表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第七章:危険な職場
252/346

ナビ

 『やめんかぁッ!』

 「くぉっ!?」

 爺さんの叫び声についさっき覚醒した脳味噌を揺らされ、男子寮内のベッドに腰掛けていた俺は堪らず龍泉を取り落とした。

 聖なる双剣の片割れが、俺の右足の数ミリ横の床ににピンと突き立つ。

 ブワッと冷や汗が流れた。

 いきなり何しやがる!?危うく右足が4本指になるところだったろうが!

 『指なんぞ魔法で生やせるじゃろうて!何をする、とはわしのセリフじゃ!お主、今何をしようとしたか言ってみよ!』

 え?聖剣でこいつをぶった切ってみようかと……ていうかやっぱり白魔法って凄いな。

 脳内で言いながら、この前ニーナに再び預けられた魂片を左手で真上に軽く投げ上げ、再び掴む。

 ただ、二年前と違って今回預けられたのは白の魂片だ。どうしてニーナが魂片の種類を変えたのかは分からない。

 おそらく当人も気まぐれにやっただけだろう。

 『……何故そのそうな、アホなことを。』

 だってヴリトラは魂片を手に入れたらさらに手強くなるんだろ?

 せっかく古龍を殺せる神器やら聖武具やらを手に入れたんだから、もう今のうちにこいつも破壊してしまおうかなぁって……。

 『ああ……やはり救いようのないアホじゃなお主は。』

 なんだとゴラァッ!

 『そもそもどのようにして元々一つであったヴリトラの魂を7つに分けたと思うておる。』

 ………………神様の不思議パワー?

 『違うわ!聖剣で切り分けたんじゃよ!』

 あー……ん?じゃあ聖剣だとヴリトラを殺せないのか?

 『魂だけの存在にすることを殺すと言うじゃろうが。』

 おい待てその理屈だと神器でも……

 『当たり前じゃ。』

 つまり古龍は死んでも魂が残るから、いつでも復活できるのか?

 『じゃからパンドラの箱を使って完全に封印せよと言うたんじゃ。』

 ちなみにあのまま切ってたらどうなったんだ?

 『さぁ、知らんの。前例がないわい。わしがお主を止めたのは、試すことすら危険極まりないからじゃ。……まぁおそらく半分になった片方は割られたまま、もう片方の封印が解け、お主に取り憑こうとしたかもしれんの。』

 取り憑く!?

 『うむ、そして魂片の吐き出す白の魔素でお主の体は拒否反応を示し、壊れるという訳じゃ。……まぁ何にせよ、お主はヴリトラが討伐されて以来のアホじゃということじゃな。良かったの。』

 ……もうヴリトラの側について爺さんと敵対しようかな。

 『ほう、つまりアリシアとも敵対するのかの?』

 お前、無実の信者を盾にするのか!?それが神様のやることかッ!?

 『わしだってそんなことはしたくはないわい!じゃがの、敵の弱点を突くのが戦いの定石じゃとも知っておる!』

 アリシアはいつか絶対に改宗させてやるからな!

 『ふむ、そのような事が無いよう、近い内にアリシアを聖女に仕立て上げるかの。』

 ……このやろう。

 舌打ちをしてため息を吐き、俺は幸先悪く一日のスタートを切った。


 [助けて。]

 そんなユイの小さな声が聞こえて来たのは、ちょうど昼飯時。俺が食堂の隅の席でグレートボアの味噌焼きにいざ手を付けようとした瞬間だった。

 箸を持ったまま宙に浮いた右手を1〜2秒ほど、次の行動への迷いでわななかせ、結果、俺は左手で右耳のイヤリングを抑えるという荒業に出た。

 「ほうひたユイ?おえは人の……んぐ、恋路には口出ししないぞ?脇から眺めて、むぐ、楽ひむだけだ。」

 今日の昼御飯である豚肉の味噌焼きを食べながら聞き返す。

 [誰がそんなこと聞いたのよ!って、今はふざけている暇はないわ。今、王城がヴリトラ教の人達に襲われているのよ。]

 「……はあ!?」

 そしてユイの返答に、俺は半分残った味噌焼きを口から落としてしまった。

 

 「俺に続いてヴリトラ教徒にまで侵入されたか、はは、王城の警備兵達の首が皆揃って飛ぶんじゃないか?」

 [笑いごとじゃないわ。それに侵入というよりは強行突破ね。城壁の一部が一瞬で崩れ落ちたらしいもの。]

 事が事なので場所を男子寮内の俺の部屋に変え、移動の間にユイから大体の状況を聞いておいた。

 とは言え、侵入されたのがついさっきなのもあって、ユイも何が起こっているのか詳しくは分からないらしい。

 取り敢えずヴリトラご本人が出現したという訳ではなく、その傘下の十数人の黒ずくめ達が王城に押し入り、城内を荒らしているとのこと。

 「ま、少なくとも今は無事で何よりだ。ただ、俺はファーレンにいるんだぞ?助けろって言われたってさっさと逃げろとしか……。」

 [聞きたいことがあるのよ。]

 肩で壁に寄りかかったまま言う俺に、ユイが早速本題を切り出してきた。

 「なんだ?」

 [王城から逃げ出すために、抜け道を教えてくれないかしら?]

 「抜け道?」

 [ええ、あなたはヴリトラ教徒達とは違って、しっかり警備のされていた王城を出入りして見せたんでしょう?]

 なるほど、俺が使ったであろう秘密のルートを教えて欲しい、と。

 「俺は抜け道なんて物は使ってないぞ。」

 入る時は門番を眠らせて、出るときは人の見ていない間に城壁を飛んで越えただけだ。

 [……嘘。]

 失敬な。

 「残念ながら本当だ。」

 これでも実力で王城に潜り込んだのだ、抜け道を使うなんて甘い甘い。

 『言うて犯罪じゃがの。』

 まぁ……うん。

 [そんな……どうすれば。]

 途方に暮れたユイの声。

 一応、何とかしてやりたいって気持ちは山々なんだけどなぁ、流石にここからスレインに駆け付けるなんて真似は俺には無理な話で……いや待て、思いついた。

 「ユイ、少し待ってろ。」

 [え?]

 言い、俺は床に転がされた着替えのシャツを詰めた黒魔法製の袋を魔法で引き寄せ、中の厚めのメモ帳を部屋に一つしかない机に乗せる。

 それに魔素を流せば、半透明の建造物が空中に浮かび上がった。

 王城の内部を透かした立体映像型の地図である。

 実はケイと別れるとき、これを譲って貰ったのだ。

 もちろん再び侵入をするためとかではない。ただの観賞用としてである。

 なにせ目に優しい光のみでできた、半透明の精巧な城っていうのは眺めているだけでも慰めになるのだ。

 上司に限らず同僚にまで吹っ掛けられる難題とか天上の老人の小言とかで陰鬱になった気持ちも、それで多少は楽になる。

 閑話休題。

 おい爺さん、ユイの具体的な居場所は?

 『今のを聞いてわしが協力すると思うたか?誰が天上の老人じゃ!』

 閑話休題って言ったのに……。

 ったく、そんな狭量だから神様なのにボケ老人とか言われるんだよ。

 『なんじゃと!?そんなこと、お、お主以外に言われたことなどないわい!全く、王城を背面から見て、3階の左より2つ目の部屋じゃよ!』

 了解、ありがとさん。

 『覚えとれよ?』

 へいへい。

 ……ここか。

 直径1cm程の黒い玉を作り、目の前に浮かぶ城の該当箇所に浮かべる。

 『うむ、そうじゃ。』

 ユイは一人か?できれば勇者達と一緒にいて欲しいなぁ、なんて。

 『勇者は側にはおらんの。しかし一人ではないのう。メイドが二人おる。』

 ……良いご身分で。

 なるほど、じゃあカイトとアイはどこにいる?

 『謁見の間におるの。スレインの国王、王子、王女と騎士隊もおる。そしてもう一人、彼らに一人で相対している男が……ん?この男……あ、ヴリトラじゃな。』

 「んん!?」

 謁見の間の部分に魔法の黒玉を配置していた俺は、最後の言葉に目を見開いた。

 チクショウめ、ユイが本人の到着に気付いてなかっただけか!

 って、勇者達がいるのに乗り込んだのかヴリトラは!?

 『うむ、そのようじゃの。じゃが安心せい、戦闘には至っておらん。睨み合いに留まっておる。』

 安心?明らかに一触即発だろうが!

 「ったく。」

 [な、なに?どうしたのよ?]

 おっと、声が漏れてた。

 取り敢えず今はユイとその召使い達を城から脱出させよう。それが最優先だ、秘密にしていた能力なんて二の次でいい。

 爺さん、案内頼めるか。

 『ヴリトラ教徒を避けるように、じゃの?』

 その通り。

 『では始めるぞ。』

 よろしく頼む。

 『うむ、まずはヴリトラの手の者が二人、3階の部屋を順に荒らしておって、今はユイのおる2つ隣の部屋を荒らし終えようとしておるから……』

 「えーと、ユイ、これから俺の指示に従ってくれ。外への最短距離で安全な道を案内してやる。」

 [え?どういうことよ?]

 「良いから。まずはそこにいる二人にお前に何があっても付いていくよう伝えてくれ。寄り道は許さないからな。」

 [人数まで……ここが見えているの?]

 「いいや、俺には見えてないさ。」

 嘘じゃない。

 [それならどうして……「まぁまぁ、で、言ったか?」……………伝えたわ。]

 「よし。ならまずは俺の合図で廊下に出るんだ。静かにだぞ?」

 そして二人のヴリトラ教徒がユイのいるすぐ隣の部屋に入ると同時に出た爺さんの合図を、中継してユイへ伝える。

 「……今だ。走るなよ?右に向かって静かに歩いて突き当たりの曲がり角の影に隠れろ。ゆっくりで良い、ただし20秒以内だ。」

 さらに歩けば2階へと降りる階段があるが、それを使うにはまだ早い。

 曲がり角の反対側からヴリトラ教徒が歩いて来ているのだ。

 [……着いたわ。でも階段なら左にあったわよ?]

 「そんなことは分かってる……その先でも敵が部屋を荒らしてる真っ最中なんだよ。」

 [どうして……「説明は後だ。」でもなんで下の階まで「後で、な?」……絶対に説明してもらうわよ。]

 「へいへい。それよりもユイ、曲がり角からはみ出ないように気を付けて刀を構えろ。[え?]鞘に入ったままでいい。敵が一人来るから、合図したら飛び出て思いっきり叩き付けてやれ。」

 刀が曲がるか何かしそうだが、まぁ神器だし、多分大丈夫だろう。

 隠れたままにさせず、わざわざ敵の目の前に飛び出させるのは危機察知スキルで躱されるのを防ぐためだ。

 [わ、分かったわ。]

 「よし。」

 ユイの返答に頷いた俺はそれきり黙って目の前のホログラムの中に浮かぶ、ユイの現在地を示すマーカーを睨み付ける。

 『……3、2、1、今じゃ。』

 「やれ。」

 [ハァッ!]

 [なっ!?ア、アイシ、ばはぁっ!?]

 指示を出すやいなや、イヤリング越しに鈍い打撃音が聞こえ、 続いて誰かが呻き、バタリと倒れる音がした。

 最後に響いた甲高い金属音は強打された相手の武器か防具だろう……不味い!

 『うむ、音が大きすぎたのう、あの二人のヴリトラ教徒が出てくるぞ。』

 耳が良いなぁチクショウめ!

 [気絶させたわよ。]

 「よくやった、さぁすぐに目の前の階段を降りろ。早く!急げ!」

 [え、ええ。皆行くわよ。[いました!宝玉の勇者です!]っ、急いで!]

 くそ、見つかったか。

 [[ファイア!]]

 ユイの号令と共に走り出す複数の足音。

 しかし途中でその内一組が乱れた。

 [きゃあっ!]

 知らない女性の叫び声。何かが床を叩く音。

 [エリカさん!]

 そしてユイの焦った声が聞こえてきた。

 どうなってる!?

 『メイドの一人が赤の魔法に撃たれて倒れたわい。残り2人は彼女を助けようと足を止めてしまったのう。お、ユイが前に出て刀を抜いたぞい。』

 アホかあいつは!?何をやってんだ!

 「待てユイ戦うな!お前には茶色の魔法があるだろうが!壁で道を塞いでしまえ!」

 思わずその場に立ち上がり、声を荒げて半ば叫んだ。

 焦って視野が狭まってるのか?ったく、負傷者がいるんだろ!?

 [そ、そうよね。ウォール!]

 声の後、ゴゴゴと重い音が聞こえてきた。

 [塞いだわ。……壁というよりブロックみたいになってしまったけれど。]

 「むしろその方が良いさ。撃たれたメイドの様子はどうだ?転んだだけか?もう足をやられてしまって動けないのか?」

 前者であってくれ。

 [ふふ、このくらいなら大丈夫よ。……ヒール!はい、エリカさん、歩けるかしら?]

 [あ、ありがとうございます、ユイ様。ご迷惑をおかけしました。]

 [これぐらい何でもないわ。]

 そういえばユイは白魔法も使えたな。

 案外俺も焦っているのかもしれん。

 「ふぅ、治ったんならさっさと2階へ降り……チッ、面倒な。待て。」

 椅子に腰を落とし、次の指示を出そうとしたところで、2階の部屋を荒らし回っている二人組がユイ達の真下を通っていると爺さんに知らされ、俺は舌打ちして彼女を止める。

 [次は何よ。]

 「今行くと2階の敵と鉢合わせる。もう少し待ってくれ。合図する。」

 [そう……エリカさんといい、どうしてそこまで見えるのよ。]

 「だから見えてないって。」

 [嘘……。]

 「嘘じゃない。」

 [そうじゃないわ!私の作った壁が凍って……ヒビが!]

 破壊音。次いでパラパラという小さな音が連続して聞こえてくる。

 [悪いが、大人しく捕まってくれ。」

 そしてどこかで聞き覚えのある男の声がした。

 誰の……いやそんなことより!

 「壁を破られたのか!?」

 [ま、まだ顔が見えるだけよ。でもすぐに……]

 「だったらさっさと壁を補強しろ!あと数秒で良い、時間を稼ぐんだ!」

 あと数秒で事足りる。

 [ウォ、ウォール![[ウォール!]]あ、ありがとうございます。]

 えーと?

 『魔法にメイドも協力したんじゃ。』

 なるほど、そうか。

 [ふぅ、これで少しは……]

 「いやまだだ。そのまま壁で相手を押し飛ばしてやれ。」

 [そ、そうよね。……プレス!]

 助言してやるとユイの掛け声と共にガガガと硬質な擦過音が聞こえてきた。

 『降りて良いぞ。』

 ここで爺さんから念話。

 良いタイミングだ。

 「よし、ユイ、そのまま一階まで降りてしまえ。」

 [分かったわ。皆、付いてきて。]

 不揃いな足音が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ