちながら、何故スレインなどに仕え、道具として使われる立場に甘んずる?]

 ん?今度は勇者達を仲間に引き入れようとしてるのか?

 ついさっきまで戦ってた相手だぞ?

 [仕える仕えない、使う使われるなんて関係ない。与えられた物だとしても、オレ達の、勇者の力を必要としている人がいるんだ。目の前で困っている人がいて、オレ達に助けを求めてきたんだ!彼らを助けたいと思うのは当たり前じゃないか!]

 [そうそう、カイトの言う通り。]

 聞いているだけなのに、それだけでカイトの心が酷く眩く感じられる。翻ってスレインを助けようとは少しも思わず、そのまま勇者を辞めてしまった自分がなんだか汚い奴に思えてきた。

 『お世辞にも綺麗とは言えぬじゃろ。』

 うるさいぞ。それにそんなこと言ってる場合じゃないだろ。

 [弱きを助けることが当然、だと?……その考え方は好かぬな。……興が冷めた。ネクロマンサーよ、近々会うことがあるだろう。それまで我が言葉を考えておけ。]

 え?そんなあっさり帰ってくれるのか?

 『そのようじゃな。』

 ヨッシャァ!

 [待て!]

 しかし、自分の部屋の中で一人寂しくガッツポーズを決めた俺の耳に、そんな叫び声が聞こえてきた。

 言うまでもなくカイトのもの。

 [神霊憑依……カリプソ!ハァァッ!]

 [なに!?]

 『なぁっ!?それはやり過ぎじゃろ!』

 爺さんがうるさく叫んだ直後、イヤリングから響いたのは鈍く、重い音。

 [が……はっ!?]

 そして、再び聞こえてきたカイトの声には、先程の勇ましさの欠片もなかった。

 [神の力そのものを身に宿して扱うか……。確かに目を見張るものがある。が、身に余る力に振り回されているな。ふん、それではただの魔物と変わらぬ。……しかし素晴らしい力であることに変わりない。それを自在に扱えたとき、再び相見えるとしよう。そこの二人、受け取れ。]

 ヴリトラが言い、少し遅れてガシャン、と金属質な音がした。

 [アオバ君!]

 [カイト!]

 爺さん。

 『攻撃を外し、首を掴まれたカイトが残り二人の勇者の足元に投げられたんじゃ。……それよりカリプソの奴め、力を貸すにもあれは明らかに度を越しておる。今度、小言を1つや2つ言ってやらねば。』

 [ゴホッゴホッ、ヴリ……トラァ!]

 [尚も我に向かってくるか?考え直せ。それは勇気ではなく、蛮勇の類だ。]

 [くっ……。]

 咳き込みながらも戦意を失っていないカイトは、しかしヴリトラはそう断じられ、押し黙る。

 [アオバ君、今は休んで。ヒイラギさん、私達で守るわよ。]

 [言われなくても、分かってる。]

 [む?言っただろう、興は醒めた。貴様らが来ぬのなら我は退くのみだ。]

 [なら、早く帰りなさいよ!]

 淡々と言ったヴリトラに、ユイは語気を強めてそう言った。

 返ってきたのは短い笑い。

 [ふっ、そうするとしよう。]

 そしてヴリトラは本当に立ち去ったらしく、少ししてユイの安堵からの吐息が聞こえてきた。

 [勇者様!我々も戦います!]

 と、ここで勇者達とは全く別の声が聞こえ、続いて鎧の擦れる幾つもの音が近付いてきた。

 今更増援がやってきたらしい。

 そしてカイトはやってきた騎士達に対して事の顛末を説明し始め、アイは登場の遅かった彼らに文句を垂れ出し、ユイの周りがガヤガヤと一気に騒がしくなる。

 「良くやったな、ユイ。」

 俺も最後にそう一言伝え、椅子から立ち上がって「終わったぁー!」なんて言いなから腰を伸ばした。

 [ありがとう。それで、あなたがどうして私の周りを把握できるのか説明してくれるわよね?]

 しかしそこでユイが無駄に良い記憶力を発揮してみせた。

 ……正直すっかり忘れていた。

 「はぁ……今か?」

 もう一度椅子に腰を落とし、ため息。

 [今よ。]

 「カイトは良いのか?今なら吊り橋効果なんてのも期待できると思うぞ?」

 [それは……私の勝手でしょう。って、はぐらかさないでくれるかしら?]

 くっ、やっぱり駄目か。

 ……こいつはもう、観念するしかないな。

 「口外するなよ?」

 [元々そんなつもりはないわ。盗聴されていると思うと気分が落ち着かないだけよ。]

 「あー、なるほど。道理だ。えーとな、実は……」

 神様と話せるだなんて、ユイに精神異常者に見られないだろうか。



 数分後、職員室に戻った俺は職務放棄をよりによってニーナに咎められた。

 どうやら男子寮の部屋でサボっていたと思われたらしい。

 そして抗弁虚しく――ヴリトラ関連の話と学園職員としての職務は別のようで――課せられた罰則は2ヶ月間ニーナの手足となって、お茶くみからおつかいまで走り回されること。



 罰則生活が今までの日常と大して変わらなかったことが何よりも悔しかった。

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